| 『極悪/人間魚雷ブルース』 '01 ミュージアム 監督:伊藤秀裕 脚本:武和鎮典 出演:哀川翔・加勢大周・殺陣剛太・夏樹陽子・根津甚八 ハングリー精神と言うものは、時に邪悪な方向へと進んで行く。貧困は差別を産み、差別は憎悪を産む。そして、憎悪は復讐へと。孤児として育った主人公の二人は憎悪の固まりだ。自らが受けた理由なき憎悪。その憎悪に対する復讐心。その復讐心の対象は、いつしか極限なく拡がり、暴力によって復讐と言う名の憎悪はまき散らされて行く。しかし、その暴力があまりにも絶対的な強さを持っていた所為で、事態は変わって行く。敗北のない二人は、いつの間にか復讐の対象へ。その先にあるのは自らの死のみ。自分達を蔑んだ憎き社会を追い詰めるという事は、自らの生きる道を閉ざし、自らを死へと追い詰める事と同義であった。社会的な弱者の悲しみと力学的な強者の悲しみ。この二つを同時に持ち合わせる主人公の二人には、もはや目的などない。ただ自分達を力で殺してくれる存在を待つばかりだ。 三池崇史作品における田口トモロヲはとても重要な役割を担っている。一見、純粋なエンターテインメント作品に見える三池監督の作品もそのテーマは暗く重い場合が多い。マイノリティーの悲しみと心の弱さを描いた黒社会シリーズなどはその代表である。しかし、そのようなテーマの作品の中で妙なテンションで躍り狂う田口トモロヲによって、テーマの重さは緩和され、エンターテインメント性が齎される。また、それだけではなく、田口のオプティミスティックな存在は絶妙なコントラストとなり、より一層テーマの深淵へと誘導するのだ。 実はこの『極悪/人間魚雷ブルース』の裏にある本当のテーマは重く哀しい。しかし、哀川翔と加勢大周の軽妙な演技によって、うまくカモフラージュされている。例えば、哀川が『修羅がゆく』の本郷役のような演技をしていたのであれば、この作品の色合いも大きく変わっていただろう。それは、決して楽しめるようなものではない陰鬱な作品になり、そこにエンターテインメントを見い出す事は出来なかったに違いない。この作品は、重いテーマとそれを自ら語ろうとしない主人公のアンバランスがあってこそ成り立っているのだ。 元はと言えば、チャラチャラした役が多かった哀川だが、近年の作品では比較的無口でクールな役が多かった。年齢的なものもあり、それなりの風格が漂ってきたのも事実である。しかし、この作品を見て、哀川翔はやっぱり「チンピラ」なんだ、と確信した。画面の中で次々と殺しを働く哀川には、どこかセンチメンタルな空気もあるが、それ以上に躍動感を感じる。その上、長髪のカツラまで着けてくれる大サービス。必見。 |