◆02/06/16 スペイン−アイルランド@水原スタジアム(韓国)

 午前4時頃に蚊の羽音で起こされたものの、概ね熟睡。起床したのは午前9時頃。韓式の朝食を頂いて、身支度を整えて出発である。昨日、2泊分の宿代を支払ったので、手持ちのウォンが少なく、まずは両替をせねばならない。ハンさんには「それだけあれば十分だよ」と言われたけれど、さすがに 80,000 ウォン(¥8,000)では、何かを買うときに足りないだろうと、この時は思ったのだ。結局十分に足りたのだけど。
 ハンさんのお父さんからバス亭を教えてもらい、バスでソウル市庁舎前まで。バスはどこまで乗っても 600 ウォン(安っ!)。市庁舎前で降りたが、日曜午前の市内は結構閑散としていてびっくり。なんか、朝の地方都市のような感じである。プラザホテルのフロントで ¥10,000 分を両替し、その近所の現代自動車本社ビルを見たりしていたが、とりあえず時間があるので景福宮(ギョンボックン)を観光することにした。

現代自動車ビル 営業とか入ってるらしい 徳寿宮の大漢門 広場の横にある ソウルの劇場 「レ・ミゼラブル」公演中

 景福宮の詳しい説明は省くが、要は李氏朝鮮時代の建物が集中している宮殿。なんで集中しているかというと、文禄/慶長の役で焼失したから移築したんだそうで、日本語の説明にもそう書いてある。そう、彼らにとって僕らの祖先はインベーダーでもあるのだ。ちょっと心が痛んだけれど、別に卑屈になる必要もなく、ただ、そういう事実があったことは心に留めておくべきなんだろうな。建物自体はどれも見事で、奈良や京都の仏閣に負けない荘厳なものだった。

光化門 儀式が実演されていた 景福宮の中庭 広い
交奉殿 執政室だったらしい部屋

 景福宮を見物していたら、1時近くなっていた。そろそろ水原に向かわねばならない。最寄駅の光化門(クヮンファンムン)駅から乗り換えて行こうと思ったのだが、何分、勝手がわからない。そこで、適当に人を捕まえて拙い英語で「水原に行きたいんだけど」と聞くと、一緒に乗り換えのホームまで案内してくれた。韓国の人はとってもやさしい。カムサハムニダ。
 で、あとは電車に乗っていれば到着するものだと思って、安心して電車で居眠りしていたら、到着したのは仁川の四つ手前の朱安(チュアン)という駅。おいおい、こりゃ凄いロスだぞ。急いで戻らねばならん。駅員に確認し、乗り換え駅である九老(クロ)まで快速らしき電車で戻り(知らずにのったら二個飛ばしくらいで行ってラッキー)、今度こそ水原行きの電車に乗り換え、一安心。やはり、一度は何かハプニングを起こさねばならない芸風になってしまったらしい(爆)。結局、遠回りも手伝って、水原に到着したのは午後3時。これから、余ったチケットを売ったりカルビを食ったりと考えると、とても水原華城(スゥォンファソン)は見物できない。1時間のロスを恨めしく思ったが、仕方ないので華城観光は断念。

 水原の駅前は、アイルランド人でごった返していた。なんとなく、どこかで見た風景(笑)とか思いつつ、とりあえず腹ごしらえだ。朝飯からこのかた何も食べてなかったのは、この地の名物・水原カルビを食べるため! 旅の2大目的といっても過言ではない。とはいえ、一人ではおそらく焼肉屋でも種類が限られるか、ろくな注文ができない・・・なんて考えていたら、偶然話し掛けた日本人3人グループの方に便乗させてもらえることに。いやー、持つべきものは同胞です(感謝)。
 ところが、こちらの皆様と一緒に入ったお店では、牛肉はプルコギしかなく、カルビは豚カルビのみ。これはこれで美味しいのだけど、やはり皆の本来の目的は骨付きの水原カルビ。そこで、同時刻にやっていたスウェーデン×セネガルのハーフタイムを待ってお店を移ることになった。焼肉屋のハシゴなんて初めてではなかろうか(笑)。が、自分はもう一つの使命、チケット販売をせねばならなかったので、こちらの皆様と分かれて駅前でチケット売りに向かった。

 駅前で、ちっちぇえメモ帳に「TICKET(s) for SALE」と書いてうろつこうとすると、早速お客さんが。アメリカ人だった。二人で見るのだけど一枚足りないというので、相手が持っている一枚を引き取って、こちらが持ってる連番二枚を渡す。なんとか1枚。その後、もう1枚も日本人の方に買ってもらい、意外とあっさりミッションは終了した。ちなみに、この日は結構な買い手市場で、他にもアイルランド人が3枚ほど売っていたりしていた。当然、こちらは相場なんて知る必要もなく、定価の販売である。

 その後、このチケットを買ってくれた金子さんと一緒に今度こそカルビを食べに行く。ガイドブックに載っているのは、どれも遠かったので、駅前ガイドの日本語担当のお姉さんに話を聞いて、駅の近くのカルビ屋へ。このカルビ屋が大当たり。肉は美味いし、量もあるし。「韓国サイコー! 水原マンセー! マシッタ、マシッタ」なんて言いながら堪能していると、TVの向こうではスウェーデンが沈んでいた。ああ・・・。でも、韓国ではセネガルのほうに人気があるようだった。他のお客さんは大喜び。盗人問題とか、いろいろあったしね。

 スウェーデンが沈んだところで丁度肉も食べきったので、お店を出てスタジアムへ向かう。スタジアムへは駅前からシャトルバスが出ているのだが、これがまた、随分と適当な列で適当な出発。人が乗れるのに乗せないし、乗り場もはっきり判らんし。日本だったら客怒るぞ(汗)。そんな状況でもアイリッシュは元気に歌を歌って、ビールを飲んでいる。ほんとにコイツら、満喫してるなぁ。

水原駅前ロータリー 平塚ちっく? 駅ビルっぽいのが建設中でした シャトルバス待ち
アイリッシュはここでも元気

 バスに乗って席につくと、スタジアム周辺の地図を渡されたけど、これまたハングルばっかり。どうやらバス停を示したものだったようだけど、んなもん外国人に読めねぇっつーの・・・。恐るべし、KOWOK。バスは水原市内を抜けて行く。車窓から見る水原市内は日本の地方都市のような雰囲気。熊本で言えば、八代というか、玉名というか、宇土というか、そんな感じの街。一応、広域では100万都市らしいのだけど。
 スタジアムには15分程度で到着。広い道が閉鎖されて、バスはUターンしていた。停車場は競技場のすぐ近くで、5分も歩かないところだ。バスを降りたところから会場までは物売りが並んでいるが、特に惹かれるものは無く、そのまま素通りして進むとスタジアムは眼前に現れた。

 「こ、これは凄い。」

 道路から一段高台に作られたそのスタジアムは、メインスタンドの屋根を翼のように広げていた。一説に「20会場で一番素晴らしいスタジアム」と呼ばれる水原スタジアムに心は躍る。はやる心を抑えて、まずは周りを見ると、なんか妙チクリンなマスコットキャラクター3体の像があった。この3体、韓国ではよくみかけるけど、日本じゃ見ないよねぇ・・・。そこの後ろのレリーフではアイリッシュが写真をとっていた。
 像があるのは道路の反対側。そこから横断歩道を渡るとスタジアムに繋がる坂の上り口があるのだけど、渡ったところでは「イエスは主」なる十字架を掲げて宗教勧誘やっていた(苦笑)。おいおい、いいのかよ KOWOC 。坂のまわりではチケットの売買もおおっぴらに行われていた。まぁ、これが世界標準なんだろう。人が群がっていたってことは良心的値段だったんだろうし、札束に見えたのはきとウォンだからだろう(笑)。

水原スタジアム概観 宗教も勧誘中(汗) お茶目なボランティアのお嬢さん

 さて、入場である。チケットを見せ、荷物検査を受けて、って手順は日本と一緒。荷物検査は日本よりも厳しかっただろうか。カメラも細かく調べられた。聞いた話では実際に1枚取らされたという話もあったようだ。そこまでは無かったけど、とりあえず手近なボランティアのお嬢さんを撮っておいたから、疑いは晴れたろう。モギリを通っていよいよスタンドへ足を踏み入れる。日本と違って、カテ2とカテ3の同一サイドであれば、どこからでも入れる。1Fからの眺めを見て、おもわず

 「おおっ! これは凄い! 凄すぎる!」

と驚嘆の声しか出なかった。とにかくフィールド全体が見やすい。これなら1F席からの眺望でも十分だと思えたが、自分のチケットは2Fなので、当然2Fにも上がってみると、これがまた素晴らしかった。適度な高さがあって、かといってフィールドから遠いわけでもない。おそらく、このスタジアムに勝てる日本のスタジアムは豊田だけだろうと思った。落下事故があったからか、柵のところにボランティアが居て落下防止の警戒。近づいたら「下がって」ってジェスチャーを受けた。で、自分の座席は2Fでもすごーく上のほうだった。ほとんど登山といってもいいくらい。まぁ、眺望は素晴らしいものだったので、良いけれどね。試合までは、グッズを買ったり、写真をとったり、付近に座った人と話したり。周りの人は日本人が多かったが、話を聞くとアイルランド贔屓の方ばかりで、ちと肩身が狭い。会場にはアイリッシュも多いし、やはりスペインはアウェーの雰囲気。う〜む・・・。グッズは、パンフレットのハングルバージョンを購入。両方揃えてこその日韓共催だ。

2F 着座位置から 2F G裏中央部から
メインスタンド 2Fスタンド上部から街を望む
アイルランド旗 スペイン旗と大極旗
ここにも一杯アイリッシュ 選手整列

 さて、試合である。
 まずはとにかく、モリエンテスのゴールに感動したの一言だ。試合序盤の、単なる先制点に過ぎないゴールだというのに、自分は感極まって、じわ〜っと泣いてしまった。もう馬鹿の思い込みなのだけど、日本からやってきた自分のために決めてくれたような錯覚。涙をにじませ、夕闇の天空に拳を突き上げ、彼の名を叫ぶ。

 「Yes! Yes! Yes! Ye〜s! モリエンテース!

 アイルランドも失点に怯まずに左からのドリブル突破などで仕掛けるが、スペインも素早いパス回しや巧みなボール扱いでボールを保持し、サイドチェンジを織り交ぜながら攻撃をする。スペインサッカーの炸裂。おもわず「OLE!」の掛け声も出ようものだ。マリノスと違って(爆)、掛け声のテンポも丁度いい。またまた感動。もっと点とれそうな雰囲気だと思ったけど、前半は1−0で終了する。ここで、嫌な考えが頭をよぎる。

 「技術に優れるチームが押しながら点をとれない。これって・・・」

 はたして、予感は的中した。

 ご存知の通り、後半のスペインは守勢に回っていた。攻撃は前方任せでサイドバックは攻めあがらず、ひたすらカウンターのみ。押し込まれてはロングボールでラインを上げる。1回目のPKが与え られてからは、もう会場が一気にアイルランド贔屓に変わり、自分の精神状態も普通では無くなった。

 「なんで美しいサッカーがこんな猪みたいなサッカーに負けるんだよ!?」

 冷静に見ればアイルランドのサッカーもダイナミックで大したものなのだが、盲目にスペインに恋した自分、思わず出た本音を叫ぶ。これで、おそらく周囲を敵に回したろう。とにかく徹底的にスペインを贔屓するモードに突入した自分は、近くにいた #7 RAUL のマドリーシャツを着た韓国青年以外のほぼすべてを敵に回していた(ような気がする)。
 クインも出てきていよいよ劣勢なスペイン。そんな状況の中で、今度は2Fメインスタンドの一角から、なんとウェーブ(!)が発生。こちとら1−0の劣勢に胃が痛い状況で、とてもそんな余裕なし。アイルランド側にしても、白熱した展開のはず。こんな状況でウェーブを起こす神経が信じられなかった。とにかくもう怒り心頭で叫ぶ。

 「馬鹿野郎! ウェーブなんて起こすな! 台無しじゃねぇか!」
 「なんでこんな国でワールドカップやるんだよ!」

 そんな怒りに関係なく、ウェーブは会場を1周。さすがに2周目ではアイリッシュの一団も付き合わず(1周付き合ったアイリッシュは優しいね)、1Fの波は沈静化したが、2F2周3周と回っていた。もちろん、自分は一度も立ち上がらなかった。二つ隣のアメリカ人が「お前はなんでそんなに怒っているんだ?」って言うから「なんでこんないいゲームでウェーブするんだよ!」って怒って言ったら「フットボールの応援は自由だろ?」って。あーもう、これだからアメリカ人は・・・。しまいには「デーハンミングッ!」コールが起きて、もう勝手にしてって感じになった。

 そんな試合も佳境を迎えたところに、結局PKを決められて延長戦突入。延長前の休息で自分も少し気分転換ができたのか、「俺にラウルのゴールを見せなかったな!」って感じのアイルランドに対する逆恨み気分は解消していったが、やはり延長は胃の痛いシーンの連続であった。お互いに何度かの決定機を逃しつつも、大方にはスペインが逃げ切りに成功し、結局は大会初のPK戦になだれ込むフルコース決定。我ながら幸運なのか、不運なのか。

 PK戦でも、周囲とは一人反対の反応を繰り返し、孤独感を募らせながら、カシージャスのストップに拳を突き上げ、ファンフランのフェイントに頭を抱え、イエロのゲットから間を置いてスペインの勝利に雄たけびを上げていた。もちろん、自分の周りはまったく正反対の反応だったから、相当感じが悪かったであったろう。でもいいのだ、愛するスペインが勝利できたのだから。斜め前に座っていたマドリーシャツの青年に malicia マフラーを渡し「エスパーニャ!」と叫びながら飛び跳ねる。ありがとう、一緒にスペインを応援してくれて。

試合終了後 マドリーユニを着たコリアンカップル 恩人のオムさん親子

 試合後の余韻に浸りながらも、もう時刻は23時。早く撤収せねばソウルに帰れなくなるので、記念撮影もそこそこに撤収。階段を下り、ゲートを出るとそこは・・・地獄であった。とにかくもう、乗車列のコントロールなんてしていないし、どのバスがどこに行くのかもさっぱり判らない。韓国人はわれ先に乗り込んでるし、アイリッシュも知っているのか適当なのか、それに混じっている。おいおい、なんなんだよ、KOWOK! そうは言っても帰れなきゃ仕方ないので、宿までの地図を出して「この辺まで帰りたい」なんてのを英語で聞くけど、この状況ではなかなか通じない。聞いた自分も、聞かれた韓国人も困った顔をしていたら、後ろから日本語で「日本の方ですか?」との声。この状況では、まさに天の助け。遠慮もせずに「ソウルの、景福宮あたりまで帰りたいんですけど・・・」と聞くと、ソウル郊外の舎堂(サダン)までシャトルバスで行くので、一緒に連れて行って下さることに。この助けてくれた声の主はソウルに住むオム・テイミンさん。日本の大学に留学経験があるとのことで、日本語はペラペラ。お父様と一緒に試合を見に来ていたとのことで、二人とも年季の入ったスペインユニだった。これで一安心。
 舎堂までの車中にスペインを応援するきっかけなどを伺うと、'90 のイタリアワールドカップで試合を見たのが最初とのことで、ほんのちょっぴり、羨ましく思えた。映像で見ていても、彼らにとっては参加したワールドカップであり、僕らは観たワールドカップ。あの頃はまだ、現実として捕らえることができない時代だった。
 オムさん親子には、親切にも3号線乗換の教大駅まで案内して頂いた。彼らが降りる駅は一旦乗り過ごしてしまうのに、だ。感謝感激。本当に、本当にありがとうございました。おかげで、その後は無事に景福宮駅で下車し、タクシーで宿に帰宅できた。宿ではハンさんが心配して、帰るまで待っていてくれて、また感激。韓国の人は本当にいい人ばかり。