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『漂流街 THE HAZARD CITY』 '00 大映・徳間書店・東北新社・TOKYO FM

監督:三池崇史
脚本:龍一朗・橋本浩介
原作:馳星周
テーマ曲:Sads 『NIGHTMARE』 『フィナーレ』
出演:TEAH・ミッシェル・リー・及川光博・野村祐人・奥野敦士・柄本明・吉川晃司


 もう三池崇史が撮るのだったら、なんでも許されてしまうのか、などと考えてしまった。埼玉に砂漠を作ったり、ヘリから飛び下りてもかすり傷一つ出来なかったり。まあ、今更語る事でもないが、三池崇史の“あり得なさ”を痛感してしまった。しかし、その“あり得なさ”も三池崇史の個性として完全に定着してしまっている為、特に物珍しく感じられる訳ではないのが、多少残念な気もするが。

 三池監督云々についてはさておき、今回は主題歌について。
 全国ロードショー系邦画における主題歌では、映画のイメージとあまり関係ない、所謂“タイアップ”的なものが多い。従って、本編が終わり、スタッフロールと共に流れ出すミュージックに違和感を覚える事も多々あり、作品のそのものが面白くても、最後の主題歌でそのイメージが決定されてしまい、なんとなく興醒め、なんていう事も珍しくない。冒頭にスタッフロールを置き、「完」の一言で仰々しくと終わらせていた、かつての日本映画では有り得なかった問題だ。
 主題歌・スタッフロールの部分を本編と切り離して考えれば、特に問題もないのだが、やはり全編を通して一本の作品と捉えたいので、主題歌も作品の一部であると考えずにはいられない。だから、主題歌が明らかにおかしい作品などには、×印を付けたくなってしまう。
 その点、この『漂流街 THE HAZARD CITY』については、本編と Sads の主題歌のイメージが合致しており、何の違和感も感じなかった。また、冒頭部分にも Sads の曲が使われているのだが、映像の疾走感と楽曲の疾走感のシンロクが驚く程に決まっていて、なんだか嬉しいような感覚だった。
 自称音楽好きの中には、所謂ヴィジュアル系と呼ばれる音楽を蔑み、忌み嫌う人もいるようだ。音楽などというものは、個人的な嗜好によって、個人的に選ばれ聴かれて然るべきものであろうから、それについて兎や角言う筋合いなどないのだが、もし、イメージだけで、ヴィジュアル系を敬遠しているのであれば、ちょっぴり残念である。僕は、少なくとも Sads の J-POP の範疇を明らかに超えてしまっている、ハードコアサウンドには、一目置かざるを得ない、と思うのだけど…。確かに、あの歌唱方法は少々気になるものかも知れないが、それを差し引いても、あのやりたい放題な音楽性は凄い。Sads は商業主義の対極にある。
 まあ、なんというか、映画の世界における三池崇史の位置と音楽の世界における Sads の位置が近いのではないだろうか、なんていう事を考えてしまった。