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『日本黒社会/LEY LINES』 '99 大映

監督:三池崇史
脚本:龍一朗
出演:北村一輝・李丹・柏谷享助・田口トモロヲ・大杉漣・菅田俊・哀川翔・竹中直人


 日本人にとって民族の意識をダイレクトに感じる事は難しい。歴史的に民族の多様性が乏しい島国であるが故に、周りの誰もが日本人であると考えてしまうからだ。均一の世界の中で自らの特異性を見い出す事は出来ない。周りのみんなが同じ顔をした同じ人種であるから、民族の意識が萌芽しないのである。アイデンティティーは常に相対的なものだ。
 とは言うものの、実際には日本は単一民族の国家ではない。アメリカやフランスなどに比べれば少数ではあろうが、確実に多民族国家ではある。
 しかし、日本人はそこをあまり気にしない。なぜなら、日本人は民族意識を持っていないからだ。民族にアイデンティティーを見い出さない日本人は、他の民族に対しても同様に彼等のアイデンティティーを認めない。これは、悪意ある民族的な差別を齎す一因でもあり、逆に差別の感情を芽生えさせない原因でもある。知らない事、気付かない事は、良い結果と悪い結果の両方を齎す。

 この作品の主人公三人は、在日中国人という民族的マイノリティーだ。マイノリティーとして生きるしかない彼等の青春のゴールは見えない。彼等が背負った民族を日本という閉鎖された社会が認めようとしないのだ。ここに夢はない。

 哀しい若者達に監督三池崇史は、夢を与えるのだが、それは決してビッグチャンスではない。ただ生きる手段を与えているだけだ。そんな最低限の夢でも喜んで掴もうとする若者達を嘲笑う事など誰が出来ようか。目の前にある「生」すらも手を伸ばさなければ掴めない彼等を揶揄する事など出来ようか。僕には出来ない。でも、僕は直視するしかない。もどかしさだけが残る。

 この手の中国マフィアを扱った作品の多くは、ヤクザと中国マフィアの派手な戦いを主に描いている。しかし、この作品では、アクションが最低限に抑えられ、若者達のやるせない青春群像劇が中心となっている。田舎と新宿のコントラストは観る者にセンチメンタリズムを提供し、新宿を愛するマフィアのボス(竹中直人)と新宿から去ろうとする若者達の対極は「生きる」という事の意味を考えさせるに十分である。細かい心情描写と新宿という裏社会のリアリズムによって、見えなくなっている(意識的に無視している)日本の真実を見せつけられているかのようだ。
 ある意味三池流エンターテインメントとして昇華しているこの作品なのだが、何故だか観終わった後に、えも言われぬもやもやが残る。切ない。

 このもやもやの解消は『DEAD OR ALIVE』のラストシーンまで待つしかない。