「新解さんの謎」の謎

三省堂の新明解国語辞典をとりあげ、その字句説明が一般的な意味あいに留まらぬ個性的なものとなっていることや、文例が具体的かつ文学的なことを楽しむ本である。かなり話題になりネットで検索してもドッとでてくる。やたら詳しい解説があったり、あまり一般的とは言えない解釈があったりするのを謎として取り上げるのは面白いであるが、大部分の蘊蓄が文例に関するものとなっている。

文例が文学的なことは別になんの不思議もない。文例は文学作品からに限定して取られているからだ。「つぎに」の例文は「東京で驚いたものはたくさんある。第一電車のちんちん鳴るので驚いた。それからそのちんちん鳴るあいだに、非常に多くの人間が乗ったり降りたりするので驚いた。次に丸の内で驚いた。」である。長々と書いたあげくに「次に」をちょろりと出すのだがこれが漱石の「三四郎」の一節であることはだれでもすぐにわかる。ところが「新解さんの謎」ではそのことに全く触れず、「つぎに」の用例としてこの文章を考案した編者を不思議がるのだ。

「ひととおり」の例文「一週間許りしたら学校の様子もひととおりは飲み込めたし、宿の夫婦の人物も大概は分つた。」もやはり漱石で「ぼっちゃん」が四国に赴任したところなのは明らかだけど、素知らぬ顔でこれは一体何物なんでしょうと憶測をめぐらしている。

ここがこの本の謎である。「新解さんの謎の謎」だ。著者とSM嬢はなぜにこのような誰にもわかる事実を謎としたのか?用例についてのことを抜いてしまえばこの本は一編の雑文にしかならない。この「新解さんの謎」は文芸春秋に雑誌掲載された後に単行本となったのだから編集者や版元など多くの読書人の目を経て出来ているのだから当然編集会議などで「別に謎なんかじゃない」と言った人もいたはずだ。それにも関わらず出版されてベストセラーになったというのは謎である。辞書の発行は三省堂で「新解さんの謎」は文芸春秋社だから辞書の売り上げ増をねらったキャンペーンとしても不可解だ。ひょっとした文芸春秋による三省堂ののっとり陰謀がこの裏には......謎は深まるばかりである。

このように書いていくと、これを読んだ人が不思議に思うかも知れない。どうしてこの人は文例の内2例だけを取り上げて他はとりあげないのか。ひょっとして手元に漱石しか持っていないのではないか?謎が深まれば、「新解さんの謎の謎の謎」が成立する。