snail5.gif (1130 バイト)  神聖な生き物4

◆狂言の舞台で大活躍のかたつむり
 
  狂言とは能とほぼ同じころ(室町時代)に発生し、その対照的な演劇は、セットで演じられることが多く、幽玄の世界から笑いの世界へと、観客の心をリラックスさせてくれます。登場人物は、能と違って貴族や歴史上の人物ではなく、底抜けに明るい「太郎冠者」を主とした、親しみやすいキャラクターで、当時の描いた「笑い」には現在に通じるものがあります。そのころの、日常的な話し言葉を使用しているので、内容もわかりやすく、能とともに歩んだ長い歴史の中で、洗練された「笑いの芸術」と言われています。

  狂言の作品の一つに、『蝸牛(かぎゅう)』があります。主人と太郎冠者、太郎冠者と山伏の台詞と動き、そして互いの掛け合いが、何ともおもしろく、思わず笑ってしまいます。特に、″とりちがえの失敗″と、フィナーレの見せ場となる囃子物で繰り返される詞「デンデン、ムシムシ」は、この作品の真骨頂と思われます。

  この『蝸牛』、狂言そのもののすばらしさは言うに及ばず、次の点で別の関心が持たれます。
@ かたつむりが、狂言という歴史のある文化的活動の中で扱われている。
A かたつむりが、長命・幸運・幸福・慶びものとされている。
B 「でんでんむしむし」を「出よ出よ虫虫」の意味としている。
612kagyu.jpg (24056 バイト)  「ソレ、ソレソレソレ」

 「オーオ」

 「何と、角ではないか」
 
 「ハァ、雨も風も吹かぬに、

     出さ かま打ち割ろう」
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  あらすじ (「狂言ハンドブック」(1995)、三省堂による)

 山伏は早朝に旅立ったためか眠くなり、てごろな竹藪に入って休息する。場面がかわり、主人と太郎冠者が登場する。長命の祖父にますます長生きしてもらうには蝸牛を食べさせればいいときいた主人は、太郎冠者に蝸牛をとってこいと命ずる。蝸牛がどんなものかを知らない太郎冠者は竹藪には必ずいるものだと教えられ、いけば、確かに寝ている者がいる。もしや蝸牛ではないかと尋ねてみると、主人がいうとおりの特徴(※)を備えていた。
 ※ 蝸牛というものは、土から生じて、藪に住むものじゃ。
    頭が黒うて 腰に貝を付けている。
    その上 折々は角を出すものじゃ。
    こうりょうを経たは 人ほどもあるという。
 間違いなく蝸牛である。喜んだ太郎冠者は蝸牛に一緒にきてほしいと頼む。山伏は笑いながらもその間違いをしばらく楽しんでやろうと考え、蝸牛は囃子物がないと動かないといって太郎冠者に囃子物を謡わせる。二人が囃子物で浮かれているところへ、あまり太郎冠者の帰りが遅いので主人が迎えにくる。みると山伏と太郎冠者が囃子物でたわむれている。主人は太郎冠者を叱るが、囃子物に熱中している太郎冠者にはその声が耳に入らない。いったんは事情を理解しても、すぐ囃子物に我を忘れてしまう。ついには主人までまきこまれ、三人とも浮かれ続ける。
614kagyu.jpg (17142 バイト)  「でんでん、む〜しむし〜!」

※ 詳細な『蝸牛』がみたい方は、次の狂言本をご覧ください。
   「日本古典文学大系43 狂言集 下」 (1961) 岩波書店.
※ 写真は、京都学生狂言研究会の好意により提供を受けました。http://www.tarokaja.com/

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