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『完全なる飼育 愛の40日』 '01 キネマ旬報社・アートポート

監督:西山洋市
脚本:島田元
原作:松田美智子
出演:緋田康人・深海理絵・野田よしこ・徳井優・竹中直人


 和田勉監督の『完全なる飼育』は、原作に忠実でどちらかというと“実録路線”であったのに対して、同じ原作の二度目の映画化であるこの『完全なる飼育 愛の40日』では、原作の設定などよりも、物語の根底にある“愛”のようなものを抽出し、それを全面に押し出した形のファンタジーとなっている。『完全なる飼育』の小島聖はセックスに溺れて行ったが、『完全なる飼育 愛の40日』の深海理絵は愛に溺れて行った、という感覚。

 基本的に題材そのものが面白いので、それなりの作品に仕上がってはいるのだが、全編に渡る深海理絵の棒読み台詞や、象徴的ではあるが無理矢理感の否めないUFOのくだりなどが、下手に芸術志向を持ってしまったピンク映画の様で、なんとも言えないチープな印象を与える。AV女優が無理して演技をしているエクセスのピンク映画みたいだ。意味がある様な振りをして、何一つメッセージを伝えられていないラストシーンなどは、ピンク四天王を意識したけど、失敗しました、って感じだ。カウンセラー(竹中直人)を登場する辺りも、はっきり言ってありがち。
 でも、それらの中途半端さが心地よく感じられるのも事実である。なんというか、それこそ新東宝のピンク映画を観ている感覚だ。たまに登場するカラミのシーンも期待しつつ、寓話的な物語を楽しむ様な。頭の中に「ピンク映画とはこういうものだ」という前提が出来上がっていて、それの下で作品を観る、という事。だから、カラミがあるのは当たり前、と思えてしまい、中年男性と女子高生の間に産まれた愛情の方に主題を見付けてしまうのだ。

 監督の意図がどうだったかは分からないのだが、結果としてセックスの話ではなく、愛情の話になったのは、やはり主演の深海理絵が素人であった、という事が大きいであろう。演技というものが身に付いていない深海理絵が「パパにもさっき公園で女の人がしてた事(フェラチオ)をしてあげる」と言っても、そこに衝動的な性欲を感じ取る事は出来ない。明らかに言わされている。いかにもセックスの好きそうな顔と身体の小島聖が言うのであれば、こちらが嫌悪を感じてしまう程の性欲をそこに見付けてしまうのだが、如何せん台詞も棒読みで顔だちも冷ややかな深海理絵には肉の臭いを感じられない。それもまたピンク女優の投げやり感というか、事務的な演技というか、そういうものに近い。

 一般映画として考えれば、和田勉の『完全なる飼育』程のエンターテインメント性は持ち合わせていないが、ピンク映画の範疇で考えれば、十分にそれっぽくて楽しめる作品。でも、この作品は一般映画として作られたものであるから、なんというか、それで良かったのかなぁ、なんて思ってしまう。いっそうの事、主演が里見瑤子くらいだったらなぁ。