| 『仄暗い水の底から』 '01 「仄暗い水の底から」製作委員会 監督:中田秀夫 脚本:中村義洋・鈴木謙一 出演:黒木瞳・菅野莉央・小口美澪・水川あさみ・小日向文世・徳井優・谷津勲・小木茂光 予告編の蛇口から髪の毛が出てくるシーン。それが余りにも気持ち悪かったので、嫌悪感を抱かせる様な精神的なホラーなのかと思っていたけれど、全然そんな事はなくて、どちらかというと親子の愛情ドラマ。 視覚的な怖さもそれ程追究されておらず、主人公の母親としての不安や超能力者の持つ疎外感の様なものを、常人から見える恐怖らしきものとして描いた作品である。つまり、本来、恐怖ではない筈のものを恐怖として描いている訳であり、違和感こそ抱く事は出来るのだが、それは現象に対する違和感ではなく、恐怖として描かれているという事実に対する違和感であり、その二重構造を映像の中で無意識的には捉える事はほぼ不可能であるが為に、なんとなく全体が消化不良の印象に埋め尽くされてしまった。 主人公の煮え切らなさが彼女にしか持ち得ない不安に起因している、という事は理解出来るのだが、観客はその不安を経験的に把握する事が出来ないので、煮え切らなさだけが浮き彫りになり、恐怖らしい恐怖を味わえないまま、物語においてけぼりにされてしまう、という感覚だ。超能力者の気持ちは理解出来ない。 主人公を“超能力者”と表現してしまったが、設定としては決してそれという訳ではない。しかし、霊体を肉体的に感知出来るという点で彼女は超能力者である、と断言する。 その主人公には精神病院への通院歴がある。精神異常者の症例は、超能力者の持つ能力と何ら違いがない。見えないものが見え、聞こえない声が聞こえ、自己との対話に終始する。たまたまその様な能力のない人間が大多数であった為、能力者は異常のレッテルを張られているだけだ、と解釈出来るかも知れない。 まぁそれは良いとして、この作品は超能力者の悲哀を親子という関係性を介して表現したものであろう。主人公は未知の力がたまたま自分の娘に及んでいる事を感知してしまい、そこに対して自分の能力を駆使する。感覚としてはヒーローものに近い。『X-MEN』の様なものだと思った。 であるからして、本来なら恐怖を介して描くべき題材ではない。若しくは、観客が娘の視点で観られる様なものであるべきだ(ヒーローものの被害者たる人類の位置)。しかし、この作品は観客を超能力者、ヒーローの視点においてしまった。だから、狂ってしまった。やっぱり、いつまで経っても、超能力者の気持ちなど解る筈もない。 解り易さを持った視覚的恐怖が連発されれば、こんな変則的な構図の上であっても、ある程度の恐怖を獲る事が出来ただろう。でも、その視覚的恐怖がなかったのでとても難しい。 |