スクール水着の歴史


1.スクール水着の登場

スクール水着は、昭和30年代後半に、 水泳が学校の授業の正式科目として採用された事をきっかけに 作られるようになりました。 また、昭和30年代中期になると、生地としてナイロンが登場しました。 それまでの水着の生地は、木綿やアセテートなどが主流でした。

スクール水着は、一般の水着とは異なり、 学校の購買部や学校と提携した衣料品店など、 いわゆる「学販ルート」で販売され、毎年一定の販売量が見込まれる為、 ほとんどの繊維メーカーがスクール水着に参入していました。

2.旧タイプの登場

旧タイプ

股間の部分に特徴のある旧タイプ(スカート型)が スクール水着として登場したのは、東京オリンピックの頃だと言われています。 それより以前だと、もっとスカート部分が大きく、 お尻の方まである水着が一般的な水着だったそうです。

ナイロンには伸縮性が無い為、 ウーリーナイロン(要するにナイロンの毛糸)をジャージやトリコット、 ツイル編みにすることで伸縮性を出していたため、生地は厚ぼったいものでした。 その後、ハイゲージ化(網目が細かくなる事)が進んで生地は薄くなり、 肌触りの良いポリエステル繊維も登場してきます。

3.新タイプ/競泳タイプの登場

新タイプ 1985年頃になると、 スカート部分の無い新タイプのスクール水着が登場してきます。 材質もナイロン+ポリウレタンやポリエステル+ポリウレタンなど、 ポリウレタンを使用することで伸縮性に富んだものとなります。 生地の編み方も、昭和46年にツーウェイトリコットが開発され、 大変伸縮性に優れ、体にフィットするようになります。 また、肩ひもの形状にも改良が加えられ、レーサーバック型(Y字型)や、 切り替えしTバック型(V字型)など、 肩ひもがはずれにくく、肩に負担のかからないデザインの物が広まってきます。 また、同じ頃から競泳タイプのスクール水着も広まってきています。

4.スパッツタイプの登場

2001年頃になると、水着の素材も改良が進み、 太股をぴったり覆うようなスパッツ型のスクール水着が登場します。 オールインワン型とか、スクェアカットなどと呼ばれるタイプの水着です。 女子の脚の付け根を見られて恥ずかしいなどの声に応えるものだそうです。 また、学校指定の水着ではなく、 かなり自由な水着で水泳の授業を行う学校も現れてきています。 ブルマーの絶滅だけでなく、 旧スクール水着が絶滅する日もそれほど遠く無いのかも知れません。

5.その他

スクール水着は、体の成長の著しい小学生〜中学生が主なターゲットであり、 通常2年〜3年で買い替えが行われ、 年間600万枚〜800万枚が販売されています。 また、学校毎に様々なデザインや色が別注と言う形で行われ、 ラインの色や本数などの違いの他、校章入りの物も作られています。


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