耳鼻咽喉科高周波電気治療研究会 志井田 守
(ひたちなか市・勝田耳鼻咽喉科医院)
はじめに
1930年から40年代にわたる長い戦争の間に欧米で進歩した医療技術の多くは、戦後我が国に移入されると、全身ガス麻酔のように速やかに普及したが、幾多の理由から耳鼻科における電気外科は永らく顧みられずに過ぎた。
1997年6月耳鼻咽喉科情報処理研究会が作成した電子テキスト第2号(パソコンで読むCD-ROM)は扁桃摘出手術を特集しており、静岡県下の医大と中核病院の医師6名が全麻下観血手術の手技と注意点についてビデオ画像により解説している。各術者の扁桃門部と下極の処理について注目すると、2名は電気凝固を利用しないが、4名はバイポーラで止血している。とくに静岡日赤の行木は顕微鏡下で高周波凝固による止血を行えば、自信を持って摘出手術ができることを詳述している。
筆者は開業医として30年来電気外科を応用した扁桃の日帰り手術を行っているので、以下に高周波電気治療研究会における検討を含めて扁桃凝固手術について報告し、諸賢のご理解を得たいと思う。
1)ジアテルミーと電気外科の歩み
1895年Zeynekは、スパークギャップ方式で発振させた高周波を用いる内科的通電治療(ジアテルミー)を創始した。この治療は急性炎症には禁忌で火傷の危険もあり、内科的応用は否定されたが、その優れた凝固性能が注目され、電気外科として現在に受け継がれている。その後1904年に真空管が発明され、1925年にNHKのラジオ放送が始まったが、医療の面でも真空管方式の電気メス(切開性能が優秀)が製作され、外科的には主として電気凝固と電気切開が行われるようになる。
ジアテルミーdiathermyはNagelschmidtによる造語で透熱を意味し、現在は高周波電気治療全般にわたる広範な用語として使用される。ジアテルミーは電波の領域を用いる治療で、外科的ジアテルミーには中波と短波が利用され近年マイクロ波凝固も応用される。内科的ジアテルミーには超短波治療とマイクロ波照射を用いる。電気外科(中波短波)は電極を用いて通電する。超短波とマイクロ波は電波そのもので治療する。ちなみに電磁波は電波→赤外線→可視光線→紫外線と波長が短くなるが、電波の中波・短波はラジオ、超短波はテレビ、マイクロ波はレーダーに用いる周波数域である。レーザーは赤外線の波長である(表1.2.3.4)。
ジアテルミーの適応は鼻出血、アレルギー性鼻炎、習慣性アンギーナ、滲出性中耳炎などで、幼小児の習慣性アンギーナと滲出性中耳炎は内科的ジアテルミーの好適応である(表4)。
2)扁桃の電気外科について
電気外科は欧米で逸早く扁桃手術に応用された。1931年にBalmer,F.B.は『電気外科を含む扁桃手術の再検討』と題する広範な論文において、最良の手技とその意義について論じている。当時我が国と欧米との技術格差は甚だしかったが、この年に満州事変が始まり以後15年戦争のもとで医学研究も永らく受難の時期に入った。
その間、欧米では真空管方式とスパークギャップ式と相俟って電気切開と電気凝固が普及して、扁桃についても切開と凝固による手術が行われ、多数の論文が発表された。佐伯によると、一部の例外を除き3〜4カ月にわたり5〜6回の凝固を反復する方法が主流のようであるという。
他方わが国では、戦後耳鼻科の研究が抗生物質による薬剤治療に向かい、欧米で研究と発表が一段落していた電気外科は、大学の医学教育において盲点となった。我が国における扁桃の電気外科は、昭和37年矢部、同38年宮尾の関東地方会での発表、同40年東京の第8回国際耳鼻咽喉科学会でのJohnson(米)Evans(英)のスライド報告、同41年深町兄弟の群馬医学誌上の論文報告が初期のものである。昭和52年に耳鼻咽喉科高周波電気治療研究会(以後高電研と略称)が発足するが、当時の文献として筆者の『口蓋扁桃の直接超短波処理』(耳鼻Vol.23,1977)がある。同54年高電研の会誌発刊後は只木(会誌第1号)仁保(第4号)をはじめ河嶋・藤岡・前田・尾崎・佐伯・飯島および筆者など多くの報告があるが、ほとんど全てが開業医の研究発表である。
なお鼻腔への応用は扁桃より早く昭和36年上田、同40年佐伯(ともに耳喉)を始めとする多数の論文がある。
3)扁桃凝固に使用する機器と電極
電気外科は電流が抵抗により生ずるJoule熱を応用する。切開と凝固があり、電気メスの切開では強い出力を要するが、凝固は切開の1/10の電力で済み機器も廉価で、スパークギャップ式、真空管式、真空管の代わりにトランジスターを用いたソリッドステート式のものが市販されている。スパークギャップ電流の波形は断続する減衰波で凝固に優れる。真空管とソリッドステート式の発振波形は非減衰連続波で切開に優れている。凝固と止血には、これを電気的に修飾してスパークギャップ電流に類似させた波形を用いる。したがって使用に際して波形の選択を誤ると止血と凝固が弱くなる(表5・6・7・8)。
扁桃凝固の電極にはバイポーラーが多く用いられ、針状ほか各種の電極がある。筆者は先端が鈍なゾンデ双極を用いる。一般には僅かに彎曲した短かい双極針電極を用いる向きが多い。両針の間隔3mm、針の直径1mm、長さ約10mm、はその一例である。モノポーラーには球頭電極ほか各種あり、アースとしては円筒形の手持ち対極が便利である。
4)凝固の手技と麻酔
凝固手術は表面麻酔で、または局麻注射を併用して行うが、被膜外には多く注射しないのでショックの危険が少なくなる。筆者は4%と8%キシロカインの表面麻酔で行っているが、口蓋弓など扁桃以外の部位を凝固する時は注射を併用する。
凝固の程度は、電極針を刺入する深さと刺入箇所の数および通電の秒数で調整する。米国の一報告では、10%コカインによる5分おき3回の表面麻酔後、長さ10mmの双極針を6mm刺入して3カ所を凝固、これを1回として3〜4カ月にわたり5〜6回反復凝固している。
筆者はゾンデ双極を表面に当てただけで通電するが、痕跡的な瘢痕状の扁桃では、電極針を用いる場合も刺入せずに通電する方が安全である。通電は2・3秒、長くて5秒(モノポーラー法で5〜10秒の報告もある)で電極周囲の組織が白変する強さにダイアルを調節する。凝固する箇所の数は、扁桃の大きさと反復する術式を採るか否かにより異なるが、おおむね刺入5カ所程度が普通である。電極を刺入しない筆者の方法では、扁桃の表面全体を凝固している(表7)。
通常は二回に分けて一側づつ凝固するが、たとえば難治性急性扁桃炎で両側を一回で凝固するような例もある。
5)標準的な術後経過
凝固の翌日にはジフテリー偽膜のような白苔が出来る。白苔は漸次縮小して約12日後消失し、扁桃は容積を減ずる。扁桃の縮小する程度は予期以上のことが多い。術後4日ほどは多少の嚥下痛がある。
最も不快な術後の出血は、凝固が過剰か不適切でない限り起きない。術後治療の間に内科的ジアテルミーを施行出来れば最良である。
6)扁桃凝固の利点とその限界
従来の扁桃切除術では、術後に陰窩が瘢痕化によって閉塞し、再発した炎症は慢性化する欠点があった。凝固では術後に陰窩は開大して局所の所見が改善されるとともに、Waldeyer氏咽頭輪全体の機能も向上する。たとえば小児では強く凝固しなくても、片側の扁桃凝固の波及効果として、アデノイドや滲出性中耳炎まで軽快する例が多い。
一回の凝固で扁桃摘出に近い治癒所見を望むのは誤りで、それでは過剰凝固の危険がある。Joule熱の波及する範囲を考慮に入れて術後の扁桃縮小の程度を予想し、必要により再度凝固する対応が望ましい。免疫と身体防御の観点からすると、機能が改善すれば扁桃が残っている方が良い状態の筈である。
扁桃凝固の利点を列挙すると、1)出血がない 2)病弱な高齢者にも施行できる 3)術時と術後の疼痛が少ない 4)良好に機能する扁桃として残る 5)構音機能を障害しない 6)日帰り手術として行える 7)医療事故が起きないなどである(表8)。
凝固手術の限界を挙げると、1)第V度肥大ではアンギーナの再発を阻止することに役立つが、扁桃摘除としては行いにくい。2)凝固には従来の扁桃切除のような迅速法がないので、巨大扁桃による幼小児の呼吸や摂食面での物理的障害に対応しにくい。3)多量の膿汁や膿栓が上扁桃窩に溜まる症例とくに埋没扁桃では、摘出術の方が早く決着がつく。
ともかく凝固は簡便なので反復すれば扁桃摘出に近づきはするが、勿論観血手術に及ばぬ点は少なくない。
7)扁桃凝固手術の適応
1)習慣性扁桃炎 2)慢性扁桃炎 3)扁桃炎重積症 4)掌蹠膿疱症 5)反復性周囲膿瘍 6)扁桃肥大 7)膿汁や膿栓の貯溜する扁桃 8)扁桃腫瘍(良性また炎症性)9)扁桃膿瘍
以上のほかに難治性の急性扁桃炎が適応になる。この点は高電研会誌第7号に前田が次のように述べている。習慣性アンギーナで内科的治療をしても咽頭痛・発熱で数日も苦しんでいる場合は、これを機会に凝固術を適応して扁桃の10〜20%を縮小させる。これで現在の急性炎症が解消すると同時に、将来起る習慣性扁桃炎の再発を半減する効果も得られる。
また局所所見として以下の8項目を挙げ、そのうち3項目を認めれば、凝固の適応としている。1)膿栓が貯溜している 2)扁桃からブドウ球菌を検出する 3)表面が凹凸不整である 4)陰窩の配列が不規則、とくに上扁桃窩が深くて膿栓(汁)が貯溜している 5)周囲と癒着がある 6)小さくても埋没性 7)前口蓋弓の限局性発赤が長期間とれない 8)頚部リンパ節−頚腺の腫脹を伴う。そして学齢期の児童の習慣性扁桃炎は、年4回以上罹患するものを適応としている。
筆者の経験からすると、幼小児の難治性滲出性中耳炎やアデノイドに対して片側の扁桃凝固を行うと、Waldeyer氏咽頭輪の機能が改善されて著しい効果が期待できる。
舌扁桃肥大および慢性舌扁桃炎の凝固治療は高電研会誌第6号(佐伯)に、アデノドは会誌第4号に筆者の報告がある。また咽頭後壁化膿性濾胞および咽頭側索炎も凝固の適応である(表9)。
凝固を反復すれば摘出に近い治癒状態になり、これをBalmerはdiathermocryptectomy高周波扁桃陰窩摘除術と呼称している。彼はこの方法を勧め、また不充分あるいは不適切な観血手術の術後状態を修正する手段として凝固は最適であるが、扁桃摘出に唯一絶対の方法はないので、術者は各種の手技に精通すべきであると説いている(表10)(図1)。
Balmerの後半世紀を経て彼の論文を知らぬまま、筆者は高電研会誌第6号に同様な研究「扁桃の反復凝固手術と超短波治療」を報告した。また幼小児の滲出性中耳炎と掌蹠膿疱症の成人例で、一回の凝固も治療効果の著しいことを経験した。僅かな凝固をBalmer流に名づければdiathermocryptotomy高周波扁桃陰窩切除術である。diathermocryptotomyが大きな治療効果を示す点は、臨床上重要な意義を持つと思う。
9)熱エネルギー利用の非観血的扁桃手術
1)熱手術 2)凍結手術 3)レーザー手術があり、昭和54年の第80回日耳鼻総会のシンポジウムで取り上げられた。高周波電気凝固はJoule熱(佐伯によれば電極の接触部で約60℃)を利用するが、他に電気的にはパクレンを用いるThermosurgery−北大平野式熱手術−がある。焼灼子は扁桃組織内では接触部で80〜100℃、1cm離れた部位で40〜60℃になる。藤岡および木村は高周波電気凝固を補完的に適用し、口蓋扁桃の比較的広範囲を対象とする場合は熱手術を勧めている(高電研会誌第3号28頁)。
おわりに
薬剤治療の普及と少子化および医療事故に対する社会風潮のもとで、Waldeyer氏咽頭輪に耳鼻科医が積極的に対処することは少なくなった。最近は扁桃手術は大病院で全麻下に行われる。しかし幼小児には内科的ジアテルミーを、また外科的には凝固手術を応用すれば、入院設備をもたない開業医でも、内科医よりも格段に卓越した治療を施すことが出来る。
最近レーザー手術が応用されているが、ジアテルミーは機器も廉く100年近い歴史を持つ。私はジアテルミーの普及再評価によって耳鼻科臨床が一層活性化することを期待したい。
[文 献]
1)耳鼻咽喉科情報処理研究会編:電子テキスト CD-ROM No.2,口蓋扁桃摘出術特集号,1997.
2)矢部 寛:日耳鼻,66:1468,1963.
3)宮尾 赳:日耳鼻,67:197,1964.
4)深町正雄・深町正陽:群馬医学,21:92,1966.
5)耳鼻咽喉科高周波電気治療研究会誌,1,4,6,7,8,11,12,13,14,15;1979〜1993.
6)志井田守:高電研会誌,6:7,1984.
7)Balmer,F.B.:Illinois M.J.,60:458,1931.
8)平野新治,他:日耳鼻,76:1188,1973.
9)志井田守:日耳鼻,99:1557,1996.
10)志井田守:日本医事新報,No.3758:42,199
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