| 『修羅がゆく2/戦争勃発』 '96 東映 監督:和泉聖治 脚本:井上鉄勇 原作:川辺優・山口正人(劇画) 出演:哀川翔・萩原流行・坂上香織・新藤栄作・高松英郎 一作目がキャラクター・設定紹介の為の言わばプロローグに過ぎなかった、という事を証明した劇的な第二作目。様々な策略が飛び交う中、戦争に明け暮れる事がヤクザの仕事である。そんなヤクザの死に様が痛烈に描かれ始めた。裏切られて、闘って、死んでナンボの極道渡世。生き続ける主人公本郷よりも、死に行く敵達の方が輝いて映るのはなぜだろう。 舞台は伊豆大浜。新宿を追われた本郷組は東と西の分岐点を制覇し、全国制覇への第一歩を踏み出そうとしていた。 例によって、大浜での戦争が始まり、究極の悪玉岸田組組長伊能政治(萩原流行)の策略が交錯し、本郷が巻き込まれて行くのだが、ちまちまやっている伊能には嫌悪の感情を抱くしかないし、なかなか動き出さない本郷には苛立ちすら覚える。そんなフラストレーションの溜まる展開の中、本郷と伊能を喰う程の強烈なキャラクターの出現に度胆を抜かれる。新藤栄作演じる火野組組長火野がその男である。 シャブを食い、女を犯し、店を壊し、人を殴る。そんな粗暴の固まりのような火野は、単なる噛ませ犬で終わるはずだった。しかし、最後の最後で本当の仁侠の姿を我々に伝えてくる。ヤクザとして生きる事、ヤクザとして死ぬ事に誇りを持っている火野の熱い存在に観る者は心を打たれるしかない。 最近のヤクザ映画で描かれる親分の多くは、小賢しく、金に汚い。昔の仁侠映画ように人望で伸し上がった人情派の親分が登場する事は少なくなった。しかし、ヤクザ映画はビジネスマンの映画ではないので、そのような熱い親分が求められている事も確かである。 火野は確かに、ヤクザとして悪を貫いていたが、それ以上に人間として熱かった。我々の求める熱いヤクザそのものであった。伊能のような頭脳派親分が主流となっている現在のヤクザ映画の中で、火野は新鮮で衝撃的で、魅力的だ。それは、本郷の持つクールな熱さとは違う、直接的に働きかけてくる熱さである。火野と本郷の一騎討ちなどは、もう圧巻そのもので、否応無しに吸い込まれて行く。 そして、火野を演じる新藤栄作のキレ具合がとてつもない。五分刈りにし、髭を蓄えた新藤は全くの別人だ。それまでの作品における新藤栄作はそこにいない。最後の最後まで火野を演じているのが新藤栄作だという事に気付かなかったくらいである。『借王3』に登場する新藤とこの火野が同一人物であるとは思えない。とにかく、このキレ具合には言葉を失った。 これは、『修羅がゆく3』に登場する中野英雄にも言える事なのだが、このシリーズの魅力のひとつは脇役の死に様にある。今回の火野や次作の中野英雄演じる大磯といった熱い仁侠達の散り様は主人公本郷の心を打ち、観客の心を打つ。そして、死んだ仁侠達の魂を背負った本郷は修羅と化し突き進んで行くのだ。 |