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林 真理子の講演会情報
父の誕生日に(9月9日)博多の実家を訪れると、なんと母は 今からあの、作家の林 真理子の講演会に行こうと張り切っているではないか。
えー、だって今日は大事なお誕生日でしょ…と言いかける私をさえぎるように 「みつえも一緒に行きましょうよ」と母。
あきれる私に父からの、「よい機会だから、一緒に行ってくるといいよ。みわは、わたしがみていてあげるから」と思いがけない言葉。
それじゃあ、あんまり父がかわいそうではないか…
しかし、実のところ、講演会にはとっても行きたいの。
「るんるんを買っておうちに帰ろう」でセンセーショナルなデビューを飾り、 当時はコピーライターあがりのおもしろい文体としてもてはやされていた彼女が
今や直木賞作家なのである。
その長い彼女の道のりを、彼女の本を読みながら歩いてきた一愛読者としては、是非とも講演会に行ってみたいというもんだ。
あっさり、私は父の提案にのることにした。
母はお気に入りの黒いドレスを着ている。あの年齢で、黒い服を派手に着こなすさまは、少し尊敬する。
うちの母は、ちょっとあの悪名高きデビ夫人に似ている。
と言ったら、デビ夫人にあまりにも失礼なので、デビ夫人を運悪く顔から転ばせたような感じとでも言っておこうか…
なにより、似ていると感じるのが、あの歯に衣きせぬ毒舌トーク。
ワルッチイことをいうときの活き活きとしたあの表情。
母に「デビ夫人に似てるって人から言われない?」と尋ねると、 「まあー、失礼ね。最近、よく言われるのよ。どーなっちゃってるの?」と本人は自覚がないらしい。
「イジワルそうなところが似ているんだよ」と私。
そう、私は、ちょっと前のマリアンのようにこのニセデビ夫人からちょくちょく毒矢を放たれるのだが、これが的を得ているだけに、毎度ものすごく悔しい思いをする。

地下鉄に乗ると、すばやく視線を走らせ、空席を捜す母に、私は言う。 「ねえ、ママ、毎日ジムに行っちゃあ、500mmクロールで泳いでるんでしょ。
そんな体力あって、なんでわざわざちょっとの距離を席に座らなきゃならないのよ」
そう、母はシニアクラスのチャレンジャーで、この数ヶ月、水泳に燃え、余りある体脂肪を5パーセントもしぼり落とし、父から「プールの白いイルカちゃん」と異名をつけてもらうくらいの勇士なのだ。
今や、あのバタフライに挑んでいるというから、ものすごい。
「プールで泳ぐのは苦にならないけど、無駄に立ってるのはどうかと思うのよ」と わけのわからないワガママを言う。
天神に着くと、アクロスホールまで、小走りになる。
「ねえ、開演まで時間があるのに、なんでそんなにあわてるの?」と尋ねる私に、 「いい席を確保したいのよ。林 真理子の顔をおがまなきゃ。」と言って、バッグには
なんと、オペラグラスまでしのばせてるではないか。
「あのさー、アイドルや女優さんじゃないんだから、あんまり席がうんぬんというのは関係がないと思うよ」と私。
「あら、私は最近ダイエットに成功してウツクシクなったと評判の彼女をマジカで見たいもんだわ」と母。
あっ、そう。私は彼女の話が聴きたいんだけどね。

かくして、講演会の幕は開けた。
ステージに出てきた林 真理子を見て、正直驚いた。
うわあ、スマートになってるう!顔も小さいし、態度もでかくなーい!
しゃべり始めた彼女の声は、ものすごく艶があって、オトナの女のお色気さえあるじゃないか。
声楽(オペラ)を趣味でやっているという意味がわかった。この美声なら…という感じ。
本のイメージと違うよお。
なんというか、古風でしとやかな女性なのである。そして、冷静沈着。
いい年してキャピキャピしてミーハーな感じはつゆとも感じられない。(あっ、それは私のことか…)
テーマは「小説を書く時間」。
林 真理子は結婚もしてるし、幼い娘もいる。
昼間はベビーシッターにまかせているらしいが、やはりその生活はあわただしいものらしい。
サラリーマンをしている夫(こってこての九州男児ということ)のための夕食の用意をしながら(かぼちゃを煮ながら)泣く子をあやしながら、官能的な小説などをしたためたりしているらしい。
そういうのって、すごくわかるなあ。
女性は家事というものがついてまわるから(特に結婚してると)、男性の作家みたいにどこかのホテルに缶詰状態で執筆する余裕などあろうはずがない。
でも、その生活感こそが、原稿のネタになるケースが多いので、たいへんだと思いつつもやはりトクをしてるなと感じるそうだ。
その意見にも大賛成。
私は作家じゃないが、執筆を生きがいとしている人間なので、どうにかしてその時間を生み出す努力をしている。

いつも、ココロの支えにしているのは、「赤毛のアン」の作者のモンゴメリという作者だ。
あの膨大な著書の量の裏側にあった、彼女の実生活とはどういうものであったか。
彼女の夫は村の牧師で、気難しい性格のうえ、ウツ病もややはいっていたらしい。
牧師の奥さんとして、多くの人々の世話にあけくれる生活だったことは想像つくし、今のように電化製品もない時代のこと、家事をこなすこともどれだけの重労働だったかということに思いを馳せるとき、私にもできるはずだと奮起する力が沸いてくるのだ。
洗濯機をまわしながら、子供の相手をしながら、夕食の下ごしらえをしながらと、細切れの時間を上手くつなぎあわせながら、今日もこうしてペンをとっている。
講演が始まる数分前に、母がしみじみと私に言った言葉が胸にしみる。
「みわは5歳。考えてみると、みつえとこうして二人で外出するなんて、5年ぶりのことだわね。」
思えば、1ヶ月に一度の短大時代の博多の友人たちと会う貴重な数時間は、母が作ってくれていたのだ、孫娘の面倒をみることによって。
その代わりに、母と二人で外出する機会は、この5年間全くなかったのだ。 今日は、その貴重な時間を父から与えられた。
このように、人に与えてもらう時間というのもなければ、好きなことはなかなか続けられないものだと思い当たって、改めて感謝の気持ちが湧き上がる。
もちろん、夫にも… 夫は家事を手伝うタイプの男ではないが、文句はあまり言わない人なので、助かっている。

林 真理子は、母親の影響をすごく受けたと言っていた。
彼女のお母さんをモデルとして書いた小説が「本を読む女」ということで、 林 真理子自身がすごく大切に思っている小説とのこと。
文学少女だった母親が「赤い鳥」という当時、有名だった本に投稿して載った際に、 山梨新聞に「第2の樋口一葉現れる」と書かれたくだりなどが、この本に詳しく書いてあるので、興味のある方は是非、読んでみて。
当時の時代背景や、今のように本があふれかえっていない時代にもかかわらず、どれほど熱心に活字を求めていたかがよくわかるの。
それから、映画化もされた「不機嫌な果実」という小説。
これはバブルがはじける前に娘時代をちやほやされながら育った世代の女性たちが(今は30代だろう)結婚をして、「好きになったんだから、しかたないじゃない」という言い訳ともつかぬ言い訳でたやすく不倫に走るその心理分析というものを土台にして執筆したものらしい。
若い女性向けの雑誌のエッセイなどは、若い女性たちの口真似を模倣しながら、親しみやすい文体で書いているらしい。
だから、これだけ読むと、キャピキャピミーハーという誤解が生じるわけね。
それから、小池真理子という作家のことを「あれだけ、美貌に恵まれながら、マスコミにいいように利用されることなく(大抵の女流作家が陥りがちなワナ)本業を忘れることのないその姿勢がすばらしいと言っていた。
{小池真理子の直木賞受賞の「恋」という作品を最近、読んだばかり。
浅間山荘事件(1972年)当時の大学生がどんな状況であったとか、そのあたりの歴史に興味がある人も読んでみると、おもしろいかもしれない。
私はこの本を読みながら、作者は「恋」ではなく、「秘密」というタイトルをつけたかったのではないかしら…と幾度もそう憶測してしまったけど…}
そうね、テレビに出ているタレントさんが、実はエッセイストとかいうケースはよくありがちよね。あー、くら替えしちゃったのね…みたいなね。
林 真理子は「幸い、私にはそんな美貌がないせいで、ここまで筆を折らずして、本業をまっとうしてくることができました」と語ってた。
そう、恋愛小説を書くよりも、実生活で浮かれた恋愛しているほうが、ずっと楽しいだろうし、楽ちんだよね。
恋愛するより、恋愛ストーリーを想像力(これを彼女は妄想力と呼んでいた)で、描いていくことに楽しみを見出すことは幸せなことなのか、あるいは女性としてやや不幸なことなのか…
彼女のスピーチの最後のオチは、上昇志向とユニークさのミックスしたものだった。
「私は実は、今だに、さあ、これから何になろうかしら…といつも考えているのです。
それから、結婚していながら、もし次に結婚するとしたら、今度はどんなオトコがいいかなとも考えています。」とね。
会場は笑いに包まれたまま、幕を閉じた。 2000年:9月9日
リポート:わらだ光絵
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