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日常のささいなことでも日記ふうに書き綴るきっずはうすのドキュメンタリードラマです。


ロンドン郊外のハートフィールド:アッシュダウン・フォレストが、クマのプーさんの舞台となっているそうです。

展示会場に流れている英語のウタは、なんと「クリストファー・ロビンのうた」という珍しくて貴重なレコードの音楽でした。
なんでも、作家ミルンはクマのプーさんの物語を書く前に、子供向けの童謡を作ろうと考えてたそうなのです。
勿論、楽譜やレコードのカヴァーなども展示されていました。(1924年の作品)

ウィニー・ザ・プー(WINNIE-THE-POOH)という名前の由来について;クリストファー・ロビン(1920年生まれ)は一歳の誕生日にハロッズ製のテディベアをプレゼントされます。(イギリスの風習らしいですね、テディベアを一歳の誕生日に贈られるのは)
近所の湖の白鳥のことを「プー」と呼んでいたクリストファー。
このプーに、ロンドン動物園に実在していたクロクマ「ウィニー」の名前をつけて、ウィニーザプーという名前になったとのことです。
ミルン親子は、よくロンドン動物園に足を運び、特別にクリストファー少年は柵の中まで入れてもらい、コンデンスミルクをクマになめさせることまで、していたらしい。


「プーはときおり涙します。いまから10年前、ひとなつっこいクマである自分が、ミルン家の一員となったあの日に、自分とクリストファー・ロビンがまったく同じ大きさだったことを思い出して」:1931年の母親のダフネの発言 〜アン・スウェイト著「クマのプーさん・スクラップブック」より抜粋

 

 

絵:わらだ光絵

「クマのプーさん」のモデルとなったクマやトラやコブタやイーヨーなどのヌイグルミは、現在、ニューヨーク公立図書館に展示されているそうです。

 

 

クマのプーさんの世界(A.A.ミルンと、E.H.シェパード展)博多の三越デパートにて

〜作家A.Aミルン生誕120年記念〜(1882年〜1956年)

*画家アーネスト・ハワード・シェパード(1879〜1976)

絵:わらだみわ(7歳)

今回、7歳の娘が、この展示会の道案内をつとめてくれました。なぜって、彼女は絵本やおなじみ、ディズニー映画の「プーさん」シリーズの世界をくまなく、探索している日常が基盤にありますからねえ。

「ママ、目をつぶってく〜ださい♪」という娘に、手をとって連れて行かれたところには、クマのプーさんの100イエーカーの森のミニ模型が展示されていました。

そこでは木に登った泥だらけのプーさん(彼自身が、雨雲に変身しているつもり:ミツバチの眼を誤魔化すため)がハチミツをとろうとしていて、その木の下ではプーの依頼によってクリストファー・ロビンが青い傘をもってウロウロしている様子などに、思わず顔がほころびます。
クリストファー・ロビンが「おやおや、雨雲がやってきたぞ、雨が降りそうだ」とミツバチに聞こえるように言うシーンなのですよね。

大きな松の木に登ったトラーと、カンガルーのルー坊やが木から降りることができなくなったとき、プーさんとウサギとコブタとクリストファー・ロビンで、助けようとしている模型もあります。
クリストファーの上着を広げて、4人で端っこをもってネットの代わりにして、タイガーたちを救うのです。
(余談だけど、先日テレビで観た「デッドorアライブ」で、シーツなどをネットにして落ちるヒトを助けるには、4人のうち、2人が角度を45度にして手にシーツを持つと、物理的に縦と横へと力が分散するので、シーツは手からはずれにくくなるという実験がありました。)
なんと、クリストファーたちも、ちゃんと45度の角度に上着を広げて、受け止めようとしている構図に感心してしまいました!!

E.Hシェパードという画家の腕の確かさをうかがい知ることができます。
ー彼は、雑誌「パンチ」誌を通じて、作家ミルンと出会い、ミルンの家と農場に通い、ミルンが息子クリストファー・ロビンのために集めていたヌイグルミをスケッチし、「クマのプーさん」と「プー横丁にたった家」の2冊の挿絵を描いたのだそうです。ー

まさに、作家ミルンと、画家シェパードの絶妙な2人三脚によって、クマのプーさんの世界はえがかれていることを強く感じます。

シェパードのたった一枚の油絵(プーさんがハチミツの壷をのぞきこんでいて、周りに6匹のミツバチが飛んでいる構図:楕円形)も展示されてました。
この作品は、シェパードの軍隊のときの友人が、「プーさんのティールーム」という名前のお店を出すにあたって、シェパードに依頼したものだということです。ティールームのドアにかけられていたそう。
お店の改装のときに、紛失、しばらく行方知れずになっていたそうだけど、再度ひょっこりでてきたのだそうです。

シェパードの原画の数々も堪能できました。額のサイズは小さいけれど、繊細な筆の運び、そして自然描写のダイナミックさを味わうことができます。
「コブタとすみれ」というタイトルの絵:ブタであるにもかかわらず、小さくてひ弱で泣き虫でヤセッポッチのコブタが等身大のスミレの花の中にうもれるようにして佇んでいるのです。
モノクロの絵であるにもかかわらず、すみれの紫の色が目に浮かんでくるよう、すみれの香りが漂ってくるようです。そしてコブタがそんなすみれの花にうっとりしている表情がにじみでているのです。
「イーヨー(ロバ)にすみれの花束をわたすコブタ」というタイトルの絵:物静かで内気なイーヨーが、スミレの花束をプレゼントされてはにかみながらも喜んでいる様子が伝わってきます。
シェパードの「パンチ誌」に掲載されていたイラストの数々、それから珍しいところではバーネット原作「秘密の花園」の挿絵なども展示されていました。
(余談ですが、イギリス映画「秘密の花園」の美的センスは抜群です。是非、ご鑑賞ください)
ハートフィールド村(ミルンのセカンドハウス)の森には、実際に物語に登場するあの「プー棒投げ橋」も存在します。莫大な修復費用をかけながら、大切に保存されている木の小さな橋です。


その写真の前で、娘が夢中で「ママ、ほらね、この橋の上でプーさんと仲間たちが木の棒切れを投げてゲームを楽しむんだよ。それであるとき、イーヨーが流されてきて、皆で助けるの。イーヨーを川に落としたのは、暴れん坊のタイガーの仕業だったの」と解説してくれます。

この橋の修復の際にでた木片で作られた、木のナプキンリングも展示されていました。

世界で一番有名な少年となったクリストファー・ロビン(ミルンの息子)は、長年の沈黙をやぶって「魔法にかけられた場所」という本を出版した。父も子も内気だったのが災いして、そのたったひとりの息子から疎外された誇り高い父親と、コドモがナニー(クリストファーが敬愛した乳母)のまわりに描いた愛の輪と、そのなかをたまにのぞくことを許される(息子が女の子だったらよかったのにと思っていた)母親の心あたたまる物語である。
「父は幼いわたしを踏み台にして今日の成功を達成した、とわたしは思った。わたしの名誉を盗み、わたしには彼の息子であるとの空っぽの名誉だけを残して」
しかし、父親のミルン自身にしても、実はその影からのがれたかったという事実に気づいたクリストファーは、この自叙伝の中でやっと父と和解できるのだ。〜「クマのプーさん・スクラップブック」アン・スウェイト著より抜粋

一方、A.A.ミルンにしてみれば、。彼は劇作家、脚本家としての分野での野望をもっていたにもかかわらず、不本意ながらの「プーさん」の成功だったということです。彼自身「コドモのための本がそれほど価値があるとは思えない」と感じていたといいます。

展示会場で、ドキュメンタリーのビデオも放映されていましたが、ひときわ目を引いたのは、大きなクルミの木のウロの中に入って遊ぶクリストファー・ロビンとヌイグルミのクマたちの写真です。
ーお気に入りの場所は、コッチフォードにあった、中が空洞のクルミの木だった。木の胴には「男の子とクマ」がいる場所が十分あった、とクリストファーは回顧するが、もはやこの木は存在しないー「クマのプーさん・スクラップブック」アン・スウェイト著より抜粋

「クマのプーさん」のスゴロクのゲームや、着せ替え人形、プリンセス・エリザベスにプレゼントされたという1928年物の子供用ティーカップセット(アシュテッド・ポタリー社製で、アルバート・ロバートソンによる手描き)の展示物も楽しめました。

2003年:2月8日リポート:わらだ光絵

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