管理人の音楽日記帳
(2003年6月1日〜2003年6月30日)


ミッシャ・マイスキー ファンクラブのサイトの管理人(小島昭彦)による音楽日記帳です。音楽の話題に限らず、日々思っていることも織り交ぜながら記していきたいと思っています。ご質問、ご意見、ご感想等をお寄せください。メールはこちらへどうぞ。


HOME

■管理人の音楽日記帳(目次)へ

2003年6月30日 月曜日■久しぶりに新宿、渋谷に出る。渋谷の東急文化会館が今日をもって46年あまりの歴史を閉じるという。ここでは何といってもプラネタリウムが思い出深い。小学生の頃、ある日曜日、親に嘘をついて、まだ小学校に入っていない弟を藤沢の自宅から連れ出し、ここまでバスや電車を乗り継いで遊びに来たことが鮮明に甦ってきた。ちょっとした「冒険」であった。そんな30年も前の記憶を辿りながら、ビル屋上のドームを心に焼き付けて帰ってきた。◆ピーター・ウィスペルウェイの新譜でショスタコーヴィチ、プロコフィエフ、ブリテンのソナタを収めたCDを聴く【CHANNEL CLASSICS CCS 20098】。ウィスペルウェイは、残念ながらまだ生でその演奏を聴いたことがない。確かなテクニックと豊かな音楽性をもった素晴らしい演奏家であると思う。ただ、ここで聴けるショスタコーヴィチもプロコフィエフも、あるレベルを超えた確かな演奏ではあるが、いまひとつ聴き手としてのめり込めないところがある。この2つのソナタに関しては、ぼくはどうしてもマイスキーの演奏を第一に推したくなってしまう。それに較べると、ブリテンのソナタの方がこの人の感性によりマッチしているような気がする。そういえばウィスペルウェイはブリテンの無伴奏チェロ組曲を録音し、好評を博したはずである。こちらのCDも聴いてみたくなった。ピアノはデヤン・ラツィック。

2003年6月29日 日曜日■茅ヶ崎市民文化会館でチェコ国立ブルノ歌劇場オペラ公演が行われる。ヴェルディ作曲歌劇『アイーダ』。指揮者はこの歌劇場の前音楽監督、ヤン・シュティフ。イタリアのオーケストラにみられるような明るく輝かしい音はないものの、堅実で安定したサウンドがホールを満たし、聴き手にも満足感を与えたようである。この時期、日本では、高温多湿な気候に対して室内では強烈な空調が効いているため、歌手陣らに喉の不調を訴える者が続出し、招聘元はキャスティングで大いに苦労しているとのこと。そのため、アイーダ役も急遽来日しツアーに加わったソプラノのイヴェタ・マティアーショヴァーが歌ったが、彼女の歌唱が大変好評で主催者のぼくらもほっとひと安心であった。人気の演目ということもあり、ホールはお客様で9割埋まり大盛況であったが、驚いたのは1部1000円する公演プログラムが300部以上売れたことであった。 ブルノ歌劇場公演、『アイーダ』第2幕
PHOTO:(C)2003小島昭彦
2003年6月29日、茅ヶ崎市民文化会館大ホールにて。チェコ国立ブルノ歌劇場オペラ公演、ヴェルディ作曲歌劇『アイーダ』の第2幕より。

2003年6月28日 土曜日■久々の休日。1週間前に生まれたばかりの娘を沐浴させる。息子を初めてお湯に入れたのは4年近くも前だったので、やり方をほとんど忘れてしまっていた。温かいお湯につかって幸せそうな表情をしているわが子を見て、ちょっとばかり羨ましい気もした。◆深夜、茅ヶ崎市楽友協会の会報の執筆。

2003年6月27日 金曜日
■日曜日に茅ヶ崎で行われるオペラ『アイーダ』公演で来場者に配付する会報、それから来週金曜日に藤沢で行われるイタリア国立放送交響楽団公演で発行する会報、そして期末試験問題と、準備しなければならない「大物」が3つある。そのためミッシャ・マイスキー ファンクラブの会報とチケット発送が遅れており、会員の皆様にご心配をかけてしまっている。 できるだけ早く発行しますので、もう少しのご辛抱をお願いいたします。

2003年6月26日 木曜日
■去年も書いたが、今日はクラウディオ・アバドの誕生日である。今年で70歳。それにしても、ほんとうにはやいなあというのが実感。ぼくが知ったときのアバドはまだ45歳前後だったはずである。この間、アバドのお陰で、ぼくの聴き手としてのレパートリーもずいぶん拡がったように思う。ベルリン・フィルと録音したワーグナーのアルバムが先日発売になっている。週末にでもじっくり耳を傾けながら、アバドの古稀をお祝いしたいと思う。

2003年6月25日 水曜日
■妻と娘が退院してきて4人での生活が始まる。とはいえ、義母が今日は泊まってくれるので心強い。息子は皮膚が敏感なので、娘にもその点では気を遣いたい。電気店で空気清浄機を見る。早いうちに1台買おうと決める。◆生後4日の娘はほんとうに小さい。眠っているか、泣いているか、母親のおっぱいを飲んでいるか、それとも大あくびをしているか。まだこれ程度しか動きがないが、ときどきうっすら目を開けている。親の声はちゃんと区別できるのだろうか。自分が呼びかけてもあまり反応しないところを見ると、まだよそのおじさんという感じである。息子が声をかけると微笑むことがあるという。息子に一歩リードされているのがちょっぴりくやしい(笑)。負けないぞぉ〜。

2003年6月24日 火曜日■今日はかなりの雨が降っている。距離が短いとは言ってもこういう日のバイク通勤はつらい。湿度がかなり高く、校舎内もベタベタしている。試験が近いので生徒もがんばっているが、この陽気はお互いにきついなあ。◆疲れがたまってきた。午前2時半に目が覚めたのに、30分してまた床に戻って眠ってしまった。

2003年6月23日 月曜日■出生届を出しに市民センターへ行く。雨で風邪がぶり返しそうである。病院にいる妻と子を訪ねる。生まれて48時間後の娘を抱き上げてみる。3キロほどの体重とはこんなものだったか、意外なほど軽くて驚く。人は皆「父親似」だと言うが、自分ではまったくわからない。◆今週と来週はやらなければならないことが数多く集中している。自分の仕事の許容量を明らかに超えている。ゆとりがまったくない。乗り切れるかどうか、というよりは、すべき仕事を予定通りこすべてなせるかどうか、心配である。

2003年6月22日 日曜日
■今日も学校へ出て保護者面談。午後病院へ立ち寄る。夜、『N響アワー』を見る。また忙しい1週間が始まりそうである。外は雨。梅雨といいながら、ここのところ雨らしい日がなかった。少し涼しくなってくれるとよいのだが、残念ながら湿気が増すだけかもしれない。

2003年6月21日 土曜日■午後4時43分、長女が誕生。49センチ、3150グラム。一生で最初で最後の体験となろう立会い出産。妻のお腹からなかなか出てこなかったわが子の姿があらわれたときには感無量であった。まずは妻に感謝。生まれてきたばかりの子は「赤ちゃん」というだけあって、肌全体が小豆のような色をしていた。新たな生命の誕生に心から感動する。

2003年6月20日 金曜日
■ここのところ進路関係の出張でかなり慌ただしい日々を過ごしているが、出かけるたびにいろいろなことを学べるのがうれしい。看護医療系予備校で話を聴く。◆今夜(深夜)、NHK-BS2(テレビ)で、マイスキーが弾くバッハの無伴奏チェロ組曲の音楽CDに合わせて「台湾クラウド・ゲート・ダンス・シアター」が踊るというものが放送される。ヨーヨー・マのものではかつてLDが発売になったが、ヨーヨー・マのものと明らかに異なるのは、マイスキーのCDがこのカンパニーとの共演を意識して制作されたわけではないということである。それでも、音楽がマイスキーのバッハと聞けば、どんな舞台上演になるのであろうかと楽しみである。

2003年6月19日 木曜日
■今週はずっと午前授業なのだが、午後に面談が入っているのでかなり忙しい。夕方、仕事を切り上げてそろそろ帰ろうかと思った頃、20通あまりの郵便物に気づく。午前中に10通ほど片付けたばかりだったのに...。届いたものは進路関係だったが、その処理をしているうち、あっという間に1時間が過ぎていった。

2003年6月18日 水曜日
■今日も昼食を取る時間もなく、夕方まであっという間に時間が過ぎていった。もう少し湿度が低ければよいのだが、このベタベタした空気のおかげで、いろいろな「やる気」が奪われていきそうである。◆五嶋みどりがヤンソンス指揮ベルリン・フィルと録音したメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調とブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番の新譜を買ってきて聴く。ききてをつかんだら放さないほど説得力のある、すばらしい演奏である。ベルリン・フィルハーモニーでのライヴ録音だが、ききなれたドイツ・グラモフォンの響きとはずいぶん印象が異なっていておもしろい。【ソニークラシカル SICC 123】

2003年6月17日 火曜日
■夕方、横浜で某専門学校の説明会。幼稚園や介護福祉に関する話も聴け、実りあるひとときを過ごす。◆帰りがけ、おもちゃ屋で『サンダーバード』のプラモデルを見つける。4種類あったが息子の好きな「ジェットモグラ(THE MOLE)」を買う。さて、問題は組み立てである。実は、ぼくは生まれてまだ一度もプラモデルを作ったことがない。小学校低学年の頃、簡単な自動車のを買ったが途中で挫折したことがある。以来、まったく興味をもたなかったのだが、はたして今回は完成させることができるかどうか。部品が余ったりすることはないだろうか...。不器用なぼくはかなり不安。

2003年6月16日 月曜日
■体育祭の色で生徒が集めた個人負担金を返金するため、銀行に行く。500円・100円・10円の各硬貨は自動両替機で手に入るものの、5円玉200枚と1円玉600枚は両替機がないので、窓口に依頼するしかない。ここで問題なのは、わずか1,600円分の両替なのに315円の手数料を取られることである。個人個人にきちんと返すためには小銭が用意されていた方がよいに決まっている。結局自腹を切ることにして、窓口で両替した。両替の硬貨の枚数が「50枚までは無料」とあったから、それだったら何度にも分けて両替しようかと考えてもみたが、疲れたのでそれはやめた。両替するのに手数料を取られるようになった話はすでに聞いていたが、土日の「預金からの引き出し」にも手数料が取られたりで、ちょっと銀行のサービス、悪いんじゃないのかなあ。大した預金を持っているわけではないから、こうなったらもう、違う銀行にかえてしまおうかな。

2003年6月15日 日曜日
■ここ2週間、風邪に振りまわされ、ほんとうに参った。とはいえ、まだ咳が出るし、声も本調子ではないのだが...。今日も半日出勤。湿度が高く、ベタベタして気持ち悪い。◆今日は北欧の作曲家グリーグの誕生日であった。生きていれば160歳か。う〜ん、さすがに生きているわけないな。

2003年6月14日 土曜日
■ふだんは午前3時起きだが、土日になるとうるさい目覚ましが鳴っても止めてしまい、7時過ぎまで寝坊する。疲れを取っておかないと、次の1週間がもたない。◆ところで、NHK教育テレビでは、毎週日曜に『サンダーバード』が放送されている。近頃では息子の方が夢中になって見ている。すでに40年近く経つ番組だが、よくできているなあと見るたびに感心する。ただ登場人物の名前を何度も訊かれるのだが、そう似ているわけでもないのに、なかなか顔と名前が一致せず、だれが何号に乗り込んでいるのかを正確に教えることができないでいる。【父:ジェフ、長男:スコット=1号、次男:ジョン=5号、三男:バージル=2号、四男:ゴードン=4号、五男:アラン=3号。エンジニア:ブレインズ。このほか、ペネロープ、ミンミン...。】

2003年6月13日 金曜日
■今日から24日まで保護者面談。授業、面談、講習、進路関連の書類整理、来客の応対...、あっという間に日が暮れる。明日も出勤とはいえ、週末はほっとする。

2003年6月12日 木曜日
■学年の進路ガイダンスで慌ただしく過ごす。けっして珍しいことではないが、忙しさのあまり、今日も昼食を取る時間はなかった。40校の先生方とお目にかかり、いろいろな情報交換ができ、大いに勉強させていただく。無事終了しほっと一息。それから、かなり声が出るようになってきて助かった。今日出ていなかったら大変だった。◆学校にいる間も、自宅にいる臨月の妻のことがときどき気にかかる。毎日もうそろそろか、と思っているのだが、なかなか出てこない。先日も、「狭くて暗いのにねえ」と3歳の息子。生まれる前のことをまだちゃんと憶えているようである。

2003年6月11日 水曜日
■明日3年生の「進路ガイダンス」という行事を実施するため、その打ち合わせや準備に追われる。大学・短大・専門学校・予備校など40校に来ていただき、各教室で学校説明会(あるいはその分野に関しての講話)をしていただくことにしている。生徒は希望する2つの会場をまわり、話を伺うというものである。3年生にとって「進路」はやはり最大の関心事の一つ。実り多き1日になってくれればと願っている。◆倉敷に住む義父の誕生日。遠いのでなかなか会えず親孝行もろくにできずにいるが、元気で何よりである。

2003年6月10日 火曜日■昨晩は薬を正しいやり方で服用したせいか、今日はずいぶん声が出た(笑)。◆ところで、妻は、公園などにあるシーソーを音では「ぎっこんばったん」と言い表している。一方、ぼくは「そんなことはない。それは、ぎったんばっこんでしょう」と反論。そんなこともあって、今日クラスの生徒に訊いてみると、彼らの見解も意外とバラバラで、先に挙げた2つ以外に「ぎったんばったん」や「ぎっこんばっこん」まで存在していることがわかった。ちなみに、生徒の間で一番多かったのは「ぎっこんばっこん。」う〜ん、意外や意外。

2003年6月9日 月曜日
■声が多少出るようになったが、咳はなかなか止まらない。朝から3時間続けて授業を行ったため、これまで安静にしてきた喉が、再び一気に傷んだ気がする。トホホ...。◆さらに、夜、飲んでいる薬のことで、とんでもない(というレベルなのかどうか実際にはよく分からないが)過ちをおかしていたことに気づく。就寝前に飲む薬で咳を抑えるものがあるのだが、説明書をよく見ると、「飲まずに口内で溶かすか、かみ砕いて服用してください」とあるじゃないの!土、日の2回、飲み込んだ分は意味がなかったのかなあ。こんな錠剤も世の中にはあるのか(苦笑)。勉強になった。

2003年6月8日 日曜日
■息子を連れて江の島に行く。島に渡る700メートルほどの大橋の途中から、島の裏の方へ行く船が出ていたので、それに乗った。ところが船を降りた後、江の島の頂上まで登っていく階段のつらかったこと、つらかったこと!思えば江の島の上まで登ったのは20〜30年ぶりであった。ぼくに比べてずっとタフだったのは3歳の息子で、途中一度も弱音を吐かず、元気よく歩いた。◆肝腎の声の方はいくぶんよくなってきた気はするものの、回復までにはまだまだ時間がかかりそうな気がする。明日はきちんと授業をしたい。◆夜、テレビで『N響アワー』を楽しむ。1988年3月にマイスキーがスウィトナー指揮N響と協演してのドヴォルザークの協奏曲であった。久しぶりにこの録画を見たが、ミッシャの衣装は当時はかなり重たかったのだろうなあ。まだイッセー・ミヤケではない。肩のあたりが特に窮屈そうで気の毒であった。

2003年6月7日 土曜日
■近所の耳鼻咽喉科に行って診てもらう。風邪で喉をやられているだけの話のようだが、かなりひどいことは確かである。1週間分の薬を出してもらった。◆午後、都内の某大学での教員対象説明会に出席する。各大学でさまざまな教育改革が行われつつあるようだ。自分の大学時代とはカリキュラムもずいぶん変わってきている。今大学生に戻れるなら、きっと、より意欲的に、より高い目的意識をもって学問に取り組める気がするのだが...。

2003年6月6日 金曜日
■まだ声は出ない。来客や電話も多いが、どなたも皆、気を遣ってくださり、申し訳ない思いになる。同僚の社会を教えている先生が声がれに効くツボを教えてくれた。インターネットで調べてみると、声がれに関してずいぶん情報が出ている。明日医者に診てもらおうかな。

2003年6月5日 木曜日■今日も喉がひどい状態だ。こんなに声が出ない日が続いたのは初めての経験かもしれない。授業に行ってもテキストを先に進めることができない。廊下で生徒とすれ違って「おはようございます」、「こんにちは」とか、「さようなら」とか声をかけてもらうと、何だかとても心苦しく感じる。事情を知らない他学年の生徒が相手だとなおさらだ。外から自分に電話がかかってくると、ここでまた相手に申し訳ない思いになる。こういうときに限って、電話や来客が多い。◆声がれに効くとかいてある喉の薬を新たに買ってきて飲む。実は今までも薬は飲んできたのだが、一向によくならないので、替えてみたのである。薬にできるだけ頼らない妻が半ば呆れている。薬があればすぐに頼りたくなってしまうぼくとの考え方の相違かなあ。◆急にウィルキンソンのジンジャーエールを冷蔵庫にしまっておいたことを思い出す。ホンモノの生姜エキスは入っていないと聞いてはいるものの、飲んで悪いものでもないだろうと、これも1本飲んでみた。明日は声が出ますように。

2003年6月4日 水曜日■喉の状態がいっこうによくならず、今日の授業は結局自習になってしまった。生徒の皆さんには申し訳ありません(なに、体育祭の翌日で授業よりもいいって?)。◆SARABANDE(ファンクラブ通信)を会員の皆さんに発送。葉書で送るときには作業自体そう時間はかからないのだけれども、体調がおもわしくないときだったので、ちょっとしんどかった。

2003年6月3日 火曜日
■感動の体育祭。皆大いに盛り上がり、熱く燃えた。高校生の「若さ」と「馬鹿さ」がほんとうに羨ましい。5月以降毎日遅くまで練習していた生徒たち。どの表情にも爽やかさと満足感が窺える。3年A組のみんなもよくやったね。お疲れ様!◆今日は1日外に出ていたせいで、腕や首の部分がすっかり焼けてしまった。終了後、ある生徒の腕が真っ赤になったのを見て心配をしたのだが、夜、自分の方がもっとひどかったことに気付く。この時期の紫外線は意外と強い。ヒリヒリ痛む。◆声の方は相変わらず出ない。蜂蜜を喉に流し込んだり、イソジンでうがいを繰り返したり、いろいろやってはいるが、それ以上に声を出そうと使ってしまうので、回復も遅れているようである。周囲の皆が心配してくれるのでそのたびに「実は変声期なんですよ」とボケてみたが、相手の反応もさまざまで、それが結構おもしろかった...(ごめんなさい)m(_ _)m。

2003年6月2日 月曜日
■いよいよ明日は体育祭。生徒、特に3年生は気合い十分。最後の練習にも熱が入る。その分授業の方は...。(笑)◆午後横浜へ出張。大学入試に関する研究会に出席する。◆喉の痛みがひかず、声が出なくなってきた。アナウンサーや声楽家でなくてよかった。◆話題は変わるが、最近電話である問い合わせをしたときのこと。相手が「私ではわかりかねます」と答えてきたのが、ぼくにはどうも馴染めなかった。相手の話し方にもよるのだろうが、その言い方は、何か事務的というか、偉そうというか、どうも心がこもっていないような気がした。「〜しかねます」という応対の表現はときどき耳にする。そこでいろいろ調べてみたのだが、「(私では)わかりません」の代わりに「(私では)わかりかねます」と語尾を肯定的な表現で終わらせることで無責任な響きがなくなる、というのである。ほんとうにそうかなあ...。今、このような時代にあっては、むしろ人間味が感じられる、誠意ある対応の仕方こそ求められているのではないだろうか。

2003年6月1日 日曜日
■今日から6月。一晩で熱は下がったものの喉がまだ痛い。今日は1日、自宅でおとなしくしていた。もっともパソコンの前で仕事していたので、休めた気はしない。