惣領冬実の作品を紹介していきます


既刊(好評発売中)

チェーザレ 破壊の創造者
ES-Eternal Sabbath-

講談社
既刊1〜10巻

講談社
全8巻

講談社文庫
全5巻
2005年〜 2001〜2004年
モーニングで現在連載中

イタリア、ルネサンス期の歴史上の人物
チェーザレ・ボルジアの生涯を描いた作品。

日本以外では、イタリアをはじめ
インドネシア、フランスで翻訳され出版されています。

インドネシアはイタリアとほぼ同時期に出版が決まったのですが
イスラム圏でありながら何故?と、私も不思議だったのですが、
元々、私の少女漫画時代からの読者が多くいらっしゃったらしく、
内容はさておき、いち早く出版に踏み切ったそうです。
その寛容さに驚き感動しつつも、私自身イスラム圏に対しての
認識を改めさせられました。
モーニングにて初の連載作品

まだ別冊少女フレンドで描いていた頃に
主要人物の大半を高校生として構想していた作品でしたが、
当時の担当編集者から少女漫画では内容が過激すぎるとの
指摘を受け断念。
その後、青年誌で発表の場を得たため
設定はほぼそのままで、登場人物の年齢を引き上げ
研究者や大学生として構成しなおした物です。
逆に青年誌でやれた事で、比較的楽に描けた気がしますので、
結果オーライだったのではないかと思います。

因みに、この作品が当時別フレでお蔵入りになった御蔭で
その枠で「MARS」が誕生しました。





   
ボーイフレンド
3−THREE− 
小学館
 全6巻

講談社
全6巻
小学館
全8巻

講談社
全8巻
1985〜1988年 1988〜1992年
週刊少女コミックでの初の長編

当初編集部に絶対売れない、と
太鼓判を押された作品でしたが
結果小学館漫画賞を受賞したので
当時はずいぶん複雑な思いでしたね。
「バスケの専門用語や試合内容は
?どうでもいいからできるだけ
?恋愛シーンを描け」
と編集部から言われたときは
これが少女漫画の世界かと
目からウロコが落ちた気がした
思い出深い作品です。
週刊少女コミックでの2度目の長編

音楽物は難しい、と
この作品もあまり編集部的には
イケてなかったのですが
折からのバンドブームに乗って
なんとか14巻までこぎつけた作品です。
(単行本は全14巻)
やっぱり音楽業界の話よりは
恋愛を描けといわれて
「さすが少女漫画」と
いろんな意味で勉強になりましたね


MARS
講談社
全15巻
1996〜2000年

別冊フレンドでは初めての連載。

当初3巻程度と思っていたのですが
結局全15巻という長編になってしまいました。
もともと超能力物にでも挑戦しようかと
考えたのですがあまり別フレ的ではなかったので
その作品は自分から却下。
困った挙句に思いついたのがMARSでした。
もとは60P程度の読み切りとして
考えていた作品でしたが
いろいろいじっているうちに
内容が予想外にふくらんで結果
このような作品に。
連載当初はアシスタントが一人しかいなく
バイクは全部自分で描くはめになって
かなり辛かったです。
今となってはいい思い出ですね。




おなじくらい愛 1985年

小学館刊
デビューして初めての連載で、
プロフィールにも書きましたが月刊誌との同時連載だったので
まったく余裕がなくて、正直言ってとにかく描いてみたという作品です。
デビュー当時からネーム(ストーリーをコマわりしてラフに表現した物)
という物がよくわからず、漫画云々についてはド素人だった私ですが、
子供の頃から映画が好きで、映画関係の仕事を夢見た事もあって、
この頃は映画やドラマの絵コンテを描くように仕上げていた気がします。
でもこのあたりからネームは描かなくなりましたね。
映画と違って漫画の場合はセットも役者も頭の中で、
何度でもリセット出来てしまうので、
ネーム、下絵、ペン入れの段階で微妙に内容が変わっていくのを、
いちいち編集サイドに伝えるのも時間と紙の無駄に思えて、
電話で報告しつつも、ぶっつけで原稿を描くという形を
取らせてもらうようになりました。
歴代担当者にとってはギャンブル同然だったと思われますが、
まあ結果オーライという事でごめんなさい。

余談ですが、この連載第1回目を仕上げた段階で
ページ数が1枚足りないことが発覚し、
担当の言い間違いか私の聞き間違いかで、
押し問答を繰り返した結果30分後に担当が、
思い出したように「そういえば言っちゃった」と認めた瞬間、
目の前にあった灰皿(アルミ)を彼に向かって投げつけてしまった
というエピソードがあって、
それ以来私は凶暴な女と言われる様になってしまいました。
本当に嵐の海への船出のようなスタートでした(苦笑)。




 
ピンクなきみに
ブルーなぼく
1985〜1988年

小学館刊
はっきり言って楽しかったですね。
こんなに遊んでいいのかってくらい遊びましたね。
実はその昔お笑いの構成作家にも憧れた事があって
(私はいったい何になりたかったのかホント謎ですね・・・)
当時の担当にその旨を話したところ彼も非常に演芸に詳しい人間で、
要するに2人で悪ノリしちゃったんですね。
今思うと打ち合わせというよりは、
ネタ合わせといった感じで作品作りしていました。
この作品は5年程続いたのですが、
これだけはネームをずっと描いていましたね。
ギャグは本当に難しいジャンルで、
間合いひとつで笑いも取れるしシラケもする、
非常に微妙な構成を要するので、
当時は(あの程度でも)それなりに神経使っていました。
でも5年も続いたのは、当時の担当のさん(現別コミ編集長)の
おかげですね。ホントいい経験させてもらいました。
泣かせるより笑わせるって10倍難しい。


彼女がカフェにいる 1992〜1994年

小学館刊
『彼女がカフェにいる』は、別コミで描いた連載でしたが、
編集部にもこれといって盛り上がりに欠ける作品なんですが・・・
と前置きをしたくらい盛り上がりに欠ける作品です(苦笑)。
『ピンブル』が漫才のノリなら
『彼女〜』は落語といった感じでしょうか。
本当に雰囲気を楽しむだけの物語なんですが、
自分の中では以外と好きなタイプの作品です。
鎌倉というロケーションで日本らしい(今では郷愁さえ感じますが)
物語が描いてみたかったという記憶があります。
ドラマティックで刺激的なストーリーには
当然面白さでは適いませんが、いろんなタイプの人間がいるように
いろんなタイプの読み物が有ってもいいだろう的な考えで
描かせて頂きました。
作者である私にとっても癒しになった思い出深い作品です。


天然の娘さん 1994年

小学館刊
『彼女がカフェにいる』の登場人物達を
一話完結のオムニバス形式で描いた作品です。
実はこの頃に小学館から講談社へ移る覚悟を決めたので、
正直言って小学館で長期連載を起こす訳にもいかず、
だからと言ってちょうどいい短期連載も思いつかなかったので、
このような形を取らせていただきました。
本当に当時の別コミには感謝しています。
このようなわがままな作家によく仕事を与えてくれたものだと思います。
おかげで、『サボテン』『エデンで会おう』
『彼女がカフェにいる』『ジンジャーマン逃げた』等、
あえて受けを狙わず、自分らしい作品作りが出来ました。
デビュー以来、まず生活ありきで仕事に取り組んでいたので、
自分の作家性など考える暇もなかった私ですが、
ここでようやく方向性が見えてきたんじゃないかと思います。
多少ゆとりが出来たと言うと語弊がありますが、
それまでは少女漫画の花やら星やらを気恥ずかしく感じていたのが、
それもある意味立派な表現方法と思えるようになりました(笑)。
という長い前フリでしたが、
『天然・・・』では少女漫画ならではという効果を
存分に楽しませて頂きました。





MARS外伝
「名前のない馬」
2000年

講談社刊
『名前のない馬』は正直いって読みきり2本が浮いたまま
傑作集が出せずにいたのでとりあえず何かをの「何か」だったんです。
『MARS』連載中で、しかもモーニングで読みきりを控えてる頃だったので、
かなり内容的には厳しかったですね。
(バイクシーンだけでアップアップって感じで、
 あの時アシストしてくれた方々には本当に感謝してます)
時間がなかったたため『MARS』本編からの
こぼれ話的な作品になってしまいました。

『眠るライオン』は講談社に来て最初に描いた作品です。
雑誌のカラーとか、あまり考えずに描いていたのですが、
さすがにこの時は意識したかな?
でも次の『1カラット・・・』で結構自然体で描いてみたら
思い切りリテイクが出て思わず苦笑いしちゃいました。


惣領冬実傑作集(1)
終わるハートじゃねぇ
1995年

講談社刊

『エデンで会おう』
『ジンジャーマン逃げた』
表題作の『終わるハートじゃねえと』いう作品は、
THREEの連載直前の1988年発売少コミ9号に描いた読みきりで、
くどいようですが編集部が音楽物に対して悲観的観測だった
(音を絵で表現するのが難しい)ということで、
とりあえず試金石として描いてみた作品です。
でも今読み返してみると、音楽云々以前に完璧な純愛物だったですね。
同時収録の『エデンで会おう』は、うけつける人と、うけつけない人が、
きっぱり分かれる作品だと思います。
私の高校時代のエピソードを漫画にした自伝のような物なので、
これといった盛り上がりはないのですが、当時の担当さんが、
そういった物もたまにはいいかもしれないと、
後押ししてくれて出来上がった作品です。
90%実話なので、絵柄もあえてシンプルにさせてもらいました。
『ジンジャーマン逃げた』は少コミでまだTHREEを連載していた頃に
別コミで描かせてもらった読みきりです。
THREEが結構重い作品だったので、
反動でややふざけた?内容になってしまったような・・・。
コミカルな舞台劇といったコンセプトで取り組んだ作品です。
私的にはこういった作品の方が実は描きやすかったりするのですが、
受けがいいのはやっぱりシリアスの方ですね。


惣領冬実傑作集(2)
サボテン
1995年

講談社刊

『ペカンナッツのパイ』
『月蝕』
『色あせる午後』
『そしてあまい予感』
『でも45゜の彼』
1993年発売の別冊少女コミック特別増刊号「花林」に描いた作品
『サボテン』『ペカンナッツのパイ』『月蝕』は連作という形をとっていますが、
当初その予定ではなく後のりで作っていった作品です。
通常の少女漫画とはやや違った物をやってみようと思い、
また機会にも恵まれたので実験的に描いてみた作品です。
それまでの私の作品のファンにはちょっと違和感があるかもしれないですね。

『色あせる午後』はさらにひかれる可能性大の作品だと思われます。
デビューまもない頃(ボーイフレンドの連載中)に
小学館からプチフラワーという雑誌が出ている事を知り、
依頼があったので雑誌のニーズにあった物をと思い描いた作品です。
今読み返すと青年誌的なアプローチしているかも。
当時は青年誌も今程知られていた訳でもなく、
レディスコミックもまだ存在していなく、
私自身も女の子は少女漫画を読んで少女漫画を描くものだと
勝手に思い込んでいたので、自然と少女誌でデビューしてしまいましたが、
やはり無理があったのか、このような作品の方が描くのは楽でした。

『そして甘い予感』『でも45°の彼』は週刊少コミで描いた読みきりです。
『そして〜』は『ボーイフレンド』の直前でしたが
『でも〜』は『ボーイフレンド』の連載中
(しかも月刊誌で『ピンブル』やってたんじゃないかな?)
だったのでかなり描き飛ばした感がおもいきり覗えますね。
『終わるハート〜』もそうですが、
この頃はとにかく時間がなくて
背景等を油性マジックで描きなぐっていたって感じです。


DOLL(ドール) 1996年

講談社刊
『DOLL』は講談社へ移ってきて間もない頃の作品です。
出版社が変わった事をきっかけに
今まで描いた事のない物に挑戦してみようと思い、
その結果がダンス物となった訳です。
本当に描いてみたって感じありありで
私の作品の中ではレア物ってところでしょうか?
今思うとバイクを描く以上に群舞は大変だったかも・・・。

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