従軍慰安婦

従軍慰安婦という言葉

「従軍慰安婦」と言う言葉は一部の兵隊の間では慣用的に使われていたのですが、一般的になったのは千田夏光「従軍慰安婦 “声なき女”八万人の告発 」(1973年) からであり千田夏光の造語とも言えます。 当時の軍の公式用語を使えば「陸軍慰安所従業婦」と言うのが正しいかもしれません。警察関係の文書では「軍慰安酌婦」と言う言葉も出てきます。千田夏光の本には他にも「従軍看護婦 痛哭のドキュメント白衣の天使 」(1975) と言うのもあって 「日本赤十字社戦時救護員」のことを「従軍看護婦」と表現しました。 こちらの方は千田夏光以前からわりと広まっていましたが、やはり誰かの造語でしょう。新聞社の特派員も従軍記者などと言う言い方をされますが やはりこれも正式な用語ではありません。 いずれにせよ従軍XXXXと言うのは皆造語ですから慣用的に従軍慰安婦と言っても何等差し支えありません。 しかし、従軍以外の「慰安婦」はないので、このページではいちいち従軍をつけないで記述しています。

[参考資料]
(慰安婦を徴募する人物の選定を軍と警察が連絡を取って周到に行っていたことを示す文書ですが、公式文書での慰安婦の表現用語が出てきます。)
陸支密

副官ヨリ北支方面軍及中支派遣軍参謀長宛通牒案
支那事変地ニ於ケル慰安所設置ノ為、内地ニ於テ之カ従業婦等ヲ募集スルニ当リ故ラニ軍部諒解等ノ 名儀ヲ利用シ為ニ軍ノ威信ヲ傷ツケ且ツ一般民ノ誤解ヲ招ク虞アルモノ或イハ従軍記者、慰問者等ヲ 介シテ不統制ニ募集シ社会問題ヲ惹起スル虞アルモノ或イハ募集ニ任スル者ノ人選適切ヲ欠キ為ニ募 集ノ方法、誘拐ニ類シ警察当局ニ検挙取調ヲ受クルモノアル等注意ヲ要スルモノ少カラサルニ就テハ 将来是等ノ募集等ニ当リテハ派遣軍ニ於テ統制シ之ニ任スル人物ノ選定ヲ周到適切ニシ其実施ニ当リ テハ関係地方ノ憲兵及警察当局トノ連繋ヲ密ニシ、以テ軍ノ威信保持上並ニ社会問題上遺漏ナキ様配 慮相成度依命通牒ス

陸支密第745号 昭和拾参年参月四日

ついでにこの文書の若干の解説をしておきましょう。高知・いわき・大阪など国内のいくつかの所でヤクザが「誘拐ニ類スル」慰安婦集めをやって警察沙汰になりました。 警察の調べに対してヤクザは「軍の依頼でやってんだ文句あるか」と居直りました。 まさかと思って一応上海に連絡を取ってみるとはたして軍からの依頼は事実だと判明しました。軍がヤクザを「人選」して慰安婦集めをやらしていたのです。 このことで軍と警察の軋轢が生じ、双方協議の結果軍の方で内部にこの文書を出すことにしたのです。 「今後はよく調べて、(内地では)あんまりヤクザには頼まないようにしようね」ということです。
このときの人数は日本各地から400人、外地では台湾からも300人でした。せまい台湾から300人ですから、どんな手を使ったか、おして知るべし。 国内だから警察沙汰になったのですが、おそらく台湾・朝鮮ではやりたい放題だったと思われます。少なくとも警察沙汰になったといった記録はありません。