管理人の音楽日記帳
(2002年7月1日〜2002年9月30日)


ミッシャ・マイスキー ファンクラブのサイトの管理人(小島昭彦)による音楽日記帳です。音楽の話題に限らず、日々思っていることも織り交ぜながら記していきたいと思っています。ご質問、ご意見、ご感想等をお寄せください。メールはこちらへどうぞ。
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2002年9月30日 月曜日■"SARABANDE"No.20ができあがり、発送した。同封物も前回のような膨大な資料ではないので80円で郵送できた。8月26日の日記では、1通1通切手を貼って送りたいなどと偉そうに書いたが、ここ2回、あまりの忙しさと仕事量の多さに負け、結局別納郵便扱いでお許しいただくことになった。10月13日の懇親会当日のマイスキーへの質問も少しずつ集まってくる。こちらの準備も大変。◆明日からいよいよ10月。慌ただしい1ヶ月になりそうだ。1日から4日までは沖縄へ修学旅行の引率のため、この日記も3日までは休ませていただく。

2002年9月29日 日曜日
■昨夜も熟睡した。寝てしまった分仕事がたまっている。休日返上で、自宅で修学旅行の準備。◆ファンクラブ通信"SARABANDE"第20号の発送準備。新しいマイスキー関連商品が出たため、そのチラシ等の用意。

2002年9月28日 土曜日
■週末、結局たいしたこともせず、買い物をして息子と遊んでいるうちに1日が過ぎる。夜、修学旅行の準備。引率では5回目になる。1回目は長野・岐阜方面、2回目は東北方面、3回目は広島・岡山・京都、4回目は東北(岩手)へスキー、そして5回目の今回は沖縄である。修学旅行の引率で一番つらいのは睡眠不足。それに、生徒に何かあってはいけないと相当神経を使う。それを考えると、この週末は少しゆっくりして体力を蓄えておく方がよいのかもしれない。

2002年9月27日 金曜日■この1週間忙しかったせいか夜中に起きることができない。夜9時前に床に入ると朝まで目が覚めない。しなければならないことはたくさんあるのに、睡魔には勝てない。◆息子と ブラームスの二重協奏曲(DVD)を視る。マイスキーがクレーメル(Vn)、バーンスタイン指揮ウィーン・フィルと協演した20年前の演奏。画像そのものはやはりいくぶんの古さを感じさせるが、演奏そのものはちっとも色褪せていない。演奏を一番大きく支配しているのはやはりバーンスタインのようだ。その中でクレーメルとマイスキーがのびやかに、ロマンティックに弾いている。コンサートマスターの席には今は亡きヘッツェルが座り、オケをしっかりリード。何度聴いてもハートが熱くなる演奏である。【UCBG-1069】

2002年9月26日 木曜日
■2年生は修学旅行が近づいている。教員の方も毎日慌ただしく打ち合わせが続く。睡眠不足気味。夕食を終えるとすぐに眠くなる。

2002年9月25日 水曜日
■途中振替の休みが取れたので、近くの幼稚園の説明会に出かける。50人ほどの保護者が出席。園長先生により幼稚園の教育方針、保育費等諸費用、さまざまな行事などについて説明があった。平日ということもあって父親の姿は3、4名程度。それにしても、調べてみると、幼稚園によってずいぶんやり方が違うものだとつくづく思う。子どもがどこの幼稚園で生活するかというのは、どこの高校で過ごすかというよりもずっとずっと大きなことのように思われる。園の遊び重視の教育方針そのものに共感できるところが大きくて、わが家は実はその幼稚園しか念頭にない。スポーツとか英会話とか何か特別なことを身につけさせる幼稚園には正直ほとんど関心がない。今一番の問題は入園受付にいつからどうやって並ぶかだ。少人数しか入園できず、しかも先着順の受付なので、徹夜の行列覚悟?なかなかシビアである(笑)。

2002年9月24日 火曜日
■"SARABANDE"No.19を発送。今回は資料が多く、封筒もそれに伴って大きめなので、全体ではかなり重い。当然郵送費も高くなった。これだけの量が自分の手許からはなれるとほっとする。◆小澤征爾指揮新日本フィルの演奏会を聴きに、すみだトリフォニーホールへ出かける。プッチーニの歌劇『蝶々夫人』の演奏会形式。休憩を挟み3時間近くかかったが、充実した演奏内容だった。オケも小澤征爾の指揮によくこたえ、歌手陣も全体的に満足のいく出来栄え。この作品はいつ聴いても、理屈抜きで涙がこぼれそうになる。「かわいい坊や」の何と悲しいことか。純情で一途な蝶々さんにも泣けるし、プッチーニの音楽のせつなさ、美しさ、すばらしさにも感動する。終演後、楽屋の小澤征爾を訪ねる。歌手のSさんらにも会う。

2002年9月23日 月曜日■曇り気味でときどき雨がぱらつく。10月13日の懇親会の案内、ファンクラブ通信"SARABANDE"No.19ができあがる。できあがってから大変なのが発送準備。多数の印刷物を折り、封筒に詰め、切手を貼るまでで数時間かかる。会員数が増えてうれしい昨今だが、仕事量はだんだん増えてきた。やり甲斐を感じながらも、もうすこし効率的な、うまい方法はないかと思ったりもする。◆話は変わるが、「本の虫」という言葉を今の高校生の多くは知らない。先日の授業でわかったことだ。22年の年齢差は大きい。感覚が近いと思っていたのはこちらであって、それは一方的なことらしい(苦笑)。自分が高校や予備校に通っているときにも、先生から「君らはほんとうに言葉を知らないなあ...」と呆れられた記憶がある。本や新聞を読まない高校生が増えた。手紙を書かない高校生も増えた。授業中先生に見つからないようにメモの紙切れをまわす時代は終わった。今は携帯電話でメールを送る時代。それでも高校生というものは根本的には変わっていない、ぼく自身はそう思っている。若さゆえ無茶もするし、背伸びもする。大人の嫌な面を見て逆戻りしようとしたりもする。彼ら、彼女らを見ていると、ときおり何だか妙に懐かしい気がすることも多いのである。 ファンクラブ会員の皆様への郵送物
(写真)これが今回会員の皆様に送る会報、チラシと同封する膨大な(!?)資料の一部。100通ほどの郵便物なのだが、それでも折り込み、詰め込み、切手貼り等で5〜6時間かかる。

2002年9月22日 日曜日■部活動の試合で午前中は出張。午後は自宅でファンクラブ通信と懇親会案内の準備。そうこうしているうちにNHK-FMでマイスキーの弾くブラームスの二重協奏曲が流れる。レーピンのヴァイオリン、シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団との協演。20年前のクレーメル、バーンスタイン指揮ウィーン・フィルとの協演とそれほど大きなスタンスの違いはなかったが、やはりマイスキーらしさという観点では、今回の方がカラーが出ていたように思う。それでも20年前のあの録音はちっとも色褪せていない。名盤たるゆえんである。夕方、マイスキーのメンデルスゾーン・アルバムを聴く。ティエンポとの相性の良さを実感する。2人の演奏でブラームスやショスタコーヴィチのソナタが聴けるのは本当に楽しみ。

2002年9月21日 土曜日
■学校説明会のため出勤。多数の中学生や保護者の方が午前、午後それぞれ来校。◆それにしても、メンデルスゾーンは天才だ。1809年生まれで、亡くなったのは1847年。40歳を迎えずこの世を去ったにもかかわらず、あれだけの名曲を遺した。生まれたときから経済的には何不自由なく過ごしたようだが、それにしても何と濃い人生を送ったのだろう。それに較べて自分の日々の過ごし方にはいかに無駄が多いことか。

2002年9月20日 金曜日
■週末とはいっても明日、明後日出勤なので、疲れはなかなかとれそうにもない。◆早寝早起きの日が続く。今日は午前1時40分に起床。夜9時をまわるとかなり眠くなってくる。10時半頃(?)、某音楽事務所のMさんから電話をいただくが、半分夢の中で話していたようだ。Mさん、ごめんなさい。◆『レコード芸術』でマイスキーのメンデルスゾーン作品集のCDが「特選盤」になっていた。同誌で月評を担当する音楽評論家2人が揃って推薦すれば自動的に「特選」になるのだから、冷静になって考えてみればどうって事のない話。世界中の音楽ファンがどれだけ耳を傾け、どれだけ支持するかの方がよほど重要なはずなのだが、「レコ芸特選」という事実に喜んでいる自分も、一方でいる。

2002年9月19日 木曜日
■午後振替で休み。東京の某ホテルへ行き、10月13日の懇親会に関して、会場担当(支配人)、Nさんと打ち合わせ。さすが一流ホテル。対応もすばらしい。何の心配もなく当日を迎えられそうでありがたい。◆渋谷のタワーレコードでのんびり時間を過ごす。CDを4枚購入。ずっと待っていたペライアのショパン(練習曲集)の輸入盤【SONY CLASSICAL SK 61885】、園田高弘のシューマン(ピアノ・ソナタ第1番ほか)【Evica HTCA-1031】、エヴァ・マルトンの歌うアリア集(1988年のライヴ)【HUNGAROTON CLASSIC HCD 31546】、ボッテシーニのコントラバス作品集Vol.3【HUNGAROTON CLASSIC HCD 31968】。小松亮太のアルバムにも惹かれる。次に来たときに買おうかな。◆帰りにはお茶の水に寄り、息子の8分の1サイズのチェロを購入。わが家にとってはずいぶん思い切った出費をしたものだが、本人が真剣に欲しいというので買おうという話になったのである。それにしてもずいぶん小さいものだなあ。とてもかわいい。大きさそのものは大人のヴァイオリンとさほど変わらない気がする。ちょっと厚みが加わるくらいの印象だ。そのうち、息子にチェロを教えて下さる先生を探さなければ...。

2002年9月18日 水曜日■振替休日。家族で東京ディズニーランドへ出かける。はじめはディズニーシーへという計画だったのだが、いろいろな人の話をきいているうちに予定を変更。平日ということであれでも人ではそう多くはないのだろうが、人気アトラクションは「130分待ち」の表示も出ていたから、やはり混雑しているなあという印象を持ってしまう。午後、偶然にも2年生女子2名と会ってビックリ。予定よりもいくぶん早めに帰る。場内ではほとんど肩車に乗って思いっきり楽しんでいた息子は別として、引率のわれわれ夫婦はぐったり。それでも久々の休日を満喫することができた。

2002年9月17日 火曜日■学校は文化祭の振替休日だが、進路指導や部活動があって出勤した。外は雨。だいぶ涼しくなってきた。ちょうどよいくらいだ。◆夜中に目が覚めると、ヘッドフォンで好きな音楽をかける。電話はまずかかってこないだろうし、ひたすら音楽の世界に入ることができるのがよい。音量をやや大きめにしても誰にも迷惑がかからない。心休まる平穏なひとときだ。

2002年9月16日 月曜日
■文化祭の片づけで午前中出勤。天気は雨。文化祭期間中、ほとんど雨が降らなかったのは幸いだった。午後は近くのスーパーで買い物。◆最近話題になっている指揮者スクロヴァチェフスキのブラームスの交響曲全集のCDを聴く。オーケストラはハレ管弦楽団で1987年の録音。4枚組で1900円しなかったため、先日衝動買いしてしまったものだ。こんなに低価格でブラームスのシンフォニーをまとめて聴くことができるなんて、LP時代には考えられなかったことだ。ホールに拡がるやわらかなサウンドがいかにもヨーロッパ的だが、録音のせいであろう、いくぶんオケの音が混濁気味なのが惜しまれる。【KOS/IMP 110】

2002年9月15日 日曜日
■文化祭2日目。昨日に比べるとお客様の数は圧倒的に多い。調理での生徒の手つきもずっとよくなっている。授業はないのに結構慌ただしい1日でもあったが、生徒の生き生きとした表情を見ていると、こちらも同じように若い気持ちでいられる。それは「教員をしていていいこと」の1つかもしれない。◆さて、先日、知人のSさんがカスピ海ヨーグルトを送ってくださった。初めは慣れずにいくぶん違和感もあったが、2度目に口に運んだときには何の抵抗もなかった。ミッシャ・マイスキー ファンクラブの「掲示板」ではメイさんが、カスピ海ヨーグルトにマイスキーのバッハを聴かせた話が載っていて興味深い。ある日本酒を醸造する際、モーツァルトを聴かせ、まろやかにする話は耳にしたことがあるが、カスピ海ヨーグルトにバッハをというのは初めてだ。わが家でも何か音楽をかけて試してみたい。

2002年9月14日 土曜日■文化祭。いまひとつの天気で、やや肌寒い気さえする。冷たい飲み物を販売している団体は売り上げが伸びないようで苦労していた。生徒が職員室にも出前で売りに来る(笑)。
■右の写真が神奈川県立藤沢西高等学校。1974年創立。来年(2003年)30年目を迎える。校舎の壁画は生徒の手により、2000年に1・3・4階部分、2001年に2階部分が完成。ほかにも校舎内のあちこちに壁画がある。生徒会、部活動と学校行事が盛んで、生徒は自主的にのびのびとした高校生活を送っている。9月21日(土)には中学生とその保護者を対象とした学校説明会を実施する。【問い合わせ:電話=0466-87-2150 藤沢西高校】
神奈川県藤沢市大庭にある県立藤沢西高校。JR辻堂駅から北へ2キロほどの所にある。
PHOTO:(C)2002小島昭彦
2002年9月13日 金曜日雨が降りそうだったが、何とか1日もってよかった。午後は出張。今日は生徒は全日文化祭の準備。◆マイスキーの公演プログラム関係、懇親会関係など、電話連絡も多く入る。何かと慌ただしい1日が過ぎた。

2002年9月12日 木曜日
■横浜でティエンポのファンクラブを運営されているUさんにお目にかかり、情報交換をする。ティエンポのファンクラブは最近できたばかりだが、あちこちできめ細かくPR活動をされているようで見習いたい点が多々ある。帰りにタワーレコードをのぞく。4日前に新宿店を見たばかりなので、目新しいものはほとんどなかった。アンスネスのシューベルト(ソナタD.959ほか)を買う【EMI 5 57266 2】。帰りがけ、久々にPastelに寄り、「なめらかプリン」を土産に買う。息子はオリジナルのもの、妻は、いつの間にか出ていた新製品の抹茶味を、それぞれ喜んで食べる。◆レオノーレが製作するマイスキー関連商品もTシャツに引き続き、このあと何点か出てくる。来日公演も間近となり、楽しみは多い。

2002年9月11日 水曜日
■アメリカの同時多発テロからあっという間に1年が過ぎた。アメリカは「正義」を武器に戦争という手段で報復しようとしている。冷静さに欠けるきわめて危険な判断だ。単独でもイラク攻撃を行おうと企てているようだが、この先世界はどうなっていくのだろうか。ある方から伺ったのだが、マイスキーに好きな言葉を書いてくださいと頼んだら、いろいろ迷ったあげく“Love and Peace”と書いてくれたことがあったそうである。世界が一つになれる日は来ないのだろうか。

2002年9月10日 火曜日
■今度の土日が文化祭のため、生徒の動きがかなり活発になってきた。毎日夜遅くまで学校に残っていた高校時代を思い出す。

2002年9月9日 月曜日■雨が降ったりやんだりの1日。ずいぶん涼しくなってきた。新宿へ通院の日。夕方、タワーレコードをのぞいて帰る。新進ヴァイオリニスト、イリア・グリンゴルツによるチャイコフスキーの協奏曲のCDが出ている。試聴機で聴き始めたら途中でやめられなくなってしまった。オケはイスラエル・フィルで師匠のイツァーク・パールマンが指揮している。1998年、パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールで優勝しただけのことはある。インパクトの強さ、説得力。彼について詳しいことはよく知らないが、まだ20歳くらいのはず、将来が楽しみだ。結局このCDほか数枚を買って帰る。【DG 471 616-2】

2002年9月8日 日曜日
■休日を家でのんびりしていると、あっという間に終わる。◆エマーソン・カルテットのアンコール・ピースを集めたCD、“THE EMERSON ENCORES”【DG 471 567-2】を聴く。ヴォルフの「イタリアのセレナーデ」、プッチーニの「菊」以外の曲はすでにリリースされたものに含まれていたものだが、興味深いのはそれぞれのアンコール・ピースについて、カルテットのメンバーがコメントを寄せていることである。エマーソン・カルテットというと、20年ほど前東京文化会館でのコンサートで聴いたアンコール、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲op.59-3「ラズモフスキー第3番」から(フィナーレ)での猛烈に速く、しかも最後はたたみかけるような見事な締めくくり方が衝撃的で鮮やかだったが、このCDでもその記憶を十分甦らせてくれる。1999年の来日公演のときには、彼らは、リクエストしたバーバーの「アダージョ」をアンコールで聴かせてくれた。アメリカでの同時多発テロからほぼ1年。不幸にも亡くなった人々への哀悼をあらわすのにもよく演奏されてきた作品である。

2002年9月7日 土曜日■久々の休日という感じだ。ウェブサイトの更新で昼間の時間があっという間に過ぎる。レオノーレ製作の新しいTシャツが売り出されている。

2002年9月6日 金曜日
■ようやく週末。毎年そうなのだが、2学期のはじめというのはいつも長く感じる。残暑が厳しくて、授業がだれてしまいがちだからかもしれない。夕方になってさすがにほっとする。それにしても今日の雨はすごかった。台風接近かと思うほどで、校舎の中にも相当吹き込んできた。◆今日もいくつかマイスキー関連の連絡あり。1ヶ月後の横浜公演のチケットが前売り開始。こちらもまずまずの滑り出しのようだ。

2002年9月5日 木曜日
■今日は授業が3コマ、これ以外に進路指導や英語科の打ち合わせがある。放課後は進路のことで相談に来る2、3年生の対応であっという間に午後7時半近くに。帰りがけ、近くのドラッグストアに寄ると、練習が終わって帰宅する野球部の男子3人に出くわす。500mlのペットボトルの飲料を買って飲んでいた。1リットルくらい飲むのかと思っていたら、そうでもないんだね。暑い中皆よく頑張っている。目指せ甲子園!◆9月に入ってから仕事持ち帰りの毎日。睡眠不足の日が続くが、今のところ思ったほどしんどくはない。油断は禁物。週末はまた寝だめしておかなければ(笑)。◆マイスキー関連の連絡もいくつかあり、こちらの動きも活発だ。

2002年9月4日 水曜日
■授業が始まった。2コマやったが、それだけでもう大変。この蒸し暑さに生徒はよく耐えている。何とかならないのかなあ。自分の高校時代もこうだったのかよく思い出せないが、中旬の文化祭頃まではつらい日々となりそうだ。

2002年9月3日 火曜日■今日は学校は課題テスト。生徒にとって夏休み明け最初の関門(?)だ。教室に40人の生徒が入っているだけで、もうそこは蒸し風呂と化している。試験監督をしていても受験している彼ら彼女らが気の毒になってくる。クーラーが入っていればどれほど効率よく勉学に打ち込めるかと思う。明日からは平常授業。しばらくは精神修養の日々かな。

2002年9月2日 月曜日■いよいよ2学期が始まった。生徒の元気な顔を見るとほっとする。放課後、進路室の前の廊下で掲示物を貼り替えていると、サッカー部員のX君に会う。礼儀正しい好青年だ。夏休み中部活動に明け暮れ、何も勉強できなかったと笑顔で話す。健康的によく焼けていて羨ましいほどだ。彼も進路のことが気になっているのだろう。2年生は来年度の選択科目をどれにするかで悩む。自分の将来の進路に関わることだけに、皆とても真剣だ。相談のメールも何件か来る。◆ムーティ指揮スカラ・フィルが来日中。ムーティの指揮はとにかくカッコいい。同性のぼくが見ていてそう思う。特に曲の最後で腕を振り切るところなんかは、昔からすごい!とため息。あれをひさびさに生で見たかったのだが、今回も逃してしまった。もちろん演奏も好きだけど...。昔聴いたフィラデルフィア管弦楽団の来日公演で聴いた、ベルリオーズの幻想交響曲の熱い名演がいまだに脳裏に焼き付いている。横浜の県民ホールだった。何年前になるだろうか。

2002年9月1日 日曜日
■今日から9月。マイスキーの公演チケットの発送準備に取りかかる。◆夕方、デュオ・プリマのCD【DENON COCQ-83596】を聴く。何度か聴いてくると、その選曲がなかなか凝っていて、センスのよいアルバムであることがますます強く感じられてくる。中でもモンティの「チャールダーシュ」やシモネッティの「マドリガル」が今のところお気に入りだ。

2002年8月31日 土曜日
■夏休みもいよいよ終わりだ。結構慌ただしくて、ほとんど自分の勉強どころではなかった。また慌ただしい日々がやってくる。2学期は文化祭に始まり、修学旅行もある。マイスキーの来日公演もあり、あっという間に秋が通過していきそうだ。◆横浜のそごうでデュオ・プリマのミニ・コンサートがあるというので、家族で出かける。こういうイベントだと3歳の息子でも気軽に連れて行けるのが嬉しい。息子も喜んだが、さらに感激したのが妻で、当初は1部だけ聴いて失礼しようかと言っていたのが、2部の曲目が違うこともあって、結局両方楽しませていただく結果に。これが大正解だった。マイクとスピーカーがあっていくぶん違和感を感じさせなくもなかったが、演奏は絶妙。2人の息が見事に合い、ノリのよい新鮮な演奏を楽しませてくれた。たしかなテクニックと豊かな音楽性があるからこそ、彼女たちの演奏で感じることのできるエンターテイメント性がより生きてくる。トークも結構うけていた。短い時間だったが楽しく過ごせた。

2002年8月30日 金曜日
■2学期も近づき、生徒からの課題や試験に関する質問のメールが多くなる。◆ファンクラブ関連の連絡も電話、メールと忙しい。しなければならないことがいろいろある。秋の来日公演が近づき、慌ただしくなってきた。◆夜、久々にドライブを楽しむ。

2002年8月29日 木曜日■都内で室内楽の演奏会。前半聴いたチャイコフスキーの弦楽六重奏曲は6人のアンサンブルというよりは、1+5の印象が強い。名教師は必ずしも名演奏家ならずということか。アンサンブルも粗く、求めていたチャイコフスキーの音楽とは隔たりが大きかった。残念ながら後半は聴けずに失礼する。

2002年8月28日 水曜日
■快晴。だが今日も外が蒸し暑い。夏休みもいよいよ大詰め。宿題に追われ、もっと早くやっておけばよかったと後悔した小学校から高校時代の自分を思い出す。◆先日、「全国の公立学校の普通教室にクーラーが設置されていきそうだ」というニュースが出る。国が補助金を出すためということだが、地方自治体も財政難。はたしてそんなに簡単にことが運ぶのか疑問なのだけれども...。

2002年8月27日 火曜日■夜、王子ホールでギンザめざましクラシックスの公演。アニメがテーマということで、関連するさまざまなクラシック音楽やアニメのテーマソングを聴く。スペシャル・ゲストのRAG FAIRは新鮮な心地よさ。◆久々に平日夕方の銀座を歩く。今日は蒸し暑さがぶり返し、かなりしんどい1日だった。秋の訪れが待ち遠しい。◆近くの郵便局より、会員の方へSARABANDE No.18を発送。

2002年8月26日 月曜日■SARABANDE No.18の発送準備。会員数の増加に伴い、封筒に詰め込む量もかなり増えて、それだけ時間がかかるようになった。こうなると、封筒も1通1通糊付けして留めるのではなく、テープをはがせば簡単に留められるものがありがたくなってくる。宛名もラベルのおかげでわざわざ書かずにすむので、これも時間の節約になる。最後に切手だが、一度だけ「別納」のスタンプでラクしてしまったが、何だかこれだけは貼りたくなる。それもできれば記念切手を使って...。

2002年8月25日 日曜日■レナード・バーンスタインの誕生日。1918年生まれだから生きていれば84歳。巨匠の死は早すぎた。毎年思う。◆日曜日。ほとんど自宅でファンクラブ通信(SARABANDE)No.18の編集作業をする。あっという間に時間が過ぎていった。◆夜、五嶋みどりとN響の協演で、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(ライヴ)をテレビで楽しむ。見事!ヴァイオリンの音色も、奏でる音楽も、完全に好みのタイプ。圧倒された。◆ウェブサイトを立ち上げてから、今日で丸2年。早いものだ。サイトの更新は非常に重要である一方、意外と手間がかかるということをこの2年間、痛切に感じている。もっと工夫すべきところ、改善すべきところがあるのは十分承知しているのだが、なかなか改められずにいる。◆最後に、ムターがプレヴィンと結婚、というニュースには驚いた。2人の年齢差は35近いと思うのだが、歳の差は関係ないということか。おめでとうございます。

2002年8月24日 土曜日
■小学校のグラウンドで地区の祭りが行われている。盆踊りの音楽が鳴り響く。炭坑節、東京音頭...。血が騒ぐ。小学生の頃、祭りというと、親戚のあるあちこちへ出向いては盆踊り大会に乗り込んできた。その影響がいまだに残っている...。あれっ、去年もこんなこと書いたかな。◆NHK教育テレビの『未来への教室』はチョン・ミョンフンが登場。番組を視て彼のファンになった人は多いのではないだろうか。

2002年8月23日 金曜日
■ここのところ、マイスキー関連の記事が次々に雑誌に登場する。実に楽しみだ。アルクから『セブンシーズ』が届く。172ページにマイスキーのインタビュー記事が掲載されている。マイスキーのプロフィールで、楽器が1730年製とあるが、「1720年製」が正しい。以前、公演パンフレットで誤植があって以来、どういうわけかそれがずっと引き継がれてきてしまっているようだ。◆メンデルスゾーンのアルバム(国内盤)を横浜のY楽器で購入する。すでに輸入盤を持っていたが、10月来日中に行われるインストアイベントの招待券がほしかったものでつい買ってしまう...。

2002年8月22日 木曜日■夜、窓を開けっ放しにして寝ていたら、やはり風邪をひいたようだ。ここ2、3日は実に寝心地がよかった。ちょっと油断したのがいけなかった。朝、総合感冒薬を飲んで仕事に出てしばらくすると、睡魔が襲ってきた。夕方までだるさが続く。薬は下手に飲むものではないなあ。

2002年8月21日 水曜日
■2学期まであと10日となった。やらなければならないことが山積みになっているのに、このままスタートするのは辛いなあ。◆マイスキー横浜公演のファンクラブ会員先行予約受付は今日まで。かなりの数の予約が来た。

2002年8月20日 火曜日
■マイスキーの10月6日横浜公演のチケット会員先行予約を行っているところだが、今日はずいぶんたくさん電話やFAX、メールが入ってきた。一般発売が公演の1ヶ月前ということで、正直かなり厳しいところだと思うが、ぜひ成功してほしいと思っている。今日はそのほかにもマイスキー関連で何件かの電話連絡あり。かなり忙しい1日だった。◆友人K部君が久しぶりに遊びに来る。

2002年8月19日 月曜日■休日出勤の振替で今日は休み。台風が接近しているとかで、ときおり風雨が強くなる。ほぼ全日、ファンクラブの仕事に取り組む。このところ、マイスキーのディスコグラフィを作っている。サイトの中で、長い間「工事中」になっているページだ。作っていておかしなことに気づく。フランス歌曲集のCDの曲順が、輸入盤と国内盤で違うではないか。いや、そういうことは珍しい話ではない。ところが、である。表示されているタイミングは同じなのに、表記が異なるのである。フォーレの作品で始まるはじめの4曲は、輸入盤では@「夢のあとに」A「河のほとり」B「ゆりかご」C「悲しみ」となっているのに対し、国内盤では@「夢のあとに」A「悲しみ」B「河のほとり」C「ゆりかご」となっている。レコード会社に電話して尋ねると、実は輸入盤の発売初期の盤にミスがあったそうで、国内盤での表記は正しいとのことであった。気づかなかった...。そのほか、レコード会社、放送局、音楽事務所など、あちこちとの連絡に慌ただしく過ごした1日であった。

2002年8月18日 日曜日
■生まれてから24年間住んでいた家のすぐ近所に住むYさん一家を訪ねる。家の方には小さい頃からほんとうによく面倒を見ていただいた。同い年の女の子もいて仲良くしてもらった。引っ越してから15年の歳月が経ち、今日の午後、久しぶりに会いに訪れた。3人の姉妹は皆結婚し、子どもも大きくなっていて、聞くまではどの子が誰の子かわからなかった。おじさん、おばさんも元気で、久しぶりにいろいろな話に花を咲かせ、楽しいひとときを過ごすことができた。

2002年8月17日 土曜日
■午前1時過ぎから、今年4月にボストンで行われた小澤征爾指揮ボストン響のラスト・コンサートの模様をテレビで視る。マーラーの交響曲第9番。ボストンの聴衆、オーケストラ楽員の小澤征爾への感謝の気持ち、温かなはなむけの拍手。こちらも視ていて思わず涙がこぼれる。小澤征爾自身も感慨深げで、演奏が無事終わったときには安堵の表情。そして熱い拍手や声援に対し、感極まって、今にも泣き出しそうな表情も。感動。◆夜、相模大野でかつての教え子と会う。S君のほか、Nさん、Sさん、Iさんも来てくれ、久々に飲みながら話ができる。びっくりしたのは、Nさんが自分が通っているのと同じ病院で事務に従事しているという偶然。皆元気で何より。楽しい一晩だった。

2002年8月16日 金曜日
■学校の夏休みもあっという間にあと2週間となってしまった。やることは相変わらず山積しているが、そろそろ2学期の教材準備もしておかなければならない。◆午後、教え子のSさんが訪ねてくれる。保険会社に就職し、元気に楽しく働いているそうで何よりだった。高校時代の本人の苦労は相当なものだったと思うが、今こうして立派な社会人になり活躍しているのを見ると、感慨深いものがある。

2002年8月15日 木曜日
■午前中は勤務。午後は振替により自宅で過ごす。夕方、近くのスーパーに買い物に出かける。ふだんの休日以上の混みように驚く。◆10月13日の懇親会の参加申込みは今のところ30名ほど。あと半月のうちにもう少し増えるだろう。秋の来日に向けていちだんと忙しくなりそうだ。

2002年8月14日 水曜日
■3日間の夏休みも今日で終わり。あっという間だったが、仕事からも雑用からも解放され、久々にリフレッシュすることができた。
穂高の緑(その1) 穂高の緑(その2) 黒部湖 黒部ダム
PHOTO:(C)2002小島昭彦 PHOTO:(C)2002小島昭彦 PHOTO:(C)2002小島昭彦 PHOTO:(C)2002小島昭彦
2002年8月13日 火曜日Y君一家とともに黒部ダムへ行く。ダムからケーブルカーで5分ほど上った黒部平は標高1828メートルのところに位置する。日差しが結構強く、皮膚がヒリヒリする。遠くの山々が壮大である。黒部湖の水面のエメラルドグリーンも美しい。◆夜、大きな流星を1つ見る。かなり大きな願い事が叶うであろう見事な星であったが、思いつく間もなくあっけにとられているうちに消えていった。深夜までY君夫妻と談笑。楽しいひとときであった。

2002年8月12日 月曜日
■友人Y君のいる長野県(穂高町)の別荘を家族で訪ねる。新宿から特急で約3時間。都会の喧騒から解放され、緑あふれる森の中で過ごす。夜は気温が20度代前半にまで下がる。ひんやりとし、ぐっすり眠れる。

2002年8月11日 日曜日
■午後、友人のK澤君が来て、スキャナーの設定を見てくれる。◆明日から3日間、夏休み。ファンクラブの業務もこの日記帳の更新も休ませていただくことにする。(「掲示板」もサービス停止となります。)

2002年8月10日 土曜日
■部屋の大掃除をするが、この暑さと能率の悪さのせいで、なかなか進まない。ずいぶん思いきりよく捨てたりしているのだが、片づけのプロから見れば、まだまだ甘い、ということになるのかもしれない。小学校時代に書いていた毎日の大相撲の記録ノートや、中学時代の英語のノート、高校時代の地理のノートやプリント、浪人時代、図書館通いしていたときの悪友でつけていた学習記録のノート(というか、日誌兼雑記帳)、大学の成績証明書などが出てきて、懐かしさで見入ってしまった。これがいけないとわかっているのだが、こういうときでないとなかなか見る時間がない。見ては懐かしさをおぼえ、あれこれ思い出してみたりする。

2002年8月9日 金曜日■マイスキーの10月の来日では急遽2公演が追加となり、その情報を掲載する。あわせて、会員先行予約受付の案内を会員の皆様に発送する。◆10月13日の懇親会の申込みもかなり来ている。お問い合わせ、ご要望もいろいろいただく。当日は通訳の方も見えるので、会員の皆様も気軽にミッシャとお話ししていただけるのではないだろうか。ぜひ多くの会員の方にご出席いただきたいと思っている。

2002年8月8日 木曜日■スーパーで「瞬間ゴキパオ」(白元)という商品を見つけた。なんでもゴキブリのような害虫を見つけたらこの缶スプレーでひと吹きすると、「姿を見ずに」片付けることができるというものだそうである。そんなにうまくいくのだろうか。ゴキブリが大の苦手なぼくとしてはそれ以前に、自分のいるところへは出ないでもらいたいと切に願っているのだが...。

2002年8月7日 水曜日
■妻と息子が帰ってきた。また賑やかになりそうだ。◆部屋の大掃除を始めた。捨てるに捨てられないものが山のようにあるが、どうも整理が下手で要領も悪い。時間がかかりそうだ。

2002年8月6日 火曜日■NHKの「きょうの料理」に刺激を受け(?)、「なすの冷製パルミジャーナ」を作ってみる。テキストと食材をスーパーで買ってきて作る。米なすをたっぷりのオリーブオイルで焼いたのがなかなか旨い。そのなすの上には、輪切りしたトマト、モッツァレラチーズをのせ、それを何層か作るのだ。冷蔵庫に半日入れて冷やしておくといいらしい。食べる方は、明日ゆっくり楽しむことにしよう。それにしてもちょっと作りすぎたかな。唯一の失敗はトマトの輪切りがうまくできなかったことだ。「湯むき」がわからなかった。できていれば、きれいに輪になったはずなのに。残念。◆もう1品、「クスクスのサラダ」も作ろうとしたが、店に行くとクスクスが売られていない。諦めきれず、パスタの仲間で小さなアルファベット文字のを同じくらいの量を買って試す。見事に失敗。味もまずい。結局、パスタ抜きでサラダだけにして冷蔵庫へ。これなら食べられそう。オリーブ油と白ワインビネガーを主体にしたドレッシングがなかなかの出来ばえ。満足。久しぶりにクッキングを楽しむ。時間に余裕がないとこういうことはなかなかできない。しかも1人だったので気ままだ。米なすの方は、妻と息子が帰ったら食べてもらえるかもしれないので、とっておくことにしよう。◆夕方、夜、テレビをつけると横浜対巨人のナイターが放送されていた。見る気になって久しぶりにテレビの前に座った。スタジアムもずいぶん席が空いている。今年のプロ野球、おもしろくないもんなあ...。それにしてもベイスターズは相変わらず弱い。小学生のころ、大洋ホエールズが負けた次の日に学校へ行くのが嫌だった。巨人ファンの友達とはりあっていたのだった。大洋が弱いと恥ずかしい。そういう気持ちばかり持っていた。今の小学生はどうか。

2002年8月5日 月曜日■よく晴れて暑い1日となった。今日は新宿へ通院。夕方、帰りがけに渋谷の東急文化村に立ち寄る。マグリット展が開かれているのだ。こんなにまとめて観ることができたのは初めて。全部で約90点の作品。代表作とも言われる「光の帝国」は大好きな作品だが、これはいくつかあるはず。今回は1点しか展示されておらず残念。しかも、額のガラスが照明で反射する。地上のよいところを細かく観ることができず、ちょっとがっかりした。◆美術の技法で、「本来あるべき所から、物あるいはイメージを移動し、存在しないところに置く手法」を「デペイズマン」と呼ぶのだということを知った。マグリット展、機会があったらもう1度観に来ようと思う。◆渋谷は相変わらず人が多い。暑さで疲れ、スターバックスに入る。いつもはエスプレッソのダブル・ショットをグイッと一気に飲むのだけれど、今日は冷たいエスプレッソ・フラペチーノにする。2階の席に腰掛けてなぜかほっとする。涼しい店内。足の先の方へ疲れがス〜ッと抜けていった。◆渋谷で若者のファッションを見るのはおもしろい。たいてい何か不思議な発見がある。マグリットの作品とはまた違う発見だが...。左右、別々のソックスを履いている女の子がいる。 ・・・・・・。 ◆湘南新宿ライナーで帰る。渋谷で乗ると次が藤沢というのは、なかなかうれしい。◆ミッシャ・マイスキー関連で、また新たな動きが出てきて忙しくなりそうだ。残念ながらそれはまだここに書けないのだけど。

2002年8月4日 日曜日■妻が息子を連れて帰省中。午前中は掃除と洗濯。午後、文教大学の湘南サマーフォーラム2002に出かける。インターネットを活用した英語教育について学ぶ。◆夕方、ヴァイオリニストの礒絵里子さん、神谷未穂さんにインタビュー。2人は“Duo Prima”としてデビュー・アルバムを出したばかり。鎌倉(手広交差点すぐそば)にある「信長」というお寿司屋さんで話を伺う。いやあ、実に楽しかった。茅ヶ崎市楽友協会の会報に掲載する予定。 エビのお吸い物のお椀をもちあげてニッコリ。おいしいものには目がない!
PHOTO:(C)2002小島昭彦
お寿司を食べながら3時間も対談にお付き合いくださったデュオ・プリマの2人。左が神谷未穂さん、右が礒絵里子さん。1歳違いの従姉妹同士で、しかも誕生日が同じ!
信長寿司は鎌倉市の手広交差点そば(郵便局のとなり)にある。
PHOTO:(C)2002小島昭彦
鎌倉市にある信長寿司。ピアノのリヒテル、チェロのマイスキー、コントラバスのカーをはじめ、多くの演奏家がここに足を運ぶ有名なお店。ネタが絶品!手広交差点すぐそば。

2002年8月3日 土曜日■昨夜寝る直前にNHK衛星第2テレビで「プラハの春」のオープニング・コンサートの模様が放送されているのを見た。今年の5月12日に行われた、小林研一郎指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団によるスメタナ作曲「わが祖国」全曲の演奏。弦の透明な響き、壮大でうねるようなオーケストラの音楽に熱くなった。オケの首席奏者たちが中心となって組んだチェコ・フィルハーモニー六重奏団がこの直後に来日し、茅ヶ崎でも公演を行った際、このオープニングの成功について聴いていたのだが、実際に聴くことのできた演奏は、想像以上に素晴らしい出来栄えだった。◆午後、文教大学で情報関係のフォーラムがあり出席。勉強になることばかり。◆夕方、教え子のN君と会って食事。久しぶりにいろいろなことが話せた。とても楽しいひとときだった。

2002年8月2日 金曜日
■昨夜は午前3時近くまでのんびり過ごした。最後はアルゲリッチの弾くシューマンの幻想曲や幻想小曲集Op.12のCDを聴いて、心地よく眠りについた。◆ファンクラブ通信“SARABANDE”(号外)を発送。来週初めには遅くとも会員の皆様のお手許に届くだろう。◆夜は部屋の片付け。チョン・ミョンフンのイタリア序曲集のアルバムをたっぷり聴く。【DG 471 566-2】こちら、夏のイメージでも、カラッとした暑さを感じさせるアルバム。聴いていてハートが熱くなる。

2002年8月1日 木曜日■今日から8月。あっという間だ。時間が過ぎていくのが速い。◆代休で1日のんびり過ごす。ミッシャ・マイスキー ファンクラブの会報(号外)を編集。明日には発送できそうだ。◆今日から妻と息子が倉敷の実家へ(別に喧嘩したわけではなくて)。夕方、ぶらりと近くの書店へ。何冊か本を立ち読みする。先日、唯川恵の小説を1冊読んだ。読みやすくて、しかも考えさせられる部分も多々あった。この人も恋愛ではいろいろ苦労した人なんだなあと、共感もしたりして...。◆昼寝が長かったので、今日は夜遅くまで好きなことをしてすごそう。

2002年7月31日 水曜日
■運動部で練習に励む生徒たちは何とまあ黒く焼けていることか。今日も33度にまで上がった。プールの水温も同様に上がっているそうで、入っても気持ちよさそうな気がしない。◆三谷幸喜さんによる朝日新聞連載の「ありふれた生活」を読む。今日は脳ドック体験が書かれていたが、先日の自分がまさに同じ心境であり、大いに共感してしまった。◆ハトの卵が消えた。どこの誰が持っていったのだろう。カラスか、それとも、いないはずだがどこかのネコか...???

2002年7月30日 火曜日
■学校の調理室で2年生7〜8名が何か作っている。文化祭に向け、クラスでたい焼きを試作しているのだという。あとで職員室に来たK君が「持ってきますよ」と言ってくれたのだが...。9月に入るころには(ムラなく)均一においしいのができあがることだろう。期待しているよ!◆わが家のハトの方は特に変化なし。昼間ときどき1羽、見張りしているようだ。

2002年7月29日 月曜日■英語教育関連の研修で幕張まで出かけてくる。片道の電車賃が1,450円。ところが、帰りに幕張駅で「ホリデイ・パスは8月31日まで曜日に関係なく購入できる」と知る。それはあとのまつり。2,040円ですむものを2,900円出してしまい、ずいぶん損した気がした。もっとも研修そのものは収穫大であった。◆ところで、早朝からわが家のベランダの手すりに2羽のハトがとまっている。気づくと何も植わっていない植木鉢の土の部分に1羽移り、じっとしている。ハトはその鉢に、午後卵をかえしたらしい。いったいこのあとハトはどうするのだろうか。響祐も興味深そうに観察し始めた。ちなみに夕方以降、夜9時を回ってもまだハトの夫婦(?)は戻ってきていない。 卵の長さは4センチくらいだ
PHOTO:(C)2002小島昭彦
2002年7月28日 日曜日■部活動で1日出勤。ほんとうに蒸し暑い。

2002年7月27日 土曜日■都内の某専門学校でパソコンに関する研修会があり、参加してくる。夕方、地下鉄では浴衣姿のお嬢さんをたくさん見かけた。隅田川の花火大会でもあるのかなあ、と思いながら帰って見てみると、どうやらそうだったらしい。花火と言えば、ヘンデルの「王宮の花火の音楽」がすぐに思い浮かぶのだが、もう一つ、ホロヴィッツが得意としていたモシュコフスキの「花火」も忘れられない。初めてこの演奏を聴いたとき、夜空で千変万化に華やかに広がっては消えゆく花火を、ピアノでこんなにも見事に表現できるのかと感心したものだった。

2002年7月26日 金曜日
■気が抜けない、ひらめき、自由奔放、おもしろさ、大胆、躍動、スリル、興奮、余裕、遊び、マジック、魅惑、至福、生き生き、自然、天才的、ドラマティック、力、仕掛け、きらめき、加速、勢い、流れ...。マルタ・アルゲリッチのシューマン(「ピアノ五重奏曲」)を聴いていて次々に浮かんだイメージである。ピアノに対しての弦楽四重奏はけっして完璧とは言い難かったが、アルゲリッチが弾くというだけで、この作品がこんなにもおもしろくなるのには驚きである。サントリーホールの小ホールでのPMFインターナショナルズ・アンサンブルの演奏会。ロッシーニの「弦楽四重奏のソナタ」、プーランクの「六重奏曲」、ネリベルの「協奏的五重奏曲」、ドビュッシーの「フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ」、それにシューマンの「ピアノ五重奏曲」というプログラム。これが小ホールで、6000円で聴ける。しかも、アルゲリッチをはじめ、ヴァイオリンのイザベル・ファン・クーレン、シャンタル・ジュイエ、ヴィオラの今井信子、クラリネットのマイケル・コリンズ、ほか、フィラデルフィア管、モントリオール響、ピッツバーグ響などのトップで活躍する奏者たちによる贅沢な演奏会なのである。特に好きなプーランクの六重奏曲は管の5名が見事なアンサンブルを披露していた。しかしながら、白眉はやはりシューマン。いい音だ。音楽は危ういところを突き進む。壊れる一歩寸前。アルゲリッチと共演できるアーティストは幸せである。

2002年7月25日 木曜日
■演奏会のチケットを持っていて、会場までたどり着いているのに聴けないこともある、という例が今夜だった。デュトワ指揮のPMFオケ。マルタ・アルゲリッチがプロコフィエフの3番の協奏曲を弾くという最高のシチュエイション。しかし、息子が託児に預けられるのを渋り、結局妻だけが中で聴いてくることに。間際の話で、しかも当日券が売られていたため、結局チケットは引き取り手がつかずに終わる。アルゲリッチが弾いている間、みなとみらいのレストランで息子と夕食を楽しんだ。まあ、こういうこともある。明日の、アルゲリッチが弾くシューマンのピアノ五重奏は絶対に聴き逃さないぞ。

2002年7月24日 水曜日■講習と進路指導で1日忙しく過ごす。朝日新聞の夕刊で吉田秀和氏が最近のチェリストについていろいろ述べているのを興味深く読んだ。ウィスペルウェイ、ケラス、ブルネロ...。◆夜、教員になって最初の3年間接し、以来長く付き合ってきている教え子のN君と電話で話す。彼もすでに30をまわっているのだったなあ。教え子が自分を追い越し、立派に成長しているのを見聞きするたびに実に感慨深い思いがする。と同時に、自分も頑張らなくてはと思う。

2002年7月23日 火曜日■マイスキーの王子ホールでの歌曲(の曲目)が決まった。ラフマニノフの方は「ヴァカリーズ」以外はおそらく初めて聴くことになる曲目である。マイスキーの歌曲演奏はまだまだ続くようである。そういえば、以前話があった、ロシアもの、スペインものの歌曲あたりはどうなったのだろうか。

2002年7月22日 月曜日■横浜のタワーレコードでCDを買う。病院から脳ドックの結果が届く。異常がないのを確認し、ほっとする。それにしても暑い。夏だ。

2002年7月21日 日曜日■ここ1ヶ月、やらなければならないことがあとからあとからわいてきて、かなりしんどい日が続いたが、昨日の演奏会が終わり、ようやく一息つけた。◆息子の写真を撮ってもらえる券があったので、都内のある場所に出かける。ついでに家族でも撮影してもらう。値段がいいので今まで遠慮してきたが、何年かごとにきちんと撮ってもらっておくのもよい気がしてきた。こういうのも意外と大事なことかもしれない、などと思ってみる。◆写真の帰り、東京タワーへ寄る。妻と子は初めて。ぼくは25年ぶりくらいか。高さ250メートルの特別展望台にまでのぼって都心の景色を眺めたが、すでにあちこちの高いところから見慣れてしまったためなのだろう、新鮮味を感じなかった。いまや、東京タワーに代わるものはいくらでもあるということか。
東京タワーから見た国会議事堂方面
PHOTO:(C)2002小島昭彦
東京タワーから見た台場方面。手前がレインボーブリッジ。
PHOTO:(C)2002小島昭彦
(左)国会議事堂、皇居方面
(右)台場



2002年7月20日 土曜日■茅ヶ崎市民文化会館大ホールでロシア・フィルハーモニー交響楽団の演奏会。指揮はアレクサンドル・ヴェデルニコフ、ピアノはニコライ・トカレフ。リムスキー・コルサコフの「スペイン奇想曲」、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。同じ80人編成なのに、サントリーホールと違ってステージが狭い。結局雛壇は使わず、フラットな舞台に椅子や譜面代が所狭しと並ぶ。迫力もそこそこある。生で聴くオーケストラの醍醐味をある程度はお客様に楽しんでいただけたのではないかと思っている。今日はわが家は託児サービスを利用。(今日の)会社は安心して託児が依頼できるところだが、まだ宣伝がいきわたっていないせいか、預けられた子どもはわが家の息子ただ1人であった。終演は9時前だったが、片づけにかなりの時間がかかる。◆響祐、今日で満3歳になる。 指揮者のアレクサンドル・ヴェデルニコフ
PHOTO:(C)2002小島昭彦
ピアニストのニコライ・トカレフ
PHOTO:(C)2002小島昭彦
指揮者のアレクサンドル・ヴェデルニコフ。1964年生まれ。
PHOTO:(C)2002小島昭彦
2002年7月20日、茅ヶ崎市民文化会館にて。
ピアニストのニコライ・トカレフ。1983年生まれ。
PHOTO:(C)2002小島昭彦
2002年7月20日、茅ヶ崎市民文化会館にて。

2002年7月19日 金曜日■終業式。明日からしばらく授業はないが、別の山積みになっている仕事を片づけなければ。◆夜、『楽友協会!だより』の執筆。

2002年7月18日 木曜日
■この夏ぜひともみたいのがマグリット展だ。渋谷の東急文化村でみることができる。数年前、ブリュッセルを訪ねたとき、美術館のマグリットの作品の前で長い間ボーッと佇んでいたのを思い出す。今回どんな作品と出会えるのだろうかと、とても楽しみにしているところだ。◆学校は明日終業式。生徒は生き生きしている(笑)。教員はそうはいかない。いろいろ研修したいけれども、なかなか思うように時間が取れない。◆ファンクラブ関係で事務所や会社と連絡を取る。会員の方には来週、ニュースとしてお知らせすることがある。そのための準備で忙しい。

2002年7月17日 水曜日
■午後はずっと会議。空調の効かないところで朝から夕まで仕事しているのだから、湿度が高い日はかなりこたえる。◆夜、上野の文化会館で、デュオ・プリマのCD発売記念のリサイタルがある。礒絵里子、神谷未穂の若い2人の演奏を、石岡久乃がバランスの取れたピアノで引き立てる。ステージでのトークにもあったが、ヴァイオリンのデュオにポピュラーな作品はほとんどない。そのため、どうしてもよく知られた名曲をアレンジして演奏することになるのだが、2人の演奏は爽やかであり、ききてを心地よくさせる健康飲料水のようだ。澄んだ音が実によい。さらに、音楽もきちんと考えられ、十分練り上げられているところがいい。将来が大いに期待されるこのデュオの課題、それは今後の方向性とでもいうべきものであろう。2人がどういう道を進んでいくのか。オリジナル作品をレパートリーに置きながら、一方でどういうものを新たに採り入れて勝負していくのか。成長を見守りながら、同時に応援していきたいと思う。Go, Go!大いに楽しんで帰ってきた一夜。

2002年7月16日 火曜日■台風襲来。朝8時頃から雨が降り出す。だんだん激しくなり、学校は臨時休校。その代わり、会議が4つも入って、それでも何だかんだと忙しい1日だった。午後には晴れ間が広がり、気温が上がる。◆夜、サントリーホールでロシア・フィルハーモニー交響楽団の公演を聴く。指揮は1964年生まれの俊英、アレクサンドル・ヴェデルニコフ。1983年生まれの期待のピアニスト、ニコライ・トカレフがチャイコフスキーの1番とラフマニノフの2番の協奏曲を弾く。オーケストラは1995年に誕生したばかりでまだ若い。従来のパワーを全面に押し出したような骨太の音楽づくりはせず、細身の繊細さを重視したような演奏が印象に残った。トカレフは常に落ち着き、どんな難しいパッセージもさらりと弾いてのけた。20日の茅ヶ崎公演はどうなるだろうか。◆帰りはTさんが近くまで車で送って下さる。台場や横浜の夜景が美しい。台風のせいで、汚いものがすべて運び去られ、空気が澄んでいる。

2002年7月15日 月曜日
■厚生労働副大臣が辞任した。先頃起きた帝京大医学部の入学試験をめぐる口利き問題により、医療制度関連法案の国会審議を混乱させた責任をとったためという。あくまでも国会審議を混乱させ、事態収拾を図るために辞任したのだと聞く。要するに、口利きそのものには問題はないと考えているのである。いったいどういうつもりなのだろうか。これではますます若者が政治不信をもつ。

2002年7月14日 日曜日■夕方厚木市内の某CDショップに寄ると、思いもかけず、マイスキーのメンデルスゾーンの新譜【DG 471 565-2】がこちらに向かって微笑みかけていた。国内盤はまだ1ヶ月以上先と聞いているが、輸入盤は早い。もちろんとびついて買って帰ってきた。今夜、じっくり耳を傾けてみようと思っている。税抜きで1,780円也。夜、都内の大型CDショップ5店に電話して調べたところ、Vメガストアがもっとも安く、1,690円。Tレコードで1,750円、H○△が1,790円、Y楽器が1,980円だった(いずれも税抜き価格)。なお、I電気は未入荷とのこと。

2002年7月13日 土曜日
■午後、某専門学校の教員対象のパソコンセミナーに出席。データベースソフト“Access”と表計算ソフト“Excel”の活用について学ぶ。前者は初めて。仕事の上で有効活用できそうだが、同時にわが家にある大量のCDのデータ整理にいいかもしれないと、ふと思う。もっともデータを入力する前に、この世からいなくなっているのではとも思ったりする。◆夜、園田高弘の弾く「ブラームス・アルバムV」を聴く。「パガニーニの主題による変奏曲」のほか、作品118、作品119が収められている。ブラームスの世界を深く掘り下げ、人生に対する諦観とでもいうべきものを見事に表出した演奏は今の時代、そう多くは聴けまい。そういう意味でも貴重なアルバムである。【日本クラウン HTCA-1032】

2002年7月12日 金曜日■昨夜は近所のパチンコ屋に消防車がたくさん出動し、ひと騒ぎだったようだ。ネオンが焼けたとある生徒から聞いたが、詳細はわからない。◆生まれてはじめて近所での火事を体験したのは、20年あまり前のことだった。今でもよく憶えている。NHK-FMでボロディン弦楽四重奏団の演奏会の模様をエアチェックしていたときのことだった。カセットデッキの中でくるくるまわるテープを見ながら音楽に浸っていたそのとき、「火事だぁ!」という叫び声が聞こえ、あわてて外へ出てみると、50メートルも離れていない古い木造2階建ての家から、パリパリと音を立て、大きくまっすぐに上る炎が見えた。こわかった。それでも、必死で消防団のホースを手に握って消火活動を手伝った。しかし、火はあっという間に拡がり、その上に建つ家をも炎は舐め尽くした。幸運にも難を逃れた家の白い大きなセントバーナードがわが家の前の電柱に紐で結ばれていた。その老紳士のおびえた眼が今でも強烈に印象に残っている。セーターには煙の臭いが染みついた...。◆ところで、これって全然音楽日記帳じゃないですね。今日だけではないけれど。

2002年7月11日 木曜日■台風一過の暑い1日。高校では進路ガイダンスが行われ、生徒の進路希望に応じた体験模擬授業が行われた。生徒の反応は非常によく、「また参加したい」という声が圧倒的。朝から昼過ぎまで休む暇もなかったが、生徒の満足そうな表情を見ると、疲れがとんでいく。午後は2つ会議があり、夕方からは再び成績処理。忙しくて音楽を聴くゆとりがなくなっている。

2002年7月10日 水曜日
■台風が接近している。明日の進路ガイダンスでは多数の大学や専門学校、予備校などの先生方をお迎えするので、何としても晴れてほしい。今日もその準備と成績処理に追われ、1日があっという間に過ぎていった。

2002年7月9日 火曜日
■忙しいのは昨日と同じ。午前3時に起きて、進路指導の文書作成にとりかかる。電話、会議、文書作成に追われる。この多忙さからはしばらく解放されそうにない。

2002年7月8日 月曜日
■入会案内を希望される方が、このところ月に数名いらっしゃる。新しい仲間が増えるのはうれしい限りだ。しかも、このサイトのおかげで、全国から問い合わせをいただき、まさに「インターネット様々(さまさま)」である。◆今日は朝からちっとも休む暇がなかった。授業、試験答案の採点確認、打ち合わせ、進路ガイダンスの準備、電話、電話、授業、電話、授業、生徒の呼び出し、電話、打ち合わせ、職員会議、電話、打ち合わせ、ある文書の作成、打ち合わせ、ある調査の集計作業、電話、打ち合わせ、打ち合わせ、成績処理、電話、電話、成績処理...。職員室をあとにした午後7時25分まで休みなし。昼休みもなし。気持ちにゆとりがないので、他人にやさしくなれない。自分にもやさしくなれていない。

2002年7月7日 日曜日■休日返上。試験の採点と進路指導の仕事に追われる。しばらくのんびりできそうにない。夕方、気分転換に近くの公園へ散歩に出かける。数日前から池にカルガモの親子が来ているというので見てくる。なんとも微笑ましい光景。◆遠藤周作の『満潮の時刻』を昨日ようやく読み終えた。「病気により長期入院し、ふだん気にもとめないような事象について意識を及ばせる」疑似体験を通じ、人生と生活について、あるいは生きることについてなど、さまざまなことに思いを巡らせる機会を与えてもらった。読みごたえのある1冊! カルガモの親子。家の近くの公園にて。
PHOTO:(C)2002小島昭彦
2002年7月6日 土曜日■昼過ぎまで学校の進路指導の仕事に取りかかっていた。進路指導と言えば、昨日学校の進路室の整理を他の先生方と一緒に3時間ほどかけて行った。各大学・短大・専門学校などからの案内のパンフレット、書籍、雑誌等、旧年度のもので使えそうにないものが段ボール何箱分にもなってゴミとなった。それにしても、省エネルギー、環境保護を訴える時代に、相変わらず膨大な紙が資料として送られてくるのを見て、もう少し何とかならないのかとも思う。それに、常々思うが、「再生紙を利用しています」と表示されていれば許されるというものでもないだろうに。◆夜、上野の文化会館でウィーン・オペレッタ劇場の公演、『サウンド・オヴ・ミュージック』を楽しむ。大佐役のハインツ・ヘルベルクが演出。ヘルベルクは同劇場の『メリー・ウィドウ』公演(1998年、茅ヶ崎でも行った)で指揮を務めていたが、演出でも要所をおさえ、全体を引き締めていた。目当てのメラニー・ホリデイがマリアを歌う。これは当たり役。公演の中の台詞はドイツ語だったが、肝腎の歌は英語で行われる。アメリカ生まれのメラニーの英語は当然のことながら、発音が美しく明瞭で、甘酸っぱく切ない歌唱が聴き手の心を打つ。◆終演後、楽屋のメラニーを訪れ、感想を伝えた。以前、コンサートで"My Favorite Things"が聴きたいとリクエストしたことを覚えていてくれた。今日はその思いが叶えられ、満足して帰る。

2002年7月5日 金曜日
■ようやく週末。期末試験が終わり、生徒は羽根を伸ばしていることだろう。今が一番開放的になれるときだ。もうすぐ夏休み。試験の結果はともかく、生徒のほっとした表情は見てわかる。学校を出るまで、ほとんどゆっくり座ることもできず、雑用に追われる1日だった。

2002年7月4日 木曜日
■慌ただしい1日。試験が終わったものの採点ができずにいる。◆ファンクラブ会員の皆様には素敵なニュースが入る。近々お知らせできるだろう。

2002年7月3日 水曜日■はじめて脳ドックを体験。隣の市の病院でMRI(磁気共鳴画像)による検査を受けた。「木槌で木をたたくような連続音が聞こえます」と言われていたが、そんななまやさしい(?)ものではなく、うるさい工事現場という印象。ほんの10分あまりだったが、頭を固定され、装置の狭い円筒に入り、中でじっとしていなければならないのは何となくいやなものである。もしかするとやはり閉所恐怖症なのかもしれない。しかし、こんな検査で身体の断面の写真が撮れるというのだから不思議なものだ。◆午後は試験の作問。試験問題作りもなかなか苦労する。

2002年7月2日 火曜日
■午後、市内の中学を2校訪ねる。1校は中学時代の英語の先生が校長になっていて、昨年もお目にかかっている。中学3年生の英語の授業が週3時間しかないと嘆いていらした。気持ちがよくわかる。夕方訪れた中学には、中学3年次に担任だった数学の先生がいらして、20年ぶりの再会だった。こうして恩師に再会し、いろいろ話していると、過去に忘れていた思い出が次々に蘇ってきた。うれしいひとときであった。◆夜、ホロヴィッツがメータ指揮ニューヨーク・フィルと協演したラフマニノフの3番の協奏曲を視る。1978年に収録したライヴのDVD。実はこんなものが出ているとは知らず、昨日新宿で見つけて衝動買いしてしまった。このスタインウェイはニューヨークのものか。それにしてもこのときのホロヴィッツは元気だ。演奏は完全に巨匠のペース。ベストかと言えばそうとは言えないが、やはり終わってみるとそれなりに大きな感動が押し寄せてくる演奏である。いつの間にかひきこまれていた。晩年のホロヴィッツではなんと言っても1986年のモスクワ・ライヴ盤(映像も!)が忘れられないが、こちらはこちらで貴重な記録で気に入った。

2002年7月1日 月曜日■新宿へ通院。痛風にかかったのは2000年2月のはじめ。まさか右足親指付け根の激しい痛みが痛風発作とは予想だにしなかったが、知人(痛風の先輩)の紹介で東京女子医大病院を勧められ、現在通院により治療中である。治療とは言っても、与えられた薬を朝夕きちんと服用し、無理のない食生活を保っていれば、あの忌まわしい痛みは襲ってこないようだ。事実、痛風発作はあれ以来1度も現れない。ここ2ヶ月ほど、朝と昼はプレーンヨーグルト中心の食生活を送っているが、空腹感も感じず、すこぶる調子がよい。すっかり軌道に乗ってきて、減量にも拍車がかかる。...おっと、調子に乗りすぎたかな?◆帰りがけにタワーレコードに寄り、CDとDVDを何枚か買って帰る。