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『魔王街 サディスティック・シティ』 '93 にっかつビデオ

監督:廣木隆一
脚本:香川まさひと
原作:半村良
音楽:ジョン・ゾーン
出演:秋乃桜子・田口トモロヲ・白竜・広田玲央名・近藤理枝


 官能的な映像世界。独特の美意識。モラルとインモラルの混在。快楽と不貞の相似性。等という言葉で表現されそうなこの作品。いや、この手の作品群、と表現した方が正しいだろうか。
 エロスをテーマとする作品は大雑把ではあるが、二つに分類される。一つは、感情に重きが置かれ物語が展開する作品であり、この場合では“愛”の延長線上にある性行為を正当な行為として真正面から肯定する。従って、罪悪感をセックスのフレイバーにする事もなく、至極素直に性を謳歌する。
 もう一つは、快楽に重きを置く作品である。この場合、感情とは一線を隠す自己完結的な観念としての“快楽”が確実に浮遊して存在しており、対人感情の延長線上としての性行為は否定される。性行為における“快楽”だけが抽出され、そして、それは無条件に正当化されているので、快楽の追究は完全なる正義となる。それこそ犯罪だって快楽の名の下に正当化されてしまう。
 この『魔王街 サディスティック・シティ』は、正に後者にカテゴライズされる作品であり、シンプルすぎる程に快楽だけを追い求めている。当たり前の様にインモラルを性的快楽の手段とし、当たり前の様に淡々と性を謳歌し、当たり前の様に物語を蔑ろにする。この登場人物達には、最早真新しさを感じる事は出来ない。余りにステレオタイプな「快楽追究型」のエロス作品だ。

 正直言ってしまえば、有りがちな作品で、善くも悪くも「ピンク映画ヌーベルヴァーグ以降」を体現している。この手の作品は決して嫌いではないのだが、作品ごとの差違を「性的な嗜好」(つまり、SMがテーマであるか、とか、フェティッシュがテーマであるか、とか)にしか感じられない事が多いので、多少食傷気味である事も確かだ。物語の進め方などが異常に酷似しているケースも多々あり、やはり物足りなさは否めない。
 例えば、早朝に食卓を囲むシーンを何度も挿入し、非性的な“朝”を描き、性的な“夜”とのコントラストで時間軸を表現する。感情=台詞という図式を敢えて放棄し、快楽=観念=無機質な映像という逆説的な図式によって物語を綴る、という方法論を採用した結果だ。勿論、この方法論は面白いものではあるのだが、それは、元来、人間の感情を映像に埋め込む、という目的の様なものを持っていた映画と拮抗する立場のものであるから、幾らかの無理が生じる。この手の作品に向けられる事の多い「何がなんだか解らない」や「難解である」などの感想がその無理を表しているだろう。また、人間の感情をある程度排除して、映像そのものに依存した方法論であり、物語の起伏も少なく、映像だけを淡々と流されるので、見た目が画一的になってしまうという決定的な事実もあり、それ故にどれもこれも似た様な作品に思えてしまう節がある。

 この作品は九十三年度ゆうばり国際冒険ファンタスティック映画祭ビデオ部門グランプリを受賞し、それなりの評価を受けている。決してつまらない作品ではないと思うのだが、無条件に賞賛される作品であるとは到底思えない。なんと言うか、この作品でなければいけない、という理由が見付からない。