京都大学医学部耳鼻咽喉科教室 本庶 正一
緒言
超短波療法の原理
実験成績
考按
結語
超短波を始めて治療医学に応用せるはSchliephake及びSchereschewskyである。爾来短日
月の間に之に関して多数の業績が陸続と発表せられ現今の如き驚異的進歩をとげた。即ち19
26年アメリカのSchereschewskyは鼠を用いて、その生物学的作用を研究し、ドイツにおいて
SchliephakeはJenaの電気工学者Esau教授の考案せる超短波発生装置を用いて精細なる物理的、
生理的研究を行った。爾後Baldwinは本波による組織学的変化を、Jomsは白血球貪食作用に及ぼ
す影響を、Paezoldは電解質に対する作用を、またPflommは炎症に対する作用を夫々研究発表した。
本邦においても1933年以来、桂、伊藤、大高、北川、熊野等が超短波に関する報告をなした。
翻って吾が耳鼻咽喉科領域の疾患に対する超短波の応用は1931年Schliephakeが篩骨蜂巣蓄膿
症に本療法を応用せるを最初とする。その後安藤、皆川、小西は急性中耳炎、中川、田中、Hayerは
扁桃炎ならびにリンパ腺炎、山中、増田(信)、Schwaizerは外耳炎、和田(徳)、蒲島は耳鼻咽喉科
全般に関する報告をなした。然るに慢性中耳「カタル」に本波を応用せる報告は極めて寥々である。
即ち余が自己の経験をここに発表し緒彦の御批評を仰がんとする所以である。
1)名称と定義
短波及び超短波療法は通常ドイツではKurzwellen、Ultrakurzwellentherapie、アメリカではradio-
thermyと呼ばれている。無線工学においては電磁波中、波長50m以下10mまでを短波、10m乃至
3mまでを超短波と定義す。従って短波及び超短波療法は一般に波長50m以下の電磁波を使用し、
その畜電器電界内に生体を挿入し、畜電器が生体組織に及ぼす生物学的効果により各種疾患を治療
せんとするのである。但し多くの医学者は叙上の無線学的定義に反して短波及び超短波の境界を波長
12mとなし、30m乃至12mを短波、12m乃至3mを超短波と称す。蓋し生物学的作用は波長12mを境
として両者に差異があり、且つ波長30m以上及び波長3m以下は発生装置の製作が困難なるが為である。
2) 発生装置
各種超短波発生装置にて現今最も広く実用せらるるものは真空管式二次回路利用型のものである
(第一図)。図の如く超短波発生装置として真空管を接続せる発振一次回路を設けそれに誘導的結合
せる二次回路(治療回路)を作り後者回路中に介在せる畜電器の両極間に生体を挿入するのである。
3)治療機転
超短波療法における治療効果の主体は加熱効果である。そもそも人体は種々なる電解質の集合と
考えられる。高周波電流を通ずる場合には生体は之に対して2種の抵抗として作用する。その1は「オ
ーム」的抵抗、他は容量的抵抗である。しかしてこの両者の比は生体に作用する電流の波長によりて異
なる。通常「ジアテルミー」に使用する波長600m乃至300mの高周波電流を生体に通ずる場合には、
容量的抵抗は「オーム」的抵抗より遥かに大となり、電流は殆んど全部「オーム」的抵抗を通じて流れる。
但しこの「オーム」的抵抗も身体各部によりて異なる。故に高周波電流は「オーム」的抵抗の小なる経路
を通じて流れる。即ち深部組織を通じては殆んど流れず、従って「ジアテルミー」治療においては電極に
近き高抵抗部のみが強く熱せられて、不均一なる表層加熱作用が起こる。高周波電流の波長が30m以
下の場合は「オーム」的抵抗に比し容量的抵抗が著しく少なくなり、電流は大部分容量的抵抗を通じて流
れる。さらに波長12m以下の超短波の場合のには人体は最早導電体に非ずして、却ってほぼ完全なる
誘電体として作用し、高周波電流の殆ど全部は容量を通じて流れる容量電流となる。この容量電流は
電極を直接身体に密着せず、両電極の表面を適当に絶縁して1個の蓄電器を形成せしめ、その中間に
生体を挿入する事によりて容易に通ずる。この際該生体各部は表面より深部に至るまで一様に加熱さ
れる。
なお超短波及び短波は叙上の均等加熱作用の他に1)細菌の電歪作用、2)末梢血管に作用して拡張、
充血を表わす
作用、3)新陳代謝の促進、4)殺菌作用等を営むと称せらるるもこれらに関しては茲に述べない(第2図参照)。
4)治療時間
本波の治療時間は諸家の実験的、臨床的経験により通常1回の治療時間は10乃至20分という。
1)実験材料
余の本実験に使用せる材料は昭和15年1月より昭和16年7月迄に釜石市立病院を訪れたる慢性(単純性)
中耳「カタル」症96例なり。 因みに余の所謂慢性中耳「カタル」とは中耳粘膜の緩慢なる炎症機転により
鼓膜穿孔を伴う事なくして次第に中耳及び欧氏管粘膜の肥厚を来す傾向を有し、中時腔にしばしば滲出
液を貯溜し(滲出性中耳「カタル」)更に後期に至れば滲出液は組織化を起こし、癒着を招くものを指すの
である。
従来本症は慢性乾生中耳「カタル」、慢性湿性中耳「カタル」、またchroische Adohaesiveprocess(Denker)
と呼ばれている。また学者によっては慢性中耳「カタル」とは急性単純性中耳炎の慢性に移行せるものにして、
この場合中耳腔に貯溜せるは滲出液なりと述ぶ。之に反して欧氏管閉塞症の結果中耳腔内に出現せる液は
非炎症性漏出液なりと称す。従って慢性中耳「カタル」と欧氏管閉塞症とを全然別個に区別す(日本耳鼻咽喉
科全書)。然しDenker もTubenverschluss の項にて述べている如く、両者は相互に密接なる因果関係を有し、
臨床的に之が区別は不可能である。また中耳腔に貯溜する液体は余の経験せる38例においては淡黄色、又
は黄色にして時に水様なるも、多くは粘稠かつ索縷状にして蛋白質含有量は悉く4%以上を数え、リバルタ氏
反応陽性を呈せり。これに加えて多くの場合無菌的にして細胞成分は少なく、時に赤血球、中性嗜好細胞淋巴
細胞を見るのみ、要之、中耳腔の液は何れの場合に於ても滲出液なりしなり。
余は本論文においては慢性中耳「カタル」と欧氏管閉塞症とを一括して慢性中耳「カタル」として述べる。
なお余の材料 においては年齢は7歳乃至78歳、性別は男52名、女44名。両側31例、片側65例である。単純性
のもの54例、滲出性のもの42例である。
主訴は難聴、耳閉塞感がもっとも多く、耳鳴これに次ぐ。難聴はおおむね低音性難聴なり。
耳鏡検査にて鼓膜は一般に溷濁、内陥し、時に石灰の沈着を示す。また槌骨短突起より前後に走る皺襞著
明となると共に槌骨柄部は鼓膜岬部の粘膜に接し、あるいは膠着を呈す。
中耳腔中に滲出液存在し、時に滲出液線を示すものあり。又鼓膜は一般に黄色に溷濁内陥し、穿孔により
滲出液を証明する所謂滲出性中耳炎(漏出液なる事無し)の事もある。
2)治療方法
超短波療法を行うにあたり、その適用方法及び器械操作の巧拙は治療効果に多大の影響を与う。余の用い
しは東京電気製「ギバ、ラジオテルミー」U.W.R.1000型なり。
電極は両耳介直上に「フエルト」を宛て、その上より電極板をのせて固定す。波長は5〜10mにして投射量
は1.5−2.5amp、時間は5分-20分とす。回数は1日1回又は2回にして、症例によっては1,2回より20回の治
療を行う。
3) 成績概括
余が本症に本療法を施行せる結果を表示すれば次の如くである。
慢性(単純性)中耳「カタル」の治療には通常次の諸法が施行される。1)本症の原因を取り 除く。即ち
「アデノイド」口蓋扁桃肥大があれば手術をする(小児)、急性鼻咽腔炎があればその治療を先ず施行
する。2)欧氏管通気法、特に熱気を送る事もある。3)鼓膜マッサージ4)滲出液を穿刺吸引する。5)鼓膜
切開(滲出液の容易に吸収せざる時)。6)後皺襞、鼓膜張筋の切断、7)薬剤の内服、注射等。
上記の諸方法は常に満足すべき結果を得ず、殊に種々の方法を順次施行するも容易に治癒せざる
例は吾人の日常しばしば経験する所である。
余もまた慢性中耳カタルの治癒困難なる多数例に遭遇し苦慮の末、本症に超短波療法を試み叙上
の如き治療成績を得たり。即ち第2表において(甲)超短波療法を施行せず、その他の療法を行いた
る例、(乙)他の療法を行わず超短波療法のみを施行せし例、(丙)両者を混合せし例の3種につき其
の結果を比較するに、1) 丙の場合は甲の場合に比して全治日数著しく短く、治癒率も良好なり。即ち
慢性中耳カタルに従来行われたる諸方法とともに超短波療法を併用する事により著しく治療効果を高
め得るものである。2)乙の場合と甲の場合とを比較するに、著しき差異を認めず、ただし余の症例中
特に滲出性中耳「カタル」については3例の全治を見る。3)丙の場合と乙の場合とを比較するに、超短
波療法と他の療法を併用する事により超短波療法の単独施行の場合に比し、著しく全治日数を短縮し
且つ治癒率を高め得る。即ち超短波療法は他の療法と併用せる場合に最も効果的なり。4)なお余の症
例中諸種治療を行うも無効の例13を数う。その大多数は慢性副鼻腔炎、鼻茸、臭鼻症を合併し、然も
手術を施行せざる例なり。5)本療法を施行するにあたり、火傷、若しくは患者の不快感等の副作用全然
認められず。
慢性中耳「カタル」に超短波療法を施行すれば単独にても相当治療効果を収め得るも従来行わるる
方法と併用すれば、著しき効果を挙げ得る。
擱筆に際し御懇切なる御指導、御校閲を賜りし恩師星野教授並びに後藤助教授に深甚の謝意を表す。