管理人の音楽日記帳
(2003年4月1日〜2003年4月30日)


ミッシャ・マイスキー ファンクラブのサイトの管理人(小島昭彦)による音楽日記帳です。音楽の話題に限らず、日々思っていることも織り交ぜながら記していきたいと思っています。ご質問、ご意見、ご感想等をお寄せください。メールはこちらへどうぞ。


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2003年4月30日 月曜日学校の遠足。風雨が強く、はじめはどうなるかと思ったが、昼過ぎには雨があがり、ほっとする。夜、インターネットのニュースで、まさに今日訪ねた遊園地のジェットコースターが、何かのスイッチの誤作動で停止してしまったという記事を見て驚く。ときどきこういうニュースを目撃するが、自分が乗っていたらどんなにこわいことか。

2003年4月29日 火曜日
■今朝は早く起きることができなかった。久々の10時間睡眠。午後、最初の学校の教え子であるM君夫妻が、生まれて4ヶ月の赤ちゃんを連れて遊びに来てくれる。ああ、4ヶ月ってこんなだったけねえ、とかわいい男の子を見ながら、わが子のことを思い出した。「育児」は今を一所懸命やるのが精一杯で、当時のわが子の様子や経験した苦労はあまり記憶にない。息子がいつごろ、どんなことをした(できるようになった)ということは、意外と忘れてしまうものである。

2003年4月28日 月曜日■仕事の帰りにかかりつけの医者に行って、花粉症の薬をもらう。4月から医療費が3割負担になって、急に高くなった気がする。これはかなりこたえる。◆花粉症の症状も連休でほぼ終わるだろう。今年は出始めが遅かったのと、竹酢液の効果が出たりしたせいで、それほどハードな日々ではなかった。最近朝食にプレーンヨーグルトをとる回数が減ってしまったが、もう少し真剣に減量も考えないといけないと思う。体質改善は花粉症にも痛風にも効果があるはずである。

2003年4月27日 日曜日
■JRの運転手が寝坊して始発電車が遅れたという新聞記事を見る。仮眠室のベッドは時間になると揺れる装置が付いているのだという。いったん目が覚めたものの、また眠ってしまったとか。◆授業中しょっちゅう居眠りをしてしまう生徒がいるが、そういう生徒には揺れる椅子なんていうのはどうだろうか(笑)。もっとも、その「揺れ」が心地よい眠りを誘うようでは困るけれども...。◆昨日35項目あった校務のリスト、今日すぐに片づくものを含め、9つを済ませた。あと26項目。ところが、こののちやるべき仕事が新たに数項目増えてしまった。トホホ。

2003年4月26日 土曜日■ようやくゴールデンウィークに差しかかった。今年は何日休めるだろうか。進路指導の仕事もたまっており、今日も出勤する。◆学校で早いうちにやらなければならないことをリストにしてみたら、何と35項目もあった。さすがに気が滅入る。一つひとつ、確実に片付けていくしかない。◆明日は市議会議員選挙。関心事は教育、育児(保育)・福祉、それに近隣の市町村との合併問題など。「合併」についての自身の見解を表明していない候補者の何と多いことか。...さて、だれに投票しようか。

2003年4月25日 金曜日■いつもは午前2時半ころ起きるようにしているのだが、今日は2時半に目覚ましが鳴ったあと、再び3時半、そして4時15分と時計をセットし直して、起きるのを延ばしてしまった。仕事を片付ける時間も大切だが、睡眠もそれ以上に重要だ。◆昨日、幼稚園へ行き始めた息子の話を妻から聞く。幼稚園では結構「仕切り屋」らしい。ガキ大将の域までは達していないようだが、家ではあまり使わない「オレたち」なんて言葉を使って、友だちと威勢よく過ごしているようである。先生方はさぞかし大変だろう。それでもけっして上から押さえつけるような教育をしないところが「H幼稚園」のいいところで、子どもの個性や長所、自主性を思いっきり伸ばしてくれるようである。わが子は分身であるなどという考え方をはやく捨てなければと思っていたが、幼稚園での様子を聞き、自分とはまったく別の人格であることをここではじめて意識した(笑)。◆夜、サントリーホールで日本フィルの定期公演。ルカーチ・エルヴィン(表記はハンガリー式に姓名の順)が指揮。神尾真由子が弾くメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲、それにリストのファウスト交響曲というどちらも楽しみにしていた曲目。神尾真由子はスケールの大きな演奏ができるヴァイオリニスト。将来が楽しみな逸材である。後半のリストを生で耳にするのは、1981年5月、サヴァリッシュ指揮NHK交響楽団の演奏会以来。まさかこの曲を再び演奏会場で聴くことができるとは思ってもみなかった。当時、サヴァリッシュはこの曲を短くし、上手に交通整理しながらオーケストラを指揮していたが、今夜のルカーチはカットなしで演奏。さすがお国ものだけあって、曲の構成をよく掌握し、メリハリのきいたいい音楽を聴かせた。ただ、作品の完成度がいまひとつなためか、75分はやはりどうしても長目に感じられてしまった。男声合唱は晋友会合唱団。合唱が登場するのはおしまいのほんの数分間だけだが、きわめて均質で見事に整った歌声がホールに鳴り響いていた。客席の埋まり具合がやや悪くて残念。

2003年4月24日 木曜日
■疲れがピークに達してきた。仕事がはかどらない、というよりは、次から次へとやるべきことが襲ってくる感じ。夕食の時間、妻と話をしているうち、いつの間にかうたた寝をしてしまった(ごめんね)。ゴールデンウィークで疲れを癒したいところだが、部活動もあり、たまっていることを一気に整理したいところである。これで、もし万が一死ぬようなことがあったら過労死だな(そのときは労災認定でお願いします)。◆ゲーリー・カーから最新アルバム、メンデルスゾーンの無言歌集のCDが届く。カーのたっぷりと歌うコントラバスの演奏を聴くと、疲れた心が癒される。オルケストラ・ド・コントラバスなどの出現で、コントラバスもちょっとしたブームだが、技巧をひけらかすだけで歌う心があまり感じられないのは、ぼくにはどうも物足りない。音楽はやっぱり歌わなくちゃ。

2003年4月23日 水曜日最近はテレビをみることが減ってきたが、今朝の某情報番組ではまもなくオープンする六本木ヒルズの、お土産グッズが紹介されていた。Tシャツ入りバッグが6800円で、これは売り切れ必至だと言う。番組ではあくまでも情報だけ伝えればよいものを、こうやって視聴者を煽るようなアナウンサーのコメントには疑問をおぼえる。こうなると、ひねくれ者のぼくは意地でも買わないぞと言いたくなる。最近のテレビ、とくに情報番組では、どうも視聴者を上から見下ろすような姿勢、つまり「情報を送ってやっているんだ」という意識が送り手側にあるような印象を受けることが多々ある。◆学校では今日は5人、個人面談を行う。やはり話題の中心はさすが3年生、「進路」である。◆夕方、近くのスーパーで花屋に立ち寄る。またも観葉植物が欲しくなって、教室に置くものを2種類、衝動買いしてしまった。1つは「幸福の木」と呼ばれているドラセナ・マッサンゲアナというもので、もう1つはクワズイモ。これも最近の人気ものらしい。見かけは里芋のような感じ。教室に緑が増えると心が落ち着くのは担任だけかな(笑)。

2003年4月22日 火曜日
■今日は身体計測と体力テストが行われる。とはいってもやるのは生徒。ぼくが担当したのは50メートル走の計測係。4時間ほどグラウンドに出ていただけなのだが、帰ってきたら首のあたりがずいぶん焼けていた。◆祖父の命日。2歳の時に亡くなっているので写真での記憶しかない。祖父に抱っこされている写真は白黒のものだ。今の子どもなら将来ビデオでみることができるが、残念ながらそうはいかない。◆昨日のDVDをまた見た。20年前の収録なのに、音楽そのものにはちっとも古さを感じさせない。アルゲリッチがフレイレと弾いているラフマニノフやラヴェルを聴くと、この秋の来日公演にも行ってみたくなる。

2003年4月21日 月曜日
■『レコード芸術』5月号の某レコード店広告の中に、あのニコラス・エコノムのCDがまとめて発売になるニュースを見て、跳び上がりたいほどうれしくなる。若くして交通事故で亡くなった天才ピアニスト、エコノムの公演は2回くらい聴いたと思う。ピアニストとのしての才能もものすごかったが、作曲も得意で、リサイタルでは自作も披露してくれた。さらに、アルゲリッチとのデュオでは、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」を編曲して演奏しているのもよく知られている(DG盤で出ている)。早速注文したいと思う。◆明後日発売になる「アルゲリッチと仲間たち」の演奏を収めたDVD(DLVC-1106 \6,800)のことを思い出しながらCDショップを歩いていると、偶然にも同じものの輸入盤DVDが目に入った。国内盤のみについてくる「特典映像」こそないけれど、もともと目当てがアルゲリッチ&マイスキーのシューマン(幻想小曲集 op.73)、アルゲリッチ&エコノムのモーツァルト(4手のためのソナタ ニ長調 K.381)だったので、輸入盤でよしとした。何しろ2,180円なのである。おまけにアルゲリッチ&フレイレによるデュオも最高。ここで気づくのが、何と、マイスキーがアルゲリッチのそばに座って、譜めくりをしていることである!1982年にミュンヘンのフェスティヴァルで収録したというこのDVDは、みごたえも聴きごたえも十分である。【DVDの詳細については「最新ニュース」(2003年1月25日付)のページで紹介】

2003年4月20日 日曜日
■午前中は自治会の役員会。自治会に入っていない世帯も近隣には多いのだが、なぜ入らないのか、自治会とは何なのかなど、根本的なことも含めて話し合いが行われる。◆午後は妻と産婦人科へ。立ち会い出産に関する講習会。3時間ほどの講習であったが、知らないことだらけで大いに勉強になる。◆夜、NHK教育テレビでギル・シャハムのリサイタルの模様が放映される。やはりフォーレがすばらしいが、生で聴けなかったコープランドやバッハも聴けてうれしかった。ギルのファン、Hさんはどんな感想を持たれただろうか。

2003年4月19日 土曜日
■軽いアトピー性皮膚炎の息子を鎌倉市内にある病院に連れて行く。ここは先生が患者たちから絶大な信頼を受けていることで有名。その代わり、待ち時間も並ではないが。今日も3時間以上待ったのち、ようやく診ていただくことができた。そういえば、ここの先生も何とマイスキーのファンだという。◆夜、茅ヶ崎市楽友協会事務局へ。今夜か明日には雨が降り出しそうな気配。せっかくの休みの夜だから夜更かしもしたいが、思いっきり寝たい気もする。さあどちらにしようか。

2003年4月18日 金曜日
■あっという間の週末。たまっている仕事があるとはいえ、金曜になるとほっとする。土日である程度片づけばよいのだが...。明日も出勤予定。◆今日からクラス生徒の個人面談を始めた。面談は早くからしたいと思っていたのだが、こうして一人ひとりとじっくり向き合って、高校生活のことや将来のことを話し合えるのはおもしろい。こちらが学ぶことも多々ある。

2003年4月17日 木曜日■忙しいながらも充実した日々。その分家で家族とゆっくり過ごせないのがつらい。◆最近知り合って仲良しになったHさんがメールで、「スケジュールの合間のわずかな時間こそ幸せなひとときに」というアドヴァイスをくださった。Hさんはギル・シャハムの大のファン。ギルについて書いた文章を読んでくださったことがきっかけで、お付き合いが始まった。まったくそのとおりだ、ぼくにとって、家族や生徒たちの笑顔とともに、音楽も大切なパワーの源である。

2003年4月16日 水曜日■県下一斉テスト。午後は2つ会議。何度も書いているが、片付けなければならない仕事が1つ終わると、新たにすべきことが2つ増えている、というのは、けっして誇張ではない。帰ってきて疲れがどっと出る。◆東京フィルの演奏会評が朝日新聞の夕刊に出ている。自分の感想とはちょっと違う。

2003年4月15日 火曜日
■昼休みもほとんど取れず、朝から夜まで慌ただしい1日となった。授業の合間や朝・放課後の空いた時間を使い、教材研究、配付プリントの作成・印刷、クラスの緊急連絡網の作成・印刷、クラスの生徒の個人面談表の作成、進路希望調査や進路ガイダンス調査といった用紙の作成、教科会で配付する資料作成、教室整備などが入る。このほか会議が2つ入り、進路関係の来客や電話の応対、さらに、欠席生徒への連絡や、生徒の進路相談の対応、生徒から携帯電話に入るメールでの質問や連絡への応答などもあった。ここしばらくはこのような日々である。担任をしている3年A組の教室とは全く対照的に、職員室の自分の机は雑然としている。本や資料が積み重なり、同僚のSさんと「山脈」状態になっている。◆こういう忙しいときこそ音楽!だ。昼休みにCDでもかけて聴きたい。よし、明日は何か1枚持って行ってみよう。

2003年4月14日 月曜日
■また1週間が始まった。担任になると仕事の量が今までの何倍にもなる。クラスの生徒一人ひとりのことが気になる。もっとも進路指導に関わってきているので、学年6クラス(230名あまり)の生徒全員との付き合いがある。◆新宿へ通院。受付にかつて担任をしたクラスの教え子が仕事をしている。この春、同窓生であった彼女の友人が見事、慶應義塾大学に入ったとのことで、うれしい知らせだった。◆昨日の演奏会の余韻がまだ残る。それにしてもすばらしいブルッフだった。◆このところ時間がなくて、読書できるせめてもの時間は電車の中でのひとときである。今日ようやく三浦綾子の『続氷点』を読み終えた。愛とは何か、人生とは何かなど、いろいろ考えさせられる点が多々あった。生徒にも読んでほしい作品。

2003年4月13日 日曜日
■午後、サントリーホールへ日本フィルの演奏会。指揮は小林研一郎で、ヴァイオリンのソロは礒絵里子。数日の間にブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番が2度生で聴けるという幸運に恵まれる。前半のベートーヴェンの交響曲第6番ヘ長調Op.68『田園』は、演奏開始前に小林研一郎の話が入るというおまけ付き。しかもステージ下手には、その話で使うために用意されていたと思われるピアノが1台あっておかしかった。演奏の方は、オーケストラがひたすら美しく抒情的に歌い、心に安らぎをおぼえた。◆後半、礒絵里子が弾くブルッフの協奏曲は、今まで聴いてきた中でも一、二をあらそう名演となった。小柄な演奏家であるが、立派な演奏をする人はステージでは大きく見える。ぼくが今までこの作品のベストと思っていたシュロモ・ミンツを凌ぐとも思われるほどの、美しく堂々とした演奏。何しろ第1楽章の序奏のところからしてぐいっと惹きつけられてしまう。美しく芯の通った音楽は、形が崩れることなく、しかも、高域の透明な音色も中低域の豊かな響きが見事に保たれている。礒絵里子の演奏は自信に満ち、音楽する歓びが溢れている。小林研一郎指揮日本フィルのサポートも立派で、きわめて安定した演奏を聴かせてくれた。今日は、大好きな作品で最高級の感動を与えてくれた礒さんに感謝!

2003年4月12日 土曜日
■部活動もあり、片づいていない仕事をしに学校へ。仕事が思いのほか延び、行こうと思っていた東京での演奏会は涙をのんで諦めた。疲れがたまっているので、今夜はよく休もうと思う。

2003年4月11日 金曜日
■この1週間があっという間に過ぎようとしている。新年度が始まってから仕事の方はたまる一方である。明日、明後日は半日は出勤して来週の準備もしなければならない。いくぶん睡眠不足気味。

2003年4月10日 木曜日
■東京フィルの定期演奏会。指揮はチョン・ミョンフン。リヒャルト・シュトラウス作曲の交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯』、ブルッフ作曲のヴァイオリン協奏曲第1番、そしてストラヴィンスキー作曲の『春の祭典』というプログラム。ステージいっぱいに楽員が広がる。弦楽器だけで約70人いる。管・打楽器も合わせると、120名にもなるものすごい編成である。ハーンがインフルエンザで来日中止の中、代わりに来日中のジュリアン・ラクリンがブルッフを演奏した。小気味よくさっそうと弾くあたりは、ハーンと似たところがある気がしなくもない。天才的なひらめきで、自由にのびのびと弾く。演奏中、さかんにオーケストラを挑発しているかのように見える。いくぶん粗雑に聞こえるところもあったが、前に聴いたときと同様、ただ者ではない気がした。アンコールのイザイの無伴奏ソナタ第3番は見事。後半の『春の祭典』は、指揮者のエネルギーや集中力がそのままオーケストラに反映されたような演奏。

2003年4月9日 水曜日■4月の東京フィル定期演奏会にヒラリー・ハーンが出るので、ずっと心待ちにしていたのに、急病で来日中止とのこと。すごく残念。チョン・ミョンフンとのブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番なんて、どんなにスリリングであろうかと期待に胸をふくらませていたのに、がっかりである。もっとも代役がジュリアン・ラクリンなので、別の面で楽しみであるのだけれど...。◆学校では離(退)任式。気の合う同僚の転出は寂しいものがある。それが、高校時代の同窓生ともなればなおさらである。

2003年4月8日 火曜日■雨が激しく降ったり、晴れ間が見えたり、はっきりしない天気の1日。今日は入学式が行われる。仕事の山はまだまだ片づかない。落ち着くまでしばらくかかりそう。◆教室に何か観葉植物でも置きたいと思って、理科担当のS先生に相談したところ、理科の部屋にあった植物を2つくださった。左が「ビカクシダ」で、鹿角形の葉が垂れている不思議なシダ。右が「リュウキュウイノモトソウ」。「リュウキュウ」とはもちろん琉球のこと。昨年修学旅行で訪ねたときにはまったく気づかなかったなあ。
PHOTOS:(C)2003小島昭彦


2003年4月7日 月曜日
■始業式。1、2年から持ち上がって見てきた生徒だったが、同僚の異動で、今年は学級担任になる。3年A組。新鮮な気持ちで1日を過ごす。もっともこの時期の仕事の量は膨大である。1つ片づくと2つ新たな仕事が舞い込むという感じ。生徒の書類の整理やら、配付物の準備、授業関連の準備など、自宅に持ち帰っても終わらないような量にあ然としてしまうが、それでも楽しくて充実感がある。◆大阪のタワーレコードで買ったCDを早く聴きたい。ポリーニのベートーヴェンのソナタ集(Nos. 22, 23, 24 & 27)と、プレトニョフが弾いたラフマニノフのピアノ協奏曲第3番、プロコフィエフの同第3番(協演はロストロポーヴィチ指揮ロシア・ナショナル管弦楽団)。

2003年4月6日 日曜日
■A高校での教え子であったS君と昼食。S君は大阪に異動して半年になるそうだが、元気に毎日を送っているようだ。話しぶりからも立派に社会人に成長していて、うれしさひとしおであった。おいしい島根(松江)の料理をS君にご馳走になってしまった。それにしても、お茶漬けのようにして食べる鯛飯が美味。大阪にはおいしい食べ物が多い。◆午後、ファンクラブ会員の集いを大阪駅前にある店で行う。7人の出席であったが、マイスキー談義に花が咲き、あっという間の2時間半を楽しく過ごす。◆夜9時半帰宅。明日からまた仕事。頑張ろう。

2003年4月5日 土曜日
■朝7時に京都駅に着く。雨。やや肌寒い。京都に来ると必ずといっていいほど圓通寺を訪ねることにしている。参拝時間が午前10時からというのを知らずに、9時前に着いてしまう。それでも、せっかくだからと来た道を引き戻す気はなく、周囲の自然を眺め、のんびり過ごして開くのを待った。いつからか庭園の写真撮影は許されるようになったそうで、趣のある借景庭園をカメラに収めることができた。もっともその見事さは残念ながらカメラに収まりきってはいないが。説明によれば、「比叡山はその日により移り変わる。再び(ここを)訪ねても同じ景観を味わえないのが自然借景」であり、その昔、12年近くかかってこれ以上ないというほど見事な比叡山の姿を物色し、この地が選ばれたそうで、別称「都の富士」と言われたとのことである。部屋の後ろから柱を額として見ると、それはそれは壮大ですばらしい作品となる。400坪ほどの枯山水庭園、高さ1メートル60センチあるという40〜50種の樹木を混ぜて作ってあるすばらしい生け垣。一つひとつの石も、一本一本の木も、すべて存在意義があり、どれ一つ欠いてはならないように思える存在となっている。しっとりと雨の降る庭を眺めながら、ここで1時間ほど過ごす。ふだん思索にふけるような時間もない日々なので、貴重なひとときであった。◆午後、母校の後輩と昼食。1時間ほどゆっくり話ができる。その後フェスティバルホールに向かい、マイスキーのオリジナルグッズはじめ、数多くの音楽関連グッズを扱っている「レオノーレ」にお邪魔する。TさんとKさんにお目にかかる。◆夜、フェスティバルホールで佐野成宏(テノール)のコンサート。広上淳一指揮京都市交響楽団との共演で、ヴェルディ、プッチーニらの得意のオペラ・アリアの名曲を堪能する。音響が心配であったが、2階席正面はステージにも近く、演奏を十分楽しむことができた。どれもすばらしかったが、アンコールで歌われた中の、チレア作曲『アルルの女』から「フェデリコの嘆き」での絶唱は感動的。スケールの大きさ、輝かしい声、きめ細かな表現力、どれをとっても日本を代表する名テノール歌手になりつつある。終演後楽屋を訪ねる。チレアが実に素晴らしかったと感想を伝えれば、「素敵な曲だものねえ」と相変わらず謙虚な佐野さん。広上淳一のサポートぶりも見事。
京都市左京区にある圓通寺周辺の風景。比叡山が見える。 圓通寺の借景庭園
PHOTO:(C)2003小島昭彦 PHOTO:(C)2003小島昭彦
400坪あるといわれる枯山水庭園。意外と広い。 圓通寺庭園の見事な生け垣
PHOTO:(C)2003小島昭彦 PHOTO:(C)2003小島昭彦
テノール歌手佐野成宏さんと。
(左)テノール歌手、佐野成宏さんと終演後、大阪フェスティバルホールの楽屋にて。(右)フェスティバルホール1階にあるレオノーレの店内。マイスキーグッズも多く並ぶ。
フェスティバルホール下にある音楽ギフトショップ、レオノーレ。
PHOTO:(C)2003小島昭彦

2003年4月4日 金曜日
■夜、所沢市民文化センター ミューズ アークホールで、バイエルン放送交響楽団の演奏会を聴く。指揮は今年73歳のロリン・マゼール。ブラームスの交響曲第3番と第1番というプログラム。前半の第3番、マゼールはこんなに悠然と構えた演奏をしただろうか、と思わせるほど、ゆったり流れに身を任せるかのよう。クリーヴランド管弦楽団との録音を思い出してみようとするが、どうも思い出せない。思えばマゼールを生で聴くのは、15年あるいは20年ぶりかもしれない。曲を締めくくるとき、神経質そうに指揮棒の先をクルクルクルッと回して止めるのは以前と変わらない。オーケストラは洗練されており、しかも依然としてドイツくささも持ち合わせている印象を抱いた。後半の第1番は、会場の聴衆の拍手や歓声からも間違いなく素晴らしいブラームスであったのだろう。ただ、冷静すぎるほど音楽の中に入っていけない自分がいて、音楽の外で過ごした思いさえする。体調のせいなのか、いまだに独裁的な態度でオーケストラと接しているかのように見えるマゼールの指揮ぶりが気に入らないのか、今ひとつ楽しむことができなかった。アンコールはハンガリー舞曲第5番と第1番。中間部でテンポを急激に落とすというマゼールらしい演出にも苦笑してしまった。◆演奏会のあと、新宿に出て、夜行バスで京都へ向かう。

2003年4月3日 木曜日
■一晩ぐっすり眠ったため、ある程度体調は戻った。気候の変わり目のせいなのか、周囲で風邪が流行っている。◆教室から見る桜の花が美しい。見違えるほどきれいになった教室から桜の花を撮りたくなって、カメラを向けた。
学校の教室から見える桜の花
PHOTO:(C)2003小島昭彦
2003年4月2日 水曜日■教室整備で張り切りすぎてしまったためか、肩の凝りは取れないし、埃落としで喉をやられ、風邪をひいてしまった。近所の耳鼻咽喉科で薬をもらってきたが、これを飲んだら身体が重くなって、だるさで身動きする気がしなくなった。◆今日はマイスキーの演奏会を初めて茅ヶ崎で行った日。1988年に遡るわけで、ミッシャと出会ってから15年が過ぎたことになる。演奏中に弦が切れたドビュッシーのソナタの終楽章。いまだに忘れられない。

2003年4月1日 火曜日■学校は今日から新年度。今日も教室整備であっという間に1日が終わる。新転任者も見える。◆大阪でのファンクラブ会員の集いは8人になりそう。マイスキー本人は来ないけれども、楽しい会になればいい。◆戦争はいったいいつ終わるのだろう。「よい戦争あるいは悪い平和など、あったためしがない」(ベンジャミン・フランクリン)。