オタクは二人称の「おたく(御宅)」を語源とし、狭義では多少低い次元で使われるが、アニメやマンガのようにOtakuとして国際語になっている。マニアと似ているが、いくらか広義なニュアンスでインターネット関連などを対象に使用される。
ところで「手に汗を握る」という表現があるが、その汗は精神的に緊張した時にかく汗で「嘘発見器」はこれを利用し、精神電流反応PGR−Psycho Galvanic Responseとして発汗による皮膚抵抗の減弱を計測して判定する。PGRは聞こえるのに聞こえないふりをする詐聴を見破る手段にも使える。私はPGRによる「他覚的聴力検査法の経験」を1951年(昭和26年)に発表1)したが、その後現在まで続く私のME(Medical Electronics)Otakuドクターとしての原点がこの研究であった。
その頃は米国製のメタルチューブ(金属製真空管)でアンプを自製し、シールドルーム(電磁波を遮蔽する金網の部屋)でバッテリー(鉛蓄電器)を電源にオッシロスコープの前身(横河製の弦電流記録計)で印画紙に現像した時代で、初期オージオメータがようやく国産された頃である。たまたま改装中であった私どもの耳鼻科が火元で、教室ばかりでなく大学までが全焼した。しかし教室は却って俗にいう「焼け太り」で図書も機器も更新できるという恩恵に恵まれたのである。
私はその時入局して3年目であった。私に課せられた博士号研究の課題は「感音難聴の細別診断」2)で、これには聴力の質の検査が必要であった。中耳炎の難聴は聴力レベル(dB)が30なら60の音は60−30の引き算で小さく聞こえる。ところが内耳性感音難聴は「鳥目」のように、暗いと見えない(音が小さいと聞こえない)が、明るいと(音が大きければ)障害は目立たない。聴力レベル(dB)が30なら30までは聞こえないが、聞こえ始めると大きさの感覚がどんどん補充され60の音は普通に近く聞こえる(recruitment)。これを簡単に計るため、我ながらあっぱれだったと思うが、焼け太り予算と火事場の馬鹿力で1955年に国産の自記オージオメータを完成させることが出来た。この経験をもとに翌1956年教授と連名の教科書として「聴力検査の手引」3)を出版することもできた。
その後8年間の勤務医時代にも聴力検査と聴力改善手術の論文を出稿したが、ジフテリーの大流行に遭遇し、5年間に総数750例を治療し「ジフテリー診療経験(その1、その2)」4)として報告した。私は、定員を超え娘(3才)まで入院した伝染病棟で日夜奮闘したが、扁桃摘出が予防手段になるという当時の医学常識にもとづき、自分で息子(9才)と妻(32才)の手術を行った。ともかく否も応も無く扁桃については精一杯勉強した。私が開業後に書いた最初の論文も、医学書院の依頼で1970年の特集号「耳鼻咽喉科診療の経験と批判」5)に載ったジフテリーの項目で、開業後7年目のことであった。
その頃から入院は次第に大病院指向の時代となって、扁桃摘出も全麻下手術が普及しはじめ、開業医による局麻手術は希望する患者も次第に少なくなった。折しも1973年北大の平野式手術として、強く熱したパクレンを用いて扁桃を焼灼する「扁桃の熱処理術」が発表された。私はこれにヒントを得て早速超短波による凝固手術をはじめ、診療上の工夫として1977年「口蓋扁桃の直接超短波処理」6)を報告した(耳鼻と臨床23巻)。それも契機となって日本短波放送や東京都耳鼻咽喉科医会の学術講演会で「耳鼻科の超短波治療」7)について話すよう依頼された。
昭和初期に治療法が完成した超短波は、透射すれば結核菌も殺菌されジフテリー菌毒素への抗毒素作用もある8)。「MEおたく」の私は、ジフテリーに忙殺された勤務医時代から試用して興味を持っていたので、開業すると手術に兼用できる超短波治療器を早速入手した。これを薬では治らない習慣性アンギーナや手術を拒否する慢性扁桃炎のほか滲出性中耳炎の治療などに用い、鼻出血の凝固止血にも応用したのである。
私の開業後10年ほど経つと開業医では次第に入院手術が困難になった。同時に抗生剤をはじめ多くの有効な薬剤が開発されたので、耳鼻科でも薬剤治療が選好され、医療技術の衰退が目立ちはじめた。これを憂慮した日耳鼻医連(開業医の団体)の会長の尽力によって、1977年に「耳鼻咽喉科高周波電気治療研究会」が発足した。会の目的はジアテルミーによる治療および通院でできる非観血的手術の研究で、私も会の幹事になった。この研究会は1983年に日耳鼻学会から専門医の研修集会に認定されたが、義務として毎年総会の研究発表と会誌発行が要求されている。
話はとぶが、いくら効果的な治療でも普遍化するとは限らない。その典型が高周波電気治療である。努力のすえ電気外科手術には保険診療の点数が設定されたが、超短波治療を含む内科的ジアテルミーは物理療法として整形外科の消炎鎮痛処置の項目に移行して、1990年以降は耳鼻科疾患への適用が困難になった9)。
しかし耳鼻科疾患には超短波がうってつけの治療手段である。一対の電極を左右の耳介に当てて超短波を透射すれば、両方の電極の間に電磁波の作用する範囲すなわち電界ができる。ここにネオン管か蛍光灯を置くと明るく点灯するので電界の様子がわかる。耳鼻科の治療対象は狭い範囲に並んでいるので、耳も扁桃も鼻咽腔もこの電界に含まれる。しかも超短波の透熱効果は深達性なので、これらを同時に治療できる。
一般に鼓膜の内側に水が溜まる滲出性中耳炎は難治である。これは耳管の通気性が悪くて鼓膜内陥の状態がつづくと起こる。滲出性中耳炎の治療には、鼓膜に穴をあけ外から空気が入るように、細いパイプを入れる鼓膜チューブ挿入術が施行されているが、超短波治療で鼻咽腔が丈夫になれば風邪も引かなくなり、耳管も良く通るようになるので、手術の必要がなくなる。幼小児には大きな福音であるし医療費も節約できる良いことずくめなのだが、この超短波治療が普遍化しないのである。
扁桃の熱処理術と高周波凝固術10)は、いずれも開業医向きの非観血的日帰り手術として推奨に価する方法である。ただし熱処理では強く熱したパクレンで焼灼する際に、煙がでて悪臭がするという弱点がある。高周波凝固では組織に生ずるJoule熱で凝固し、電極は加熱しないので煙も出ず臭いもしないのだが、普及しないのは熱処理術を連想するからであろうか。不憫な子ほど可愛いいというが、私には高周波電気治療全般が、ことに不遇な超短波治療が可哀相である。その故に幹事たる者の義務として、私は研究会の発足以来27年の間「毎年の宿題報告」と覚悟して会誌に載せる論文作りを続けている。
2003年は頑張って二つの論文を作った。「患者の悩む耳鼻科の病気−Web-siteに寄せられたE-mailの分析とジアテルミー手術に来院した症例」および「Waldeyer扁桃輪の治療におけるジアテルミーの利用とその意義」である。その各々を演題として7月の市医師会の臨床研究会、8月の医連フォーラム、9月の日耳鼻地方部会、11月の高周波電気治療研究会で口演もした。その際、Power Pointというソフトでプレゼンテーションを作成使用したが、これは新たな経験であった。
ところで私のWeb-site11)は、1997年に72才で開設した「年寄りの冷や水」で、ホームページは来院患者の増加を目的としたものではない。「耳鼻科におけるジアテルミーの普及」を目的として、開業医を対象に治療法や手術手技を具体的に解説したものである。2003年は杉花粉症をひかえた2月に、更新したホームページに「鼻アレルギーの非薬物治療」12)として、ジアテルミー手術の詳細な解説を載せることにした。そのための手技実験の紹介とアンケート調査による遠隔成績を含む、写真と図表をいれたhtml文書の作成にはかなりの日数を要した。鼻アレルギーに対する鼻甲介粘膜下凝固の効果は長期にわたり続くが、効果が一時的なレーザー焼灼に類似した手術として、低く評価されているのではないかと危惧したからである。
3月にJustnetはSo-netに改変されたが、Web-siteの変更に対応することは、ジアテルミーの普遍化を念願するOtakuドクターの私にとって喫緊の重要事項である。そこでプロバイダーをOCNに変え、ISDNを従来の回線に戻しADSLの実測で11Mb/secの常時接続を実現させた。URLは、 mail addressはに変わったが、これらの諸手続きと、その立ち上げには大変な苦労と手間がかかった。
また日常使用するために、机上のスペースをとらないノートPC(パソコン)として、重くて携帯には不向きだがWindowsXPを搭載したDELL社のインスパイロン2650を購入した。ところが手持ちの初期のデジタルカメラ、スキャナー(画像入力装置)、データ保存用のMO(光磁気デイスク)は勿論、テキストファイル作成用のソフトまで新しいOS(オペレーテイングシステム)のWin.XPに馴染まないのである。これらの周辺機器はホームページ作りに欠かせないので、機器接続のために自作のデスクトップPCにはWin.98とWin.2000、ノートPCではWin.XPと、合計3つの OSを使うことになった。
9月には10月からの廃棄パソコン処理の有料化を控えて、勿体ないがデスクトップPCの大型CRT(ブラウン管モニター)を処理場に運んで捨てることを決断し、場所をとらないSONYの17インチ LCD(液晶デイスプレイ)に取り換えた。
以上の尋常でなかった苦労も忘れやすい私には、何年も経たぬうちに印象だけが残って年月の記憶は空白になってしまう筈である。長くて面白くない内訳についての記載は、そのための私の覚え書でもある。諸賢にはこの点よろしくご寛容いただきたい。コンピュータ関連の進歩は日進月歩どころか秒進分歩なのだというが、ジアテルミーで検索してもホームページのURL(宛名)が変われば閲覧してもらえなくなる。そのための対応作業も「やれやれ、やっと終わった。情報技術の進歩もいい加減にしてもらいたい。」と痛感したOtakuドクターの2003年であった。ちなみにジアテルミーはコンサイス英和辞典にdiathermy高周波利用の電気治療法(器)として載っている。
[文献]
1) 森本・志井田:第1回難聴研究会:東大安田講堂,1951.12.8. /耳鼻臨,45:60,1952.
2) 志井田 守: 新潟医会誌, 68:987,1954
3)森本・志井田:聴力検査の手引: 1956.11, 医学書院
4)志井田・他:耳喉, 29 :1,1957、耳喉, 30 :11,1958.
5)志井田・他:耳喉, 42:835,1970.
6)志井田 守: 耳鼻, 23 :694〜697,1977.
7)志井田 守: 耳鼻科における超短波治療:都耳鼻会報,32:10〜12,1976.
8) 岩崎・小寺:超短波療法の諸研究、超短波療法社編,1942.
9)志井田 守: 滲出性中耳炎の物理療法:日本医事新報,No.3560:139,1992.
10)志井田 守:扁桃の高周波電気凝固術:高電研会誌,20,1999.