◆02/11/01 「復活へ 〜天皇杯を獲ろう!〜」

1st の勢いもどこへやら、年間総合順位はともかく、2nd ステージ単独で見れば下位に低迷する横浜は、昨年と違って残留も早々に決まって、監督も言っては悪いけど場つなぎで、来期の話題がちらほら聞こえてくるようになってしまった。

来期は岡ちゃんですか? 小倉も来る? レンタル組の去就は? まぁそういう話をするのも楽しいもんですよね。出て行く選手・残る選手・欲しい選手を考えて、背番号を割り振って。まるで会長になったみたいで。

・・・でも、まだシーズンは終わってないよな?

天皇杯。そう、天皇杯があるんだよ!
横浜にとって一番大事なタイトルだぞ。

来期の話にうつつを抜かしている場合じゃない。天皇杯に向けて気持ちを高めていく大事な時期なんだ。

そう、シーズンは終わってないんだよ。

もはや若い人たち(って言うようになっちゃオヤジだよな。でも言わせてくれ)にはピンと来ないことも多い拘りだけれども、歴史を紐解けば、我々がなんでこんなに拘るのか、なんで横浜が拘らなきゃならないのか、理解できると思う。

'83−'84 シーズン 優勝
'85−'86 シーズン 優勝
'88−'89 シーズン 優勝(JSL1部 天皇杯 リーグカップ3冠)
'89−'90 シーズン 優勝(JSL1部 天皇杯 リーグカップ3冠)
'90−'91 シーズン 準優勝(PK敗退)
'91−'92 シーズン 優勝
'92−'93 シーズン 優勝

これが日産自動車時代とマリノス初年度に残した天皇杯の決勝成績だ。優勝6回。'90 年度の準優勝も数えれば、7回の決勝進出。特に'88 年度から '92 年度は5年連続で決勝に進出してきた。

'83 年、初めて決勝に進出した日産自動車は当時の釜本を擁する名門・ヤンマー(現セレッソ大阪)を破って初優勝。当時としてはかなりエポックメイキングな出来事で、永年横浜を応援しているサポーターにはこの試合がキッカケになった人も多いと聞く。

そして'88 年からの連続決勝進出。この時期の日産黄金期をテレビを見て日産ファンなった人は多い。自分もその一人だ。当時はサッカー界の大会システムに詳しくなかった自分(リーグ戦の存在すら知らなかった)、正月にあるのは日産とどっかの試合だと、'90−'91 の大会くらいまで思い込んでいたのだ、マジで。そのくらい、元旦といえば日産だったのだ。

Jリーグ開幕に伴い横浜マリノス、合併を経て横浜Fマリノスとなったけれども、このクラブにはこの伝統が受け継がれているし、受け継いでいくべき誇りある伝統だ。

毎年言っていることだけれども、選手達はこの伝統が染み付いた、青地にNISSANの文字が入ったユニフォームに袖を通して闘っていることを、絶対に忘れないでほしい。

・・・まぁ、忘れてなければ初戦で敗退なんて恥ずかしいことはしないと思うけどな!

気が付けば、伝統を体験してきた選手も永山ひとり。決勝に行かなくなって今年で10年だ。

・・・10年だぞ。10年あれば三歳児も中学生になるんだぞ。

正月にサッカーができる喜びを知らない選手、
好きなチームを応援できる喜びを知らないサポーター、
そんな人も増えたことだし、そろそろまたその喜びを味わいたいと思わないだろうか?

思うだろ? 思うよな。

だったら、来期の話とか一番の話題にせず、天皇杯に繋がるような雰囲気にして行かないとさ。

例えば、勝ったら「天皇杯に向けていい感じで仕上がっている」とか。

例えば、負けても「天皇杯に向けて課題が見つかったんで」とか。

とにかく天皇杯を意識した姿勢をクラブも選手も発して欲しいし、サポーターも、それを見据えた評価をして、雰囲気を作って行こうじゃないか。

元旦の国立に青いNISSANのユニフォームを復活させてほしい。