管理人の音楽日記帳
(2002年10月1日〜2002年12月31日)


ミッシャ・マイスキー ファンクラブのサイトの管理人(小島昭彦)による音楽日記帳です。音楽の話題に限らず、日々思っていることも織り交ぜながら記していきたいと思っています。ご質問、ご意見、ご感想等をお寄せください。メールはこちらへどうぞ。


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2002年12月31日 火曜日■1日外へはほとんど出ず、自分の部屋を中心に大掃除して終わってしまった。ゴミの収集は先週の金曜で終わっているものと思っていたら、今日来ていたなんて!ちょっとくやしいが今さらどうにもならない。◆1年があっという間に終わった。日記なんて3日坊主のはずのぼくも、この日記は不思議と続いている。日記も大事だが、来年はそれ以上にウェブサイト全体のデザイン改善や内容充実に努めたいと思う。◆来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。あと30分ほどで2003年の到来です。

2002年12月30日 月曜日
■年末。近くのスーパーもたくさんの人でごった返している。生鮮食品は、売れるからであろう、普段よりも高めになっているような気がする。ぼくが小学生だったころは、正月というと、デパートやスーパーは3日か4日くらいまでは閉まっていたので、みかんやじゃがいも、その他野菜を箱で買ったことが多かったのを思い出す。当時はコンビニもなかったから、新年明けてはじめの数日間は実に静かなものだった。時代が変わり、コンビニ、ファストフードの店、ファミリー・レストランの数は激増した。◆ペライアのショパンのエチュード(op.10 & op.25)を聴く【SONY CLASSICAL SK 61885】。それにしてもショパンはとてつもなくすごい作品を書いたものである。いったいどこが「練習曲」というのだろう。それを見事に聴かせるピアニストたちもすばらしい。

2002年12月29日 日曜日■年賀状を書いたり、部屋の片付けをしているうちにあっという間に1日が過ぎた。部屋の掃除はまだまだ続く。

2002年12月28日 土曜日
■今年もあと4日となった。2003年を迎えるのだという実感が全くわかない。慌ただしく過ぎ去った1年であったように思える。今ごろになってあわてて部屋の大掃除を始める。例年のごとく、今年の片付けも中途半端に終わりそうな予感...。◆サー・コリン・デイヴィス指揮ロンドン交響楽団によるブルックナーの交響曲第6番のCDを手に入れた。同オケの自主製作盤で今年2月のライヴ録音。インターネット上ではかなりの低価格で購入できるようだが、近くのタワーレコードでも1,090円で買えた。こんなに安くてよいのだろうかと、嬉しくも感じながらも半分恐縮。今夜遅くにでもじっくり耳を傾けてみようと思う。

2002年12月27日 金曜日
■ピアニスト、斎藤雅広さんとの出会いは1980年にまで遡る。福永陽一郎指揮神奈川フィルの藤沢での演奏会で、当時「芸大のホロヴィッツ」と呼ばれていた斎藤さんがダイナミックにチャイコフスキーのコンチェルトを弾き、生演奏のおもしろさを強烈に焼きつけてくれた。その後、ヨセフ・スーク(ヴァイオリン)のリサイタルなどで斎藤さんのピアノに接することがあったが、90年代に入り、イロナ・トコディ(ソプラノ)の茅ヶ崎公演をきっかけに個人的な交流が始まった。妻との出会いのきっかけを与えてくださったのも実は斎藤さんなので、斎藤さんなくして今のぼくの生活はありえない。最近の活躍ぶりは顕著で、CD、テレビ、ラジオ、雑誌、楽譜、そして演奏会など、さまざまな場面で斎藤さんの仕事に接することができる。◆以前も書いたが、斎藤さんのソロや室内楽がすばらしいことはよく知られているが、それとともに絶対書き落とすわけにいかないのは、偉大なる声楽家たちとの見事なコラボレーションである。歌曲やオペラ・アリアの名曲を、ピアノ1台で実に多彩に、奥深く、美しく聴かせ、聴衆を作品の世界へぐいっと引き込んでしまう才能!声楽家との共演となると、聴き手はピアニストをたいてい「伴奏」者と呼ぶにとどまるが、それはとんだ誤りである。歌手がステージに立ったときに最高のコンディションを維持しながら持ち味を発揮するためには、共演ピアニストにどれだけ高度な技量や音楽性が求められることか。ジェラルド・ムーア、ジェフリー・パーソンズらを思い出せば、その重要性がよくわかってもらえることと思う。◆今月、斎藤雅広デビュー25周年記念のアルバムが出た。【ワーナー WPCS-11463】「ホロヴィッツへのオマージュ」として録音された今回のCDには、リストの「ラ・カンパネラ」、ムソルグスキーの「展覧会の絵」、スクリャービンのエチュードop.2-1、ワーグナーの「イゾルデの愛の死」が収められている。どれも斎藤雅広ならではの個性が十分発揮されていて、何度聴いても飽きそうにない。「展覧会の絵」は1枚1枚の絵が眼前に立体的に迫ってくるかのような鮮明さである。演奏そのものはとてもおもしろくて惹かれたけれども、ピアノは、ヤマハではなく、スタインウェイを使って録音してほしかったというのがぼくの率直な感想である。◆なお、余談になるが、「展覧会の絵」の中の「ブィドロ」(ライナーノートでは「ビドゥオ」と表記されている)という曲は、「牛車(ノートでは「牛の群れと行進」とある)」と訳されることが多いが、ぼくはゲオルク・ショルティも唱えた「虐げられた人々」と捉える訳(説)の方を支持したい。実際、このCDで聴く斎藤さんの演奏にも、そのような圧政に苦しむ人々が描かれているのを感じることができる。

2002年12月26日 木曜日
■日記帳に体調を崩したと書いたものだから、読んでくださる方に余計な心配をかけてしまった。何人かの方から、あたたかいお見舞いのメールまでいただき、申し訳なく思う。反省。お陰様で家族皆、だいぶよくなった。◆エマーソン弦楽四重奏団のウィグイモア・ホール(ロンドン)でのライヴがReal Playerで聴けると知り、早速かけてみた。11月17日に行われた公演で、ハイドンの弦楽四重奏曲ト短調op.20-3、バートの弦楽四重奏曲第3番、それにシューベルトの「死と乙女」というプログラムである。インターネットで海外ライヴも気軽に聴ける時代!感慨深い思いを抱きながら、彼らの演奏に耳を澄ました。(なお、Windows Media Playerでも再生可能。)
Real Player: http://www.iclassics.com/emerson/real
Windows Media Player: http://www.iclassics.com/emerson/win

2002年12月25日 水曜日■昨夜は息子も妻も体調を崩し、ついには救急車の出動を要請するにまで至った。乗り物が大好きな息子には、皮肉にももうひとつのクリスマス・プレゼントとなった救急車体験であったが、病院で点滴を受け、さすがにいつもの明るさはなかった。自宅に戻ったのが午前4時。風邪がぶり返し、今日はほとんど自宅で静養する。買ってある海外向けのクリスマス・カードがまだ自宅にある。早く出さなくては!

2002年12月24日 火曜日
■終業式。2学期が終わる。◆病み上がりのクリスマス・イヴとなってしまった。午後、医者に行って薬をもらってくる。今年の風邪は腹をやられる人が多いそうである。ぼくの近くに来た方々およびぼくが近寄らせていただいた方々、どうぞお大事に。わが家も妻、そして息子も同じ状態になりつつあるので...。

2002年12月23日 月曜日■今日は1日寝込む。よくこれだけ寝ていられるものだと我ながら感心する。◆こどものビデオだろうか、「ゆびきりげんまん」という声が聞こえる。ふと思う。「げんまん」ってどう書くのだろう?今まで想像もしなかったのだが、辞書で調べてみると「拳万」とあった。「互いの小指をからみ合わせること.ゆびきり.」(『デイリーコンサイス国語辞典』)の意味。

2002年12月22日 日曜日■茅ヶ崎でデュオ・プリマの演奏会。礒絵里子と神谷未穂の息の合った瑞々しい演奏を楽しむ。演奏の合間のトークで会場も和やかな雰囲気。特に印象的だったのはベルリオーズのオラトリオ「キリストの幼年時代」から、「テーベの笛と竪琴(聖家族歓迎の音楽) 2つのフルートとハープのためのトリオより」。編曲もすばらしく2人のヴァイオリンに見事にマッチしていた。◆体調を崩し、帰宅後寝込む。風邪らしい。ここのところいろいろなものを食べたせいか、珍しく胃腸がやられたようだ。

2002年12月21日 土曜日
■高校時代の友人が今、ノルウェーのオスロに留学している。久しぶりに会えたのでいろいろ話を聞いたが、ノルウェーの消費税は何と24%だそうである。さらに所得税も50%という話だ。それでも国民が不服を言わないのは、安定した福祉体制ができあがっているため、老後の生活をまったく心配しないですむからである。日本はどうか。老後に不安を感じている国民が圧倒的に多いのではないだろうか。◆昨夜の日記が訳のわからない文体になっていることに気づき恥ずかしく思う。読み返しもせず更新し、床についてしまったらしい。

2002年12月20日 金曜日
■家から1キロほどのところに最近できたラーメン屋が気に入っている。しょうゆ味が得意らしいが、塩ラーメンも意外と旨い。やや細めの麺でこしがしっかりしている。ほんとうにおいしいラーメンは麺とスープが一体となっていなくてはならないと思う。スープの味が抜群で、麺も申し分ないラーメンでありながら、両者の味がうまく融合しないことがよくあるが、それはおいしいラーメンとは言えないように思える。同じことがクラシック音楽の世界にもあてはまる。名演奏家がデュオを組んでいても、一体となっていないケースはよくある。

2002年12月19日 木曜日
■夜、都内で知人と食事、歓談。23時半過ぎまで都内でのんびりしたのは久しぶりであった。

2002年12月18日 水曜日
■夜、清川村にある首都圏最大級の宮ヶ瀬ダムまでドライブする。毎年この時期、高さ30メートルほどのモミの木による日本一大きいクリスマスツリーの見事なイルミネーションを観ようと、多くの観光客が訪れてくる。かつては宮ヶ瀬まではずいぶん時間がかかったのだが、道路が整備され、ずいぶん近くなった。近くの噴水もまた美しい。http://www.miyagase.com/xmas/

2002年12月17日 火曜日■昨日から3日間、球技大会。あちこちから生徒の声援や歓声が聞こえてくる。◆午後、年休を取って大学へ。お世話になっているS先生の最終講義を聴きに伺う。昨年のO先生に引き続き、今でもお付き合い下さっている先生方が母校を去っていくのは寂しいかぎりである。1年ぶりに訪れる母校は新しい建物の増築のため、また大きな変貌を遂げようとしていた。◆帰りの電車。ヘッドフォンをつけた学生が目立つ。車内でヘッドフォンからシャカシャカ漏れる音ほど耳障りなものはない。3人並んで座っている若者のうちどこからその音が漏れてきているのかよくわからなくて、仕方なく別の座席に避難する。本人は気づいていないのだろう。困ったものだ。◆ヘッドフォンとともに目立つのが携帯電話でメールを打つ学生たち。まるでハヤワザを競い合うかのように親指を見事に動かしている。半ば感心し、半ば呆れながら、ポケットから携帯電話を取り出し、自分も負けじと打ってみる。親指だけで打つのは慣れていない。パソコンでやる方がよほど楽だと思い、途中で「対抗」するのを諦める。◆わが家のCDの中に、先日礒さんがアンコールで弾いたイザイの「子供の夢 Op.14」があった。気づかなかった。ベルギーの名ヴァイオリニスト、アルテュール・グリュミオーによる演奏。ほかにルクーのヴァイオリン・ソナタ、ヴュータンの「バラードとポロネーズ Op.38」が収められている。いずれもベルギーが生んだ名作曲家による作品である。洗練された高貴な演奏が印象的。まだしばらく暗いままの早朝4時半、お茶を飲みながら耳を傾けた。【PHCP-9653】

2002年12月16日 月曜日■郵便局で、前の前の人が買ったばかりの記念切手を袋に入れたまま置いて行ってしまったのを、前の人が気づいて局員に知らせた。どうしてそんなことが起こるのだろうかと、以前は不思議で不思議で仕方なかったが、最近はとても他人事とは思えなくなってきた。ここ半年くらいだと思うが、記憶力の低下が顕著である。以前より注意力が散漫になった。今日も仕事中に日付を11月で書いていて、隣の席のSさんに指摘された。◆物忘れがひどいことがよくあって、自己嫌悪に陥る。メロディを耳にしても曲名が思い出せない。かつては作品番号や調性はかなり正確に頭の中にあったはずだが、最近はそれがとっさに出てこない。そういうことを挙げればきりがない。三谷幸喜さんが朝日新聞夕刊の連載で、ミネラルウォーターの入っていたペットボトルを水道水ですすいでいる自分に気づき自己嫌悪を感じたという体験談をいつだか書いていたが、これにも不思議な共感をおぼえてしまう自分がいた。◆忘れたことを必死になって思い出そうとする努力は続けておくべきらしい。かといって、思い出せないからと言ってあれこれ悩むのはよくないらしい。そのバランスがなかなか難しい。◆ヒラリー・ハーンの弾くメンデルスゾーンとショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲のCDを買う。ハーンの実演は残念ながらまだ聴いたことがないのだが、店頭で試聴のヘッドフォンを耳に付けて聴き始めた瞬間、CDを買わずにはいられなくなってしまうほど、その強烈な個性に惹きつけられてしまった。ミンツやシャハムの演奏が好きなぼくにとって、ハーンのヴァイオリンの音色は明らかに異質なものだが、ぐいぐいとひきつけたら離さないような勢いに圧倒される。まずメンデルスゾーンを聴いたのだが、オーケストラがアバド/ベルリン・フィルだったらと、ないものねだりのことを思いつつも、この人の他の演奏にいろいろ接してみたくなってきた。あまりに鮮やかな、スポーツカーがかけぬけるような終楽章の演奏も印象的。不思議な魅力をもつ女性である。

2002年12月15日 日曜日
■川口駅前にあるリリア・音楽ホールで礒絵里子ヴァイオリン・リサイタルを聴く。川口までずいぶん遠いかと思っていたが、東京から京浜東北線の快速で22分。意外と近い。プーランクのソナタ、シマノフスキの「アレトゥーザの泉」、ドビュッシーのソナタ、そして後半R.シュトラウスのソナタというプログラム。ヴァイオリニストとしての力量が問われるきわめて難しい作品が並んだが、期待に違わずすばらしい仕上がり。彼女の透明感ある音色は実に心地よく、しかも、音楽が安定しておりスケール感がある。とくにR.シュトラウスでは広大な宇宙を思わせる演奏だった。アンコールもイザイの「子供の夢」op.14やドビュッシーの「美しい夕暮れ」など、彼女の表現力の豊かさを感じさせる叙情あふれるすばらしい歌を堪能した。

2002年12月14日 土曜日■晴れて気持ちがよいが風が冷たい。◆夜、王子ホールで「ギンザめざましクラシックス」を聴く。前半の中で高嶋ちさ子のヴァイオリンで、カッチーニ作曲の「アヴェ・マリア」が演奏されたが、これは「アヴェ・マリア」本来のイメージからは程遠く、熱く、何かやりきれないような思いが込められた作品である。メロディを聴くかぎりでは、とてもとても16世紀の作品とは思えない。実際、別の作曲家が書いたのではないかという説もあるようだが、とにかく聴くたびに心を大きく揺り動かされる作品にはちがいない。2時間あまり、クリスマスにちなんだ曲をたっぷり楽しんでホールをあとにした。

2002年12月13日 金曜日■仕事上も、さらには私的なことでもきつい週だった。とりあえず週末。土日でひと区切り。ほっとする。◆ところで、昨日から3日間、ベルリンではマイスキーがドヴォルザークのコンチェルトと、リヒャルト・シュトラウスの「ドン・キホーテ」を、メータ/ベルリン・フィルと協演しているはずである。できることなら現地まで聴きに出かけてみたかったが、仕事を休むわけにもいかないし、情けないが先立つものもないので、ぐっと涙をこらえて我慢した。ちょっと大袈裟かな。きっとすばらしい演奏会になっているにちがいない。うれしいことにレコーディングもしているので、少し先にはCDで聴けるのを楽しみに待ちたい。

2002年12月12日 木曜日■慌ただしく1日が過ぎる。夜、帰宅が遅くなる。午前2時半に目を覚まし、午後11時を回ってもまだ起きて動いていると、睡眠時間がほんとうは8時間は欲しいぼくとしてはかなりつらい。

2002年12月11日 水曜日
■「留守番電話に20秒以内でメッセージを吹き込む」というのが苦手だ。余計な挨拶を入れているから結局時間切れとなって「ピー音」が聞こえ、軽い自己嫌悪に陥る。肝腎の用件だってはたして相手に伝わったのか不安である。かといって、再度同じ相手にメッセージを吹き込み直すのもどうかと思ってしまう。親友のKは昔4回か5回続けてメッセージを吹き込んでいたが、それを思い出すと、彼も要領よく伝えるのが得意ではないタイプのようだ。某テレビ局でアナウンサーをしているKは、同じKでもさすがに要領よく相手に言いたいことを伝える(もっとも彼も話は意外と長い...)。やはりここは、余計な挨拶抜きの、メールの出番ということになろうか。一長一短はあるにせよ、メールはなかなか便利である。

2002年12月10日 火曜日
■息子がクライバーの『カルメン』を気に入ったので、おかげで何度もかけている。舞台上の歌手たちやセットが実に立派だが、ぼくはクライバーのすばらしい指揮ぶりもずっと観ていたい思いである。こんなに音楽が生き生きしている『カルメン』にはそうめったに出会えない。見事な演奏に感動しているのはもちろんわが家だけではない。歌劇場にいる聴衆たちも皆熱くなって感動、興奮に包まれている。◆試験の答案返却。正解の確認後、「2学期の自己評価・反省、授業の感想」などを記してもらう。生徒からの声を読むたびに新しい発見がある。授業改善のヒントを得たり、授業中にこちらが気づかなかった生徒の姿や思いを知ったり...。こちらはこちらで生徒たちに望むことはいろいろあるのだけれども。

2002年12月9日 月曜日
■初雪。冷え込みが厳しい。相変わらず喉が痛く、体力がなかなか回復しない。あっという間に1年が過ぎようとしている。期末試験も終わった。最後の科目が終わってチャイムが鳴ったときの解放感は今でも新鮮に記憶の中にある。答案の出来不出来は関係ないのだ。とにかく終わったのだという喜び。それにしてもいやだったなあ、あの試験で眠りたくても眠れない夜中、明け方...。よく「叶うとしたら何歳に戻りたいか」という質問を受けることがあるが、ぼくはたいてい24歳と答える。大学を出て就職した歳である。学生は羨ましいと思いながらも、あの試験勉強で苦しむ思いにはもう辟易している。

2002年12月8日 日曜日■午後、答案の採点。家でも仕事せざるをえない状況で、ちっとも休んだ気がしない。◆今日はシュロモ・ミンツが弾くブルッフのヴァイオリン協奏曲のCDを聴く。アバド指揮シカゴ交響楽団との協演によるもの【DG 419 629-2】。すでに録音から20年もの歳月が流れているが、この曲ではこれが一番気に入っている。ミンツの音色の美しさにはほれぼれする。高音も透明感があって美しいが、中低音のふくらみのある実に豊かな音にも心を大いに揺り動かされる。第1楽章開始後1分33秒のところから2分48秒までの見事な演奏ぶり!特に1分47秒のところで聴ける豊かな和音を聴くたびにぞくぞくっと鳥肌が立つ。そして、すばらしいのはミンツだけではない。5分47秒からのオーケストラのすばらしさも格別である。特に6分22秒のところからはいつも熱くなってしまう。ぼくが仮にソリストでも、協演してみたい指揮者にはまずクラウディオ・アバドをあげる。◆それにしても、ドイツ・グラモフォンから華々しくデビューしたシュロモ・ミンツだったが、その後契約は切られ、某大手音楽事務所も招聘をしなくなってしまった。いったいどういうことかと、残念であると同時に腹立たしい思いさえする。最近また別の音楽事務所が日本に招き、多少はミンツの演奏に接することはできるようになったものの、CDへの録音も激減し、ファンとしては実に寂しい限りである。昔、『音楽の友』誌上で音楽評論家の三浦淳史さんとミンツに関しての対談をしたことがあった。あの三浦さんももう鬼籍に入られているが、向こうで同じようにミンツの活躍を祈っておられるにちがいない。

2002年12月7日 土曜日
■不覚にもNHK『未来への教室』でマイスキーが放送される情報を掴めずにいたため、このサイトでお伝えすることすらできなかった。かつて放送された2回分を1回に編集しただけだそうだから、すでに2回ご覧になっている方にはどうってことはないのかもしれないが、まだ1度も番組でマイスキーをご覧になっていない方には申し訳なかったと思う。今後細心の注意を払って情報収集に努めなければ。◆夜、サントリーホールで秋山和慶指揮東京交響楽団の定期演奏会。前半はエルガーの「エニグマ変奏曲」1曲(←これが情緒あふれる名演!)。休憩後、スウィングル・シンガーズが登場。男女4人ずつの8人が相変わらずすばらしいコーラスを披露したあと、オケが再びステージに登場し、ガーシュウィンの「ストライク・アップ・ザ・バンド」を聴かせ、スウィングル・シンガーズとの協演で「ポーギーとベス」メドレー、「ウェスト・サイド・ストーリー」メドレーなどで大いに楽しませてくれた。それにしてもオケの「定期演奏会」としては珍しい企画である。ヴォーカルはPAを用いており、サントリーホールというひと癖あるホールでは、オーケストラといかにバランスをとるかでさまざまな苦労があったにちがいない。下手すると今夜のような企画は、単なる「スウィングル・シンガーズの『特別演奏会』」にとどまりかねない。そのきわどい選択をあえて行い、オケの持つ別の実力をぼくらに提示してくれた東京交響楽団は十分すぎるほど一流の楽団である。スウィングル・シンガーズとここまで見事に協演できるオーケストラはそうないはず。楽しい演奏会の余韻に浸りながら、一方で、今度は「ポーギーとベス」や「ウェスト・サイド・ストーリー」などをメドレーではなくもっとしっかり聴きたいという思いに駆られたりもした。

2002年12月6日 金曜日■毎日新聞によれば「授業中にメールをする大学生は81%も」いることがわかったという。大学の授業がそれほど魅力のないものなのか。いや、決してそうとばかりは言えないだろう。つい先日も携帯電話のメールを使っての集団カンニングが一橋大学で発覚したばかりだが、間もなく社会の一員となる彼ら、彼女らがそんなでほんとうにこれからの世の中、大丈夫なのだろうか。高校生の授業中のマナーについてもいろいろ言いたいことはあるけれども、それより一段大人のはずの大学生に常識が欠如しているというのは由々しき問題である。もちろん、一方でしっかりしたすばらしい若者がたくさんいるのも事実なのだけれども...。

2002年12月5日 木曜日
■ハーゲン弦楽四重奏団の新しいアルバムを聴く。「5つのフーガ」K.405、「アダージョとフーガ」K.546、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番Op.130(「大フーガ」Op.133付)。ハーゲンSQはやはりすばらしい。今好きなカルテットを挙げろと言われたら、エマーソンSQとともにハーゲンSQの名がすぐに思い浮かぶだろう。弦楽四重奏の醍醐味を堪能できる1枚。1度ではもったいない。何度も繰り返し味わいたい名演。ありふれた賛辞になってしまったが、今、まさに旬の団体による演奏といえる。

2002年12月4日 水曜日■試験の作問も終わり、今度は終わった試験の答案の採点である。これが結構苦痛(・・・苦笑)。小学生のころは担任の先生がテストを赤ペンで採点しているのを憧れの眼差しで見て、一緒にやりたくて仕方なかったけれども、この作業を「日常的に」行うようになった今、ちょっと採点していない答案用紙がたまろうものなら精神的苦痛となってストレスを感じてしまう。う〜ん、いかんなあ...。いっそうのことマークシートにでもしてしまえばとも思うが、残念ながら処理をする機械が学校にはない。もっとも採点をするとよいこともある。自分が行ってきた授業の反省ができるということである。日頃の生徒の取り組み方や試験準備の程度、方法によっても差があるが、うまく授業ができたところとそうでなかったところが答案の正答率にはっきり反映されてくる。(・・・といいながら、実は「正答率」なんて数字はいちいち出さない。だいたいの感じが掴めるという程度。)◆クラシカ・ジャパン(CS放送)で、カルロス・クライバーが70年代後半に振ったウィーン国立歌劇場の「カルメン」を放映中だ。クライバーの「カルメン」は正規のものとしてはCDや映像として商品化されていない。何年も前、第1幕への前奏曲を振る颯爽としたクライバーをはじめて見た瞬間から熱くなってしまった聴き手だが、以来、何度もこの放送の録画のチャンスを不覚にも逃してきた。昨日ついに録画して何度も好きなときに観たり聴いたりできるようになった。

2002年12月3日 火曜日
■1科目試験の作問が終わればまた次の作問が待っている。作問が終われば答案の採点、成績処理。冬休みまでの道のりはまだまだ長い。

2002年12月2日 月曜日■今日は試験の作問。明日から期末試験に入る。風邪も流行っており、体調を崩している生徒もかなりいる様子。自分自身、相変わらず喉が荒れている気がする。うがい薬が手放せない今日この頃である。

2002年12月1日 日曜日
■8月17日に、初めて担任をしたときの教え子達と久しぶりに会って飲んだが、今日は午後その4人が訪ねてきてくれる。3歳の息子ははじめは人見知りをしていたが、とけこむと調子づきハイテンションになってお兄ちゃんお姉ちゃんたちにかまってもらっていた。卒業アルバムやかつての学級日誌を開けながら、楽しい思い出話などに花を咲かせる。◆夜、NHKテレビでポリーニのリサイタルの模様が放送される。ショパンの24の前奏曲、ドビュッシーの前奏曲第2巻。60歳になっているポリーニだが相変わらず精力的な活動を展開している。理想的なピアノ演奏。

2002年11月30日 土曜日
■山田太一のドラマがNHKで放映。試験の作問に追われているのでまだ見ていないが、今回は録り損なうこともなくしっかりビデオに収めることができた。いよいよ、明日から12月。クリスマスカードと年賀状の準備もしなくては。いつも遅くなってしまう...。

2002年11月29日 金曜日■愛用のパーカーの万年筆がテーブルからころころと転がり、止めようとする間もなく床にまっすぐに落ちたときの衝撃はたまらなかった。見事にペン先から落下し、先が変形してしまった。3、4年ほど前の話である。万年筆はペン先が命。修理代もバカにならないだろうと、他の愛用品2本で我慢してきた。◆先日「とりあえず」と思い修理代金の見積もりを取ってみたところ、5000円かからないと言われ、久々にきれいに元どおりになって帰ってきた。ファッションにお金をかけることにはほとんど関心のないぼくであるが、万年筆へのこだわりは長い間持ち続けている。◆試験が近づく。頭の中では構想はできてはいるものの、できあがるまでには相当四苦八苦しそうである。

2002年11月28日 木曜日■東京オペラシティコンサートホールでネーメ・ヤルヴィ指揮スウェーデン国立エーテボリ交響楽団のコンサートを聴く。マーラーの交響曲第1番「巨人」をメインに、グリーグのピアノ協奏曲(ピアノ・ソロは中村紘子)ほか。ヤルヴィの「巨人」は大海に身を任せるような演奏。第2楽章中間のワルツのようなところもゆったりしており、こういうところはなかなかうまいと思う。もっとも終楽章も終わりに近づき、ヴィオラが不気味に奏でるところは今ひとつだし、最後はテンポをあげ一気に突き進むやり方はどうなのだろう。全体的にまとまってはいるものの、聴き手の心に訴えかけてくるものでは物足りなさをおぼえなくもなかった。その点、アンコールで聴くことのできたステンハンマル(交響カンタータ「歌」より)とチャイコフスキー(「雪娘」より)はツボを押さえた快演。ヤルヴィはこういう小品の演奏が絶品である。

2002年11月27日 水曜日
■最近知らないところからのメールが増えてきている。添付ファイルにウィルスが入っているものばかりだ。まったくもって迷惑な話。こちらもそれなりに対策を立て、そういうものは開けずに初めから削除しているが、今日は「ウィルスを駆除する添付ファイル」と題してメールが届いた。当然だがすぐ削除。それにしてもよくやるなあと呆れてしまう。◆京都の紅葉が見たいと思っていたが、もう終わってしまっただろうなあ。人は多いが東福寺は好きだ。あと、紅葉ではないけれども、京都へ行ったら必ず訪れるのが円通寺。こちらはいつもひっそりとしていて、人が少なめなのがいい。スギの木々の向こうに遠く比叡山を臨むことができる。深く趣のある枯山水の庭園。縁側に腰掛けるのではなく、もっと下がって部屋の奥の方から、庭と比叡山の風景の両方を眺め楽しむ。「借景庭園」と呼ぶのだったかな?静寂さの中でいろいろな思いに耽るのも悪くない。いや、本来はそういう思いから離れて時を過ごすべき場所なのかもしれないが...。

2002年11月26日 火曜日■今日は天気予報が見事にはずれたではないか。夕方は雷雨。自宅に戻るまでは原付でほんの5分ほどだが、その間、雷鳴と電光(!)に脅かされながら、こわごわ走行し帰ってきた。◆市が行っている成人歯科健康診査(無料)の期限が迫っているため、近所の歯医者へ行く。◆ヴェンゲーロフが弾く無伴奏の作品集を聴く。時間がなく、買ってしばらくそのままにしてしまっていたのだが、聴いてびっくり!これが見事なくらいすばらしかった。バッハ、シチェドリン、イザイが心地よく響き渡り、自分の中にしみこんでくる。抜群のテクニック、最上級の美しさの音色、見事なまでの音楽構成。こういう演奏が聴けるのであればピアノやオーケストラがなくてもいつまででも耳を傾けていたい、そう思わせるほどの名盤。マキシム・ヴェンゲーロフ。ギル・シャハムと並び、今若手で最も好きなヴァイオリニストのひとりだが、これは今年のベスト3には入れたいCDである。【EMI 5 57384 2】

2002年11月25日 月曜日
■大学でお世話になった3人の先生方と立川で会食。久しぶりにお目にかかれ、楽しいひとときを過ごす。夜、コートなしでは外を歩けないほど寒くなってきた。

2002年11月24日 日曜日■昼間、有楽町(日比谷)にある日生劇場でオペラ『カルメン』。佐藤正浩指揮東京フィルによる演奏。1時間半程度の内容に縮小して公演が行われる。このホールは初めて。3階席後方に座ったが、ピットに入っているオーケストラの響きがデッドで、薄っぺらな音に聞こえてしまっていたのが残念だった。今度、別の会場で聴いてみたい。◆風邪がぶり返したようで、体調が思わしくない。

2002年11月23日 土曜日■休日に勤労感謝の日が重なり、1日休みを損した気分である(笑)。◆夜、サントリーホール(小)でカトリーン・ショルツのリサイタルを聴く。ピアノはゲラルド・ファウトゥ。前半のチャイコフスキー(メロディ Op.42-3)はさらりと流れていき、水彩画のような印象。ベートーヴェンの「クロイツェル」はピアノのファウトゥと息の合ったところを聴かせる。音の美しさを保とうと務めてはいるものの、途中かなりアグレッシブな面もあり、いくぶん性急すぎるきらいがなくもなかった。それに較べ、後半の貴志康一の「竹取物語」やサン=サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」、「ハバネラ」の方が、作品の魅力をより引き出すことに成功していたように思える。また、「竹取物語」では、ドヴォルザークのスラヴ舞曲を思わせるようなロマンティックなメロディが印象的だった。アンコールで弾いた貴志康一の「月」も好演。

2002年11月22日 金曜日
■週末。風邪からようやく立ち直りつつある。あと10日で期末試験。生徒たちもそろそろエンジンをかけ始めてき...。

2002年11月21日 木曜日■11月20日は世界最高のコントラバス奏者のひとり、ゲーリー・カーの誕生日である。時差の関係で21日の夜が明けない頃、毎年電話を入れている。現在、コンサート活動から退き、自宅のスタジオを中心に膨大なレコーディング・プロジェクトに取り組んでいるカーだが、例外的に来年12月、来日公演を行うことになっている。前世が日本人だったと信じて疑わない親日派のカーである。2003年12月には茅ヶ崎市楽友協会主催で演奏会を行うことも決定し、誕生日のお祝いの言葉とともに嬉しいニュースを伝えることができた。コンサート・ツアーのストレスからも解放され、自宅でリラックスして過ごすことができているとのこと。ますますの活躍を祈りたい。

2002年11月20日 水曜日■授業から戻るたびにイソジンでうがいをする。昨日よりはだいぶ良くなったが、薬のおかげもあるので、まだしばらく油断はできない。教室でも風邪が結構流行り始めそうな気配である。◆ギドン・クレーメルとクレメラータ・バルティカによるアルバム“HAPPY BIRTHDAY”を聴く【NONESUCH 7559-79657-2】。Peter Heidrich(b. 1935)による“HAPPY BIRTHDAY” VARIATIONS はクラシック音楽の室内楽の名曲を“HAPPY BIRTHDAY”のメロディとリズムでアレンジしておもしろおかしく聴かせ、ユーモア感覚あふれる粋な遊びを演じている。ベートーヴェンのカルテット、ブラームスのセクステットなどを織り込んでこのような演奏のプレゼントをしてもらえたらとても楽しいだろうと思う。このようなウィットに富んだ才能あふれるヴァイオリニストK氏だが、一方でいろいろな話も聞くんだよなあ...。それにしても遊び心満載のアルバム。他の収録曲も楽しい。

2002年11月19日 火曜日■薬のおかげでだいぶ具合がよくなったが、相変わらず喉の調子が悪い。ジェシー・ノーマンのリサイタルは諦め、友人K君にチケットを譲る。明日のゲルギエフ指揮N響も残念ながらパスだ。わが家は夫婦揃って風邪。息子だけは元気いっぱいである。◆明後日、市内北部の方にスーパーの「○○ー○ー○ドー」がオープンする。当然わが家の近所の「ジャ○○」と「○○きゅう」は打撃を受けるにちがいないが、よい意味で大いに競争してもらいたい。

2002年11月18日 月曜日
■先日学校の職員室でストーブの試しだきがあった(学校という職場は労働環境としては大変遅れている。この夏ようやく職員室にはクーラーが設置されたが、それには暖房機能はなかった!)。授業から戻ってしばらくいたら喉がおかしくなった。以来、嫌な予感はしていたのだが、数日間ハードな日々が続いたこともあり、今日午後、ついに風邪でダウン。夕方、かかりつけの医院へ。健康が何より。◆『音楽の友』にミッシャ・マイスキー ファンクラブで行ったマイスキーとの懇親会(10月13日開催)の模様が掲載される。

2002年11月17日 日曜日
■ショルツの茅ヶ崎公演。貴志康一の作品2曲と、ベートーヴェンのソナタ第5番「春」、ブラームスの第1番「雨の歌」、それにサラサーテの「カルメン幻想曲」。強烈な個性で聴き手に何かを訴える演奏家というようなタイプではけっしてないが、自然で繊細、上品な演奏が心に染み入る。◆ショルツに、今までで最も強く印象に残っている演奏は?と尋ねたら、D.オイストラフが弾くショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番で、ドキュメンタリーか何かでの映像だったとか。
貴志康一作曲「月」を演奏するショルツ ベートーヴェンの「スプリング」を弾くショルツ。ピアノは青島陽子さん。
会食後、ショルツと。右はこのサイトの管理人です。
PHOTOS:(C)2002小島昭彦  (写真)11月17日、茅ヶ崎市民文化会館大ホールで行われたカトリーン・ショルツのリサイタル。買い換えたばかりのデジカメで撮影では失敗も多かった...反省。右はショルツと「管理人」。

2002年11月16日 土曜日■カトリーン・ショルツ(ヴァイオリン)の茅ヶ崎でのリサイタルがいよいよ明日となり、発行する会報を執筆する。資料はマネージメントのMさんから十分すぎるほどいただいているし、先日の取材もあるので、書く内容がなくて困るなどということはない。ショルツが冒頭に弾く貴志康一作曲の「竹取物語」と「月」は情緒あふれるすばらしい作品だと思う。◆ところで、資料を見ていたら、なんと明日が貴志康一の命日。1937年11月17日、享年28歳。ヒンデミットに作曲を、フルトヴェングラーらに指揮を師事し、ベルリン・フィルやウィーン交響楽団の指揮台に立ったという天才は、もし長生きしていれば、今の小澤征爾以上の存在になっていたかもしれない。

2002年11月15日 金曜日
■早寝早起きの生活が続く。午前2時過ぎには起きて、4時か5時まではパソコンの前に座っていることが多い。問題なのは夕方5時も過ぎると眠くなってくることである。夜8時、9時は「深夜」である(笑)。◆放課後2年生の有志を相手に大学入試に向けての英語講習を行っている。今日は「仮定法」。問題を多く解けばけっして難しい話ではないということがわかって生徒も嬉しそうだ。◆夜、テレビで子の七五三に550万円以上もお金をかけたある家庭の1日が報道されていた。お色直しや引き出物まである披露宴、それに二次会。その地域の習わしなのだろうか。見ていてあっけにとられてしまった。いったいどうなってしまっているのだろう。

2002年11月14日 木曜日
■ショルツの茅ヶ崎公演が近づく。当日配布の会報の準備をしなければ。書く材料は結構揃っている。欲しいのはむしろ書くための時間だ。◆夜、テレビをつけていたら、食器洗い機用の洗剤のCMがテレビから流れる。あっ、食器洗い機ってそんなに普及しているのか...。わが家ではつい先日、食器乾燥機を買い換えたばかりだというのに。食器を洗うのは妻もぼくも全く苦ではないので、わが家では食器洗い機は必要性を感じない。もっとも宣伝によれば、機械を使った方が節水できるとのことだから、そう言われれば「そうなのか」と考えさせられたりもするが...。食器のしつこい油(あるいは脂)はよく落ちるのだろうか。だいたい食器洗い機を洗うという作業(手入れ)の方がよほど面倒くさそうな気がする。食器洗い機を洗う機械を欲しがる人も出てくるのでは?......そんなことはないですかね(笑)。

2002年11月13日 水曜日
■早朝(?)2時半に起きる。聴きたいCDがあると最近はヘッドフォンで聴くことが多い。昼間は息子も元気に遊んでいるので、長い曲にじっくり耳を傾けるのは忙しい。周囲に遠慮せずに、しかも電話も来客もない夜中だったら、ヘッドフォンで聴く限り、多少音量を大きめにしても何の支障もない。◆アバドの後継としてベルリン・フィルのシェフとなったサイモン・ラトルのマーラーの5番の交響曲のCDをかける。【EMI 5 57385 2】これがラトルという指揮者の演奏なのか、序盤はいくぶんあっさりしている印象も受けたが、先へ進むにつれ徐々に温度が高まっていく。終楽章ではいろいろな聴かせどころがあって共感をよぶ。録音はいくぶん遠めなのでときおり物足りなさも。同じベルリン・フィルでも90年代前半にアバドが指揮したものとはまたひと味もふた味も違うので、比較してみるとおもしろい。5番にはバーンスタイン指揮ウィーン・フィル、アバド指揮ベルリン・フィル、インバル指揮フランクフルト放送響など好きな演奏が多くあるが、ラトル盤も今後何度も聴き返したいCDではある。ブーレーズ指揮ロンドン響が先日来日公演でこの曲を取り上げていたはずだがどうだったのだろうか。これは聴き逃してしまった。

2002年11月12日 火曜日■ホームページ・ビルダーをバージョンアップする。インストールはきわめて簡単。ページを公開(転送)するときにちょっとつまずいたが、だいぶ使いやすくなっているようだ。◆放課後は英語の講習。今日は「仮定法」。理屈さえわかっていれば意外と簡単なのだが。

2002年11月11日 月曜日
■先日買った2枚のCDについての感想。◆来年からベルリン・フィルの首席ホルン奏者になるラデク・バボラクが「吹く」バッハの無伴奏チェロ組曲第1番から第3番までの演奏にはもう何と言ったらよいかわからないほどの驚嘆と感激、感動があった。世界的なホルン奏者のソロというのは、ぼくは演奏会ではペーター・ダムくらいしか聴いたことがないのだが、こんなにも見事に歌えるとは!ときおり音楽が止まったかのように聞こえるのはやむをえないのかもしれないが、そもそもこれはチェロと比較すべき次元ではない気がする。トランペットのナカリャコフ、ホルンのバボラクらで金管楽器のレパートリーが拡がっていきそうだ。新たな聴衆も獲得していくことができるにちがいない。【オクタヴィア・レコード OVCL-00086】◆もう1枚、小澤の「第九」はいかにも「現代の」演奏だが、重厚さあるいは重量感とでもいうべきものが不足している気がして、いくぶん物足りなさを感じた。【ユニバーサル ミュージック UCCP-9424】

2002年11月10日 日曜日■都内のあるスタジオでリハーサル中のヴァイオリニスト、カトリーン・ショルツを訪ねる。練習の合間に15分ほどインタヴューさせてもらう。旧東ドイツ出身の人だが英語は流暢だ。何でも大の日本食好きとか。詳しくは17日に発行する『楽友協会だ!より』に書こうと思う。◆写真は取材後に撮らせてもらったのだが、使用したのは買い換えたばかりの京セラの新しいデジカメ。400万画素の性能とはこういうことかと驚く。ここに掲載しているものはサイズを小さくしているのでたいしたことはないが、大きくしたときの画像の精度は今まで使っていたものとは比較にならないほど。しかも軽くて持ち運びがラクだ。◆今日は久しぶりに横浜から京浜急行を利用。京浜急行の快速特急ってこんなに速かったかな。東海道線よりもずっと速く、スリリング(笑)。ちょっとこわいくらい。 ヴァイオリニスト、カトリーン・ショルツ。ベルリン室内管弦楽団の音楽監督も務める。

PHOTO:(C)2002小島昭彦 ●11月16日(土)15時からはタワーレコード渋谷店でミニライヴとサイン会、17日(日)に茅ヶ崎市民文化会館、23日(土)にサントリーホール(小)でそれぞれリサイタルなどが予定されている。

2002年11月9日 土曜日
■夜は9時過ぎは寝て早朝2時か3時には起きる日が続く。目が覚めてまずパソコンの電源を入れ、メールのチェック。その後、ウェブサイトの更新をして、学校の授業の準備やファンクラブのこと、そのほかしなければならないことを済ませていく。早朝の仕事はなかなか効率的だ。◆ヴァイオリニストのカトリーン・ショルツが来日。17日には茅ヶ崎でリサイタルがある。明日、取材を兼ねて、練習するスタジオへインタヴューしに出かけることになった。

2002年11月8日 金曜日
■午前中出張。6校時の授業をしに学校へ戻り、夕方近くの大学へ出張し、終了後また学校に戻る。慌ただしい1日。◆CDショップで小澤征爾が振った新しい「第九」、バボラクのバッハの無伴奏チェロ組曲第1番から第3番までのホルン編曲版を買ってくる。

2002年11月7日 木曜日
■英語Uの授業でインターネットを使って学習している。こちらでは指示だけ出してほとんど自学自習の形だが、4回もパソコンの前に座っていると、さすが若いだけあって要領を得てきたようである。こちらは、課題を終えた生徒が送ってくるメールの対応に大わらわである。50分の授業時間中に40人が次々に送信してくる。不備があれば「不備があります」と指摘して送り返す。受信箱には未開封のメールがどんどんたまっていく。◆生徒たちはアメリカ・ホワイトハウスのブッシュ大統領にメールを送り、返信が来ると大騒ぎする。たとえ自動的に返信されるメールだとしても。海外から英語でメールが届くということが彼らにとって大いに刺激となっているようである。もっとも、中には翻訳ソフトに全面的に頼りすぎて、とんでもない誤訳をそのまま持ち込んでしまう生徒もいるが、とにかく高い関心を持って取り組んでくれればそれでよしとしたい。

2002年11月6日 水曜日
■東京交響楽団が2004年に本拠地を新宿から川崎に移転させるニュースが流れた。本拠地となる新しいホールは川崎駅前に建設中で、同オケは年十数回の公演以外に、年間100日間、ホールを使って練習できるという破格待遇のようだ。ホール建設ときくと、「日本にはいったいいくつホールがあれば満足できるのだ?」という思いにも及ぶが、このような使い方ならば、これは歓迎できるニュースということになろう。気がかりなのはホールの音響である。「クラシックコンサートに適した音響設備を持つ2千人収容の大ホール」とのことだが、ホールは「生きもの」。オープンして客が入り、実際に音が出てからでないと実際にはわからないものである。音響面がうまくいきさえすれば、オケの発展にとってもこれは大きなプラス材料である。

2002年11月5日 火曜日■年賀葉書を買ってくる。とはいっても準備するのはいつも間際になってから。インクジェット用でない限り、葉書が売り切れることはなくなってきたようだが、生まれつきの心配性で手元にないと不安なものだから買ってこないと気が済まない。年々枚数が増えてきてはいるが今年は何とか余裕をもって書きたいと思っている。もっともその前に海外の知人、友人に送るクリスマスカードの準備があった!こちらの方が先だった...。カードを買ってこなくちゃ。

2002年11月4日 月曜日
■今日はファンクラブでたまっていた郵便物の発送。新しい会員の方、入会資料請求をされた方への郵送物を封筒に詰め込む。◆バッハの無伴奏チェロ組曲をギターで演奏したCDを聴く。Andreas von Wangenheimによる演奏【ARTE NOVA 74321 67522 2】。これはこれでなかなか独特の趣があっておもしろい。2枚組のCDが970円で買えたのは有り難すぎた。存分に楽しむ。◆外出もせず1日自宅で過ごす。とはいうものの、授業の準備などに追われて、ゆっくり休む暇がなかった。

2002年11月3日 日曜日
■JsutNetがSo-netに統合されたので、ウェブサイトのURLはもちろんのこと、メールアドレスも変更せざるをえない。変更の通知メールを知人、友人に送る。◆身体が重く感じる(体重のことではなくて...)。今夜も早く休もう。

2002年11月2日 土曜日
■10月くらいから花粉症(?)らしき症状に悩まされているため、かかりつけの医者で薬をもらってくる。ついでにインフルエンザの予防接種も受ける。学校では年によってはインフルエンザが大流行することがあるので、予防接種はここ数年必ず受けるようにしている。息子の幼稚園が決まったこともあり、とりあえず一息。疲れがまだ取れないでいる。

2002年11月1日 金曜日
■幼稚園の計らいで昨日夕方から園庭の軒下に移動できる。ここなら屋根もあり、とりあえず雨もしのげるし、寒さの程度が全く違う。心配した雨も夜の間は降らず、パソコンがない代わりに本を読んで時間を過ごした。寝袋で過ごした2回の夜、実はいつもよりも睡眠時間が長かったかも(笑)。◆1日朝、いよいよ入園願書受付。いわゆるお受験ではないので、整列順で何のトラブルもなかったことが一番の安心。朝、妻と交代し、出勤。無事1日を終える。とりあえず、息子が行きたいと思っていた幼稚園、それはぼくら親が行かせたいと思っていた幼稚園でもあったが、入園させることができ、ほっとした。身体の底から疲れがじわじわと出てくる。布団でぐっすり眠れる喜びを味わう。

2002年10月31日 木曜日
■実は昨夜から野外で「宿泊」している。2泊の予定だ。実は、息子が入園を希望する幼稚園の受付が11月1日からで先着順入園のため、寒い中寝袋に身を包まれながら並んでいる。3年保育の年少が23名クラスなのに対し、兄弟姉妹優先で、一般枠は6名分しかない。その6名分を狙って並ぶ。すでに昨日午後で7名の方が並んでおり、和やかなムードで一夜を過ごした。(ちょっとした連帯意識みたいなものが生まれているのもおもしろい。)◆もっとも深夜から明け方にかけての冷え込みはかなり厳しく、新宿で買ってきた寝袋(シュラフ)のありがたみを感じつつも、足の先がいくぶん凍りつきそうでもあった。カイロを用意せねば...。◆午後、ようやく園の敷地の中で並ぶことができ、ほっと一息ついた。明日朝いよいよ受付である。◆それにしても今年になってつくづく感じることだが、幼稚園でこんなにもちがうものか、ということ。こどもたちが自然の中でのびのび過ごせ、友達同士の遊びの中で多くを学べる環境があるH幼稚園には大いに共感できる。というわけで、今ちょっと抜け出してきたのだが、このあとまた並びに行き、外で夜を過ごすことになっている。

2002年10月30日 水曜日
■今日もコンピュータ室でインターネットを使った授業。生徒の中にはパスワードをメモしている者もいるが、これは甚だ危険だ。注意しなければ。◆ミッシャ・マイスキー ファンクラブの入会案内申込みが相変わらず、少しずつだが届く。することが山のようにあって、なかなか作業が進行しない。どうも最近、こんなことばかりぼやいている。

2002年10月29日 火曜日■ウェブサイトをSo-net上で公開するようになったが、まだミスがいくつかあって、リンク等の修正が続く。パソコンはほんとうに難しい。今までシステム上の不具合を自分で直そうとして何度も失敗してきた。

2002年10月28日 月曜日■インターネットを利用した授業を試みる。40人の一斉授業で教員1人、2人で生徒に対応するのはなかなか大変だが、生徒は一生懸命パソコンに向き合い、作業に取りかかっていた。今日はフリーメールへの登録、送受信が「課題」。今後の連絡、教材等の配布(の一部)はメール(および添付ファイル)を活用して行っていきたいと思っている。

2002年10月27日 日曜日
■プロヴァイダのJustNetがSo-netに統合されるため、ウェブサイトやメールのサービスがSo-netのものに代わる。今日は早朝から夜遅くまで、結局このことだけで終わってしまった。事務局ホームページを別のプロヴァイダのもとに移すわけだから、面倒きわまりない。ダイアルアップ接続の設定、メールアドレス変更に伴い、メールソフトの設定も変えなければならず、プロヴァイダのサポートデスク(電話)に教えてもらったりして、何とか作業が終了した。ウェブサイトのURLが変わって一番やっかいなものの一つが検索エンジン。検索してせっかく訪れて下さる方がいても、そこに何もなければ意味がない。しばらくは旧URLに「引越」のお知らせが出せるので、何とかなるとは思っているのだが...。あとしなければならないのが、知人、友人、関係各位への連絡である。◆休日で家にいてもパソコンに向かっていると、必然的に家庭での会話が減り、事務局の「副局長」は明らかに不機嫌な表情だ。申し訳ない思いがして、たまには何か買ってあげようかと考える。3歳の「事務員」はときどきパソコンの前に来て、「局長」(私)と一緒に作業をしたがる。午後、2人とともに近くを散歩。コーヒーを飲んでちょっと気分転換。

2002年10月26日 土曜日■土曜日。小学生から高校生の頃までの長い間、3校時の授業が終わって学校から帰るときの解放感は格別だった。「明日は休みだ!」。対照的なのが日曜夜で、NHKテレビの大河ドラマのテーマ音楽が聞こえてくると、気分は一気に憂鬱になった。「ああ、また1週間が始まる...」。翌朝はまさに「ブルー・マンデイ」だった。小学校、中学校、それぞれのときに、嫌いな図工(美術)の授業が、月曜日になんと2時間続きで置かれていることがあった。その年はたまらなく嫌だった。そんな思いをしていたころのことを急に思い出した。Time flies....◆昼間、山田太一のドラマがテレビで放映されているのを知らなかった。とても残念。

2002年10月25日 金曜日■夜、サントリーホールでアシュケナージ指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏会。オール・チャイコフスキー・プログラムで、「ロメオとジュリエット」、ヴァイオリン協奏曲、交響曲第5番というもの。ヴァイオリン独奏は五嶋龍。演奏会は前半しか聴けなかったが、五嶋龍はやはりただものではなかった。昨年1月にリサイタルを聴いたけれども、ずいぶん背が伸びたというのが最初の印象。演奏は第1楽章の中ほどまで、ほとんど切れ目を入れずに旋律をつなげるようにして弾いたのが強く印象に残る。ところどころ姉(五嶋みどり)を意識した部分が感じられたが、とても14歳とは思えぬ演奏ぶり。テクニックも見事だし、音楽的にも14歳でできる演奏でこれ以上のものは考えられないだろう。とにかく聴き手をずっと惹きつけておく表現力はたいしたものだ。オーケストラの方も、さすが一流。弦も管も洗練され都会的である。アシュケナージの指揮もよかった。用があってどうしても前半が終わったところで会場をあとにしなければならなかったのが残念。

2002年10月24日 木曜日
■今日は午前1時過ぎに起きて、ずっと答案の採点をした。その間、デュメイ(ヴァイオリン)とピリス(ピアノ)のデュオによる出たばかりのベートーヴェンの「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ」全10曲のCDをかけた。「ながら」だったので、心地よく能率よく作業ができたというだけで終わってしまった。やはり正面からじっくり向き合って耳を傾けなければいけない。近々改めて聴き直そうと思っている。◆ファンクラブの入会案内資料請求がたまっていたので、発送準備をする。同封する書類や資料がいろいろあるので、封筒に詰め込むだけでも時間がかかる。それでも1人でも多くの方が加わってくださるのはとてもうれしいことである。

2002年10月23日 水曜日
■マイスキーが歌曲の演奏をするときに、たとえば、誰が歌った録音を参考にしたのだろうか。過去の偉大なる歌手、現在活躍している歌手、将来大いに伸びるであろう歌手ら、さまざまな歌によるCDが出ている。マイスキーが弾く歌曲を聴き、そこからオリジナルの人間の声に戻ってさまざまな録音をあれこれ聴いてみるのもなかなかおもしろいと思う。◆今日は白井光子(メゾ・ソプラノ)がハルトムート・ヘルのピアノで歌ったブラームスの歌曲集【CAPRICCIO 10 204】、バーバラ・ボニー(ソプラノ)がジェフリー・パーソンズのピアノで歌ったメンデルスゾーンの歌曲集【ワーナー WPCS-10673】を聴く。それぞれ歌唱はすばらしいことはもちろんだが、ピアニストの存在もとても大きく感じる。こういった歌の作品でのピアノも、本来「伴奏」という感覚で聴くものではないはずだ、と思っている。世の中、歌曲でのピアノが軽視されすぎてはいないだろうか。◆それにしても白井光子の「ひばりの歌」もとても魅力的だ。マイスキーのお陰で、聴き手の「レパートリー」も拡がってきた。

2002年10月22日 火曜日
■休日出勤の振替で1日のんびり過ごす。夜はファンクラブの業務、本業の試験答案の採点を行う。

2002年10月21日 月曜日
■夜、上野の文化会館でブーレーズ指揮ロンドン交響楽団の演奏会。マウリツィオ・ポリーニが弾くバルトークのピアノ協奏曲第1番が目当て。ようやくポリーニが弾くバルトークのコンチェルトが聴けた!実は、1995年に東京で行われたブーレーズ・フェスティヴァルでは2番の協奏曲が聴けることになっていたのだが、ポリーニの腕の故障か何かで結局ソロが数曲演奏されて終わっていたので、今回のブーレーズとの協演はまさに待望のものであった。二十数分だがこれが聴けるだけで十分満足。後半はストラヴィンスキーの「火の鳥」(1910年版)。ブーレーズも1925年生まれとは思えない。ほんとうに若々しい。オケではクラリネットのアンドルー・マリナーが相変わらず活躍しているのを見て嬉しくなった。それにしても、父(指揮者のサー・ネヴィル・マリナー)によく似てきたなあ。◆さて、話題を変える。◆世の中には数多くのチェロの名曲が存在し、その何倍もの数のチェロ奏者による演奏が存在する。その中で、マイスキーがこれだけは自分の作品と言いたいと語ったのがR.シュトラウスの「ドン・キホーテ」。しかし、先日の来日公演を聴いて、ぼくは、ブラームスのチェロ・ソナタ第1番やショスタコーヴィチのチェロ・ソナタもマイスキーのための作品といってもいいのではないだろうかという気持ちを強くした。もちろん、マイスキー・ファンの戯言と思っていただいてかまわないが。たとえばヨーヨー・マはすばらしい音楽家でどんな難曲も軽々こなしてしまう天才だ。間違いなく現代を代表する名演奏家ではある。しかし、マイスキーを聴いたあとにヨーヨー・マのブラームスやショスタコーヴィチに接すると、演奏がどうもあっさりしすぎている気がしてしまうのである。

2002年10月20日 日曜日
■マイスキーの来日公演中は忙しいながらも充実した日々だったとも言える。行く演奏会ごとに大きな感動を味わって帰ってくるのだから、短期間に数多くそのような経験ができたのはすばらしいことだった。しばらくは余韻に浸りたいところだが、なかなかそうもいかない。余韻はその日のうちに消え、翌朝にはまた現実に引き戻されている自分がいた。◆今日は自宅で試験の作問。休日が休日にならなかったが、何とかできあがり、ほっとする。◆ファンクラブの仕事はまだまだ山積している。サイトのアクセス数も急増し、ますます充実した情報提供が求められていることを痛感。そう、マイスキーのファンは実に多いのだ。

2002年10月19日 土曜日
■1日休養日、といいたいところだが、マイスキーが帰ったあとはあとで、することはそれなりにある。入会案内の送付も順次行っているのだが、毎日来る問い合わせ分がこなせずにいる。◆それにしても昨夜の演奏会はものすごかった。完璧な演奏というのとは異なるが、ブラームスのソナタのフィナーレにおけるたたみかけるようなアッチェレランドは大きな興奮を呼んだし、アンコールのメンデルスゾーンでは今までのどこのアンコールでの演奏とも違うテンポに、ティエンポがよくついてきたのも印象的だった。◆夜は本業の試験問題作り。今は中間試験中である。

2002年10月18日 金曜日■東京・王子ホールでマイスキーのリサイタル。ティエンポと1日から行われてきた日本ツアーも今日が最終日。ブラームスとロシアものを中心としたプログラム。◆ブラームスのソナタもショスタコーヴィチのソナタもどちらも渾身の熱演。ききてを気迫と精神力で圧倒した。ティエンポも最高の演奏でマイスキーとわたりあった。感動的な一夜。◆マイスキーとティエンポの共演は次は12月のイタリアとか。次回のリサイタル・ツアーでも2人のコンビネーションを楽しめればうれしい。

2002年10月17日 木曜日
■銀座の山野楽器でマイスキーのイヴェント。トークも入ったミニ・ライヴとサイン会。会員の方もずいぶん見えていた。◆夜は上野の文化会館で、ハンガリー国立歌劇場の『カルメン』公演。タイトル・ロールはアグネス・バルツァ。今、この役が最も似合う人だ。存在感があり、声がまっすぐ通る。さすがバルツァだ!ドン・ホセ役のマリオ・マラニーニも健闘。指揮者はヤーノシュ・コヴァーチュ。

2002年10月16日 水曜日
■先日も書いたが、住んでいる自治体では今月より本格的にプラスチック類のゴミの分別収集が始まっている。不燃ゴミの中でプラスチック類はとにかく多い。世の中のさまざまな商品に「プラ」の文字が!夢の中にまで出てきそうだ。◆名古屋の主催者さんに電話。昨日の公演のアンコール曲目を確認。おっ、ついにラフマニノフの歌曲(Op.4-4)が登場した。「ヴォカリーズ」は別として、ラフマニノフの歌曲が聴けたのは、日本では今回の名古屋公演が初めてのはずだ。どうだったかな。◆明日は銀座の山野楽器でイヴェント。◆今日も入会問い合わせ等がずいぶん遠くから入る。実にうれしいかぎりだ。

2002年10月15日 火曜日■ファンクラブの入会案内資料の請求が殺到。ファンクラブ事務局は「局長」、「副局長」、「局員」と3人体制をとっているが、「局員」は3歳のため、ほとんど戦力にならない。この前の懇親会の時に名札を整理してくれた程度。「副局長」も、「局員」の世話のため、戦力としてはあまり期待できない。「局長」も本業があるため、多くの問い合わせに対応し切れていない状況。皆さん、ごめんなさい。資料請求の方、もう少しだけお待ちください。◆今日は最愛(?)の「副局長」の誕生日。ささやかながら「局内」で祝った。

2002年10月14日 月曜日
■楽しいことはあっという間に過ぎていく。興奮さめやらぬ懇親会から1日が経つ。多くの方にご協力いただいたおかげでとてもよい思い出ができた。◆今日はマイスキーは熊谷で公演。息子は会場の託児サービスにお願いして、妻とともに演奏を楽しんだ。(なお、ここの託児サービスも万全ですばらしかった。)それにしても、2時間以上かけて出かけただけの甲斐があった。マイスキーの調子も尻上がりによくなり、アンコールは5曲。サイン会はどこでもそうだが、会場ロビーに長蛇の列。ファンクラブの会員の方も大勢見えていた。

2002年10月13日 日曜日
■ミッシャ・マイスキー ファンクラブの懇親会。約50名の会員の方が参加。3時間の長いパーティーがあっという間に終わった。ミッシャからは3曲の演奏のプレゼント【J.S.バッハの無伴奏チェロ組曲第2番より、プレリュード、サラバンド、ジーグ】。ピアニストのティエンポも来てくれて楽しい会となった。多くの方にお手伝いいただき、会を無事終えることができ、ほっとしている。ミッシャ、どうもありがとう!

2002年10月12日 土曜日■学校では公開授業。見学に中学生や保護者が多数が訪れる。◆茅ヶ崎ではベルリン交響楽団の演奏会。ヴァイオリンのユーリー・ブラジンスキーがベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を弾く。アンコールのパガニーニが秀逸。◆いよいよ明日はマイスキーを招いての懇親会。準備しなければならないことがまだまだある。
PHOTO:(C)2002小島昭彦
(左)ベルリン交響楽団(Berliner Symphoniker)を指揮するリオール・シャンバダール。(右)ヴァイオリンはユーリー・ブラジンスキー。
2002年10月11日 金曜日■マイスキーの所沢公演。オール・ブラームスによるプログラム。横浜、東京ではいくぶん遠くから聴いていたが、今日は1階2列目。マイスキーの息づかいがよく伝わってきた。マイスキーにはブラームスがほんとうによく似合う。これだけまとめて歌曲が聴けるのはほんとうにうれしい。選曲も見事で、まるで組曲であるかのように演奏された。プログラム最後のソナタ第1番は圧巻。

2002年10月10日 木曜日■風邪が流行っているようだ。自分も気をつけなければ。もうそろそろ半袖を着る時期ではなくなってきたな。◆ベルリン交響楽団茅ヶ崎公演で配付する会報の準備をする。今回はデュオ・プリマのインタヴューが特集になっている。

2002年10月9日 水曜日
■サントリーホールでミッシャ・マイスキーのリサイタル。プログラム最後のメンデルスゾーンのソナタ第2番も残すところあと2分あたりのところで、ミッシャの弓の毛がゆらゆらと波打っているように見える。自分の眼が疲れているのかと一瞬思ったがそうではなかった!毛が緩んできて、ついには毛がふわりと舞った。毛の片方がまとめてはずれ、毛が1本も弦に触れていないというのにミッシャは演奏を止めず、とうとう最後まで弾ききってしまった!毛の部分を使わずに弓を動かして弾いたチェリストなどほかにいただろうか。また新しい「伝説」が生まれた。なお、この日も楽屋口でサイン会。300人を超す行列。

2002年10月8日 火曜日
■ぼくが住んでいる藤沢市でも今月から本格的にプラスチックゴミを分別収集することになった。今までは不燃ゴミ扱いだったのだが、環境保護、リサイクルの観点から、他の不燃ゴミとは分けて集めることになった。今度は別の入れ物にまとめて出さなければならない。「プラ」という表示を今まで以上に気にするようになった。それにしても今頃になって気づいたのだが、プラスチックゴミの多いこと!次世代以降のこと、将来の地球のことがとても心配。◆一部の教室で、プッチーニの「蝶々夫人」のCDをかけて聴かせる。ミレルラ・フレー二の歌唱に驚く生徒、「かわいい坊や」で思わず涙ぐむ生徒。今は亡きシノーポリが指揮。音楽は偉大だ。

2002年10月7日 月曜日
■修学旅行明けの新しい週だが、生徒はどうも疲れがぬけきれていない。教員のぼくらだって実はまだ疲れを背負っているのだが、11日後には中間試験を控えている。いつまでものんびりしているわけにはいかない(でも今日はずいぶん手加減してあげたよね、E組、F組のみんな!)。◆夕方、13日の懇親会でお世話になる通訳の方と打ち合わせ。通訳の方の事前の勉強量はものすごいことを改めて認識する。とてもとてもぼくなんかには通訳は務まらない。◆入会案内資料の請求が急に増える。北海道の方、関西の方々、いずれも今回のリサイタルで感激して入会を希望する方や、以前から熱心なマイスキーの聴き手でありながらファンクラブの存在をご存じなかった方たちである。会員数が増えるのはとてもうれしい。

2002年10月6日 日曜日
■ミッシャ・マイスキーの横浜公演。アンコール5曲をサービス。終演後のサイン会には300人以上が並ぶ大人気ぶり。マイスキーの演奏もよかったが、ティエンポのピアノにも心を打たれる。特に「白鳥」や「ひばりの歌」でのピアニッシモの美しさ!ミッシャのチェロにぴったり寄り添い、ききても思わず息をのんで余韻に浸った。終演後ミッシャは楽屋で「腹が減った!」と言って、チョコをかじる(笑)。ジェット・ラグもあって体調がいまひとつで、一昨日あたりまでは相当きつかったようだが、今はだいぶよくなったとのこと。9日のサントリーホールでのリサイタルも楽しみである。

2002年10月5日 土曜日
■修学旅行の翌日はいつも身体の疲れが抜けきらない。それでも今回は副担任でいくぶんラクさせてもらったせいか、土曜で休めたただけよかった。◆夜、サントリーホールで佐野成宏テノール・リサイタル。飯森範親指揮東京フィルをバックに「人知れぬ涙」(「愛の妙薬」より)、「うるわしい君の姿はまぶたを去らない」(「マルタ」より)、「ああ!太陽よ昇れ」(「ロメオとジュリエット」より)、「春風よなぜ私を目覚めさせるのか」(「ウェルテル」より)、「喜びの中で君と逢うだろう」・「永遠に君を失えば」(「仮面舞踏会」より)、「この穏やかな夜に」(「ルイザ・ミラー」より)、「星は光りぬ」(「トスカ」より)を熱唱した。ハリと艶のある明るく輝かしい声がホールいっぱいに響き渡り、実に心地よく感動的であった。佐野成宏ならではの豊かな声量と劇的な歌唱がさえ、聴衆の熱い喝采を浴びていた。アンコール2曲も圧倒的。東京フィルも好演。終演後楽屋を訪れ、挨拶して帰る。ピアニスト(指揮者)の佐藤正浩さんにも会える。

2002年10月4日 金曜日
■首里城の見学、国際通りでお土産を買い、いよいよ沖縄の修学旅行も締めくくり。羽田で解散。無事帰ることができ、ほっとする。この週末で睡眠不足をしっかり取り戻さなければならない。◆NHK総合テレビで放送された「スタジオパークからこんにちは」を録画しておいたので、それを見る。おっと!会員のSさんがスタジオで聴いているのが映っている。

2002年10月3日 木曜日■生徒は自分が選んだコースに分かれて1日を過ごす。マリンスポーツにトライする生徒も多い。かなり体力を使うようだが、夜になるともうすっかり体力を回復しているように見える。う〜ん、やっぱり若い!

2002年10月2日 水曜日■修学旅行2日目。「ひめゆりの塔」、それに、いわゆるガマ(糸数壕)の見学。入口こそ狭いが中は270メートルの長さがあるそうで、実に広い。暗闇の中でのひとときは、まさに恐怖の体験である。一斉に懐中電灯を消したときの怖さは何とも言えないものがある。現地のガイドさんの話を伺いながら、死体安置場跡などを見学。午後は「中城城跡」、「佐喜眞美術館」を見学し、万座毛を通ってホテルへ。

2002年10月1日 火曜日■今日から沖縄への修学旅行。台風が関東を襲う前に羽田を立ったため、13時過ぎに無事那覇に到着。ちょっと遅かったら飛行機は欠航していた。「平和の礎」、「摩文仁の丘」、「健児の塔」を見学。夕食後、平和講演。沖縄戦を実際に体験した方の話を伺う。生徒もしっかり耳を傾ける。◆マイスキーの来日公演が今日からスタート。札幌公演も天候の影響で一部混乱があったようだが、会場には多くの聴衆が集まり、熱演が披露されたとのことであった。