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第三回
今回は、1953、1954、1955、1959と
年度がバラバラですけど
ちょっと珍しい画像も混じっております
それにしても
全然、関連性の無い並べ方で・・・・・
最初の画像は1959年昭和34年
エレベータです
東京駅は山手線内回り京浜東北線北行ホーム南端にありました
こないだ行ってみたのですが、どうも無くなってたようでした
当時、朝日新聞社発行の『科学朝日』に日本でもっとも古いエレベータ
との記事があって、生まれついての野次馬の私は
早速見に行きました
構造も珍しいらしい
外側のつくりも古めかしいですね
2台並んでるんですが、右のはホームのレベルに籠が居ます
左のエレベータは地下に行っております
その、左のは上から吊り下げるロープが見えませんね

ロープが見えないわけで、このエレベータは下から持ち上げるタイプ
地下の床面に大きな回転する『雌ねじ』がありましてね
それを横方向から回転させるようになってる
まんなかに『雄ネジ』が垂直に入ってまして
そのてっぺんにエレベータの籠が載ってる
そして『雄ネジ』は『雌ネジの回転で上下する』
と、まあ、そんな構造でした

駅員さんに御願いしましたら、気軽に下まで乗せてくれました
そこで、写した写真なんですが、なにしろ暗い
露出もF3.5で5秒ほどかけたいのですが
当時はフラッシュも持ってませんし、三脚も持ってゆきませんでしたから
手持ちの1秒露出
って、わけで見事にカメラブレ&露出不足
画像処理でなんとか見えますが・・・・・
1955年昭和30年の5月
高校の部活のハイキングに狭山湖(あれれ多摩湖だったかな?)まで行ったのです
集合は確か西武新宿
例によって、寄り道しまして
小田急を三枚ほど撮りました

当時の、バリバリの新車
デハ2200(2206)と、デハ2300(2304)ロマンスカー

特急『明星』2301が出発して行きます
向こうの陸橋は甲州街道

デハ2200(2206)の4連各停・経堂行きです
ブルーと黄色の塗り分けは今考えても美しかったなあ
突然ですが都電です
1953年昭和28年の10月
所は、勝鬨橋
6000型の6062です
車が居ませんね〜。向こう側に自転車がリヤカーを引いて駐車してますね
当時は、勝鬨橋が現役でした

1956年昭和31年5月
工科系大学の1年生、部活はアマチュア無線とオーディオのクラブでした
まだ鉄道研究会は無く、鉄道写真の数も少ない時代です
如何いうわけか、こんな写真が残ってます
線区は東急大井線(昔、大井町線って、私は云わなかったな〜)
電車は多分、デハ3300だったと思います
まだ、両運だったです
此処は、中原街道の踏切です
今では立体化してますが、当時はこんなのどかな光景が展開してたんです

さてと、お次は1954年昭和29年の2月、高校の1年生
学校にカメラを持っていった帰り道
品川駅での撮影です
後にはDD12となる電気式ディーゼル機関車
なんたってUNITEDSTATES ARMYの文字が入ってます
右側の小さい文字群は
TRANSPORTATION CORPS
確か色は真っ黒でした
この機関車は品鶴線でも良く見かけました

いきなり東急目蒲線
昭和29年2月、上のディーゼル機と同じフィルムに入ってます
場所は私の家の近所、多摩川園前〜沼部間、丸子橋の直ぐそばです
こないだ行って見ましたら、この可愛い高圧線の鉄柱既に無く
右側は多摩川の土手ですが、土手と線路との間も見通しは効かなくなってました
左の丘の麓には六郷用水と言う流れがあって
子供時代の私たちのザリガニ釣り場
丘の上は病院でしたが、今は如何なんだろう
電車はデハ3450+サハ3350+デハ3450ですね
なんとなく郊外電車って名前が似合いそう

さて、これも同じフィルムに入ってます
昭和29年の2月
品鶴線の多摩川鉄橋です
のどかなもんですね〜
今じゃあ、並行して新幹線は通るわ、この線は横須賀線になっちまうわで
たいした変わりようですが
左手前のカップルは昔風にアベックといった方が良さそう

そのアベックと鉄橋の間の黒い塊は何かと言いますと
その部分を拡大しますとトロッコのレールなんですよ
河川工事用のものです
当時の河川工事といえば、こんなレールが敷かれ
ちいさなディーゼル機関車が
トロッコを引いてました
私は見たことは有りませんが蒸気機関車を使ってる所もあったようです
そんな工事の事務所がありました
いまでも此処にはそんな施設があるようですが詳しい事は解りません

・・・・・と、云うわけで、今回の瞬間芸大会はお仕舞いです
また、お目に掛かりましょう