| 『発狂する唇』 '00 オメガ・プロジェクト 監督:佐々木浩久 脚本:高橋洋 出演:三輪ひとみ・阿部寛・大杉漣・夏川ひじり・吉行由美・栗林知美・由良宜子・下元史朗・鈴木一真 初めてこの作品を観た時は、あまりに可哀想な悲劇のヒロイン(三輪ひとみ)の姿を最後まで直視する事が出来ないのではないか、と心配になったのだが、全てを覆すだけのパワーを持つラストシーンのおかげで、なんとか作品全体を納得する事が出来た。 二回目にこの作品を観た時は、あまりに豪快なストーリー展開が、まるで予定調和のように思えてしまい、ラストシーンに繋がる伏線ばかりを探していた。しかし、そんなものはどこにも見付からなかった。 三回目にこの作品を観た時は、三輪ひとみの美しさだけが際立っていた。 つまり、僕はこの作品が大好きである。本来ならば、この手の「バッド・テイスト・ムーヴィー」は嫌いではないが、それ程大好きな訳でもない。僕個人は、まっすぐな視点で楽しめる作品の方が面白いと感じている。例えば、ジョン・ウォーターズならば、僕は『ピンク・フラミンゴ』よりも『I LOVE ぺッカー』や『シリアル・ママ』の方が好きだ。僕にとって、作為のある作品を素直に観る事は難しいのだ。だから、「バッド・テイスト・ムーヴィー」は嫌いではない、という表現になってしまう。 しかし、バッド・テイスト・ムーヴィーそのものであるこの『発狂する唇』については、何故だか素直に楽しめてしまう。奇を衒った、と言ってしまっては身も蓋もなくなるのかも知れないが、そうとしか思えない程のとんでもないストーリーと演出も、まるで、子供の頃に観ていたヒーローものを観るかのような気持ちで楽しめるのだ。勿論、あの唐突に始まるミュージカルシーンも。 なんと言ってもこの映画の魅力は、究極的な滅茶苦茶感である。エロ、グロ、ヴァイオレンス、オカルト、アクション、ロマンス、全ての要素を容赦なく詰め込み、そして、全ての要素を極限まで濃縮し、タブーを破る。一つの妥協も許していないのである。こんな作品を目の当たりにして、何が出来ようか。どうやって否定出来ようか。 子供の頃に観ていたブラウン管の中のヒーローは、全知全能の神のように思えたものだ。完全なる憧れの対象であり、あらゆる夢を叶えてくれる存在であった。僕が、この『発狂する唇』をヒーローものを楽しむように観てしまったのは、この作品が全知全能の神であったからではなかろうか。全てが詰まったこの作品は、映画という表現形態の究極の完成品なのではなかろうか。 などと、とんでもない絶賛を浴びせてしまったのだが、この作品を好きな理由として、最も大きなものは、三輪ひとみの魅力である、というのが本音だ。ここで虐められる三輪ひとみは美しい。戦う三輪ひとみは美しい。結局この作品は三輪ひとみなのだ。 |