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第11回

お久しぶりです・・・・・『瞬間芸』です
今回は昔々45年も前、1958年(昭和33年)の関西の話題です
8月、四国は土佐・高知の親戚に行き、バスで松山まで日帰り往復をしたりしたのですが
鉄道写真は少なく、その帰り道、関西私鉄も乗ってきたのですが写真はほんの少し
その、少しだけ写した写真を御覧頂きましょう
それでは・・・・・・ど〜ぞ!


 8月26日朝、高知の親戚の家を出て、高知県交通のバスセンターへ。室戸岬経由で牟岐へゆくバスがあり、それに乗りました。牟岐からは国鉄牟岐線で徳島 。そして鳴門まで行きました。夜の鳴門で名前は忘れたけれど、大きな旅館に泊まりました。泊り客は少なく、夜中に便所へ行くのが怖かったな。
 翌27日、鳴門の渦潮観光、夕方の徳島市へ入り、阿波踊り観光。夜の宇高連絡線で本州に渡り、28日、関西地区入り。

 その頃、話題の電車といえば『近鉄のビスタカー』、ビスタカーの初代ですね。ほんとにビスタドーム。何時ごろだったでしょうか、高安の駅にやってきました。

 居ました!!!車庫にビスタカーが停まっていたのです。電話確認なんてしないで、やって来たのに会えたのは、ただただ、ラッキーでした。当時のことですから、アポ無しでも車庫に入れました。また、当時の鉄道好きは、自分も、心底、鉄道員気分ですから、危険な真似をする人も少なかったのでしょう。
 もう、感動感動。お顔は少々、好みではなかったけれど、いい電車でした。乗りたいとは思えども、まだ、運行前です。結局乗れたのは翌1959年のことになりました。


モ10007


『モ何番』でしたっけ?モ10007の次位です


ク10005・・・・これがビスタドーム
連接車でした
ものすごく格好いいなあ!と思ったものです


モ10007の顔です


モ10007の台車はKD26


 さて、 そのあと、国鉄の看板列車、『特急つばめ』に乗っております。たぶん神戸の親戚の家に泊まり、翌日の8月29日だと推測されます。そんなことは、綺麗さっぱり忘れて、アルバムの記述から、書いています。
 国鉄大阪駅から、特急を奮発しました。特急『つばめ』です。特急なんて生まれて初めてだったと思います。スハ44の前向きのシートに座って感激したはずなんですが、殆ど記憶なし。

 京都を出て山科にかかります。京阪の京津線の四宮車庫が見えました。急行運転に使っていた30型の2連(左側)とか、『びわこ号』(右側)の姿が見えます。30型 は結構好きだった。京津線では200型よりお似合いでした。その向こう側は、何型でしたっけ各駅停車に使っていた電車ですね。

 ところで、三等車から、特別二等車を抜け、一等展望車までやってきました。そして、ついに展望室に入ることが出来ました。と、云ったってほんの1〜2分なんですけどね。車掌さんにお願いして瞬時の感動を味わわせて頂きました。あとにも先にも、展望車なんて、このときだけの大事な経験でした。


マイテ39 1の車内です
向こうに写っている湘南型電車は80系の準急ひえい1号ですね

 『特急つばめ』は名古屋駅で降り、各駅停車の『124列車』に乗り換えまして、さらに蒲郡駅で、『急行たかちほ36列車』に乗る。冷房の無い食堂車で 窓開放でカレーライスを食った記憶があります。当時はトイレのお釣りが飛び込んでくるなんて、思っても居ませんでしたね。
 そんなこんなで、無事、東京に戻ってきたのです。


今回はこれでオシマイです
次回は何にしましょうか・・・・・・・・・


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