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『女教師日記 禁じられた性』 '95 東映

監督:中田秀夫
脚本:植村更
出演:大竹一重・川名浩介・沢木麻美・宮下順子・沖田浩之


 最近でこそストーカーなんてものは珍しいものではなくなったが、一昔前はテレビをつければストーカー、新聞開けばストーカーで、映画館でもストーカー、もちろんネットでストーカー、てな感じで、ストーカーブームが巻き起こっていた。いや、ブームと呼ぶよりも、ストーカーカルチャーと呼んだ方が良いかも知れない。とにかく、ストーカーを題材にして、ストーカーを変態野郎として描き、被害者の美女を汚されていく悲劇のヒロインとして描けば、観客はバカみたいに喜んだ。
 ところが、ストーカーという言葉が市民権を獲て、社会問題化する以前は、ストーカー的な行為も度が過ぎなければ、純愛として美しいものとして捉えられるケースも稀ではなかった。ストーキングという行為そのものは確かに変態的であるかも知れないが、その行為をある種楽観的に描く事によって純愛ストーリーに仕立て上げられる作品が多かった。“一途な愛”にスポットが当てられる事がほとんどだった。

 この作品は一見ストーカー映画かと思うような展開なのだが、いつの間にか純愛ドラマになっている。この全くあり得ないような展開は、はっきり言って納得できるものではなく、吹き出してしまう程にお粗末なものだ。あんな卑劣なストーキングをしていた野郎と恋に落ちる訳がない。おかしい。
 おかしいのはそれだけじゃない。走って逃げているのに、猛ダッシュしようとしない苛立たしさ。携帯電話を持っていない事に対する違和感。学校内で大声を出して痴話喧嘩をする先生同志のカップル。あり得ない。強引すぎる。

 これらの随所に鏤められた不条理を“一途な愛”と性描写で合理化させようとしているこの作品なのだが、結果としては明らかに破綻している。しかも、それが意図的な破綻ではないのが致命的だ。こんな結果になるんだったら、一時期のポルノ映画ヌーベルバーグと呼ばれた一連の作品群のように、過剰なアート志向を見せつけてくれた方が観ている者は納得しただろうに。
 下手に名前のあるピンク系女優を主演に据えた事も失敗の要因だ。AV女優上がりを主演にして、それこそ実用的なピンクものを作れば良かったのに。東映はもうちょっと手を抜くべきだった。予算を削るべきだった。
 『女優霊』『リング』などで出世した中田秀夫、最後のやっつけ仕事。