管理人の音楽日記帳
(2002年4月1日〜2002年6月30日)


ミッシャ・マイスキー ファンクラブのサイトの管理人(小島昭彦)による音楽日記帳です。音楽の話題に限らず、日々思っていることも織り交ぜながら記していきたいと思っています。ご質問、ご意見、ご感想等をお寄せください。メールはこちらへどうぞ。

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2002年6月30日 日曜日■昨夜から今日は1人で過ごす。家にいても新聞の集金があったりして、財布の中身がどんどん外に流れていく(苦笑)。期末試験の問題を作る。合間にアバド指揮ベルリン・フィルによるマーラーの交響曲第9番【UCCG-1106】、ブラームスのヴァイオリン協奏曲と二重協奏曲(ヴァイオリンがギル・シャハム、チェロがジャン・ワン)【DGG 469 529-2】、さらにジェシー・ノーマンが歌うフランス歌曲集(デュパルク、ラヴェル、プーランク、サティで、ピアノはダルトン・ボールドウィン)【PHCP-547】を聴く。アバドがここにきて次々とベルリン・フィルとマーラーのシンフォニーを聴かせてくれているが、これも超一流オーケストラならではの現代を代表するマーラー演奏の1つといえよう。バーンスタインのような粘着質の演奏とは異なるが、マーラーならではの厭世観、人生の終焉を感じさせながら、極めて質の高いアンサンブルを聴かせてくれる。アバドならではのスコアに対する深く鋭い読みが感じられた。ブラームスの2つの協奏曲ではギル・シャハム、ジャン・ワンが見事なソロを聴かせている。ジャン・ワンは宮崎でも高く評価され、今後ますます目が離せない存在になりそうだ。とはいっても、ここはミッシャ・マイスキー ファンクラブ事務局。メインはマイスキーだけど...(笑)。ノーマンの歌を久々に聴く。彼女のエネルギーにはいつも圧倒される。◆W杯の決勝をテレビで観戦!ブラジルの全得点(2点)を「生で」見る。敗れたものの、ドイツのGKのカーンのプレイに感動。

2002年6月29日 土曜日■午後、都内某専門学校主催による公務員試験対策の指導者セミナーに出かける。往復の車中では遠藤周作の『満潮(みちしお)の時刻』(新潮文庫)を読む。夕方からかなりの雨。帰宅後はまた試験の作問に追われる。

2002年6月28日 金曜日■週末。とはいえ、期末試験を控えており、ゆっくり休む暇がない。試験問題が仕上がれば、今度は採点、成績処理。それに進路指導関係の行事等、やることがぎっしりである。

2002年6月27日 木曜日
■1日雨。バイクで通勤する身にとってはしばらくつらい日が続く。もっとも通勤時間が短いのは助かる。実際何分かかっているかを書くと顰蹙を買うにちがいないので、ここでは控えておく。◆クラシカ・ジャパン(CS放送)では、マイスキーがペシェク指揮プラハ交響楽団とドヴォルザークのチェロ協奏曲を協演したコンサートのライヴが放送されていたのを思い出し、ビデオを録っておく。(放送は昨日が初日)。1992年の演奏ということで、バーンスタイン指揮イスラエル・フィルとの協演よりも数年経ってはいるが、こちらのマイスキーはかなり自由に演奏している印象を持った。メリハリがきき、ヴィヴィッドで実に見事なドヴォルザーク。青いシルクのシャツを着ての演奏で、かつて日本公演でも見た姿。懐かしい思いがした。

2002年6月26日 水曜日
■記憶に誤りがなければ、今日は指揮者クラウディオ・アバドの69歳の誕生日である。アバドの指揮する演奏を聴き始めたのはもう23〜4年前の話である。大好きなポリーニとも気が合い、協演の機会が多いことも、ますますアバドと接することが増えることにつながった。◆ロンドン交響楽団を指揮したムソルグスキーの「展覧会の絵」が20年ほど前にリリースされたとき、『レコード芸術』で新譜月評を書いた。(実は、音楽評論家の月評ばかりではなく、たまには読者にも書かせろというようなことを提案したところ、レコ芸の編集部がおもしろがってくれて、その企画を1度限りで採用してくれたのだが、そのときにぼくが書いたのがこのLPについてだった。)ムソルグスキーの音楽に重きを置き、ラヴェル編曲でありながらムソルグスキーの意図する音楽の本質のようなものを表した演奏であったように思う。したがって、それはラヴェルの色彩感からは程遠い演奏であったと感じたのだが、某音楽評論家はこの演奏を、きわめて色彩感豊かでいかにもラヴェル編曲のものだと言い切り、ぼくだけでなく、このアルバムを聴いた者たちを驚かせた。この評論家は誠意を持ってこの演奏に耳を傾けたのであろうかという疑問が沸き起こった。(もちろん演奏をどう聴こうが自由だが、評論家にはそれなりに読者・愛聴家たちへのある種の「責任」も生ずるはずだと思っている。)◆聴き手には当然のだが誠意をもって、誠実に、そして謙虚に演奏に耳を傾ける義務はあるだろうが、演奏者にも同様に、作品や聴衆に対する誠意あるいは誠実さといったものは求められる。クラウディオ・アバドほど誠実・誠意・謙虚というような言葉が似合う音楽家はいないように思われる。そのようなキャラクターでありながら、世界を代表する名指揮者としてここまで立派なキャリアを積んできたこと自体、不思議でさえある。アバドの謙虚で誠実な人柄、音楽をこよなく愛する心に、ぼくはずっと惹かれてきた。もちろん、私生活上のマエストロがどんな人かは実はよくわかっていないのだけれども...。どこかのインタビュー記事で、アバドがオーケストラのリハーサルでは、余計な言葉を遣わなくても「目で伝える(話す)」ことができるから、と言った話は今でも強烈に印象に残っている。◆アバドさん、あなたのプッチーニのオペラ、たとえば「トスカ」や「ボエーム」、あるいは「蝶々夫人」はこれからも聴けないのでしょうか。

2002年6月25日 火曜日
■今日はサッカーW杯の準決勝。テレビでは夜、韓国がドイツと対戦し惜敗。ソウルの競技場は真っ赤なシャツを着た韓国のサポーターで赤一色となって大歓声に包まれた。また、各地の街頭でも熱狂的な応援に大いに沸いたようだ。◆夜中に「ヨーヨー・マ・プレイズ・ピアソラ」を聴く。聴いていてちっとも飽きないのは、やはり演奏が変化に富んでいて見事であるからであろう。それぞれの作品を素晴らしい奏者たちが演じているが、ヨーヨー以外にギターのアサド兄弟とバンドネオンのN.マルコーニの熱く、多彩な演奏が印象的。【ソニー SRCR1954】

2002年6月24日 月曜日
■英語で関係代名詞を用いて1つの文にするというときに、
   A) This is the house. + The great cellist lives in it.
 → A') *This is the house which/that the great cellist lives in it.
と誤って書く中学生が多い。高校生でも間違えることがある。「代名詞の代わりに用いるのが関係代名詞です。it は which か that に姿を変えるので、1つの英文にしたら、もう、なくなるんですよ」では印象が薄い。そのとき、「代名詞の it は"本郷猛"で、関係代名詞 which/that は"仮面ライダー"だと思えばいいんだよ。本郷猛が変身ベルトをつけて仮面ライダーに変身したら、テレビの画面にはもう本郷猛は映っていないでしょ? もし本郷猛と仮面ライダーが同じ画面に出ていたら、大変なことになっちゃうんだよ」と説明すると、もう誰も上記のような誤りは犯さなくなる。これが出てきたときには、なかなかうまいこと思いついたものだと、われながら感心してしまったものだ。しかし、今や時代が違う。本郷猛なんて高校生はまず知らない。今なら、何のキャラクターがピンと来るのだろう?斎○さん、教えてください!◆なお、正解は This is the house (which/that) the great cellist lives in. (←関係代名詞は省略可だが、問題文の指示により、ここでは残す) / This is the house in which the great cellist lives. [なお、関係副詞 where を使った英文は This is the house where the great cellist lives.]

2002年6月23日 日曜日
■期末試験が近づいてきた。試験範囲をそろそろ発表しなければならない。◆学校5日制になり、授業時間がずいぶん減ったように思う。学校によっては授業確保のため、ずいぶん行事を「精選」したようである。たしかに授業は「命」である。基礎学力がつかなければ話にならないのは百も承知だが、今の学校で、生徒があんなに一所懸命準備から運営まで取り組む姿勢を見ていると、なぜ減らさなければならないのかと考えてしまったりもする。日常の授業で学べない、おそらくもっと大切なことを生徒は学ぶであろう。であるならば、ここは、授業内容をさらに「精選」することも考えていかなければならないのではないか。(もっとも、かと言って小学校の算数で円周率を3にしてよいという考えにも疑問を感じているのだが...。)

2002年6月22日 土曜日
■3月に観た三谷幸喜の"You Are The Top 今宵の君"がDVD収録され、先日商品が届いた。観に行くことができなかった妻と、大いに楽しむ。◆Duo Prima(礒絵里子と神谷未穂によるヴァイオリン・デュオ)のデビューCDが昨日発売になった。まだ購入していないが、早く聴きたい。来週初めに買ってこよう。これも楽しみだ。

2002年6月21日 金曜日
■あっという間に週末。いや、ようやく週末?先週末から今週にかけてはずいぶん演奏会通いをした。印象深いコンサートの多い1週間であった。今夜はたまった睡眠不足を一気に解消したい。

2002年6月20日 木曜日
■午後、中学校訪問。高校の教員が中学の校長、3学年(または進路指導)担当の先生を訪ね、近況あるいは入試状況などをお知らせし、「本校ではこれこれこういう特色がありますので、ぜひ多くの生徒を送りこんでください」とお願いしてくるようなものである。高校では来年度から「総合的な学習の時間」と「情報」の授業が始まるので、そのあたりも話題になる。今日訪れたのは母校。校舎内はリニューアルし、昔の面影はあまりなかったが、それでもいろいろなことを思い出し、懐かしくなる。◆『レコ−ド芸術』の発売日。雨の中、帰りがけに本屋に立ち寄り、購入。

2002年6月19日 水曜日
■サントリーホールでシャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団の演奏会。◆前半はコリリャーノ作曲の交響曲第1番。エイズで亡くなった3人の友人に捧げられたというこの作品は、1990年にバレンボイム指揮シカゴ響で初演されて以来、世界ですでに125団体のオーケストラによって演奏されているそうである。スラトキン指揮セントルイス響によるCD、秋山和慶指揮東京交響楽団の定期演奏会でも聴いたことがあり、馴染みのある作品となっている。ショスタコーヴィチを思わせる弦の響き、第1楽章にステージ下手からきこえてくるアルベニスの「タンゴ」のメロディ、第3楽章でのチェロのソロ。N響の演奏はどの場面でも常にゆとりを感じさせる。デュトワはスコアをよく読み、緻密で豊かな音色をオーケストラから引き出していた。◆後半はエマニュエル・アックスの独奏によるブラームスのピアノ協奏曲第2番。アックスは53歳。髪がずいぶん白くなったものだが、今がまさに脂ののった時期だろう。冒頭のホルンのメロディを聴くと、20年ほど前に上野の文化会館で聴いたサヴァリッシュ指揮N響の演奏会を思い出す。あのときはN響の名ホルン奏者千葉馨さんのまろやかな音色に感激した。ピアノのポリーニが透明で明るく丸味を帯びた音色で、すばらしいブラームスの世界を構築していた。ぼくの頭の中にはいつもポリーニの弾く演奏が基準となってしまっているようなところがある。アックスの演奏に話を戻すが、アックスはブラームスの音楽を大きく捉え、スケールの大きなものに仕上げている。ポリーニのように音の粒を揃えようという意識はなさそうだ。ときに角張ってもいるし、凸凹も、とげもある。こういう演奏もあることはわかるが、通して聴いてみると、いまひとつ説得力に欠けるきらいがなくもなかった。それなりに仕上げるのにはやはり相当難しい作品なのであろう。

2002年6月18日 火曜日■サッカーのW杯決勝リーグで日本はトルコ相手に1対0で敗退。昼間の試合だったため、観ることができなかった。しかし、よい試合はこのあと多くあるだろう。1試合くらいは観てみることにしよう。◆学校の廊下で生徒の口笛が聞こえる。ヴェルディの『アイーダ』第2幕で聴かれる「凱旋行進曲」。サッカーの試合で応援する観客が歌っているのだそうだ。それで『アイーダ』にもっとスポットが当たればすばらしいが、なかなかそうはいかない。約20年前、藤沢市民オペラの『アイーダ』でエジプトの兵士役(助演だが...)で舞台に4回立った。有名なあのメロディが聞こえるときにはいつも、この公演のことが思い出されるのである。

2002年6月17日 月曜日■久々に3日続きで演奏会だったのでやや疲れたものの、この3日間はどれも充実していたので大変満足。◆夕方、茅ヶ崎市楽友協会事務局へ寄って帰る。
次回の来日ではブラームスの協奏曲を弾くとのこと
PHOTO:(C)2002小島昭彦
ミンツのヴァイオリンの音色は格別!
PHOTO:(C)2002小島昭彦
ピアニストのイェフィム・ブロンフマン。2002年6月16日、東京オペラシティコンサートホール楽屋にて撮影。 ヴァイオリニストのシュロモ・ミンツ。2002年6月16日、東京オペラシティコンサートホール楽屋にて撮影。

2002年6月16日 日曜日■セブン・スターズ ガラ・コンサート2002を聴きに、東京オペラシティコンサートホール(タケミツ メモリアル)まで出かける。ファンクラブの案内チラシを挟み込むため、11時半にホール入り。◆ドビュッシーのチェロ・ソナタはマイスキーとチョン・ミョンフンの共演。特に終楽章は、崩れてしまう一歩手前のギリギリのところで音楽をしており、実にスリリングな演奏。◆ショスタコーヴィチのピアノ・トリオ第2番は、ブロンフマン、ミンツ、チョー・ヨンチャンの演奏。アルゲリッチ、クレーメル、マイスキーのトリオとはまたひと味違うが、集中した中から絞り出てくる音楽が強い意志を感じさせる。旧ソ連の空気が感じられた。期待以上の名演だった。◆樫本大進とブロンフマンによるモーツァルトのあと、ブラームスのピアノ五重奏曲。チョン、ミンツ、樫本、バシュメット、マイスキーによる白熱した演奏。5人の気迫あふれる名演奏。これぞ室内楽の醍醐味。◆アンコールに2人のピアニストがブラームスのハンガリー舞曲を連弾で演奏し、会場を大いに沸かせた。◆終演後、楽屋を訪ね、ブロンフマン、ミンツ、マイスキーらを訪ねる。その後、Hさんとお茶を飲んで話をし、帰宅。◆夜、K君から電話。昨日の公演について感想を伝える。

2002年6月15日 土曜日
■王子ホールでギンザめざましクラシックスの公演。かれこれ20回を数え、今日はその記念のガラ・コンサートであった。後半の冒頭では20回皆勤の聴衆の代表2名が舞台に上がってインタビューを受ける。その1人がこのぼくだった。軽部真一君とは20年来のつき合いということもあり、話をさせてもらったが、「友人」に似て、ついつい話が長くなってしまった。◆ところで、今日の特別ゲストは岩崎宏美さん。「聖母(マドンナ)たちのララバイ」、「鳥の歌」、「好きにならずにいられない」を熱唱。◆めざクラを中心となってプロデュースし、さらに本番では楽しいトークを織り交ぜながら司会進行を務める高嶋ちさ子さんと軽部真一君、これからもますますのご活躍を。

2002年6月14日 金曜日
■すみだトリフォニーホールにトルコのピアニスト、ファジル・サイのリサイタルを聴きに出かける。それにしても何という恐るべき才能!スカルラッティのソナタ3曲に始まり、バッハのイタリア協奏曲ヘ長調、前奏曲とフーガイ短調BVW.543(リスト編曲)、モーツァルトのソナタイ長調K.331、そしてリストのソナタロ短調というプロ。既成概念にとらわれることのない自由なアプローチで、聴き手をぐいぐいと惹きつけた。イタリア協奏曲の第1楽章では楽器をチェンバロのように響かせ、終楽章は多彩な音色でまさに現代のバッハを感じさせる演奏だった。モーツァルトの第1楽章での変奏も斬新そのもの。片手があいているときにはその腕を上げて指揮者のように動かしたり、あるいは腕を横に流して音楽にさらに表情をつけてみたりしていた。◆後半のリストもフォルテッシモでは音の洪水。好みは分かれようが、演奏そのものは奥行きのある実にダイナミックなものであった。◆アンコールでは意外にもロマンティックな自作(「黒い大地」)で感動を呼び、次の「トルコ行進曲」ではジャズ風に即興的にアレンジ。自由自在な音楽で、会場を沸かせた。アンコールはさらに「ジャズ・ファンタジー・オン・パガニーニ」などへ続き、この人の驚嘆すべき実力をまざまざと見せつけられた思いであった。◆終演後楽屋を訪ね、マネージメントのSさん、Uさんらに会う。楽屋ではある前途有望な少年がサイの前で演奏を聴かせるという出来事があった(実はこの少年の演奏に目がうるんだ)が、ここでは割愛する。会場ではマイスキーのファンクラブの会員3名の方にもお目にかかった。

2002年6月13日 木曜日■午後、3年生の進路ガイダンスがあり、忙しい1日を過ごす。某研究所のご協力により、大学・短大・専門学校の先生方が大勢来てくださり、各会場で生徒たちが熱心に説明を聴いていた。大学によっては学科に関してかなり突っ込んだ質問も出されたようで、生徒の関心の高さを感じた。放課後は教員対象に専門学校選択に関する進路指導の研修会が行われる。認可校、無認可校の相違、分野ごとの現状等について、詳しい話を聞く。◆ファンクラブの方では大阪公演のチケット優先予約の対応など。いよいよ明日はセブン・スターズ・ガラの浜松公演。ミッシャは元気で来日しているだろうか。16日の東京公演には出かけるつもりだ。◆15日のギンザめざましクラシックスに出演する友人Kより電話。こちらにももちろん出かけるつもりだ。

2002年6月12日 水曜日紀尾井ホールへ礒絵里子ヴァイオリン・リサイタルを聴きに出かける。ベルギーで5年間の研鑽の成果が披露された一夜。◆彼女のリサイタルを聴くのは実は初めてだったが、前半はロシアのプロコフィエフとチャイコフスキー、後半はベルギーのイザイとフランクという充実のプログラムで、彼女の持ち味が十二分に発揮されていたように思う。◆プロコフィエフのソナタ第1番から始めるあたりはなかなかの度胸だ。第2楽章で聴くことのできる芯の強いまっすぐな響き、歯切れのよい音色、第3楽章の吸い込まれそうな神秘的な演奏が印象的。この作品を演奏するにあたっては、相当の緊張感が強いられるだろうし、それなりの集中力がないと音楽がバラバラになってしまうと思うのだが、彼女は見事に音楽を構築し、圧倒的な演奏を聴かせてくれた。◆チャイコフスキーの「なつかしい土地の思い出 op.42から『瞑想曲』」と「ワルツ・スケルツォ」もヴァイオリンの中高域を美しく響かせていた。格調高い演奏で、ときに遊び心が欲しい箇所もなくはなかったが、たしかな技巧で聴き手を楽しませた。◆イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ Op.27-6は、ベルギー留学で完全に自分のものにしている自信が感じられる名演。なかなか聴けない演奏だ。ほんとうにすばらしい!◆最後のフランクのソナタも名曲中の名曲だが、それなりに説得力のある演奏を聴かせるのは本当に難しいのではないだろうか。第2楽章の音楽には勢いがあり、第3楽章は見事に歌う。将来が大いに楽しみだ。出かけてほんとうによかった。◆終演後楽屋を訪れ、挨拶して帰ってくる。それにしても彼女の感性はすばらしい。礒さん、インタビューできる日を楽しみにしていますよ。


2002年6月11日 火曜日■はっきりしない天気の1日。だいぶ蒸し暑くなってきた。もうそろそろ梅雨入りなのだろうか。◆倉敷にいる義父の誕生日。

2002年6月10日 月曜日
■2クラス、授業がある。日本対ロシア戦を観た高校生は両クラスとも約半数だった。視聴率50%といったところか。やはりそれなりの盛り上がりがあるものだと感心する。◆マイスキーの公演が近づいてきた。16日のこともあるが、秋の公演もチケット前売りがだいたい始まってきて、関係団体と連絡を取るのに忙しくなってきている。◆2日間睡眠不足が続いて、いくぶんつらい。
2002年6月9日 日曜日■ミッシャ・マイスキー ファンクラブの会報(SARABANDE No.17)を発送する。◆午後、先週の日曜日に引き続き、友人のK君に新しく購入したパソコンの設定を見てもらう。感謝。◆今日はW杯のロシア戦だったが結局最後まで観なかった。 英語も堪能なスーシェンコ。実に勉強熱心。
PHOTO:(C)2002小島昭彦
ピアノを受け持つのはスーシェンコの母。父はボリショイ劇場管のトロンボーン奏者とのこと。
PHOTO:(C)2002小島昭彦
2002年6月8日、茅ヶ崎市民文化会館大ホールにて。ロシアのチェリスト、エリザヴェータ・スーシェンコ。1985年12月生まれ、まだ16歳だが大きな才能を秘めている。 2002年6月8日、茅ヶ崎市民文化会館大ホールにて。ブラームスのチェロ・ソナタ第1番を弾くスーシェンコ。ピアノはエカテリーナ・ダニエリャン。実はスーシェンコのお母さん。
2002年6月8日 土曜日■スーシェンコの茅ヶ崎公演。会報も何とか仕上がる。昨日と同じプログラム。連日の公演は16歳の少女にはきつそうだったが、それでも演奏内容は立派なもの。マルチェッロやロカテッリ、チャイコフスキーなどではしっとりとした表現で聴衆を魅了する。学校の室内楽部の生徒5名も聴きに来る。彼女と同い年の生徒たちだ。◆帰宅後、今度はミッシャ・マイスキー ファンクラブの会報"SARABANDE No.17"の発送準備。大阪公演の優先予約のお知らせがあるので急がねばならない。

2002年6月7日 金曜日
■サントリーホールの小ホールで、エリザヴェータ・スーシェンコのチェロ・リサイタル。ブラームスのチェロ・ソナタ第1番ほか、チャイコフスキーなどの小品を聴く。1985年生まれの16歳とは思えない技量と音楽性。将来が楽しみだ。◆明日はそのスーシェンコの茅ヶ崎公演。帰宅後、会報の執筆で徹夜を覚悟。

2002年6月6日 木曜日■今日は6月6日。雨も降っていないし、参観日でもないけれど、「♪コッペパン ふたつ くださいな。...(中略)...あっという間にかわいいコック〜さん」という絵描き歌を思い出す。◆眼がかゆい。とっくに花粉症は終わったと思っているのだが、スギでない別のやつにやられているのだろうか。

2002年6月5日 水曜日
■体育祭では完全燃焼した生徒たちだが、今日は片づけのあと、平常授業だ。さすがに彼らは若い。体力がすぐ回復するんだな。◆昨日から2週間の教育実習が行われている(体育は先週から3週間)。自分にとってはすでに16年前の話だ。自分の後輩たちの頑張っている姿を見て、懐かしい思いがする。いろいろなことを試してみてほしい、そしてぜひとも教員として活躍してほしいと願う。午後、進路指導関係の出張。◆夜は、新宿で地人会の公演『浅草・花岡写真館』を観る。写真館を経営する夫婦役は木場勝己と竹下景子、若い客夫婦役の高橋和也、東幸枝、70代の客の役の鈴木慎平ら、役者陣が皆すばらしかった。作品そのものにも感動。山田太一は、いつもながら、生きることの喜び、苦しみなどさまざまな思い、人間のもつ弱さなどを見事に描写。まさに山田太一ならではのドラマを感じた。もう一度この名舞台に接したい思いのする一夜。山田太一さんには、大好きな作品である『早春スケッチブック』に丁寧にサインをいただき、感激して帰ってくる。

2002年6月4日 火曜日学校では体育祭が行われた。この時期は紫外線が強く、あっという間に皮膚が焼ける。腕がヒリヒリして痛い。◆秋のマイスキー大阪公演の会員優先予約をすることができるようになったのもありがたい。その準備で忙しくなる。◆テレビではワールド・カップ、日本対ベルギー戦。梅酒が強すぎて、少し飲んだら眠くなってしまって、観戦どころではなくなる。午後7時就寝。そして午後10時半起床。なんという不規則な毎日...。

2002年6月3日 月曜日
■新宿へ通院。ここのところ、朝と昼、プレーンヨーグルトのみを食べる生活を続けている。おかげで胃が小さくなり、夕食の量もそれにともなって減ってきた。体重も少しずつだが、減少してきている。ぼくの場合、痛風治療の第一歩は、食事のコントロール、すなわちカロリー計算からである。◆持っている携帯電話の調子が悪く、新しいものを購入した。1円也。新しい電話は番号が080で始まる。今日まで知らなかったが、090はもういっぱいということらしい。携帯電話の普及の勢いにはほんとうに驚かされる。

2002年6月2日 日曜日
■友人のK君にお願いして、最近購入したパソコンのさまざまな設定をみてもらった。やはり難しい。そばで見ていても、ほとんどわからない。パソコンはまだまだ複雑で難しい。操作はもちろん、その前の設定ももっとわかりやすくなっていかないと、誰もが気軽に、というわけにはいかないのではないかと思う。◆夜、別府アルゲリッチ音楽祭2002のライヴ。ラヴェルの協奏曲を堪能する。自由奔放。ダイナミックレンジの広さ。すばらしい構成...。ピアノを弾く妻はアルゲリッチのピアノの音を「太い」と表現した。なるほどそういう言い表しかたもできるかもしれない。実はぼくはショスタコーヴィチの1番の協奏曲の方が視(聴き)たかったが、ラヴェルが聴けたことへも大きな感謝。あとは、マルタさん、ラフマニノフの3番を一度でいいから生で聴かせてください。

2002年6月1日 土曜日
■横浜みなとみらいホールでホールの4周年記念のバースデイコンサートを聴く。4時間近くにわたる長時間の演奏会。司会は黒柳徹子。秋山和慶指揮東京交響楽団のほか、李周煕[リー・チュヒ](五面太鼓舞)、崔岩光[サイ・イエングアン](ソプラノ)、佐野成宏(テノール)、渡辺玲子(ヴァイオリン)、高木綾子(フルート)、横山幸雄(ピアノ)、林元植[リム・ウォンシック](指揮)らが出演。バースデイコンサートにふさわしく、凝った演出と多彩で華やかな演奏がくりひろげられた。佐野成宏のヴェルディ(《ルイザ・ミラー》から「穏やかな夜には」)などでの貫禄ある立派な歌唱は聴きごたえ十分。崔岩光のコロラトゥーラ・ソプラノも安定しており、伸びやかで実に美しいものだった。また、器楽では渡辺玲子の演奏がひときわ光っており、今や若手の中でもトップクラスの実力と感じた。終演後、楽屋の黒柳さん、佐野さん、渡辺さんらを訪ね、ホールをあとにした。

2002年5月31日 金曜日■渋谷のオーチャードホールへ出かける。ヨーヨー・マとマーク・モリス ダンス・グループのコラボレーション。ヨーヨー・マのチェロをというよりは、やはりステージ上のダンスを観たという印象の方が強い。ダンスの公演なので、ステージには上(後方)にも左右にも反響板がない。ヨーヨー・マの音楽はPAを通じて楽しむことになる。◆1曲目の『アーギュメント』(シューマンの「5つの民謡風の小品op.102」)から、チェロとピアノは舞台下手側で伴奏役となっている。踊り自体はモダンで実にしなやか。ヨーヨー・マの音楽性に見事に合致しているとは思ったが、それほど惹かれなかった。むしろ成功していると思ったのは、2曲目の『フォーリング・ダウン・ステアーズ』(バッハの無伴奏チェロ組曲第3番)。色とりどりの衣裳に身をまとった15人のダンサーたちが、ヨーヨー・マのバッハに合わせ、多彩に、しかもきめ細かく踊る。プログラム最後の『V(ヴィー)』(シューマンのピアノ五重奏曲)は曲への思い入れが強かった分、演奏にはいくぶん物足りなさをおぼえる部分もあったが、マーク・モーリスの振付には創意工夫が凝らされ、白とブルーの衣裳のダンサーたちによる軽快で変化のある動きがたいへん印象的であった。◆それにしてもヨーヨー・マという人はものすごいプロジェクトを思いつく人だ。やはり天才なのだろう。たしかに、思ったよりもずっとおもしろかった。しかし、そうは言っても、ぼくはヨーヨー・マの音楽だけを集中して聴きたいタイプの人間である。◆会場は空席が目立った。チケットの値段設定のせいか?まさかW杯の影響でもあるまい。某ホールの事業を担当しているTさんと隣り合わせになり、いろいろ話をすることができた。

2002年5月30日 木曜日■明日で5月が終わる。1ヶ月は今月も速かった。とにかく忙しくて、心にゆとりがない。ふう〜っ。◆実は週5日制になって、かえってしんどくなった気がする。学校の授業そのものは毎時間楽しくしているものの、雑用が多すぎて、自分の勉強にじっくり取り組める余裕がない。もっともっと生徒たちにいろいろなことを伝えたい。けれどもそれが十分できずにいる。

2002年5月29日 水曜日
■サッカーW杯が目前。生徒の関心度を調べてみたのだが、関心の高い生徒がクラスに数名ずつしかいないのは意外だった。無関心派のぼくは、自分が完全に少数派だと思っていたのだ。無関心などと言っていながら、記念切手や記念貨幣(500円玉)を郵便局で手に入れて素直に喜んでしまった自分自身をどういうものかとも思う...。で、余計に入手した切手やコインは好きな生徒に譲ることにした。

2002年5月28日 火曜日
■校務で忙しい1日。授業や教材研究ばかりでなく、2つの会議、進路指導業務、生徒の提出物の点検、小テスト作成など、次々にやることが沸いてきて休む暇もなかった。◆帰宅するとマイスキー関連の新しい情報がいくつか入っており、サイトの更新でも忙しかった。

2002年5月27日 月曜日
■夜、サントリーホールで、キーロフ歌劇場フィルハーモニー管弦楽団の演奏会を聴く。『ルスランとリュドミラ』序曲(グリンカ作曲)、清水和音のピアノによる協奏曲第3番(ラフマニノフ作曲)、それに交響曲第6番『悲愴』(チャイコフスキー作曲)というプログラムで、指揮はジャナンドレア・ノセダ。ゲルギエフが創立したというこの若いオーケストラは、ロシアのオケらしい大きな音量を出せるが、弦は洗練されており、サウンドにも透明感がある。従来の旧ソヴィエトのオケに見られるような土臭さがない。そんなことをグリンカを聴いて感じる。◆ラフマニノフの3番の協奏曲では、清水和音の独奏が光った。20年近くのご無沙汰で、清水和音自身容姿、音楽ともにかなり変わったものの、曲想を表現するにふさわしいダイナミックで迫力ある演奏を聴かせてくれた。特に第1楽章のカデンツァと第3楽章の堂々とした弾きっぷりは見事で、圧倒的な演奏だった。オーケストラの方も第2楽章の弦の合奏を中心に実に切なく歌い、好演。ノセダの指揮と清水のピアノが微妙に噛み合わない部分があったのは惜しまれるが、全体的には聴きごたえのある熱演に仕上がっていた。◆チャイコフスキーの『悲愴』はノセダがオーケストラを掌握し、流麗でドラマティックに曲を展開させていた。エネルギッシュでありながら、けっして粗野にならない。ただし、第2楽章のワルツの美しさは際立っていたものの、第3楽章がやや凡庸な演奏でもっと締まりがほしいし、第4楽章もフォルテッシモは音の洪水でちょっと演出過剰のきらいも。ロシアのというよりは、イタリアのラテン的な明るさを伴う『悲愴』の演奏であった。

2002年5月26日 日曜日■スーパーで298円のものを1つ買った。消費税が加わって312円。「安いからもう一つ買おう」、そう思って追加して買ったら625円と言われた。あれっ、624円じゃないの?1円損した。別々に精算してもらえばいいのか...。普段そんなこと考えもしなかったな...。◆「学校の先生は休みが多くていいねえ」と昔、友人からよく言われた。嫌味な台詞だね、これは(苦笑)。そういうときにはいつも同じことばを返してきた。「でもね、休日に部活で出勤しても、ぼくらの場合1,200円だからね。そのへんはわかって欲しいよね。」「時給1200円ならいい方だよ、おまえ。」「おいおい、誤解しないでもらいたいんだけど、1,200円って『日給』だからね。」「......。」 ちなみに平日の場合は、勤務時間終了後2時間以上残ってはじめて600円がつく。これだって、月5〜6回分までしかもらえない(=以上、K県の県立全日制普通科高校に勤務する教員の場合)。家族ができれば、家庭での時間だってきちんと確保したいというのが正直なところである。お金よりも時間の方だな、明らかに。この頃ほしいのは...。◆昨日聴いたポリーニと五嶋みどりのアルバムを再び聴く。サン=サーンスの室内楽にもすてきな作品が多い。マイスキーの弾くチェロ・ソナタもいいが、MIDORIによるヴァイオリン・ソナタ第1番にもぐっと惹かれる。

2002年5月25日 土曜日■サッカーW杯まであと6日となった。心から楽しみにしている人も多いのだろうが、実はぼくは全くの無関心派である。妻も昨日夜会った4人も、親友のOも関心がないという。騒いでいる人の割合って何%くらいなのだろうか(笑)。◆昨日タワーレコードで買ったCDを聴く。待ちに待ったポリーニの『クライスレリアーナ』(シューマン)。はじめのところを繰り返さないで先に進んだのは珍しい気がする。全体の構成、音楽性は完成度が高く、いかにもポリーニという印象の部分が随所に見うけらる名演奏【DG 471 370-2】。五嶋みどりの《フレンチ・ヴァイオリン・ソナタ集》も聴きごたえ十分なアルバム。個人的にはプーランクのソナタが好きだ【ソニー・クラシカル SICC 61】。

2002年5月24日 金曜日■夜、桜木町(クィーンズスクエア内)で厚木西高の教え子4人と久しぶりにあって飲んだ。皆社会人として立派に活躍している。物事の見方もすっかり大人になり、感心した。周囲の友人たちの「結婚」がそこそこ気になるようだが、こればかりは焦っても仕方あるまい。そういう時期は不意に訪れ、急に決まったりするものだ。そうはいっても、自分が彼らの年頃だったころはどうだったか。彼ら以上に結構自分自身ももがいていたかもしれない。もっとも、20代後半は休みも取らず、休日でも、朝から夜まで学校で仕事をしていた。
2002年5月23日 木曜日■早朝、この前買ってきたチェコ・フィルハーモニー六重奏団のCDを聴く。コルンゴールド(1897-1957)の弦楽六重奏曲ニ長調op.10がまさに掘り出し物だった。30分を超す作品だがロマンティックで美しい。ほかにマルティヌーの弦楽六重奏曲、シェーンベルクの「浄められた夜」もついていて、全般的にも聴いてみて聴きごたえのあるアルバムだった。【ULTRAPHON UP0019-2 131】◆学校では6校時に大掃除。生徒がほんとうによく動いてくれて、トイレがきれいになった。こうやって生徒がどんどん動いてくれるのは気持ちのよいことで、実にうれしい。
PHOTO:(C)2002小島昭彦
第1ヴァイオリンはチェコ・フィルのコンサートマスター、コトゥメルさん
PHOTO:(C)2002小島昭彦
2002年5月19日、茅ヶ崎市民文化会館にて。チェコ・フィルハーモニー弦楽六重奏団の演奏会(茅ヶ崎市楽友協会主催)。メンバーは全員チェコ・フィルのトップ奏者たちだ。(左=終演後、楽屋裏にて記念撮影。右=ブラームスの弦楽六重奏曲第1番の演奏。)
2002年5月22日 水曜日■中間試験が終わり、生徒もほっとした表情を見せる。およそ2週間後には体育祭があるので、頭の中はそちらに向いているようだ(笑)。こちらは明日以降に向け、試験の採点と教材準備で忙しい。◆今日はポリーニのシューマン(『クライスレリアーナ』ほか)と、アバド指揮ベルリン・フィルのマーラー9番のCDの発売日だ。欲しいが聴く時間がないので、今度横浜か東京に出た時に買うことにしよう。◆インターネットの通販で、オーストラリアのヴェジマイト(濃縮酵母エキス=vegemite)を購入する。英語の授業でオーストラリアの題材なので、生徒にも異文化体験をしてもらおうというわけだ。オーストラリアではどの家庭にもあり、誰もが毎日のように口にするという、しかし日本人にはほとんど好まれないあの味...。懐かしい!

2002年5月21日 火曜日■あすの試験問題を用意する。今夜は妻と息子が帰ってこないので、外食で簡単に済ませる。このところダイエットに励んでいて、朝と昼、基本的にプレーンヨーグルトのみ。胃が小さくなったお陰で、夜も少食。一気にというのは身体によくないかもしれないが、カロリー摂取が少なくなった分、体重は確実に減少している。そのうち、beforeとafterの写真でも掲載しようかな...などとくだらぬことを考えたりする。

2002年5月20日 月曜日■あまりにも忙しくなっているとき、「バタバタしている」とよく言う。自分でもたまに使うことがある。何の違和感も感じない表現ではあるのだが、よく考えてみると、これではずいぶん騒々しいではないか。バタバタバタバタバタバタ......。激しくもうるさい足音が聞こえてきて、相当埃も立っている。空気はかなり悪そうだ。午後、ある人に電話をかけたら不在で、電話を受けた方が「○○は〜のため、ただいまバタバタしております...」と言われるのを聞き、思わず吹き出しそうになった。もう少しスマートな表現を使った方がよさそうだ。特にぼくのように重めの者は...。

2002年5月19日 日曜日■試験問題を仕上げる。でももう1種類ある。明日、明後日も大変だ。◆試験問題に引き続き、会報を書いているうちに夜が明けてしまう。寝不足気味でややつらい。◆茅ヶ崎でチェコ・フィルハーモニー六重奏団の演奏会。メンバーは気さくで話好きの人が多く、第1ヴァイオリンのコトゥメルさんとも仲良くなった。彼はチェコ・フィルのコンサートマスターも務める。「プラハの春」国際音楽祭オープニング(「わが祖国」)は、今年は小林研一郎の指揮だったが、大成功に終わったとのこと。コバケンに対するオケのメンバーの信望が厚いことがよくわかる。ドヴォルザークのピアノ五重奏曲は田口純子さんのピアノ。安定感があって温かみの感じられる演奏。特に第2楽章のゆったりした流れが心地よかった。

2002年5月18日 土曜日試験問題を作って1日が終わる。あすは茅ヶ崎で演奏会。だが、会報はまだ書けていない。かなりしんどい。

2002年5月17日 金曜日■休日出勤の振替で今日は1日休む。学校は今日から中間試験で、生徒は頑張って取り組んでいることと思う。家にいたのだが、結局は朝から試験問題の作成で終わる。あまり休めた感じがしない。結局作問は終わらず。

2002年5月16日 木曜日
■人の電話番号、車のナンバープレート、誕生日など、ちょっとした数字を憶えていることがある。今日5月16日は、元横綱で、現在相撲協会の理事長を務める北の湖親方の誕生日だ。当時、北の湖が好きだったわけではない。ほとんど負け知らずで、憎らしいほどの勝ちっぷりはどうも好きになれなかった(笑)。だいたい昔からそういうところがあって、大鵬ではなく玉の海を応援したし、ジャイアンツではなく、ずっとホエールズ(今のベイスターズ)のファンで過ごしてきた。◆そういいながら、音楽、たとえばオーケストラではアバド指揮ベルリン・フィルのアンサンブルが大好きだし、クライバー指揮ウィーン・フィルの演奏に酔う。ピアノなら、ポリーニやアルゲリッチにのめり込み、チェロならマイスキーを聴きこむ。そういうミーハーっぽいところもある。◆そういえば、ポリーニの「クライスレリアーナ」などを収めたシューマンのアルバムがリリースされるという。昔からぜひとも録音してほしかった曲の1つだった。見事な構成で、聴きごたえ十分な仕上がりになっているにちがいない。楽しみな1枚だ。◆ピアニストのTさんに電話取材をする。茅ヶ崎で今月19日、チェコ・フィルハーモニー六重奏団の演奏会があり、そこでドヴォルザークのピアノ五重奏曲を協演することになっているためだ。

2002年5月15日 水曜日
■学校では教科、部活動のほか、進路指導部の仕事に毎日関わっている。このところ毎日、少なくとも10通、いや20通以上、郵便物あるいは宅配便が届く。大学・短大・専門学校からは、学校見学、オープン・キャンパスあるいは説明会などの案内、パンフレット、推薦入試等に関する文書が送られてくる。受験関連企業からは、学校相談会開催、学校見学会等の案内、予備校からは模試や講習会の案内、さらに公務員関係の募集案内なども来る。そういったパンフや資料を整理・分類し、ポスターを廊下の掲示板に貼り出し、文書を他の担当者に回したりするとあっという間に1時間や2時間が過ぎていく。こちらがやっているのは進路指導だけではない。授業があるし、空いている時間にも会議が入ったり、教えている2科目の試験問題を作ったり、さまざまな文書を用意したり...。さらには、小テストの採点、生徒からの提出物点検など、とにかくやることが多くて参る。生徒が授業のことで質問に来たり、進路の相談に来たりもする。教員によっては昼食が取れずに夕方遅く取っている人もいる。ぼくの最近の昼食は専らプレーン・ヨーグルト、もちろん砂糖なしで。簡単な昼食ではあるが、それでも昼休みくらいはゆっくりしたいものである(教員という職業では、昼休みは実際は「あって ないもの」である)。ときに事件を起こしたり、問題発言をして大きな批判を浴びることもあるが、ほとんどの教員は、時間や心にゆとりがなく多忙ながらも仕事には熱心で、熱意をもって理想の教育に向かって取り組んでいるのです。

2002年5月14日 火曜日■午後、出張で横浜へ行く。5つの大学の担当の方が見え、入試関連の話をきく。ここにきて、小論文を入試科目からはずすところが出てきているようだ。いわゆる「小論文試験対策」のようなものが予備校等で行われるようになり、その結果、受験生一人ひとりの文章に個性が見いだしにくくなってきていることがその理由らしい。AO入試が徐々に増え、熱意と意欲にあふれる個性的な学生を1人でも多く入学させたいというのが大学の望むところであろう。◆横浜でタワーレコードに立ち寄り、シェーンベルクの「グレの歌」のCDを買う。ラトル指揮ベルリン・フィルの新譜。実は今までこの作品を避けてきたのだが、こんなにも美しく聴きやすい曲とは!試聴機のおかげだ。国内盤3900円、輸入盤2690円。こんなにも値段の差があると、迷うことなく輸入盤を選ぶ。【EMI 5 57303 2】

2002年5月13日 月曜日■また1週間が始まった。中間試験の作問、学校での校務分掌の細々としたこと、『楽友協会だ!より』の準備、マイスキーのファンクラブのことなど、やらなければならないことが目白押し。またもハードな週になりそうだ。◆午後、息子の子守で帰宅。気分転換に外出する。響祐と2人、藤沢から京急バスに乗って羽田空港へ行ってくる。言葉もわかるし、抱っこしなければならないことも減って、ずいぶん楽にはなった。

2002年5月12日 日曜日
■今行けるものならニューヨークに行きたい。カーネギーホールだ。5月11日にはマイスキーはクレーメル、アルゲリッチとのトリオが聴けるし、17日にはアルゲリッチとのデュオだ。17日の曲目は、シューマン、ショスタコーヴィチ、ショパン。特にアルゲリッチとのショスタコーヴィチは魅力的だ。さらに12日にはそのカーネギーホールでポリーニのリサイタルも聴ける!...まあ仕方ない。おとなしくしていよう。◆いろいろやることはあるのだが、今日くらいは、と1日のんびり過ごした。

2002年5月11日 土曜日
■ミッシャ・マイスキー ファンクラブの会員の集い。新宿(初台)のオペラシティのビル53階で行う。新しく会員になられた方もずいぶん見え、2時間半ではあったが、和やかでとても楽しい会となった。

2002年5月10日 金曜日
■職場の歓送迎会。お開きになる前には皆で校歌を歌う習わしとなっているが、職場=母校ということで、校歌を歌うのもやはり格別である。◆ところで、今日学校近くのYストアがついに閉店してしまった。高校生の頃、そのあたりにはスーパーはそこしかなく、買い物はもちろん、文化祭のダンボール集めではずいぶんお世話になった。店舗はおそらく二十数年の歴史だったと思うが、ここ数年は近隣の大型スーパーの勢いに押され、売り上げ面ではかなり厳しい状況だったにちがいない。実は、昨夜その店で買い物をしたのだが、支店が別の場所にもあるためか大々的なセールは行われず、商品はかなり在庫整理され、店内は閑散としていた。自分の青春時代にお世話になった店が消えていくのは実に寂しいものである。

2002年5月9日 木曜日
■連休も明け、生徒は8日後に迫った中間試験に向け、猛勉強を開始した。そう書きたいところだが、なかなかそうはいかない(笑)。6月はじめに体育祭があるのだが、色(チーム)ごとに披露するカラー・アトラクションでの踊りの練習などが、3年生のリードをもとに放課後少しずつ始まっているようだ。そういえば自分だって高校時代、どれだけ熱心に勉強したかと言われれば、う〜ん...と考えてしまう。生徒会、行事、それに部活動に明け暮れた毎日だったのを思い出す。◆祖母の命日。18年前に亡くなった。叶うのなら、ぼくのことをずっとかわいがってくれた祖母に、わが家の元気な息子を見せたい。きっと喜んでくれるだろうに。

2002年5月8日 水曜日
■ゴールデンウィークが明けると、しばらく休みらしい休みがない。ただ、毎年この時期になって1つだけ嬉しいことがある。それはスギ花粉症から解放されるということだ。2月の10日前後からこの連休までの約3ヶ月間はつらい時期。もっとも、身体に合う薬が見つかって以来、それほど大変な目にはあわなくなったが...。

2002年5月7日 火曜日
■ひげのない顔で今の学校に勤めに出るのは初めてだ。いつもよりも早めに出勤する。職員室、意外と気づいてもらえないものだ。みんなにさっさと気づかれ笑われた方が、どんなに気楽なことか...。あまり知らん顔されるというのも、無視されているというか、無関心で見られているというか、いくぶん寂しい気がしなくもない。実は本人が思っているほどたいしたことではないらしい。◆生徒の方の反応も割と静かだ。彼ら(彼女ら)も大人ということかなあ(笑)。冷ややかでないのがせめてもの救い。無事1日を終える。◆夜、友人のY君から電話。ポリーニの「皇帝」が横浜のみなとみらいホ−ルでも聴ける!というニュースだった。シャイー指揮コンセルトヘボウ管の演奏会で、当初予定していたピアニストがポリーニに変更になったのだそうだ。う〜ん、これも行きたい。

2002年5月6日 月曜日
■連休も今日で終わり。10月9日のサントリーホールでのマイスキーのリサイタルは、昨日から会員の先行予約を受け付けはじめるが、順調な滑り出し。オール・バッハのときよりも、ロマン派の今回の方が人気があるようだ。連休中に片付けておきたい仕事がかなりあるので、家で過ごす。◆午後3時過ぎ、事件が起きる。先日購入したヒゲ剃り用のバリカンの使い方を誤って、あごひげをかなり落とし、見るに堪えない顔となった。鏡を見ずにしばらくやっていたのがそもそもまずかったのだが...。明日は学校では話題の中心人物となるだろう。教室に入ったときの生徒の反応やいかに。いや、それよりも妻と息子の反応はどうか。ぼくのひげは2年3ヶ月前、痛風にかかって以来だから、妻は理由を尋ねてくるくらいだろうか。となると、やはり息子の方が心配だ。気づいた時には父親はひげだらけの顔をしているわけだから、かなりの違和感があるだろう。う〜ん、取り返しのつかないことになった。髪の毛なら、カツラで何とかすることもできるのだろうが、つけひげはすぐばれるだろう。明日1日が終わるまではどうにも落ち着かないことになってしまった。仕方ない...、よし、また伸ばすぞ。

2002年5月5日 日曜日■指揮者のエフゲニー・スヴェトラーノフの訃報を新聞で知る。残念だ。ソヴィエト国立交響楽団(現ロシア国立交響楽団)との来日公演を何度か聴いたが、ホールいっぱいにオーケストラを鳴らす指揮者としては一番だったような気もする。指揮台の譜面置きのところに据え付けてある赤い箱が何かと長年疑問に思っていたが、あるときマエストロ専用の扇風機と知った時にはおかしくて笑ってしまった。演奏前にスイッチを入れ、曲が終わると切る。確かに扇風機なのだろうが、ほんとうに涼しかったのだろうか。あの扇風機が欲しい。上野の文化会館で聴いた、チャイコフスキーの「フランチェスカ・ダ・リミニ」とショスタコーヴィチの5番のシンフォニーが一番の思い出である。今秋にはN響を振って、自作のピアノ協奏曲も聴かせる予定だったようだが、それも幻となってしまって残念だ。心から冥福を祈りたい。追悼の気持ちを込めて、マーラーの交響曲第5番を聴く。【演奏:ロシア国立交響楽団、CD(1995年のモスクワでのライヴ):ハルモニア・ムンディ RUS 288 134】

2002年5月4日 土曜日■息子を連れ藤沢市辻堂にある海浜公園に出かける。いくつか乗り物に乗せてやる。潮風が心地よい。砂浜に出て海を見て帰る。曇り気味だったが、午後には青空が広がり、行楽にはもってこいの1日となった。 辻堂海浜公園内にある交通公園
PHOTO:(C)2002 小島昭彦
辻堂海浜公園の中の交通公園。色々な自転車、豆自動車、三輪車、ゴーカートなどがある。家族連れが多い。 江の島の左側は江の島大橋。後ろは茅ヶ崎方面。
PHOTO:(C)2002 小島昭彦
辻堂海岸から見た江の島。天気が曇っていて、潮風が強かった。サーファーが多く訪れていた。

2002年5月3日 金曜日■午前中は1時間弱だったが、息子を連れて近くの公園で過ごした。ぽかぽかの陽気で初夏の気分になりかかっている。近所の子どもがたくさん遊んでいて、自分の幼い頃を思い出したりした。◆午後は部活動があり出勤。職員室の自分の机の整理整頓をする。ゴールデンウィークもあと3日を残すだけとなってちょっと寂しい。片付けなければならない仕事がいくらでもあるのに、まだ身体も心もリフレッシュできていない...。

2002年5月2日 木曜日
■学校の遠足。千葉県にあるマザー牧場へ行く。ゴールデン・ウィークの谷間だったせいか、道路が比較的空いていた。初めて川崎から木更津へ抜ける「東京湾アクアライン」を通った。それにしても絶好の遠足日和。気持ちのよい1日であった。◆母の誕生日。
ベイブリッジから望む横浜のみなとみらい21地区 東京ドームの約60倍の広大な敷地 5月2日、連休の谷間だったからか、そう混雑はしていなかった。
PHOTO:(C)2002小島昭彦 PHOTO:(C)2002小島昭彦 PHOTO:(C)2002小島昭彦
横浜・みなとみらい21地区。高いのがランドマークタワーで地上70階建、高さ296メートル。帆のような形はヨコハマグランドインターコンチネンタルホテル。 千葉県富津市にあるマザー牧場。産経新聞や東京タワーなどを創業した前田久吉がつくった。見事な快晴で、花と緑が実に美しい。 海に浮かぶパーキングエリア、「海ほたる」の千葉県側からの入口付近。豪華客船をイメージしてデザインした人工島。4階にショッピング施設、5階にレストラン、パノラマデッキがある。
2002年5月1日 水曜日■ちょっと時間があったので、SARABANDE No.17の構成・内容を考える。とはいうものの発行は少し先の話になるだろうが...。◆クラシカ・ジャパンの番組にマイスキーの名前があったので、慌てて問い合わせの電話をする。担当のFさんが親切に教えてくださった。1999年制作というから、おそらく日本では初めて見ることのできるものではないだろうか。マイスキーの演奏はないものの、シチェドリンについてどんな話をしているのかが聴けるのは興味深いところだ。

2002年4月30日 火曜日
■SARABANDE No.16を郵便局に持っていく。今回は切手を貼る気力がなく、別納郵便扱いで投函。◆今日で4月も終わる。ほんとうにはやいものだ。

2002年4月29日 月曜日
■午前5時、SARABANDE No.16の発送準備が終わった。好きなことなので楽しいが睡眠不足になるのがしんどい。◆今日はほんとうに久々のチェロのレッスン。3年以上ブランクがあった。その間楽器ケースは何度か開けてはいるが、まったく練習らしい練習ができていなかった。A線が切れていたので、お茶の水の楽器店に寄り、それから埼玉に住むT先生を訪ねた。ぼくには、習うならこの先生しかいない。素晴らしい先生だ。基本からきちんと教えてくださるし、うまくいかないときにどうしてうまくいかないのかを論理的に説明してくださる。さらに、どのように練習すればよい方向に向かうか明確に示してくださる。T先生は褒め上手でもある。レッスン中、たいしてうまくいっていないとしても先生に褒めていただくと、調子に乗ってやる気になるものだ。こうして自分が生徒として教えていただく立場になると、日頃学校現場で褒めることがいかに大切かを再認識する次第である。やはり楽器は楽しい。難しいけど...。

2002年4月28日 日曜日
■ファンクラブ通信(SARABANDE No.16)を作る。連休に入ってしまったので、長期にわたりお出かけになる方もいらっしゃるかもしれない。いつ頃ご覧いただけるだろうか、やや不安であるが仕方ない。今夜は郵便物の発送準備にしばらく時間がかかるだろう。徹夜覚悟で頑張るぞっ!

2002年4月27日 土曜日
■地区メーデーで茅ヶ崎へ出かける。景気がいっこうによくならない昨今だが、以前と較べると労働者の元気もなくなってきている気がする。この先どうなっていくのだろうか。どうも悲観的になりがちである。

2002年4月26日 金曜日
■やっと「週末」になった。明日からゴールデンウィーク。出勤する日も何日かあるので、のんびり休んでばかりもいられないが、ファンクラブの会報を発送する作業から片付けなければならない。◆今日も入会問い合わせのメールをいただく。「未来への教室」をご覧になってファンになられた方だ。ファンクラブとは言っても、ぼく自身あまりミーハーなことに関心がないので、会員の方へマイスキーのさまざまな情報が確実に伝わっていく存在であればある程度はよいと思っている。幸いマイスキー自身もとても好意的で、彼の家族もファンクラブ設立を歓迎してくれたし、音楽事務所、マネージャーの方もたいへん親切でありがたく思っている。

2002年4月25日 木曜日
■4月も下旬になると、進路指導関係の来客がずいぶん増える。いろいろな大学、短大、専門学校、予備校の方が見える。お目にかかっていろいろな話を伺い、勉強させていただけるのはありがたい。どこでもそうだが、短大への進学率が年々低下しているようだ。一方、専門学校等で学び、大学3年に編入する学生、あるいは大学・短大を卒業して専門学校に入る学生が増えているという。高校生の進路希望もますます多様化してきており、特に進路指導にあたる教員がさらに多くの情報を持ち勉強していかないと、急速な社会の流れについていけないということを痛感する今日この頃である。

2002年4月24日 水曜日■職場の歓送迎会。和気あいあいと楽しいひとときを過ごす。疲れがたまってきた。ゆっくり休みたい。

2002年4月23日 火曜日
■「おちる」、「重い」、「カキコ」、「爆」...、インターネットが普及するにつれて用いられるようになった言葉だ。夕食後、妻がこれらの言葉について不思議がって話題にしたのだが、たしかに誰がどこで使い出したのか。チャットの画面から出るときに「おちる」と言い、画面がなかなか開かなくて「重い」と言う。掲示板などに投稿するのが「カキコ」だし、チャットなどで笑いが止まらないようなおかしさに「爆」と入れたりする。「2ちゃんねる」での当て字になればもうついていけない。メールの本文に顔文字を添えることを思いついた人はたいしたものだと感心する。

2002年4月22日 月曜日■進路指導関係の出張で11時から夕方まで厚木。いろいろな専門学校や某研究所の方々にお目にかかり、多くのことを学んで帰ってくる。◆ファンクラブは、入会案内を希望する方のメールが多くなっている。うれしいことだ。◆祖父の命日。もう36〜7年前のことなので、ほとんど記憶にない。ただ、祖父に抱かれている自分の写真があるだけだが。

2002年4月21日 日曜日■一日中、雨。ときおり強く降る。気が滅入って出かけるのをやめ、家で仕事をする。とはいえ、思うようには進まない。明日以降のことが気になる。ゴールデンウィーク前とはいえ、かなりハードな週になりそうだ。

2002年4月20日 土曜日
■部活動とたまっている仕事を片付けるため1日出勤。結局、仕事は終わらず持ち帰り。明日も出勤予定。かなりきつい。◆秋に王子ホールで行われるマイスキーのリサイタルのチケットが発売される。即日完売だったという噂も聞くが、実際のところどうなのだろう。王子ホールのプログラムでは、ブラームスの1番のソナタが聴けるのがとてもうれしい。◆『レコード芸術』5月号を買ってきた。ポリーニの「クライスレリアーナ」(シューマン)がグラモフォンからついに発売になる。海賊盤は今まで出ていたけれども、正規のものとしては初めてだ。国内盤は5月22日に出る予定。期待に胸が膨らむ。
2002年4月19日 金曜日■日本フィルの演奏会を聴きにサントリーホールへ出かける。ルカーチ・エルヴィン(日本と同じでハンガリーも姓・名の順)の指揮。ベートーヴェンの「レオノーレ」序曲第3番、バルトークの「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」、それにブラームスのピアノ協奏曲第1番(ピアノは園田高弘)というプロ。バルトークの演奏は、リズムの刻みが思ったほどシャープではなく、音の先端が丸みを帯びている印象を受け、切れ味の鋭い演奏というのとはちょっと違っていた。今夜の白眉はやはりブラームスのコンチェルト。園田高弘によるブラームスはすばらしい。ダイナミックな演奏で、聴きごたえ十分。体力勝負の曲でもあるがけっして息切れしたり、エンジンの回転が落ちたりするようなことがない。久々に1番を生で聴いたが、作品のスケールの大きさを実感した。◆終演後、園田さんの楽屋を訪れる。うれしいことに覚えてくださっていて、ブラームスの1番の協奏曲を録音したことを教えていただく。2番もぜひ録ってほしい。それにしても定期演奏会ということで、2日間連続。「さすがに疲れるね」とおっしゃるが、園田さんはまだまだお若い。「体力を保持する秘訣は何ですか?」というぼくの問いに、「とにかく弾くことだね」と笑って答えてくださった。 茅ヶ崎市楽友協会の名誉顧問にもなっていらっしゃる園田高弘さん
PHOTO:(C)2001小島昭彦
ピアニストの園田高弘さん。2001年11月4日、茅ヶ崎市民文化会館でのリサイタル後、楽屋にて撮影したもの。

2002年4月18日 木曜日
■3月19日に茅ヶ崎市民文化会館でプラハ室内管弦楽団の公演を行ったことはすでに書いた。当日出演したヴァイオリンの礒絵里子さんと神谷未穂さんのことも紹介したが、このほど、その礒絵里子さんのサイト(Prima Duoのページ)にお恥ずかしいことに、演奏後一緒に撮っていただいた写真も掲載された。仮にタイトルをつけるとするなら「美女(たち)と野獣」か(本タイトルも同じだな...)。近々礒さんと神谷さんのインタビューを予定。礒さんはブリュッセルに留学していたので、マイスキーのファンとしてはベルギーについてもいろいろ伺えると思い、大いに期待しているところだ。

2002年4月17日 水曜日
■放課後、久しぶりに生徒相手に英語講習を開く。2月中旬以降、入試選抜やら卒業式やら学年末試験やら会議やら、さらには合唱祭、球技大会ときて、1度も時間を確保できなかったので、ほんとうに久しぶりの顔合わせとなった(もっともふだんの授業で会っているので今の言い方は大袈裟だったが...)。今日はパソコン教室での講習。「インターネットを利用しての英語学習」をテーマに、自分自身も初めてパソコンを通じて生徒に何かを教えるという機会となった。生徒は8名。パソコンを頻繁に利用する生徒と、まったくのビギナーとがいるので、できるだけ経験者と初心者が隣同士になるように着席してもらった。そうすることによって生徒同士がお互いに教え合えるメリットがある。生徒が8人であっても教師が1人では、とてもみきれないことがわかっていたので。◆で、今日はマイクロソフトのHotmailにみんなで登録してメールを練習。無料でしかもセキュリティがしっかりしているはずなので、便利だ。全員が新規登録。30分位で終えることができるかと思ったが、意外や意外、時間が結構かかった。生徒によってはいろいろなところで使うパスワードがまったく違うものもいるが、これは大変。しかし、皆楽しみながら進めてくれて、無事新しいメールアドレスを取得でき、満足そうだった。メル友(!?)がまた増えた。

2002年4月16日 火曜日■75,000円が手に入ったとする。さあ、どうしようか。貯金しないで何かに使いたい。旅する、食べる、観る、聴く...。普段買えないものを買おうか。・・・朝日新聞夕刊に6月27日夜、横浜アリーナで3大テノールの公演があるという広告が出ていた。S席75,000円、A席50,000円、B席30,000円、C席10,000、PS席(プラチナシート)120,000円。ぼくは、一度聴いてみたいと思うけれども、この値段、そして横浜アリーナでわざわざ聴きたいとは思わない。結局彼ら3人の歌声を、生で、同じ日に同じ会場で聴くというのは一生ないのかもしれない。もちろん人それぞれだから、何が何でも行くという方も大勢いらっしゃるだろう。それはそれで構わないのだが、ぼくはやはり、高いと思う。75,000円で、別の違った感動を味わいたいと思っている。◆ギャラが一番高いのはやはりパヴァロッティなのだろう。そういえば、以前、神奈川県民ホールでメトロポリタン・オペラの『トスカ』を観(聴い)たことがある。3階正面でたしか38,000円だったと思う。パヴァロッティの歌うカヴァラドッシ。第3幕の「星は光りぬ」のあと、カヴァラドッシは一斉に銃で撃たれる。しかし、パヴァロッティはその場にバタッと倒れず、ふらふら歩きながら最後は石の壁にもたれかかる。何という格好悪さ!がっかり。死んでいるはずなのに、パヴァロッティの脚が動いたりする。思わず吹き出しそうになった。泣きたい場面なのに...。もしかしたら、パヴァロッティの歌うオペラは、CDで聴く方がずっといいのかもしれない。そんなことを考えながら舞台を観ていたのを思い出した。でも、パヴァロッティの歌う「カルーソー」は好きだ。

2002年4月15日 月曜日
■また新しい週が始まった。授業も本格的にスタート。この前も書いたが、仕事が1つ片付くと2つくるのだ。それくらい休む暇がない。早起き(毎朝3時頃)なのはよいが、夕方になるともう眠くなってくるのが問題だ。それなりに睡眠は確保していると思うのだが、なかなか疲れが取れない。◆だいぶブランクができてしまったチェロの練習を今月末から再スタートしようと思っている。幸いにも、基礎から丁寧に指導してくださるよい先生がいるので、あとは自分が毎日しっかり練習するだけなのだが、結婚、息子の誕生、育児、転居、異動などでバタバタしているうちに、すっかり感覚を失ってしまった。室内楽部の顧問のひとりとして、少し生徒と一緒に練習できるように頑張りたいと思う。

2002年4月14日 日曜日
■今日ものんびり過ごすことができた。結局持ち帰った仕事はほとんどできずじまい。今夜早く寝て、明日朝早く頑張ろうかと思案中。◆ミッシャ・マイスキー ファンクラブの会員の集いを来月11日に行うが、今回はこじんまりとした集まりになりそう。会場探しをしなければ...。◆ピアニストのイエルク・デムスが作曲家としてCDにまでその作品を録音しているとは今まで知らなかった。しかも、チェロのための作品をいくつか書いているのだ!先日思わずそのCDを買ってきてしまい、ついに今日、何度か聴いてみた。マリア・クリーゲルのチェロ、イエルク・デムスのピアノで、チェロとピアノのためのSonate poetique ト短調 Op.8、チェロとピアノのためのソナタ Op.35など4曲。作曲家としてのデムスがどれくらいのところにいるのか実はぼくもよくわからないのだけれども、作品はどれもロマンティックで、聴きやすいメロディばかり。クリーゲルのチェロは繊細でいくぶん線が細いが、陰影に富んだ演奏を聴かせる。特に物憂げな旋律の表現が巧みである。関心のある方はどうぞお聴きになってみていただきたい。【MARCO POLO 8.225036】

2002年4月13日 土曜日
■休日。のんびり寝坊する。メールをやりとりしたり、ファンクラブの用事をしているうちに、あっという間に1日が過ぎた。

2002年4月12日 金曜日
■学校での週末。土曜日が休日になるというのは、多忙な教員にとってはありがたいことだ。学校のさまざまな雑務から解放され、ストレスを発散させ、思いきり遊んで気持ちを切り換えることはとても大切なことだと思う。そう言いながら、家に終わらなかった仕事をずいぶん持ち帰ってしまった。どうしようか...。やれば来週1週間が楽になる。週末遊んで過ごせば、来週がしんどくなることは目に見えている。う〜ん、迷う。◆某専門学校の先生が学校に見える。将来、ゲーム関連の仕事に就きたい生徒がおり、それに関していろいろ教えていただくためだ。とにかく高校生のうちに感性を豊かにしておくことが非常に大事だという話を伺う。多くの<映画>や<書物>に接しておくことが特に有効だそうだ。数学T程度の知識もしっかり身につけておくとよいとのこと。自分の知らない世界の方からお話を伺うのはいろいろ勉強になる。もっともこちらが初心者過ぎて、教えて下さる相手の方にはいい迷惑だと思うけれども...。U先生、ありがとうございました。

2002年4月11日 木曜日■来日公演のある主催者の問い合わせ先電話番号が間違っていることを、ある方がメールで親切にも教えてくださった。迂闊だった。慌てて訂正する。おそらくこのサイトをご覧になって問い合わせをされた方がほかにもいらっしゃったことと思う。間違い電話が何度も来ると、「マイスキーってなんだ?」で始まり、なぜこうも急に間違い電話がかかり始めたのか不思議に思い、それが次第に腹立たしさに変わってゆくにちがいない。◆ご迷惑をかけた方へ早速お詫びの電話を入れる。その方は何の苦情もおっしゃらずわかってくださった。インターネットの便利さを感じることの多い毎日だが、情報の伝達(入力)ミスにより他人に大きな迷惑をかけることを再認識する結果となった今日の「事件」であった。深く反省。

2002年4月10日 水曜日■今日も仕事の山。早朝家で授業の準備。学校では次から次へと襲ってくる仕事を、できるところから片付ける。◆セブンスターズ・ガラの福岡公演詳細がわかる。マイスキーの秋の来日公演についても各地の主催者と連絡を取る。ティエンポについてのニュースも届いた。サイトをさらに更新。

2002年4月9日 火曜日■仕事が1つ片付くと2つ新たに来る。これでは終わらない。昼食ものんびり食べている暇がない。◆セブンスターズ・ガラの福岡公演決定のニュースが入る。これだけのスターが揃うわけだからチケットの値段設定はやむを得ないものとは思うが、ファンでないと結構高価に感じるかもしれない。マイスキーがショスタコーヴィチのトリオを弾いてくれたらとか、ブラームスのピアノ五重奏曲をアルゲリッチが弾いてくれたらとかという、ないものねだりをしても仕方ないか...。もちろん、チョン・ミョンフンのピアノだって楽しみにしてはいますよ。

2002年4月8日 月曜日■高校では今日が入学式。緊張気味の新入生たち約240名が新しい生活をスタートさせた。新しい年度に入り、新しい仕事・係分担が割り当てられ、少しずつ始動する。毎年のことだが、異常なほどの忙しさで、気持ちに少しのゆとりもない。これで明後日から授業がスタートとするのだ。はたして大丈夫なのであろうか。不安になる。

2002年4月7日 日曜日■そういえば、一昨日は指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンの誕生日だった。カラヤンには特に強い愛着もなければ、反対に嫌悪感もない。もちろん、間違いなく20世紀を代表する偉大な音楽家の一人だったと思う。カラヤンの残したレコードで何がよかったかという議論を以前、友人たちとよくやったが、ぼくはいつもオペラでも交響曲でもなく、まずはポピュラーな管弦楽の小品集をあげた。他の指揮者が目もくれないようないわゆる通俗的な小品でさえもカラヤンはときにわざわざ録音をした。そのような作品に正面から向き合う、手を抜かないその姿勢、そしてそのような作品でも一流の演奏を聴かせてくれるのが好きだった。「通俗名曲」と呼ばれていたものが立派な作品として姿を変え、輝いた。次に来るカラヤンのベスト盤はと尋ねられれば、ぼくは、オペラもいいけれど、リヒャルト・シュトラウスの管弦楽作品集を選ぶことになるだろう。「死と変容」や「メタモールフォーゼン」のえもいわれぬ美しさには、ただただ圧倒される。◆オーストラリアの友人から先日来た手紙への返事を書く。彼女のお父さんが1月に亡くなったという知らせだった。こういうときの哀悼の意を表す手紙は初めて書いたが、結構難しいものだ。

2002年4月6日 土曜日■学校完全週5日制が始まって最初の土曜日だ。もっとも私立学校においては5日制を導入しないところも多いと聞く。休日というものの、仕事を家に持ち帰ってやっていることには変わりないので、ほんとうに休んでいるとは言えないが、それでも多少は身体を休めることができるので助かる。◆カルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルのニュー・イヤー・コンサート'92のLDをかける。「雷鳴と電光」など最高の演奏に酔う。粋な演奏というのはまさにこういうのを言うのだろう。

2002年4月5日 金曜日■学校は始業式。朝早く、昇降口には新しいクラスの名票が掲示され、早速生徒が緊張気味に視線を走らせる。「仲のよい友と同じクラスになれるか?」がとりあえず気になっていることだろう。そして、もしかしたら「好きな(あるいは憧れの)女の子(男の子)と同じクラスになれるかどうか?」というのも大きな問題である。好きな子とは幸運にも3年間同じクラスにいることができたが、それは授業の選択科目が一緒だったからである。もっともそれは純粋な片想いであり、浪人しているときに巧みにかわされた(=ふられてしまった)(笑---そう。今は笑える)。今はよき友としてお付き合いさせていただいている。◆体育館での始業式ではあわせて各クラスの担任・副担任の発表も行われた。これがまた盛り上がり、はた目で見ている分にはなかなかおもしろい。生徒の反応は正直だ(笑)。クラス担任。関係ないようでやっぱり結構関係あるな、これは。◆ところで、高校時代、古典音楽研究部というクラシック音楽を聴く部活動に熱心に参加していた。このとき顧問のT先生の影響を受けて、それまで好きだったクラシック音楽にますます熱が入った。先生はいろいろな音楽、というかいろいろな演奏を聴かせてくださった。それまで馴染みのなかった(あるいはうすい)作品に興味を抱いた。ポリーニが弾くバルトークのピアノ協奏曲に夢中になったのもこの時期であった。このT先生がのちに茅ヶ崎市楽友協会という非営利の鑑賞団体を設立し、学生だったぼくもここでお手伝いするようになった。

2002年4月4日 木曜日■午後、今度高2になる教え子2人が遊びに来てくれる。息子の相手をしてくれて大助かり。明日は始業式。また気持ちを新たに、がんばろう!

2002年4月3日 水曜日■夜、サントリーホールでのオーギュスタン・デュメイとマリア・ジョアオ・ピリスとのデュオ・リサイタルを聴く。すべてベートーヴェンのピアノとヴァイオリンのためのソナタ。第5番「春」、第4番、第9番「クロイツェル」の3曲。身長が2メートルを超えるデュメイのヴァイオリンは相変わらず美しく、透明で繊細である。ピリスの弾くピアノ(ヤマハを使用)もデュメイのヴァイオリンによく溶け合って見事なハーモニーを生み出す。自然体でやさしさにあふれる演奏。ピアノがスタインウェイでなく、カチッとした感じや重厚さに欠ける分、いくぶん物足りなさを覚えてしまう。ぼくとしては、もっとピアノとヴァイオリンの二者が火花を散らすようにぶつかり合う場面が欲しい。デュメイとピリスの音楽は見事に融合し同化しているし、十分な説得力はあるけれども、熱いエネルギーを感じさせる演奏とはちがう。もちろん、こういうベートーヴェンもあっていいのかもしれないが、大好きなデュオだけに、今度は別のプログラムで聴いてみたい。【6月2日、NHK教育テレビで放送予定】

2002年4月2日 火曜日■ミッシャ・マイスキーの初めての茅ヶ崎公演が14年前の今日だった。Tシャツにブルージーンズのミッシャを茅ヶ崎駅の改札で迎えたときのことを今でもよく覚えている。神経質で暗い印象の人かと思っていたが、実に気さくでいい人だった。英語は慣れないと聴き取りにくそうで、しかもときおりやたら早口になる。楽屋でマイスキーを歓迎するイチゴのケーキを用意すると大喜びだった。ピアノはパーヴェル・ギリロフ。ベートーヴェンのソナタ第5番、ストラヴィンスキーの「イタリア組曲」、ブラームスの「雨の歌」、それにドビュッシーのソナタだった。ドビュッシーの終楽章ももうおしまいに近いところで弦が切れる事件が起こる。そんなこともあって会場がものすごく沸く。演奏者もノリにのって熱演。アンコールでさらに盛り上がる。伝説的なコンサートになった。日本公演の最終日。そんなことがきっかけとなって、以来マイスキーが来日する2回(または3回)に1回は茅ヶ崎公演が入った、しかもツアーの最終日に。今日はマイスキーとの付き合いが始まった日である。

2002年4月1日 月曜日■午前中は新宿へ通院。午後学校へ行く。今日は辞令交付式。新年度のスタート。職場でも新しい方を数名迎えた。昨年の自分を今でも鮮明に思い出す。◆小澤征爾指揮ウィーン・フィルのニュー・イヤー・コンサート2002のDVD【TDK TDBA-0015】を購入。録っていたビデオテープでの映像とは歴然の差を感じるほど画面がきめ細かで美しい。ぼくがというよりは息子の方が夢中になって視ている。◆今は亡き祖母の誕生日。小さい頃はほんとうにおばあちゃん子だった。ずいぶんかわいがってもらったが天国で元気にやっているだろうか。