| 『ラブ&ポップ』 '98 ラブ&ポップ製作機構 監督:庵野秀明 脚色:薩川昭夫 原作:村上龍 出演:三輪明日美 ・希良梨・工藤浩乃・仲間由紀恵・渡辺いっけい・浅野忠信・三輪ひとみ エヴァンゲリオンがあったからこそ、この作品が完成したというのは事実である。従って、一般的な認識は、エヴァによって表現の自由を獲た庵野監督の完全なる趣味の世界、のようなものになっている事だろう。確かに、エヴァンゲリオン程の評価を受ける事もなく、興行としては失敗であっただろうこの作品なのだが、僕の個人的な考えでは、エヴァンゲリオンよりもこの『ラブ&ポップ』の方が好きだ。 エヴァはオタクというトライブを認知させる為に誕生した作品であると言っても過言ではない。オタクカルチャーを反芻し、リミックスする事で、かつてあった制作者サイドと観客サイドの間の大きな壁が崩壊した事を証明した。つまり、エヴァの主役はシンジ君でもレイでもなく、観客自身であり、庵野秀明なのである。それ故に、エヴァに対する支持は、共感という一種異様な形式となったのだ。 しかし、『ラブ&ポップ』は違う。この作品のターゲット層の大部分を占めるであろうオタクにとって、この作品の中にリアリティーは存在しない。それどころか、庵野秀明にとってのリアリティーも存在しない。この世界は完全なる幻想そのものだ。その幻想を見させられた者は、そこに憧れや戸惑いや嫌悪を抱く。それは、非現実を描く映画というメディアにとって、とても健全な姿であろう。純粋な映画の愉しみがここには存在する。 それにしても、この作品は余りにも自虐的すぎる。それは、オタクの世界で完結していたエヴァの自虐性とは全く異質なものであり、女子高生という対極の存在との相対によって産まれる自虐だ。そして、その自虐の裏に確実に潜んでいる正義感やいやらしい欲望というものが、より一層自らを傷つけようとしているとしか思えない。この中にいるのは無駄なプライドによって、自分に箍を架けている弱い人間ばかりだ。苛つく。 僕はこの作品を女子高生のつもりで観る事にした。そうする事によって、自虐から回避し、自らを傍観した。そうでもしないと、汚い自分や弱い自分に支配されてしまいそうだったから。楽観性を失う事はとても辛い事である。「金の為に」と割り切って、オヤジに抱かれる女子高生の選んだ道こそが最も生き易い道なのだ。彼女達を否定するくらいなら、死んだ方がマシである。無駄なプライドという自己に負ける事程、理不尽な事はない。負けるのであれば、他人に負けたい。現実と非現実の逆転したオタクの世界では死にたくない。 |