2017/12/14 
12月12日に行われた大矢誠の裁判を傍聴してきました。
11月28日の初公判は傍聴希望者が348人集まってしまったため、傍聴券の抽選に外れてしまったのですが、
運よく二回目の判決公判では傍聴権を得ることが出来ましたので、
10分足らずではありましたが見届けてまいりました。

入廷してきた大矢誠は普通の人間に見えました。
日本の標準的な中年男性といった感じで、入ってきて数歩進んだところで、
頬が一瞬引きつったような動きをしていたので、ある程度は緊張していたのでしょう。
しかし、普通に見えれば見えるほど、一連の犯行とのギャップで逆に不安を覚えたのも事実です。

判決は、懲役1年10ヶ月、執行猶予4年。

ある意味、想像通りの結果となりましたが、
求刑の1年10ヶ月からの減刑はなく、執行猶予としては最長の4年という事で、
※ 執行猶予は3年以下の刑期に適応されるものです。
  動物愛語法違反の場合、最大で2年以下の懲役、200万円以下の罰金となります。
  執行猶予はその求刑の1,5倍~2倍が妥当という事で、そういう意味では執行猶予4年は
  動物愛語法違反において最長という事になるようです。

個人的心情はさておき、現在の司法においては相応の結果だったのではないかと思っております。
裁判官が判決理由を朗読中、2回ほどつっかえていたので、事件の注目度からそれなりのプレッシャーは
感じていたのではないかと、あくまで主観ですが思われました。

執行猶予がついた理由については、
「行為自体許されるものではないが、被告には前科がなく、
勤めていた事務所を解雇され、税理士会からも脱退せざるを得ない状況に追い込まれ、嫌がらせ等、
すでに社会的制裁を受けている事から、今回の執行猶予という判決に至った」
との事でした。

この判決理由を聞きながら、私の中で社会的制裁というものについて改めて着目させられたというか、
裁判終了後、帰り道を辿りながらいろいろと考えさせられました。

そもそも、何故「社会的制裁」というものが発生してしまうのでしょうか。
法律上、犯罪者に対して大半の人間が相応であると思う判決がなされていれば、
我々国民はそれに委ねればよいだけで、判決が下される前に私的な制裁を加える必要もないはずです。

では何故このような現象が起きてしまうのか。

それは、行った犯罪に対して求刑が軽い、精神疾患、年齢が幼すぎる等、情状酌量の余地が存在する事への
懸念だと思われます。
実際に制裁行為を加えている人達の大半は、もともと冷酷な心の持ち主とは限らず、その根本にあるのは
相手が野良猫だから、害獣だからという以前に、
生き物への執拗な拷問とも思える残虐行為を、繰り返し行うことが出来る大矢の人間性に対して、
再犯への怖れ、不安、怒りを覚え、またこういった日本の司法の在り方に不信感を募らせた故の結果だと、
私個人はそう思っています。

もともと法とは、常識ある人間が倫理観に基づいて作ったものであり、
その法を犯す者の多くは非常識な人間なのですから、法が追いつくはずもなく、
我々が考える常識の斜め上をいくような行為を、安易に行えてしまう人間の心など、
私達一般的な常識を持つ者からは、到底理解できるはずがないのです。

大矢誠は海外の残虐な虐待動画を見ているうちに、感覚が麻痺していったと公判で述べていますが、
こういった動画を見たのは自分の意思であり、またこのような残虐性の高い物を通常の人間が見れば
多くはPTSD(心的外傷後ストレス障害)を引き起こす可能性があり、
逆に麻痺する感覚とはいったいどういうものなのか。

実際に今回の事件を知り、PTSDの症状を発症してしまった方々も多いと思われます。
また殺処分を行っている保健所の職員で、このPTSDを発症し苦しんでいる方も実際にいると聞きます。
かつて見たドキュメントで、無責任に増やしてしまった野良猫、個人的理由で飼育できなくなったペットの犬達を、
あっけらかんと殺処分してしまう飼い主達を特集している物がありましたが、
対応されていた職員の方は、生き物をまるで飽きた玩具のように捨てる飼い主達に、
内心では憤りを感じていると仰っておられました。
通常、こういった感情が沸き起こるのが正常な精神だと思うのですが、
残虐な動画を繰り返し見ることが出来、次第にそれを真似してみたい衝動に駆られ、実際にそれを実行に移し、
最終的には苦しんで死んでいく猫達を動画に撮り、大矢自身が証言していた悪意ある人間達と共有し嘲笑う事は、
常識云々の前に、理性ある人間の本能として一線を引きたいと思うのが自然な感覚だと私は思います。

私自身も、未だ静止画と文字情報でしか事件の概要を認識しておりません。
我家の猫であるアヤは元は野良猫で、事件の起こった埼玉県で保護された猫です。
時期や地域によっては、この子も此処にいなかったかもしれないと思うと、正直精神的に耐えられないものがあり、
また想像するだけで、その凄惨さは十分に理解でき、このような死に方や傷を負った猫達を哀れに思えば思うほど
余計に見ることが出来ずにいます。

日本に限らずどこの国にも大矢のような人間はいますし、
野良猫、野良犬等、動物との共存を願い、ボランティアに従事する方たちも大勢います。
残念ながら、これからも動物に限らず虐待という行為はなくならないでしょう。
その抑止を出来るだけ促すのが法規制しかないのが現実で、それが追いついていないのであれば、
司法は機能不全を起こしているとしか言えません。

大矢を解雇した事務所は大矢の人間性を知らずに雇っていました。
知っていれば元から雇う事はなかったと思います。
なぜなら税理士に限らず、どの仕事も能力と共に人間性を重視するはずだからです。
それを鑑みれば解雇は至極まともな判断で妥当であり、巻き込まれた事務所も被害者であると言えます。
裁判官は「すでに社会的制裁を受けている」と言っていましたが、社会的制裁はこれからも続くでしょう。
言い方は悪いですが、社会に丸投げしているのが現在の日本の司法の在り方そのものだからです。


「動物の愛護及び管理に関する法律」の改正を求める署名
https://goo.gl/ur9gYe

動物愛護法2018年改正へ向けて署名にご協力ください<国会請願署名>
締め切り、2018年1月15日着



2017/09/13 
最近、不穏なニュースばかりでかなり気持ちが落ちている状態です。
人にはいろいろな考え方があるため、こういった事にはあまり言及しないようにしていましたが、
今回、この場で自分なりの意見を述べさせて頂こうと思います。

世の中には犬や猫等、人に懐く動物を愛らしいと思う人間と、そういった動物を害獣とする人間が存在します。
後者の人達には害獣は駆除して当然という理論があるようですが、
実際日本での犬猫の殺処分は今も行われている訳で、駆除の理由は様々で地域的に仕方ない事情もあると思います。
しかしながら、駆除の対象であるから虐待を加えても良いという道理はあり得ません。
害獣駆除と虐待死させる事はまったくの別物で、前者はやむを得ず行うもので(人間のエゴであるのは否めませんが)
後者は完全に個人のストレス解消であったり、快楽に繋がる欲求だったり、極めて自己中心的で攻撃的な嗜好にすぎません。

こういった事件は随分前から度々問題視され、過去にも何度か署名運動が行われましたが、一向に収まる事はなく、
今年8月、生後まもない子猫を虐待死させ、その様子をネットに上げていた人間は20万円の罰金刑で終わったそうで、
2012年、里親を偽って何匹もの保護猫を引き取っては殺していた人間は詐欺罪として懲役3年、5年の執行猶予、
2002年、拾ってきた猫を惨殺してその写真をネットにあげた人間も懲役6ヶ月、執行猶予3年で終わっています。
今の日本の法律上ではこれが限界で抑止になっているかどうかも謎です。
2012年に多数の猫を虐待死させた人間は裁判中に笑っていたそうで、
判決後ボランティアとしてシェルターでの手伝いをするという提案も
本人曰く、
「それが呼び水となってまた虐待をしてしまう可能性があるのでやりたくない」との事でした。
つまりはこのような嗜好を持つ人間の改善は極めて難しいという事なのでしょう。

それでもこの現状を放置せず、せめて懲役刑を科すべきと行動している人達がいるのも事実です。
これに支援したいという方はどうか下記のサイトより署名をお願いしたく存じます。

「猫に熱湯をかけ、バーナーで焼くなどして虐待死させた、大矢誠容疑者を懲役刑に」
http://goo.gl/LZNfvK

私も署名すると共に、ここでお知らせする事くらいしかできない人間で甚だ情けないのですが、
ブログを持っている身として、遅ればせながら今回ここでその気持ちを吐露させて頂きました。




2017/03/11 
東日本大震災から6年が経ちました。
死者15,894人、行方不明者2,562人、避難者数が2016年までで13万人強。
この6年間、復興支援や防災等において、
日本人の意識改革が十分に行われてきたのではないかと思っていたのですが、
最近になって、被災地や東北出身者の子供に対してイジメや差別が行われていたという事をニュース等で知り、
何故そのような事態に至ったのか詳細はわかりませんが、情報を聞く限り何ともやりきれない思いで一杯です。
元々人間はエゴで、差別化する傾向のある生き物だと個人的に常々思ってはいるのですが、
倫理観の未熟な子供なら致し方ない事とは言え、周囲の大人や地域社会はいったいどのようなスタンスで
その状況を受け止めていたのか、本当に理解に苦しみます。
こういった現象は昔から脈々と続いてきたものではありますが、21世紀の現在でも無くならないものなのかと
改めて痛感しています。

私の父方の伯父は小学生の頃に父親(私にとっては祖父)を病気で亡くし、
母親(祖母)の手ひとつで育てられましたが、
その時、周囲の子供達から言われていたのが「父無し子(ててなしご)」という言葉でした。
現在の私達にとっては謎の言葉だと思いますが、今では不適切な言葉として誰も使わない前世紀の差別用語です。
大黒柱である父親を失い、社会的に弱い立場にある子供をさらに貶めるという、今から見れば謎の現象です。
伯父とその弟であった私の父は、幼い頃何度もこの言葉を浴びせられたそうです。
伯父は私の父とは違い、とても優秀であったそうで(親戚から聞いた話です)
学校で良い成績をとっても最終的には
「父無し子のくせに生意気だ」「あいつは所詮父無し子だ」と揶揄されたそうです。
その反動もあったのか長男としての責任感からか、伯父は旧制小倉中学校へと進学し江田島(海軍兵学校)を経て
最終的に海軍仕官として戦死という形で人生を終えました。

戦後においては、今度は江田島出身という事に対して
エリート意識による排他主義だというような批判が起こったとの事で、
人間の意識は、所謂標準ではない事に対して基本差別するのが自然な在り方、という事なのでしょうか。
それでも伯父と私の父に対して善意で接し、支援してくれた人々はいたはずで、それは今も同じく
心無い人間はほんの一握りであり、大半の人間は被災者を含め社会的に不利な状況に置かれている人達に
労わりの心を持って接しているものと信じたいです。




2017/01/08 
あけましておめでとうございます。
去年は私にとって本当にいろいろな事がありすぎて、大変目まぐるしい一年となりました。
一作年から手掛けていた、フランスの出版社グレナ社との「マリー・アントワネット」がようやく完成し、
年が明けてやっと冷静に振り返って見る余裕が出来た次第です。
大変貴重な経験をさせて頂き、今回の仕事を与えてくださったヴェルサイユ宮殿と
グレナ社には改めて感謝しております。
また、フランスのロジェ ヴィヴィエ(Roger Vivier)とのコラボとして、作品を提供させて頂いた事も
重ねて御礼申し上げます。
   

去年は「MARS」の映像化もあり、少女漫画時代からのファンの方や新たにファンになったという方々から
暖かいメールやお手紙を頂き大変嬉しかったです。
また、当時連載していた別冊少女フレンド編集部に、ずっと保管されたままになっていたファンレターが
この度見つかり、ようやく私の手元へと届きまして全て読ませて頂きました。
中国や台湾、海外の方からのお手紙も含まれていて、本当に懐かしく連載当時が思い出され胸が熱くなる思いでした。
大変遅くなりましたが、この場を借りてお詫びすると共に改めて御礼申し上げます。
ありがとうございました。

もう一つ、今回の映像化の御蔭と言いますか、知人から「MARS」の台湾版も観てみたいと言われて、
我家に保管してあった台湾版「戦神~MARS~」のDVDを貸したのですが、その方から後日
「ノリックが特典映像に出てましたよ!」という報告を受けて驚いて確認してみたところ、
本編後の特典映像にノリックこと、阿部典史選手が出演していた事を知り、驚きで思わず画面を何度も
見直してしまいました。
私自身の疎さと言いますか、本編以外に特典映像なるものがあるなんて長い間気がついてなくて
今回この知人の方から教えてもらって初めて知ったような有様でした。
(因みにこの知人である御夫婦はかつてチームとして
鈴鹿八時間耐久レースにも出場した経験のある程のバイク通です)

阿部典史(愛称ノリック)選手はロードレース(オートバイ)のレーサーで、
実は「MARS」の零のモデルだった方です。
零の経歴やレーススタイルはこの阿部選手を元に造り上げたもので、彼は当時天才と言われていたレーサーでした。
1994年の日本GPで鮮烈デビューを飾り、この時まだ18歳という若さでした。
まだ十代という事もあって、彼は当時の流行でもあった所謂ロン毛のヘアスタイルをしていて
レース中にメットから出た髪の毛がなびくため、どこにいるのかゼッケンナンバーを見るより
わかりやすかった事もあり、メットで顔が見えなくてもロン毛だとレース場面で描き分けがしやすいという利点も相まって
髪型等も当時参考にさせて頂きました。
(それ以前に、阿部選手はとにかく走り自体が際立っていて、攻めの姿勢を貫くタイプのレーサーでした)

その阿部選手が台湾版「MARS」のバイクの指導にあたっていてくれた事を知り、
改めて驚きと感動と切なさで胸が一杯になってしまいました。
阿部選手は2007年10月7日に公道をバイクで走行中、トラックの無謀運転に巻き込まれ32歳という若さで
この世を去りました。
本当に早すぎる死でした。
鈴鹿には何度か取材に足を運びましたが、生前の阿部選手とは最後までお会いする事はありませんでした。
これまで作品のモデルにしたと公言すれば、御本人にも迷惑がかかる事もあるのではと思い、モデル云々については
敢えて触れずにいましたが、特典映像の子供のように笑っているノリック(阿部典史選手)の顔を見ていたら、
本当に万感胸に迫るものがあり、 今回このような形で御紹介させて頂きました。
改めて阿部典史選手の御冥福を御祈り致します。

また「MARS」最終巻手前にはイタリアのヴァレンティーノ・ロッシ、ブラジルのアレッサンドレ・バロス両選手にも
取材で会わせて頂き、最終回は鈴鹿サーキットでの場面を想定していたので本当に良い経験と思い出となりました。
特にV・ロッシ選手は阿部選手の大ファンだったようで、阿部選手が亡くなった年、
喪章をつけてレースに出場したそうです。
「MARS」は今思えば本当に贅沢な思いをさせて頂いた作品でした。
この場を借りて関係者各位に改めて御礼申し上げます。



ここ十数年程ずっと歴史の資料ばかりを追ってきましたが、去年は縁あっていろいろな方とお会いしたり話したりと
また仕事以外の事を見たり聞いたりして、ある意味大変リフレッシュ出来た年になったと思っています。
年末年始は久しぶりにゲームでもして時間を過ごそうと思い、(文字情報や絵画、資料写真からちょっと離れたくて)
「人喰いの大鷲トリコ」というゲームを購入してみました。

 
「ワンダと巨像」「ICO」等で知られているシリーズだそうで、「ワンダ」や「ICO」は
うちのスタッフにも長年のファンがいて、彼らが仕事上がりにプレイしているのを、
当時後ろで見せてもらっていましたが、(こちらも大変良作だと思います)
「人喰いの大鷲トリコ」は私が一人でやってみようと思い、今回プレイさせて頂きました。

まず世界観が素晴らしかった事と、主人公と大鷲との交流が実によく出来ていて驚かされました。
絶体絶命の谷から、一人と一匹が助け合いながら脱出を試みるストーリーとなっているため、
否が応でも感情移入してしまう展開は巧妙というか、それ以前にトリコの造詣がとにかく秀逸でした。
大鷲とはいえ、動きはどちらかというと猫に近く、我家の飼い猫アヤも私の隣で終始画面に釘付けになる程で、
リアルでありながら生々しくなく、このバランスが本当に絶妙でしたね。
無機質な遺跡の中で、自然物である草木や光、主人公である少年が対照的に際立つようにデザインされていて
どこか絵本のような仕上がりが本当に美しく、また音楽もとても効果的で本当に感心致しました。
ゲームでありながら一つの物語を辿るような演出に、良い意味で最後まで翻弄されました。
いつもは気分転換でシューティングをやる程度だったのですが、まさかゲームで感動を覚えるとは思いませんでした。

出力ばかりしていると、どうしても精神的に殺伐としてしまうのですが、このように作り手の拘りや
真摯な姿勢に遭遇すると嬉しさも含めて英気を養えた気がします。
やはり良質の感動、刺激は必要だな、と改めて思いました。
私も頑張らなければいけませんね。
今年も一年宜しくお願い致します。




2016/12/18 
16日の講演会にお出でくださった皆様には、寒い中わざわざご足労いただき有難うございました。
皆さん熱心に耳を傾けていらして、私自身も大変充実した時間を過ごさせて頂きました。
最後にたくさんの方から励ましのお言葉まで頂き、本当に心温まるひと時でした。
また、今回この企画をして立ち上げてくださった鵜名山様をはじめ、DNPアートコミュニケーションズの皆様にも
改めて御礼を申し上げます。
御来場の皆様が喜んでくださっているのを目にする度、出来るだけたくさんの方と交流の場を儲けられたらと思うのですが、
POLA、ロジェ ヴィヴィエ(Roger Vivier)、そして今回の銀座での講演会と、イベントが東京に集中してしまって
関東以外の方には本当に申し訳なく思っております。
松屋銀座ロジェ ヴィヴィエ(Roger Vivier)で行われた「マリー・アントワネット」の原画展を来年、
名古屋や大阪でも開催する事を予定していますので、まずはそちらを楽しみにして頂ければと思っております。




2016/12/13 
報告が遅くなりましたが、12月16日(金)に銀座DNP銀座ビル3階で「マリー・アントワネット展開催記念」として
私の講演会を開いてもらう事となりました。
先着50名(参加費1000円/消費税込み)となっておりますが、
会場の広さから席数をまだ増やせるそうですので、お時間と興味のある方は是非お出でください。
詳細は下記のURLにて御覧になれますので何卒宜しくお願い致します。
http://www.mmm-ginza.org/event/event.html


2016/10/02 
昨日10月1日、松屋銀座1F「スペース・オブ・ギンザ」にて
ロジェ ヴィヴィエ(Roger Vivier)とのコラボイベントのサイン会を行いました。
イタリア、フランスでは2000年代に入ってからサイン会を行っていたのですが、日本では、'80年代に三省堂さんでやらせて頂いたのと
小学館の雑誌のイベントか何かで、原宿で他の作家さん達と参加したその二回くらいだったと記憶していますので、
私にとっては本当に久しぶりのサイン会となりました。
皆様においては天候の優れない中、会場へお越し頂き本当に感謝しております。
激励の言葉やプレゼント等も頂き、大変楽しい時間を過ごさせて頂きました。
この場で改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。
また、松屋銀座での原画展は10月4日まで開催しておりますので、興味がおありの方はどうぞ気軽にお立ち寄りください。

そして9月30日に漫画「マリー・アントワネット」に続いて、その副読本ともいえる「マリー・アントワネットの嘘」が発売されました。
塚田有那さんによって我家で三回にわたりインタビューを受け、アントワネットやルイ16世が長年どういう誤解曲解を受けていたか、
その原因や経緯についてお話しした事をまとめたものです。


漫画は160Pの単発と決まっていましたから、私としては彼らの人生をダイジェスト版にはしたくなかったので、
160Pで切り取れる場面をあれこれ模索してはみたのですが、
当初はアントワネットの裁判から断頭台までの構想もありましたが、そうすると舞台がタンプル塔となってしまい、
元々ヴェルサイユ宮殿側からは、ヴェルサイユ宮殿やプチトリアノンを描いて欲しいというオファーから始まった話ですので
また、革命側の描写や此処に至るまでの状況説明が必要となる事から、分量的にも厳しいものとなる事が予測され、
結果、プチトリアノンでようやく自分らしい生活を手に入れたアントワネットの回想話として、ルイ16世との出会いから王太子妃として
歩み始めるエピソードに焦点を当ててみました。

そのためにルイ16世の一次資料として、ジャン=クリスチャン・プティフィスさんの著書「ルイ16世」を、
また、アントワネットはシモーヌ・ベルティエールさんの伝記「不屈の王妃、マリー・アントワネット」(邦訳はまだされていない)を
グレナ社の稲葉さんに翻訳してもらい、それらをベースに人物造詣を深めていきました。
また国境の街、ストラスブールでのアントワネットお引渡しの場面では、意外な人物の証言が文献として残されており、
これには大変助けられました。
御本人もモブとして漫画作品に登場しておりますが、ヨハンと呼ばれていたドイツ人留学生で、後に偉大な文豪となられる方です。
ドイツ史、ドイツ文学に詳しい方はすぐにお解かりになったと思います。
ラストはルイ15世のモノローグで終わりますが、「いや、終わるんだよ」と
大半の読者の方が、そう心の中で呟かれる事を想定して締めくくられるよう構成させて頂きました。

「アントワネットの嘘」はヴェルサイユ宮殿もグレナ社も関係なく、日本での単独の企画です。
漫画を読んだ後にこれを読まれて、さらにまた漫画を読むと感じ方に微妙な変化が生じるかもしれません。
今回の制作の舞台裏やヴェルサイユ宮殿のバックアップ体制、フランス側の編集者や関係者のコメントも掲載されており
他に協力を申し出てくれたアントワネット協会や、日本の京都服飾文化研究財団など各方面への取材も含めて
大変興味深い物となっておりますので、よろしかったらこちらも手にとって頂けたらと思います。

また大先輩である萩尾望都さんとの対談も実現され、わざわざ我家にまでお出でくださって、お忙しい中大変恐縮致しました。
もう十六年も前になりますが、お食事に誘って頂きそのノリでカラオケまで御一緒させて頂いた思い出があるのですが、
あの頃と変わらずパワフルで未だ衰えぬ創作意欲にさらなる感銘を受けました。
お話しできて大変楽しかったです。本当にありがとうございました。


そして、今回「アントワネットの嘘」の出版にあたって、御世話になった講談社第一事業局次長の原田隆さんに改めて御礼申し上げます。
誠に残念ながら、原田さんは先月、9月23日に本の発売を待たず急逝されてしまいました。
校正の最終段階で我家にまで足を運んで頂き、担当編集者である北本と共に深夜まで文章の添削にお付き合いくださり、
帰り際に笑顔で去っていったのが最期に見た姿となりました。
言葉のニュアンスを大事にされる方で、これが御一緒させてもらった二度目のお仕事でしたが、
とても信頼できる方でしたので、本当に悔やまれてなりません。
心より御冥福をお祈り致します。どうか安らかにお眠りください。





2016/09/24 
「マリー・アントワネット」が昨日23日に無事発売されました。
一昨年の暮れにお話しを頂いてから、随分と時間が経ってしまいましたが、何とかこの日を迎えられてほっとしています。


実を言うと、当初「マリー・アントワネット」は今年の7月14日、フランス革命の記念日に合わせて発売する予定だったのですが、
二ヶ月以上遅れてしまい、グレナ社をはじめ、関係者各位に多大な御迷惑をおかけしてしまいました。

160Pのネームが出来上がったのが今年の1月初旬で、そこから作画に入ったのですが、
ロココ様式の建造物や服飾のレースや刺繍など、私を入れて作画スタッフ4名で、(後半仕上げ係りも1名加わり)
半年がかりで絵を入れていったのですが、アナログの限界といいますか、
私自身も体調を崩してしまい、漫画家になって初めて腱鞘炎なるものを患ってしまいました。
どうやら急性だったようで、一週間程湿布薬などを貼って安静にしていたら何とか通常モードに戻れはしましたが、
鉛筆さえ持てない程の激痛は初めての経験だったので、我ながらちょっと驚きました。

これまでも腕が重くなったり、首や肩がパンパンに張ってしまったりする事はあったのですが、
フリルやリボン、レースに刺繍などの作画は、私の人生においてここまで大量に描いたのは初めての経験だったもので、
さすがに腕が悲鳴を上げてしまったようです。
それでも、何とか7月14日の発売に間に合わせようとしたのですが、今度は座りっぱなしの弊害からか
エコノミークラス症候群に陥っていたらしく、2時間程作画したら1時間はストレッチなどをして、体をリラックスさせないと
まともに座っていられなくなり、結局二ヶ月以上発売が遅れてしまいました。

この段階でグレナ社からは、出来るだけ描き込みは抑えるようにと言われまして(苦笑)
ここまで資料が鮮明に揃っていると、どれもこれも描いてしまおうと思わす欲が出てしまったのか、
フランス大使館からも、7月14日の革命記念日の祝賀レセプションに御招待頂いていたのですが、
こちらもキャンセルさせて頂く事となり、大変申し訳なく思っております。
改めまして御招待頂き有難うございました。

また10月1日に行われる、銀座松屋でのロジェ ヴィヴィエとの連動企画の「マリー・アントワネット」原画展、及び
私のサイン会についての詳細が、下記のモーニング公式サイトに書かれていますので、
おいでくださる方はこちらを御確認して頂けるとありがたいです。

http://morning.moae.jp/news/3219




2016/09/09 
週刊モーニング41号にて「マリー・アントワネット」無事終了致しました。
読んで頂いた方々には改めて御礼申し上げます。

4話で終わり?と思っていらっしゃる読者の方も多いようなのですが、
この作品は、元々ヴェルサイユ宮殿から依頼されて描いたもので、
フランスのグレナ社との契約で、160Pの一冊の本としてフランスで出版するために作成されたものでした。
それを日本でも発表しようということになり、「チェーザレ」で御世話になっている週刊モーニングで
4回に分けて特別に載せて頂いただけのイレギュラー企画です。
モーニング誌上できちんと説明されていなかったようで、長期連載かと思わせてしまった方々には申し訳なく思っています。
事の経緯が前例のない事だらけでしたので、説明がややこしい事もあって、その辺りは誤解させてしまってすみませんでした。
単行本はフランスと同時発売という事で、日本でも今月発売されますので、どうか楽しみにしていてください。


このところの不安定な気候のせいで、すっきりしない毎日が続いていますが、
今回の台風被害で命を落とされた方々もいらして、被害に遭われた皆様には本当に心よりお見舞い申し上げます。
農作物や酪農の状態も深刻なようで、これ以上被害が拡大しないよう祈るばかりです。

日本だけでなくイタリアでも地震による被害で死者が出てしまい、
日本に比べれば地震の頻度は少なく、ここまで破壊される程の強い揺れは滅多にないイタリアなのですが、
今世紀に入ってからは、今までの概念では考えられない事態が続いているようです。
亡くなられた方々の御冥福をお祈りすると共に、あの古い町並みを慈しみつつも、
今後は人命優先の措置がとられるよう、心より願っております。



2016/08/20 
週刊モーニングで「マリー・アントワネット」第一回目が掲載されました。
物語はマリーとルイの次男、後のルイ17世となるシャルルが生まれた直後から始まります。
1789年に起こるフランス革命の4年程前、
アントワネットとルイ・オーギュストにとって、この頃が人生で一番穏やかで幸な日々だったのではないかと思われます。
グレナ社(ヴェルサイユ宮殿)からは、160Pで単行本一冊にまとめてほしいとの依頼でしたので、
どの部分に焦点を当てるか悩みましたが、彼らの何が今現在まで誤解、曲解されてきたかを踏まえた上で
アントワネットのお輿入れから、ヴェルサイユ宮殿で王太子妃として、彼女なりに人生を歩み始める様子を描く事にしました。

少年少女の結婚がテーマといえば、何気に少女漫画を彷彿させますが、
当時、大国であったオーストリアとフランス、二人の結婚は「世紀の結婚」と言われ
これによって敵対していた両国に同盟関係が生まれ、ヨーロッパ全土に大変な衝撃が走ります。
※今で言うならアメリカとロシアが同盟を結ぶくらいの衝撃だったようです。

この時アントワネット14歳、ルイ・オーギュスト15歳、現在でいうなら中学生の年頃、全くの子供です。
まだ成熟していない子供同士が、国と国の政策で結婚させられてしまうのですから、
近世とはいえ、まだまだ過酷な時代でした。

アントワネットとルイ・オーギュストについては、オーストリアの作家であるシュテファン・ツヴァイクの伝記が有名ですが、
ツヴァイクは歴史研究者ではなく、あくまで作家の立場からアプローチしているため、
正しい部分もあるのですが、けれん味溢れる表現に流される傾向があり、それがまことしやかに言い伝えられた事が、
現在のマリー・アントワネット、ルイ・オーギュスト像を定着させるに至ったのだと思われます。

ルイ・オーギュストにおいても、冴えない風貌、背は小さく太っている等の表現がありますが、
実際の彼は、15歳の段階で178センチあったという記録が残っており、処刑時には192センチの長身になっていたようです。
それに対してアントワネットはかなり小柄だったようで、コンピエーニュの森で引き合わされた際に、その姿を見た者たちは
彼女が10歳から12歳くらいにしか見えなかったという記述を残しています。
※後にアントワネットが髪の毛を高く盛ったりしたのも、背の高すぎる夫との釣り合いを考えて、美容師がアレンジしたのでは?
  などと、担当編集の北本とヴェルサイユ滞在中に冗談半分に話したりしていました。(笑)
アントワネットも15歳を過ぎたあたりから、身長も伸びて体つきも女性らしくふくよかになっていったそうです。
それでも夫との身長差は結構あったと思われます。

またアントワネットとの婚約時のルイ・オーギュストの絵画や線画を見る限り、彼が痩身である事が確認できました。
筋肉質な体躯でかなりの力持ちだったようでして、錠前作りだけではなく自室の内装を職人達の陣頭指揮を執りながら
自ら作業に携わったりと、今でいうところのDIYといったところでしょうか。
そのために公式以外では動きやすい簡素な服装をしていたらしく、この辺りが王族としては冴えないと揶揄された原因でも
あるようです。
※当時は孔雀の如く華やかな衣装をまとい、力仕事などとは無縁のオシャレな男性が高貴で粋だと思われていました。

どうやら彼はバリバリの理系男子だったようですね。
ルーブル美術館を訪れた時、ルイ16世のブースでは彼の愛用していたコンパスや製図用の器具が展示されていました。
国王になった時の肖像画では、やや太めに描かれているのですが、王の貫禄として恰幅よく描かれるのが
当時の慣例であったということでした。
実際に彼が太ったのは革命後に幽閉されてからで、日課の狩りに出かけられなくなった事が原因だったようです。

では、何故ツヴァイクがルイ・オーギュストを小さく太った男だと表現したのか?
それは当時、 アントワネットの尻に敷かれて小さくなっているルイ16世の風刺画が出回っていたため
(王妃に頭が上がらない哀れな国王という揶揄を込めたもの)
これを鵜呑みにしたのか、敢えて引用したのか、今ではその心意はわかりませんが、
※ツヴァイクの著書の中にも、ルイ16世の身長が192センチだったという記述があるので、
  何故小さいと表現したかは謎のままです。
どちらにせよ、良くも悪くもツヴァイクのこういった数々の刺激的なエピソードが、アントワネットを特異な存在として
有名にした要因であることには違いありません。

まだまだ興味深い話はたくさんあるのですが、それは追々お話ししていければと思っております。



そして「チェーザレ」です。
リハビリも終わり、ようやく1492年のイタリアに戻ってこれた感じです。

 
 
アンジェロも健在です。
それではまた。



2016/08/14 
8月18日発売の週刊モーニング38号より「マリー・アントワネット」が始まります。
総ページ数は160P、全4話の構成で毎週掲載していく予定です。
想定内とはいえ、やはりロココ様式の作画にはかなり手こずりました。
細かいところはスタッフにも手伝ってもらいいつつ、何とか仕上げたものの、見直すと衣装の柄の抜けや粗があって
ちょっと残念なことになっていますが、突発的な仕事だったため止むを得なかったかなと思っています。
これから手を入れられそうな部分は、出来るだけ修正していければと考えていますので、とりあえずは
18世紀のアントワネットの世界を楽しんで頂ければ幸いに思います。



2016/07/24 
御無沙汰しております。
自分のブログを見て、前回UPしたのが3月だったのに我ながら驚いております。
「マリー・アントワネット」の原稿が、6月一杯で上がる予定だったのですが結局7月初旬まで押してしまい、
経過の御連絡も出来ないような有様でした。
作品はフランスでの出版と合わせて、8月に「週刊モーニング」で発表を予定しておりますので、
詳細はまた来月御紹介したく思います。

とりあえずイタリアへ戻って来れてホッとしてはいるのですが、
正直ここに至るまで頭と目を酷使しすぎて(腕もですが)、フランスの資料とイタリアの資料の入れ替えも
丸一日かかってしまったりと、ちょっとリハビリしつつ仕切り直しをしているところです。
今現在は「チェーザレ」の途中で止まっていたネームと作画を再開しておりますが、さすがに一年半も間があいてしまったため、
1492年のイタリア半島の情勢を、もう一度頭に叩き込む作業で一杯いっぱいの状態です。
「チェーザレ」の読者の方々には本当に申し訳なく思っておりますが、再開までもうしばらくお待ちください。

それから、遅くなりましたが4月に起こった、熊本、大分での地震で被害に遭われた方々には改めてお見舞い申し上げます。
火災等の二次被害がなくて幸いだったものの、それでも命を落としてしまった方々がいらっしゃるのは
本当にやりきれない思いで一杯です。
また、私の地元である大分の事を心配して、メールを送ってくださった方々にもこの場を借りて御礼申し上げます。
4月から5月にかけて、実家にいる母とは電話での安否確認をしてはいたのですが、
実家も家具等が倒れて陶器やガラスの破片が散らばり、一人では片付けられないレベルだったようで、
仕方なく限られたスペースで生活していたようなのですが、地元でも避難勧告が出ていたものの、
やはり家から離れたくなかったみたいです。
(環境の変化によるストレスと寒さを考えればわからなくもないのですが)
何度も東京へ来るよう促したのですが、いざとなったらそちらへ行くと言うばかりで、
(残念ながら、東京も安全という訳ではないのですが)
結局、兄が連休を利用して様子を見に行ってくれました。
部屋は何とか片付いたものの、今も彼女は九州を離れるつもりはないそうで、幸いにも現状は落ち着いているようなので
しばらくは様子見するしかない状態です。

それではまた。


2016/03/11 
東日本大震災から5年が経ちました。
5年経ってもまだまだ復興に至らない状態が続いているようです。
今の私達に出来る事は、とにかく忘れない事なのかもしれませんが、先の見えない現状に
何から手につけて良いのか、それすらもわからない有様です。

それでも(不謹慎かもしれませんが)あの震災をきっかけに教えてもらった事もあります。
有事の際、自分に出来る事は募金くらいしかないと、これまで思っていたのですが、
被災地で行き場を失ったペット達の情報を知った時、我家には2~3匹までなら引き取るだけのスペースと
亡くなった先住猫達の使っていたペット用品をまだ残していた事もあって、
思い切って保護団体に連絡してみたのですが、やはり東北から関東までの移動距離がネックとなって、
諦めるしかないと思っていたところ、その時の担当の方が、今関東近郊にも里親を求めている子達がいるので、
その子達を引き取るだけでも、ボランティアの方達の負担を軽減させる事ができると仰ってくださったので、
そこで里親としてその子達を引き取ることにしました。
震災で各地にいろんな不幸事が起こりましたが、それでも前向きに何かをする事に意味はあるのじゃないかと思う今日この頃です。



アヤ(♀)今年で7歳になります。


リン(♀)今年で11歳。スコティッシュのミックス。
※元はマリアという名前だったのですが、私の身内によく似た名前の物がいるもので、リンに改名いたしました。
 

マシュー(♂)今年で9歳。リンの子供です。
 
アヤは震災のあった年の2011年の12月に我家にやってきました。
野良だったところを保護された子で、性格がとても消極的で優しい子なので野良のままで生きていくには難しいという理由で
保護されたみたいです。
※でも今ではとんでもない我がまま娘となってしまいました(苦笑)
その2年後、リンとマシューの親子猫が加わり3匹が新たな我家のメンバーとなりました。
親子で飼育放棄されたらしく、年齢もすでに8歳と6歳で親子揃ってだと貰い手が中々いなかったとの事で、我家で引き取らせて
頂くことになりました。
マシューはスコティッシュ特有の遺伝疾患を患っており、骨形成異常症のため軟骨が増殖して手足にコブのような物が出来て
通常の猫のように機敏に動くことができない子です。
当然間節を圧迫して痛みもあるようなのですが、問題はスコティッシュの特徴でもある鼻が骨の変形で潰れているため、
クシャミ等をすると狭い鼻腔に圧がかかって鼻血を噴出してしまう事でした。
これは先住猫が生きていた時から御世話になっていた獣医さん診てもらった結果、マシューは上の歯が歯根炎を起こしていて
歯茎が化膿している事も影響して、それでさらに鼻血を出しやすくなっているのかもしれないとの事。
2週間ほど投薬を続け、体力を回復させてから手術をしてもらい、上あごの牙を除去してもらいました。

猫の牙は元々狩りのための物で咀嚼には関係ありませんので、狩りの必要のない飼い猫にとっては無用の長物という事で
根元が腐ってしまっていた歯を取り去ってもらいました。
上あごの牙を抜いた事で歯根部分のスペースに余裕が出来て、鼻血も多少治まるのではないかとの事でしたが、
御蔭様で今では全く鼻血を出さなくなりました。
関節の痛みは生涯続くと言われましたが、マシュー自身が遊びたがっているなら、可能な限り好きなようにさせて良いとの事でしたので、
他の子同様オモチャ等で遊ばせていたら、来た当初は寝返りすら出来なかったマシューが筋力が回復したのか
今では廊下を走り、テーブルの上にも飛び乗るようにまでなりました。
※同じくスコティッシュの頻繁な鼻血で悩んでいる方は、上あごの施術もひとつの手段なのかもしれません。

 
 


宅配の箱(かなり小さめ)を奪い合うアヤとマシュー。結果アヤが奪い返す。(笑)
 

そして箱よりもオモチャに夢中なリン。
 

2年前フランスの出版社の方が我家を訪れた時、ちょうど12月24日だったものでクリスマスケーキをお土産に頂いたのですが、
何故かリンが反応しました。この時お客様が撮ってくれた記念の一枚です。
 
そして、そこからの縁とでも申しますか、「マリー・アントワネット」の現在の状況です。

ようやく3分の2まで来た感じです。作画はやっぱり大変ですがネームは完成しているので後はペン入れと仕上げをやるのみ。

今回は以前より読者の方からのリクエストもあって、猫達の写真をUPさせてもらいました。
励ましのメールを送ってくださった方々ありがとうございました。
誌面で一日も早くまたお会いできるよう頑張ります。




2016/01/23 
「MARS」のドラマが本日23日深夜24:55(厳密に言いますと24日の日曜0:55)から放送されます。
関東ローカルで時間帯も遅いので、観られない方もいらっしゃると思いますが、可能な方はどうか御覧になってみてください。

「MARS」は別冊フレンドで少女漫画として私が最後に描いた長編作品でしたが、
最初の案では60~120Pの読みきりとして考えていた作品で、連載用に考えていた話ではありませんでした。
(主人公のキラが零という少年を知るうちに、破天荒で自分とはまったく違う性質の彼に次第に惹かれていき
最後は一枚の絵として零の記録を残すという話でした)

当初は連載用に他の話を用意していたのですが、当時の担当者がその案にあまり乗り気でなかったため
急遽、読みきり用としての作品だった後の「MARS」(この段階では題名すら決めていませんでした)のエピソードを
膨らませていったら、それなりの長編になりそうだったので、それでとりあえず描き始めてみたという経緯でした。
御蔭様で1996年の開始から2000年までの間、読者の方々に支えられて、何とか無事に描き上げる事が出来ました。

※因みに、その没となった企画の作品は、後に青年誌である週刊モーニングで発表する事となりましたが、
  もちろん別冊フレンドでは主人公達を十代の少年少女として、ある程度少女漫画補正を配した作りにしてはいたのですが、
  多少刺激が強すぎるのでは、という当時の担当者の意見もありましたので、当初の物をさらにソフトに改変するよりは、
  別の物に切り替えた方が話が早そうだと思い、それで読みきりだった後の「MARS」に着手したという次第です。
  その御蔭と言いますか、その没作品は2001年から週刊モーニングで「ES」として、かなり自由に描かせて頂けたので、
  結果オーライという事だったのかもしれません。

「MARS」自体も当時、少女漫画でどの辺りまでが許容範囲なのかと、かなり手探りで描いていた作品でしたので、
それなりにハードな部分もあり、映像的にも演者の方にも、それ相応の負荷がかかったのではと思います。
御苦労された分、良い結果となるようお祈りしております。


蛇足ではありますが、2005年より連載開始していた「チェーザレ」のイタリア語翻訳本発表のために、
2007年にイタリアに招待されたのですが、その時の講演会でイタリアの読者の方々から、最後の方で「MARS」についての
質問を受け、「零のモデルはいるのですか?」との問いに
「特定のモデルはいませんが、何となくイタリアの男の子をイメージして作りました」と答えたら、
会場が大爆笑になってしまいまして、多分零が無類の女好きという設定だったためだと思われます。(苦笑)

ついでに零の苗字の樫野は、ミケランジェロの「カッシーナの戦い」から、と言いたかったところでしたが、実は
当時我家のソファが、イタリアの家具メーカーのカッシーナだったので、それを捩ってカッシーナ→カシノとしたのだと
小さな裏事情も暴露させて頂きました。
因みに、主人公の少女キラには二重の意味がありまして、英語だとkillerで殺人者等のネガティブな意味となりますが、
イタリア語では光や明かり等の意味を持つchiaro、キアロを捩った女の子の名前chiara、キアーラから名付けました。

当時「チェーザレ」はイタリアで発売されたばかりでしたので、会場に来ていた読者の大半は「MARS」のファンの方々だったと
後でお聞きして、かなりの数の方がいらしていたので、「MARS」がイタリアの読者にもとても愛されていた事を知り、
私自身ちょっとした驚きでした。
台湾でも連載時、招待された際に熱烈歓迎を受け、2005年には「MARS」のドラマが作られましたが、
この時もよくここまで作りこんだものだと驚くと共に、深く感銘を受けた記憶が今も蘇ります。

漫画というツールを通して、言語も文化も違う人々と心が繋がることが出切る事を本当に嬉しく思います。
作品を通じて関わってきた、たくさんの方々に改めて感謝申し上げます。





2016/01/18 
遅くなりましたが、今年もよろしくお願い致します。
今年は「MARS」のドラマ化やアントワネットとルイ16世の物語、そして「チェーザレ」再開と
2016年も画面や誌面で、読者の方々に出来るだけ楽しんで頂けるよう、気分を新たにまた頑張りたいと思っています。

17日深夜から東京は雨から雪へと変わりました。
昨夜ブログを更新しようと思ったのですが、1月17日が阪神淡路大震災の日であったため
追悼と共に新年の御挨拶と告知をするのは失礼にあたると思い、18日の日付になってからの書き込みとさせて頂きました。
今日もとても寒いです。
当時、真冬の寒さの中、家や御家族を失った方々のお気持ちを考えると、21年経った今でも何ともやり切れない思いです。
あの日以来、個人的に冬が本当に苦手になりました。
追悼の意味も込めて、どうか今年は安寧であるようにと願っていたのですが、
年明け早々、不慮の事故やテロ等、様々な事でまた犠牲者が出てしまいました。
本当に残念です。
亡くなられた方々の御冥福を心よりお祈り致します。



2015/11/25 
御無沙汰しております。
御報告が大変遅くなりましたが、只今ヴェルサイユ宮殿からの依頼でルイ16世と王妃マリー・アントワネットの話を描いています。
事の経緯につきましては、下記の記事をお読みになって頂ければ幸いです。

WIRED.jp INNOVATION INSIGHTS

ヴェルサイユからは、ヴェルサイユ宮殿を舞台に一冊の本(全160ページ)を描いてもらいたいとの要望でしたので、
描くなら、やはり一番有名であるルイ16世とマリー・アントワネットの話ではないかと、フランスの出版社グレナ社とも
結論が一致し、こういった運びとなりました。
7月の段階でヴェルサイユ滞在中に、フランスの新聞、ル・モンド紙の取材を受けておりましたので、
すでにフランスでは公表されていましたが、日本に帰ってきてからあまりの慌しさに御連絡が遅くなってしまいました。
本当に申し訳ありません。
 

この原稿は最終的にフランスにお渡しする物ですが、グレナ社及びヴェルサイユ側の御厚意で日本でも公開される事となり、
現在「チェーザレ」を連載中である週刊モーニングの誌面を借りて発表される事となりました。
(おそらく4話に分けて来年早々掲載される予定です)

「チェーザレ」においては、ここにきて再検討を必要とする事態が発生し、相変わらず再開一話目の段階で止めている状態です。
教皇選について長い時間シナリオを練ってきたのですが、原さんのデータに数箇所、どうしても辻褄の合わない点があり、
(データに関しは、これまでも二転三転するのは当たり前でしたので、確定しているところから作り込んではいたのですが)
元々1492年の教皇選に関しては記録が残っていませんでしたから、あらゆる方向からデータを寄せ集めて構築するしかなく、
また教皇選のシステムを把握するために、前教皇であるインノケンティウス8世選出の1484年時の教皇選を
雛形として用いた事から、どうやら1484年と1492年の教皇選を原さんが混同してしまったらしく、
そのために矛盾が生じてしまっていたようです。
この件については、原さん自体は翻訳家であって文筆家でも創作家でもありませんので
すでにキャパシティの問題でオーバーワーク状態であったのではないかと思われます。
また、去年から原さんの御身内に不幸事が続いていましたので、こちらからも綿密な打ち合わせを控えていた事もあり、
早い段階での修正が出来ず対応が遅れてしまいました。これは私の方のミスでもあります。

結果、教皇選をゼロから作り直す事となってしまい、この建て直しにはそれ相応の時間を要する事から、
私の方でもすぐには頭を切り替える余裕がなく、そのために一旦クールダウンを兼ねて、以前から用意していた
別の時代の話を読みきり連作で(他紙ですが)開始しようとしていたのですが、その矢先
「チェーザレ」の前担当者であるKからヴェルサイユの仕事を請けてもらえないかと打診があり、
実際あまり得意な時代ではなかったため一瞬躊躇したものの、
ヴェルサイユ宮殿の研究者チームが全面協力の名乗りを上げているという事と、ヴェルサイユ宮殿のあらゆる場所を、
こちらの要望に合わせて全て見せて頂けるという事に心が動いてしまい、結果お引き受けしてしまいました。

大変な作業である事は当然想定しておりましたが、絢爛豪華=権力の象徴、であった時代ですので、
思ったとおりと言いますか、それ以上の時間を要しております。
とりあえずは年内はフランスにどっぷり嵌るしかない状況です。
年明けに掲載予定となっておりますが、何とかこれを完成させて、できるだけ早くフランスからイタリアに戻ってこなければと、
とにかく2015年の師走は例年にない慌しさとなりそうです。


追記
11月13日に発生した、フランスでのパリ同時多発テロにおきましては本当に残念としか言えません。
フランス滞在中はパリにも三日ほど滞在していましたし、事件の起きた10、11区の隣の3区にはよく出かけていたもので
とても他人事とは思えませんでした。(実際今の世界情勢から見れば対岸の火事とは全く思えませんが)
改めて命を落とされた方々の御冥福をお祈り致します。
また被害に遭われた方々の、心と体の傷が一刻も早く癒える事を切に願ってやみません。



2015/08/15 
70回目の終戦記念日です。
先の大戦における戦没者、及び犠牲になった方々を追悼すると共に、改めて世界の平和を願います。

訳あって7月の大半を国外で過ごしていたため、
安保法案(安全保障関連法案)が可決されたことを、リアルで知る事が出来ず
そのため日本に帰ってきて国内の空気が、日本を離れる前と若干違っているように(あくまで個人的にですが)感じました。
私自身も戦争を知らない世代ですが、戦後教育においては戦争は悲惨で最悪な行為であると教えられるばかりで
何故、その悲惨な戦争を起こさねばならなかったか、根幹そのものについては詳しくは教えてもらえませんでした。
高度成長の流れと共に、日本を立て直す事が優先されていたのもあるのでしょうが、言い換えるなら
当時の日本には、冷静に過去を振り返るだけの余裕がなかったとも言えます。
これを機に、自分達のルーツを改めて考えてみるのも良い事なのかもしれません。

そして仕事の進行状況なのですが、今年に入って想定外の事が立て続けに起こってしまい、
実は「チェーザレ」は一話目の構成が終わった段階で中断しております。
状況説明が厄介な事もあり、また私自身、今現在取り組んでいる仕事にかなり追われている身ですので
詳細については、いずれモーニング誌上で紹介されると思われますので、
申し訳ないのですが、その時までもう少々お時間頂ければと思います。

私自身も、出来るだけ早く「チェーザレ」に戻り再開させたいのですが、
とりあえず今は、目の前の案件を早期に片付ける事に集中するしかないのが現状です。
それではまた。




2015/04/18 
16日に渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムにて開催中の、「ボッティチェリとルネサンス展」でトークイベントを行いました。
お越しくださいました皆様には、この場を借りて御礼申し上げます。有難うございました。
また共にイベントに参加された、群馬県立女子大学 文学部美学美術史学科 准教授である大野陽子先生にも
改めて御礼申し上げます。
大変興味深いお話を聞けて、本当に楽しかったです。
御蔭様で、ボッティチェリに対する認識がまたひとつ深められて、本当に感謝しております。

ボッティチェリは、その人生や人間性については謎の部分が多く、
「春(プリマヴェッラ)」「ヴィーナスの誕生」という二大作品が主な代表作とされていますが、
その他にも、若い頃に師事していたフィリッポ・リッピ等からの影響が窺える宗教画もたくさん残されていて、
その抑制された宗教画の作風は、上記の華麗で官能的でもある二作品を描いた人間のものとは思えない作品となっており、
その二面性が大変興味深く、また実にミステリアスな画家ではないかと思われます。
初期に描かれた宗教画は、絵の技術自体は同時期に活躍したレオナルドやミケランジェロには及ばないものの、
その繊細な筆使いはとても美しく、優しい色調で描かれた作品は間違いなく芸術品と言えます。
その他、ルネサンス期のフローリン金貨や鍵、同時期の画家による当時の生活様式が描かれた作品も
多数展示されていますので、お時間ある方は是非御覧になってみてください。
ボッティチェリとルネサンス - Bunkamura

また今回のトークイベントに関しては、事後報告になってしまい申し訳ありませんでした。
参加人数に制限があったらしく、気がついた時には締め切りを過ぎてしまっていたもので、
こちらでの告知は控えさせて頂きました。
トークイベントでお会いできなかった方々には、替わりにとでも申しますか、
会場の売店にて「チェーザレ」のカラー原画(モーニング28号表紙)とその下絵を最終日の6月28日まで
置かせて頂く事になりましたので、宜しかったら展覧会のついでに、そちらの方も覗いてみてください。

それからついでにもう一つ。
4月26日(日)に、Eテレ朝9:00より放送の「日曜美術館」でコメンテーターの一人としてボッティチェリについて
個人的な感想を述べさせてもらっております。(主に「プリマヴェッラ」「ヴィーナスの誕生」について)
Bunnkamuraまでは足を運べないという方は是非そちらの方で御堪能ください。
それでは。


2015/03/11 
東日本大震災から四年が経ちました。
お亡くなりになった方々の御冥福をお祈りすると共に、復興支援に携わっている皆様の健康と安全を心より願っております。
震災から四年、地域によっては幸いにも再建に向かって歩みを進めている処もありますが、
全ての被災者が安寧に暮らしている訳ではないと思うと、やはり気が重くなります。
TVの画面等から知る情報のみですが、決して他人事ではなく、明日は我が身である事を残念ながら否めません。
いざ有事となった場合、どのように行動するか頭ではいろいろと考えるものの、実際どうなるかは全く検討がつきません。
何せこれまで経験した事がないのですから。
この経験がないという事が、どれだけ平和で運が良かった事なのかと、今更ながら思い知らされます。
まだまだ寒い日が続きます。皆様どうか御自愛ください。


2015/02/07 
告知が大変遅くなってしまいましたが、池袋リブロで「チェーザレ」原画展を開催しております。
2月8日(日曜日)が最終日ですので、御時間御都合のつく方はどうぞお出でください。

期間:2015年1月26日~2月8日(日)
会場:西池袋本店 書籍館4F リブロコミック売場特設会場

2015/01/15 
明けましておめでとうございます。
御挨拶がすっかり遅くなってしまい、申し訳ありません。
読者の方々、また旧年中、御世話になった方々から、新年の御挨拶を頂きありがとうございました。
さらに馴染みの読者の方々からは、1月6日の私の誕生日にもお祝いメールや猫の写真、手紙等を送って頂き、
大変嬉しかったです。とても楽しく拝見させて頂きました。
この場を借りて、御礼申し上げます。今年もどうぞ宜しく御願い致します。

さて「チェーザレ」11巻が今月22日に発売されます。
今回は通常の物とは違い、特典としてチェーザレのポストカードと、メタル製の栞が付いてくる限定版となっております。
値段は消費税込みで約1600円と、単行本としてはかなり高くなっておりますが、特典である栞とポストカードのクオリティが、
大変良質の物に出来上がっておりまして、私も現物を見た時にちょっと驚いてしまいました。
栞の方は金属製という事もあって、ルネサンス風ではなくアールデコ風にデザインしてみたのですが、
細かい所まで再現して頂き、個人的には大変満足しております。
ポストカードの方は、2014年にPOLAのCM用に描き下ろしたチェーザレの絵を選ばせて頂きました。
こちらもデザイナーの方が、かなり凝ったレイアウトを考えてくださって、POLAの時とはまた印象が違って見えて
その仕上がりにとても感激致しました。
重ねて御礼申し上げます。ありがとうございました。


そして、去年11月21日に行われたペネロープさんとの対談に御越し頂いた皆様ありがとうございました。
客席にはフランスの方々をはじめ、日本の漫画業界の関係者、イタリアの方々等、国際色豊かな皆様にお集まり頂き、
通常の日本では体験できない雰囲気を味あわせて頂きました。
ペネロープさんからは、フランスのBD(バンド・デシネ)事情等を聞けて、中々興味深かったです。
(最後の食事会では、すっかり遅くなってしまって慌てて帰ってしまったため、最後にきちんと御挨拶が出来ずに
申し訳なかったです)

また、講演開始前にBD情報誌KABOOM(カブーム)のインタビューも受けたのですが、
「チェーザレ」について、とても鋭い視点からの質問を受け、その読み込み方に私の方が恐縮してしまいました。

KABOOMの質問で特に面白かったのが、
「チェーザレ」という作品は、ヨーロッパ人のために描いているのか?日本人のために描いているのか?と、いう質問でした。
「日本で出版しているので、当然日本の読者に向けて描いている」とお答えしましたが、
でも題材はヨーロッパの世界観ですので、描く以上は徹底したいという姿勢でやっている、と伝えると大変喜んでおられました。

そして、何故徹底するのか?という問いに対しては、
チェーザレ関連の話では、エピソード自体を膨らませて展開されている話が先行していたため、
「まずは、敢えてスタンダードな物を作ってみようと試みた。ドキュメンタリー作品にもドラマ性が十分あるように,
派手な演出に頼らなくても、楽しめる作品を作る事は可能ではないかと思った」
と伝えると、非常に納得されていたように思います。
また、チェーザレのような悪人(ヨーロッパ、特にフランスでは悪行三昧の悪魔のような人間として伝えられている)に
何故焦点を当てたのか?という問いには、
まずはルネサンス期という時代が、銃器の威力がまだ小さく、戦力の差よりも人間力の高さが戦況に反映するという
時代であった事が個人的には面白く感じていたという事。
それを踏まえた上で、その時代の徒花とも言えるチェーザレに焦点を当てたとも言えるのですが、
一番興味を引かれたのは、やはり彼を見る側の違いによって、賛否が極端に分かれていた事だった、とお伝えしました。

これに関しては去年、フランスに招かれた時も、インタビューで何度も聞かれていた事でしたので、
その時には、通訳を交えてではとても詳細に伝える時間がなかったため、簡易的な例え話として、
「例えば、インパラ(アフリカの草食動物)のドキュメンタリーを見ている場合、
インパラがライオンに襲われそうになった時に、上手く逃げおおせれば見ている人はきっと胸を撫で下ろすだろうし、
また、ライオンのドキュメンタリーを見ている場合、お腹を空かせているライオンが、苦労してインパラを仕留めた際には、
よくやった!と思わずエールを送りたくなるだろう。
視点の切り替えとはそういう事であって、貴族と言えど生き残りをかけた当時の厳しい状況下では、
物事自体を善悪で結論付けるのは、決して正しい判断ではない」
そう答えた事を、そのままお伝え致しました。


また、講演会で印象深かったのは、ペネロープさんの
「読者の事は考えず、自分の作品を丁寧に仕上げる事だけを優先して考えている。」という発言で、
さすがBDの国、フランスだなと感心しました。
日本の漫画業界においては、漫画家がまだまだ下請け的な立場にある事も多く、色々と考えさせられました。

日本では漫画家は原稿を描いてるだけでは生活が成り立たず、
(基本、原稿料はアシスタントの人件費等、作品を作り上げていくための必要経費としてほぼ手元には残りません)
結果、単行本を出版社に売ってもらって、やっと収入を得るというシステムになっていますから、出版社との関係は密接で
BD作家のように単独のアーティスト(印刷物の印税ではなくイラスト自体が美術品として売買されている)として
成り立っているフランスとでは、絵を売るという概念自体が違っているのでしょうね。
こういった文化、概念は、さすが印象派が誕生した国だと思います。
そういった諸々を含めて、このような有意義な時間を与えてくださった、アンスティチュ・フランセ東京の方々に
改めて感謝致します。有難うございました。
Bonne année! A biento't! Merci beaucoup.

それではまた。


2014/11/12 
11月21日(金曜日)に「アンスティチュ・フランセ東京」にて、フランスの漫画家ペネロープ・バジューさんと
日仏の漫画について対談をします。
入場無料だそうですので、お時間ある方は是非お越しくださいませ。
会場の収容人数は100人程らしいのですが、当日は会場外にもモニターを設置して中の様子を流すという事ですので、
どなた様も気軽にお立ち寄りください。

会場 
〒162-8415 東京都新宿区市谷船河原町15
tel:03-5206-2500/fax:03-5206-2501
tokyo@institutfrancais.jp
19:00~21:00 講演

■ 最寄り駅
   飯田橋駅:
   JR総武線、東京メトロ有楽町線・南北線・東西線、都営地下鉄大江戸線

■ 駅からの所要時間(徒歩)
   JR:西口より7分
   地下鉄:B3出口より7分



2014/10/09 
「チェーザレ」virtu'96、一週遅れとなりましたが10月16日発売のモーニング46号に掲載されます。
これで11巻分が纏まりましたが、ここからは前半戦最大の山場に突入となります。
12巻は教皇選一色となりますが、今までにも増してハードな内容になると思いますので、
描き貯めするため掲載はいったん中断し、再開は来年の夏頃になりそうです。

最も厄介なのは、当時のシスティーナ礼拝堂と、それに接する小礼拝堂、控え室、トイレ等の再現です。
システィーナ礼拝堂はもちろんのこと、現在のものとは微妙に違っているため、
当時の見取り図や文献を元に、同じ時代の建築物や内装をアレンジしながらの作成となりそうです。
また、ストーリー上悩ましいのが、そこに閉じ込められる人間が総勢80名という大人数である事です。
その内訳は、
参加した枢機卿が23名、
枢機卿の参謀としての付き人が各2名ですので、付き人総数46名
他、教皇選進行役とその事務方が約10名
事務方に関しては正確な数字が記されていないめ、当時参加した人数の規模から私の独断で、
妥当であると思われる数に設定させて頂きました。
そのうち、枢機卿及び付き人等、焦点を当てなければならない重要人物が約20名程。
どちらにせよ、大所帯の人間模様が展開される予定です。

※1492年の教皇選の内容に関しては、公式に記録が残っていないため
  史実上わかっているのは上記の参加人数と、選挙開始から終了までの日付、
  そして投票結果(各枢機卿の投票記録)だけです。
  その前後の教皇選は細かい記録があるのですが、1492年は何故か存在していません。
  こを取っていないはずはないので、何らかの理由で破棄された可能性があり、
  またその原因も今の所不明です。

連載開始当時は、1492年の教皇選について公式記録がなかった事から、
教皇選自体を形にするのはほぼ無理ではないかと危惧していたのですが、
ここまで監修の原さんと検討してきた結果、ある方法論から導き出す事に成功したと思っております。
それは、その時関わった人物、都市、国の記録を総ざらいに調べていき、
人物は主にオルシーニやメディチ、スフォルツァ、都市はフィレンツェ、ナポリ、ミラノ、ヴェネツィア等の当時の文献から
1492年教皇選についての記述の断片を片っ端から拾い集めていく事でした。
時間は掛かりましたが、これによって教皇選を踏まえた当時のヨーロッパ全体の流れが漸く見えてきました。
これはもう原さんの情報収集能力の高さの御蔭としか言いようがありません。

実はサチェルドーテのボルジア伝には、教皇選についての記録と、それに纏わる事柄は載っていません。
公式の記録が残っていなかった事から、お手上げ状態だったのだと思われますが、
サチェルドーテが生きた時代は百年も前の時代であり、ネットもメールも存在しない頃でしたから、
全てを把握するには時間的にも物理的にもかなり困難であったと思われます。
実際に我々もネットを駆使し、原さんの知識をフルに活用し、10年もの月日をかけてようやく辿り着いた結論ですので、
サチェルドーテが当時、どれだけ苦労して資料を集めたかは想像を絶するものがあります。

現在までの「チェーザレ」はサチェルドーテが集め切れなかった部分、欠落している箇所を我々が引継ぎ精査する事で
形成してきた作品となっているのですが、その方向性自体を示唆したのがサチェルドーテのボルジア伝ですので、
やはりグスターヴォ・サチェルドーテは偉大な研究者であったと認めざるを得ません。

この教皇選は私にとっても正念場となりそうです。
これを描き切る事で当時のイタリア、ヨーロッパ、その中でどのようにチェーザレをはじめとするボルジア家の面々が生きたか、
全てのパズルのピースがはまる事となるのです。
前述の通り、1492年教皇選自体は記録がないので、システィーナ礼拝堂の中で起こった事は、当然私の創作となりますが、
票の動きから推測できる範囲で、最も必然性のある構成に仕上げるつもりですので、
この教皇選さえ描ききれば、その後はかなり楽になるのではと思っております。
そこからはサチェルドーテの精査した資料がありますから、それを水先案内人として肉付けをしていくだけですからね。
(苦労する事はまだまだあるでしょうが、長期の休載は免れるのではないかと思っています)

と、いう訳で、またもや御迷惑をおかけする事となりますが、もうしばらくの間どうかお付き合いください。


また、「CESARE ACADEMIA」にアクセスして頂いた方々には、改めて御礼申し上げます。
元々このサイトは、去年コラボさせて頂いたPOLAの後援により、期間限定で立ち上げたものでしたので、
連載が滞っている間、サイトを通じてファンの皆様と交流を保っていけたらと、POLAの御厚意に甘えて
先月の終了期間まで使用させて頂いた次第です。
関係者各位の皆様、サイトにお越し頂いた皆様、本当に有難うございました。
また、twitterでの更新も前担当者の異動により現在滞っておりますが、私自体は引き継ぐ事が出来ませんので
(つぶやくというより愚痴のオンパレードになりそうなので)、閉じた方が良いのではと現担当者に言っていたのですが、
現担当者が何やら引き継ぐ事を意思表示していますので、(SNSは不慣れという事でこれから勉強するそうです)
とりあえずそのままにしておく事にしました。

実は、「CESARE ACADEMIA」の運営期間を利用して、「チェーザレ」を受け入れてもらえそうな雑誌を探そうと
考えていたのですが、月一連載で休載も度々となると、中々難しいのではと思っていたのですが、
二誌ほど受け入れ可能な話も出てきて、編集部とも色々話し合ったのですが、
結局このままモーニングで続けるのが一番良いのではという事になり、
その際、「月一連載となっても不定期になる事は回避できません」とお断りしたのですが、その状態でも構わないという
結論に達したため、以前と同様モーニングで再開という形にさせて頂きました。
とりあえず一巻分は纏めて掲載しようという事で、次回12巻分も原稿が溜まり次第公開していきたいと思っています。
読者の皆様には御心配をおかけして申し訳ありませんでした。

月一連載は掲載の間隔はあくものの、一話40ページになる事で、時代背景や説明が楽に配置できるようになる事と、
漫画手法でいうところの「引き」の部分も、余裕を持って作りこめるのがこの作品には有難いところでした。
週刊連載で一話20ページだと、まず「引き」のページ配分を意識して構成しなければなりませんので、
回によっては、背景や状況説明の情報がすし詰め状態となる危険性もあり、描く方も読む方も疲弊するのではないかと
兼ねてより負担に感じていましたので、そんな諸事情を踏まえた上で月一掲載は大変有難かったです。

それでは、またしばらくの間休止となりますが、出来るだけ早く戻ってこれるよう頑張ります。
本音を言いますと、出来るなら私自身もチェーザレの生涯を早いところ描ききって、一気に完了させられたらと
ずっと夢見ていたりするのですが。(苦笑)



2014/08/15 
69回目の終戦記念日です。
終戦からすでに69年もの月日が経ってしまったのですね。
東京、大阪大空襲、沖縄戦、広島、長崎への原爆投下。
これだけの痛手を負った日本がここまで復興できたのも、戦後奮起された方々の尽力はもちろん、
戦地、また本土で亡くなった方々の犠牲の上に成り立っての事なのだと思います。

私の両親は戦争体験者ですが、私自身は戦争自体を知らない世代です。
幼い頃から学校や両親から戦時中の話を散々聞かされていましたが、
ただ聞くばかりで、そこからは何も展開する事はありませんでした。
それは仕方ない事で、私は体験した事がないのですから、振り返って考える事が出来ないのです。

昔よく、父から戦争の(父は長崎に原爆が落とされた時、小倉から救護に向かいその惨状を見た)話を
聞いていたのですが、それを受けて「怖いね」「ひどいね」「かわいそうだね」 と私は相槌のように返すのが関の山でしたが、
父はその度に 「だろ?」「だろ?」 と言って、ただ話を聞かせるだけで満足していたような気がします。
今思えば誰かにその惨状を伝えるだけで、無力な自分とその辛さを僅かながらでも軽減させられていたような気持ちに
なっていたのではないかと、最近になってそんな事を考えるようになりました。
その父も、今はもうこの世にいません。
もっと話を聞いておけばよかったと、今更ながら思う今日この頃です。

69年経っても未だ戦後処理は終わらないまま、このまま風化していくのではないかと懸念されていますが、
せめて今日だけでも戦争について考えたいと思います。
たとえそれが取るに足らないものだったとしても、目を背ける事だけは避けたいと切に思います。

戦没者の方々の御冥福を心よりお祈り致します。


2014/07/08 
7月10日発売のモーニングに無事2回目が掲載されます。
長い間の休載にも関わらず、読者の皆様からはメールやお手紙にて励ましのコメントを寄せて頂き、大変感謝しております。
また編集を介しての差し入れ等、本当にありがとうございました。
折を見て、去年フランス、イタリアを訪れた時の事でもブログにUP出来たらとは思っているのですが、
未だにインプットの日々が続いており、アウトプットは作品に費やすだけで一杯一杯の有様です。
いずれゆっくりと、これまでの顛末を振り返って見れる日が来るとよいのですが、
とにかく今は前進あるのみです。
何せ、彼らの1492年は始まったばかりですからね。
ではまた!


2014/06/11 
6月12日発売のモーニング28号より連載再開します。
諸事情ありまして月一連載となりますが、一話40P掲載というそれなりの分量となりますので、
解りやすくなる部分もあるかと思います。
※元々2005年の開始時には月一掲載の形を取っていましたので、元の状態に戻ったともいえます。

実は現在のモーニング自体が週刊誌である事から、連載作品の場合は毎週掲載である事を要求されていましたので
私的には「チェーザレ」に関しては続行はほぼ無理と判断し、とりあえず連載は切り上げ10巻を最終巻と決めていました。
それ以降は、受け入れてくれる雑誌が見つかり次第、そこで再開できれば幸いと思いつつ、
すでに別の新しい作品作りの準備に取り掛かっていたために、「チェーザレ」の時代に戻ってくるのに随分時間を要しました。
※因みに新しい作品は「チェーザレ」とは全く別の時代の話です。(笑)

紆余曲折ありましたが、結局は元のモーニングで再開となりましたので、
この先どうなるかはわかりませんが、しばらくはこの状態で続けられるのではないかと思っています。
個人的にも何とか教皇選までは描きたいというか、ロドリーゴの勝利の笑みは是非とも描き上げたいものです。


2014/03/11 
震災から三年。
東北の復興について、未だに明るいニュースが聞こえてきません。
現地での諸事情から、有効な打開策が見つからないまま今日に至っているようです。
当事者でない私には募金くらいしか成す術がないのですが、
どうか一日も早く被災者の皆様に平穏な日々が戻ってこられますよう
また、お亡くなりになった方々の御冥福をささやかながら祈っております。

震災の日からすでに三年経ちましたが、あの日の記憶が薄れるどころか、逆に不安になる事の方が多くなりました。
防災と言えども、具体的には何をどうしたら良いものか・・・。
今の所、日頃から出来るだけ身の回りは整理して、
いざとなったらフットワーク良く動けるように心がける、くらいしか思いつきませんが、
個人的にはとりあえずは猫の事ですね。
あれからまた保護団体から二匹引き取りまして、現在我家の猫は三匹になりました。
まずはこの子達の安全確保が一番だと思う今日この頃です。


2013/10/20 
朝晩めっきり冷え込むようになってきました。
ようやく秋らしくなったのかと思いきや、連日の台風被害の報道に本当に心を痛めるばかりです。
亡くなられた方々の御冥福を祈ると共に、被害に遭われた皆様には謹んでお見舞い申し上げます。

私は九州で生まれたもので、実家にいた頃は毎年のように台風の被害に遭っていました。
と、言っても多くは停電や雨漏り、床下浸水程度でしたが、台風が接近してくると家族総出で家の補強をするのが常でした。
九州では台風被害の頻度が高いため、家屋の床が通常より高めに作られてる事が多く、
また土嚢等も常備していた事から、床上浸水になる事は滅多にありませんでしたが、
山岳部や海岸付近では毎年かなりの被害が出ていました。
台風直撃で凄まじい暴風雨になると、自然と家族が居間に集まり(停電すると否応なしにそうなりますが)
とにかくじっと風が治まるのを待つしかありませんでした。
今現在も、まだまだ予断を許さない状況が続いているようですので、台風が接近している地域の方々どうかお気をつけください。

さて、POLA銀座店での「チェーザレ」原画展も無事終わり、御来場くださった皆様には改めて御礼申し上げます。
思えば私にとって初めての原画展でしたので(30年以上もこの仕事をやっていながら、非常に不甲斐ないですが)
このような機会を授かった事を大変光栄に思い、POLAをはじめ関係者各位の皆様には再度この場で御礼申し上げます。
何よりも読者の方々に喜んで頂いたのが、私自身とても嬉しかったです。
印刷された物と違い原画はやはり粗が目立つもので、出来ればあまりお見せしたくないのが本音ではありますが(苦笑)
それでもその雑味自体が、実際に人間の手で描かれた物であるという試行錯誤の跡が見て取れて、
ある意味興味深い物かもしれません。
カラー画稿に関しては、紙と絵の具の加減に私も毎回振り回されていますが、何回やっても慣れる事はなく
絵の具は耐水性のカラーインクを使用していますが、水加減と紙との様子を伺いながらの作業の連続で
乾いたら乾いたで意外な色具合になったりと、まあそこがアナログの醍醐味とでも言いますか、やはりとても面白いです。

今回は東京での開催でしたので、遠方の方々には申し訳なかったのですが、またいつかこのような機会に恵まれれば
出来るだけたくさんの方々にお見せ出来ればと思っております。
本編の方もようやく11巻に関しては不安材料もなくなり(多分)、12巻の導入部までの描き貯めを開始しています。
連載再開は来年になりそうですが、とにかくもう一踏ん張りってところですね。
皆様に早く物語をお届けできるよう頑張っていきますので、もうしばらくお待ちください。



ところで、動物保護センターから貰い受けた、うちの飼い猫アヤちゃん(女の子)ですが、
私の元に来てからすでに2年近くになるものの、非常に臆病で私以外の人間には中々懐かなかったのですが、
最近になってようやくスタッフにも触らせてくれるようになりました。
自分からはすり寄ってはいかないものの、触ろうとしてもすぐに逃げたりしなくなり、すっかり我家の一員となった感じです。
下の写真は仕事中にスタッフが撮った物で、私の机の左隣で寛いでいるところです。
カメラを向けても驚かなくなって、本当に嬉しい限りです。
甘えるのもビビるのも一生懸命な子ですが、やはり猫は少しふてぶてしいくらいが一番な気がします。

 


2013/09/18 
突然ですが、
今日9月18日の朝刊、日経、読売、朝日新聞(順不同)の三紙にPOLAの広告として「チェーザレ」のイラストが載ります。

雑誌ではすでに発売されている、FRaU(講談社)、HERS(光文社)をはじめ
9月下旬に、DAZZLE(日経BP)、FIGARO(阪急コミュニケーションズ)
そして10月上旬に、STORY(光文社)、家庭画報、GOLD(世界文化社)、和楽(小学館)、(順不同、敬称略)にて掲載されます。
ぎりぎりまで告知を控えていましたので、急な御知らせとなってしまい申し訳ありません。

またPOLA銀座店3Fにて、18日~29日まで「チェーザレ」の原画展が開催されています。
無料ですので宜しかったら気軽に立ち寄ってみてください。

追記
17日の内覧会にお出でくださった皆様に御礼申し上げます。
お花やプレゼントをくださった方々、本当に有難うございました。
皆様と御会いできて大変嬉しく、また楽しい時間を過ごさせて頂きました。
このような場を設けてくださったPOLAに、改めて感謝致します。
有難うございました。

 


2013/08/30 
以前からここで触れていた、POLA関連のイベントの発表がありましたのでお知らせ致します。
広告用に描いた「チェーザレ」のイラストが、9月2日(月曜日)にPOLA銀座店のビルにラッピングされます。
イメージ用に加工された写真はすでに見せてもらっていたのですが、どのような感じになるかは当日のお楽しみ、
といったところでしょうか。
※予定では9月2日ですが、台風の関係で9月3日に順延される可能性もありますので御了承ください。

また同じく9月2日に、ユナイテッド航空の機内誌の裏表紙に、POLAの広告として
「チェーザレ」のイラストが使われるそうなので、ユナイテッド機を御利用される方がいましたら、
気晴らしに手にとって御覧になって頂ければ幸いです。

それから9月18日より、上記のPOLA銀座店のアートギャラリーで「チェーザレ」の原画展を開催して頂ける事となり、
それも合わせて告知させて頂きます。
表紙に使われたカラー用イラストや本編の生原稿等を展示する予定ですので、こちらも楽しみにしていてください。
期間は 9/18~9/29 となっており、無料で公開されますので、銀座にお出かけになった際は気軽にお立ち寄りください。

また9月12日よりYouTubeで、「チェーザレ」の漫画の一場面をカラーリングしたものが動画としてUPされます。
私の手元にある写真資料などから、建物内部や衣装に色づけをしてもらったのですが、お陰様で大変良い仕上がりとなりました。
制作スタッフの方々には御尽力頂きまして、本当に感謝しております。有難うございました。
とりあえず、サイト「CESARE ACADEMIA」http://cesare-borgia.com/content/ja/からも飛べるように
リンクが貼られるそうですので、当日になったらチェックしてみてください。


※先日、担当のtwitterで副読本発売記念として、御挨拶がてらつぶやかせて頂きましたが、
  お声をかけてくださった方々本当に有難うございました。不慣れな操作で対応が満足に出来ませんでしたが、
  来月中はこういった告知が続くようですので、今後も担当のtwitter https://twitter.com/cesare_editor にて
  ランダムにつぶやかせて頂きたいと思っております。どうぞ宜しくお願い致します。


2013/08/05 
前回お話していた広告用イラストの件ですが、そのプロモーションの発表が今日行われたようですので、
僭越ながらこちらでも告知させて頂きます。

ポーラ化粧品から9月12日に発売予定の美容液、「BA グランエグゼⅡ」とのコラボレーションとして、
「チェーザレ」のイラストを描かせて頂いたのですが、詳細は追々こちらのサイトでお知らせしていくようなので、
(一部地域ではデパート等のポーラ販売店にて公開されているようですので)
気が向いたらどうぞ検索してみてください。
※「CESARE ACADEMIA」http://cesare-borgia.com/content/ja/

最初お話を頂いた段階では「チェーザレ」とのコラボの意味が、個人的には実はよくわからなかったのですが、
ポーラ側からの説明で、画期的な美容液(アンチエイジング)のキャッチコピーを、再生、誕生にかけて
「ルネサンス」にしたいとの事から、今回「チェーザレ」とのコラボと相成った次第です。

女性用の美容液ですので、(肌を活性化させるという観点から言えば、実質性別は関係ないのですが)
私的には「ルクレツィア」の方が良いのではと言ったところ、ポーラ側からは女性に向けての発信なので、
敢えて男性である「チェーザレ」のキャラクターで御願いしたいと言われ、
さらに若さを象徴するために、十代の「チェーザレ」でという事でしたので、十七歳設定のイラストを描かせて頂きました。
当初、一点だけならと申し上げていたのですが、結局は三点となってしまい、その分時間は掛かりましたが、
ファンの方々には三通りの「チェーザレ」を楽しんで頂けるのではないかと思います。

今年になってから何かと慌しく、相変わらずメールやお手紙の返事が出来なくて申し訳ありません。
「チェーザレ」はもちろんレオナルド展も含めて、これまでの作品の感想や励ましの言葉を、国内外から送って頂き、
ファンの皆様には本当に心から感謝しております。
一日も早く「チェーザレ」を再開出来るよう、スタッフ共々頑張っておりますので、もうしばらくお待ちください。


2013/07/24 
ここの所色々とあって、案の定ブログの更新が出来ずに申し訳ありませんでした。

フランスへ行く前辺りから、レオナルド展を含め外部からの仕事に追われて、
本来なら近況報告も含め、イベント等のお知らせが出来ればよかったのですが、なかなかその余裕がありませんでした。

実はある企業からのオファーで、その企業の商品の広告用にチェーザレのキャラクターを使いたいとの事で、
チェーザレのカラーイラストを3点ほど描かせて頂いたのですが、内2枚のサイズがB2判という大物だったせいか、
これを仕上げるために本編の「チェーザレ」の制作がずっと滞っておりました。。
この広告用イラストも9月に店舗、新聞、雑誌で皆様のお目にかかる事となりますので、どうぞ楽しみに待っていてください。
事前にまたモーニングサイト等でお知らせする事になると思われますので、その頃になったらチェックをよろしくお願いします。
(こちらでもお知らせ出来ればよいのですが、いつも出遅れてしまうので、あまり胸を張って言えないのが実情です)

去年から外部の仕事が次々と押し寄せてきて、ここに来て約9割りが片付きました。
これでようやく本編に集中出来そうなのですが、「二人の巨匠」で1504年当時の世界観にしばらく居たもので
1492年にもどってくるのに随分手間取ってしまいました。
フランスのイベント及び、イタリア紀行もアップしなければと思っていたのですが、その前にすでに発売となっている
10巻についての制作後記が先だと思われますので、もうしばらくお待ちください。


ところで早速訂正です。
10巻でロレンツォ・デ・メディチがアンジェロに、ロレンツォの臣下ミケロッツィに同行してローマへ行くようにと
告げている場面がありますが、実はこのミケロッツィ、この時すでにローマへと向かっており、
さらに三国同盟(フィレンツェ、ミラノ、ナポリ)の危機でナポリへと赴いているため、この段階でフィレンツェには居ません。
これまでメディチ家の史実においては、第一人者であるという研究者の文献を元に制作しておりましたが、
10巻が発売となった後に、原さんから実はこれが間違いであったという事を告げられ、
今更ではありますが、ここでお詫びと訂正をさせて頂きます。
どうやら(毎度の事ですが)同名の人物が多数いた事から、その判別に絞込みが甘かったようで、
ミケロッツィには弟がいて、メディチ家の文献に兄弟そろってミケロッツィと表記され登場するため、これが目くらましとなって
ほとんどの研究者がこの過ちに気づいていなかったようです。

因みにメディチ家にとって、重要な働きをしていたのは主に兄の「ニッコロ・ミケロッツィ」で、
彼はこの先の教皇選においてもキーパーソンとなる人物ですので、この辺りの経緯については慎重を期するところです。
また、メディチ家関連の文献では、常に「ミケロッツィ」という苗字で表記されている事と、
名前がニッコロ・マキァヴェッリとかぶって混乱する恐れがあるため、本作でも今後「ミケロッツィ」という表記で
登場させるつもりです。
これと同じように、もう一人のメディチ家臣下であるポリツィアーノですが、
こちらもフルネームは「アンジェロ・ポリツィアーノ」で、御存知、アンジェロ・ダ・カノッサ (私の創作上の人物ですが)と
かぶってしまうため、やはり「ポリツィアーノ」と呼ばせて頂きます。

※ポリツィアーノに関しては本名はアンジェロ・アンブロジーニが正しく、ポリツィアーノは出身地をもじった所謂愛称のような
  ものだったそうなので、実際に周囲からはポリツィアーノと呼ばれていたようです。

それでは、また。


追記:
  レオナルド展はすでに終了しましたが、ミケランジェロ展が現在、福井県立美術館で開催されており、
  9月には東京でも公開予定されていますので、そちらの方もよろしかったら御覧になってください。



2013/05/19 
日本の春も寒い寒いと思っていたら急に暑くなったりと、相変わらず不安定な天候が続いておりますが、
皆様体調を崩したりしてはいませんでしょうか?

遅くなりましたが、先月行われた京都造形芸術大学の講習会においでくださった皆様、大変お疲れ様でした。
そしてわざわざ足を運んでくださり有難うございました。
皆様が満足できるお話が出来たかどうかわかりませんが、とても楽しい時間を過ごせた事を心より感謝しております。
海外では、すでに何度かこのような場を設けておりましたが、日本では初めての事でしたので、
私自身も日本の読者の声を直に聞く事が出来て、大変嬉しく思いました。
また、当日何人かの方々からお花やプレゼントまで頂き、感謝すると共に本当に感激致しました。
改めて御礼申し上げます。有難うございました。
大学内での講義という手前、一人ひとりへの挨拶は避けた方が良いのでは、と言われていましたので、
直接その場で御礼が言えず大変申し訳ありませんでした。
今後もどうぞ「チェーザレ」を宜しくお願い致します。

ところで全くの余談ですが、こういった御挨拶の際、改めて日本語の利便性というものを実感します。
「宜しく御願いします」という短い言葉で、こちらの微妙な気持ちを表現出来るのが日本語の良いところと言いますか。
以前、イタリアでの講演会で通訳をして頂いたルカ・トーマさん(私のかつてのイタリア語の先生であり、チェーザレの
翻訳担当でもある)に講演開始前にこの言葉を使ったら、
「僕に御願いされても困る、これは惣領さんの講演会だから」と、首を横に振られて笑ってしまった事があります。
講演後に、「宜しくお願いします」の意味について、これはイタリア語が不得手な上、宗教観に関しても疎い日本人である私に
何らかの失言があった場合、その際はフォロー宜しく御願いします、という意味合いで言った言葉です、と説明すると
「もし、そういう事になったらフォローするに決まってるでしょう。御願いされなくても目の前で困ってる人がいたら
出来る限り助けようとしますよ」と返されて、
ああなるほど、これが文化の違いからくるコミュニケーションの差なんだな、と改めて思い知らされました。
日本では、迷惑をかけて申し訳ないという気持ちが優先しがちですが、イタリアではそこはお互い様で、
余力のある方が困っている方を助けるのは当たり前、という理論から、日本のような便宜上の表現が省略されている、というか
そのような気遣いは元々必要ないという事なのですね。
※これはイタリアに限らず、海外ではだいたいがこのような考え方で、日本が独特なのだと思われますが。

という訳で、今週末に控えている東京都美術館での講演会、そちらの方も何卒宜しくお願い致します。



2013/04/26 
この度、担当編集者Kの管理の下で、チェーザレのサイトがオープンする事となりました。
私の作品「チェーザレ」のために、関係者が運営をしていく、言わば独自のウィキペディアのようなものです。
こちらのサイトを御覧になれば、私のスケジュール進行やイベント参加等の記事について、逐次お知らせできるようになると
思われますので、どうぞ宜しくお願いします。
因みに、デザインはこのような仕上がりになっているようです。

 

大変重厚で贅沢な作りになっていますので、私自身もとても嬉しく、また有り難く思っております。
ただ、「チェーザレ」副読本の作成からTwitter、そしてサイトのオープンまで、日夜奔走している担当者Kの体調が
私としましては非常に心配な今日この頃です。
とりあえずは、今月4月28日に東京北青山外苑キャンパスで行われる、京都造形芸術大学の講演会で、
御来場の皆様とお会い出来る事を楽しみにしております。
それでは。


2013/04/07 
無事、日本に帰ってまいりました。
到着したのは五日前の04/02でしたが、12日間フランス、イタリアを駆け巡っていたため、
今日あたりからようやく日本の状況に馴染んできたような有様です。

実は、飼い猫のアヤが留守中大変なことになっていたようで、実家から母に来てもらって面倒を見てもらっていたのですが、
私以外の人間には中々懐かない子なもので、兄夫婦や甥っ子夫婦、アシスタントの面々が訪れる度に逃げ回り、
結局、昼間はカーテンの裏やベッドの下に潜んで、夜になると私を探して鳴いていたようです。
御蔭ですっかり声は掠れ、体も痩せてしまって、さすがに心配になり、しばらく付きっ切りで様子を見ていたのですが、
ようやく落ち着いてきたようで、今も私の膝の上で気持ちよく寝ています。
時々寝言を言うのですが、夢で文句でも言ってるのでしょうか?(苦笑)

さて、パリに着いた当日は、現地時間が昼過ぎでしたので、イベント会場を視察などしてのんびりしていたのですが、
次の日からは目まぐるしく分刻みで事が進んでいき、
フランスでの「チェーザレ」1、2巻同時発売に際して、三日間でTV、雑誌のインタビューが9回、会場でのサイン会が2回、
市内大型書店でサイン会が1回、講演会1回(「チェーザレ」作画の実演含む)で
私にとってはかなりハードな四日間のフランス滞在でした。
それでも開催期間に、たくさんのファンの方々に御来場頂き、本当に嬉しかったです。
「フランスへ来てくれてありがとう」と、皆さんから声をかけて頂いたのですが、こちらこそわざわざ会いに来て頂き、
大変感謝しております。
また、この度「チェーザレ」を出版してくださったAC MEDIA(フランスの独立系漫画出版社では市場シェア1位)の
アメッドさん、セシルさんも重ね重ねありがとうございました。

実は、フランスでの「チェーザレ」出版は、もう何年も前からオファーがあったのですが、
翻訳の問題等があり、ずっと棚上げ状態が続いていました。
イタリア版「チェーザレ」では、500年前のイタリアの常識を、現代の日本の語彙で表現する事を、
日本、イタリアの言葉、文化に精通している御二人、監修の原さんと翻訳担当のLuca Tomaさんが担ってくれているため、
双方折り合う言葉を選択し造り上げてきましたが、今度はこれをフランス語に訳さねばならないとなると、
イタリア語→日本語→フランス語といった伝言ゲーム状態となり、 曲解を生む可能性が危惧されたからです。
(同じヨーロッパとはいえ似て非なるもので、これは同じアジア圏でも日中韓に違いがあるのと同じです)
そのために、フランス語、日本語、そしてイタリア史に詳しい人材が必要となり、長い間信頼できる翻訳家と監修を
探していたのですが、この度フランス側からは翻訳家のSebastien Ludmannさん、日本側からは監修として加賀野井瞳さんに
御協力願えるようになり、ようやくこの日を迎えられたという訳です。

フランスでのサイン会や講演会に来ていた方々は、「チェーザレ」が歴史物のカテゴリーになるためか、
御年配の方々が多く見受けられ、中には若い方達もいたのですが、そのほとんどが、私が以前少女漫画で描いた作品
「MARS」の愛読者の方達でした。「「MARS」がとても好きだったけど、これからは「チェーザレ」に挑戦します」と
皆さん仰ってくださって大変ありがたかったです。
「チェーザレ」読者は若干男性が多目でしたが、「MARS」読者はやはり女性が多かったような気がします。
とはいえ「MARS」ファンの男性読者も結構いらっしゃって、ヨーロッパでは日本のように、少年漫画、少女漫画という範疇がなく、
単に、格闘物、スポーツ物、歴史物、恋愛物、というように内容で選別しているため、読み物に男性向け、女性向けという
概念がありません。あるのは子供向けと大人向けというカテゴリーのみです。
元々はバンド・デシネという文化の国の方達ですから、創作物に関しての造詣は深く、また愛ある故に厳しい目も
持ち合わせているようです。
サイン会の最終日、最後尾に並んでいた御年配の御夫婦は、こういったイベント会場には必ず姿を現す名物夫婦だそうで、
御主人の方は、チェーザレ・ボルジアにある程度の知識を持っておられたようで、私に向かって
「このチェーザレは、もちろんこの先悪逆非道になるんだろうね?」と問いかけてきたので
「それは3巻以降も読んで頂ければお解かりになりますよ」と通訳の方に伝えて頂くと、いぶかしげに私を見て
まだ何か話したそうにしてましたが、係員に促されてブースの外へと誘導されていきました。(笑)

これに関しては、インタビューも含めて、まるで8年前の日本に戻ったような錯覚を覚えました。
フランスでも未だにチェーザレ・ボルジアは極悪人として名を轟かせていたからです。
「何故悪逆非道のチェーザレ・ボルジアに焦点を当てたのか?」と、全てのインタビュアーから尋ねられましたが、
「極悪人だと言われながらも、マキャヴェッリが理想の君主と讃えた人物であった事に興味を持ったからだ」と
プレス全員にそう答えたのですが、皆さんどうも釈然としていない様子でしたので、不思議に思っていたら、
後で原さんから伺ったのですが、フランスではマキャヴェッリの評価がチェーザレ並みに悪いとのこと。(苦笑)
「マキャヴェリズム=目的のためには手段を選ばぬ」、の語源となった人物であることから、
マキャヴェッリ自体が非情な人物であるとされているからです。
マキャヴェリズムについては日本もこれに倣っての解釈をしているようですが、実際は微妙に違っているようです。
例えば最悪の事態に陥った時、どれだけ被害を最小限に留められるか、また最善の結果を残せるか。
そのために情に流されずに、極めて冷静に合理的な判断ができるかどうか。
この冷静さを冷酷と取る人もいるでしょうし、何かを成す為に何かを切り捨てることを非情と感じる人もいます。
しかし、感情的になってその場の情で物事を図ることが、如何に危険かということも私達は知っています。
ましてや、これが国家レベルでのことなら尚の事です。
※イタリアにおいては、マキャヴェッリを生んだ国ですので、さすがにこのあたりの解釈は進んでいて、マキャヴェッリの
  評価は当然のことながら良い意味で高いです。
「チェーザレ」においても、この問題はこの先大変重要なテーマとなっていくのは必至でしょう。

余談ですが、私が高校二年の夏休みに、友人二人と私の三人で海へ泳ぎにいった事がありまして、
三人で泳いでいたもので気が大きくなって、割と沖の方まで行ってしまい、そのうち疲れた友人一人が立ち泳ぎをして
休もうとしたら、腰から下の水温のあまりの冷たさにパニックを起こし、結果溺れてしまったんですね。
その時、咄嗟にもう一人の友人が助けようとして手を出してしまったのですが、案の定しがみつかれて、
結局は二人でただもがくだけの状態に陥ってしまったのです。
その間、私はというと二人には近づかずに、「落ち着いて!泳いで!足を使って!」と声をかけるしかありませんでした。
それでも事態は好転されなかったので、最終的に一番近くにいた男性に大声で助けを求め、
結果私達は無事救助されたのですが、問題はその後でした。
夏休みが終わってこの事がクラスの他の友人達に伝わると、咄嗟に手を出した友人は優しい人、
そして、最後まで手を出さずに見ていた私は冷たい人となっていました。(苦笑)
もう40年近くも昔の事ですし、高校生とはいえまだ子供の発想しかありませんでしたから、単純に考えるとそういう事に
なるのでしょう。
手を差し出した友人はとても人のいい優しい子でしたし、溺れる友人をどうにかしてあげたいと本気で思っての
行動だったと思います。
私はというと、今思い返しても、その子を助けたいという感情よりも、非常事態だという認識の方が先だった気がします。
そういう意味では、やはり私は冷たい人という事なのかもしれません。(笑)
まあ、とりあえず三人揃ってこうして生きていますし、結果オーライ、お陰様で今ではすっかり笑い話のひとつです。
それではまた、次回イタリア編で。



2013/03/11 
東日本大震災から今日で二年になります。
事態は好転しているのか、立ち止まったままなのか、今の私にはさっぱりわかりませんが、
「今日が忘れられない特別な日」ではなく、二年前の3月11日から様々な問題を抱えたまま、今日を迎えただけなのだと
改めて痛感させられます。
被災当時の映像や被災者の証言を耳にするたび、自然の驚異の前では、結局は何をやっても無駄ではないのか、という思いが
正直何度も頭をもたげます。でも、それを打ち消す思いも強く浮かんでくるのも事実です。
生きていくという事はこういうことなのでしょう。
震災でお亡くなりになった方々の御冥福をお祈りすると共に、今も苦境に立たされている方々に心よりお見舞い申し上げます。


2013/01/03 
明けましておめでとうございます。今年もどうぞ宜しく御願いします。
これまでずっと、家に引きこもって文献を調べるか、原稿を描いているかの状態でしたので、
すっかり体力が落ちてしまって、これはまずいなあとは思っていたのですが、
どうやら2013年は、取材も含め外に出る機会が増えそうなので、まずは体質改善からと思っております。
本年も「チェーザレ」共々、宜しくお付き合いのほどを御願い致します。


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2012/12/29 
気がつけば年の瀬、今年もあっという間に終わろうとしています。
相変わらずマメに更新出来ずに申し訳ありませんでした。
ここに来て、チェーザレ関連の仕事でさらに忙しくなってきており、今後も定期的にブログを更新していけるかどうか
わからなくなってきました。
来年、年明けには順を追って御説明していきたく思っていましたが、この状況を見かねてか
長年の担当編集者Kがtwitterを始めたようで、私の代わりにというか、
色々と制作上の情報を告知してくれているようですので、よろしかったらどうかそちらも覗いてみてやってください。
https://twitter.com/cesare_editor


また別件ではありますが、数ヶ月前にイタリアのトリノ大学のGianluca Coci氏から「チェーザレ」に関する事で
インタビューを受けまして、これは各分野で活躍している日本人のクリエイター達に対してのインタビューを
コーチ氏が編集し纏めた物の一部で、イタリア語でイタリア国内で発表されるため、
通常日本の読者の目に触れる事はありません。
そこで、日本の漫画や文化が、改めてイタリア人にどのように関心を持たれているか、知る良い機会にもなると思い、
コーチ氏の許可を得て、日本語の原文をここにに転載させて頂く事となりました。
下記がその全文です。目を通して頂ければ幸いに思います。
それでは皆様良いお年を、来年もまたよろしく御願い致します。


1:若き日のチェーザレ・ボルジアを作品に描こうと思われたのはどうしてですか?

私自身が学生時代に芸術系の学校で美術を学んでいたもので、美術史を多少なりに知っていたことから、
ルネサンス期の話を描いてみたい、また描けるのではないか、と安易に思ってしまったことが切っ掛けとも言えますが、
ルネサンス期自体が、読み物としては希少であり、未開拓の分野であったことが、
最終的には作家としての私の創作意欲に繋がったと思います。
その時期の名立たる偉人の中で、芸術家ではなく政治家のチェーザレ・ボルジアに焦点を当てたのは、
彼の人物像の曖昧さが尋常ではなかったからだと思います。興味から疑問、そしてそれは探求へと変わり、
結果的にそれが今の作品の起因となったと思っています。


2:「チェーザレ 破壊の創造者」は、文献に基づく史実描写、また日常生活の細部にいたるまでルネサンス期のイタリアを
絵で正確に表現しようとしていることが大きな特徴です。
かくも厳密なリアリズムに達するために、長い年月をかけて研究されたのはどうしてですか?

イタリアは文化史において、極めて高度な要素をたくさん持っており、特に建築、絵画、彫刻等の芸術面では
世界的に誇れるものが多く、生活様式に関しても後の我々の生活に多大な影響を与えました。
私も美術を学んだ者の端くれとして、これには敬意を払わずにはいられないと共に、また絵で表現する者として、
どこまで再現できるか、いわば表現者としての意地のようなものに突き動かされた感はあります。


3:登場人物の表現、描写は綿密で、繊細さをもって非常に生き生きと描かれています。
あなたが実生活で出会った人の中に、人物描写のモデルまたヒントとなった人はいるのでしょうか?

いると言えばいるかもしれません。それは特定の誰かというより、今までに出会ってきた数多くの人達でしょう。
これまで男女問わず様々な人間と関わってきましたが、嫌な言い方をすると、観察してきたという方が正しいかもしれません。
例えばその人といて楽しいと思えば、何故楽しいのかその場で考察を始め、また、とても不快に思う時も同じく、
何故不快になるのか無意識に探ろうとする傾向が、幼い頃から私にはありました。決して悪気はないのですが、
純粋に人間が好きかと言われると自信はありませんが、人間自体、自分を含め大変興味深い生き物だとは思っています。


4:「チェーザレ 破壊の創造者」は、だいたいにおいてグスターヴォ・サチェルドーテによるチェーザレ・ボルジア伝に
基づいています。作品中に盛り込んだこの伝記との相違点はどのようなことでしょうか?

サチェルドーテの伝記には、膨大なデータ収集によって、チェーザレという人間の生い立ちから死までが淡々と記されており、
それはチェーザレの人間性に言及する物ではなく、あくまで彼がどこで何を何のためにしたのかという純然たる記録です。
だからこそ信憑性の高い学術書であるとも言えるのですが、これをこのままメディア展開しても成り立ちません。
前に答えたように人物描写が確立されてこその漫画作品ですからね。
要するに、サチェルドーテが集めた膨大なデータに私が血を通わせ、チェーザレ・ボルジアという人間を創造しているのです。
サチェルドーテが骨なら私が血肉、互いに別々の要素を担い、一人の人間を構築していっているのだと思います。
もちろんチェーザレ本人も、また彼を知る人間もすでにこの世にはいませんので、
これは完全に私の想像上の人物であることは間違いないのですが。


5:模範とする、あるいはご自分に近いと思われる漫画家、漫画のスタイルはありますか?

自分と近い、もしくは模範となったと言うとおこがましいのですが、十代の頃にとても印象に残っているのは
望月三起也さんという漫画家の方です。
代表作では「ワイルドセブン」という作品が日本では有名ですが、当然この作品もとても魅力的なのですが、
その後に描かれた「ジャパッシュ」という独裁者をテーマにした作品が個人的にはとても好きでした。
残虐性の高い作品であるにも関わらず、どこか人間味溢れ、温かみや熱はあるものの徹底的にドライというか、
乾いた作風がとても心地よかったのを覚えています。


6:「チェーザレ 破壊の創造者」創作にあたって楽しかったこと、また大変だったことは、どのようなことでしょうか?

大変だったのはとにかく模索の連続であったことです。
羅針盤を頼りに航海に出るコロン船長のようなものでしょうか。
監修の原さんを通じて、ボルジア家に関連するありとあらゆる文献を集めて頂きましたが、
これによって徐々に方向が定まっていく過程は、航路を見つけその先に陸地が見えてきた瞬間の
それに近い感動というものがありました。


7:この作品では、イタリア・ルネサンスについての写実的とも言える、客観的でリアルな描写が登場人物の主観的で
感情的な描写と結びついて、漫画表現のもつ可能性をこれまでにも増して広げることに成功しています。
文章表現(学術的著書、伝記小説)あるいは視覚表現(映画、テレビ、写真、絵画)などの他の表現方法と比較して
漫画という表現にはどのような可能性があるとお考えですか?

漫画の表現の可能性、というものについては私にもわかりません。
ただ身近な娯楽の一つであるという事だけはわかっていますが。


8:ここ20年程、日本の特に女性や若い人の間でイタリアは大変関心をもたれるようになり、それは今も続いています。
日本人がイタリアに魅力を感じるのはどうしてだと思いますか。

個人的には伝統だと思います。
日本は戦争や自然災害などのために、形として存在している物が限られていますが、
イタリアには数百年前から紀元前の物まで、その形状や用途がしっかりとわかる物が今も多く残されています。
破壊と再生の歴史であった日本人からしてみれば、憧れざるを得ないのかもしれません。


9:作家の塩野さん、最近では漫画家のヤマザキマリさん、そして惣領さんご自身が、日本においてイタリアの歴史を
紹介して大きな成功を収めています。全員が女性ですが、それは何か理由があると思いますか。

お二人の作品は、きちんと目を通したことがないので何とも言えませんが、男性作家の作品、とくに日本の漫画においては、
これまで戦闘に重点をおく傾向が強かった気がします。
力による支配という物は、男性の得意とする分野であり、また好みでもあると思われますが、
片や女性作家は戦闘そのものより、その背景や人物を掘り下げる事に長けているような気がします。
それは男女固有の差からくるもので、長年、男性は狩りをしたり、家族を外敵から守るため力を駆使してきた存在であり、
女性は子供を産み育てるために、家庭や人間関係に気を配らなければならない存在であったからです。
しかし近年、男性は狩猟する必要性もなくなり、また戦争も悪という概念が常識になりつつある今、
力や暴力的な表現に対する欲求が、以前ほど強くはなくなってきているような気がします。
それに変わって、アジテーションやディベートといった討論による勝敗、もしくは攻略への醍醐味に
興味が移行していっているように思われます。
どちらにせよ、戦場での攻防戦や戦闘能力を誇示するだけでなく、政治の駆け引きや権謀術について、多くの人が
興味を持ち始めた事と、フィジカルよりもメンタル面を得意とする女性作家の作品が、
ちょうどシンクロしてきたからではないか、と個人的には思っています。


10:もうひとつ、この作品に共通していることは、描く人物が女性よりも主に男性であるということです。
それにはどんな理由があるとお考えですか。

選択した時代故としか言いようがありません。
人間の歴史上、長期にわたって男性が政治の主導権を握ってきた訳ですから。
女性でも政治に関わった人物も稀にいますが、その影響力は男性のそれに遠く及びませんでした。
政治や国対国のパワーバランスを描こうとすると、必然的に男性目線になってしまうのは仕方のない事だと思います。


11:日本の読者のために描かれた「チェーザレ 破壊の創造者」ですがイタリア語訳も好評です。
そのことについての感想をお聞かせください。

大変光栄に思います。これを励みにこれからも頑張って描いていけたらと思っています。


12:何年にも及ぶ「チェーザレ 破壊の創造者」の執筆の過程で、あなたのイタリアまた日本に対する見方に変化は
ありましたか?

互いの国の歴史のあり方を再確認しました。
それは地形、気候などによって人の考え方や生活様式に差異が現れるという事です。
日本は完全な島国で大海に囲まれていますが、もしもイタリアのように一部が大陸に繋がっていたら、
確実に今のような歴史にはなっていなかったでしょう。
以前は単純に国土の広さや、資源について国という物を認識していましたが、
今ではその土地土地の持つ個性や、環境という物にまで意識を持つようになりました。


Gianluca Coci編
『JapanPOP:Parole, immagini, suoni dal Giappone contemporaneo』
(ジャパンポップ-現代日本からの言葉・音・映像)」
インタビュアー:Toshio Miyake



2012/10/26
ご無沙汰しております。
外はすっかり秋めいてきましたね。
昼間は日差しが暖かく感じるものの、朝晩はさすがに冷え込みが厳しくなってきました。
皆様もどうか体調には気をつけてお過ごしください。

さて、私の方はと言いますと、当然の事ながら「チェーザレ」ローマ編を描き進めているのですが、
諸事情あって掲載予定は来年となってしまいました。
その理由の一つは、来年の3月に発売予定となっている「チェーザレ」10巻に合わせて、
「チェーザレ」の副読本を出そうという事になったためです。
今、その準備に追われている最中でして、裏を返せばこの副読本の完成に合わせての「チェーザレ」10巻発売
とも言えるのですが。(苦笑)

ちょうど10巻までがこの作品の序章部分にあたり、ヨーロッパのこの時代の基礎知識は、ここまで出来る限り
盛り込んできたものの、ストーリー進行上やはり端折らざるを得ない事も多々あり、
私なりには(掲載期間はかなりの時間を要しましたが)ここまで随分と駆け足で描いてきた気がします。
作画の合間に、ここで補足も幾度か書かせて頂きましたが、それも時間の許す限りの片手間で、
本当に氷山の一角にすぎないものでした。

何せ500年前の、しかもヨーロッパという、日本とは気候も地形も異なる地域の他民族の生活様式と常識ですから、
現在の人間(特に我々日本人)から見れば白でも当時では黒、また現在黒でも当時では白とされているような事が、
当然の如く存在し、こればかりは簡単に説明がつく訳もなく、
(我が国はキリスト教圏ではありませんし、また貴族制度においても、国と時代で随分と様変わりするため)
簡略化する事で逆に誤解を与える事にもなり兼ねません。
※TV等で「よくわかる○○」「簡単にわかる○○」等の番組がありますが、2時間強の時間を要したとしても、
  元々どのような事柄でも、簡略化された説明が熟知へ繋がるとは到底思えません。
  正確に言うなら、「なんとなくわかる」「だいたいわかる」、といった所が相応しい表現でしょう。


当然、私は教科書を作っているつもりはありませんし、またTVで流される物もその多くはエンターテイメントであり、
一般的には熟知する必要性もないのですが、一番懸念されるのは誤解、曲解を招く事です。
その事については、兼ねてより担当編集者とどこまで描くか、随分と時間をかけて話し合ってきましたが、
今年になって、いっその事「チェーザレ」の副読本を作ってはどうかと相談され、結果この度の試みとなりました。
詳細は追ってまたこちらで御連絡したく思っておりますので、どうぞ楽しみに待っていてください。
それではまた。



2012/08/11 
毎日暑いですね。
とは言え、夜などエアコンがなくても寝苦しく感じないので、今年は例年より凌ぎやすいのではと、
個人的には思っておりますが。
「チェーザレ」が再開されてすでに5話目までが掲載され、やはり週刊は早いなあと内心焦っております。(苦笑)
一応9話まではなんとか形になってきているのですが(8~9話の作画がまだ不完全)
10話目が全然手付かずの状態ですので、これからかなり気合入れていかなければなりませんね。
10巻分全て掲載出来るよう頑張ります。

話は変わりますが、先週、丸の内の三菱一号館美術館で開催されている、「バーン・ジョーンズ展」に行ってまいりました。
エドワード・バーン・ジョーンズは19世紀のイギリスの画家で、イギリス人ではありますが、
ギリシャ神話などを題材にした作品を多く手掛けており、作風もルネサンス絵画の影響を受けていると思われ、
近代の画家でありながら、作品自体は中世のテイストを取り入れた不思議な世界観をもっています。

実は、6月の段階で「バーン・ジョーンズ展」開催前の内覧会に、主催者側から御招待を受けていたのですが、
その時は都合がつかず出席できなかったため、ちょうど打ち合わせで東京に来ていた原さんと、
いい機会だからと担当編集者を交えて三人で鑑賞してきました。
たまには美術鑑賞というのもいいですね。癒しになります。
美術館を出た後はそのまま丸の内を散策、担当編集者がおいしいと評判のマドレーヌを買ってきてくれたので、
木陰のベンチで食べたりして、大変よい息抜きとなりました。
思えば去年の10月以来の外出でしたので、さすがに担当編集が気を使ってくれたのかな、と有り難く思いました。

バーン・ジョーンズ展は今月の19日までですので、後わずかではありますが、まだ間に合いますので
興味のある方はどうぞ足を運んでみてください。

因みにどうでもいい話で申し訳ないのですが、
飼い猫のアヤが、我家に来て初めての一匹でお留守番だったもので、帰宅したらかなりいじけていて
その様子を見て、この子もすっかり我家の猫になったんだなあと、しみじみ実感致しました。
それでは、また。



2012/07/09 
今週の7月12日発売のモーニング33号より、「チェーザレ」いよいよ連載再開です。
ピサ編も大詰めとなってきました。
10巻でようやく序章部分が完結しますが、この先もどうやら巻を重ねていけそうですので、
さらにまた出力を上げていかなければなりませんね。

ここから作中では、コンクラーヴェ(教皇選)色が濃くなっていきますが、
実は、コンクラーヴェ自体はすでに始まっているようなものでして、
現教皇が誕生した時点で、次期教皇選出の火蓋が切って落とされ、コンクラーヴェ当日がその結果発表の場とも言えますので、
10巻まではその前哨戦といった感じでしょうか。
とはいえ、コンクラーヴェにつきものの、土壇場での逆転劇というものがありますので、
この辺りが物語的に大変面白い展開でもあり、描き手にとっては楽しくも恐ろしい現状となるのは間違いない事でしょう。(苦笑)
では誌面でお会いしましょう。


2012/06/24 
更新が遅くなってしまい申し訳ありません。連載再開の御知らせです。
7月中旬に「チェーザレ」10巻分の10話がモーニングに掲載されます。
現在まだ6話目の作画をやっている状態ですが、開始までに何とか7話まで完成させたいですね。
でないと10話連続掲載が危うくなってしまいますので頑張ります。
詳細は7月に入ったら、またこちらで御報告したいと思います。
それでは。

2012/05/06 
今週5/11に、いよいよwowowでドラマ「ボルジア家、愛と欲望の教皇一族」がスタートします。
私もようやく7話まで視聴させて頂きました。
率直な感想を申しますと、結構笑ったと言いますか、思わす噴出してしまう場面の連続で、大変楽しませて頂きました。(笑)
この辺りは、さすがアメリカ制作(エンタテーメントのパイオニア)という感じでしょうか。
序盤から7話までの回では、これまで語り継がれてきた、ボルジア家の俗説に沿って描かれている感があるので、
それを映像化するとこのようになるのかと、観ていてなかなか面白かったです。
それでも回を追う事に、そういった小ネタより政治色に比重を置いていっている(そうせざるを得ない)感じになっているので、
7話以降どのように描いていくのか、ある意味楽しみでもあります。

また人物造詣において面白かったのが、喧嘩上等のローヴェレが、各都市の僭主達の前で畏怖を感じるなど、
妙に人道的に描かれていたり、(ナポリ王家の内紛なども出てきますが、原さんから伝え聞いている話では、
史実上そう仕向けた張本人こそがローヴェレだったようです)
また、老獪なはずのロドリーゴが、教皇になった直後に初心な青年のように恋をしたり、聖職について悩んだりと、
独特の解釈がなされていて「愛と欲望の教皇一族」とサブタイトルがついている割には、
どちらかというとボルジア家に関わる各一族の方が俗悪で、ボルジア家の面々の方が、何故か「ほのぼの家族」
に見えてくるという、個人的には新鮮な展開でした。

ちょっと気になった部分は、細かい所ですが全体的に演者の所作が、現代のアメリカ人に近かったという所でしょうか。
物語の大半の登場人物が、貴族、聖職者であるのですが、この立ち居振る舞いがアメリカ的なフランクな物となっているため、
多少ヨーロッパの物語に見え難いという点があります。
(元は同じ白人文化とはいえ、伝統を重んじるヨーロッパとフロンティアスピリットのアメリカでは、やはり異質な物があります)
それでも物語的には小さな事ですので、観る方によってはそれほど気にならないと思われます。
エロティックというか、下ネタも満載ですので、この類が苦手という方はちょっと辛いかもしれませんが、
元々イタリア人は(過去も現在も)下ネタ大好きです。(笑)
ただ下ネタは大好きですが、下品な事には眉をしかめます。

かなり極端な話をしますと、例えば日本では女の子のスカートから下着が見えたりする表現が、
エロティックな物とされていますが(個人的にそう認識しているだけかもしれませんが)
イタリア人からすると、あれはうっかり見えてしまったなら「だらしない」物であり、転んだりして不本意ながらだと「気の毒」、
わざとであれば「興醒め」、となるそうで、結果下品と認識されるようです。
つまり性的な事で攻めてくるなら、正々堂々と攻めてこい、という事のようです。(私なりの極端な表現で申し訳ない)
彼等は性的な物にも美しさや優美さを求める、非常に美意識の高い人達なんですね。

そのために、イタリアの女性は年頃になると、より女性的な所作を身につけていくようで、
17~8歳になってもパンツルックでボーイッシュな服装をしていると、母親がもっと女性的な服装(胸元を強調するような服や
高いヒールの靴で足を綺麗に見せる等)をしなさいと嗜めるそうです。
また、男性は父親から、男は孔雀のように優雅であれと教えられるそうで、要するにどれだけ見栄え良く振舞えるか
(裏を返せばどれだけ女性にモテるか)が、男の器量なのだそうです。
因みにイタリアでは、俗に言うアメカジ的なルーズな服は、一般的に部屋着か子供服だと認識されているようです。

8年ほど前にイタリアにいった際、夜の10時頃たまたまTVを観ていたら、学者達の公開討論番組だったはずの番組に、
何故か突如、裸の体全身に小さなメモ用紙を複数貼り付けた美女が登場し、悩ましく踊りながらそのメモ用紙を一枚づつ
取り去っていくというパフォーマンスが繰り広げられ、学者は苦笑、会場は割れんばかりの喝采、
最終的に三枚だけを残し華麗に退場しましたが(笑)、これについて後日イタリアの知人(男性)に問うた所、
「だって難しい事なんて長時間集中できる訳ないじゃない、そういう楽しみないとイタリア人飽きちゃう」
つまりは緊張と緩和という事なのでしょう。
この辺りは各国共通のものと思いますが、性的な物に対しての概念に多少の違いがあるだけの話しかもしれません。

基本エロティック、下ネタ大好きなイタリア人ですが(そうじゃないイタリアの方には申し訳ない)
TPOには非常に厳しいというか、元々節度を重んじる国民性ですので
メディアに関しての子供への配慮は、日本など比較にならないほど敏感に対処しています。
特にTVですが、子供時間という物が決まっていて、
学校から帰ってきて宿題が終わる頃合の夕方5時~7時までアニメを含む子供番組が集中して流され、
夜10時を過ぎると、いきなり水着姿やセミヌードの美女が登場するというわかりやすさ。
そのバラエティ番組を閲覧している会場の面々を、カメラが移したりするのですが、男性陣がはしゃぐはしゃぐ。
中にはオペラグラスで食い入るように見ている方や、そっくりな顔をした老若の男性二人(見るからに親子)が、
並んで座って歓声を上げていたりで、観ているこっちも大笑いしてしまいました。(笑)
ただし番組の隅にはちゃんと、「この番組の視聴は保護者の許可が必要である」という意味の表示がなされています。
そのような表示があっても、TV配信ですから子供が自由に観る事は出来るのですが、
要は自意識を持たせるというが大事なのでしょう。

親に隠れてこっそり観る、もしくは堂々と観ていたとしても、その表示を目にする事で自分が相応しくない事を自覚する(させる)
それが本来の目的であって、性的な物を排除する気はさらさらありません。
なぜなら性的な物は彼らにとって最高の楽しみの一つだからです。
ただ、それは大人の楽しみ(嗜み)であり、子供は不適合者であると、はっきり線引きしているだけの話しです。
この辺りは、性犯罪が横行している欧米にとって深刻な問題だからとも言えます。

性的な物に興味を示すのは動物として当然のこと(でなければ種の繁栄はあり得ません)
でも微妙に罪悪感を持つことで抑制が生じる、官能と道徳、意識の裏表こそが人間ならではの事なのでしょう。

因みに「チェーザレ」7巻に登場する、カノッサの屈辱でお馴染みのグレゴリウスⅦですが、
庶子という存在を確立させたのは実はこの方です。
それまでにも聖職者の結婚に対しては、通俗に堕するとして懸念する動きはありましたが
グレゴリウスⅦによって、聖職者が女性と交わる事を不浄であるとし、真の姿は神に帰依することから結婚を禁じ、
これを決定的なものとした事が、現在まで脈々と続いていると言う訳です。
(結婚を禁じているのは、キリスト教の中でも主にカトリックですが、中にはカトリックでも結婚を是とする宗派があるそうです)

当時、女性は男性を惑わせる存在であり、不浄とされていましたので、
(惑わせるという所は同意ですが、どういう行為の上で誰から生まれてきたんだ、と問い詰めたくなるのはまず置いといて)
宗教上の道義的な部分もありますが、実際は立場の弱かった聖職者の権威を際立たせるために行われた、
完全な戦略的政策であったのは言わずもがなです。
こういったいろいろな制約の御蔭で、俗人と聖人の差別化が成功し、聖職者の権威は見事に確立されましたが、
ただこの差別が後に誕生する、チェーザレのプライドに傷を付ける事となるのは、読者の皆様なら御存知の事と思います。

ドラマ「ボルジア家、愛と欲望の教皇一族」に話は戻りますが、
お薦めの作品かと問われると、正直な所難しい部分もあります。
ただ真面目に作っているのがよく伝わってくる作品ですし、また同じ題材に取り組んでいる身として、
制作側の苦労が偲ばれる面もあり、個人的にはとても好感の持てる作品と言えます。

どのような創作物も規制はあっても規定はありません。
観る側にも選ぶ自由があるように、創る側にも創作の自由というものがあります。
私的には、作品に作り手のプライドと意地が少しでも繁栄されているなら、観て損はないと思います。
好みという問題もありますが、結局は柔軟な心でより多くの物を楽しんだ者勝ち、と言えるのかもしれません。




2012/04/27 
気がついたら4月が終わろうとしていてびっくりしました。
毎月の更新以前に、「チェーザレ」9巻発売の告知まですっかり忘れていたというか・・・、すみません。
4/23に「チェーザレ」9巻、無事発売されました。
すでにご購入された方、ありがとうございます。長い間お待たせして申し訳ありませんでした。
最近では、監修の原さんがtwitterでいろいろと情報を流してくださっているものですから、
それに任せてというか、安心してしまって更新が滞っておりました。
また、5月にwowowで放送される海外ドラマ「ボルジア家」の番宣の告知も、すっかり遅れてしまい本当に申し訳ありません。

原さんが日本語吹き替えの台詞の監修をされている縁で、制作関係者から私にもオファーが来まして、
ドラマについての感想を求められたのですが、この時点で私自身は2話目までしか視聴していなかったため、
内容についてのコメントは大半控えさせて頂き、その代わりに人物紹介と当時の政治的背景、宗教観等について話した事が
断片的に使われていたようです。
他にもいろいろと聞かれ、かなりの時間インタビューを受けたのですが、そのほとんどが放送上際どい話であったり、
またドラマ、私の作品双方のネタばれにもなり兼ねない事でしたので、制作サイドはさぞかし編集に苦労されたと思います。

敢えてひとつだけ、この場を借りて申し上げておきたいのが、番宣上でのドラマの衣装についてのコメントですが、
あれは当時の豪華さがよく再現されていると言っている訳ではなく、現代と当時の服飾では比較しようがないと言っているだけで、
その理由はインタビューでも話しましたが、当時の衣装は全てがハンドメイドであり、生地も 綿、麻、絹、毛織物、皮、と
天然の物のみで構成され、現代のように化学繊維という物が存在しません。
つまり素材の風合いその物が違うのです。
素材や染色が多様化し、機械を使って縫製できる現代の服の方が、当然衣装としての完成度は高いはずなのですが、
全てが人間の手によって、しかも贅を尽くし手間隙かけて作られた物の豪華さは、やはり一線を画する物があります。
それでもドラマでの衣装への拘りは十分伝ってきますし、建物の内部、戦闘シーン等、
制作サイドが総力を挙げて取り組んでいるのが、実によくわかる作品作りになっています。
少数精鋭で悪戦苦闘している当方からすると何とも羨ましい限りです。(苦笑)

9巻がようやく発売となり、これまでの流れから、細部においていろいろと補足しておきたい気持ちもあるのですが、
今は時間的にそのような余裕がないため、いずれまた10巻が出る頃辺りにでもお話し出来たら、と思っております。
それではまた。



2012/03/11 
相変わらず仕事に追われる毎日です。
先月なんとか7話目までのネームを完成させ、今は作画に集中しています。
捗っているとは言い難いのですが、8話以降もすでに描く事は決まっていますので、9巻の再考をやりつつ、
とにかく目の前の事から片付けていかなければと思っています。

それからまた私事ですが、下の写真は新しく我家の一員となったアヤです。
 

アヤは今年の4月で三歳になる女の子で、去年の暮れに動物保護団体から譲り受けた子です。

最初は猫を長年飼っていた経験から、震災で行き場を失ったペットを引き取れないかと思ったのですが、
東京では距離も離れている事から、移動で受ける彼らのストレスや、予算的な問題で非常に難しいとの事で
仕方なく諦めていたところ、団体の方から、関東近郊にも里親を探している子達がたくさんいるので、
その子達の事も意識して頂けたら有難いと言われ、それでこの子の里親になる事を決めました。

当初、アヤはすでに二歳を超えているので、なつくまで一ヶ月は覚悟して欲しいと言われていたのですが、
我家にやってきた日は、さすがに落ち着かなかったものの、二日目には私の膝でぐっすりと眠ってくれて、
あっという間に私にも家にも慣れてくれました。
まだアシスタントの面々には、恐る恐るで中々近づこうとはしませんが、性質自体は穏やかで可愛らしくとても良い子です。
これからは、この子の面倒をしっかりと見ていかなければなりませんね。
それが前の子達の供養にもなると思って、これからもずっと可愛がっていきたいです。


あの震災からすでに一年が経ちました。
事態は相変わらず深刻です。
些細な事でも何か役に立てればと毎回思ってはみるものの、結局は目の前の仕事を淡々とこなしていくだけです。
それでも今日だけは、何度となく手を止め祈るでしょう。
犠牲になった方々の魂が、どうか安らかでありますように。



2012/02/02 
「チェーザレ」連載再開の喜びや感想を、早速メールで送ってくださった皆様、有難うございました。
大変楽しく読ませて頂いたと共に、不定期極まりないこの作品を、忘れずにいてくださった事を心より感謝しております。

先週掲載された再開第1話目は、思えば去年の3月に作画し震災後に編集部に渡した物でしたので、
自分で言うのもなんですが、改めて見て懐かしかったと言うか感慨深かったです。
言い換えれば、それだけ時間が経ってしまったという事なのですが、それでもあの大地震に見舞われたのが、
つい昨日の事のように思えるのですから、何とも説明し難い気分です。

再開前は私自身も、早く掲載出来る日が来るようにと願っていたのですが、いざ始まってみると早いですね。
週刊連載はやはり半端ないです。
現在10巻分の6話目までのネームが完成していますが、今週中に何とか7話目まではネームを作り上げ、
それから一気に下絵ペン入れを開始しようと思っています。
そうなると、3月末までに140ページ程の原稿を仕上げる事になるのですが、これだけ大量のページを仕上げるのも、
随分久しぶりですので、どういう事になるのかちょっと自分でも想像がつきません。
同じ姿勢を続ける事で、過去に何度か肘が固まってしまって、真っ直ぐに伸ばすと痛みが生じるという事があったため、
なるだけストレッチ等の柔軟は怠らずに、仕事をこなしていきたいと思っています。

ここの所、大寒波の影響で大変な寒さが続いている上、インフルエンザも流行っているとの事で、
とにかく体調管理だけは気をつけたいですね。
皆様もどうか御自愛ください。
それでは、仕事に戻ります。



2012/01/23 
今週1/26発売のモーニングで「チェーザレ」いよいよ連載再開です。
前回からの長い休載期間を経て、ようやく読者の皆様にお届け出来る事を大変嬉しく思っております。
本当に長い間お待たせして申し訳ありませんでした。

去年の段階で、9巻10巻合わせての雑誌掲載を考えていましたが、単行本9巻分は出来上がっていたものの、
10巻の内容でまたもや変更箇所が見つかり、その対応に多少時間がかかっていました。
土壇場での軌道修正は日常茶飯事なのですが、教皇選においての重要な影響力を持つ人物の詳細データが、
まさか2011年の後半に来て、イタリアから発表されるとは思ってもみなかったので、この段階で再度、主要人物達の関係を
整理し作り直していました。
教皇選までのデータは、おそらくこれでほぼ出揃ったと思いますので(出来ればそうあって欲しいのですが)
10、11巻まではこのまま描き進めていけそうです。
11巻以降ではローマの造詣に苦労させられそうですが、何せ現在のローマとは全くの別物の都市と思ってよいので、
また一から造り始める事を覚悟しなければならないでしょうね。
10巻分の進行状況はネームだけ出来るだけ溜めて作り、ある程度溜まったところで纏めて作画に移ろうと思っていますので、
1月中はこのままネームとラフ画を描き続けるだけとなりそうです。
現在で5話目のネーム作成中ですが、今月中に最低でも7話目までは作り込んでおきたいのが今の所の目標です。
何とか20話、掲載出来る様頑張ります。


さて、掲載までの間の暇つぶしという訳ではないのですが、日頃私達が目を通している文献の邦訳がどのような物であるか、
ある意味謎めいていて、とても面白いので一部御紹介しておきましょう。
例えば

・「彼は不審者達を出口のない部屋へ誘い込むと、即座に扉を閉めて彼等をそこへ閉じ込めてしまった」

・「彼等は祭具室に逃げ込むと内側から鍵をかけ、誰が来てもその扉を開けようとはせず、しばらく経ってから一人が
 秘密の出口から抜け出し外の様子が安全であるか確認した」

雰囲気としての状況は伝わると思うのですが、まるで御伽噺のような文章で、具体的に説明を求められると中々難しいものが
ありますよね。しかしこの記録は正しい物で、 ある意味忠実に状況を伝えているとも言えるのです。
※もちろん戦略的な意味で、余所者に都市の地図同様、建物の構造を露呈させないための意図的な表現となっていますが。

当時のイタリアの生活様式や、それに伴った建築物の構造等に詳しい方は、どうしてこのような表現になってしまうのか、
すぐにおわかりになると思いますが、とりあえずこの状況を色々と想像して考えてみるのも楽しいかと思いますので、
詳しい説明はここでは控えておきます。

それでは1/26モーニング誌上で御会いしましょう。



2012/01/05 
明けましておめでとうございます。
年賀状、年賀メール等を送ってくださった方々においては、本当に有難うございました。
今年も旧年同様、皆様と共に歩んでいけたら幸いと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します。

2012年も明けて、すでに5日が過ぎてしまいましたが、いつもながら御挨拶が遅くなってしまってすみません。
旧年中は本当に色々な事があり、例年通り新たな気持ちでスタートとは、とても言い難い年明けとなってしまいましたが、
思えば、2011年の東日本大震災に限る事だけではなく、1995年の阪神淡路大震災、その前後のオウム真理教関連の事件、
1999年の東海村臨界事故等、過去において自然災害、人災、様々な忘れ難い大事件がありました。
私の中で、その全てをしっかりと見据えて来たか、と言えば決してそういう訳ではなく、
すでに過去の事として片付けてしまっていた事を、 去年の震災は思い出させてくれたような気がします。
だからと言って、何が出来るという訳でもないのですが、それでも何事もなく日常を送れる事がどれだけ幸せな事か
改めて教えられた年でもありました。
こうして無事に作品を創っていける事を、また皆様にそれをお届けできる事を自身の天命として、
これからも更なる精進に励みたいと思います。

尚、「チェーザレ」再開は今月、1月26日発売のモーニングにて予定しております。
詳しくは追ってまた御連絡する事となりますが、とにかく今は10巻分までの掲載を目指して頑張るしかないですね。
それではまた。





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