管理人の音楽日記帳
(2004年6月1日〜6月30日)


ミッシャ・マイスキー ファンクラブのサイトの管理人(小島昭彦)による音楽日記帳です。音楽の話題に限らず、日々思っていることも織り交ぜながら記していきたいと思っています。ご質問、ご意見、ご感想等をお寄せください。メールはこちらへどうぞ。


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2004年6月30日 水曜日■マイスキーマイスキー&チョン・ミョンフンのデュオを聴きに、東京オペラシティコンサートホールへ出かける。この2人の共演は以前、セブンスターズ・ガラでドビュッシーのチェロ・ソナタがあったが、演奏会としては初めて。ほんとうにすばらしい演奏会だった!リハーサルに費やした時間は6時間ほどと聞いたが、それでこのレヴェルに達したのだからすごい。◆チョン・ミョンフンのピアノはなかなか聴ける機会が少ないが、土台をしっかり固め、骨組みの強い音楽づくりを意識させるベートーヴェンがあるかと思えば、聴き手の心のひだに染み入ってくるかのような美しいピアノ、ピアニッシモで深い感動を呼ぶシューベルトもある。ドビュッシー、ショパンではピアノは雄弁で、切れ味のよいリズムが心地よく、チェロとの丁々発止を楽しんでいる様子が十二分に感じられる演奏であった。マイスキーはときに勢いのよいテンポで、急流を川下りするかのようなスリルと興奮を感じさせることがあるが、けっして「つんのめってしまう」ことはなく、聴き手に音楽を聴く歓びを存分に味わわせてくれる。また、郷愁を感じさせるようなしっとりとした深みのある演奏を聴かせることができるチェリストで、マイスキーほどの人はそうはいないだろう。ドビュッシーのソナタでは、ギリロフやアルゲリッチとの共演のときとはまた違う一面を、チョン・ミョンフンとの共演から聴かせ、会場を大いに沸かせた。ウェーベルンの「チェロとピアノのための3つの小品 Op.11」は第1曲が9小節、第2曲が13小節、第3曲が10小節と短いが、無調の作品。マイスキーは「短いがこの作品はすばらしいので、もう一度弾きたいと思う」と言って、もう一度演奏を行ったが、以前の来日公演でも、たしかマイスキーは同じことをした気がする。2回聴くことで、2回目には聴き手は、この難しげな作品をより深く、より楽しんで味わうことができるのではないだろうかというマイスキーの気遣いでもあるのだ。アンコールでは十八番の「鳥の歌」ももちろんよかったが、それ以上にブラームスの「ひばりの歌」の穏やかな、やさしさに満ち溢れた演奏がとても印象的であった。◆なお、開演前に15分弱だったが、出演者によるプレトークが行われた。オペラシティはクラシック音楽の演奏を聴かせるのにはたいへんすばらしいホールだと思うが、マイクを通じての声は非常に聞きとりづらい。座席位置によるのかもしれないが、これはもう少し研究してくれないと・・・。(サントリーホールでも、できて間もない頃同じようなことがあったが、その後マイクを通しての声でもクリアに聞こえるよう改善されている。)

2004年6月29日 火曜日
■昨日の日記の最後に「皆様には大変御迷惑をおかけしております」と書いた。電車で、事故などにより遅れが出たときによく聞く、車掌さんあるいは駅員さんのアナウンスである。ところが、最近事情が変わり、このあとには「申し訳ございません」や「深くお詫び申し上げます」が添えられるようになった。「御迷惑をおかけしております」だけではお詫びになっていないじゃないか、という指摘によるものだろう。実はぼくもかねがねそう思っていた。この台詞のあと、「申し訳ございません」や「深くお詫び申し上げます」が付くと、ずいぶん印象は違ってくる。たとえ、彼らが心底から「申し訳ない」と思っていなくても。先日、茅ヶ崎でスポレート歌劇場の公演を行ったときにも、人身事故の影響でJR東海道線が大船駅で40分以上停まり、開演に間に合わないお客様が大勢いらした。このときにもこの放送が車内に流れたのであろうが、乗客からすれば、「謝ってなんかいないで、いいかげんに電車を走らせてくれよ!」がホンネである。もっとも、鉄道会社の方だって「人身事故はおれたちのせいじゃないぞ」と、負けずに思っているのであろう。

2004年6月28日 月曜日■旅行で疲れてしまっては何のための旅行だったのかということになるが、今日は身体がだるく仕事もいまひとつ捗らなかった。◆最近の記憶力の低下、注意力の欠如は何なんだろう。自分でもちょっと嫌になる。職場でもあちこちに、書類やコーヒーカップの置き忘れがあるので、とりあえず「自分だけではないんだ」と言い聞かせて慰めているが、以前だったら絶対にしなかったミスをするのには参る。最近では、昨日気づいたらホテルの部屋の鍵を自宅まで持ち帰っていたこと、それから、ファンクラブの入会案内(郵送物)に同封すべきものを忘れ、それにまったく気づいていなかったこと。皆様には大変御迷惑をおかけしております。

2004年6月27日 日曜日■やはり1泊ではあっという間だ。今日はぐらんぱる公園(伊東からバスで30分ほどのところにある)で子どもたちを遊ばせ、夕方帰ってくる。楽しかったが息子のわがままに振り回され、ちょっと疲れた・・・。夜、娘がプール熱(?)に。やっぱり皆健康が一番である。◆今日から3日間、マイスキーの大阪でのリサイタルのチケット先行予約受付。

2004年6月26日 土曜日
■家族と親戚で伊東市にある温泉に1泊。久々に仕事から離れてのんびり過ごす、と書きたいところだが、1泊ではあっという間だ。もう少しゆっくりしたいものである。

2004年6月25日 金曜日■あっという間の週末。夕方、保育・幼児教育の学校に通う卒業生が訪ねてくれる。3年生の女子3人が先輩にその学校の様子や進路のことで相談したいと言ったためだ。「毎日の学校生活が充実していてほんとうに楽しい」と彼女は言った。そういう言葉を聞くと、その学校をすすめてよかったと思う。◆職場の片隅で某先生が大きなくしゃみをした。思わず噴き出してしまう。日本人のくしゃみは「ハクション」(中にはなまって「へクション」の人も)。でも、なぜくしゃみするときにあえて「ハクション」と声にするのだろうか。「ハクション」という日本語での擬音語を憶えているから、意識してそう発声(音)するような気がする。外国人ならけっして「ハクション」とは言わない。英語なら「アチュー」("Achoo!")であり、ミスター・ビーンもどこかの映像で「アチュー」を繰り返していた。

2004年6月24日 木曜日
昨日朝CS放送で見たリッカルド・ムーティがバイエルン放送交響楽団で、ドヴォルザークの交響曲第5番を指揮するリハーサル+本番の2時間を超えた番組はなかなかおもしろかった。ムーティの綿密なリハーサル風景をまともに見るのは今回が初めてだったし、第一、ムーティがドヴォルザークを振ること自体が珍しいではないか。しかも、第8番でも第9番「新世界から」でもなく、第5番というのが!楽員にジョークを飛ばしているムーティを初めて見た。ムーティの指揮、う〜ん、相変わらずカッコイイなあ。音楽とは別だが、曲の最後に思いっきり右腕を振り切る姿に惹かれる(しびれる)ファンは結構多いのではないだろうか(笑)。あれって、ムーティのいつものお決まりだが、腕を痛めたりしたことはないのだろうか。あまりにカッコイイので真似して何度かやってみたら、ちょっと腕が痛くなったのでやめた。マエストロはふだん、素振りのようなことをして練習しているのだろうか(笑)。一度訊いてみたいものだ。◆さて、今日は午後、地区の高校の進路指導担当の集まりがあり、出張。毎日学校に届く大量の郵便物(送付物)の処理が大変だ、という声があちこちの学校から出ていた。一見DMのようで実は中身が「指定校推薦」に関する重要な連絡だったりすることもあるので、結構神経を使う作業なのである。

2004年6月23日 水曜日
■早朝午前1時半に起き、"SARABANDE"(ファンクラブ通信)の発送準備。朝投函する。◆進路の仕事が溢れている。夜、行きたいと思っていた演奏会2つのどちらにも出かけることができず残念(もちろん行くとすればどちらか1つなのだが・・・)。◆近所のスーパーが週末から24時間営業に変わるという。家の近くには割と大きなスーパーが4つあるが、24時間営業になるのは2件目である。1つ目のスーパーには朝7時過ぎに立ち寄ったことがあるが、客が自分以外誰もおらず、人件費や光熱費の無駄ではないかと思った。24時間営業を、期間限定ではなく年中行うというのだから、これはそう簡単にやめるわけにはいくまい。次に待っているのが結局は「店閉まい」、なんてことにならなければよいのだが。いつでも開いているというのは消費者にとって便利ではあるが、余計な経費が商品の価格値上げにはね返ってくるのだとすればどうなのかとも思うのである。

2004年6月22日 火曜日
■ファンクラブ通信(葉書による号外版)をつくる。明日には発送したい。◆息子の熱はアデノウィルスによる、いわゆるプール熱というものであった。道理で熱がなかなか下がらないわけである。食欲がなく、気の毒。◆昨日とはうって変わって爽やかな陽気の1日。でもぼくにはやや暑く、ちょっと動いているとすぐに汗ばんでくる。エアコンをガンガンかけようとは思わないが、ひんやりした空気は何とも心地よいものだ。

2004年6月21日 月曜日
■娘が今日で1歳になった。1年あっという間で驚いている。息子の熱が下がらないので、シンプルなお祝いで済ませる。◆湿度が高くて参る。授業中チョークで板書しても、それを消すのに苦労する。チョークが黒板にねっとりくっついてしまっている感じ。◆台風が接近しているとかで、午後からときおり風や雨が強くなる。幸い帰るときには雨は上がっていたが、横風でバイクのハンドルが何度か取られそうになる。ぼくが乗っていても、である。◆ファンクラブ通信をまた出さなくては。なかなかまとめてゆっくり取りかかれる時間がないのがつらい。

2004年6月20日 日曜日
■息子が昨夜から発熱。39度を超えているのでさすがに元気はないが、それでもジョークを言ったりして他人を笑わせる余裕がある。熱が出たときでも子どもは意外に元気で驚く。自分だったらとてもとても・・・。◆午後学校へ。授業の準備、進路指導関連の雑務。

2004年6月19日 土曜日■茅ヶ崎市民文化会館大ホールで、イタリア・スポレート歌劇場による『フィガロの結婚』公演。今までのオペラ公演で感じることだが、スカラ座やメトロポリタン歌劇場のように隅から隅までオールスターキャストというなら話は別だが、予算的にそのような興行は地方では不可能であるから、本公演のようなものではキャストに1人でも大物が入ると音楽全体が引き締まるし、メリハリもつく良さが感じられる。茅ヶ崎で以前行った、ポーランド国立歌劇場『トゥーランドット』におけるエヴァ・マルトンもそうだったし、今日のカルメラ・レミージョもそうである。レミージョがほんとうにすばらしかった。オケも、たっぷり歌う弦の美しさは、イタリアの団体ならでは特長なのかもしれない。終演後のカーテンコールでの会場の盛り上がりは東京での公演以上であった。◆開演直前、東海道線の人身事故による電車の遅れのニュースが入る。実際、会場には遅れて見えた方がかなりいらして、お気の毒であった。開演時間もいくぶん遅らせたのだが・・・。

2004年6月18日 金曜日
■午後横浜に出張。看護医療系の進路に関する研修会。◆CDショップで『ファインディング・ニモ』のDVDを購入。アルゲリッチらによるルガーノ音楽祭ライヴCDも見つける。◆明日、茅ヶ崎で配付する『楽友協会だ!より』をまだ書き終えていない。夜、ある演奏会に出かけようと思っていたのだが残念ながら諦める。

2004年6月17日 木曜日
■明後日茅ヶ崎で行われるスポレート歌劇場公演に向けて、会場で配付する『楽友協会だ!より』を執筆し始める。

2004年6月16日 水曜日■上野の文化会館で、イタリアのスポレート・オペラの公演、モーツァルトの『フィガロの結婚』の下見、取材を兼ねて楽しんでくる。伯爵夫人を歌ったレミージョがやはりすばらしい。声の艶と張り、音程の正確さ。ピシッと決まっていて、他の歌手とはいくぶん格が違う気もする。とはいえ、スザンナ役のロベルタ・カンツィアンも可憐な歌を披露し、盛んな拍手を浴びていたし、オケも粗っぽくなく、このオペラの粋な楽しさを聴き手に伝えることでは十分成功していたといえよう。終演後、レミージョの楽屋を訪問。招聘元経由で依頼しておいた「質問」にもすでに答えてくれていて、茅ヶ崎公演当日発行の会報に掲載できそうである。秋にはトスティの歌曲集がデッカよりリリースされるとのこと。これも非常に楽しみ。

2004年6月15日 火曜日■午後、某専門学校の学校説明会に出席。夕方また学校に戻り仕事。◆マイスキーのリサイタルに関して公演主催者の方と連絡をとる。

2004年6月14日 月曜日
■今日から1週間、面談週間。午後は保護者の方が来校され、担任と面談を行う。◆マイスキーとプラハ放送交響楽団の日本での4回の協演も無事終了した模様。◆茅ヶ崎では週末にイタリア・スポレート・オペラの公演がある。ソプラノのカルメーラ・レミージョがどのような歌を聴かせてくれるのかがとても楽しみ。

2004年6月13日 日曜日
■午前中は買い物に出かけたりしてあっという間に終わる。午後は学校で進路指導の仕事。休日を使ってもなかなか仕事が追いつかない。早寝して夜中(早朝)に頑張ろう。

2004年6月12日 土曜日
■1週間が速い。◆夜、王子ホールでギンザめざましクラシックス。友人Kのコンサートなので、大阪のマイスキーは、今回は失礼して出かけた。めざクラ版《トリビアの泉》はなかなかおもしろかった。作曲家や演奏家などのおかしなネタを楽しく聞かせてもらう。◆マイスキーとプラハ放送交響楽団との協演による公演が続いている。昨日は名古屋、今日は大阪、明日は栃木である。この後マイスキーは韓国へ渡り、リサイタルを数回行い、香港での演奏会をして、また韓国から日本にやってくる。チョン・ミョンフンとのデュオである。大阪で聴いた会員の方からもご報告をいただいたが、相変わらずのりにのっている様子。

2004年6月11日 金曜日
■バス歌手のニコライ・ギャウロフが2日に亡くなったという。享年74歳。生の声で感動したバス歌手はそう多くない中、ギャウロフが入ってのヴェルディの『レクイエム』は忘れられない。1981年9月、上野の文化会館で行われたミラノ・スカラ座特別演奏会。クラウディオ・アバドが指揮し、ミレッラ・フレー二(ソプラノ、ギャウロフの妻でもある)、ルチア・ヴァレンティーニ=テラーニ(メゾ・ソプラノ)、ペーター・ドヴォルスキー(テノール)、そしてニコライ・ギャウロフ(バス)という最高の陣容だった。終演後、楽屋口でサインをねだるとギャウロフは快く応じてくれた。で、ギャウロフが、ぼくが貸したマジックペンをそのまま使いたいと言うものだから、こちらも快諾。ところが、返してもらうのを待っている間にミレッラ・フレー二が車に乗り込んで帰ってしまった!結局フレー二のサインをもらい損ねたという苦い(?)思い出にもなった。でも、ギャウロフさん、ありがとう。天国で安らかに。

2004年6月10日 木曜日■学校では3年生の進路ガイダンス。大学、短大、専門学校、予備校の先生方を招いての学校説明会・受験対策講座が行われる。各会場では生徒もかなり真剣に先生方の話に耳を傾けていた様子。進路に対する意識がかなり高まっただろうと思う。◆夜、サントリーホールへ向かう。ウラディミール・ヴァーレク指揮プラハ放送交響楽団の演奏会。チェロのソロがミッシャ・マイスキーで、シューマン、ドヴォルザークとコンチェルト2曲が聴けたので、事実上マイスキー中心のコンサートという感じ。オケもノリのよいテンポで、マイスキーも気持ちよさそうに弾いていた。アンコールはバッハ作曲無伴奏チェロ組曲第5番より「サラバンド」、無伴奏チェロ組曲第1番より「プレリュード」。終演後楽屋へ。

2004年6月9日 水曜日■学校の本来の仕事と私用での忙しさが重なり、ここ数日結構きつかったが、一つひとつ片づいていくと、ほっとする。明日はマイスキーが東京でシューマンとドヴォルザークの協奏曲を弾く。プラハ放送響とどんな演奏を聴かせてくれるのだろうか、大いに楽しみである。

2004年6月8日 火曜日■1975年生まれのイタリアのピアニスト、マウリツィオ・バリーニの演奏会を茅ヶ崎市民文化会館大ホールで行う。馴染みのあるショパンの有名曲を集めたプログラム、しかも長くなく、手頃な料金で聴ける。平日夜にもかかわらず、800人近い来場者があった。また、会場ロビーでは、バリーニの弾くショパンのCD(公演と全く同じ曲目がそのまま収められている!)が1,800円で販売されてもいる。これは今回の来日に向け、4か月前に東京でレコーディングしたものである。このほかにも驚くべきプロモーターのアイディアがあちこちに織り込まれており、これはまさに企画力の勝利といえるかもしれない。このほか、ショパンのピアノの名曲を初心者でもそこそこ弾けるようにと、やさしくアレンジした楽譜も会場で販売。当日の曲目も多く収録してあり、よく売れる。今夜は、主催者であるぼくらもいろいろな場面で目を丸くしたのであった。終演後、バリーニ、事務所のOさん、Nさんと鎌倉市内のお寿司屋さんで打ち上げ。

2004年6月7日 月曜日
■娘の調子が悪いため、仕事を休む。夜、演奏会に行く予定だったが、こちらも残念ながらキャンセルする。Iさんの弾く『ハバネラ』は聴きたかった!ご案内いただいていたのに、ごめんなさい。

2004年6月6日 日曜日■クラシカ・ジャパンでチョン・ミョンフン指揮イタリア国立放送交響楽団のライヴを視る(聴く)。2000年にトリノで行われた定期演奏会で、ベートーヴェンの交響曲第7番とブラームスの交響曲第2番を楽しんだ。もっとも雨による電波の受信状況が悪く、信号のエラーが続けて起こり、残念でもあった。◆夜、明後日茅ヶ崎で行われる、マウリツィオ・バリーニのリサイタルに向けて、『楽友協会だ!より』を執筆。

2004年6月5日 土曜日
■都内の大学で教員対象の説明会があり、出かける。学食で腹ごしらえ。お腹いっぱいにしたが560円。学食は安いっ!家か職場のすぐ近くに大学があるとよい。◆夜、久しぶりにウェブページの更新。マイスキーの11-12月の来日公演予定をアップしたが、まだほかにも掲載すべきニュースがある・・・。

2004年6月4日 金曜日
■妻の知人の演奏会で送り迎え。東京都大田区にある池上本門寺へ。力道山のお墓ってここにあるの?(いや、別に興味があるわけではないのだが、表示があったので。)◆帰宅後、バタン。1週間の疲れが一気に噴き出る。

2004年6月3日 木曜日■体育祭の翌日。3年生は燃え尽きた様子。とはいえ、授業はいつものペースで進めた(笑)。◆午後、某予備校が主催の大学入試研究会に出かける。今年の大学入試の総括、来年(2005年)の入試展望、2006年新課程入試について話を聴いてくる。

2004年6月2日 水曜日
■長崎県佐世保市の小学校で、6年生の女児が同級生にカッターナイフで首を切りつけられ死亡した事件は大きな衝撃。◆体育祭。天気も晴れ、絶好の日和となった。平日にもかかわらず、保護者や近隣の中高校生のほか卒業生たちも多く訪れ、相変わらずの盛り上がりとなった。

2004年6月1日 火曜日
■あいにくの雨となり、体育祭は明日に延期。体育祭のチームは3色に分かれている。1〜3年各2クラスの約240名がチーム(色)を構成していて、一番のヤマが「カラー・アトラクション」という色ごとに13分以内で行う出し物(見せ物)である。このアトラクションを成功させるために、4月、5月と生徒は休日返上で練習を重ねる。特にリーダーとなる3年生は大変だ。パフォーマンス(たいていは踊りになっている)の内容や振付、音楽、衣装などを決め、下級生を指導してまとめていかなければならない。前年まで上級生の言われるままに従っているだけではたして大丈夫なんだろうかと、初めは心配するのだが、始まってみればちゃんとリーダーシップを発揮して仕上げていくのだから何とも頼もしい。もっとも、そうは言いながらも、3年生諸君、授業は授業でしっかり受けてもらいたい(苦笑)。疲れがたまってぐったりしている者がやたら目立つ。彼ら彼女らは体育祭が終わらないと切り換えができないのかもしれないが、そこは「若さ」で何とか乗り切ってもらいたいものだ。◆横浜でCDショップに立ち寄る。マイスキーがアルゲリッチ、カプソンと協演した新譜(輸入盤)、ベートーヴェンの三重協奏曲(ルガーノ音楽祭でのライヴ録音)を購入【EMI 5 57773 2】。おっと、これもわがウェブサイトの「ニュース」のページに載せないといけない。