管理人の音楽日記帳
(2004年12月1日〜12月31日)


ミッシャ・マイスキー ファンクラブのサイトの管理人(小島昭彦)による音楽日記帳です。音楽の話題に限らず、日々思っていることも織り交ぜながら記していきたいと思っています。ご質問、ご意見、ご感想等をお寄せください。メールはこちらへどうぞ。


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2004年12月31日 金曜日■朝3時ちょっと前に目が覚め、パッキング。6時過ぎにホテルを出る。レンタカーを返し、8時の飛行機でロス・アンジェルスへ。1時間15分ほどで着く。ロス・アンジェルスの空港でしばらく時間をつぶし、13時10分発のシンガポール航空便に乗る。◆今年は『NHK紅白歌合戦』も『ゆく年くる年』もない。

2004年12月30日 木曜日■フーヴァー・ダム近くのホテルをあとにして、再びダウンタウンへ。スーパーで買い物。午後、Red Rock Canyonを再訪。夜は、仕方なく、日本で予約しておいたダウンタウン近くのホテルに宿泊。ホテルの治安がやや心配な中、キャンセルするにも、他のところも今日あたりからは特別料金で通常の4〜5倍になっており、満室ばかりで、結局覚悟を決めて泊まってしまった。明日は朝が早い。

2004年12月29日 水曜日■フーヴァー・ダムを訪ねる。コロラド川を堰き止めて作ったこのダムの歴史、仕組みなどを学ぶ。ダムのスケールの大きさに圧倒される。◆夕食はホテルで食べようと、近くのスーパーで買い物。パンやハム、牛乳など、日本に比べると実に安いが、2人で食べるには多すぎる。食パンは30センチ、いや40センチくらいの長さのものしか見つからないから、それを買わざるをえない。それでも130円くらい。バター、ピーナツクリーム、オレンジジュース、サラダなども買い込む。

2004年12月28日 火曜日■昨夜はダウンタウンに近いモーテルに泊まったのだが、そこはいくぶん物騒な気もして、今日は郊外の静かなところに宿泊地をさがすことにした。50キロほど走った山に立つ、そこそこ立派そうなホテル。Hoover Dam(フーバーダム)まで10分ほど。中に入って尋ねると、部屋も空いているとのことで、2連泊することに。何と、2泊で6000円ほど!広い部屋で十分すぎるほどである。◆昼間、ラスヴェガスのタワーレコードを訪ねる。クラシックのCDで安いのがあったら買い込んで帰ろうと思って入ったのだが、クラシックのあまりの在庫の少なさにがっかり。買ったのはたった1枚であった。◆スマトラ沖の地震、津波のニュースをテレビで知り、驚く。

2004年12月27日 月曜日■朝6時にモーテルを出て、車を再びDeath Valleyに走らせる。前も後ろも車は見えない。すれ違う車もなく、道路に外灯は1つもない。周囲は起伏のある丘やところによっては遠くまでなだらかな傾斜の地が広がる。あたりが徐々に見えてくるが、日の出は7時。まだ時間がある。7時過ぎ、Death ValleyにあるSand Dunes(砂丘)に到着。車を停めて、砂丘を歩く。足をしっかり踏みしめて歩く。砂にはそれほど湿気があるとも思えないのだが、いくぶんしっとりしているような気もする。触るとさらりとしているのだが。ここは夕方、太陽の光で色が変わっていくのがすばらしいらしい。朝日でも夕方ほどではないだろうが、その美しさは想像できた。◆再びBeattyへ出て、高速道路を走り続ける。途中、ガソリンを入れる。アメリカでの単位はリッターはなくガロン。1ガロンあたり、1ドル80セントから2ドル10セント程度。リッターあたり50円前後ということになる。8(9?)年ぶりに訪ねたアメリカ。どこがどう変わったか、まだよく分からないが、ガソリンの値段はそれでも上がったことは確かである。燃費等すぐれている日本車あるいは小型車が以前に比べるとかなり増えた気がする。◆ラスヴェガスに別荘を持つある演奏家を訪ねる。昼食をともにし、午後、近くを車で案内してもらう。ラスヴェガスから車で30分ちょっと走ったところにあるRed Rock Canyonが印象的。グランドキャニオンの小型版という感じだが、ダウンタウンから1時間もかからずこんなすばらしい場所があるのがほんとうにいいなあ。美しい岩肌が陽の当たり方で色を変えていくのには感動。◆夜、ダウンタウンの大きなホテルにある水族館へ行く。

2004年12月26日 日曜日■ラスヴェガスから車で3時間ほど走り、デスヴァレー国立公園がすぐそこにと思いきや、当初予定したいた道路が閉鎖されており、目的地まで100キロ以上遠回りしなければならない羽目に。とはいえ、それがちっとも苦にはならない。広大な景色。何も手がつけられていない赤茶けた大地が一面に広がっている。アメリカの自然の偉大さに圧倒される。◆アメリカで最も海抜が低い地点、Bad Waterを訪ねる。-85.5メートル。塩分で白い地が広がっていて、あたりを散策。◆日の入りは4時半近く。宿泊場所を決めていないので、ちょっと心細くなるが、案内所で教えてもらったモーテルを目ざし、一度Death Valleyから50キロほど出て、Beattyという小さな町で泊まる。1泊4000円ちょっとのモーテル。アメリカの宿泊料金は1人あたりではなく、部屋あたりなのがうれしい。近くのレストランで食事。トマトソースのパスタを注文したのだが、パスタは日本の平打ちうどん。うどんにかかったトマトソースという組み合わせは何ともまあ・・・。◆デジタルカメラを紛失したことに気づく。ここはアメリカ。まず見つからないだろうと思いながらも、諦めきれず、心あたりのところいくつかに電話をかける。

2004年12月25日 土曜日■5歳の息子と2人で今日からアメリカ合衆国へ旅行。行き先はラスヴェガス。とはいっても、5歳の子供を連れてカジノというわけにはいかない(笑)。シンガポール航空便でロス・アンジェルスに行き、そこから飛行機を乗り換えてラスヴェガスへ。ハーツのレンタカーを借り、初日の宿泊ホテルへ。中心の大通り(ストリップ)は大渋滞。クリスマスと土曜日が重なったこともあるのだろうが、この混雑ぶりは異常である。レンタカーはナビがついているものを利用。アメリカはもともと道路標示がわかりやすいが、住所を入力すればそこへの行き方を音声で指示してくれるのはありがたい。日本ではカーナビに頼ろうと思わないぼくであるが、今回は非常に大きなありがたみを感じた。家族向けのこのホテルには遊園地までついているが、かなりの古さを感じさせる。宿泊料金を考えると割高な気がする。

2004年12月24日 金曜日
■クリスマス・イヴ。東京はどこも人、人、人。何でまあこんなに人がいるかねえ。一緒に歩いていると疲れてしまう。◆さて、今日は演奏会のダブルヘッダー。午後2時から日本大学カザルスホールで、マウリツィオ・バリーニのピアノ・リサイタル。今年の5月から6月にかけてのリサイタルツアーでは16,000人もの聴衆を動員したという。平日の昼間なので空席もあったが、夜の部は満席とか。ピアノの名曲を集めたプログラム。どれもポピュラーすぎるが、バリーニの演奏で聴くと、新鮮味を感じる。本人も気が進まなかったらしい、『乙女の祈り』はぼくも演奏会というもので初めて聴いたが、これが意外といい曲なんだと思えるほど楽しめた。◆夜は王子ホールでギンザ・めざましクラシックスを楽しむ。こちらはアヴェ・マリアとクリスマス音楽を特集したプログラム。《アヴェ・マリア》を書いた作曲者は実はたくさんいる。聴けたものではサン=サーンスやビゼーの《アヴェ・マリア》がとてもよかった。ほかにカッチーニ、バッハ=グノー、シューベルト、ヴェルディ、ブルックナー、ホルスト、ストラヴィンスキーらのものがあるようで興味をそそられる。今日のスペシャル・ゲストは本田美奈子.で、ミュージカル、『レ・ミゼラブル』の「オン・マイ・オウン」の絶唱が心にぐっと来た。

2004年12月23日 木曜日■休日出勤。今日も慌ただしく過ごす。◆4日前に買い換えたばかりの携帯電話の調子がどうもおかしい。充電したはずなのに6時間もすると電池が消耗しきっている。近くのショップで本体と電池パックとを交換してもらい、とりあえず納得・・・。それにしても携帯電話の取扱説明書の分厚いこと!

2004年12月22日 水曜日■夕方、サントリーホールでチェリスト、向山佳絵子さんのインタヴューを行う。実は、茅ヶ崎市楽友協会で来年5月、《向山佳絵子と仲間たち》という12人のチェロ奏者による演奏会を行うことになっていて、そのための取材をしたのである。向山さんとは今日が初対面で、聞き手も最初はやや緊張気味であったが、インタヴューが始まってみれば実に気さくでなかなか楽しい人だということがわかり、あっという間のひとときが過ぎていった。なお、来年(2005年)5月21日(土)の茅ヶ崎市民文化会館大ホールでの演奏会については近々詳細が発表されることになっている。

2004年12月21日 火曜日■今年もあと10日あまりとなった。Time flies. 日々の雑事に追われ、自分自身を磨く時間がとれず、ちっとも成長していない気がする。41歳にもなればもう立派に一人前だろうと、昔その年齢を見たときには思っていたのだが、いざ自分がその年になってみると、たいしたことはないことを感じる。それに較べると、幼いわが子たちの成長ぶりは見ていて新鮮。楽しい(←親バカ)。

2004年12月20日 月曜日■自動販売機で売られている缶入りのコーンポタージュスープは、たいていはトウモロコシの粒が缶の中にいくつも残り、それが結構ストレスになっていた(かなり大袈裟?)。缶を口につけたまま逆さの状態にし、缶の底を片手で叩いて中のトウモロコシを口の中に落とす「作業」は、やっていてどうもかっこわるい気がする。かといって、トウモロコシがたくさん残ったまま缶を捨てるのはシャクでもある。ところが、先日買ったある社の商品はトウモロコシが1粒も缶に残らず、苦労することもなく、見事に口の中に消えていったのである。これは単なる偶然ではなく、その社の研究成果によるものにちがいないと確信し、心から感動してしまった(これまたかなり大袈裟?)。

2004年12月19日 日曜日■ピアニストのM.B.が来日したので、夜、会って食事をともにする。目黒にある有名なとんかつの店。彼はとんかつは初体験だったようだが、箸を器用に使いながら、ロースカツをうまそうに頬張っていた。もっともご飯は食べきれず、最後はソースをかけていたが(笑)・・・。

2004年12月18日 土曜日■午後、久しぶりにのんびり過ごす。息子と1週間前にも訪ねた、近くの大きな公園へ行き、滑り台で遊んだり、園内を散歩したりする。夜になって、まだ書いていないクリスマスカードのことが頭をよぎる・・・。そうだ、年賀状も準備しなくては・・・。◆今日、窓辺に飾れる小さなクリスマスツリーを買ってきた。クリスマスが目前に迫っていることもあり、40センチほどの高さで電球がいくつかついたきれいなツリーが、たったの1,000円ほどで買えた。出窓に飾って電球を灯してみたらとてもきれい。ところが、夜、息子が電源を切ってしまう。「土曜・日曜はお休みです」と息子。なんで?(笑)◆近所でも派手なイルミネーションの家が増えてきた。日本ではここ数年の流行りである。1990年代初め、クリスマス・シーズンにアメリカ合衆国へ旅行したとき、多くの住宅で、部屋だけではなく、屋根や庭にまで、家によっては驚くほど華やかな電飾をつけ、互いに競い合うようにして通行客を楽しませてくれたことが今でも強く印象に残っている。日本にもようやくその波が訪れたような気がする。これはさらにエスカレートしていくだろう。前年に使った装飾は捨てられることなく、グレードアップして翌年再び使われるのはまず間違いないからである。それにしても、あの電気代って、いったいどれくらいかかっているのだろうか。

2004年12月17日 金曜日
■ぼくにとっては、睡眠時間は8時間ほしいというのが結論のようだ。今朝も6時過ぎまで寝てしまった。◆最近、どうでもよいメールが増えてきて、実に迷惑である。ウィルス入りのメールはサーバー段階で削除されるようになっているが、まるでこちらが出したメールへの返信であるかのように見せつけるもの、見知らぬ女性(←名前は少なくとも女性名)からの怪しいメール等、あとを絶たない。妻もそれらのメールの存在を、今のところは冷静に受け止めているようである(笑)。

2004年12月16日 木曜日
■夜8時半過ぎに寝て早朝3時に起きる、というパターンだと睡眠時間が毎日6時間半で、ぼくには足りないらしい。10時過ぎに寝ると目覚まし時計をいつの間にか止めていて、気づくと朝6時近くになっていたりする。早朝の冷え込みが厳しくなってきて、布団から外に出づらくなってきた。◆クリスマスカード(遅すぎ!)と年賀状の準備をしよう!

2004年12月15日 水曜日■昨日は、「忙しい」と書いていたくせに、夜、自宅から車で25分ほどのところにある有名なラーメンの店(N)を訪ね、息子と食べてきた。首都圏でも(いや、全国でも?)1、2の人気を競うこの店。平日の夜だったせいか、並ばずにすぐに席に着くことができる。一番基本的なラーメンのスープは「しお」と「しょうゆ」、それから「あっさり」と「こってり」で選べる。細麺がしっかりしていて旨い。それに若い店員さんたちの掛け声や対応が実に気持ちよい。こういう店は長く繁盛すると思うね。

2004年12月14日 火曜日
■朝晩の冷え込みがだんだん厳しくなってきた。バイクに乗るにもそろそろ手袋がほしい。◆クリスマスカード、もうとっくに送っていなければ行けないのに、まだ書いてもいない。いつも遅れてしまう。年賀状も同様である。でも、ゆっくりカードや賀状を書いている時間などまだないのが現実である。学校の成績処理もあり、まだまだ忙しい日々が続く。

2004年12月13日 月曜日
■マイスキーは今日離日。ツアー後半はタイトなスケジュールでちょっと大変だったかな。久々のギリロフとの日本公演は、ロシア歌曲がすばらしかった。来年も2回は来日してくれそう。楽しみに待ちたい。

2004年12月12日 日曜日■キエフ・バレエの茅ヶ崎公演。人気の高い『くるみ割り人形』ということもあり、客席も9割程度埋まる。当日のリハーサルでの準備がやや足りなかったのか、オケははじめはエンジンのかかりが悪かったが、尻上がりによくなった。ステージのバレエは見事。さすがに高い芸術性を感じさせる。ストーリー自体は実に単純だが、チャイコフスキーの充実した音楽でちっとも飽きさせない。◆会場では小学校時代、高校時代、それから大学時代の恩師とそれぞれそのご家族に会え、嬉しかった。◆昨日からずっと『くるみ割り人形』のCDをいろいろかけていたが、名盤がたくさんあるものだと感心。最近になってようやく購入した、ゲルギエフ指揮キーロフ管の全曲盤【輸入盤 462 114-2】(とはいっても1枚もの)が結構気に入っている。コンサートではなく自宅で聴くというのなら、組曲版よりも全曲版に耳を傾けたい。

2004年12月11日 土曜日
■今日のマイスキーの公演は山梨県増穂町で行われる。わが家からだと車でとばして2時間半から3時間。前回、増穂町で公演が行われたときには出かけたのだが、今回は都合がつかず、諦める。◆午後、息子を連れて近くの公園へ。段ボールをお尻の下に敷き、一緒に長い滑り台をおりていく。これを何度か繰り返しただけなのだが、疲れた(苦笑)。◆明日は茅ヶ崎市楽友協会主催の演奏会。会報の執筆をしなくてはならない。そう、これがあるためにマイスキーの演奏会へ行くのを諦めたのだ。

2004年12月10日 金曜日■職場の忘年会の日。しかも、今年度は幹事に選ばれている。他の3人の幹事に頭を下げて、今日は王子ホールでのミッシャ・マイスキーのリサイタルへ(職場の皆さん、ごめんなさい)。忘年会よりも先にチケットを買っていたのだから、どうかお許しください。◆王子ホールの音響はたしか昨年秋に改良されたが、前回と今回のマイスキーの演奏で響きを比較してみると、音楽全体がしっかりと聴き手に伝わり、音の硬さがかなり取れたように感じる。それに、特に、低音が実に心地よく伝わってくるようになった印象を抱いた。◆曲目は前半がロシア歌曲集、後半がラフマニノフのチェロ・ソナタ。グリンカやリムスキー=コルサコフの歌曲は、ほとんど馴染みのないものだが、どれも聴いていても心地よく、こんなにもたくさんの美しいメロディがあるのかと驚くとともに、感動する。もっとも、心の奥深くに訴えるのは、マイスキーのチェロによる歌があってのものだと思う。特に気に入ったのは、グリンカの『ひばり』、『あなたと一緒ならどんなにかすばらしい』、リムスキー=コルサコフの『たなびく雲は薄くなり』(Op.42-3)。ベーゼンドルファーを弾くパーヴェル・ギリロフのやわらかく、深みのある音楽が、マイスキーのチェロと見事に調和する。◆後半のラフマニノフのソナタも、マイスキーの演奏は実に濃厚で、音楽がギュッと凝縮されている。何よりもピアノとの一体感がすばらしい。◆今まで馴染みの薄かったロシア歌曲だが、何回かの公演でマイスキーの演奏を聴き、今後オリジナルの方も積極的に耳を傾けてみたいと思うようになった。◆マイスキーは、来月ギリロフとロシア歌曲集をドイツ・グラモフォンにレコーディングするが、膨大なるロシアの歌曲から、録音するものの候補を現在29曲にまでに絞ったそうである。70分か75分程度のCDとなれば、さらにセレクトしなければならないわけだが、アンコールで聴けたアレンスキーやグラズノフ、さらには作曲者未詳のロシア歌曲『君に会えた』も含め、ぜひ多くの作品を録音し、多くの聴き手に紹介してほしいと望んでいる。◆なお、終演後、王子ホールの会員とマイスキー、ギリロフとの懇親会が近くのレストランで行われた。

2004年12月9日 木曜日■期末試験が終わった。午後、採点に取りかかる暇もなく、進路指導関係の書類作成に追われる。明日から試験の答案返却。今日は自宅に持ち帰り、夜中に採点ということになりそう。

2004年12月8日 水曜日
■昨日近所のドラッグストアでチェロを見た。とはいっても、実はこれ、薬の名前で、住友胃腸薬「チェロ」のことである。なぜチェロなのか不思議で仕方ない。待てよ、ひょっとしてチェロには別の意味もあるのではないかなどと考え始めているうちに、夜も眠れそうになくなってきたので(ウソ)、早速住友製薬ヘルスケアさんに問い合わせのメールを送ってみた。製品企画部の方から早速丁重にご返事いただく(^o^)。回答はだいたい以下のような感じ。この「チェロ」という胃腸薬は胃壁の修復力を強くするとともに、胃の状態をゆったりさせるように作ってある。薬の性格から癒しの意味でのユッタリ感が出るような名前ということで、社に登録されていた商標名の中より「チェロ」の文字を採用した。と、こんな感じである。◆へえ、商標として登録していたのか〜。ちょっと驚いた。ただの物の名前がどこで、どう使われるかわからないものだな。住友製薬ヘルスケアさんでは、実際に人形がチェロを弾いているPOPなども製作したそうである。(せっかくだから、見せてほしい!)◆そのうち、「クラリネット」というビスケット、「ピッコロ」という殺虫剤なんて商品が世の中に出たりするのだろうか(それぞれ、勝手な思いつきであり、何の根拠もないのであしからず)。そうそう、「コントラバス」というチョコレートもいいかもしれない。これは、チョコレートが大好きなゲーリー・カーのイメージだけど(笑)。そうそう、楽器ではないけど、「シンフォニー」なんて乗用車があってもよさそう。マエストロが愛用する最高級車という感じで(笑)。小澤征爾がCMに出たりして・・・。いや、サイモン・ラトルかな?

2004年12月7日 火曜日
■昨日の朝、『めざましテレビ』(フジテレビ)を見ていたら、5日に大阪城ホールで行われた《サントリー1万人の第九》の模様が紹介されていた。マイスキーがサン=サーンスの『白鳥』を弾いているところも映し出され、演奏会の成功を嬉しく思った。今後またマイスキーと佐渡さんが共演する機会ができるとよいと思う。◆このところどうも疲れがたまりやすいなあと思っていたら、長いこと黒酢を飲んでいないことを思い出した。引越の慌ただしさでそんなことも忘れていたかと苦笑。もっとも黒酢を飲んでいさえすればよいというものでもないだろうが。◆読売日響の演奏会に行きたかったのだが、いろいろあって結局行けずじまい。予定していた演奏会に出かけられないことが多い今日この頃。◆今月初めの異常な暖かさには驚いたが、ここに来てまた朝方急に冷え込むことも。あまりに急激に気温が変化すると、身体の方がついていけなさそう。風邪をひかないように注意しなければ。

2004年12月6日 月曜日■期末試験の問題作成が終了。今週も何だかいろいろ慌ただしそうだ。日記をゆっくり書いている余裕もないので、また明日。

2004年12月5日 日曜日
■日曜日といいながら今週ある期末試験の問題を作っている。自宅にいてもこれではちっとも休んだうちに入らない。もう少しのんびりしたい。◆今日は大阪で《サントリー1万人の第九》が行われたはずである。前半にはマイスキーと佐渡さんの共演があったが、はたしてどうだっただろうか。ぼくはショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番をいつか聴かせてほしいと願っているのだけど・・・。きっと、緊張感溢れる濃密な演奏が聴けると思う。

2004年12月4日 土曜日■11時半から調布市グリーンホールで、0歳児から楽しめるコンサートに家族皆で出かけてきた。『斎藤雅広(キーボーズ)のクリスマス・ファミリー・コンサート みちくさ動物園』。ピアニスト、斎藤雅広さんのこの企画はユニークであり、ありがたいと思う親は多いはずだが、反響板やピアノの蓋の開け方のせいもあり、斎藤さんのピアノをはじめ、各奏者の音楽のおもしろさがほとんど伝わってこず、音楽がまともに響いてこないのが実に残念。今日の出演者なら、聴ける演奏は結構すごいはずなのだが、それがストレートにききてに届かなかった気がする。出演はピアノが斎藤雅広、小山京子。ヴァイオリンが佐分利恭子、小杉まりさ、ヴィオラが松実健太、チェロが山本祐ノ介、コントラバスが吉田秀、フルートが萩原貴子、クラリネットが武田忠善。演奏曲目は、サン=サーンス作曲の『動物の謝肉祭』から、リムスキー=コルサコフ作曲の『くまんばちは飛ぶ』など。

2004年12月3日 金曜日■午後、サントリーホールで、10月7日に急逝された園田高弘さんのお別れの会が行われる。指揮者の井上道義さんが司会を務め、チェリストの堤剛さんが園田さんを偲んでコダーイを演奏、その後、三浦朱門さん、湯浅譲二さん、若杉弘さんの順に弔辞が読まれた。改めて園田高弘さんの偉大なる業績を感じながら、別れを告げて帰ってきた。

2004年12月2日 木曜日■今年もあっという間に12月だ。まったく1年間何をやって来たのだか・・・と自分がろくに進歩していないことにため息をつく。やりたいことがいくらでもある。しかし、時間が思うように取れない。もっとも時間がありさえすればやりたいようにやれるのかと言われたら、自信を持ってYESとは答えられないかもしれないが。学生時代はよかったなあ。時間がたっぷりあった(気がする)。◆昨日のパーティーに出席したファンクラブ会員の方から何通かメールをいただいている。皆さん、満足してくださったようで何よりである。(返信が遅れていてごめんなさい。)

2004年12月1日 水曜日
ミッシャ・マイスキーを招いてのパーティーを都内で行う。出席した会員は20余名。12月の平日とあって、予定がどうしてもつかず涙をのんで欠席された方も多かったが、いつも通り、マイスキーと会員の温かな交流のある和やかな会となった。会場にはピアニストのパーヴェル・ギリロフも顔を見せてくれ、出席した方々は大喜び。マイスキーへのQ&Aコーナー、生演奏の披露、サイン会、写真撮影など2時間あまりの楽しいひとときがあっという間に過ぎる。マネージャーのHさん、通訳のTさんとSさん、会場の担当の皆様、どうもありがとうございました。スケジュールをあけてパーティーに参加してくれたミッシャとパーヴェルにも感謝!