……それからの [月の砂漠]

「月の砂漠」をとぼとぼと歩いて行った王子様とお姫さまは、それからどうしたんだろう? 

月の砂漠を はるばると 旅の駱駝がゆきました
金と銀との鞍置いて 二つならんでいきました
金の鞍には銀の甕 銀の鞍には金の甕
二つの甕は それぞれに 紐で結んでありました
さきの鞍には王子様 あとの鞍にはお姫様
乗った二人は おそろいの 白い上着を着てました
ひろい砂漠をひとすじに 二人はどこへいくのでしょう
朧にけぶる月の夜を 対の駱駝はとぼとぼと
砂丘を越えていきました 黙って越えていきました
「月の砂漠」少女倶楽部大正12年3月発表。加藤まさを作詞/佐々木すぐる作曲 

★by decky

有名な「アルプスの少女・ハイジ」の続編「それからのハイジ」という本を読んだことがあります。
大人になったハイジはペーターと結婚し、一人の娘が生まれ、アルプスで幸せに暮らします。
もう何十年も前に出合った本。段ボール箱のなかに、児童書の「赤毛のアン」や「大草原の小さな家」シリーズとともにしまってあるんだけれど、ドナルドさんのページを見ていたら、また読んでみたくなりました。

そういえばその頃、「月の砂漠」をとぼとぼと歩いて行った王子様とお姫さまは、それからどうしたんだろう? なんて思ったものだけれど、どうしたんでしょうね、ドナルドさん、ご存知?


★by ドナルド

二人はオスマントルコ王族の王子様とお姫様で、ドナルドの遠い先祖だったことが明らかにされています。
二人が辿っていたのはシルクロードで、ラクダの背に積まれていた金の壷には胡椒が、また銀の壷にはトウガラシが入っていたようです。
とすると、行く先はトルコから昆明あたりを目指していたと思われます。
ここで注意すべきは、王子とお姫様はラクダに乗ってはいなかったということです。
とすると、二人は何に乗っていたのか? 
今も多くの学者たちが解明を急いでいますが、謎解きは混迷の度合いを深めている現状です。


★by ダイスケ

それにしても、「月の砂漠」の王子様とお姫さまシルクロードで、行く先はトルコから昆明あたりを目指していたとは!!。
南西回廊を辿って、タクラマカン砂漠をヘディン博士のように旅したのでしょうか(確かラクダは物資を運ぶために使われ、キャラバンの人たちはヘディン博士以外は歩いていたような気がするのですが)?

★by yuki55

ドナルドさんの仰ることには説得力があって、反論が出来ないのですが、昭和十年代に、私の兄弟がボロボロになるまで使った、歌の本がありました。挿絵もあって、戦前の歌の本としては良い本だったと思います。
その中に、月の砂漠も載っていました。
子供心に砂漠ってこんなところなんだと思ったことでした。
王子様もお姫様もらくだに乗っていました。
あの頃の挿絵は、有名な画家が描いていたこともあったようですから、 鑑賞に堪えるものだったのでしょうか。
何しろ好きな絵でした。

砂漠に日が落ちて夜となる頃
恋人よ懐かしの歌を歌おうよ
なんて歌まで知ってました。


★byドナルド

お二人とも童謡の世界がお好きのようで、deckyさんが投げかけられた「月の砂漠」の謎の部分に新しい知見をお寄せ下さいましたね(~o~)。
ダイスケさんは私の考えと同じで、王子とお姫様はラクダに乗っていなかったのではないか、という説ですが、yuki55さんは古い歌の本の挿し絵を証拠物件として、二人はラクダに乗っていた、という説を述べておられます。
さーて、お立ち会い! Sナビの意見交換はこう来なくては面白くありませんよ!

反論が出たところで、改めて王子たちがラクダには乗っていなかったことの根拠を揚げてみましょう。
まず、「月の砂漠」の歌詞には、二人がラクダに乗っていたとは書いてありません(でしたよね?)。
ラクダに乗っていたのは金と銀の壷だったようです。それにもかかわらず、歌の本の挿し絵には二人がラクダに乗っている?
ウーム・・・!? なぜだろう? ウーン、ウーム。         

判った! 
歌の方は、イスタンブールから昆明に向かっていた王子たちの行列の様子を書いたもので、挿し絵の方は、帰途の様子を描いたものですよ、キット。
つまり、胡椒を入れた金の壷とトウガラシを入れた銀の壷は、雲南王に献上し、運んできたラクダの背中が空いたので、帰りには王子様とお姫様が乗ったのでしょう。
yuki55さん、いかがでしょうか?

この意見に反対の方はどしどし反論してねー(~o~)。

なお、deckyさんが投げかけた疑問は、その後王子様とお姫様はどうなったか? というものです。
現在この疑問を解くために、ラクダに乗っていたかどうかを検証中なのですが、二人のその後についてもご意見をお寄せ下さい。
多分、闇の砂漠を歩くように行く先が見えないことになりそうですが・・・(~o~)。

♪砂漠に陽が落ちて・・・♪あった、あった!これも懐かしのメロデイですね(~o~)

★by ダイスケ

童謡「月の砂漠」の新事実?  
ドナルドさん、おはようございます!!
調査致しました。「月の砂漠」問題!! 本当の歌詞はこれです。

「月の砂漠」少女倶楽部大正12年3月発表。加藤まさを作詞/佐々木すぐる作曲 

月の砂漠を はるばると 旅の駱駝がゆきました
金と銀との鞍置いて 二つならんでいきました
金の鞍には銀の甕 銀の鞍には金の甕
二つの甕は それぞれに 紐で結んでありました

さきの鞍には王子様 あとの鞍にはお姫様
乗った二人は おそろいの 白い上着を着てました
ひろい砂漠をひとすじに 二人はどこへいくのでしょう
朧にけぶる月の夜を 対の駱駝はとぼとぼと
砂丘を越えていきました 黙って越えていきました

この歌詞によると、yuki55さんの「王子と姫は駱駝に乗っていた」説が正解! ということになります。
ドナルド説の根拠危うし、というべきでしょう(^.^)。

「月の砂漠」自体が何処にあるかわかりませんが、大正12年発表ということを鑑みれば、「中国大陸の砂漠」のイメージでしょうか?

それに、隊商を組んで、シルクロード沿いに、トルコから昆明へ胡椒等などを売りにいったわけではなさそうです(歌詞からは甕の中に何が入っているかわからないですね。でも、お姫様の方の甕には、砂漠の必需品「ポカリスエット」がなみなみと入っていたのでは?)。
どちらかというと、「砂漠版ロミオとジュリエット」または「オスマントルコ王朝版お軽勘平、恋の道行き」という感じですね。
deckyさんの「最後はどうなったんでしょう」という疑問に対しては、「二人はどこにいくのでしょう」と作詞者もわかっていないので、私としては「二人で砂漠を越え、現ウイグル自治区あたりで幸せに暮らした」というハッピーエンド物語にしたいですね(^.^)。

私の調査は以上ですが、皆様のご意見を楽しみですね(^.^)。
このように、一つの話しを色々な角度から見るというのは、昔から大好きでした。



★by yuki55  

ドナルドさん、ダイスケさんおはようございます。
朝から冴え渡っているダイスケさん。歌詞全文まで掲載いただき恐れ入ります。



>さきの鞍には王子様、あとの鞍にはお姫様
>乗った2人はおそろいの白い上着を着てました

随分何度も歌ったような気がしていましたが、忘れている部分も多いようです。これを歌っていた頃はまだ神童の部類だったつもりなのですが。(えへへ・・)

>ひろい砂漠をひとすじに 二人はどこへいくのでしょう

私といたしましては、挿し絵の記憶に忠実に解釈したいと思っていますが、大人になってからいろいろと良からぬ経験も致しまして、子供の頃のイメージが多少ゆがんでおります。
ただ、子供心に、瓶の中にはきっと金銀財宝が入っているものと思っていました。
二人はどこかで結婚して暮らすために、きっと王子様がお姫様を迎えに来たのだと理解していました。
場所は私には想像もつきませんので、お二人にお任せします。
一寸寂しげな絵でしたが、それでもハッピーエンディングにして下さい。

最近歌が出来たときのエピソードのようなことが記事になっています。もう関係者がいないと思いますが、面白いですね。又お願いします。      


★by サチ

ドナルドさん、お久しぶりです。  
昔懐かしい童謡の世界に、殿方お3人の学理的論議の学会の最中、ぼ〜〜っとしたおばさんが割り込んできてすみません。
私も子供の頃童謡の絵本を持っていました。
多分yuki55さんが持っていらしたものと同じ物かもしれませんね。
その絵本には、王子様とお姫様が2人で別々の駱駝に乗って、寂しげにとぼとぼと月の砂漠を行く姿が描かれておりました。子供心に可哀想に・・・・王子様とお姫様は何処へ行くのかな? と、とても悲しい気持ちになったことを覚えています。
他の挿絵は殆ど覚えていないのに「月の砂漠」だけは鮮明に覚えているのは、やはり悲しい運命を背負わされてそれに耐えている深い心が、挿絵の中に感じられたのだと思います。

だまあ〜てこえて〜〜ゆき〜〜ました〜〜♪
こんな風に歌っていました。
色んな学説を教えて頂いて有難うございました。    
最後は名誉も富みも捨てて、何処かの片田舎で二人で質素に仲良く暮らしましたとさ。
めでたしめでたしだったらいいな。
それにしても男の方も童謡や童話等、懐かしく童心に返られるのですね。嬉しくなりました。


★by ドナルド 

座長ドナルドのミスじゃ!   
えー、それでは「月の砂漠」に関する小会議を再開します。

先にdecky会員から提示された「王子様とお姫様のその後」について解明するために、かくいうドナルドが、二人はラクダに乗っていなかったのではないか、との説を述べたところ、先ずyuki55会員から挿し絵を証拠物件として、二人はラクダに乗っていた、との反論があり、続いて、本日ダイスケ委員から歌詞の全文が提示され、ラクダ騎乗説を支持する旨の発言がありました。
更に、急遽駆けつけられたサチおば・・・アワワ、サチ会員も、ラクダに乗って寂しげに月の砂漠を行く王子とお姫様を鮮明に覚えていると証言しておられます。このような見解の相違が出ましたのは、小生が教わった歌詞が

    ♪月の砂漠を はるばると 旅の駱駝がゆきました
     金と銀との鞍置いて 二つならんでいきました
     金の鞍には銀の甕 銀の鞍には金の甕
     二つの甕は それぞれに 紐で結んでありました♪

というところまでで、白い上着を着た二人のことなど、初めて聞く歌詞だったことが誤解を生む原因でした。
♪古い上着よさようなら〜〜♪ という歌なら知っているのですがね。
それに、われわれが教わったのは、ラクダに載せられていたのは甕ではなく壷だったと思うが・・・甕と壷はどう違うのですか?

いや、話をそらせてはいかん! 
ともあれ、二人がラクダに乗っていたという見解は正しいようで、混乱を招いたのは座長であるドナルドの無知によるところと反省し、お詫びをいたします(ペコリ!)。

ところで会員諸君、これでdecky会員の疑問が解明されたと思ってはいけませんぞ!
白い上着を着て砂漠を越えた二人が、その後どういう運命を辿って、結果的にはドナルドの遠い先祖になるのか、今後とも引き続き研究をなさってください。

では、本日の会議はこれにて打ち止め〜〜!


★by 里 

私もチョット言わせて〜〜  
モウ会議は終わり〜〜?? 独り言だと思って聞いて!
ラクダの背中に二人とも乗って、行きは、乗った後ろ脇に、甕を紐で結んで行ったの。

帰りはもちろん乗って、黙って乗っていたのは、しゃべらなくても、気持ちは通じていたし、暑さの砂漠の中ではおしゃべりは出来ないから。
そして、その後は、砂漠を越えて苦労を共にしたのだから、もちろん幸せに暮らしたに決まってる。
以上(能天気里説) お邪魔しました〜〜〜


★byドナルド

ご発言をありがとうございます。
この問題についての会議はまだまだ続くと思いますよ〜。なにしろ、ラクダ騎乗説にしても、本当はかなり懐疑的な点がありますものね(~o~)。
トルコからシリアあたりを歩いた方はご存知のとうり、昔の隊商を泊めるスルタンハンという施設が砂漠のあちこちにできていますが、ここには商人たちとラクダを泊める部屋はあるものの、高貴な人を泊める部屋など全く無いのです。
また、身分の高い人がラクダに乗る習慣はなく、馬か輿に乗ったものです。
もし子供がラクダに乗っていたとしたら、恐らく隊商の子供たちか奴隷でしょうが、商人たちが遠路の旅に子供を連れて行くことはなかったようです。
これらの社会慣習から考えると、「月の砂漠」の作詞者は、恐らくこれらの事情を知らずにこのロマンチズムを作り上げたものと思われます。

というホントの話は抜きにして、月の砂漠を舞台に、ラクダと王子とお姫様が登場する童謡の世界では、二人のその後はハッピーエンドにしたいものですよね。
ただ、問題を投げかけたdeckyさんがこんな簡潔な結末で納得されるかどうか・・?
お〜い、懐疑・・・じゃなく会議の議題提案者のdeckyさ〜ん、里さんが総括されたとうりの結末でいいですか〜〜?



■by decky

ドナルドさん始めみなさんに「月の砂漠の王子様とお姫さまのその後考察」いただきまして、ありがとうございました。
「月の砂漠」の詞か曲かどっちか忘れましたが、千葉県の御宿海岸がイメージのモデルとか(月の砂漠の像があるそうです)。
今朝、テレビで「波乱万丈・三原綱木」を見ていましたら、ブルーコメッツの代表曲「ブルー・シャトウ」は、井上大介がたまたまつけたテレビに「月の砂漠」が流れていて、そこからヒントを得て作られたもので“もりといずみにかこまれた〜”と、“つきのさばくをはるばると〜”は一緒に歌えるのだそうです。

と、どっぷりと世俗的な話題を見たり聞いたりしました。
強風で窓も開けられない今日、喧しい曲を聴きながら私deckyは、すこぶる「女の子(?)」的な考えで王子様とお姫さまのことを思い描いています。

二人は今もなお、対のラクダで砂漠を歩いている・・・と。
尊敬と信頼と慈しみと揺るぎない愛と、そして枯れることのない泉と尽きることのない二人には十分すぎる小さな袋に守られて(泉の壷と小さな袋の壷)。

でも、ある夜には商魂逞しい二人になるかもしれないし、ある時には道ならぬ恋に、砂漠の熱暑以上に身を焼き尽くす二人になるかもしれないし、またある朝には、砂漠の旅を終え、平凡な市井の二人となるかもしれません。
そんなふうに考えると、恐ろしく想像力の乏しい私も、男の子(?)達の頭による実際的考察から得た知識で、いろいろに遊ぶ時間がもてそ うです。




                                              

■by ダイスケ

dekcyさん、こんばんは!

>「月の砂漠」の詞か曲かどっちか忘れましたが、
千葉県の御宿海岸がイメージのモデルとか(月の砂漠の像があるそうです)。

へー!。それは、知りませんでした。
日本で「砂漠」といえば、「鳥取砂丘」砂漠じゃないけど)ぐらいしか思い浮かびませんでした(^。^)。

>テレビで「月の砂漠」が流れていて、そこからヒントを得て作られたもので
“もりといずみにかこまれた〜”と、“つきのさばくをはるばると〜”は一緒に歌えるのだそうです。

あっ!。ホントだ!!(^○^)。意外や意外!。
子供の頃「森とんかつ♪、いずみにんにく♪、かこーまれてんぷら♪」などと、替え歌を歌っていたあの名曲が(^○^)。

>私deckyは、すこぶる「女の子(?)」的な考えで王子様とお姫さまのことを思い描いています。
二人は今もなお、対のラクダで砂漠を歩いている・・・と。

うーん。どうも男性がこの手の話しを始めると、「証拠物件としての絵本」だの「中近東における歴史的商習慣」、「タクラマカン砂漠と南西回廊」などと、つい、「歴史的考察あそび」や「考古学あそび」に走ってしまいます。あまり詩的ロマンチシズムには至らないですね(~_~;)。
私なんぞは、deckyさんのように「砂漠を、永遠に旅する恋人達」を想像できません(^。^)。
一つの「言葉」「歌詞」から、想像力を働かすのは、楽しいですね。
ここでは、色々な方の意見もお聞きできるし、楽しさ倍増です(^○^)。    
また、新発見がありましたら、是非お仲間に加えて下さいね!


■by ドナルド 

deckyさん、こんばんは!
先日は月の砂漠の面白い問題を投げかけていただき有り難うございました。
数名の方々がこの問題を熱心に討論された結果、二人がラクダに乗っていたかどうかという派生的な問題は、yuki55さんやサチさんの挿し絵提示に軍配があがり、決着しましたが、肝心の”二人のその後”については里さんのハッピーエンド説が出されただけで、まだペンデイングの状態でした。

>「月の砂漠」の詞か曲かどっちか忘れましたが、
千葉県の御宿海岸がイメージのモデルとか(月の砂漠の像があるそうです)。

あ、そうなんですか?!
そう言えば宮崎の子供の国では子供を乗せたラクダが海岸を歩いてますよ。1回1000円だとか・・・(~o~)。

>ブルーコメッツの代表曲「ブルー・シャトウ」は、
井上大介がたまたまつけたテレビで「月の砂漠」が流れていて、そこからヒントを得て作られたもので
“もりといずみにかこまれた〜”と、“つきのさばくをはるばると〜”は一緒に歌えるのだそうです。
    
 

♪ラララ〜〜ン、ララララ〜〜ン・・・♪あ、ホントだ!ホントにホントですよ!
すごーい(何が?)

>二人は今もなお、対のラクダで砂漠を歩いている・・・と。
>尊敬と信頼と慈しみと揺るぎない愛と、
そして枯れることのない泉と尽きることのない二人には十分すぎる小さな袋に守られて。
>でも、ある夜には商魂逞しい二人になるかもしれないし、
ある時には道ならぬ恋に、砂漠の熱暑以上に身を焼き尽くす二人になるかもしれないし、
またある朝には、砂漠の旅を終え、平凡な市井の二人となるかもしれません。

”昔の少女”はこんなにロマンチストで、今も夢見ることを忘れないんですね(~o~)。
「女性は灰になるまで夢見る乙女なり!」って、誰か言ってませんでしたか?
それに引き換え、ドナルドをはじめ”昔の男の子”たちはこの辺の能力が欠けているんですよ。
そういえば、シューベルトの冬の旅で、春の夢から覚めて悲しむのは男のほうですものね。
「男は夢で夢を見る」ことにしましょう。

おやすみなさーい!   

■by サチ

なるほどね〜〜。いや〜まいりました。
お話はこうでないと余韻が残りませんね〜。
私は平凡な市井の二人となってハッピーエンドにしたかったけど。
今なお対の駱駝で砂漠を歩いている・・・・・う〜〜ん、これって物凄くふか〜い寂しさを感じるけど、子供の頃見た絵本のイメージです。



昔、新聞の「家庭のしつけ」に関する特集でこんな意見を読みました。

「赤ちゃんはどこから生まれるの?」
子供の素朴な問に
「赤ちゃんが欲しいと願うパパ、ママの所にコウノトリが運んでくるのよ」
と答えていいのは親であって、教師は、子供の成長に合わせた正しい知識を伝えなくてはならい。
親は子供の質問に「夢」で答えてよいけれど、教師は理論で答えるべきである。

こんなこと言うと、聡明な女性からはブーイングがあるかも知れないが、女性の中には「親の資質」が、男性の中には「教師の資質」がより多く含まれているように思うのだけれど、どうでしょうか?。

「親の資質」大の私は、“月の砂漠、二人のその後”で交わされた男性諸氏のディスカッション、まさに「目からウロコ」状態。
すごい、男の子ってすごいなぁ〜、カッコイイ! もう大感激です。

……それからの [月の砂漠]を読んで下さったあなた、あなたは「親」派? 「教師」派?

そして、どんな結末を描きますか?
100人の方が読んで下さったら、100のストーリーが生まれるはず。

あなたの“月の砂漠、二人のその後”、是非お聞かせ下さいね。


HOMEへ 「二人のその後」を投稿 みんなのストーリー・おたより

……それからの [月の砂漠]は、シニアナビの仲間達と談話室(掲示板)で交わされたものです。
ずっと保存していたのですが、久々に読み返しましたら、そのやりとりの素晴らしさに敬服。
ドナルドさん、 ダイスケさん、 yuki55さん、サチさん、里さんに感謝して
一つのページにまとめてみました。(2002.1.20・decky)