日本医事新報 No.3758 平成8年5月4日所載
目次
「原因と対策は?」
おわりに
文献:
[写真] Diathermocryptectomy(その1)
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はじめに
熱エネルギーを利用した非観血的な扁桃手術には、1.熱手術 2.凍結法 3.レーザー利用
の3方法がある。熱手術には、主として電気外科の焼灼と高周波凝固が行われている。
シヨツクと出血の心配が少なく、機能が改善されて再感染も起き難い点で、口蓋扁桃の高
周波凝固はday surgery に適している。習慣性扁桃炎、慢性扁桃炎、扁桃炎重積症、病
巣感染扁桃、膿汁の貯留する陰窩を持つ扁桃反復性周囲膿瘍、高度肥大など、がその
適応になる。
凝固の一般的な手技としては、双極の針状電極を刺入して通電し、電極針を刺入する深
さで凝固の程度を加減する向きが多い。私は、絶縁材で先端の間隙を埋めたゾンデ双極
を用い、電極を扁桃表面に当てて通電している。
大きい扁桃を凝固で縮小させたい時は、通電する秒数を長くして、凝固の程度を按配する。
凝固器は20年来、栗山製スーパーミゼツトを用いている。
今回、私は新しい経験として、内科的に難治の慢性疲労症候群と診断された症例におい
て、扁桃上皺襞( Plica supratonsillaris )−扁桃上極のうえで前・後の口蓋弓が連合す
る部分に相当−を凝固・切開して、膿汁の溜った上扁桃窩を開放した結果、劇的に治癒し
た経過を観察できた。
日医ニユースNo.519に、平成 4年 2月に作られた 厚生省の慢性疲労症候群−Chronic
Fatigue Syndrome:CFS の診断基準(試案)が載っている。すなわち、
(前提条件) 月に数日は社会生活や労働ができないような強い疲労が主症状で、6カ
月以上持続、再発を繰り返す。そのうえで、以下の「症状」8項目以上または「症状」6
項目以上と「身体所見」2項目以上を満たす場合。
1.微熱または悪寒
2.のどの痛み
3.首あるいはわきの下のリンパ節がはれる
4.原因不明の筋力低下
5.筋肉痛または不快感
6.軽い運動後に24時間以上続く全身倦怠感
7.頭痛
8.移動性関節痛
9.精神神経症状(いずれか1つ以上)
まぶしさ、視野の一部が暗くなる、もの
忘れ、興奮、昏迷、思考力低下、集中力
低下、うつ状態
10.眠れない、または眠りすぎ
「身体所見」
1.微熱
2.咽頭炎
3.首あるいはわきの下のリンパ節がはれる
*この状態が1カ月以上の間隔を置いて2回
以上。
原因としては各種のウイルス、あるいは免疫力の低下などの説があげられていますが、
まだよくわかっていません。治療法は、それぞれの症状を治すという対症療法が中心で、
今のところあまり有効なものはありません。ただ、生命にかかわる可能性は少ない病気な
ので、医師の指導のもとにじっくりと治療に専念し、病気の原因解明を待ちましょう。
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以上引用した日医ニユースは、慢性疲労症候群に関する教育用の解説である。以下自
験例について報告する。
(症例)A.Z.44才、女性
初診:1994.10.29
主訴:咽頭痛、肩こり、微熱、全身倦怠のため家事もできず、休んでいる。
現症:1カ月まえ、風邪後に悪くなった。
所見:鼻咽腔に1%塩化亜鉛溶液を塗布すると、しみてひどく痛い。口蓋扁桃
は小さく痕跡的だが、左側は化膿しており圧迫テストで膿栓塊と膿汁が出る。
私の診断:慢性扁桃炎、慢性鼻咽腔炎
検査成績(11月 9日):
RA(-) 補体価 320 CRP 0.2 ASLO 142
WBC 5200 RBC 329万
治療と経過:胃弱のため服薬困難なので、ジアテルミーによる理学療法として、超短
波治療を行った(10月 2回 11 月 9回 12月 4回 1 月 7回 2 月 2回 3月 1回)。
この期間において、'95 年 1月13日 化膿の著名な左扁桃の凝固を行った。その結果、
12月20日に ASLO 212 であったものが、術後は ASLO 110 に下がって倦怠感が改善
し小康状態となり、3カ月ほど治療を休止することが出来た。
'95 年 5月23日 関節は痛くないが、筋肉痛を訴えて再診。ASLO 180 微熱もあっ
たので、他院で抗生剤を投与されていた。
5月26日 膿汁のたまる上扁桃窩の開放を目的として左扁桃の再凝固を行ない、術後
治療の期間に超短波治療を6回施行した。
6 月10日 ASLO 161 筋肉痛は消失し治癒の状態となった。
扁桃の陰窩は、横向きに開口するものでさえ膿汁や膿栓の溜るものが少なくない。上扁
桃窩は上向きに開口しており、さらに上皺襞に被覆されて、図のような種々相を呈し、膿
汁や膿栓の貯留に、はなはだ好適な箇所となり易い。
私は従来、埋没性の小扁桃の凝固にさいしては、扁桃周囲の口蓋弓も凝固して、術後に
おける扁桃の埋没状態を、多少なりとも改善させるべく努力した。しかし上極を被覆して
いる上皺襞の部分を凝固切開して、上扁桃窩を積極的に開放しようと企図したのは、本例
の再凝固が初めての経験であった。その理由は、本例のような扁桃は凝固よりも、観血的
な摘出手術の適応である、と考えた故であった。しかし、この症例の慢性炎症扁桃につい
て、手術の適応となる実態を理解して手術を実施して貰える適当な依頼先に恵まれなかっ
た。その結果、日帰り手術で凝固の手技を工夫し、自分自身で解決を図ったのである。
それはさておき、上扁桃窩の開放が慢性疲労症候群に著効を奏したので、この後、圧迫
テストで、多量の膿汁あるいは膿栓塊の出る上扁桃窩に対して、私は積極的に上皺襞部の
凝固と切開を行うことにした。
扁桃はキシロカインスプレイ(4%,8%)の麻酔後、ゾンデ双極を圧着して全表面を凝固し、
上皺襞部の凝固切開は1%キシロカインの局麻注射で行った。
女性13例、男性 3例で、女性が多い。年齢は40才代が大部分で、60才代が 2例。膿栓塊
の貯留は、咽頭異物感を主訴とする例に多く、膿汁が多量に出る例では、頚肩部痛や項部不
快感などの訴え、また不定愁訴もあった。
片側凝固が10例、両側凝固は男性 2例 女性 4例。両側凝固の女性 1例は、切開部がや
や瘢痕性に収縮治癒したので、再度凝固したが、なお上扁桃窩を完全に開放出来なかった。
厚生省による慢性疲労症候群の診断基準(試案)は、耳鼻科医として、鼻咽腔や扁桃の
慢性炎症をつよく疑うに足るものである。私の報告例も、総合病院の耳鼻咽喉科診療を 2
カ所で受けていた。しかし綿棒による鼻咽腔への薬液塗布による診断法と治療は行われず、
圧迫テストによる陰窩からの膿汁や膿栓の排出状況の検査もされなかったという。
耳鼻科医は額帯鏡またはヘツドランプを着けるので、両手が自由に利用できる状態である。
懐中電灯と舌圧子で両手がふさがるため、扁桃の圧迫テストは勿論、鼻咽腔への薬液塗
布も正確には出来ない内科医と、耳鼻科医が同列の診療に甘んずるのでは、無能というか
怠慢というか、はなはだ遺憾と言うほかない。
思うに、内科的な慢性扁桃炎の薬剤治療のほかに、ジアテルミーによる超短波治療および
凝固手術など、著効のある外来治療に関する耳鼻科医としての認識の欠如に由来するの
であろう。
この点、扁桃の凝固手術について、文献的に考察してみたい。
国内文献としては、前橋市の矢部寛氏の第396 回関東地方会における1962年( 昭和37年)
の報告、'63 年昭和医大の宮尾赳氏の第 396回の同地方部会の報告(いずれも抄録)が早
い。'66 年には深町氏兄弟が「群馬医学」に127例の凝固手術に基づく、有益な知見を報
告している。その見解は、私の経験からもよく首肯できる。'73 年には北大平野教授によ
り焼灼による熱手術が創始され、関連する報告が続いた。'77 年以降は高周波電気治療研
究会誌に、凝固手技の検討のほか多くの報告がある。
これらを総括すると、術中術後の出血がない−深町正雄氏の約1000例では術後出血 2例、
高齢者にも施行できる、術後の疼痛が少ない、扁桃機能が残る、構音障害を残さない、など
が凝固手術の利点とされる。ただし高度肥大の幼児には適応困難である。また病巣扁桃で
は、被膜に接する陰窩深部の廓清が必要とされる(後藤敏郎氏)ので、観血的手術に歩が
ある。凝固の特筆すべき利点は、瘢痕形成がないので、観血的切除のような術後の陰窩の
閉鎖が起こらず、むしろ陰窩は開放され再感染が起き難いこと、機能が改善した扁桃が残
るので、成人の扁摘例にみられる、炎症時の鼻咽腔の過敏状態を避け得ることである。
外国文献は佐伯修博士の御好意により入手できたが、64年まえの1931年に早くもイリノ
イ州医学雑誌にBalmer,F.B. の「電気外科を含む扁桃手術の最近の進歩」と題する A 4版
11頁(付図15)の綜説が載っている。
Balmerは、理想的な扁桃手術の方法として定的なものはないので、各種の手技に熟達す
きであると説く。電気凝固は、不完全な観血術で残遺した部分を矯正する場合に、最適な
手段となる。そして扁桃の凝固には「高周波陰窩摘除術」 Diathermocryptectomy と呼ぶ
手技を推奨している。
しかし、練達した手技による観血的摘出術は正しく適応された場合、最良の選択であり、
凝固は、これに代わり得るものでない。また、一回でなく数回繰り返し凝固して、陰窩の摘
除が完了することを述べている。
Balmerに遅れること半世紀を越えた1984年の高電研会誌6号における「扁桃の反復凝固
手術と超短波治療」と題した私の報告は、彼の見解とまったく符合する。そして私は、彼
の命名に倣えば凝固がたとえDiathermocryptotomyの程度であっても治療効果の著しいこと
を経験した。扁桃の免疫機能的構造は、炎症扁桃であっても、虫垂炎における切除手術の
ように、無用有害なものとして、簡単に摘出してはならぬことを教えている。炎症が再発
せず、機能が改善されて、Waldeyer氏咽頭輪の主役として生体防御に貢献することを、扁
桃自体は望んでいる。この点、扁桃の凝固手術は合目的的な、推奨に価する治療手段であ
ると言えよう。
欧米では真空管式の電気メスが一般化した1930年代から、従来の火花ギヤツプ式と相俟
って電気切開と凝固が普及して、扁桃についても切開と凝固による手術が行われて、多く
の術式が発表されている。そして、いろいろの討論の結果、佐伯によれば、現在では、ど
ちらかと言うと一部の例外を除いて、高周波外科治療では、口蓋扁桃については電気凝固
(十数週にわたり数回の凝固を反復する方法)が主流のようである、という。
江戸時代末期の歌人である橘曙覧の、「たのしみは」で始まる独楽吟のなかに、文献渉
猟の感懐を詠んだ一首がある。「たのしみはそぞろ読みゆく書の中に我とひとしき人を見し
時」。現在、地下に眠られている筈の先輩 Balmer氏に、私は衷心からの敬意を表するも
のである。
私の使用する凝固器はスパーク・ギヤツプ式である。百年まえに開発された本方式が現
在も用いられるのは、減衰非連続波形のスパーク・ギヤツプ電流の凝固性能が優秀な故で
ある。真空管やトランジスター式装置の非減衰連続波形は、切開に優れているが、凝固力
は劣るので、回路の工夫でスパーク・ギヤツプ波形類似の電流を作っている。
高周波外科では、凝固を主とするか、切開を併用するか、の術式と、使用する装置(と
くに電流の波形)との関連で、術中術後の出血が左右されるので、この点には充分留意し
なければならない。スパーク・ギヤツプ式装置で凝固を主とする術式ならば、出血のない
ことは深町の報告にみるとうりである。
1) 鳥居恵二、金野巌:耳鼻咽喉科学−第 2 版.南山堂 1950
2) 矢部 寛:電気焼灼法による非出血的扁摘. 日耳鼻 66:1468,1963
3) 宮尾 赳:吾科領域の手術におけるラジオナイフの応用.日耳鼻 67:197,1964
4) 深町正雄、深町正陽:高周波電気凝固法による口蓋扁桃手術.群馬医学21:92-94,
1966
5) 深町正雄:扁桃手術の比較(焼灼手術と冷凍).第 4回群馬地方部会 1976
6) 平野新治、他:扁桃の熱処理術.日耳鼻76:1188,1973
7) 耳鼻咽喉科高周波電気治療研究会誌.1.4. 6.7.8.11.12.13.14.15.;1979 〜1993
8) 志井田守:扁桃の反復凝固手術と超短波治療.高電研会誌 6:7-10,1984
9) Balmer,F.B.:Refinements in surgery of the tonsils including electrosurgery.Illinois
M.J.60:458-469,1931