管理人の音楽日記帳
(2006年3月1日〜3月31日)


ミッシャ・マイスキー ファンクラブのサイトの管理人(小島昭彦)による音楽日記帳です。音楽の話題に限らず、日々思っていることも織り交ぜながら記していきたいと思っています。ご質問、ご意見、ご感想等をお寄せください。メールはこちらへどうぞ。


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2006年3月31日 金曜日■寝台列車での移動はぐっすり休んだ気になれない。帰宅後すぐに出勤となるが、夕方の東京への電車でもボーッとしてしまっていた。両肩がやけにこっている。首のあたりからカチカチに固まっている。これはひどい。◆今日は教員異動が新聞に掲載されている。知っている名前をあちこちに見つけた。転勤で新しい学校(職場)になるときの心細さを思い出す。新しい学校での生活を不安に思う新入生の気持ちがよくわかる。◆夜、王子ホールでギンザめざましクラシックス。終演後、いつもの仲間と食事。最近友人と一緒に食事をすることが激減しているが、年に何回かの、貴重な機会である。楽しく過ごす。

2006年3月30日 木曜日
■大阪へ。電車が好きな息子も小学校入学直前。電車賃がタダなのもあとわずか、ということで新幹線ほか大阪の電車の旅を楽しむ。久々にレオノーレにお邪魔する。店員さんとしばし歓談。大阪は桜の開花はまだこれからか?帰りは夜行の急行「銀河」で。それにしても今日のJRは新幹線も「銀河」も、車内は暖かかったが空気が乾燥し、喉が痛くてつらかった。

2006年3月29日 水曜日■昨日に引き続き、教室整備。また、卒業生と面会。◆午後は振替を取って帰宅。横浜の親戚の中学生S君が遊びに訪ねてくれる。久しぶりにゆっくり話ができ、楽しいひとときであった。わが家の子どもたちもお兄さんの来訪に大喜び。

2006年3月28日 火曜日■今日は教室の机、椅子の脚を時間をかけて掃除。先端についている埃を丁寧に取る。やり出すときりがないと思いつつも、自分で納得しなければ気が済まない。結局今日もすべては終わらず。明日朝には仕上げたい。◆マイスキーの来日公演が近づいている。ファンクラブの業務もしっかりやれというお声も飛んできそうだが、ごめんなさい。現在会報を編集中。大事なニュースはある。

2006年3月27日 月曜日■教室のペンキ塗りをする。1日で終わらず。思いのほか疲れた。このあと、バタンと布団に倒れそう。

2006年3月26日 日曜日
■先週から喉をやられたみたいだ。おまけにこの1週間のハードワークの疲れがたまったせいか、もともと重たい身体がさらに重く感じられ、ちょっとしんどい。◆気づくと近所のあちこちで桜が開花している。あっという間にまた新しい年度に入っていくのだなあ。明日は教室のペンキ塗りでもするか。

2006年3月25日 土曜日■ピアニスト、ニコライ・トカレフの茅ヶ崎公演。2年ぶりにあったトカレフはニコニコと上機嫌で英語も上手に話す青年に変わっていた。今、マンチェスターで勉強しているとのこと。◆今日のプログラムははベートーヴェンの「熱情」、シューベルトの「楽興の時」、ショパンのエチュードから3曲、スケルツォ第2番、リストの「ラ・カンパネラ」、シューマンの「子供の情景」。ロシアものを1つも入れていないところにもトカレフの大きな自信が感じられた。実際聴いてみても、演奏がひとまわりもふたまわりも大きくなった気がする。アンコールはショパンのエチュードOp.10-9、十八番のプロコフィエフの「トッカータ」、そして前回も聴かせてくれた「鉄腕アトムの主題によるファンタジー」(高井達雄作曲、ローゼンブラット編曲)。終演後のサイン会は長蛇の列。200人ほどが並んだ。 ピアニスト、ニコライ・トカレフ
PHOTO:(C)2006小島昭彦
2006年3月25日、茅ヶ崎市民文化会館大ホールにて。ベートーヴェンの『熱情』を弾くトカレフ。

2006年3月24日 金曜日
■今日で3学期が終了。1年B組でのホームルームもこれでおしまい。卒業式ではないがちょっぴり寂しい。いろいろなことがあったが、全体的に見ればなかなかよいクラスだったと思っている。思いやりのある生徒たちに恵まれたということかな。◆生徒が帰ったあとは職員室の机移動があり、それから打ち合わせや、教室整備などしているうちにあっという間に夕方に。やることがたくさんある春休みだが、授業がなくても、ほかの部分に相当時間がかかりそう。もっと時間がほしい!

2006年3月23日 木曜日■4校時は大掃除。生徒がよくやってくれた。午後は学校評議員会に出席、その後明日の職員室机移動に備えて荷物を片付けたり、クラス生徒に渡す通知票の準備をしたり・・・。

2006年3月22日 水曜日■明後日が修了式で3学期もいよいよ終わる。3学期が終わるとすぐに行われるのが職員室の机の移動。机を誰か一緒に運んでもらうためには、当然自分の机がきれいに片づき、軽くなっていなければならないわけだ。その目処がまだ立っていない。困った。◆夕方から雨。冷たい雨を身体に受けながら、バイクで帰宅。体調があまり芳しくないが、しばらくは休むわけにはいかないだろう。

2006年3月21日 火曜日■春分の日。WBCで日本がキューバを破り、優勝。いい試合だった。何といってもイチローの存在が大きかった。久々に野球の試合で興奮をおぼえた。とはいえ、試合を最初から最後まで通して観ていたわけではないのだが。

2006年3月20日 月曜日■昨日書き損なったが、WBCは日本が韓国を破り、決勝進出を果たした。今までのアメリカ戦での審判の誤審、2次リーグにおける韓国戦での屈辱を思うと、今回の勝利で気持ちがすっきり、晴れやかになった。◆学校では球技大会3日目。皆、楽しめたようでよかった。

2006年3月19日 日曜日■わが家の狭いスペースを使って、音楽の小さな発表会を行う。妻にピアノを習っているSちゃん、息子のいとこのSちゃん(ピアノ)、その友だちのAちゃん(ピアノ)、それに息子(ギター)の4人。30分ほどの発表のあと、教え子で音大に通うS君にピアノ演奏を披露してもらう。聴衆はごくごく身内だけで10人ほど。和やかで楽しい会になった。◆忙しい中、わが家のためにわざわざ出向いてくれたS君は、音大での勉強を重ね、演奏が一回りも二回りも大きくなったみたいだ。ハイドン、スクリャービン、カプースチンなどを弾いてくれたのだが、相変わらずピアノの音がきれいで、実はもっと聴かせてほしかったくらいである。彼は心がピュアなのだと思う。S君、どうもありがとう。◆それにしても、カプースチンの「トッカッティーナ」はおもしろかった。ジャズを意識させるような作品で、聴いていてなかなか楽しかった。夜、インターネットで早速CDをチェック。カプースチン本人、アムランらの盤が出ている。

2006年3月18日 土曜日
■土曜だが出勤。学校の隣は大きな公園墓地だが、今日は風で線香の香りが流れ、あたりに漂っていた。◆夕方、あるコンビニの前で車のエンジンがかからなくなった。ディーラーの整備士さんに駆けつけてもらうと、バッテリーの寿命ということで交換。まったくわかっちゃいないんだなあ、と自分のことだが呆れる(苦笑)。◆夜、某スーパーで買い物。サランラップが安く売られている。50メートルのものが328円。そばに売られている20メートルのものが108円。こういう場合、50メートルのものを買う方が得になっているのが普通だと思うのだけど・・・(ちなみに両者は同じ30センチ幅の商品です)。

2006年3月17日 金曜日
■WBCでメキシコがアメリカに競り勝つ。日本は準決勝進出を決めたとのこと。アメリカとしてはまさかの敗退であろう。◆夜、行きたい芝居の公演があったが、仕事が次々に襲ってきて結局行けずじまい。トホホ・・・。

2006年3月16日 木曜日■息子の卒園式。午前中は球技大会だったので休ませてもらい、幼稚園へ行く。子どもたちが自然や遊びの中からさまざまなことを学べる、よい幼稚園に行かせることができたと思っている。あるときは、幼稚園から帰ってきた息子が「お土産だよ」と言って箱を渡すので何かと思ってあけてみれば、中に虫が入っていたり、泥団子が入っていたり、笑わせてくれたこともあった。幼稚園の先生方に感謝。しっとりとした雰囲気のよい式で、出席した保護者は皆感激していた様子。

2006年3月15日 水曜日■大事なメモリースティックをパソコンのUSBに差し込んでもデータが出てこない。これは大変なことになった!職員室で冷静を装っているものの、かなりまずい状況である。◆データ修復をしてくれる会社が多くあり、その中の1つに依頼することにした。前回メモリーのバックアップをしてからだいぶ経っているので、もしこの修復が失敗に終わったら、どうしたらよいか途方に暮れてしまいそうである。かなりへこんでいる。

2006年3月14日 火曜日■合唱祭が藤沢市民会館で行われる。わが1年B組もそれなりに頑張ったが、昨年1度経験している2年生には練習の量や方法で圧倒的に差をつけられていたように思われる。来年はぜひ雪辱を果たしたいところである。◆WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の2次リーグ、日本対アメリカ合衆国の試合では、8回の攻撃中タッチアップでホームインしたはずの走者が、米国チームの監督の抗議によって主審の判定が覆った結果、アウトとなる不可解な判定があった。この「誤審」に対し、王監督は「野球がスタートしたアメリカでそういうことがあってはいけない」とコメント。アメリカ各紙でも主審の判定に批判的な記事が次々に掲載されたが、正義を主張することに誇りを感じるアメリカ世論であれば、ぜひともこの「誤審」を再度覆してもらいたいと願うところである。

2006年3月13日 月曜日■合唱祭はいよいよ明日。クラスの練習の様子が気になり、ときどき顔を出す。合間に学年末の英語の評価を検討。午後は「合格者説明会」。4月に入学してくる新入生向けのガイダンス。いろいろな部署からの話があったが、ぼくも進路の話を10分ほど行う。◆先週後半から肩が凝っている。1年くらいは肩凝りから解放されていたのだが、久々に襲われているのはなぜか。

2006年3月12日 日曜日■久しぶりに10時間も睡眠。目覚まし時計をセットせずに床に就くのがどんなに嬉しいことか!◆朝日新聞の土曜版beを見ていたら、"between"のコーナーのテーマが「クラシック音楽」。「ふだんクラシック音楽を聴きますか?」の質問に回答者数(2,838人)のうち、56%の人が「はい」と答えていた。意外と聴く人って多いんだなあと思う。それでも演奏会場が満員の聴衆で埋まるということはなかなかない。あちこちで演奏会が多く行われすぎているためなのか?あるいはチケット代がやはり高いということなのか?

2006年3月11日 土曜日■卒業式。卒業生がつくった「卒業生の記録」は彼らの3年間を10分間に凝縮したビデオ作品である。そして、そのあとの卒業生の歌がまた涙を誘う。式の途中からは、涙を流している卒業生があちこちに見受けられた。ぼくも目頭が熱くなったのだが、それは彼らを見てではなく、保護者席にいる少なからずの親御さんがビデオや歌に涙しているのを見かけたためであった。「親」というものの気持ちがぼくにも少しずつわかってきたからであろうか。もっとも、親御さんたちが感極まって涙を流していたのか、それとも単に花粉症だったのか、実はよくわからないのだが(笑)。

2006年3月10日 金曜日■今日は合唱祭のクラス練習に付き合い、その後、提出しなければならない書類への記入、生徒に配付する文書作成など、慌ただしい1日であった。もっとも仕事が次々に片付いていったので、たいへん気持ちがよい。卒業式の予行があり、同窓会の入会説明も行う。いよいよ明日は30期生が旅立つ。

2006年3月9日 木曜日■「ついにやっちまった!」◆コンサートで違う会場に出かけてしまったとか、日付を間違えたとか、人からはときどき聞いていたが、まさかまさかこの自分がやってしまうとは。◆午後、ギターの村治佳織リサイタル(マチネ)を聴く(浜離宮朝日ホール)。前半はフランスもの。後半は映画音楽から素敵な演奏を聴かせてくれる。4時過ぎに終演し、夜の公演(渡辺香津美との共演)まで新橋付近で時間を潰す。開演間際の7時にホールに戻ったのだが、入口のところで「もぎり」のお姉さんがぼくの差し出したチケットをじっと見つめる。「(公演の振替だから、間違いがないよう念のため確認しているんだな)」と思いきや、「お客様、こちらは明日の公演でございます。」「(なにっ!?そんなバカな・・・。・・・・・・。)」◆ぼくが持っていたのは「12月9日昼」と「12月9日夜」のチケット。ところが公演が延期されたため、それぞれ「3月9日昼」と「3月10日夜」になっていたのである。そしてさらなる混乱の原因は、「3月9日夜」にも公演があったことである。今夜のコンサートは「12月6日昼」の振替だったのだ!いやあ、参りました。明日夜は残念ながら聴けない。友人Kに譲ることにした。

2006年3月8日 水曜日■朝起きて数分も経たないうちに、くしゃみ、鼻水や眼のかゆみといった花粉症の症状が現れる。家からまだ一歩も外に出ていないというのに、どうしてスギ花粉を感じなければならないのか(苦笑)。ハウスダストも原因の1つではあるのだろうけれど・・・。テレビの天気予報の際にやっている「スギ花粉情報」なんか聞かなくたって、朝目が覚めた瞬間にわかってしまうから不思議である。

2006年3月7日 火曜日
■試験の答案の採点が終わり、今日から返却が始まる。◆合唱祭まであと1週間。限られた時間の中で、2曲をどうやって仕上げようというのか。時間がなく、焦るばかり。もっとも担任が焦ったところでどうにもならないのだが・・・。

2006年3月6日 月曜日■今日は啓蟄。いよいよ春か、とはいうものの動き出したのは大量のスギ花粉のようである。妻にもついに花粉症の症状があらわれたようで、悲惨な状況らしい。こっちはそれを25年もやってきたんだ。「どんなことでも訊いてくれ」とやや威張って言いたい(笑)。それにしても、飛散量はほんとうに去年の10分の1???信じられないなあ。◆明日は結婚記念日。わが夫婦はまだ歴史が浅いが・・・。結婚式の前夜、ぼくはミッシャ・マイスキーの演奏会を聴きに行こうか行くまいか、かなり迷っていた。「結婚する前日であろうとどんな日であろうと、マイスキーの弾くブラームスの1番のソナタが聴きたい!」。いや、実はその来日公演中にも数回聴いてはいたのだが、マイスキーの弾くこの曲はぼくが最も好きなもののひとつ。何度でも耳を傾けたくなるほど。同じプログラムの演奏会にぼくが足繁く通うので、当のミッシャも笑っていた(きっと喜んでくれていたはずだと確信しているが)。結局、結婚前夜に行われたコンサートは、迷ったあげく諦めた(ぼくのマイスキーの追っかけに大きな理解を示す妻も、このときばかりは「それって当然でしょう」という表情であった)。

2006年3月5日 日曜日
■今日は自宅で試験の採点に明け暮れる。何でこんなに採点に時間がかかるような問題を作ってしまったのだろう(>_<)。仕方ない、自業自得である。仕事しながら、今日もずっとKUSC、それにBBC(イギリス)、オランダなどのラジオ局の音楽番組をかけていた。その中でハイドンのチェロ協奏曲第1番の終楽章が流れていたが、一発でミッシャと分かった!音楽に勢いのあるすばらしい演奏であった。◆NHK総合テレビでは新しい土曜ドラマ『繋がれた明日(あす)』が始まった。昨夜ばかりは録画したが、すぐにでも見たいと思っている。原作は真保裕一の同名の小説。「人を殺してしまった男に明日はあるのか…19歳で殺人を犯し、26歳で少年刑務所を出た主人公・中道隆太が、世間の厳しい視線の中で生き抜こうとする姿を描いていく。」(NHKの同ドラマのサイトから)◆先週までの『氷壁』に続き、毎週大きな楽しみになりそうである。

2006年3月4日 土曜日■今日は買い物に行ったり、自宅で仕事したり・・・。休日であるが仕事を家庭に持ち込んでしまう。よくないことだとわかっていながらも、この土日で済ませなかったら絶対に来週大変なことになると分かっているので、どうしてもこなさなくてはならないのである。◆リビングのテーブルで仕事しながら、パソコンからインターネットの音楽番組をかけている。最近よく聴いているのは、ロス・アンジェルスのKUSCというFMラジオ局。適度に耳にしたことのないすてきな曲が流れ、曲名を聞き損なってものちにMUSIC PLAYLISTSで確認でき、自分の「聴く方の」レパートリーを拡げるのに役立っている。1日24時間、ほとんどクラシック音楽が流れっぱなし。アメリカにはこういうラジオ局がたくさんあるが、インターネットおかげで海を越えて気軽にアクセスできるのがとても嬉しい。

2006年3月3日 金曜日■2歳の頃母がしばらく入院し、1か月程度だろうか、祖母の家で暮らしたことがあった。加山雄三の『君といつまでも』を憶え、家に戻ってからも歌い、加山雄三を知らなかった両親をビックリさせたという。あれから41年が経った。◆夜、上野の文化会館で加山雄三のコンサート。大友直人指揮東京フィル。初めて生の加山雄三を見た、聴いた。『君といつまでも』、『ぼくの妹に』、『海その愛』など昔よく聴いて馴染んだメロディの数々を懐かしんだ。加山雄三はやっぱり歌がうまい。それにカッコイイ。ゲストのさだまさしもよかった。相変わらずトークも絶好調だったが、加山雄三に対する熱い想いも語られ、感動的であった。後半演奏された弾厚作のピアノ協奏曲第1番ニ短調K-213『父に捧げるピアノコンチェルト』(ピアノ=羽田健太郎)は長い間聴きたい、聴きたいと思ってきた曲。時間の都合で第1楽章しか演奏されなかったが、なかなか面白かった。CDも入手できたので、家でじっくり聴きたいと思っている。それにしても長いコンサートだった。前半が終わったのが開演1時間45分後。そして終演は3時間を過ぎた午後10時過ぎ。小さい頃からの憧れであった加山雄三に会え、感激して会場をあとにした。 加山さんと記念に撮らせていただく
PHOTO:(C)2006
2006年3月3日、東京文化会館にて。憧れの加山雄三さんと記念撮影!(左が加山さんです、念のため。)

2006年3月2日 木曜日■午後早く帰って家の用事。娘と一緒に留守番をしているうちに自分だけ眠ってしまい、寂しい思いをさせたらしい。反省。◆今日、マクドナルドのドライブ・スルーにいわゆる「原付」で商品を買おうとしている男の人を見かけた。こんなの初めて。バイクでファストフード店のドライブ・スルーとは!結構笑えた。自転車に乗ってドライブスルーは有りか?いやいや、「ドライブ・スルー」という時点で、二輪車は「なし」だと思うのだけど(笑)。◆夜、2度目の岩盤浴体験。「5分うつ伏せ→10分あおむけ→5分クールダウン」を3回繰り返す。10日ほど前に初めて体験したときには、2回目の後半くらいからジワジワと汗が出てきたのだが、今日は1回目の終わりには汗がかなり噴き出していた。遠赤外線、マイナスイオンのおかげで身体の芯までしっかりあたたまることができ、今夜もぐっすり眠れそうである。

2006年3月1日 水曜日■学年末試験の作問も何とか終了。やれやれ・・・。同僚も皆、多忙である。学校現場で、試験の作問や問題・解答用紙の印刷が間に合わなかったという話を、ぼくは聞いたことがない。全国に5400あまりの高校がある(<平成17年度学校基本調査速報>による)というのだから、きっと冗談では済まされないような「事件」もあるのだろうが。ふふふっ。