第10回 「日本人ライダーが活躍する理由は?(2)」

 寒い日が続きますが、いかがお過ごしですか? 

 前回のエンジン解説ですが、私の能力不足のため、誤解を与える表現がいくつかありました。訂正します。

 3l換算で出力比較しているのは間違いです。意図としてはリッターあたり発生馬力を比較したかったのですが、3l換算で行ってしまいました。数値比は間違ってないのですが、誤解を与える表現でした。

 2st が 4st と比べて「同一回転数で出力倍」ではなく、「同一回転数で爆発回数が倍になるので、パワーを出しやすい」と表現すべきでした。

ご指摘下さった杉本さん、TATSUGAWA さん、ありがとうございました。

 さて、今回は、なぜWGPで日本人ライダーがあんなに活躍しているのか、これについてもう一度考えてみましょう。

 一つは、現在活躍してる原田や青木兄弟らは、小さい頃からバイクに親しみ、レースに親しみ、ライダーとして英才教育を受けてきたということがあります。この辺りは、昨年のこのコラム第1回で触れていますので、そちらもご覧下さい。

 もう一つ重要な要因があります。それはワークスの存在です。日本には、WGPを戦う HONDA, YAMAHA,SUZUKI の3大ワークスがあります。このため、まず国内選手権である全日本ロードレースがかなりハイレベルになります。世界広しといえど、ワークスマシンが戦う選手権は全日本くらいではないでしょうか(可能性としてはイタリアもありますが、実情知りません(^^;)。このハイレベルなシリーズで鍛えられた選手がワークスの目に止まると、ワークスチームに入れます。そこで選手達は、今度はプロのライダーとしての経験、勝てるマシン作りの経験を得ていくのです。こうして育った日本のワークスライダーは、自らが作り、戦ったマシンと共に世界へ出て行くという図式が出来あがりました。

 GP125(そして一部の GP250 ライダー)はちょっと流れが違います。GP125 に関しては、本格的なワークス活動が(表向きには)ありません。ですから、GP125 クラスで実力を付けた選手は、自力で世界へ出て行きます。その昔、上田昇や坂田和人、そして若井伸之(故人)が初めて世界に出ていった頃までは、自ら体制を作り、自力で世界へ出ていました。が、彼らによって日本人ライダーの優秀さが証明された現在では、全日本チャンピオンなら契約ライダーとしてマシンを用意してくれるチームも出てきました。

 このように、日本人ライダーには、ワークスの精力的な活動と、先駆者達の努力と栄光によって、世界への道が用意されたのです。

 もっとも、ワークスライダーという制度(?)には弊害もあるのですけどね。例えば、本人がWGPでもっと走っていたくても、会社の意向には逆らえないですから、早くに後身に道を譲らなくてはなりません。清水雅弘しかり、伊藤真一しかり・・・。原田がアプリリアに移籍したときに「“GPライダー”になりたかった」と言っていたのがとっても印象的でした。今後は、よりプロフェッショナルに近い形のライダーが増えてくることが、レベルアップには必要でしょう。

 次回は、特別編の第5回「原田とカピロッシとゼッケン1 〜'93 FIM GP〜」をお送りする予定です。'98 のアルゼンチンGPはあのような形に終った二人ですが、その5年前に二人は同じようなシチュエーションを経験していました。二人が初めてチャンピオンを争った '93 FIM GP を紹介します。

当コーナーで取り上げてほしいテーマなど、ご要望は下記までメールにてお寄せください。
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