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『ねじ式』 '98 石井プロダクション

脚本・監督:石井輝男
原作:つげ義春
出演:浅野忠信・藤谷美紀・藤森夕子・金山一彦 ・つぐみ・藤田むつみ・青葉みか・清川虹子・砂塚秀夫・丹波哲郎


 石井輝男のエキセントリックな映像世界には驚かされる事が多いのだが、それと同時に、この人は一体何が表現したいのか、という疑念に駆られる事も多々ある。おそらく石井輝男の根底に流れているものは、純粋な娯楽というものであろうが、その娯楽を否定するかのように垂れ流される前衛的な映像に何かを掴み取ろうとしてしまうのだ。そして、結局それが意味するものを理解出来ずに、なんだかとても大きな敗北感というか、屈辱感というか、そのようなものに支配されるのである。

 つげ義春の作品の中でも最も前衛性の強い作品の一つであり、つげの世界観を最も如実に表している『ねじ式』をつげ義春以外の人間が映像化するという事に、まず僕は驚いた。絶対に見る事の出来ない他人の頭の中をどうやって表現するのだろう、その様に思ったのである。自分の頭の中だって、そう簡単に表現出来ないのに、他人の頭の中を自分のフィルターを介してと言えども、どうやって表現出来ようか。
 このような感情を抱きながら、観たこの石井輝男監督の『ねじ式』は驚く程に、つげの原作そのものの世界観を再現していた。「まるっきりそのまんま」と言っても良いのではないかと思う程につげワールドが再現されており、その離れ業にも近い映像には度胆を抜かれる外なかった。
 しかし、つげワールドが展開されるのは、つぐみ演じる居酒屋の少女が登場する付近からの事であり、それ以前の世界観は決してつげ義春のそれではない。いや、『ねじ式』の世界観ではない、と表現した方が正しいだろうか。
 つげ義春の『ねじ式』は余りに個性的な作品であり、そのインパクトはとても大きい。それ故に、「つげ義春=ねじ式」という図式がイメージとして植え付けられてしまう。しかし、『ねじ式』以外のつげ義春の日常的で牧歌的で生活感の溢れる世界観も同じく魅力的であり、そして個性的である。この石井輝男の『ねじ式』は前半部分で、つげの持つ生活感を、後半部分で前衛性を表現しているのだ。つぐみ演じる少女を境界とした二つの乖離された世界を詰め込んだのだ。
 この二面性に、戸惑いを感じるかと思いきや、全くそんな事はなく、すんなりと日常から前衛へのシフトを受け入れてしまった。つげ義春という一人の人間の中に混在する世界であり、表面上は真逆に思えるが、実は全く同じものであるこの二つの世界であるのだから、明確な境界が存在しようとも、同等に感じ取る事が出来たのであろう。
 つげのスキゾフレニックな世界には、違和感を感じなかったのだが、作品全体には妙な違和感を感じた。なんとも表現出来ない「異物感」の様なものだ。
 おそらく、その異物とは石井輝男とつげ義春の距離感なのだと思う。幾ら石井輝男が原作まんまの映像化をしようとも、そこに石井輝男のフィルターが掛かっているが為に、決して純粋なつげワールドが展開される事はない。否、寧ろ、この世界は石井輝男の世界そのものである。つまり、この『ねじ式』は主体を二つ持ち、完全にバランスを失った世界なのだ。であるから、つげ義春も石井輝男もどちらも「異物」である。

 と、訳の解らない事を考えさせられてしまうのが石井輝男の映画だ。素直に面白く感じてしまうという事実がまた、僕を無駄な思索へと誘う。