管理人の音楽日記帳
(2005年1月1日〜1月31日)


ミッシャ・マイスキー ファンクラブのサイトの管理人(小島昭彦)による音楽日記帳です。音楽の話題に限らず、日々思っていることも織り交ぜながら記していきたいと思っています。ご質問、ご意見、ご感想等をお寄せください。メールはこちらへどうぞ。


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2005年1月31日 月曜日■昨年卒業したCさんとYさんが近況報告にやってきた。卒業生が母校を訪ねてくれるのは大歓迎である。◆今日で1月も終わり。忙しい日々が続き、このところサイトの情報がなかなか更新できないでいる。マイスキーの新しい写真も掲載したいのだが・・・。

2005年1月30日 日曜日■今年のスギ花粉の飛散はものすごい量だと聞いている。一昨日、妻と子どもたちが近くの大きな公園で遊んできたのだが、以来、妻は調子が悪いとぼやいている。そういう公園では風が強いと黄色い花粉がたくさん飛んでいるのが見える。しばらく近づかないようにしなくては!(「その公園」に。「妻」にではない←念のため。)◆夜、NHK教育テレビで園田高弘さんの名演奏がいくつか紹介される。懐かしいなあ。いまだに逝ってしまったことが信じられない。生まれかわってもピアニストになりたいと、園田さん。◆次の番組では森光子さんが登場。相変わらず若くてきれいだねえと、妻と驚く。◆今日はアルゲリッチの室内楽の演奏会。残念ながら聴きに行けなかった。時間がとれるようになったら、アルゲリッチのCDを久々にまとめて聴いてみたいと思う。

2005年1月29日 土曜日■3年生の卒業試験の準備。外は意外と寒くない。◆20年余年ぶりに、ステレオのスピーカーのコードを変えた。アンプとスピーカーの距離が遠くなったためという理由だが、コードを変えることで実際に音がどう変わるのか、ちょっと楽しみにしているところ。

2005年1月28日 金曜日
■小林研一郎指揮日本フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会に出かける(サントリーホール)。シューマンのピアノ協奏曲とマーラーの交響曲第1番『巨人』という曲目。ピアノは園田高弘さんの予定だったが、昨年10月に逝去されたため、伊藤恵さんが代役を務める。さすが十八番のシューマン。オケと見事に調和し、ダイナミックな演奏を展開した。◆今日はシューマンもよかったが、後半のマーラーが超名演といいたくなるほどの期待に違わぬ素晴らしい出来栄え。初めから終わりまで実に濃密。聴き手の心を大いに揺さぶる感動的な演奏を聴かせてくれた。さすがコバケン!最高。オケがすばらしい集中力で見事に応えた。今日はシューマンでもマーラーでも、オーボエの真田伊都子さんが楽器をたっぷり歌わせ、大活躍。終演後楽屋裏でマエストロ、真田さんからサインをいただいてくる。(^o^)

2005年1月27日 木曜日
■ふだん自分ばかり演奏会を楽しんでいて、その間子の世話を妻に押しつけがちであったので、たまにはということで、すみだトリフォニーホールでのアルゲリッチの演奏会のチケットを妻にプレゼントした。はじめはぼくはあまり関心のないベートーヴェンの『皇帝』だったのが、急遽モーツァルトのピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466に変更になっていた。モーツァルトのニ短調の協奏曲は、ピアノを弾く妻は、それほど関心がないという。反対に、ぼくは実は大好きな曲で、できることなら自分も一緒に聴いてみたい気が起こっていた。コンサートの間、子の面倒を見なくてはならなかったので、残念ながら演奏を聴く機会を逃したが、幸いなことにNHKテレビで後日放映されるそうである。妻によれば、グルダのチェロ協奏曲と、モーツァルトのK.466が絶品だったとか。アルゲリッチのモーツァルトは、やはりすばらしかったんだ。グルダのチェロ協奏曲は、以前ハインリッヒ・シフの独奏によるLP、のちにCDを購入し、馴染みのある作品。初めて聴く人でも十分に楽しいものである。◆今日はモーツァルト249歳の誕生日。来年はあちこちでさかんにモーツァルトが演奏されるだろう。

2005年1月26日 水曜日
■ここのところ毎晩のように夢を見る。寝ている間のどれくらいの時間、その夢を見ているのか知らないが、とっても疲れる。心ときめくような夢ならよいが(笑)、まとまりのない、目が覚めてみれば、どうでもよいような内容が多い。夢を見ないで、もっとぐっすり眠れる方法はないだろうか。

2005年1月25日 火曜日■今朝はそうでもなかったが、このところ朝の道路がかなり滑りやすくなっていてこわい。あちこちで路面が凍りついているのだ。バイクの時は特に気をつけなくては。◆先月久々にアメリカを訪れたときに自分の携帯電話を利用したのだが、海外での通話はどうしてこんなに高いのだろう。請求書を見てびっくりした。だいたい携帯電話そのものの利用料金が高すぎると思う。こんなに普及しているのに。各社でもっと競争してもらいたいものである。最近はテレフォンカードを財布にしまい、街の中ではできるだけ公衆電話をさがすようにしている。

2005年1月24日 月曜日■先週、フジテレビの新ドラマを録画したのだが、残念ながらまだ見ていない。あっという間に今夜が第2回。結局また録画しておくことになった。こうやってまたたまっていってしまうのか・・・。◆今日の夕食は餃子。2回に分けて焼いたのだが、2回目が会心の出来栄え。皮がパリパリして中の具がとてもジューシー。非常に満足(自己満足?)。

2005年1月23日 日曜日■のんびりと休日を過ごす。午後、息子と近くにある墓園を少しばかり散歩。墓地ではあるが、明るく公園のような感じ。犬の散歩をしている人、ジョギングをしている人もいる。墓石を見ていると、「○○家」ではなく、「道」や「楽」などと書かれてあるものが増えてきていることに気づく。今日もかなり寒い。ときおり雪が降ったが積もらずじまい。息子は残念がっている。明日仕事のぼくはほっとしている。帰りがけにコンビニに寄って肉まん、あんまんを買う。温かくてうまい。

2005年1月22日 土曜日
■アルゲリッチを中心とする室内楽の演奏会(17日・サントリーホール)は中止になったが、同じ曲目による公演が1月30日に行われることになった。アルゲリッチ出演の演奏会だし、好きなシューマンはどうしても聴いてみたいのだが、いろいろやるべきことがあって残念ながら行けそうにない。1週間ほどの間にはたしてチケットは売り切れるだろうか。

2005年1月21日 金曜日
■ゴッホ展が東京でもうすぐ開かれる。東京国立近代美術館で3月23日から 5月22日までと聞いている。ゴッホの名画の数々をまとめて見ることができるのは久しぶりのことで、今からワクワクしている。20年ほど前に国立西洋美術館で見た『アルルの寝室』がきっかけでゴッホにのめり込んだ。あのときの西洋美術館でのゴッホ展には5〜6回訪ねた。のちに、シカゴ美術館に『アルルの寝室』があると知り、興奮して出かけてみたが、同じタイトルでありながら色使いが微妙に違っており、別の作品であることに気づいた。ぼくの好きな『アルルの寝室』はオルセー美術館にある。まだ再会は実現していない。

2005年1月20日 木曜日
■センター試験の受験生の自己採点をもとに、17日(月)にデータを集めたばかりの予備校が、その集計結果および大学入試難易度の予想などをまとめ、学校に送ってきた。この迅速さ!驚くばかりである。この仕事に携わっている人たちはさぞや大変だろうと思う。◆高校入試の準備も毎日遅くまで行われている。こちらも神経をつかう作業で、かなり疲れる。◆ソプラノ歌手のヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレスが81歳で亡くなった。ぼくもたしか一度だけ生で聴いたことがあるが、スペインの歌曲はたまらなく魅力的だったのを想い出す。1か月前にはソプラノの名歌手テバルディが亡くなったばかり。冥福をお祈りしたい。

2005年1月19日 水曜日
■今日も入試関係の作業で遅くまで仕事。帰って夕食をとるとあっという間に寝る時間になってしまう。わが子たちと競いあうようにして布団にもぐり込む。今日は寝るのがとても遅くなってしまった。とはいっても、夜10時なのだが、午前3時に起床するぼくにとっては「真夜中」。

2005年1月18日 火曜日
■2005年度の前期入学者選抜の願書受付が始まる。緊張気味の中3生たちが出願に来る。来週の水曜日が面接。早速受け取った書類を整理。今日からまたしばらくの間、帰宅が遅くなりそうだ。

2005年1月17日 月曜日■アルゲリッチの室内楽の演奏会が中止になり、別の演奏会に出かけるつもりだったのだが、仕事やら何やらで行けなかった。残念。◆阪神大震災から10年。あの日の朝、6時過ぎに出勤し、車の中でニュースを聞いたのを今でもしっかり憶えている。◆昨日書いた『こうもり』の登場人物、イーダは、やはりアデーレの姉と考えた方がよさそうな気がしてきた。

2005年1月16日 日曜日
■ヨハン・シュトラウスUのオペレッタ『こうもり』で、アイゼンシュタイン家の小間使い、アデーレは、第1幕でイーダから夜会の案内の手紙をもらう。ところで、このイーダだが、彼女はアデーレの姉なのか、それとも妹なのか?プラハ国立歌劇場公演では、ロビーで販売されている公演プログラムでも舞台横の字幕スーパーでも、アデーレの「姉」という設定になっていた。第2幕でアデーレに、小間使いではなく、前途有望な歌手を演じるようにアドヴァイスしているあたりを見れば、いかにもお姉さんという感じで納得できるのだが、CDのノートやオペラの解説書によっては「妹」で紹介されているものもある。もっともドイツ語や英語では「姉」も「妹」は同じ単語なのだから、そこまで深く考えるのはあまり意味がないことなのかもしれないが、結構気になっている。どなたかご存じの方、ぜひ教えてください。

2005年1月15日 土曜日
■昨夜は帰りが遅く、しかもその後、『楽友協会だ!より』の執筆等もあって今日は寝不足気味の1日。茅ヶ崎市民文化会館で、プラハ国立歌劇場の『こうもり』公演が行われる。昨日とは配役が一部変わったが、お客様にも十分楽しみ、満足していただける公演になったようでよかった。アデーレはダグマル・ヴァニュカードヴァー。『魔笛』公演では「夜の女王」役を歌うコロラトゥーラ・ソプラノの実力派。張りのある美しい声の持ち主で、芝居もうまい。指揮者のレオシュ・スヴァロフスキーはホールの響きのよさと熱心な聴衆に感激したと言ってくれた。◆『楽友協会だ!より』の第215号に向山佳絵子さんのインタヴュー記事を掲載。◆さて、明後日17日のマルタ・アルゲリッチらによる《グルダを楽しく想い出す会》の室内楽公演が中止になった。アルゲリッチが風邪をひき、来日が遅れたとのこと。アルゲリッチのシューマンのピアノ四重奏曲がとても楽しみだっただけに残念である。◆教え子だったO君が待ちに待った挙式!おめでとう。◆センター試験第1日。受験した生徒がたくさんいるが結果の方はどうだろうか。雨が冷たく厳しい冷え込みの1日で気の毒であった。
ヨハン・シュトラウスU世作曲、オペレッタ『こうもり』から第1幕。 ヨハン・シュトラウスU世作曲、オペレッタ『こうもり』から第2幕。 ヨハン・シュトラウスU世作曲、オペレッタ『こうもり』から第3幕。
(写真)2005年1月15日、茅ヶ崎市民文化会館でのプラハ国立歌劇場公演。『こうもり』の第1幕。
PHOTO:(C)2005小島昭彦
(写真)2005年1月15日、茅ヶ崎市民文化会館でのプラハ国立歌劇場公演。『こうもり』の第2幕。
PHOTO:(C)2005小島昭彦
(写真)2005年1月15日、茅ヶ崎市民文化会館でのプラハ国立歌劇場公演。『こうもり』の第3幕。
PHOTO:(C)2005小島昭彦

2005年1月14日 金曜日■最近、演奏会のチケット購入における手数料の高騰がやけに気になる。チケット代に郵送料80円、あるいは配達記録のための290円(あるいは300円)が加わる、というのはまだ理解できるとしても、それが500円、600円、あるいは1,000円にもなってしまうのはいったいどういうことなのだろうか。電話予約していても嫌になりそう。客へのサービスを忘れ、こういうところで儲けようなんてもってのほかだと思うのだが・・・。◆話は変わり、今夜は渋谷のオーチャードホールで、プラハ国立歌劇場による『こうもり』公演を楽しむ。明日、茅ヶ崎市楽友協会主催で同公演があるため、その下見のようなもの。また、今日のアデーレ役はメラニー・ホリデイ。この役を何百回とやったであろうが、舞台上でのメラニーは新鮮で実に輝いていた。バレエ団による踊りでもメラニーは自然に溶け込み、他のバレリーナと互角に踊っていたのが印象的。彼女には「華」がある。終演後久々にメラニーと再会する。明日の茅ヶ崎で会えないのが残念。それにしてもこの『こうもり』はなかなか質の高い公演。日本語によるギャグも多用し、聴衆を楽しませるサービス精神も旺盛である。なかなかの芸達者が揃っている。◆オーチャードホールへ行く途中のスターバックスで、ヨハン・シュトラウスアンサンブルの公演で来日中の指揮者&ヴァイオリニストのヨハネス・ヴィルトナーに偶然にも再会。同じ『こうもり』を見に行くところだったとか。

2005年1月13日 木曜日
■ポストに届けられる年賀状の枚数もだいぶ減ってきた。中には自分が出した賀状で転居先不明や転送期間終了で戻ってきてしまったものも何枚かある。戻ってきたものを調べてみると、住所録をきちんと訂正していなかったことによるものがいくつかあり反省。賀状をいただくたびにこまめに直さなくてはいけないな。一方、いただいたものでも、宛名に印刷されている自分の名前の表記が毎年間違っていることも・・・。パソコンソフトで印刷すると、こういうミスはなかなか訂正してもらえない。そうそう、今年もA Happy New Yearと印刷された(書かれた)年賀状が実に多かったのだが、これは本来、Happy New Yearとすべきところだと思う。もっとも、自分だってどこで何を間違えているかわかりゃしないのだが。◆ウィーン・フィルの2006年のニューイヤーコンサートの指揮者がマリス・ヤンソンスに決まったというニュースを見る。ヤンソンス、ぼくは大好きな指揮者だ。ヤンソンスの振るウィンナ・ワルツ、想像もつかないだけにとても楽しみ。

2005年1月12日 水曜日■朝の冷え込みが厳しい今日この頃。午前3時起床と言いつつ、目覚まし時計を何度も止めたり、鳴らしたり・・・。起きる時間が30分、1時間・・・と遅れがちである。◆3学期が始まって初めて3年生の授業をしてきたが、今までにないクラスの緊張感に驚き。ほんとはそういう雰囲気がもっと早くからあってほしかったんだけどねえ、3年○組の皆さん!センター試験まであと3日。2月の受験シーズンが終われば、あっという間に卒業式だね。体調を崩さないように、万全の態勢で試験に臨んでほしいと願っている。

2005年1月11日 火曜日■昨夜遅くベルギーに住むミッシャ・マイスキーに電話。誕生日のお祝いをする。もうすぐロシア歌曲のレコーディングだが、二十数曲録音するがCDには収まりきらないだろうからDGの方でセレクトされるだろうとか、今年の来日は3回になりそうだとか、リリーとの共演が日本公演に先立って春にヨーロッパで行われるのだとか、そんな話をした。元気で何より。ますますの活躍を祈りたい。◆学校は今日が始業式。早速残業。3学期は入試選抜業務があるので相当忙しくなりそうだ。

2005年1月10日 月曜日■ミッシャ・マイスキーの57歳の誕生日。1月にはパーヴェル・ギリロフとロシア歌曲のレコーディングを行うとのことだったが、曲目の方は決まっただろうか。今年の秋の来日公演では愛娘のリリーが共演するという話もあり、今年も楽しみな1年である。◆午後、昨日ビデオで見たウィーン・フィルの来日公演、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を再び楽しむ。ブロンフマンの重量感ある圧倒的な演奏は迫力満点。ピアノも限界まで目一杯鳴り響いたという印象。ラフマニノフの3番というのは、こういうふうに演奏されるのが相応しいのかも。

2005年1月9日 日曜日明日は成人の日、とはいうものの、今日成人式を実施した地方自治体も少なくなかったようである。その中で、ある市が主催した成人式では、男の新成人がいきなり式典の壇上で踊り出したり、数人がもみ合いになったりするなど騒然となったそうである。成人という自覚がなく、いつまでも大人になれない何とも気の毒な人たちが毎年ニュースに登場するものである。新聞記事によれば、市の社会教育課は「式典の進行には滞りなかったし、新成人を祝う場でもあり、刑事告訴は考えていない」とコメントを出しているようだが、それは(市の対応の仕方が)間違っているのではないかと思う。ほんの一部の人間のおかげで大多数の新成人まで誤解される。ほんと、いい迷惑であろう。◆さて、夜NHK教育テレビではウィーン・フィルの秋の来日公演の模様が放送された。ブロンフマンがソロを弾いてのラフマニノフのピアノ協奏曲第3番、それにチャイコフスキーの交響曲第4番。指揮はゲルギエフ。あまりに熱く、心にぐっと来るすばらしい演奏!これはサントリーホールのいちばん好きな席で聴きたかった!

2005年1月8日 土曜日■知人から「そういえば今年のウィーン・フィルのニューイヤーコンサートではラデツキー行進曲が演奏されなかったね」と言われ、録画だけしておいて見ていなかったビデオを慌てて再生してみた。なるほど演奏会の途中でウィーン・フィルの楽団員が異例のスピーチを行い、今年はラデツキー行進曲を演奏しない旨を聴衆に伝えていた。年末のスマトラ沖地震で亡くなった方々への哀悼を込めての決意であった。今年は世界中の人々が幸せに暮らせるよう祈りたい。

2005年1月7日 金曜日
■茅ヶ崎市民文化会館大ホールでニューイヤーコンサート2005。ルドルフ・ビーブル指揮のウィーン・フォルクスオーパー交響楽団の演奏会が行われる。スポンサーのお蔭で舞台上は見事な生花が色とりどりに飾られ、豪華さを感じさせた。今日もソプラノのクールマンはなかなかの歌唱を聴かせ、『ほろ酔いの歌』(アンネン・ポルカ)ではいっそう芸が細かくなり(笑)、聴衆からも大いに受けていた。9月のアルミンク指揮新日本フィルの演奏会ではマーラーを歌いに再来日するとのこと。これも楽しみである。今日のビーブルとオケは中3日で休養十分。皆楽しそうに演奏していた。

2005年1月6日 木曜日
■学校はまだ生徒は冬休みだが、職員室にいる同僚は皆それぞれ忙しそうである。今日は3年生の現段階での進路状況をまとめたりしているうちに終わってしまった。外が寒い。かなりの冷え込みである。雪が降らなければよいが・・・。◆明日は茅ヶ崎市楽友協会主催のニューイヤーコンサート2005。ウィーン・フォルクスオーパー交響楽団がやってくる。会報の準備をしなければ。

2005年1月5日 水曜日
■42歳になった。特別な感慨はない。結構淡々としている自分である。◆ファンクラブからマイスキーへ毎年送っている年賀状&誕生祝いのカードを発送する。

2005年1月4日 火曜日
■地元の神社へ初詣。おみくじは「吉」と出た。買い物に行ったり、自宅でのんびり過ごしたり。41歳最後の1日であった。

2005年1月3日 月曜日
■サントリーホールで行われたニューイヤーコンサート2005、ウィーン・フォルクスオーパー交響楽団の演奏会を楽しむ。フォルクス・オーパーの名指揮者、ルドルフ・ビーブルが振る。企業による冠コンサートということもあり、ロビーもステージ上も美しい花がたくさん飾られており、豪華できらびやかな雰囲気。ふだんはピットで演奏しているオーケストラのためか、きこえてくるサウンドは個々の楽器ではなく、まとまった1つの響きがメインで、音楽の透明感や音の分離といった点では、昨今のオーケストラとは一線を画しているように感じた。もっともビーブルの指揮はさすがに自信に満ちたものであり、流麗なテンポを基本にニューイヤーコンサートを華やかで楽しいものに盛り上げていた。歌手では、ソプラノのエリーザベト・クールマンが、若いながらも伸びと広がりのある見事な歌唱で聴衆を魅了していた。ほか、テノールはディートマー・ケルシュバウム。

2005年1月2日 日曜日■久しぶりに朝寝坊。◆午後、妻、自分それぞれの実家を訪ねる。

2005年1月1日 土曜日
ロスアンジェルスを12月31日の13時10分に立つ。往きと同じシンガポール航空便。機内は割と空いていて比較的ゆっくりできる。風の影響で往きは時速1000キロほどで飛んでいた飛行機も、帰りは800キロほどしか出ないので、かなり時間がかかる。◆シンガポール航空のサービスの良さは前々から噂で聞いていたが、ほんとうに快適。乗務員もきめ細かなサービスを心がけてくれるし、各座席で自由に利用したいチャンネルを選ぶことによって、多数の映画、音楽、ゲームなどが好きなときに楽しめるのがうれしい。聴いたことのないインドのポップスにも挑戦。韓国のポップスでも好きな歌声を発見。ふだん縁のない、セリーヌ・ディオンのアルバムにも気に入ったものが見つかる。◆海外へ行くときにはいつも持って行く肩凝りの薬(サロンパスやトクホンのような貼り薬、塗り薬)には一度もお世話にならずに済み、実に快適な飛行であった。◆成田に着けば1月1日の18時。あっという間に元日が終わろうとしていた。こういう年越しは初めて。ガラガラの成田から無事帰宅する。◆はじめはカルチャーショックを感じていた様子の息子も、途中からは結構ハイテンションで楽しんでいたようで、収穫の多い旅となった。