管理人の音楽日記帳
(2002年1月1日〜2002年3月31日)


ミッシャ・マイスキー ファンクラブのサイトの管理人(小島昭彦)による音楽日記帳です。音楽の話題に限らず、日々思っていることも織り交ぜながら記していきたいと思っています。ご質問、ご意見、ご感想等をお寄せください。メールはこちらへどうぞ。

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■管理人の音楽日記帳(目次)

2002年3月31日 日曜日■横浜のズーラシア(動物園)に家族、それに実家の両親と5人で出かける。新しく園内はきれいに整備されているが、各場所にいるそれぞれの動物の数が意外と少なく(1、2匹/1、2頭/1、2羽ずつしかいないところが多い!)、しかもそれらがたいていは木や岩や草の陰に隠れていて、あまりよく見えなかったりする。何だか結構疲れ、午後早めに帰宅する。◆家の近くの公園の桜の花もピークを過ぎたが、それでもまだ美しい。まだ3月だからなあ...。◆神奈川では教員の異動が新聞に掲載された。知っている名前がかなり出ていた。去年は、決まっているのに新聞で確認するまでなぜか信じられず、朝刊が届くのをずっと起きて待っていたのを思い出した。 近くの公園の桜
PHOTO:(C)2002小島昭彦
2002年3月30日 土曜日■昼過ぎ、SARABANDE No.15 を出しに郵便局へ行ってくる。土曜なので本局まで行かなければならないのが面倒と言えば面倒だったが、今日はまたポカポカの陽気になって暖かいのでよかった。◆プロ野球が開幕。われらが(?)横浜ベイスターズは広島との初戦を落とす。子どもの頃はほんとうに一喜一憂したものである。それがBクラスの低迷続きで、だんだん冷めてしまい、何年か前に優勝したときも熱くなれず、自分自身何か寂しい思いをした。◆夜、NHKの「未来への教室」(マイスキーA)の再放送を見る。ほんとうによい番組だ。子どもたちの感性のすばらしさにも驚かされる。リリーとサーシャ、元気でやっているかなあ?◆マイスキーの新譜情報が飛び込んでくる。ティエンポとのメンデルスゾーンのソナタなどと、アルゲリッチ+クレーメル+バシュメットとのブラームスのピアノ四重奏曲第1番ほか。どちらも大きな話題を呼びそう。早く聴きたい。

2002年3月29日 金曜日
■雨模様の寒い1日。一昨日、そして今日のこの雨と風で桜の花も散ってしまいそうで寂しい。◆ファンクラブ通信"SARABANDE No.15"ができあがり、発送の準備をする。今回はおもに来日公演の情報をまとめている。◆アバド/ベルリン・フィルによるワーグナーのアルバムを聴く【ユニバーサル UCCG-1090】。ブリン・ターフェル(バス・バリトン)との共演。奥深く味わいのあるやわらかな声が印象的。ふだんワーグナーには積極的に接する方ではないけれども結構楽しんで聴いた。それにしてもアバドがベルリン・フィルから去るのは惜しい。昔から親しんできた、大好きな指揮者だ。

2002年3月28日 木曜日
■今日は1日休暇を取る。妻が用事で出かけたため、こちらも響祐を連れて台場へ遊びに行く。新橋からゆりかもめに乗る。「運転手さんいないのに、どうして走るんだろうねえ」と一番前の席を陣取って座っている息子の声を聞き、同じ疑問を抱いている自分。不思議で仕方ない。それにレールはなく、車両にはタイヤがついている。夕方まで台場で遊ぶ。帰りがけにスターバックスで飲んだ1杯のエスプレッソが多少たりとも疲れを癒してくれる。◆ピアニストのSさんから電話をいただく。近況をいろいろとうかがう。

2002年3月27日 水曜日
■雨が強く、肌寒い1日だった。◆午後、三軒茶屋の世田谷パブリックシアターへ出かける。三谷幸喜の"You Are The Top 今宵の君"を突然現れた友人と一緒に見る。鹿賀丈史と市村正親の共演の予定だったが、鹿賀丈史が急病で、浅野和之がその代役を見事にこなし、好評のうちに1ヶ月近くの東京公演を終えようとしている。作曲家、作詞家の2人の男と1人の女性歌手(戸田恵子)が繰り広げるロマンティックなコメディだが、たとえば"バッド・ニュース☆グッド・タイミング"のように最初から最後まで抱腹絶倒、客を笑いころげさせるのとは異なり、ときにシリアスにしんみりとさせるような場面もあって、三谷幸喜の才覚をまざまざと感じさせる見事な舞台を堪能した。井上陽水が書いた曲も気に入る。◆夕方、渋谷でMさんに会う。妻が塾で教えていたときの生徒で今度高3になる。寸暇を惜しんで受験勉強に取り組んでいるようである。文学が好きで、1時間ほどあれこれ話をしてわかれる。

2002年3月26日 火曜日■インターネットにオークションのサイトがある。見てみると発売されたばかりの公演のチケットももう出ている。「某人気チェリストの14000円のチケット2枚=28000円」が、なんと「70000円」で売りに出されていたりする。オークションであるから、当然買いたい人が複数出れば値はつり上がっていく。もちろん売る側にも、仕事や急用など事情があって出品することはあるのだろうが、はじめから70000円という価格で売りに出すところを見ると、確実に売れる超人気公演のチケットを高く売って儲けようという魂胆が見え見えではないか。◆最近、あっという間にチケットが売り切れる人気の演奏家が狙われている。ポリーニ、アルゲリッチ、ヨーヨー・マ、ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、あとは...。◆夜、ミッシャ・マイスキー ファンクラブの会報の編集作業。

2002年3月25日 月曜日
■学校は修了式。生徒は短い春休みに入る。教員の方はそうはいかない。年度末の書類の整理、新年度に向けての教材準備や校務分掌の仕事があり、さらに部活動やこまごました雑用がある。担任は指導要録も書かなければならない。休む暇もなく、あっという間に新しい学年へ突入だ。◆最近、クラシックの演奏会のチケットを買うのでも、座席を選べないことが多い。これにはどうしても納得がいかない。S席と言ったって、AさんにとってのS席と、B氏にとってのS席はまったく違う。たとえば、ぼくにはサントリーホールの1階席がS席とは思えない。オーケストラの演奏会に行って、1階の15列前後に座ったことが何回かあるが、すべて裏切られているからだ。バランスが悪く、肝腎の音はすべて上の方へ抜けていってしまうのである(あのホールには実はもっとよい席がたくさんある)。以来、同じS券だったら絶対別の場所を買うことにしている。もっとも希望する座席を尋ねてくれる事務所の場合に限るが...。◆ある大手音楽事務所が方式を変え、代わりに別のシステムを導入してチケットの前売りをするようになった。誰にでも公平に(抽選の方式で)チケットを入手できるチャンスが増えたとはいうものの、チケット購入の際に、自分が座りたいとも思わない座席番号が案内されるし、余計な手数料も取られるし、これは明らかにサービス低下といわざるをえない。

2002年3月24日 日曜日■近くの公園でも桜が満開。花見にたくさんの人が来ているようだ。穏やかな春の1日。午後、教え子のC君とTさんが訪ねてくれる。2人とも元気で活躍しているようだ。こうして卒業生が会いに来てくれるのはとても嬉しいことだ。◆ミッシャ・マイスキー ファンクラブ通信"SARABANDE"の編集に入る。秋の公演についても紹介する予定だ。

2002年3月23日 土曜日■先日購入したハードディスクドライブ付のDVDレコーダをセットし、早速使ってみる。実に便利だ。早速、今日再放送された「未来への教室 マイスキー@」を録る。番組がまだ放送されている間でも、録画したばかりのものを始めから同時に再生することができる。これでわが家のビデオテープを徐々に減らしていこうと思う。◆昼間、埼玉県の越谷まで2時間近くかけて、佐野成宏テノール・リサイタルを聴きに出かける(ピアノは佐藤正浩)。茅ヶ崎と同じ曲目。すばらしいプログラミングに再び感心し、2月17日の感激を思い起こしながら聴いた。トスティの「秘密」、「別れの歌」、ロッシーニの「亡命者」、そしてプッチーニの「トスカ」から「星は光りぬ」などは絶品。佐藤さんのピアノもすばらしい。終演後楽屋で佐野さん、佐藤さんに会う。遠いところ出かけた甲斐があったコンサートだった。

2002年3月22日 金曜日■今年度最後の授業、大掃除。午後はずっと会議。結構せわしい1日。1年がかなりはやかった。◆桜が満開に近い。

2002年3月21日 木曜日■春分の日。妻の友人M井君の夫妻が訪れてきてくれる。午後のひとときを楽しく過ごせた。◆『レコード芸術』誌を買ってくる。ここ数年、レコ芸はマンネリ化のきらいがなくもない。似たような特集記事を繰り返している。編集者の苦労が目に浮かびもするが、皮肉にも、新譜CDの広告が一番欲しい情報であったりすることもよくある。◆キーシンのピアノで、J.S.バッハ(ブゾーニ編)の「トッカータ、アダージョとフーガ BWV564」ほかを聴く【RCA 09026 63884 2】。マイスキーも兄ヴァレリーの編曲で演奏しているが、キーシンのピアノによるこの演奏も、音が澄み、荘厳で格調高いものである。カップリングのグリンカの「ひばり」や、ムソルグスキーの「展覧会の絵」も今まで聴いたこれらの作品の演奏でも1、2を競うほどのもの。次のアルバムはシューマンのソナタ第1番と「謝肉祭」とか。シューマンのソナタ第1番がちょっとしたブームになっている気がする。演奏会でも録音でもとりあげられることが最近多い。

2002年3月20日 水曜日■午後はずっと会議。睡眠不足だと思考力も鈍る。◆夜、妻と子が実家(倉敷)から戻る。1週間ぶりに会う息子の成長ぶりに驚く。1週間ぶりの妻は...。

2002年3月19日 火曜日■ミッシャ・マイスキー ファンクラブの会員への葉書通信を作り、発送する。◆茅ヶ崎ではプラハ室内管弦楽団の演奏会。茅ヶ崎の青島陽子さんによるモーツァルトのピアノ協奏曲第24番は、1つ1つの音を大切にしながら、心の行き届いた演奏であった。場数を踏めば、さらにダイナミックでスケールの大きな演奏ができるようになるにちがいない。大いに期待しよう。◆後半はヴァイオリニストの礒絵里子さん、神谷未穂さんとオケとの協演。1曲ずつヴァイオリンとオケで演奏した後、協奏交響曲の第2楽章、第3楽章を聴かせてくれる。従姉妹同士、しかも長い間デュオでもやってきているだけに、息がよく合っており、テンポの取り方も適切で、情感のこもった素晴らしい演奏であった。演奏後、楽屋裏で写真を何枚も撮らせてもらう。茅ヶ崎市楽友協会のサイトでも後日紹介したい。2人とも礼儀正しく、実に気さく。6月にDuo PrimaとしてのCDデビューを控え、2人の今後の活躍がますます期待される。応援していきたい。

プラハ室内管弦楽団とモーツァルトのセレナード第7番ニ長調 K.250「ハフナー」より「ロンド」を演奏する神谷未穂さん
PHOTO:(C)2002小島昭彦
プラハ室内管弦楽団とモーツァルトのヴァイオリンと管弦楽のためのロンドハ長調 K.373を演奏する礒絵里子さん
PHOTO:(C)2002小島昭彦
プラハ室内管弦楽団とモーツァルトの協奏交響曲変ホ長調 K.364(320d)を演奏する礒絵里子さんと神谷未穂さん
PHOTO:(C)2002小島昭彦
神谷未穂さんと礒絵里子さん。従姉妹同士のデュオ。
PHOTO:(C)2002小島昭彦
2002年3月19日、茅ヶ崎市民文化会館にて。プラハ室内管弦楽団と協演するヴァイオリニスト、神谷未穂さん。ステージから戻ると、「楽しかった〜!」 2002年3月19日、茅ヶ崎市民文化会館にて。プラハ室内管弦楽団と協演するヴァイオリニスト、礒絵里子さん。本番では音がステージに戻ってきてとても弾きやすかったそうだ。 2002年3月19日、茅ヶ崎市民文化会館にて。プラハ室内管弦楽団と協演する礒絵里子さん(Vn=左)と神谷未穂さん(Vla=右)。Prima Duoとして息の合った演奏を聴かせる。 2002年3月19日、茅ヶ崎市民文化会館にて。プラハ室内管弦楽団と協演が終わった後。神谷未穂さん(Vla=左)と礒絵里子さん(Vn=右)。演奏だけでなく人柄もチャーミングなおふたりだ。

2002年3月18日 月曜日■明け方までプラハ室内管弦楽団の公演の会報を書く。◆午後、20年前の卒業生(つまりぼくの1年後輩)2人が訪れてきてくれる。1人は先日、高校時代の友人との交換日記を題材に朗読の公演をしたHさん。京都でフリーのアナウンサーをして活躍中だ。もう1人はOさん。高校時代文化祭の仕事を一緒にやった仲間だ。今回はその朗読の公演の記事が新聞に出て、連絡を取った次第。母校の卒業生が多方面で活躍しているのはほんとうにうれしいことである。◆夕方、茅ヶ崎市楽友協会事務局へ。できあがった会報を届ける。◆今度はミッシャ・マイスキー ファンクラブの連絡の仕事だ。

2002年3月17日 日曜日■3年前に婚姻届を出したので、本来は今日が結婚記念日ということになるのかもしれないが、あまりお互い実感していない(笑)。妻も子も20日まで帰ってこないので、それまでの間にまとめて片づけをしておこうと思っていたのだが、毎日新たな仕事が次々に入ってきて、とてもとてもそちらにまで手が回らない。◆昨日買ったムーティ指揮スカラ座管弦楽団・合唱団の『トロヴァトーレ』(ヴェルディ)は熱かった!ムーティならではのホットな演奏。オケと合唱のすばらしさはいつものことながら、レオノーラ役のバルバラ・フリットリ(ソプラノ)を筆頭に、マンリーコ役のサルヴァトーレ・リチートラ(テノール)らが実に見事な歌唱を聴かせている。それにしてもフリットリってこんなにすごい歌手なのか!高音のコントロールが正確で聴いていて圧倒されるほど。◆明後日は茅ヶ崎でプラハ室内管弦楽団の公演。会報の準備にあたって、レコード会社のOさんにメールを入れる。記事引用に関しての承諾を得るためだ。早速快諾いただく。夜、Kと電話で1時間半話したが、Oさんとは仕事仲間でもありよく知っているとか。世間は狭いなあ。

2002年3月16日 土曜日■ぎんざめざましクラシックスの第19回に出かける。アメリカがテーマ。友人K君と聴く。会場ではY君とその家族にも会った。秋葉原でCDを幾枚か買う。

2002年3月15日 金曜日■合唱祭の職員コーラスはやはり練習不足だった。他のパートを聴く余裕なんて全くない。悪戦苦闘。間際まで何度かウォークマンで繰り返し聴いたが、惨憺たる出来で終わった。それでも広いホールのステージで歌うことの気持ちよさよ。今度は1人で歌わせて下さい(な〜んてね)。◆同僚の2人(音楽、数学担当)と昼食。朝は慌ただしくて何も食べずに出かけたので、昼食が喉に通って、どうにか疲れている身体が癒された。◆19日の会報の準備をしなければ。出演するピアニストのAさんに電話。FAXによる質問状を明日送ることにした。

2002年3月14日 木曜日■妻が子を連れて倉敷の実家に帰った。とはいっても、別に何か問題が起こったわけではなく、久々に岡山の両親に孫を見てもらおうというわけである。20日までの間、しばらく一人暮らしになる。◆明日は合唱祭。生徒の出来がどうこう言うよりも、肝腎の自分たちがどうなるのか。ボロボロになりそう...。

2002年3月13日 水曜日■合唱祭の職員コーラスの準備が進んでいない。それに比べ、生徒の方はますます熱気が高まってきたように思う。朝もあちこちの教室から歌声が響いてくる。佐野成宏さんが1ヶ月前に立ったステージでテノールを歌うのは、う〜ん...。なんとか形になればいいけど。◆成績処理が一段落。声楽を学ぶN君が某音大に合格した。よかったね!おめでとう。

2002年3月12日 火曜日■プロ野球オープン戦は阪神がいつになく強いらしい。星野新監督のもと、チームのムードが新鮮みを帯び、引き締まってきたのかもしれない。監督でそんなにチームは変わるのだろうか。それはサッカーなどでも思うのだが。クラシック音楽に関心のない方が、指揮者で演奏がそんなにも違うもんですかねえとおっしゃるのと似ているのかもしれない。◆響祐の面倒を見るために午後代休を取って帰る。自宅で学校の仕事に追われる1日であった。

2002年3月11日 月曜日■米国での同時多発テロから半年。アフガニスタンにおける米軍のアルカイダへの軍事行動は、ますます激しさを増しているという。いったい戦争はいつ終わるのだろうか。◆国内では鈴木宗男議員の証人喚問が行われ、ニュースのトップを飾っていた。◆昨日は仕事が終わらず、寝たのが午前5時20分。睡眠不足でつらい。

2002年3月10日 日曜日■午前中は買い物。午後は試験の答案の採点。夜までかかる。◆採点の手を休めて、夕方、カルロス・クライバー指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団によるベートーヴェンの交響曲第4番&第7番のLDを見る【フィリップス 78VC 300】。昨日も書いたがクライバーはやはりカリスマ的な存在だ。テレビの画面に釘付けになってしまった。聴衆の興奮ぶりもよく伝わってくる。コンセルトヘボウというホールはほんとうに音響が素晴らしい。唯一問題なのは指揮者のステージへの出入りだ。長い階段を上がって引っ込まなければならず、カーテンコールでは指揮者は疲れている上に、さらに階段を何度も上り下りしなければならない。クライバーは階段の途中まで行っては立ち止まり、戻ってくる。見ていて、お疲れまさですと思わず声をかけたくなる。それでも拍手をやめる気にはとてもなれない。名演であった。

2002年3月9日 土曜日■部活動があって3時過ぎまで学校にいる。採点がまだ3クラス残っている。響祐の熱は下がったが、まだ本調子ではないようだ。それでも一緒にクライバー指揮ウィーン・フィルのニュー・イヤー・コンサート1989のLDを一緒に楽しむ。1月以降、何度ニュー・イヤーの演奏を聴いたことか。おかげで久々にこれらの曲のよさを再認識できたような気がする。それにしてもカルロス・クライバーの指揮はすばらしい。どうしてあの指揮からあんなに生命感あふれる、極上の音楽が生まれてくるのだろうか。今日も思った次第。

2002年3月8日 金曜日■昨日で期末試験が終わり、今日から試験の答案返却が始まった。採点に忙しい。そのうえ会議等が詰まり、あとからあとからやらなければならない仕事が出てくる。夕方かかりつけの医者へ。花粉症の薬をもらう。エバステルはよかったが、セレスタミンは相当眠くなって仕事にも支障が出るので、別の薬を処方してもらう。

2002年3月7日 木曜日■結婚3周年の日。例年は休みを取って近くでのんびり過ごすのだが、今年は2月下旬に行事を実施したので、普通に、ごくささやかに祝う程度である。結婚式や披露宴はとても楽しかった。あんなによいものならまた行いたいとさえ思うほどである。もちろん、妻になるのは同じ相手として(笑)...。もっともそれだけのものができたのは、周囲の方々のお陰である。ぼくらの仲人のような存在であるピアニストのSさんは十八番の曲を披露して、門出を祝して下さったし(そのためにグランドピアノのある会場を探したのだから!)、親友Kは司会を務めてくれ、宴を大いに盛り上げてくれた。ミッシャ・マイスキー ファンクラブで出会ったTさんは、ぼくらのために思いもよらない仕掛けをして下さり、驚かせてくれた。恩師、知人、友人、親戚、そして家族、皆が門出を祝してくれたのを今でも鮮明に思い出す。◆その3ヶ月半後、1999年7月20日に響祐が生まれた。

2002年3月6日 水曜日■試験の作問がようやく終わる頃家から電話があって、響祐が熱を出したという。6時過ぎに戻ると、いつもの様子とは違う。食欲もなさそうだ。それにしても子どもは熱を出していても、思ったよりも元気だ。38度を超えたら、自分なら笑う気力もないし、ましてやはしゃぐ元気もないけれど、子どもはそうではない。39度近くあってもジョークを言って笑っているのだからたいしたものである。◆明日は結婚記念日。3年前の今ごろは、などと夕食を取りながら妻と話した。はやいものだ。

2002年3月5日 火曜日■荒井由実の「やさしさに包まれたなら」という歌を何度も聴く。はまっているわけではなく、実は15日の合唱祭で職員コーラスも参加するためだ。ぼくはテノールだが、音取りがかなり難しい。リズムも正確に取れない。初日とはいえ、はたしてあと10日で仕上がるものなのか。歌うことが大好きなぼくだが、口パクで行こうか、などと情けないことを思いついたりする。試験の作問がまだ終わっていない。作問が終われば、採点、成績処理。新学年の準備、会議など目白押し。さらに合唱祭、球技大会という行事も入り、休む間もない日々だ。

2002年3月4日 月曜日■午後、東京女子医大の痛風センターへ。前回は風邪薬を服用中だったせいか、いくぶん数値が高めだった。◆渋谷のタワーレコードへ行き、CDを4枚購入。アンスネスのグリーグ「抒情小曲集」のアルバムが特に楽しみ。◆夕方銀座へ。王子ホールで斎藤雅広さんの「マイ・フェア・レディ」と題されたコンサートを聴く。斎藤さんのソロは久しぶりだった。中でもショパンのスケルツォ第2番とドビュッシーの「月の光」は絶品だった。ショパンの構成、ダイナミックさ、音の豊かさ、拡がり、歌。ピアノの調子も良かったのであろうが、今まで聴いてきたスケルツォの演奏でも1、2を競うほどのものだと感じた。同じショパンのノクターンは自分の思いとはやや異なる演奏だったが、ドビュッシーの「月の光」の美しさも際立っており、この2曲が聴けただけで十分満足できる演奏会だったと思う。書き落とせないのは、「マイ・フェア・レディ」の編曲の巧さ!斎藤さんならではの豊かな音楽が溢れる見事なアレンジメントだった。ヒナステラの音楽を彷彿させるようなラテン色もよかった。久々に聴く萩原貴子さんのフルートも健在。さらなる活躍を祈り、会場をあとにした。

2002年3月3日 日曜日■夜中の2時くらいから試験問題を作る。できあがったのが夕方5時。1日つぶれた。まだもう1科目ある。

2002年3月2日 土曜日■卒業式。勤務は3校目になるが、地区も生徒もタイプがまったく違うので、卒業式の形態も異なるが、初めていわゆるフロア形式(全員が同じ高さのフロアで、壇上には誰も上がらない形)による生徒主体の式を経験した。卒業していく生徒とはほとんど接点がない。部活動と夏休みの講習で付き合いのあった生徒、進路指導で接した生徒、それに文化祭や体育祭などの行事で活躍するのを見た生徒くらいしか印象にない。それでも、卒業生が退場するのを拍手で見送っていたら、感極まって目から涙がこぼれた。関わりのほとんどない生徒とはいえ、実は自分の(21年下の)後輩でもあるわけで、彼らの涙を見ていると、充実した高校生活が送れたことへの満足感をもって卒業していくのだなあと、思わず熱くなったのであった。羽目を外す生徒も中にはいたが、卒業していく彼らのすばらしい表情を間近で見ることができるこの仕事は、やはりやめられないものである。彼らと接することによって、いつまでも精神的な若さを保てる気がするのもありがたい。

2002年3月1日 金曜日■学年末試験が始まる。問題を仕上げなければならない。◆ミッシャ・マイスキー ファンクラブの会報もつくらなければならない。大忙しの週末になりそうだ。◆今日は高校入試の合格発表日。個人情報の保護という観点から、昨今は掲示ではなく、受付で封筒をもらい、その中の通知を見てわかる仕組みになっている。ぼくらのころは受検番号だけでなく、名前まであったような記憶があるが、時代は変わった。合格発表のときのきゃあきゃあという歓声、受からず泣いて友だちに慰められているシーン...、あの発表ならではの光景は今はほとんど見られない。

2002年2月28日 木曜日■今日で2月が終わり、明日からは3月。速い。それにしても忙しい。◆ミッシャ・マイスキー ファンクラブの次の会報もそろそろ送りたい。

2002年2月27日 水曜日■昨年夏には神奈川の県立高校すべてにパソコンが完備され、インターネットの回線もようやく入るようになった。授業でもインターネットを利用して情報検索等、様々な形での実践をやっと模索できるところまできた。◆教室のパソコン利用にあたって、その使用方法を含めた基本的なガイダンスが各クラスで1時間ずつ行われたが、これから検討していかなければならないのは、かなり自由に使いこなせる生徒と、「左ダブルクリック」が初体験で思うようにいかなくて苦労する生徒に、いかに同時に1つの教室で授業を展開していくかということである。当面は40人の一斉授業である。教員2人、3人では到底対応しきれず、おそらくもっと多くの補助者が必要となるであろう。このような中で現在しうる簡単なことは、パソコンをふだん使いこなしている生徒にも周囲の補助を手伝ってもらうことであろう。◆もっとも、実際にはかなり多くの生徒が、パソコンのゲームソフトや「打もも」のようなタイピング練習ソフトを使いこなせるが、情報検索を通じ、正しい情報や真に必要な情報をいかに得ていくか、あるいはインターネットにおけるモラルについて理解し、いかに考察を深めていくかなどは、これからの課題といえる。

2002年2月26日 火曜日■ソルトレイクでのオリンピックも終わった。今年はほとんど見なかったなあ。いろいろな問題が露呈したオリンピックだった。次は何だろう。ワールド・カップ?わが家はワールドカップに対する関心もかなり低い。◆学年末試験が近づく。また忙しくなってきそうだ。生徒も試験準備。体力勝負の時期である。

2002年2月25日 月曜日■自分の授業がなくなっていたので久々に休みを取る。○○から夜戻る。予想以上に楽しかった。

2002年2月24日 日曜日■休日を利用して朝早くから妻、子と3人で○○に出かける(内緒)。予想以上に暑い。

2002年2月23日 土曜日■横浜のみなとみらいホールで、マリス・ヤンソンス指揮ピッツバーグ交響楽団の演奏会。「ばらの騎士」よりワルツ(R.シュトラウス)、ヴァイオリン協奏曲第1番(ブルッフ)(Vn:五嶋みどり)、交響曲第1番(ブラームス)というプロ。一番安い(それでも7,000円)3階左側のバルコニー席。身を乗り出さないと、指揮台は見えないが、ステージからオケの直接音がまとまって上がってくるので、聴いていて気持ちよい。◆「ばらの騎士」はちょっとうるさすぎという印象。あんなにガンガン聴かせる作品ではないような気がする。ウィーン・フィルのやや官能的な、甘くとろけるような演奏を期待している自分としては、ちょっと好みが違う。五嶋みどりのブルッフは申し分のない演奏。音楽は十分説得力を持ちながらも、実に自然。けっして作為的なところがなく、音楽が豊かで繊細で美しい。デビュー20周年の彼女はすばらしい演奏家になっている。アンコールはバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番より終楽章。後半のブラームスもオケが力演。ヨーロッパ的なサウンドを堪能させてくれた。ヤンソンスがぐいぐいとオケを引っぱってドライブしていく。いつも感心するが、ほんとうに立派な指揮者だ。

2002年2月22日 金曜日■スギ花粉の飛散量が多スギ(ダジャレのつもり)。最近飲んでいる薬があまり効かなくて、かかりつけの医者でかえてもらった。眼のかゆみもひどい。妻も同様。いい夫婦(1・1・2・2?)そろって散々(3・3?)な1日であった。

2002年2月21日 木曜日■日が経つのがほんとうに速い。学年末試験は3月1日から、と思っていたら、それはもう8日先のことだった。なんだ、もう2月もあっという間に終わりではないか。◆“Where is the ocean deepest?”という英語のなぞなぞ。・・・・・・・・・・・・・・・答えは“On the bottom.” 笑ってしまった。

2002年2月20日 水曜日■和歌山県の教育委員会が生徒の学校への携帯電話を持ち込み禁止にする方針を決めたという。携帯電話を所持する生徒が84%おり、出会い系サイトによるトラブルに巻き込まれたり、授業中に使用する生徒がいることなどなどから、今回の決定に踏み切ったというのだが、どこかおかしくはないか。何でも禁止すれば解決するというのはどうなのだろうか。◆昔、高校生のオートバイ免許取得に関して、神奈川では「4プラス1ない運動」というようなものがあった。運転免許取得やバイク乗車を禁止して、バイク事故を阻止しようというものであったが、それは実際には効果が薄いということで、今では運転免許を取った生徒に積極的に安全運転技術教育をするという方針で指導している。◆携帯電話も同じではないか。持っているものは持っているものとして、いかに上手に、マナーを守って利用するかを教えていくのが学校ではないのだろうか。◆また、学校によっては、パソコンのインターネットから簡単にはアダルトサイトにつながらないように対策を立てているところがあるが、このような、つながりさえしなければよいという考え方にも疑問を感じる。

2002年2月19日 火曜日■高校では昨日の学力検査の採点業務。採点のあと点検を繰り返し、事故がないようにしなければならない。神経を使う作業で、ほんとうに疲れた。◆NHKテレビでは山田太一の「君を見上げて」が放送される。時間がないので、録画しておく。

2002年2月18日 月曜日■高校では学力検査が行われる。受検生は皆緊張気味の表情で、真剣に問題に取り組んでいた。自分のときには受検料は岩倉具視の500円札1枚だったのを思い出す。今は2200円くらいだと思う。試験が終わったときの彼らの解放感に満ち溢れた表情。「やっとおわった〜!」という声が教室のあちこちから聞こえた。相当な重荷になっていたにちがいない。合格発表は3月1日。それまでがまた長く落ち着かぬ日々であろう。◆当サイトのアクセス・カウンタがついに10000番を突破した。なかなか更新が進まないページもあるし、デザインの変更をしたいのだが、とにかく必要な情報だけはしっかり送れるように頑張らなければならない。10000番といういわゆるキリ番をゲットしたのはほかでもないこの自分だった(笑)。◆マイスキーの来日公演に関してマネージャーのHさんに電話。近々新たな情報を皆様に提供できることと思う。◆佐野成宏さんの37歳の誕生日。まだ昨日の余韻に浸っている。

2002年2月17日 日曜日■茅ヶ崎で佐野成宏リサイタルがある。すばらしかった!感動。演奏会では個人的に嬉しい出来事もあって涙をこぼす。アンコールに「カルーソー」をありがとう!コンサート会場ではたくさんの知人、恩師に会えた。

2002年2月16日 土曜日■明後日はいよいよ学力検査(高校入試)。学校ではその会場準備をする。受検生(検査を受けるという意味で、この表記を使う)も大変だろうが、こちらもいろいろと神経を使う。ミスは許されないから、何度も確認に確認を重ねる。◆佐野成宏リサイタルの会報準備。実はまだ終わっていない。日付が変わっても数時間かかりそうだ。コーヒーを思いきり濃くして飲む。

2002年2月15日 金曜日■1年がほんとうに速い。充実しているからなのか。いや、必ずしもそうでもない。したいと思うことがどうも先送りだ。もちろん、その場その場でしなければならないことがたくさんあり、それをこなすのに必死なのではあるが、「こんなことしていると、おまえ、一生があっという間におわってしまうぞ」と警告するもう一人の自分がいる。「時間がほしい」、いつも思う。やりたいことを存分にする時間。やらなければならないことから解放されて何もしない時間。それぞれ欲しい。いやいや、そういうふうに考えるのは甘いな、きっと...。

2002年2月14日 木曜日■佐野成宏リサイタルの準備。当日会場でお客様に配る会報を作り始める。曲目解説を書いていると、新たな知識が身につくのがうれしい。心の中ではもう佐野さんがステージに現れ、歌い始めている。◆夜、テレビ番組「アンビリバボー」を何気なくつけているうちに「太平洋漂流37日間 何が命を救ったのか?」に釘付けになる。

2002年2月13日 水曜日■昨年12月にヴェールを脱いだという"Segway HT"に興味がわく。Dean Kamen氏によって発明されたこの乗り物は、ブレーキ、エンジン、スロットル、ギアのない直立不動で乗れる不思議な電動二輪スクーターである。ちょっと練習すればすぐに乗れるようになるそうで、前進・後進・左折・右折、自在に出来るようになるというし、バランスをとるのが簡単とか。さらに驚くべきは、雪や氷の上でも走行できるということである。はじめは2000〜3000ドルで売られるようだが、そのうちもっと求めやすい値段になるにちがいない。なお、ウェブサイトによっては写真が掲載されている。ぜひ一度トライしてみたいと思う。

2002年2月12日 火曜日■また毎年恒例の嫌な時期になってきた。2月上旬から5月の連休明けまでの、スギ花粉症との闘いの季節である。毎朝天気予報でやっている「スギ花粉情報」など、実は要らない。朝、目が覚めた瞬間にその日の飛散状況が身体で感じ取れるからである。眼のかゆみ、鼻の具合。たいしたものだと、自分の身体の敏感さ(?)に感心する。幸い、かかりつけの医者で自分に合った薬がもらえるので、何とかしのぐことができるが、それでも眼薬は携帯していないとつらいことが多々ある。花粉症とはかれこれ20年の付き合いになる。できればお別れしたい友達だが、痛風とともにおそらくは一生付き合っていかなければならない相手なのであろう。

2002年2月11日 月曜日■小澤征爾指揮ウィーン・フィルのニュー・イヤー・コンサートのビデオテープを見ていて、いつもながら感心することがある。それは、映像の総監督ともいうべきブライアン・ラージによる見事な映像である。昔からすばらしい音楽番組、LDなどを見るとたいていこの人の名を目のあたりにすることになる。「常動曲」ではユーロ貨幣の製造場面が出ていたが、音楽のリズムとこうも見事に合うとは驚きである。「エリーゼ・ポルカ」でも馬の歩調と音楽が違和感なくとけあっている。◆17日の演奏会に向け、会報と曲目解説の準備をしなければならない。すばらしいリサイタルになるであろう。とても楽しみである。

2002年2月10日 日曜日■連休の中日。外は灰色の空模様。空気も冷えきっている。チャットルームを開設する。まずまずのスタートを切ることができた。◆1週間後に佐野成宏テノール・リサイタル。会報の準備をしなければならない。また忙しい週になりそうだ。

2002年2月9日 土曜日■掲示板にたくさんの方が書き込んでくださるのは、ほんとうにうれしいことだ。ほとんどの方のお顔は拝見したことがないのだが、その文面から、皆さんとても誠実で、人間味あふれる方々なのだろうと想像している。◆息子と横浜のそごう美術館で山下清の作品展を見る。貼絵である「長岡の花火」、「日本平よりの富士」は親子ともに気に入った作品。記念に絵はがきを買う。3連休となっている方が多いせいか、最終日が明後日に迫っているせいか、会場はかなり混雑していた。その後、久々に中華街へ出かける。熱い豚まんを頬張る。肉汁がまわりにじわりとしみこんでいて旨い。

2002年2月8日 金曜日■勤務する学校でマラソン大会があった。女子が5.4キロ、男子が8キロ走る。高校時代走るのが大嫌いなぼくにとっては、この行事は最悪で雨が降ること、あるいはどうやってこの行事をサボろうかということばかり考えていたのを思い出す。「一人ひとり苦しい表情ながらも、ゴール後の生徒の顔には満足感が見られた」という講評もあったが、当時のぼくには満足感などこれっぽっちもなかった。なぜこんな死ぬ思いをしなきゃならないのか、そんな苦い思い出しか残っていない。
2002年2月7日 木曜日■ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート(「おしゃべりな可愛いお口」)の中で、楽員が使っていたパーカッションの1つが「ラチェット」。友人に教えてもらい、早速夕方藤沢の楽器店で買って帰る。値段はピンキリだったが、響祐におもちゃ代わりに遊ばせてみるのが目的だったので、一番安いのでよしとした。780円也。1380円でギロ(マラカスを兼ねている?)もあったので、これもついでに購入。わが家では相変わらず小澤征爾/ウィーン・フィルのCD、ビデオが何度もかかっているので、夜、そのラチェットとギロを鳴らしながら息子と一緒に演奏を楽しむ。パーカッションで遊ぶのもなかなかよいものだ。もっとも、子供以上に親が楽しんでいたかも。 ラチェット(左)と、マラカスを兼ねているギロ(右)
PHOTO:(C)2002 小島昭彦
2002年2月6日 水曜日■このところ喉の調子が今ひとつだ。教室の環境はけっしてよくない。ストーブをつけるのはよいが、どうしても換気が不十分になる。空気の乾燥がひどい。授業をして声を出しているうちに喉はさらに痛くなる。自宅に戻ってもおさまらず、我慢できずについに新しく加湿器を購入した。早速つけたが喉のコンディションが全然違う。こんなにも喉が楽になるとは!昨日会った佐野成宏さんにインタビューしたとき、喉のコンディションを保つために紅茶でうがいをしていると伺ったのを思い出した。トコディはステージ袖では蜂蜜を喉に流しているという。カレーラスが教えてくれたそうだ。夏の多湿というのも困ったものだが、この時期の異常なまでの空気乾燥にも参ってしまう。

2002年2月5日 火曜日■夜、紀尾井ホールで佐野成宏テノール・リサイタルを聴く。17日の茅ヶ崎公演を控え、楽しみにして聴かせてもらった。得意のイタリアものがずらりと並び、トスティの「最後の歌」、「君なんかもう」、「マレキアーレ」などは絶品。ナポリ民謡も聴きごたえ十分。心のこもった熱くドラマティックな歌唱は相変わらず。イタリアの太陽を思わせる歌をたっぷり堪能させてくれた。◆アンコールの「カルーソー」は本当に嬉しいプレゼントで感激。泣けた!そのほか、トスティの「かわいい唇」、ポンセの「エストレリータ」、「オ・ソレ・ミオ」がアンコールで歌われた。佐藤正浩のピアノは初めて聴く。全開のピアノだが、見事なコントロールで、歌い手の魅力をひきたてていた。

2002年2月4日 月曜日■昼頃からどうも体調がすぐれない。風邪をひいただろうか。食欲はある。空気の乾燥がよくないようだ。喉が荒れている。適度な湿気がほしい。

2002年2月3日 日曜日■早朝5時からパソコンの前に座っている。今午後6時ちょっと前だが、もう9時間は何かしらパソコンでやっていることになる。これはいけない。◆息子が何度もニューイヤー・コンサートのCDをかける。やはりすばらしい。国内盤を買ったが、通の間では輸入盤の方がずっと音がよいと言われているようだ。そんなに違うものだろうか。どうしようか...。ところで、「おしゃべりな可愛いお口」は1989年にカルロス・クライバー指揮のニューイヤー・コンサートで演奏されていることがわかり、CD【CBSソニー 42DC5211〜2】とLD【ポリドール W48Z 24034】を取り出してきてかけてみる。カルロス・クライバー!素晴らしい天才だ。唸ってしまう。優雅でまさに芸術的な指揮に惚れ惚れしてしまった。

2002年2月2日 土曜日■勤めている高校で3月に合唱祭がある。1・2年生のみなのだが、先日各クラスで曲目がきまり、今日あたりから各クラスで本格的に練習がスタートした。いやあ、高校生でこんなにみんなが夢中になって歌えるなんてすごいなあ。すごいというよりは、うれしいという気持ちかもしれない。3月中旬の茅ヶ崎市民文化会館でのステージまで1ヶ月半。早朝練習するクラスもあって、その気合いの入れように圧倒される。◆新しくファンクラブに入会される方がこのところ増えてきている。とてもうれしい。最初はあっという間に100人、200人と増えていくものかと思っていたのだが意外とそうでもない。その中で、入ってくださる方は心からマイスキーの音楽を愛する熱心な方ばかりである。こういうサークルなしではありえなかったにちがいない多くの方々との出会いに、感謝せずにはいられない。

2002年2月1日 金曜日■NHKのMさんから、「未来への教室」(NHK教育テレビ)の再放送が決まったといううれしいメールをいただく。詳しくは最新ニュースのページに掲載。◆久しぶりにイロナ・トコディ(ソプラノ)のCDをかける。トコディは元気だろうか。ハンガリー国立歌劇場日本公演で「蝶々夫人」を歌ったとき以来ご無沙汰しているが...。数年前にブダペストを訪れたとき、「ああ、ここで活躍しているのか」とブダの王宮からペストの街並みを見ながら思ったことを思い出した。当時は入国するのにもずいぶん高いお金を払ってビザを手に入れた覚えがある。「うん?これがドナウ川...」とヨハン・シュトラウスのワルツとのギャップ...。でも、いろいろな意味で日本にもっとも近い西洋の国ということでの親近感があって、いつかまた訪れたいと思っているハンガリーである。◆トコディのイタリア・ロマンティック名曲集【オクタヴィア・レコード OVCL-00008】。選曲面ではトコディに向き不向きを感じながらも、惹かれる歌は数多く、中でもトスティの5曲が抒情たっぷりと美しく歌い上げている。見事!ピアノは斎藤雅広さん。最高の共演者!◆ぼくは以前から、日本のピアニストはもっと伴奏(この言葉は誤解されやすいが)の勉強をしなければいけないと思っている。そう、伴奏という位置づけについて考え直すためにも「歌手との共演ピアニスト(ピアノ伴奏)」専門のコンクールを設けたらどうだろうか。世界にはムーア、パーソンズ、ボールドウィン、ゲージ、ヘル、ドイチュ、ドレイク...といったお手本が数多くいるのに、日本ですぐ名前が出る人というと斎藤雅広しかいない。◆最近、日本の一流歌手と呼ばれる人でも、なぜこんな程度の共演ピアニストを選んでいるのかと疑問に思うことがしばしばある。それだけ日本には名手がいないということか。高度なテクニック、音楽にとどまらず文学、歴史、美術など幅広い分野にわたって、豊かな感性が要求される伴奏芸術は、今こそ見直され、再評価されるべきだと感じている。

2002年1月31日 木曜日■1月も今日で終わる。あっという間に今年も1か月が過ぎた。このひと月で自分は何が進歩したのだろうか。何も成長していないのではないだろうか。あるいは、目標としていることへどれだけ進んだのだろうか。何もできていないのではないだろうか。そのような感想を抱き、この調子で一生を終えていくことへの不安を覚える。たしかに毎日が楽しいし、何だかんだの忙しさで充実していることも確かではあるが、自分の勉強が何もできていないことへの焦りがある。今一番欲しいもの、それはやっぱり、何と言っても、「時間」である。

2002年1月30日 水曜日■わが子を寝かしつけるのが午後8時から9時の間で、下手すると自分の方が先に寝ている毎日である。朝は午前2時から3時の間に起きる。◆響祐の好みで毎晩ウィーン・フィルのニューイヤーのCDをかけているが、これほど同じCDを続けて聴いたのは久しぶりのような気がする。◆昨日学校では実力テストがあり、採点に追われた。

2002年1月29日 火曜日■某サイトでチャットのコーナーなのに、好き勝手な一人芝居をして(独り言を書きこんで)喜ばれているコーナーがある。書いている内容は実にくだらないのだが、周囲におだてられるとついついまた訪れてしまう。時間帯は午前3時過ぎから5時くらいの間で取れる1時間。しかし、よくよく考えてみると、やはり一番楽しんでいるのはこの自分自身なのかもしれない。チャットで演じるまったく別の自分。あんなに性格は悪くないぞと思いながらも、好き勝手に毒舌を言い放っているのは日頃のストレスのせいか?いや、仕事は楽しんでいる。では、家庭?いやいや、こちらも幸せに過ごしている(と思っているのじゃが...ほっほっほっ)。

2002年1月28日 月曜日■自分では特別な潔癖性ではないと思っているのだが、電車の中に平気で座る若者はいったいどういう感覚なのだろうかと常々思う。実は、ぼくは、電車の中でなくとも、駅のホームでもデパートでも、とにかく床や地面に相当する場所に荷物を置くのが嫌いである。置いた鞄をそのまま家の中に持ち込む、座って汚れた服のまま家に帰って平気で上がる。それは自分の衛生観念が許さないのである。ちょっと神経質すぎるのかなあ。◆新宿のタワーレコードでCDを3枚買う。小澤征爾指揮ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート2002のライヴ、ガーディナー指揮ウィーン・フィルのエルガー作品集などである。小澤征爾のニューイヤーは息子も大好きだが、それにつられて何度も録ったビデオを見てきたが、CDも期待に違わず素晴らしかった。ぼくが好きなのは「水彩画」(ヨーゼフ.シュトラウス)、「悪魔の踊り」(ヘルメスベルガー)。今日買うときになって知ったのだが、国内盤と輸入盤とではボーナストラックに収められている曲が違う。何という不親切さ!ほんとうに好きなら両方買えということか。それだけがどうしても納得がいかなかった。ぼくは今回は国内盤を買ったけど。ほかに惹かれたのは、ムーティ指揮スカラ座によるヴェルディの「トロヴァトーレ」、シャイーのマーラー(交響曲第2番「復活」)。

2002年1月27日 日曜日■今日は久しぶりに割とのんびり過ごせたような気がする。その分持ち帰った仕事が何もできていないので、週明けには苦しむことになりそうだが...。考えてみれば仕事を持ち帰るというのは多くのサラリーマンがしていることだろうが、わが子が小さいうちは子どもの相手もあり、なかなか思うようにはできないのが実状である。今日は朝から晩まで昼寝の時間以外はかなり相手をして遊んだ(と思う)。一生に一度しかない子の成長の瞬間瞬間に接することができる喜びもあり、不思議な気持ちになるものだ。それでも、今こうしてベタベタしてくる息子が親に反抗しながら、やがて親離れしていくのかと考えると、それもまた複雑な思いである。◆息子に音楽を学ばせてみたいと思う。ヴァイオリンのケースを妻の部屋から引っ張り出してきて、ウィーン・フィルの演奏に合わせたがる様子を見ていると、自分が幼い頃ヴァイオリンをまねごとでもやりたがっていたことを思い出す。自分は飽きっぽい性格だったので、実際にやれたとしても長続きしなかっただろうが、息子がやりたいというのならどこかで学ばせてみたい。将来演奏家として食べていけることは無理としても、音楽芸術のすばらしさを、聴くだけではなく様々な体験を通じて学ぶことができれば、きっと感性豊かな人間に育つだろう。そんな思いがある。『音楽の友』2月号の「おけいこはいま」〜「アーティストのおけいこ時代」ではヴァイオリニストの樫本大進さんらの子供時代の話が出ていて興味深く読んだ。彼のお母さん曰く「まったくの落ちこぼれ」であったと。まあ、親の夢は夢に終わるであろうが読んでいて、ふと、「響祐はどうだろう?」などと、ちょっとした想像を楽しんだりしているところである。

2002年1月26日 土曜日■今日は寒い。特に夕方から夜にかけては雪になってもおかしくないほど。都内ではみぞれも降る。夜、池袋のサンシャイン劇場でフジテレビ・アナウンサーによる朗読の会「ラヴ・シーンVol.6」に出かける。休憩なしで2時間55分。さすがに聴き手もお腹いっぱいになった。友人である軽部真一は『オペラ座の怪人』を読む。個人的には阿部千代さん、野間脩平さん、それにゲストの近藤サトさんらの朗読がよかった(軽部もよかったよ!)。藤村さおりさんが遠藤周作の『深い河』を選んだのも嬉しかった。ピアニストのYさんやヴァイオリニストのTさんらも来ていて挨拶する。

2002年1月25日 金曜日■職場の新年会だったが響祐の調子が今ひとつなので失礼して帰宅する。◆このところ某サイトのチャットで遊ぶ困った癖がついてしまって、睡眠不足になりがちだ(笑)。あの場では皆、自分とは別の姿、別の人格、別の表情で自分を演技し、表現したりすることができる。そこがおもしろくもあり、こわいところでもあるのだろう。自分の内面に潜むもう一人の自分...。それは本来もっている自分の真の姿かもしれない。

2002年1月24日 木曜日■2歳半の息子、響祐は今のところ卵白アレルギーで、基本的には卵の入った食品は避けるようにしている。本人も何か食べる前には「これ、卵入っている?」と尋ね、入っていると答えれば、それは食べない。ふだんケーキも食べることができないので、クリスマスの時だけは卵を使わないケーキを作ってくれるお店に注文をした。アイスクリームも気をつけて選ぶ。卵黄だけならたいていは大丈夫だが、先日買ってきた「雪見だいふく」は、実は卵が使われていることを見落としていて大変だった。原材料名のところに「卵」の文字がなかったので油断していたのがいけないのだが、よく見ると、別のところに小さく四角く囲んで「卵使用」という表示があったのである。原材料名のところに卵の文字があれば注意したのだが、それがなかったために、迂闊にも息子に食べさせてしまった。まあ、わが家の場合は生命に関わるほどのことではないのだが、子どもによっては危険なこともあると聞く。メーカーは常に消費者の立場に立ってほしいものである。◆今朝のトップニュース、雪印食品の牛肉偽装事件にも強い憤りをおぼえる。いったいどういうことなのだろう。結局、消費者がバカにされているということではないか。◆今日は授業が多く、放課後には会議も入ったので、休む暇もなく慌ただしく過ぎた。夕方、前任校での教え子2人が学校を訪ねてきてくれた。1人は卒業するのにとても苦労した生徒だったが、今こうして、遠いところをわざわざ訪ねてくれるとほんとうにうれしい思いがした。

2002年1月23日 水曜日■生活クラブの冊子『生活と自治』(2002年1月号)に大好きな山田太一の話がある。「『ああ、この人は人間をよく知っているな』という人間になりたいと思いますね」というものだが、いろいろ考えさせられる文章。先日読んだ、遠藤周作の『夫婦の一日』も同様。2人とも、人間のもつ二面性とでもいうべきところに光を当てて書いているところが好きだ。◆フォーレ作曲の「ドリー」のCDを探している教え子がいて、授業のあと数枚紹介する。夜、思い出して、小澤征爾指揮ボストン交響楽団による演奏を聴く。「ドリー」もすてきな作品だが、劇音楽「ペレアスとメリザンド」Op.80も美しい。聴いていて心が洗われるような演奏。「前奏曲」から「メリザンドの死」まで20分あまり、フォーレの洗練された美しい抒情の世界を堪能した【F00G 27074】。

2002年1月22日 火曜日■妻が午前中用事があったので、息子の看病を兼ねて家に。夕方帰宅後も息子の相手に追われる。夕食も途中で寝かしつけるうち、こちらも寝てしまう。空気がかなり乾燥している。喉が落ち着かない。

2002年1月21日 月曜日■午後代休で帰宅。ひどい雨で通院も来週に延期。響祐(息子)の具合が悪く、夕方医者へ連れて行く。仕事が山積み状態だが、某サイトのチャットで遊んでしまう。

2002年1月20日 日曜日■妻が斎藤雅広さんの譜めくりの手伝いで武蔵野のホールへ行くので、響祐を連れて羽田空港へ。思ったほど見学者もおらず、のんびりした日曜日の雰囲気。午後3時半過ぎにホール着。妻、斎藤さんらと合流。ファミリー・レストランで食事をして帰る。息子と2人きりで6時間も外を歩いたのは初めてであった。2歳6か月。だいぶ手がかからなくなってきて、父親として楽しく過ごせた休日であった。

2002年1月19日 土曜日■昨夜は10時前に軽く夕食を取って薬を飲んだあと再びぐっすり眠った。訳のわからない細かな夢が疲れをもたらしたが、薬が効いたらしく、5時に目が覚めたときにはすっきり元の状態に戻っていた。今日は学校で進路指導関係の大切な行事があったので、速い回復がうれしかった。◆アメリカ、ゲーリー・カーの関連商品を扱っている店からの荷物が届く。紺のTシャツ。胸には"Bass is Beautiful"の文字。一方、背中には"A bad day of playing bass is still better than a good day of playing cello"とある。マイスキーやチェロの好きな方の前では着ることができないなあ、これは(笑)!

2002年1月18日 金曜日■電車やバスの乗客のヘッドセット(ヘッドフォン)から、音楽が漏れて聞こえてくることがよくあるのだが、これは耳障りで甚だ迷惑である。電車に乗るたびに、無神経な人を見ると何とかならないのかと思う。もっとも気が小さくて、そういう人に声をかけて注意することまではできない。う〜ん...。◆昼過ぎから体調が悪くなり、発熱。医者に行き、夕方帰った後すぐに布団に入る。寒気もする。肩が凝って体が重い。

2002年1月17日 木曜日■夜、オペラシティのコンサートホールへ出かける。ヨハネス・ヴィルトナーヴァイオリン&指揮、ウィーン交響楽団ヨハン・シュトラウス アンサンブルのニューイヤー・コンサート。彼らの演奏会は何度も茅ヶ崎でやっているので、まずは不思議な懐かしさをおぼえる。ヴィルトナーは疲れを見せず元気にお辞儀。人なつっこい笑顔、日本語と英語が混じった楽しいトークが入り、相変わらずサービス精神旺盛である。演奏に「手抜き」がないのが好きだ。「明けまして、おめでとうございました」は毎回恒例のご挨拶となっている。◆今夕は、メラニー・ホリデイ(ソプラノ)とデーネシュ・グヤーシュ(テノール)が歌う。メラニーは絶好調。このホールがメラニーにはやや大きく、どうなのかとはじめは心配だったが、無理のない歌い方で、高い音程も美しく響かせ、聴き手を魅了した。後半の鮮やかな朱色のドレスはとてもチャーミング。特に「唇は熱いキスを」(『ジュディッタ』より)が圧巻。それにしても彼女は実に「華」がある。一方、オケも軽やかで上品、粋なアンサンブルがすばらしかった。◆終演後、メラニーとヴィルトナーに会いに楽屋を訪れ、話をする。ヴィルトナーにはラデツキー行進曲の演奏中に切れたヴァイオリンの弦をもらって帰る。わが家では「魔除け」にしているのだ。ヴェンゲーロフの弦についで2本目となった。

2002年1月16日 水曜日■昨日久々に1人でファミリーレストランを訪れたが、そこは小学校時代の同級生が住んでいたところだった。小学生のときにはよく遊びに行っていたので、そのレストランで食事をするたびに昔を思い出す。座る席が、友人の部屋(のあったところ)だったり、トイレ(のあったところ)だったり、毎回違うのだがとても懐かしい。◆今日も慌ただしく過ぎた。学校では放課後、英語の講習。熱心な8名が頑張っている。張り合いがあって実に楽しい。今日のテーマはIT。形式主語、形式目的語のitを中心に進める。

2002年1月15日 火曜日■今日はマーティン・ルーサー・キング・ジュニア、即ちキング牧師の誕生日だ。授業で、スティーヴィー・ワンダーの"Happy Birthday"のCDを生徒に聴かせる。曲を知っている生徒の数は意外と多かったが、キング牧師の誕生日を祝って捧げられた曲だということを知っている者はほとんどいなかった。それ以前に、今の高校生はキング牧師のことをほとんど知らない。時代は変わった...。◆夕方、かかりつけの内科でインフルエンザの予防接種の2回目。今年ははやるのだろうか。◆昨夜に続き、妻と子が義姉のところに泊まるというので、今日も留守番。ただ、今朝寝たのが4時だったので、睡眠不足気味。早めに休みたい。

2002年1月14日 月曜日■エマーソン弦楽四重奏団のユージン・ドラッカーが録音したバッハのソロ・アルバム(2枚組)を聴く【Parnassus PACD 96009/10】。清澄、崇高。好きなタイプの演奏だ。2時間半ですべて聴けるはずなのだが、残念ながらじっくり耳を傾ける余裕がない。半分だけ聴いて、再び仕事に取りかかる。

2002年1月13日 日曜日■エマーソン弦楽四重奏団のユージン・ドラッカーからメールをもらう。カルテットの来日がしばらく先になりそうで残念。こちらからニューヨークなりヨーロッパなりに行って聴きたいほど、今エマーソン・カルテットは脂がのっている。◆10時過ぎからNHKテレビでウィーン・フィルのニューイヤーコンサートの再放送。小澤征爾指揮ウィーン・フィルの生き生きとした音楽は実に見事。19日に発売になるCDをぜひ買いたいと思う。

2002年1月12日 土曜日■MMFC会員のKさんの誕生日。最年長会員の方だが、本当にお元気で、見習うべきパワーの持ち主。パソコンを駆使し、CD−ROMに写真を記録したり、わが家のメル友にもなっていただいている、やさしくすてきなおばあちゃんである。お誕生日、おめでとうございます。◆午後、川崎市内でNHKのMさんと会う。「未来への教室」に関するインタビューをさせていただく。2時間近くにわたって、番組制作に関するいろいろなお話を伺え、とても楽しいひとときだった。写真もたくさん見せていただく。会員の方へは、その内容を"SARABANDE"で紹介する予定。

2002年1月11日 金曜日■学校が始まって最初の週が慌ただしく終わった。やらなければならないことが次々に襲いかかってくるような1週間だった。生徒も正月気分から少しずつ抜けだし、気持ちを切り換えて学習に取り組み始めている。◆明日はNHKのMさんに「未来への教室」についてお話を伺えることになっている。とても楽しみだ。

2002年1月10日 木曜日■ミッシャ・マイスキーの54歳の誕生日&ミッシャ・マイスキー ファンクラブ創立4周年。夜、ベルギーのマイスキーへ電話をする。とても元気そうでよかった。ファンクラブの皆様にもよろしくというメッセージあり。6月の公演が楽しみである。◆近頃思うことなのだが、検索エンジン経由で「ミッシャ・マイスキー ファンクラブ」のサイトを訪れてくださった方は、どういうキーワードを入力してここに辿り着くのだろうか。思いつくままに挙げてみた。ミッシャ・マイスキー、マイスキー、チェロ、チェリスト、チェロ奏者、ソロ、クラシック音楽、クラシック、ファンクラブ、アルゲリッチ、バッハ、無伴奏チェロ組曲...。(私の知り合いは)小島昭彦(??)。最近では、未来への教室...。ふと思った、「ミーシャ・マイスキー」はどうか。気になっていくつかの検索エンジンで試す。すると、ここのサイトがほとんど出てこず見逃されがちなのだ。ただ「マイスキー」と入れてくださればそんなことはないのだが、フルネーム、しかもNHKの表記「ミーシャ・マイスキー」で入れると、このマイスキーのサイトには来られずに終わってしまうかもしれないのである。NHKの「未来への教室」には公式サイトがある。残念ながらNHKという性格上、相互リンクはしてもらえない。番組を見て、マイスキーについてもっと知りたいというときに、ミッシャかミーシャかで結果が違ってくるではちょっとまずいと思っている。今、検索エンジンへの登録変更等で少しずつ改善を図ろうとしているところである。何かよいお知恵があったらぜひおきかせください。

2002年1月9日 水曜日■早朝、ピリスの弾くシューマンのソロ・アルバムを聴く。ポリーニやアルゲリッチの演奏も好きだが、ピリスのシューマンもとても心地よい。ピリスの演奏にはいつも優しさを感じる。聴いていて気持ちが穏やかになり、心が満たされる。「森の情景」、「アラベスク」、「3つのロマンス」、「ウィーンの謝肉祭の道化」【DG 437 538-2】。◆学校が始まり、地獄のような(大袈裟過ぎかな?)忙しさ。昼食をゆっくり取る余裕もなく、朝から6時近くまで息抜きをするひとときがなかった。今日は生徒も久々の6時間授業で疲れた様子だ。放課後、1年生の英語講習を行う。やる気のある生徒が積極的に取り組む。今日はその第1回。熱心な姿勢に感心する。

2002年1月8日 火曜日■学校では始業式。3学期が始まった。やらなければならないことが山積している。昨日遊びに来てくれた生徒が職員室に顔を見せてくれる。歓談。まさに束の間の休息。1つ仕事が片付くと新たに1つ仕事ができる感じ。忙しい。しばらくは苦しい日々になりそうだ。

2002年1月7日 月曜日■午後教え子が遊びに来てくれる。お姉さん2人、響祐の遊び相手になってくれた。明日から3学期。今年になってもう1週間が過ぎたとは!何て速いのか。

2002年1月6日 日曜日■茅ヶ崎市民文化会館でハンガリー国立ブダペスト・オペレッタ劇場のガラ・コンサート。テノールのニャーリ・ゾルターンが体調不良で、急遽パンコタイ・ペーテルに代わったため、間際の曲目変更で、主催者としては対応に苦労したが、全体的には会場がよく盛り上がり、楽しいコンサートとなった。横浜公演に較べても歌手の演技や仕草に工夫が加わり、ずいぶんウケがよかったように思える。大いに楽める内容だったが、第1部が55分、第2部が70分と、かなりお腹いっぱい。腹八分目でとどまるくらいの方が、また聴きたいと思える気がするのだが...。前菜からデザートまでかなりの量のディナーを平らげたという感じだ。それにしてもこの劇場の歌手は本当に役者揃いだ。歌も踊りも芝居もこなす。オペレッタ劇場というところは、どれもこなせる力量を求められる。さらにエンターテイメント性も重要で、このカンパニーのもつ実力は相当なものといえる。もっとも、カロチャイ・ジュジャのように大学で声楽を学んだ名歌手に較べると、演劇出の歌手の発声には無理があったり、今ひとつ深みに欠ける面があったことも否定できない。それでも最初から最後まで物凄いエネルギーで客を惹きつけておくパワーには脱帽である。とりわけオズヴァルド・マリカのサービス精神はいつもながらお見事。 オズヴァルド・マリカ(左)とペッレル・カーロイ(右)
PHOTO:(C)2002 小島昭彦

2002年1月5日 土曜日
■39歳になった。39という年齢に対する特別な思いはない。来年は多少違うのだろうか。「よい歳の重ね方」をしていきたいと思っている。◆家庭がある、妻子がいる、という責任の重さを感じながら、この1年間頑張ってくることができた気はする。一方、自分のしたいこと、あるいはしなければならないことが一歩も前進していないことへの焦燥もないわけではない。◆クラシック音楽が好きになったころ、同じ誕生日にミケランジェリ、ブレンデル、ポリーニがいるのを知ってやけに嬉しくなったのを思い出す。その「縁」のお陰でポリーニは昔からよく聴き、聴くレパートリーが拡がった。◆5日になってすぐの頃、リヒャルト・シュトラウスの「ばらの騎士」組曲ほかを収めた、プレヴィン指揮ウィーン・フィルのCDを聴く【DG 437 790-2】。ワルツはやはりウィーン・フィルならではの特別な演奏という感じがする。◆明日の演奏会に備えて、「楽友協会だ!より」(会報)の準備が続く。

2002年1月4日 金曜日■まだ年賀状を書いている。年々枚数が増えていく。人との交流が増えているわけだから、喜ぶべきことかもしれないが。◆6日に茅ヶ崎でブダペスト・オペレッタ劇場のガラ・コンサートがあるので、そのときの会報の準備も始める。◆夜、リチャード・ストルツマン(クラリネット)のCD、"WORLDBEAT BACH"【BMG 09026-63554-2】を聴く。バッハの作品をサンバ、タンゴ、ボザノヴァなどにアレンジしたもの。ストルツマンならではの粋な演奏が楽しめた。

2002年1月3日 木曜日■マイスキーへ会員名簿とメッセージのついたカードを送る。◆ギュンター・ヴァント指揮ベルリン・フィルのシューベルトの交響曲第9番「ザ・グレイト」のCDを聴く【BMG BVCC-37225】。ベルリン・フィルのアンサンブルが落ち着き、輝いている。当時83歳のヴァントだが、音楽はけっして停滞したりよどんだりすることなく、円熟味を帯びている一方で、若ささえ感じられる演奏である。◆夕方、K君が遊びに来てくれた。こちらに急用が入り、ゆっくり話ができず残念。

2002年1月2日 水曜日■妻と横浜のみなとみらいホールへブダペスト・オペレッタ劇場のガラ・コンサートを聴きに出かける。サービス精神旺盛で、途中飽きることなく楽しめた。ホールがやや大きいため、オケと声のバランスが悪く感じられたのが気になったが、オスヴァルド・マリカの愛嬌ある踊り・楽しい歌、カロチャイ・ジュジャのききてを惹きつける歌唱力、フィッシュル・モーニカの「春の声」での美しい歌声、さらに男声ではチェレ・ラースローの歌唱、ベンコーツィ・ゾルターンの演技力、ほか見事なジプシー音楽を堪能させてくれたサンタ・アンサンブル、バレエ団など、とにかく聴衆を大いに楽しませることができる内容の2時間半だった。衣裳も美しく、視覚的効果も十分発揮されていた。終演後舞台裏で6日の茅ヶ崎公演での打ち合わせを行って帰る。◆夜、シューベルトの弦楽五重奏曲ハ長調を聴く。エマーソン弦楽四重奏団とロストロポーヴィチの共演によるCD【POCG 1573】。見事なバランスのとれた名演。静かなひとときにうってつけの作品だ。

2002年1月1日 火曜日■除夜の鐘を聞かなかったのは久しぶりだ。ひょっとしたら小学校の頃以来かもしれない。気付いたら、午前3時を回っていた。紅白歌合戦を見逃したのは、ぼくにとってそれほど手痛いことではないが、せめて年が変わるときには起きていたかったという思いだ。小学校の時の自分なら相当後悔したはずである。◆さらにベルリン・フィルのジルヴェスターコンサートも見(聴き)逃した。アバドが指揮していたならこれまた大きなショックをおぼえていたと思うが、たしか今回はバレンボイムのはずだ。バレンボイムは個人的にはあまり好みではない。ベルリン・フィルのポストを離れるアバドの棒で何かものすごい演奏に接してみたかったが、それが叶わなかったから、どうでもよい気にさえなっていたのかもしれない。◆マイスキーへのカードを作る。会員名簿とともに一緒に送っているものである。年賀状兼バースデイカードのようなものだ。明日投函すれば10日にはベルギーに着くだろう。◆夕方、市内の神社に行く。おみくじは「吉」。◆夜、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートを見る。響祐を寝かしつけるために最初から最後まで通して見たわけではないのだけれども、ウィーン・フィルのメンバーが、独特の緊張感を伴いながら、真剣に演奏しているのが感じられた。それはまさにウィーン・フィルがこれからの小澤征爾との関係を大切にしていることの証のように思えた。昨年のアーノンクールの指揮も興味深いものではあったが、小澤征爾による今回のものは、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートの中でもワン・オヴ・ザ・ベストではないだろうか。