管理人の音楽日記帳
(2005年5月1日〜5月31日)


ミッシャ・マイスキー ファンクラブのサイトの管理人(小島昭彦)による音楽日記帳です。音楽の話題に限らず、日々思っていることも織り交ぜながら記していきたいと思っています。ご質問、ご意見、ご感想等をお寄せください。メールはこちらへどうぞ。


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2005年5月31日 火曜日■あっという間に5月も終わる。◆夕方息子を連れて「10分1000円」の理容店へ行き、2人揃って久々に散髪。切ってもらっている間、ぼくはこっくり、こっくり・・・。いやあ、わずかな時間なのだがこれが至福のひととき。理容師さんも「そうなんだよねえ、ほんとこれが最高なんだよねえ」と言ってくれる。相当疲れがたまっているみたいだ。こうなったら、もう10分椅子に座ってさらに切ってもらおうかなと冗談を言いたくなったが、後ろには待っている人が何人もいる。言うのもやめて、またこっくりこっくり・・・。

2005年5月30日 月曜日■昨日子どもと一緒に、ビデオ『まんが日本昔ばなし』を見たのだが、「かちかちやま」も「はなさかじじい」も、意外とあっけなくおばあさんが死んだり、飼い犬が死んだり・・・。ほんと、びっくり。「あれあれ、こんな話だったかなあ?」、久々に見てショックを受ける(苦笑)。◆今日は朝から雨。まるで梅雨に入ったかのように1日中よく降った。明後日は体育祭。生徒のテンションも上がり気味。授業に身が入らない生徒もちらほら。雨、早くやんでほしい!体育祭、早く終わってほしい!(笑)

2005年5月29日 日曜日
■土日のうちせめて1日は仕事をしないことに決めた。いつまで続くやら・・・。昼過ぎから子どもたちを連れ、県内北部にある大きな公園に出かける。ここには20ほどのフィールドアスレチックがあり、長男も果敢に挑んでいた。ぼくはもともと運動が得意な方ではなく、フィールドアスレチックはまったく縁がない人間。妻は運動は得意ではなかったが、そういうものでは結構面白がって遊んだ部類だそうである。今日、嬉しそうにロープを掴んで高いところに登っている息子を見ていると、これは妻の方の遺伝なのかとちょっぴり悔しい思いをした。◆夕方義父母の家を訪ねる。夕食をご馳走になって帰ってくる。いつまでもがめつく鮭やご飯を食べまくる娘は、ぼく似ということらしい。帰りの車の運転は久々に妻に任せ、後部座席では娘と一緒にいびきをかいて寝てしまった。

2005年5月28日 土曜日
■休日出勤。夜まで仕事、仕事。結局終わらず。土日に職員室にいると、きまって「ほんとに学校好きだねえ」と声をかけてくる、ぼく以上に学校好きの同僚Iさんは、今日は来なかった様子。どうしちゃったのかねえ。◆明日は日曜日。月曜以降のことを考えるとできる仕事をいくつか片付けておいた方がよいのだろうが、そんなことしていたら、頭も身体がおかしくなるだろうという思いもする。よし、明日は仕事はやめよう、そう心に決めて帰宅する。

2005年5月27日 金曜日
■あっという間の1週間であった。先週の地獄のような忙しさから抜け出したと思い、ほっとしていたのだが、次に控えている新たな仕事が待ち受けていることに気づいていなかっただけだった。明日も休日出勤の予定。生徒は体育祭の準備、練習。熱の入り方は普通ではないが、高校時代にそういう経験があることはとても大切だと思う。

2005年5月26日 木曜日■アルバン・ベルク・カルテットの公演を茅ヶ崎で行ったのが21年前の今日だった。当時彼らは、プログラムに必ずと言ってよいほど20世紀の作品を採り入れることを望み、茅ヶ崎では、ドビュッシーの弦楽四重奏曲を間に挟み、前後にモーツァルトの「狩」、ドヴォルザークの「アメリカ」を予定していた。ところが公演の少し前になって、彼らはドビュッシーをベルクに変えたいと申し出てきた。ベルクの弦楽四重奏曲は彼らの団体名からも明らかなように、十八番であるはずである。当然のことながら演奏会では深い感銘を受ける名演により、聴衆を大いに満足させ、結果的には大成功であった。アンコールで、彼らはドビュッシーの第2楽章、第3楽章を演奏してくれた。それにしても、アンコールで弾いてくれるほどなら、なぜ彼らはドビュッシーをベルクに変えたのか?いまだに謎である。ベルクをどうしても演奏したかったからなのか。その後、彼らのドビュッシー&ラヴェルの弦楽四重奏曲のCDがリリースされ、絶賛されたことはよく知られている。当時ぼくは、「彼らは今一番脂がのっている」と会報に書いたのだが、それは20年以上たった今も変わっていない気がする。録音の数もますます増え、今まさに世界を代表する名弦楽四重奏団の1つであろう。

2005年5月25日 水曜日■朝、JRが信号機故障か何かで運転見合わせとなり、電車が長い間ストップする。人身事故でなくてまだよかったが。◆週も半ば。生徒は体育祭に向けて遅くまで色ごとの練習に打ち込んでいる様子。◆相変わらず進路指導の荷物、郵便物が多く、毎日放課後はその処理に追われる感じ。結構きついが、切羽詰まってやらなければならないものがあるというわけではないのが救いかも。◆ところで、昨日山村募鳥の詩をゴッホに描いてもらえたとしたら、きっとこんな絵ができあがるのだろうというものが想像の中にある、というようなことを書いたのだが、正確に言えば、ゴッホのある作品に、ただ自分が菜の花畑をかぶせようとしているだけなのかもしれない、とあとで気づいた。

2005年5月24日 火曜日
■中学1年の国語の時間に、好きな詩を皆の前で「紹介」することがあり、そのとき選んだ作品がこれ(下記)であった。詩人、山村募鳥の傑作である。これは「聴く」詩というよりは「読む(見る)」詩なのかもしれない。まず視覚的に圧倒され、眼前に菜の花畑がいっぱいに広がる様子がすぐ目に浮かぶ。この詩を教室で読んでからしばらくの間、ぼくは国語担当のM先生や級友たちから「ボチョウ」という仇名で呼ばれ、照れくさいながらも、ちょっぴり得意になっていた。われながらよい詩を披露できたものだと自己満足していた気がする。同級生にヘッセの詩を読んだ子がいたが、彼女は「ヘッセ」と呼ばれた。もっともそのような仇名で呼ばれたのは、ほんの2〜3週間のことだったけれども。◆もし天才ゴッホに「この募鳥の詩をもとに絵を描いてください」とお願いしたら、きっとこんな絵ができあがるのだろうな、というものが想像で、ある。残念ながら絵を描くのが下手くそなぼくには、それを表す能力がない。頭の中にイメージしたものをそのまま画像や映像にできるソフトってできないだろうか。無理だろうなあ。でも、あったらすごくおもしろいと思うのだけど!

風 景 〜純銀もざいく 山村 募鳥
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
かすかなるむぎぶえ
いちめんのなのはな


いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
ひばりのおしやべり
いちめんのなのはな


いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
やめるはひるのつき
いちめんのなのはな。  

2005年5月23日 月曜日■金曜午後から今日の午前中に、学校の進路指導担当宛に届いた郵便物(DMを含む)が山のようになっていた。それらをすべて開封。ただの大学案内かと思って開けると、中には陰に隠れて「指定校推薦の依頼状」が入っていることがあって、ドキッとする。そのまま進路室に持って行ってよい資料なのか、進路担当教員の方で保管しておかなければならないものなのか、ひととおり出して中身を確認しないとわからないというのも困ったものである。せめて封筒の表に、重要な内容物について表示くらいしてくれるとありがたいのだが、すべてそうなっているわけではないので、ほんとうに神経を遣う。それにしてもよくたまってくれた!全部で110通。開封したあと分類して整理するまでに3時間近く費やす。◆今日から試験の答案を返却。難しかったかな。1年生の皆さん、これからですよ!

2005年5月22日 日曜日■東京でのゴッホ展に行き損なった。傑作『夜のカフェテラス』にはぜひとも「会いたかった」のに残念!このあとゴッホの作品は大阪、名古屋へ移動。行きたいけど無理だろうなあ。◆わが家の「第一庭園」の草むしりを行う。(ちなみに「第二(以降の)庭園」は、ない。ただちょっと書いてみたかっただけ。)「猫の額ほどの庭」という言い回しがあるが、わが家のはまさにそれ。草むしりは、腰が痛くなることも、足がしびれることもなく、あっという間に終わる。◆午後はテスト答案の採点。これが終わると久しぶりに一段落か。先週まであまりにハードだったからなあ。少しゆったりした気持ちで音楽を聴きたいと思う。

2005年5月21日 土曜日■茅ヶ崎市楽友協会で「向山佳絵子とその仲間たち」の演奏会が行われる。12人のチェロ奏者によるアンサンブル。クレンゲルの「12のチェロのための讃歌」に始まり、チャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」、バッハの「アリア」、「シャコンヌ」、後半がヴィラ=ロボスの「ブラジル風バッハ第1番」、ビゼーのカルメン幻想曲、最後にファリャのスペイン舞曲。これだけの名手たちが12人集まると、やはり凄い。N響、都響などオーケストラのメンバーも多くいるので公演だけでなく、練習のスケジュールを空けることがなかなか大変。めったにできない類の演奏会だったが、奏者たちは皆真剣そのもの。上質で豊かなチェロのサウンドがホール一杯に響き渡る。今日は県内だけでなく、東京、静岡などからも大勢のお客さんが来てくださった模様。当日券も結構売れた。会報(『楽友協会だ!より』)には、前号に引き続き、向山佳絵子さんのインタヴュー記事を掲載する。なお、アンコールはフランセ作曲の「チェロ学校」より、フィナーレ。◆仕事に追われ続けた1週間が終わり、ほっとする。明日、日曜日は中間試験の採点。月曜日の授業で返却するつもりなので、休日返上だ。

2005年5月20日 金曜日■割と飽きっぽい性格の方だと思う。もっとも最近は忙しすぎて、次から次へと新たにやらなければならない仕事が出てくるものだから、それをこなすのに手一杯といったところではある。けれども、そうではなく、自分の意志で始めてみようと思う類のことでは、どうも三日坊主のような面がある。それでも、何だかんだと不思議と続いているのが、この日記。どうしてだろう。自分の書いた日記を読み返すことは、おそらくないだろう。人は何のために日記をつけているのだろう。ウェブ上で公開してはいるものの、けっして「愛読者」(たとえどこかにいたとしても?)のために書いているわけではないし、自分でもよくわからないのだが、なぜかやめる気になれない。◆明日は茅ヶ崎で向山さんたち12人のチェリストによる演奏会。深夜、会場で配布の会報を執筆。いつものことながら、できあがるのは直前になりそう。

2005年5月19日 木曜日■朝の「めざましテレビ」(フジテレビ)で久しぶりにヨーヨー・マを「見る」。このところすっかり彼の演奏会にはご無沙汰である。ヨーヨー・マも今年で50歳と聞き、そうか、彼ももう50代になるんだなあと感慨深い思いがした。時の経つのは何とはやいことか。ヨーヨー・マの演奏を初めて聴いたのは25年ほど前。雑誌か何かで、サルのように木の幹につかまっておどけている写真がとても印象的だった。また、初めて「生」で聴いたのは、東京・平河町の都市センターホールでの公演だった。1981年あたりだったと思う。その頃、某音楽雑誌での「ヨーヨー・マ読者会見」に応募して、ヨーヨー・マにいくつか質問したこともあった。その後、コンサートでは楽屋を訪ねたことも何度かあるが、彼はいつでもほんとうに気さくで、魅力溢れるすばらしい音楽家である。もっとも、ぼくには、今それ以上に夢中になっているチェリストがいる(笑)。

2005年5月18日 水曜日
■PTA総会があって、それから学級懇談会。午前中までずっと配布資料づくりに追われた。無事終わってほっと一息。◆今度は中間試験の作問。構想は練ってあるが、ワープロで準備しなくてはならない。今週、まだまだ忙しいぞ。

2005年5月17日 火曜日
■イタリアのピアニスト、マウリツィオ・バリーニが来日中である。(この日記をご覧の方はポリーニと勘違いされるかもしれないが、そうではなくバリーニである。)そのバリーニが6月6日のNHK教育テレビ「イタリア語講座」に出演することになった。イタリア語はまるっきしダメだが、ちょっと見てみよう。◆今日から4日間、中間試験。1年生にとっては初めての高校での定期試験。いくぶん緊張気味である。◆明日はPTA総会のあと、学級懇談会がある。進路指導関係の資料準備等で慌ただしく1日が過ぎていった。

2005年5月16日 月曜日■昨日書き損なったが、水族園では、ほんとうに久しぶりにオタマジャクシが泳いでいる姿を見た。とても懐かしかった。(写真=左)◆今週もハードになりそう。昔々「月月火水木金金」という歌があったが、最近は「月木木水木木月」という心境。ちょっと使い方が正しくないな、これは。でもそれくらい忙しいのです。ここに、もう2人くらい「自分」がいて、同時進行で作業ができたらどんなによいだろう。(←おっと、このアイディア、小説に使ってはいけませんよ。新進作家のH先生。)いや、その場合にはきっと仕事も3倍になっているのだろう。トホホ。◆写真は東京都・葛西臨海水族園にて撮影。左はオタマジャクシ。右は、って?忘れた・・・。 葛西臨海水族園にて(その1) 葛西臨海水族園にて(その2)
PHOTO:(C)2005小島昭彦 PHOTO:(C)2005小島昭彦

2005年5月15日 日曜日■妻が忙しいため、子ども2人を連れて都内へ遊びに行く。行った先は葛西臨海水族園。それぞれの水槽の前は結構混んでいたが、子どもたちはそれなりに楽しんでいた様子。今日、生まれて初めて「ヒトデ」を触った。「なあんだ、結構おとなしいんだなあ」と感慨深げに言ったら、職員の方から、「そりゃそうですよ、ヒトデなんですから」と返されてしまった。今日はヒトデの足、口、お尻などがどこにあるかを学ぶ。5つの先端に目の機能があるというのもおもしろい(人間のような見え方はせず、明るい暗いなどの区別がつく程度らしい)。ところで、水族園で某女優らしき人を発見。知り合いではないので、特に声はかけなかったが、なかなかきれいだった。思っている女優でないにしても、モデルか何かをしている人にちがいない。帰りに、近くにある大きな観覧車に乗る。雷を伴う夕立のおかげで、1本400円のビニール傘を2本買うはめに。結構疲れました。

2005年5月14日 土曜日
■休日出勤。進路指導の仕事であっという間に終わる。午後、卒業生のFさんとMさんが職員室を訪ねてくれた。後輩たちのバスケットボールの試合を見に来たそうである。近況をいろいろ話す。来週火曜から中間試験。部活動の試合で来ている以外、生徒はほとんど見かけない。

2005年5月13日 金曜日■1年B組39人の個人面談が今日で終わった。やはり一人ひとりと向き合ってじっくり話すことは大切だ。高校生活が始まって1月余りが経った生徒たちだが、彼ら、彼女らなりに、様々な悩みを抱え、様々な場面でかなり神経を使っているのがよくわかる。それがかなりのストレスにもなっているようである。◆「13日の金曜日」も無事終了。1週間が終わったが、明日も休日出勤の予定。仕事の山から少し解放されそうなのは、今月下旬の見通し。

2005年5月12日 木曜日
■授業時間に、ぼくが中1最初の英語授業時間に経験した苦い思い出を語った。先生が、身近な言葉に英語が多い、という話をしたのち、教室の生徒が順番に英語になっている身近な語を挙げていった。テーブル、バイク、オレンジ、ジュース、アイスクリーム、ペン、カメラ、ラジオ・・・というような感じで、次々に単語が挙がっていった。ぼくの順番が来る頃には、思いついた単語は出尽くされていたのだが、順番が来たときに、急に思いついた語を自信たっぷりに答えた。「パン!」(英語はブレッド[bread])。そのとき、初めて教室の空気がかたまった感じがした。ふだん、授業で英語の教員は「間違えを恐れてはいけません」とよく言うが、ぼくは今でもあのときかなり落ち込んだことをよく覚えている。以来、しばらくの間、間違えを恐れる少年(青年)であった気がする。◆さて、話は変わるが、今日の授業中、ちょっと「脱線」し、醤油は英語ではsoy sauceであるという話から、「コロッケに何をかけるか」の「調査」をした。予想通り、「ソースをかける」生徒がほとんど。しかし、意外だったのは、「醤油をかける」という者がたったの1名だったこと・・・。その1名は、まさにこのぼくであった。(^^;)◆かつての教え子、E君やM君は、すしのにぎりに醤油をつけない。とんかつや海老フライには何もつけない。理由は簡単、「素材」の味が損なわれるからだそうだ。彼らの言い分、ごもっともである。でも、ぼくにはできそうにないな。

2005年5月11日 水曜日■4月21日付の日記で、小学校時代、座高が高く教室で自慢していた自分のお恥ずかしい話を書いたが、いやあ、「類は友を呼ぶ」(?)ということなのだろうか、わが妻もぼくに負けてはいなかった!小学生のときに行われた「ぎょう虫検査」で、「虫」が発見され、先生に呼ばれたのち、級友に得意になって話したことがあったそうだ。「私は虫を飼っているのよ!」。ちなみに、今はもう妻は「虫」を飼っていないそうである。(この文章は本人の承諾を得たうえで、何の誇張もなくそのまま書かれています。)

2005年5月10日 火曜日■4月1日生まれの女優、竹○○子さんが結婚するらしい。がっかりかって?いやいや、ぼくはそんなに心の狭い人間ではない。もしも報道陣から、「今のお気持ちは?」と訊かれることがあれば、それは「おめでとうございます」と素直に答えますね。◆それよりもぼくは、「ヒラリー」の方が気になっていた。そう、今後もっとも楽しみなヴァイオリニストの1人、ヒラリー・ハーンのことである。残念ながら彼女とは何の面識もないし、第一まだ一度も生の演奏を聴いたことがない。今日、彼女は新宿のオペラシティでリサイタルを行ったはずである。しかし、こちらは仕事で、またも行けずじまい。きっと凄い演奏を聴かせたのだろう。残念である。4月に入ってから、ギタリスト、ソプラノ歌手、そして今夜のヴァイオリニストと、魅力的な女性アーティストの公演を次々に逃している。これはいかん!

2005年5月9日 月曜日■また1週間が始まった。大きな仕事がだいぶ片づいてきたが、それらが片付けばまた新たな仕事が生まれる。参っちゃうなあ。◆以前書いた4月1日生まれの祖母の命日。もう21年が過ぎた。

2005年5月8日 日曜日■先日テレビでプロ野球中継が流れていた。雨で試合が続行されるかどうかの場面。結局試合はコールドになったのだが、そのアナウンスをする直前、唾をグラウンドに吐き捨てる審判の姿がテレビに映った。さらに、ガムを口開けてクチャクチャ噛む某監督も・・・。見苦しいなあ、まったく。◆今日は午前中1時間ほど子どもを公園へ連れて行って遊ばせる。午後は出勤して仕事。連休も終わりだ。休日出勤すると、たいてい同僚のIさんに会う。Iさんにいつも「学校好きだねえ」と言われる。そういうIさんこそなのであるが、相手は先輩なので言い返さずに黙っている(笑)。「それにしても、連休、あっという間に終わりましたね。返してほしいですよねえ」。「でも、もう1回ゴールデン・ウィークがあっても、俺たち、同じ過ごし方するんじゃないのかなあ」。そんな気もする・・・。

2005年5月7日 土曜日■今日も休日出勤。今年はゴールデン・ウィーク返上で、息子からブーイングを浴びる。月曜日に行う英語の試験問題を作って1日が終わる。◆さて、妻がここにどうしても書きたいことがあるという。以下、妻の記述である。◇◇わたしは時々「自分がパー子ではないか」と疑うことがある。夜12時、買ってきたお寿司の期限が「7日夜11時」となっていることに気付き落胆していたところ、某映画のテーマソングに乗りながら主人がペンを手に取り、「魔法のペン」とひと言。なんと!「9日夜11時」と期限が延びているではないか!!(^_^)・・・・・・・このようなことは四六時中起きているのだが、そのたびに手を叩いてきゃあきゃあ笑うわたしはまさに林家パー子化しているのだ。もちろん主人はペーになっていると思われていることに気づいていない。

2005年5月6日 金曜日■久しぶりに鼻血が出た。なぜだろう、不思議だ。昔、初めて買った新車が届いたときに、スーッと出てきたことがある。学生時代に買ったソニーのテレビが届いたときに、段ボール箱を開けたらタラ〜ッと出てきたことがある。しかし今回は、何も理由がないのだ。10数年ぶりの鼻血に、懐かしさを感じた。◆プロ野球は、今日からしばらくの間、セ・パ交流戦が行われる。しかし、最近はプロ野球観戦を楽しむ時間的余裕もない。昔はかなり熱中していた。高校生の頃までは、好きなチームが負けると翌日は1日ほんとうに暗く過ごしたものだったが(笑)・・・。◆夜、山田太一ドラマがテレビで放映。とりあえずビデオを録る。放送されるのを教えてくれた妻に感謝。

2005年5月5日 木曜日■午前中は、子どもを連れて近くにある大きな公園に出かけてきた。混んでいる。こんなにも家族連れが来ていたか!とちょっと驚く。放っておけば、5歳の息子も1歳の娘もどんどん遊具にのぼり、すべり台を豪快におりていく。ぽかぽかの陽気で、いい気分転換になった。帰りがけに近くのスーパーに立ち寄る。花屋さんでは、教え子のOさんがいつものようにアルバイトをしていた。ゴールデンウィーク返上で仕事に出ているとか。やさしく気のいい彼女のことだから、ほかの人の分も出勤して頑張っちゃっているのだろう。教室に置く花を買って帰る。◆午後は出勤。進路指導の書類作成。卒業生の進路状況の集計、まとめなど。あっという間に1日が終わる。

2005年5月4日 水曜日■ゴールデン・ウィークとは名ばかり。家族を放って今日も出勤(申し訳ない!)学校では、進路指導の仕事の山、山、山。卒業生の大学等の受験状況、最終進路先などの集計等、やることはたくさんある。これが終われば、次に来週の授業で行うテストの作問。それにしてもちょっときついなあ・・・。◆オーストラリア・ブリスベンから、かつて一緒に英語の授業をした先生が、久々に来日している。10日ほどの観光であるが、何しろ日本でできた知人、友人があまりに多いので、会えたけれどもほんの束の間。5年ぶりの嬉しい再会であった。今度はこちらから家族でオーストラリアを訪ねたい。

2005年5月3日 火曜日■ミッシャ・マイスキー ファンクラブ通信"SARABANDE"第28号をようやく発送。大仕事だったが、とりあえず発送も終わり、ほっと一息。これでまた「本業」に戻らないといけない。◆午後、息子を連れ、平塚ラスカホールでのコンサート「音楽のある休日」に出かける。出演は、腰越満美(ソプラノ)、丸山和範(ピアノ)、斎藤雅広(ピアノ)。斎藤さんのピアノは相変わらず絶好調。十八番のファリャの『火祭りの踊り』では、息子も食い入るようにそのパフォーマンスを見て楽しんでいた。ショパンの幻想ポロネーズやノクターン第20番嬰ハ短調、子守歌もよかったが、ラフマニノフの「音の絵」ニ短調では、あのイェフィム・ブロンフマンもぶっ飛んでしまいそうな壮絶な演奏を披露してくれた。ぼくは以前から、いつか斎藤さんのラフマニノフのピアノ協奏曲第3番とブラームスのピアノ協奏曲第2番を聴いてみたいと思っているのだが、ラフマニノフの前奏曲や練習曲ばかりを集めたプログラムというのもどこかで弾いてほしいと願っている。「芸大のホロヴィッツ」というニックネームも使い古されてきたから、そろそろこのへんで、「人形町のブロンフマン」でいくのはどうだろう。(斎藤さん、読んでくれているかなあ?)さて、腰越満美さんの歌は初めてだったが、澄んでいて輝きもあり、とても美しい。日本の歌もよいし、イタリア・オペラもいける。さらに後半聴かせてくれたように、ミュージカルやガーシュウィンのようなジャズ風のナンバーもうまい。斎藤さんはツボを押さえた、相変わらずすばらしい伴奏を聴かせてくれたが、今日はふだん腰越さんとの共演も多く、斎藤さんとも古くからの付き合いであるという丸山和範さんが出演。本業は作曲家でありながら、ピアノの腕前もなかなかで、風変わりな(?)トークをまじえ、聴衆を大いに笑わせ、楽しませてくれた。ほか、ガーシュウィンのプレリュード第1番を粋なピアノ・デュオで聴けたのも収穫。2時間あまりの演奏会、入場料は1000円。出かけてよかったコンサート。

2005年5月2日 月曜日■マイスキーのファンクラブ通信"SARABANDE"。発行がどんどん延び延びになって、会員の皆さんにはほんとうに申し訳なく思っている。今日、準備が整ったので、あとは封筒に詰めるだけ。早いところでは明後日には会員のお手許に届くことと思う。何とか時間を作りたいと思っているのだけれど、なかなか思うようにいかない。

2005年5月1日 日曜日■今日から5月。連休中も仕事の山。ちょっとうんざりである。連休後の毎日の仕事に支障が出ないように、たまっている仕事を片付けなければいけない。ちょっと異常だと思うが、仕方なく仕事に向かっている。少しは遊びたいのだが。(これで倒れたら労災認定してください。まあ、ちょっとやそっとじゃ倒れませんが。)