(朝日新聞、1990−11−27、テーマ談話室 より) |
| エスカルゴを食べたことがあるというと、当然フランス料理のそれを食べたんだな、と人は思うだろうが、実はそうではない。本当はカタツムリを食べたことがあると言うと驚かれるので、エスカルゴと言っている。 フランス料理に出てくるエスカルゴと、雨の日に出てくるおなじみの「デンデンムシ」ことカタツムリは同一種かどうかは知らないが、味は非常に良く似ている。 幼いころ私は、よくよだれをたらしていたらしい。祖母が心配してどこで聞いたのか、カタツムリを食べるとよだれが止まると、私にしばしば食べさせてくれた。 初めは薬のようなものと思って食べていたが、次第においしいと感じるようになり、雨上がりには、よくカタツムリ探しに出掛けたものだ。 五歳歳上の兄は、よだれをたらすようなことはなかったのだろう。だからカタツムリの味は知らない。私がムシャムシャ食べている姿を冷ややかな目で見ていた。 1キロ先にしかお店がないという村に住んでいた私にとって、お菓子はほとんど母の手作りだった。農作業で忙しい母はそう毎日、お菓子を作ってくれはしない。食べる物に飢えている時もあった。そんな環境がカタツムリ食いに拍車を掛けた。 しかし、いつのころからか、私はカタツムリを食べなくなった。どうして食べなくなったのかも覚えていない。食べる物が豊富になったせいか。月日がたち、自分が昔、カタツムリを食べていたことも忘れていた。 結婚してから何かのはずみで思い出し、主人に話すと大変驚かれてしまった。いまだにゲテモノ食いだと思われている節がある。 最近はカタツムリをあまり見掛けないが、私の舌には、時としてあの貝にも似たカタツムリの味がよみがえることがある。今は食べることはないが、食糧難になったら、きっと真っ先に口にしてしまいそうだ。 (T市 匿名 30歳 主婦) ※実際は、実名ですが掲載において匿名にしました。 |