管理人の音楽日記帳
(2005年6月1日〜6月30日)


ミッシャ・マイスキー ファンクラブのサイトの管理人(小島昭彦)による音楽日記帳です。音楽の話題に限らず、日々思っていることも織り交ぜながら記していきたいと思っています。ご質問、ご意見、ご感想等をお寄せください。メールはこちらへどうぞ。


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2005年6月30日 木曜日■今日も蒸し暑い。◆マイスキーの東京公演、今回会員の方からかなり多くチケット予約が入っている。それは曲目が比較的ポピュラーだからというだけではないだろう。ファンにとってはやはり、愛娘リリーがどんなピアノを聴かせてくれるかの期待の方が大きいのであろう。

2005年6月29日 水曜日■期末試験初日。今日も慌ただしく過ごす。早く1学期が終わってほしい!◆今日からマイスキー10月29日東京公演のチケット会員先行予約受付を開始。◆6月26日付で書いたアバド指揮ロンドン響の東京公演。1981年ではなく、1983年の5月17日でした。早速訂正。

2005年6月28日 火曜日
■職員室のクーラーがついた。というよりは、つけた!(やったぁ。これで仕事がはかどる。)◆暑さに突入しかけたこんな時期にどうかとも思うが、昨夜から減量作戦開始。昼はビヒダスヨーグルトにビール酵母かけて済ませる。結構お腹が膨らむ。夜は海藻と豆腐でヘルシーなサラダ。◆明日は期末試験初日。1年B組のみんな、しっかり〜!

2005年6月27日 月曜日■暑い! 気温と湿度はいったいどこまで上がったのだろう。職員室には何年か前にクーラーが設置されたのだが、誰もつけようとは言わない。開けてある窓から気持ちよい風が入ってくるならまだしも、今日は4階の教室のようには入ってこない。誰も気づかぬうちに窓を全部閉めて、クーラーのスイッチを入れてしまおうかとも考えたが、職員室の窓の数が多すぎる。暑くて仕事ができないと思っているのはぼくだけではなかったようで、ぼくとは対照的な体格の国語科Iさんでさえも夕方早めに引き上げていった。さて、このクーラーはいつから使ってよいのだろうか。7月からか?何しろ県の財政が逼迫していて、電気代を節約しろと再三言われているのである。それでも、明日も今日のように蒸し暑くて仕事の効率が上がらなかったら、スイッチを入れてしまいたい衝動にかられそうだ。◆ファンクラブ通信(号外=葉書)を発送。10月29日・サントリーホールでの公演チケット先行予約のご案内である。

2005年6月26日 日曜日
■6月26日というと毎年思い出すのがクラウディオ・アバドの誕生日。今年で72歳である。1981年、アバドが48歳の年、年男ということでだったか、ロンドン響の来日公演を記念してだったか、「アバド・イヤー」と称し、レコード会社がいつもよりも派手に宣伝したのを覚えている。もう24年も前のことである。あの年、たしかその2年後の5月17日、昭和女子大学人見記念講堂で、ストラビンスキーの組曲『火の鳥』(1919年版)とマーラーの交響曲第1番『巨人』を聴いて、ぼくはぶっ飛んだのである。終演後、ロビーで行われたサイン会は長蛇の列。アバドはやさしい眼をしていた。笑顔で握手してくれ、創り出される音楽だけでなく、その人柄まで好きになった。来年あたり、来日するという噂をどこかで聴いた。久々のマエストロとの再会が大いに楽しみである。◆今日は自宅で仕事。学校に行かなくてもできる仕事をして終わった。その仕事が片付き、マイスキー東京公演のファンクラブ会員先行予約受付のご案内はがきを発送する準備に移る。

2005年6月25日 土曜日■夜、東京文化会館小ホールでデュオ・プリマの演奏会を楽しむ。ヴァイオリンの礒絵里子と神谷未穂は従姉妹同士。今回はデュオ・プリマが新しいアルバムを発売したのを記念しての演奏会。ピアノの山田武彦はそのアルバムでの編曲、ピアノも担当。よく知られた作品が並んだが、どれも上質の聴きごたえのある演奏。バルトークの『ルーマニア民族舞曲』やサラサーテの『ツィゴイネルワイゼン』などをヴァイオリン2人でやるのはなかなか大変だと思うが、音楽に瑞々しさを保ちながら、そこに厚みと豊かさを加え、聴きごたえのある演奏を展開していた。後半は山田武彦の編曲による新しいアルバムから選ばれたが、中でも『カルメン幻想曲』が編曲、演奏ともに秀逸。技術的にも音楽的にもかなり高度なレベルが要求されていたが、それを見事にクリア。最後まで大いに楽しませてもらった。

2005年6月24日 金曜日■1週間があっという間だった。試験範囲を終えなければならないので、授業もやや慌ただしく行う。生徒たちはちゃんと理解してくれているだろうか。小テストの結果を見ている限り、日頃から地道に学習に取り組んでいる生徒はあまり多くない気がする。来週の期末試験は大丈夫だろうか。やや気がかり。◆さて、マイスキーに関してはニュースがたくさんあるが、来週初めにまとめて掲載したい。

2005年6月23日 木曜日
■例によって、そう、また例の木曜日である。朝8時すぎから夜7時半まで、休む暇がいっときもないほど慌ただしく過ぎていく日である。こんな日が続いたら自分でもいつか倒れるんじゃないかとさえ思う。◆それでも、英語のオーラル・コミュニケーションIの時間、一緒に教えてくれるアメリカ人のNさんがいるのは、なかなか楽しい。◆さて、1つのクラスを複数の教員が共同で展開する授業を「ティーム・ティーチング(team-teaching)」と呼んで久しいが、この表記に関してはどうも違和感がある。よく見るのが「チーム・ティーチング」。"team"が「チーム」という日本語にもなっているためこう表しているのだろうが、なんてバランスが悪いのだろう。「チーム」にするなら、うしろもそれに引きずられて「チーム・チーチング」ではないか(笑)。英語の教員としては、「チーム・ティーチング」とは言いたくない。英語と日本語表記(カタカナ)の関係はなかなか複雑なものがある。

2005年6月22日 水曜日■先週大きな仕事の山が片付いたと思っていたら、さらに大きな山が!もうひとつ身体と、倍の時間が欲しい。

2005年6月21日 火曜日■午後は地区の進路指導担当者の会合のため出張。◆夜、サントリーホールで演奏会。小林研一郎指揮マリンスキー歌劇場フィルによるオール・チャイコフスキー・プロ。後半の交響曲第4番が圧倒的であった。今日の演奏会では、アンコール最後の演奏が終わったあと、客席の聴衆がほぼ総立ちになった。日本では実に珍しいだろうし、こんな経験は初めて。もっともこれはマエストロの聴き手への呼びかけがあって行われたものである。マエストロはなかなかの演出家でもある。今日はチャイコのピアノ・コンチェルトが好きな友人(←男です)と一緒に楽しんで帰ってきた。なお、コンチェルトの演奏については、ここではコメントを控えたい。◆娘が今日で2歳になった。結婚式では絶対に泣くもんか!

2005年6月20日 月曜日■オペラ『カルメン』の公演が終わり、ほっと一息。◆疲れがたまり、早寝できない分、早起きがいくぶん苦痛に。◆マイスキーの東京公演チケット先行予約の準備をそろそろ始めないといけない。(会員の方へは今月下旬に「はがき」でご案内の予定です。)◆学校の方は相変わらず進路指導関係の郵便物、荷物が山のように届く。それを開封し、中身を確認する作業だけでも毎日1時間はかかる。◆今日は授業中に小テストを実施したが、テストをすれば今度はその採点もあるわけで、またここでも仕事を増やすことになる。

2005年6月19日 日曜日■茅ヶ崎市民文化会館でチェコ国立ブルノ歌劇場公演『カルメン』(バレエ『ボレロ』付)が行われる。カルメンがメゾ・ソプラノのヴィクトリア・マイファトヴァ、ドン・ホセがエルネスト・グリサレス、指揮がヤン・シュティフ。チケット料金が最高16,000円で、これくらいの質の公演が楽しめればかなり満足度が高くなるのではないだろうか。ラヴェルの『ボレロ』が第4幕の前に挿入され、面白さは増していたが、ビゼーの『カルメン』にこの演出が必要かどうかは賛否両論がありそうである。毎度ながら公演に向けての会報執筆がギリギリになってしまった。・・・反省。
開演前のロビーでのコンサートの様子 『カルメン』第1幕より 『カルメン』第1幕より
1)開演前のロビーコンサート。オーケストラの金管奏者5名による演奏。 2)『カルメン』第1幕より。中央がカルメン役のヴィクトリア・マイファトヴァ(メゾ・ソプラノ)。 3)『カルメン』第1幕より。
『カルメン』第2幕より バレエ『ボレロ』より 『カルメン』第4幕より
4)『カルメン』第2幕より。 5)第4幕の前に挿入されたバレエ『ボレロ』。 6)『カルメン』第4幕より。手前中央がカルメン。その向こうにドン・ホセ(エルネスト・グリサレス=テノール)。奥に闘牛士のスカミーリョ(イジー・スルジェンコ=バリトン)が見える。
PHOTOS:(C)2005小島昭彦  2005年6月19日、茅ヶ崎市民文化会館大ホールにて。チェコ国立ブルノ歌劇場公演。ビゼー作曲歌劇『カルメン』(バレエ『ボレロ』付)。(お断り:ここに掲載の写真はすべて招聘元の撮影許可を得た上で、「主催者」として公演記録用に撮影しているものです。)

2005年6月18日 土曜日■指揮者のカルロ・マリア・ジュリーニの訃報に気づかずにいた。16日の夕刊に出ていたのだがそれを見逃していたために、今日インターネット上で知ったのであった。享年91歳。そうか、ジュリーニはもう90を超していたんだ。高校生のときに買ったDGのドヴォルザークの8番。シカゴ交響楽団を指揮してのカセットテープだったが、何度も聴いてこの作品が好きになった。ときに厳しさを感じさせることもあったが、あふれ出る音楽からはいつも人間味を感じさせるものがあった。ロスアンジェルス・フィルを振ってのベートーヴェンの『エロイカ(英雄)』や『田園』の録音は「期待はずれ」と評する評論家が多かったが、その評に抵抗するかのように、ぼくは一所懸命演奏に耳を傾けてジュリーニの音楽に対する思いをくみとろうとしたことを懐かしく思い出した。1984年、横浜の神奈川県民ホールでのロス・フィルの演奏会。楽屋口でサインをねだったときにはやさしい笑顔で応えてくれた。あのときの笑顔はまさにジェントルマン。ほんとうに素敵だと思った。マエストロの冥福を心から祈りたい。

2005年6月17日 金曜日■夜、東京・王子ホールで「ギンザめざましクラシックス」を聴く。「雨」をテーマにさまざまな音楽を楽しむ。今日のスペシャルゲストは稲垣潤一さん。いやあ、嬉しかったなあ。カラオケに行けば稲垣潤一ばかり10曲以上続けて歌っていたほど、ぼくにとっては大好きな歌い手。ここのところすっかりご無沙汰していたが、その声はちっとも衰えておらず、ほんとうに嬉しかった。懐かしい名曲が3曲聴け、思わぬプレゼント。演奏会後は友人3人と食事。久しぶりに終電近くまで東京の夜を楽しませてもらった。

2005年6月16日 木曜日■先日、マイケル・ジャクソン被告に「無罪」の判決が言い渡された。「有罪」になるのではという大方の予想を裏切っての判決であった。個人的な感想は別の機会に書くとして、ぼくは新聞で長いこと「マイケル被告」と表記されることに違和感を抱き続けてきた。なぜ「ジャクソン被告」と姓を使わず、「マイケル被告」になるのだろう?こういうときのジャーナリズムにおける氏名の表記の基準というのはどうなっているのだろうか。ちょっと知りたい。背中が痛いと言っていたマイケル・ジャクソンだが、そんな痛みも今はどこへやら、なのだろう。ところで、先日、妻の前で、オレ流「ムーン・ウォーク」を披露したら、大いにバカにされた。こんな「ムーン・ウォーク」は誰にも見せられるものではないということなのだろう。たしかに(・・・お恥ずかしい)。

2005年6月15日 水曜日■午後は保護者面談。◆ところで、文化祭のクラス企画がなかなかまとまらず苦労している。といっても、困っているのはぼくではなく生徒たちの方である。中学のイメージとはまったく違うのだろうが、もっと積極的にこんなことはできないか、あんなことはできないかとアイディアを出し合わないとね。何か食べ物を作って売りたいと言っても、企画審査はそう簡単には通らないよ〜。1年B組のみんな、しっかり〜!

2005年6月14日 火曜日■先日ゲーリー・カー(コントラバス)からバッハの無伴奏チェロ組曲第4〜6番のCDが届き、くりかえし聴いているところである。味わい深く、高い精神性が感じられる名演。チェリストでも難しいパッセージが何箇所もあるはずだが、カーはコントラバスでそれらをやってのけているのだから驚きである。カーに出会って25年。彼との出会いがなかったら、ぼくはコントラバスのすばらしさを見逃したまま過ごしてきていたにちがいない。12月の来日が楽しみである。

2005年6月13日 月曜日■午後は都内の某予備校で研修会があり出席する。来年のセンター試験からは英語ではリスニングテストが導入されることになっていおり、そのあたりの話を聴いてくる。それにしても、実に久しぶりに都内へ出た気がする。◆今日はかつての教え子、K君の1周忌。彼は、特に英語には前向きに取り組んでいた成績優秀な教え子であったが、社会人になってからは教え子ではなく、よき友人として付き合わせてもらってきた。まだまだこれからだというのにあまりに早すぎる死であった。

2005年6月12日 日曜日■子どもを連れて茅ヶ崎海岸の砂浜で小1時間ほど遊んできた。自宅から20分ほど車を走らせれば海に出る。海から遠い人には羨ましがられるが、海に惹かれたことはぼく自身、ほとんどない。砂浜でのロマンティックな経験は、残念ながらないし、海に向かって「バカヤローッ!」と叫んだ経験もない。砂浜を全力で走ったこともない。青春と海が重なったことはほとんど記憶にないのである。それにしても、今日のような穏やかな波でもサーファーはずいぶん来ているが、今日の程度では「入門レベル」だろうなあ・・・。いろいろなことを思いつつ、波打ち際ではしゃいでいる息子を見て過ごした。◆土・日の少なくともどちらか1日は、仕事はしない。そう決めてここ何週間か、遊びまくっている。その結果、先週月曜夜にはダウンし、火曜はついに仕事を休んだ。今週は出張も多く、また忙しい毎日になりそう。身体だけはこわさないように気をつけたい。

2005年6月11日 土曜日
■息子の幼稚園で父親参観。園児と親が一緒になって何かを作るというのがある。木工コーナー、空き箱のコーナー、紙粘土のコーナー、染めコーナー。昨年と同じく紙粘土のコーナーを選ぶ。不器用で創造力に乏しいぼくは、さて何を作ろうかと、去年も同じように悩んだ。今回も息子としばらく思案。1時間余り、いったいどうやって紙粘土と格闘したらよいのだろう。隣のお母さんは座っているクマを見事に形にしている。誰がどう見ても立派なクマになっている。向かいのお父さんは、カタツムリや小さな動物。ボンドを使ってビーズを器用に粘土にはめ込んでいる。皆それなりに上手にやっていて、よその園児たちは尊敬の念で親の作っている姿を見つめている。で、ぼくと息子はと言えば、小さなだんごをいくつか作ったり、細長くのばしたミミズを何匹か並べたり・・・。先生が回ってきて、「あっ、何を作っているんでしょうか?」と訊かれても「・・・」。残り20分になって、丸いケーキと長く伸ばしたヘビができあがり、絵の具で色をつける。できることなら、また粘土の塊に戻してしまいたかった。◆午後は学校へ。保護者面談をし、その後夜まで勤務。

2005年6月10日 金曜日■学校では出入りのパン屋さんのあげパンが生徒達に好評だ。ふつうのものとココア味のものと2種類ある。昔懐かしい味。自分が小学生の時の給食で食べたのとよく似ている。中がふんわりしていて、食べると、不思議とほっとした気持ちになる。わが家の子どもたちも大好きで、ときどき土産に買って帰る。◆週末。かなり疲れがたまっている。今夜はよく寝よう。◆今日は教育実習生が実習最終日。実習生の皆さん、2週間または3週間、お疲れさま。

2005年6月9日 木曜日■木曜日。例によってあまりに慌ただしい1日。休む暇もない。ちょっと動くと汗が止まらない。午後は3年生の進路ガイダンス。大学や専門学校、予備校から多くの先生方に来校していただき、学校説明会を行う。体育祭が終わって進路への意識が高まってきた3年生。熱心に先生方の話に耳を傾けていたようである。それにしても蒸し暑くなってきた。

2005年6月8日 水曜日
■弁当箱、職員室で発見!しかも自分の席のすぐ近く。いやあ、誠にお恥ずかしい(^^;)。◆夜、サイトのトップページがとんでもない状態になっていると妻から携帯電話に報告が入る。あれれ、ウィルスのせいだろうか?バックアップがあったおかげで何とか正常に戻り、ほっと一息。原因はウィルスではなかったことも判明。◆いけませんね、他人のせいにしては。どちらも自分がいけなかったのです。病み上がりということで、どうかお許しを。

2005年6月7日 火曜日
■ほんとに「ダメ」になった。今日はおとなしく自宅で休む。自習になった3クラスの皆さん、ごめんなさい。夕方、かかりつけの医者に診てもらい、胃腸炎を伴う風邪に効く薬をもらって帰る。帰りがけ、学校に立ち寄る。同僚のIさんには、食欲がなくなってちょうどいいじゃないかとからかわれ、それもそうだなと思う(苦笑)。風邪ひいて休んだのだから、わざわざ夜仕事をしに行かなくてもと思われるだろうが、実は昨日、弁当箱をどこかに置き忘れてきたことがずっと気になっていたのである。帰宅して鞄の中にないことに気付き、職員室に置いたままなのだろうと思っていたのだ。ところが、職員室でさがしたものの、弁当箱は見つからない。買い換えてまだ1週間も経っていないのに、もう紛失か・・・。どこへいったのだろう。食べ終わったあとの空箱だから、持って行く人もいないだろうが。う〜ん・・・。

2005年6月6日 月曜日■6月6日というと、小さい頃よく聴いたコックさんの絵描き歌を思い出す。「♪・・・6月6日の参観日、雨ざあざあ降ってきて・・・」。だいぶ湿度が高くなってきた。あまり好きではない季節に入っていく。◆夕方から身体がだるくなってきた。仕事が片付かず、夜までいたが、食欲がない。明日はダメかもしれない。

2005年6月5日 日曜日
■息子とボウリングをしに出かける。ガーターのないレーンを希望。まだ小学校にも上がっていない息子にはボウリングの球は重すぎたかな。それでも初めての経験で実に楽しそうであった。ぼくも久しぶりにゲームをした。しかし、特別なレーンに助けられたにもかかわらず、スコアは3桁にのるのがやっと。情けない。自分のフォームがモニターに映り、投球直後にそれを確認することになるのだが、どう見てもかっこよくない。できれば見たくないのに・・・。それからボールのスピード表示も!あと、昔はスコアは自分で鉛筆でつけたものだが、今は自動的に画面で計算され、帰りにはちゃんとプリントアウトしたものが持ち帰れる。しかも、そこにはどのピンを倒したかまできちんと記録されているのである。これではまったく「ごまかし」がきかないではないか!いやあ、ほんと、ずいぶん変わったんだなあ。ちょっとサービス過剰って気がするけれど。◆ブダペスト祝祭管弦楽団の東京公演のチケット(会員で申込みのあった方へのもの)を発送する。

2005年6月4日 土曜日
■都内にある大学の入試説明会に出席。かつては大学の「一般入試」といえばチャンスは1回だったのに、今ではいろいろな方式を組み合わせることによって、合否判定される機会が増えた。また、大学によっては、いろいろな方式で併願しても受験料が変わらないというような「割引制度」が常識となりつつある。受験人口が減少し、数字だけで見れば、大学入学希望者が100%大学に進学できる「大学全入時代」がまもなく訪れることになり、どの大学も様々な方法を使って、まずは受験生をしっかり確保したいということであろう。◆ところで、複数の卒業生から聞くところによると、ある大学では学生の授業態度が非常に悪く、先生もやる気を失い、とても大学の授業とは呼べないレベルにまで落ちていると聞く。高校での基礎学力が十分身についていない学生であっても、大学によっては受け入れざるをえない厳しい現実があるということだ。◆今、伝統を誇る名門大学であっても、大学改革の波が押し寄せている。厳しい時代にもかかわらず、新たに設立される大学も相変わらず毎年出てきている。大学・短大の生き残り競争はますます激化している。

2005年6月3日 金曜日
■あっという間にまた1週間。疲れがたまって早起きできない。

2005年6月2日 木曜日■一週間で一番きつい木曜日がまたやってきた。だいぶ慣れてはきたものの、やはり、きつい。それでも今週は教育実習生Mさんのおかげで、ずいぶん助けられている。◆英語の授業は語学ばかりやればいいってもんではない。たとえば、異文化間のコミュニケーションや異文化理解といった分野も重要である。今日ははじめにオーストラリア文化の理解をテーマに取り上げた。。クラス全員に「ベジマイト(VEGEMITE)」体験をしてもらった。大半の生徒は「まずい」と嫌がったが、これがオーストラリア国民の間ではしょっちゅう食事の場に登場するものである。「濃縮ビール酵母エキス」。合成着色料や合成保存料を一切使っていない、まさに健康食品。ぼくは結構気に入っている。日本人では珍しいほうなのかも。

2005年6月1日 水曜日■体育祭。平日にもかかわらず保護者ばかりでなく、卒業生たちも大勢見に来た。毎年生徒達のパワーには圧倒されっぱなし。こちらはいつもながらエネルギーをもらって充電。よい天気に恵まれたが、紫外線が意外と強く、かなり日に焼けた。ほとんど何もしていないのに、外にいるだけで結構疲れる。◆さて、体育祭が終わってから上野の文化会館で行われるトゥルルス・モルクのチェロ・リサイタルを聴きに出かけようと意気込んでいたのだが、仕事が立て込み、1曲目には間に合いそうにないことに気づく。「ベートーヴェンの5番のチェロ・ソナタは諦めよう。何しろ聴きたいのはブラームスのソナタ第1番なんだ」と、前半の曲間で入場できるか主催者に確認の電話をする。すると、何と、前半は演奏順序が変わり、ブラームスからですとの返事。がっかり。急に疲れがどっと出てきて、結局演奏会はパスしてしまった。携帯電話番号をop.38にちなみ0038にしたほど、ぼくはブラームスのチェロ・ソナタの1番が好きで、この春はウィスペルウェイ、シフ、そしてモルクと、名手たちが次々にこの作品を競演することになっていて心から楽しみにしていたのであるが、ついにどれひとつも聴くことができなかった。残念なことに、この秋、ミッシャ・マイスキーは弾く予定がない。(ノ_・、)◆夜、NHK教育テレビの『趣味悠々』を見る。ピアニストの斎藤雅広さん、いつもながらのハイテンション。ぼくもやってみようかなあ。少しは弾けるようになるのだろうか・・・。出演している2人のおじさん、ガンバレ!(どっちのおじさんがぼくの代役だろうか? 笑)