管理人の音楽日記帳
(2005年10月1日〜10月31日)


ミッシャ・マイスキー ファンクラブのサイトの管理人(小島昭彦)による音楽日記帳です。音楽の話題に限らず、日々思っていることも織り交ぜながら記していきたいと思っています。ご質問、ご意見、ご感想等をお寄せください。メールはこちらへどうぞ。


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2005年10月31日 月曜日■今日で10月も終わりか。月日の経つのがあまりにも速くてビックリ。明日には年賀はがきが発売になるのだっけ?今年戴いた年賀状の整理、住所録の訂正などがまだ済んでいない。

2005年10月30日 日曜日■今日もマイスキーを聴きに東京へ。東京国際フォーラムのホールAである。5000席ものキャパを誇るホール。2階席とは言ってもエスカレータや階段をいくつも使って上がっていくので、それだけで疲れてしまう(苦笑)。客席からステージは遠い。やはりここはクラシック音楽を楽しむホールではない気がする。まるで何かの大イヴェントという印象。いろいろな面で戸惑いをおぼえずにはいられなかった。今日マイスキーが演奏したのは6曲。いずれもイングリッド・フジ子・ヘミングとの共演であった。

2005年10月29日 土曜日■ミッシャ・マイスキーのリサイタルを聴きにサントリーホールまで出かける。当初予定されていたピアニスト、リリィ・マイスキーがキャンセルしたため、カリン・レヒナーが代わりに来日。◆今夕のプログラムは、バッハのチェロ・ソナタ第3番、シューベルトのアルペジョーネ・ソナタ、シューマンの幻想小曲集Op.73、ファリャのスペイン民謡組曲、それにバルトークルーマニア民族舞曲。レヒナーのピアノは初めて聴いたが、しっとりとしたところを聴かせながらも、一方ではカッチリとした音で歯切れよいリズム感も生み出し、マイスキーの音楽と見事にマッチしていた。マイスキーはシューマンとバルトークがよかったが、アンコールで聴かせてくれたロシアの歌3曲も強く印象に残る、美しい演奏。◆ファンクラブから贈る花束を用意していたが、客席内持ち込みはできないと言われ、終演後に楽屋で渡す。楽屋口でのサイン会は長蛇の列。かなりの人数のお客様が並んだ様子。カリン・レヒナーもとても人柄がよくて、カメラを向けると素敵な笑顔で応えてくれた。

2005年10月28日 金曜日■プロ野球ヤクルト・スワローズの古田敦也選手が選手兼任監督になったことで、1週間ほど前、投手交代に関するルールをどう扱っていくかが話題になった。「監督(コーチ)が投手のもとへ行く回数」についてのルールによると、1イニング1回に制限し、2回目は自動的に投手交代と規定している。また、セ・リーグのアグリーメントでは捕手がマウンドに行く回数を1試合3回までと定めているのだそうだ。古田氏がマウンドにいる投手のもとへ「捕手」として行くのか、それとも「監督」として行くのかで、扱いが変わるのでは?というものであった。◆このことについてスポーツ紙が取り上げたことで、テレビの情報番組でも同様に扱ったが、ここで知りたかったことは、野村克也氏が1970年から1977年まで南海ホークスで捕手兼監督を務めていた時期はどうだったのかということであった。ぼくが見た某番組でそのことについてひとことも触れられていなかったのが不思議であった。ある世代よりも上のプロ野球ファンであれば、誰もが同じような疑問を抱いたと思うのだが。(村山実氏が阪神タイガースで投手兼監督を務めていた時代だってあったが、自分が投手でマウンドに上がっていたときにはどうしていたのだろうか。)◆テレビでは朝、各局でさまざまな情報番組が放送されているが、ただ新聞に掲載された記事を取り上げて読み、出演者が適当なコメントを添える程度の手抜き番組が多い気がしている。新聞社がよくおとなしく黙っていると思う。(それとも黙っていないのかな?)

2005年10月27日 木曜日■「週末」までもう1日あるものの、忙しい木曜日が終わるとほっとする。夕方から書類の整理。知らず知らずのうちにたまっている配布物。その都度こまめに片付けていればよいのに、「とりあえず」と放っておくのがいけないのである。「あとで見ることにしよう」というのは結局仕事を倍に増やしていることになるのだが、そのあたりの認識が低いものだから、苦労することになる。反省。◆それにしても学校現場は相変わらず紙媒体の資料が多い。パソコンが教員1人ひとりにきちんと貸与され、ペーパーレス化が推進され、必要な指示伝達等の連絡をできるだけパソコン内でおさめるようにすればどんなに楽なことか、と思うのだが。もっともペーパーレス化を進めても、パソコン内にある情報をわざわざ紙に印刷するセンセイは結構いるかも・・・。(それでは意味がない。そうならないようにしなくてはね。)

2005年10月26日 水曜日
■ホームページ作成をするにあたっては、ほんとうはきちんとHTMLの基本から勉強した方がよいのだとはわかっている。ところが、時間がないとか、HTMLはどうも苦手などという理由で、ずっとホームページ作成ソフトに頼ってしまっている。ソフトにはいろいろな機能があるようで面白そうだが、現在実際に作っている範囲では、まだまだ大したことはできていない。現状維持が精一杯で、いろいろな点で未熟である。ぼくが使っているのはホームページ・ビルダー。そんなこと書かなくても、IEをお使いの方なら、このページの画面の「表示−ソース」を見れば、content="IBM WebSphere Studio Homepage Builder Version 9.0.1.0 for Windows"とあり、使っていることが簡単にばれてしまうのですよね。(編集段階で消してしまうって方法もあるのかな?見え張ってもしようがないからそんなことわざわざしないけど=笑。)◆それにしても、サイトの更新には時間がかかりすぎる。それが目下の一番の悩みである。もっと手軽に掲載したいのに、ソフトを使っているのに、あれこれ手間がかかっている。やり方がいけないのかなあ。その点、最近はやりのブログというのは、実に簡単にページを更新できると聞く。もっとも、そこまで手を拡げる気力もないので、しばらくはこのままでお許しいただきたい。ほんとうはサイト上でもっとやりたいこと、掲載したい情報もあるのだけれども・・・。

2005年10月25日 火曜日■ロッテと阪神による日本シリーズではロッテが3連勝。しかも3試合連続の2ケタ得点。このままの勢いで日本一になりそうな感じである。と書いてみたものの、ぼく自身、最近はプロ野球への関心がほとんどなくなってしまった。小学校低学年のころから20年ほどは、贔屓していたチームが勝った・負けたで一喜一憂する毎日を送っていたものだが・・・。結局自分が熱を入れていた時期に優勝することは一度もなく、皮肉にも熱がすっかり冷めたころ日本一になった。かつてのロッテ・ファンにも同じような人がいるのではないだろうか。

2005年10月24日 月曜日
■午後、進路指導関係の出張。今週も結構忙しくなりそう。早く冬休みが来ないかなあ・・・。

2005年10月23日 日曜日■今日もブダペスト祝祭管弦楽団の演奏会を聴く。会場はサントリーホール。前半の曲目は同じ。マイスキーによるアンコール曲は、バッハの無伴奏チェロ組曲第2番より<サラバンド>であった。前半終了後楽屋を訪ね、後半、話をして過ごす。

2005年10月22日 土曜日■中学生とその保護者の方を対象にした学校説明会が行われる。午前と午後の2回、合わせて約1000名の方を前に進路指導について説明した。学校の魅力を訴えつつ、要領よく話をするのはなかなか難しい。◆夜は、グリーンホール相模大野で、イヴァン・フィッシャー指揮ブダペスト祝祭管弦楽団の演奏会。ベートーヴェンの「エグモント」序曲に始まり、チャイコフスキーの歌劇『エフゲニー・オネーギン』より、レンスキーのアリア「青春は遠く過ぎ去り」、ロココの主題による変奏曲、そしてベートーヴェンの交響曲第7番というプログラム。マイスキーがチャイコフスキー2曲を弾いたが、いつもながら音楽の表情が実に豊か。ロマンティックな演奏を聴かせてくれた。マイスキーは鳴りやまぬ拍手にこたえ、アンコールにバッハの無伴奏チェロ組曲第1番から<プレリュード>を演奏。ブダペスト祝祭管弦楽団はけっしてインターナショナルな響きを持つオケではないが、フィッシャーのもとでたいへんよくまとまっており、音楽に対して真摯に取り組む姿勢が感じられ、感動を呼んでいた。 楽屋でのミッシャ・マイスキー(写真=2005年10月22日、グリーンホール相模大野[大ホール]の楽屋にて。)
PHOTO:(C)2005 小島昭彦

2005年10月21日 金曜日
■今日は1日出張。4日間の中間試験が終わったが、半分くらいは出張やら何やらで学校にいなかったので、試験の答案の採点がまだ全くできていない。苦しい週末になりそう。でもマイスキーは絶対に聴きに行くぞ〜。

2005年10月20日 木曜日■「ありがとうネ」、「お問い合せの件について」、「メッセージを受信しました」、「お久しぶりです」、「お知らせ(至急)です」・・・。受信したメールの見出し(抜粋)であるが、これらのメールはすべて怪しげな内容のどこの誰だかわからないものである。差出人のアドレスを見て即削除。見知らぬ女性名(←ほんとは男なんだろうに)から次々に届くご案内メールに、今では夫一筋の(?)妻も、何も言わなくなった(笑)。ぼくのような健全な(?)人間にはまったくもって迷惑な話。ここには挙げないが、さらに露骨な内容の、あまりに低俗な見出しの付いたメールも多い。最近このようなメールが急増してほんとうに迷惑である。そういうメールの中に、たまにだが自分のアドレスが差出人になっていることがある。自分が送ってもいないのにである。そこには犯人のアドレスが見えないのであるが、どうやってそんなことできるのだろうか。ご存じの方、どなたか教えていただきたい。

2005年10月19日 水曜日■午後、横浜へ出張。帰りにCDショップに立ち寄る。購入したのは、今日発売になったマイスキーのロシア歌曲集、ポリーニの弾くショパンのノクターン集などだが、あるコーナーに"ASTOR PIAZZOLLA"とある10枚組のCDを発見。輸入盤で曲名を見てもよくわからなかったが、ピアソラの音楽が100曲以上聴けると思い、嬉しくなる。しかも、価格がなんと1460円!こんなに安くてピアソラに申し訳ない気がする。

2005年10月18日 火曜日
■昨夜、リッカルド・ムーティ指揮ウィーン・フィルの来日公演の模様をテレビで見たが、ウィーン・フィルの響きには、ほんとうに惚れ惚れする。それにムーティは相変わらずカッコイイ。最近のマエストロは、指揮台では老眼鏡をかけている。そう、いつの間にか60代半ばになっていたんだ。やっぱりTime flies! ◆ギタリスト、村治佳織さんの公式サイトによると、村治さんは「右手急性疾患(右手後骨間神経麻痺)」のため、今週末の厳島神社ほかでの公演を中止するという。どうかお大事に。11月11日の平塚公演が間近でもあり、心配である。

2005年10月17日 月曜日■佐野成宏リサイタルを聴きに紀尾井ホールまで出かける。茅ヶ崎とは異なるプログラムであったが、こちらはこちらで佐野成宏の魅力が余すところなく発揮できるものであった。ベッリーニ、ロッシーニ、ドニゼッティ、ドナウディ、マスネ、グノー、ヴェルディという作曲家による作品が順に歌われたが、ヴェルディの歌劇『マクベス』より「ああ、父の手紙は」や、歌劇『ルイザ・ミラー』より「この穏やかな夜に」が今夜の白眉。佐野成宏は力強さ、深みのある響き、それに声にまろやかさを兼ね備えており、重厚な作品と安らぎを与えるような作品を織り交ぜながら、聴き手を大いに楽しませてくれた。ピアノはラッファエレ・コルテージ。

2005年10月16日 日曜日■中間試験の問題を仕上げつつ、当初の予定を変更し、自宅でゆっくり休養を取る。喉の調子がまだよくない。薬を飲むほか、喉のスプレーも手放せない毎日。昨日買ってきた小林製薬の「のどぬーるスプレー」はノズルが長く、液が患部に当たりやすくなっている。効くといいのだが。

2005年10月15日 土曜日■妻の3○歳の誕生日(←人によっては「30歳」と読んでくれるかもしれないが、そうではない)。夕食は家族で近くのファミレスへ。隣のテーブルの子どもが誕生日でレストランからケーキを贈られ、店員の合図で、客全員で拍手をして祝う。これはアメリカに旅行したとき、よくレストランで目撃したが、最近は日本でも見知らぬ客を巻き込んでお祝いするらしい。妻が半ば羨ましそうな表情を見せる。客たちからの拍手ではなく、レストランからのバースデイケーキが欲しいのだと見た(笑)。妻に「誕生日おめでとう」。◆帰りがけ、またも新幹線見物。7〜8本見ただろうか。残念ながら500系を見ることはできず。もっとも暗い中だと、ぼくには500系と700系を見分けるのがちょっと難しい。

2005年10月14日 金曜日■息子を連れて、有楽町にある第一生命本社ビル(DNタワー)1階ロビーでの「トゥワイライト・コンサート」を聴きに行く。ギターの福田進一、ヴァイオリンの神谷未穂のデュオ。1時間ほどの無料コンサートだったが、中身の濃い、聴きごたえのあるデュオであった。演奏されたのは、ファリャのスペイン民謡組曲から、バルトークのルーマニア民族舞曲、イベールの間奏曲、ピアソラの「タンゴの歴史」から、など。神谷さんの情熱的な演奏が曲の雰囲気に見事にマッチ。福田さんと、ときには丁々発止の熱い演奏が展開された。◆帰りがけ、新宿に立ち寄り、ギターのCDを購入。アバド/ベルリン・フィルのマーラーの交響曲第4番も発売になっており、これも思わず買ってしまった。

2005年10月13日 木曜日■「デジカメで撮った画像の中のいくつかを通常の写真にプリントする。これをインターネット経由で申し込み、近所の写真屋で受け取る。」というのを初めてやってみた。思ったよりもずっと簡単。しかも速くて便利。価格もほとんど変わらない。フィルムの現像がない分、こちらの方が安いくらいかも。今回は、通常のL判やいわゆるはがきサイズにプリントしてもらったのだが、仕上がりも見事で、最近のデジカメの性能がどんどん向上していることを実感したのであった。ほんとうに便利な時代になったものである。(今ごろこんなことに感心して、と言われそうだが。)

2005年10月12日 水曜日■昨夜は10時過ぎに寝た。午前2時の目覚ましを自分で止めたのはしっかり覚えている。しかし、である。その後うとうとしているうちに心地よい眠りに・・・。目が覚めたのは、午前7時05分!慌てて支度。夜のうちにやっておかなければならなかった仕事が片付いていないまま、職場へ向かった。◆そんなわけで、総合感冒薬は今日はなしにする。まだ喉が荒れていてつらい。

2005年10月11日 火曜日■総合感冒薬というのは効くには効くが、飲むとだるくなり眠気を催す。朝飲んで出かけたらやはり失敗。授業はこなせたものの、機械がしゃべっているような調子で進めてしまった。失敗。◆夜、息子のリクエストで、近所を走る新幹線を見に出かけ、20分間ほど見て帰ってくる。

2005年10月10日 月曜日■熱はないものの、体調が悪い。近所へ出かけたものの、ほとんど1日自宅でおとなしく過ごす。今日は最高気温が18℃だったとか。一気に涼しくなってきたようである。明日からまた仕事。頑張らなくっちゃ。◆夕食に餃子を焼く。これだけは自信あり。妻には任せられない(笑)。

2005年10月9日 日曜日■喉が痛い。一昨日からどうも体調が悪く、寒気がして風邪気味かなと思っていたのだが、それに加え、喉がおかしくなってくると、ぼくの場合、もうこれはかなり本格的な風邪である。喉の痛みのもう1つの原因は、おそらく部屋につけた蚊取り線香のせいではないかと睨んでいる。ヽ(;¬ ¬)丿 煙は勘弁!◆ミッシャ・マイスキーの来日が近づいてきた。先月出すつもりの会報がまだ出せないでいる。急がねばっ!

2005年10月8日 土曜日■息子の幼稚園の運動会。運動会だからと、あまりしっかり準備していないところが好きだ。子どもたちはのびのび参加。園庭でお弁当を食べ、1時過ぎには帰宅。◆通販で注文しておいた『フルハウス』(NHK教育テレビで放送中の、アメリカの人気シチュエイション・コメディ番組)のDVDが届く。見るのを一番楽しみにしているのは息子である。(写真=2005年10月8日、某幼稚園にて) PHOTO:(C)2005 小島昭彦 息子の幼稚園の運動会

2005年10月7日 金曜日■「社会見学」の引率で横浜に行く。生徒は班ごとに分かれ、市内のさまざまな施設を訪ねた。午前中ぼくが出かけたのは、横浜地方裁判所。裁判は原則として公開され、傍聴もほぼ自由に行えるので、法廷の様子も見学してくる。それにしても毎日ずいぶん多くの件数の裁判が行われているんだなあ。◆昼食は裁判所から歩いて3分程度の「曲暁明の『中国食堂』」へ。中国・遼寧省の家庭料理を楽しめる庶民派の店。ご主人の曲さんに久々にお目にかかることができ、雑談。ここは安くてボリュームもあり、お薦めの店である。(横浜市中区南仲通2-24-1 電話:045-663-6405)◆夜はギンザめざましクラシックスを聴きに王子ホールへ。「めざクラ」通算100回記念の公演で、オール・リクエスト。入場者の半券から無作為に選び、その座席に座っている人が100曲のリストを見ながらリクエストする仕組み。この企画を思いついたのはK。演奏者は何をリクエストされるかわからないので、事前に100曲準備していなければならない。当初は、リクエストと言ったってどうせやる曲を決めているのだろうと思っていたが、このやり方ではそうはいかない。客のリクエストに、演奏者たちは一喜一憂(?)(笑)。彼(彼女)らにもやりたい曲と避けたい曲があるのがよくわかり、それもおもしろかった。プロの音楽家だったら絶対思いもしないであろう企画。K君、大成功だったね!

2005年10月6日 木曜日
■ガソリンスタンドの横を通ると、1リットルあたり(レギュラーで)128円の表示。ここ2週間くらい126円だったのだが、いつの間にか2円値上がりしていた。当分はガソリンの価格は落ちないのかもしれない。◆さて、プロ野球。ジャイアンツの新監督に原辰徳氏が就いた。会見で原さんは「優勝に向け、全身全霊を・・・」と張り切っていたが、しょっぱなからかなり無理しすぎてはいないだろうか。そんなに気合いを入れすぎていると、あっという間に息切れしてしまうのでは?「常勝ジャイアンツ」という時代はもう終わったではないか。断っておくが、ぼくはかつてのホエールズ・ファン(大洋→現・横浜)であって、今でもアンチ巨人派である。

2005年10月5日 水曜日■「最近の大学生は漢字が苦手」。今日の朝日新聞夕刊の1面。高校生も同様。「授業」を「受業」と書く生徒が意外と多いのに驚いたのはもうだいぶ前のこと。生徒が書く漢字の誤記を指摘することはしょっちゅうである。◆英語の時間に、英文を聴いてそれを書き取る「ディクテーション」という作業があるが、今の中学生や高校生には日本語によるディクテーションも必要なのかもしれない。◆今、子どもたちの基礎学力が低下しているという。もっときめ細かな教育をするために、教員数を増やし、少人数による授業をいっそう推進していくこと、教員の資質を向上させるためにも教員にもっとゆとりと自己研鑽ができる環境を提供することが必要である。これは常日頃思うことである。将来の日本を担う力をしっかり育てるために、それなりに十分なお金をかけるのは当然のことではないだろうか。しかし、にもかかわらず、教育予算に対する政治家や役人の意識は相変わらず低い気がする。

2005年10月4日 火曜日■今日はわが家の元メンバー、チイコ(♀)の9歳の誕生日。結婚したときに、妻が実家から連れてきたロングコートチワワである。当時2歳半だっただろうか、大人といいながら体重は1.6キロしかなかった。アイスクリームが大好きだったが、ちょっと舐めただけですぐにお腹をこわしてしまい、そのたびに獣医さんのお世話に。その後転居に伴い、どうしても別れなければならなくなり新しい飼い主のもとへ。もう5年以上が過ぎた。新しい家でも十分にかわいがってもらい、元気に過ごしているというウワサは聞いている。もう会っても思いだしてくれないだろうなあ。「お〜い、チイコ〜っ!」。「ワン、ワン」。(写真=2000年2月6日、自宅[当時=横浜]にて) PHOTO:(C)2005 小島昭彦) ロングコートチワワ、「チイコ」(当時3歳4ヶ月)

2005年10月3日 月曜日■阪神タイガースのリーグ優勝で、あちこちのスーパーやデパートで優勝祝賀セールのようなものが行われている。どこが優勝したってやるんでしょう?と意地の悪いことも言いたくなるが、消費者にとっては商品が安いにこしたことはない。景気が少しでも上向けばいい。◆マイスキーのリサイタルでのピアニスト変更に伴い、サイトの更新を行った。各主催者へも電話で連絡をとる。

2005年10月2日 日曜日■昨夜、佐野成宏さんのリサイタルが終わるとすぐ、ホールでは(今日行われた)宇宙飛行士の野口聡一さんらによる帰国報告会の準備が始まった。多くの機材がトラックから運び出され、深夜まで準備がかかるとの話だったが、無事終了したようである。会館の皆さん、お疲れさまでした。◆さて、今日は一切の仕事には手をつけず、家族サービスに徹した(?)1日となった。先日近所へ新幹線を見に行った話を書いたが、そのすぐそばに温水プールがあり、今日はそこで家族で水遊びをしてきた。この施設の2階には休憩室があり、新幹線が走る姿がよく見える。まさに絶好の展望場所でもある。泳いだあとここで30分ほど休憩し、買い物をして帰宅。睡眠不足のうえにプールで泳ぎ、帰宅後には家の中の階段掃除や床拭きなどをし、体力を消耗。夜8時過ぎには就寝。ぐっすり休めた。

2005年10月1日 土曜日■茅ヶ崎で佐野成宏(テノール)リサイタル。ピアノはラッファエレ・コルテージ。昨夜から会場で配布する『楽友協会だ!より』の編集に追われる。佐野さんのインタヴュー記事、曲目解説が入り、今回はB4で4枚分。かなり読みごたえのあるものに仕上がった。(^o^)◆本番中は舞台袖で聴かせてもらったが、歌声とピアノが美しく融け合いながらホールいっぱいに拡がっていく様子がよくわかった。ラッファエレ・コルテージがなかなかすてきなピアノを聴かせる。とても気さくな人柄。トスティの歌曲、ロッシーニの「約束」と「踊り」、ほか「忘れな草」、「遙かなるサンタルチア」、「帰れソレントへ」、「禁じられた音楽」、「つれない心(カタリ)」などすばらしい歌の数々に聴衆も熱い拍手をおくっていた。アンコールは「かわいい口もと」(トスティ)、「星は光りぬ」(プッチーニの『トスカ』より)、「オ・ソレ・ミオ」(ナポリ民謡)。佐野さんの茅ヶ崎公演は今日で2度目だったが、3度目が実現できる日を心待ちにしたい。佐野さん、コルテージさん、すばらしい公演をどうもありがとう。◆終演後、ホールでは、明日行われる宇宙飛行士の野口聡一さんによる帰国報告会の準備が始まっていた。機材の搬入、舞台準備等、深夜までかかるそうである。スタッフの皆さん、お疲れさまです。