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日常のささいなことでも日記ふうに書き綴るきっずはうすのドキュメンタリードラマです。


 

アンリ・カルティエ=ブレッソン展

「ママ、色がついてないのに、すごく綺麗だね。 ずっとみていると、イロがみわには見えてくるよ」と娘が写真を前にして、 そうつぶやいた。
 そう、まさに無彩色なのに、雄弁な写真の数々なのだ。
LANDSCAPE(二度とない風景)と題されたこの展示場には100点の作品が 並べられていた。

   1957年作の「ワシントンDC」というタイトルの写真。
二人の黒人の少年が横顔を見せて、すれちがうように肩のあたりが接している。
背景には湖とあのホワイトハウスが… まるで、ピアノのwhite&blackの鍵盤さながらの情景。
 もちろん、当時のアメリカの時代背景も色濃く反映されているだろう。
観る者の想像力を激しくかきたてる何かが、一枚の写真の中に凝縮されている。
 別々の方向を見ている少年たちの横顔。
そして、ホワイトハウスと少年たちを隔てている湖の距離感が、切なさを感じさせる。

 1961年作のギリシャの写真。
紺碧のエーゲ海をのぞむ建物の白壁が、まぶしく光をはらむように、その白さで迫ってくる感じ。
海は写っていなくとも、その青さまで胸に焼きつくイメージ。
 時間も空間もない4次元旅行をしているように感じてくる。

 1956年作の西ドイツのライン川下りの様子の写真。
急流なのか、白く険しい表情の波頭の中を三隻の小船が河下りしている。  

アンリは1940年にドイツ軍の捕虜となり、1943年に三度目で脱出したという経歴を持つ人物だ。
 この写真に、三度試みてようやっと脱出できた過去の大きな波のうねりを回想している彼を思い浮かべるのは考えすぎだろうか…

また、1952年作のドイツ、ハンブルグでの撮影による、松葉杖を傍らに置いて、 雪の積もった港にたたずむコート姿の男、彼には片足がない。
 彼の決して乗ることのできない誰かの自転車も写っている。
一本の足で立っている男は今まさに羽ばたいている二羽の白いカモメを見ている。
彼には、松葉杖なしでは歩くことも、鳥のようにはばたくことも出来ないのだ。 この無情感。喪失感。
それでも、彼の後姿に祈るような気持ちで希望を見出そうとしてしまうのだ。

 1959年作のフランスの牧歌的風景。
美しい河原で少女の投げた小石が水に文様を描き出す。
1908年にフランスのシャントールに誕生したアンリ・カルティエの故郷への郷愁がにじんでいるようだ。

1923年には絵画とシュールレアリズムに目覚めたという彼は、1931年に本格的に写真を撮り始めたという。
アフリカに一年滞在のあと、ニューヨークやスペインのマドリードなどで個展をする。
1937年には、スペイン市民戦争のドキュメンタリー映画を製作。
1944年、戦争捕虜をドキュメントした映画「ル・ルテュール」を製作。
1946年には、アンリ戦死との誤報で、ニューヨークの近代美術館が「追悼展」を企画するという珍事件が。
そして、1947年には、ロバート・キャパなどと写真家の集団、「マグナム・フォト」を設立する。
 (以前、ロバート・キャパの展示会にも足を運んだことがあるけど、彼の作品もすばらしかった!!)
 1965年にはインドに6ヶ月滞在のあと、日本にも三ヶ月滞在したそうだ。 私は1963年生まれだから…とても感慨深い。
 1965年作の海岸を着物姿でハットをかぶった男性が散歩している様子の写真。
そう、私の祖父も着物ではなかったけど、当時小粋な帽子をいつもおでかけの際にはかぶっていたっけ…などと、懐かしい思い。
 娘は1985年作のパリの写真の前で、「エッフェル塔だ!」とはしゃいでいた。
「マドレーヌ」という絵本の中にフランスのもろもろの建物がでてくるので、彼女にとっても、興味深いものらしかった。
 向かって右側にそびえたつエッフェル塔、そして左側には工場のような建物の小さな煙突から黒い煙がもくもくと…
その上には、白い雲がのどかな感じでたなびいており、さらに上空にいくと黒い雨雲がたれこめている。

写真に閉じ込められた、二度と出会うことのできない風景や人物たち… [二度とない風景]の深い意味を知った。  わらだ光絵

 

 

 

 

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