遠くは明治19年の一高創設から、昭和15年の旅順高校まで38校が作られた旧制高等
学校は、戦争後の学制改変で昭和25年に廃校になりました。私は昭和17年に静岡高校
に入学しましたが、当時寄宿舎に生活した若者の拠り所として高校生自らが作詞作曲した
寮歌がありました。
寮歌は青春の一齣、高校の寮生活の象徴です。若人の純粋で清潔な心象を高らかに
唱い上げたものです。昭和36年「日本寮歌祭」が始まって、各地でも地元の寮歌祭が行
われるようになりました。年齢はとっても無垢な精神の持ち主が多いのが寮歌音痴の特
長で、その故か仲間には医師が多いのです。
私を寮歌祭に導いてくれた恩人は同じ町内の小宅三郎先生、整形外科医で山形高出身
です。氏は旧制高校関連の図書館を建て得るほどの研究家で、まさに寮歌の博士であり
ます。
同好の水戸高出身の人々のささやかな集いが発展し、今日も盛大に茨城寮歌祭が続い
ているのは小林健次氏の努力に負うところが甚大です。氏もまた外科医、水戸高出身です。