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■ 2004年11月7日(土曜日)
井筒屋新館パステルホール
にて、オードリー・ヘップバーン展
を観て、北海道物産展で縁や(えにしや)のラーメンを食べたよ。今夜、物産展で調達したイカの塩辛と生チョコレートをキッズにて皆で楽しみましょう。
しかし、よくよく考えてみれば、ヘップバーン展を観た後の、北海道ラーメンというパターンもミスマッチだけど、塩辛と生チョコという組み合わせも、奇抜だ。
客人たちは、塩辛にあわせて焼酎を頼んだり、チョコとの相性のよいウィスキーを頼んだりと、、工夫が忙しかったようだ。
へップバーンが実際に映画で着たジバンシーの数々のドレスから、バレエシューズ(色とりどり20足くらい)、彼女直筆の料理のレシピ、中学生のときに描いた絵、ローマの休日のヴェスパというスクーターなど貴重なものがわらわら展示してあって、大感激!
ドレスのウェストの細さに驚愕。
こんな細い中に、もろもろの内臓がおさまるのか?!と心配になるくらいだ。
映画「許されざる者」の撮影中に、落馬して腰を強打、オナカのコドモを失い、病院に搬送される際のヘップバーン(写真)が傷心のさなかでもスマイルだった。。。
世界の庭園を紹介する番組に登場する晩年のオードリーのフィルムも、庭の薔薇にかこまれて、彼女はやはり輝いていた。
「オードリー・ヘップバーン」と名づけられた薔薇やチューリープの花もあるそう。
オードリーの旧友ドリス・ブリンナーがフィルムの中で、「大スターであるにもかかわらず、35歳くらいで映画界から引退し、メーキャップなしで、スイスの庭の花や犬にかこまれ、家族や友人たちと過ごす時間を大切にし、ときどき映画を観に行くという生活をしていました」とコメント。
*オードリーのスイスの家、ラ・ペジーブルは1732年に建てられ、100年前に歴史的建物に指定されている。
彼女愛用の白い陶磁器のセットはフランス製のリモージュ。
会場には、ちょっとしたテーブルセッティングもほどこされてた。
幼少の頃のナチスのオランダ占領をかろうじて生き延び、両親の離婚で孤独も知っていたことが彼女の強い土台となり、
「大人が子供に対してネグレクトや辱めを与えることは、信頼や希望、可能性を断ち切ることになる」 「子供には誰でも宇宙のような可能性があり、その可能性を守り、育む世界で生きる、生まれながらの権利がある」という確信をもち、オードリーは子供たちの福祉に晩年、心身ともに尽くした。(ユニセフ)
また、オードリー・ヘップバーンは、物質面の欠乏だけではなく、「精神面での飢餓感」ということにも、注目した人物だ。(このことは、あのマザー・テレサも同じことを生前、言い続けていたことで有名)
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