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大倉 邦彦 おおくら くにひこ(1882~1971) 大倉邦彦は明治15年(1882)、佐賀県神埼市の士族江原家に生まれました。上海の東亜同文書院を明治39年(1906)に卒業し、同年、大倉洋紙店に入社します。明治45年(1912)には、社長の大倉文二に見込まれて大倉家の養子となり、文二の死後に社長に就任しました。 邦彦は、社長として事業を大きく発展させますが、真の経済活動とは単なる利益追求ではなく、個人の成長の上に会社の発展があり、国家の繁栄があると考えていました。このことから、教育事業にも携わり、東京目黒の富士見幼稚園や佐賀県西郷村の農村工芸学院などを開設します。また、この考え方をより深め、さらに世の中に広く普及するため、昭和7年(1932)に大倉精神文化研究所を設立しました。 研究所は、戦中戦後の混乱期に何度も存亡の危機を迎えますが、邦彦は全私財をなげうってその信念を貫き通し、昭和46年(1971)に89歳で亡くなるまで研究所の維持発展に尽力しました。 |
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| 略年譜 |
| 年号 | 西暦 | 記 事 |
| 明治15 | 1882 | 佐賀県神埼市に生まれる。 |
| 明治30 | 1897 | 佐賀県立佐賀中学校入学。 |
| 明治36 | 1903 | 東亜同文書院(上海)に入学。 |
| 明治39 | 1906 | 大倉洋紙商行天津出張所に入社。 |
| 明治45 | 1912 | 大倉文二(大倉洋紙店2代目社長)の養子となる。 |
| 大正7 | 1918 | 大倉洋紙店社長に就任。 |
| 大正8 | 1919 | 小田原製紙株式会社の社長を兼任。 |
| 大正13 | 1924 | 富士見幼稚園(東京都目黒区)設立。 |
| 大正14 | 1925 | 愛知洋紙店の社長を兼任。 |
| 昭和3 | 1928 | 農村工芸学院(佐賀県西郷村)設立。 |
| 昭和4 | 1929 | インドの詩聖ダゴールを自宅に宿泊させ、親交を深める。 |
| 昭和5 | 1930 | 浄牧女子工芸学院(東京都久留米市)設立。 |
| 昭和7 | 1932 | 大倉精神文化研究所設立。 |
| 大倉製作所を創業。 | ||
| 昭和9 | 1934 | 特種製紙株式会社の社長を兼任。 |
| 昭和12 | 1937 | 東洋大学学長就任。 |
| 昭和23 | 1948 | 図書館用品販売の五輪堂を創業。 |
| 昭和34 | 1959 | タゴール記念会理事長に就任。 |
| 昭和37 | 1962 | 皇學館大学顧問に就任。 |
| 昭和39 | 1964 | 大倉山坐禅会を始める。 |
| 昭和46 | 1971 | 死去。 |
著作
大倉邦彦のおもな著作としては次のようなものがあります。
『感想(其一)〜(其十三)』大正十四年(一九二五)〜昭和十二年(一九三七)。
『THOUGHTS(英文対訳)』昭和十年(一九三五)。
『MY THOUGHTS(英文)』ウェストミンスター社、大正十五年(一九二六)。
『感想』大倉山座禅会、昭和四十二年(一九六七)。
『処世信念』千倉書房、昭和十二年(一九三七)。
『勤労教育の理論と方法』三省堂、昭和十三年(一九三八)。
『日本産業道』日本評論社、昭和十四年(一九三九)。
『随想 飛び石』青年書房、昭和十五年(一九四○)七月。
『神祇教育と訓練』神祇院教務局指導課、昭和十七年(一九四二)。
『大倉邦彦選集』潮文閣、昭和十七年(一九四二)四月。
『日本精神の具体性』目黒書店、昭和十七年(一九四二)。
『大東亜建設と教養』弘道館、昭和十七年(一九四二)。
『産霊の産業』大日本産業報国会、昭和十七年(一九四二)。
『臣道実践』産霊書房、昭和十八年(一九四三)。
『勤労世界観』明世堂、昭和十九年(一九四四)。
『大倉邦彦の『感想』−魂を刻んだ随想録−』(二〇〇三)
研究文献
大倉邦彦に言及したおもな書籍としては、次のようなものがあります。
日統社編『精神運動の使徒大倉邦彦氏』日統社、昭和八年(一九三三)。
『大倉邦彦先生献呈論文集 国史論纂』大倉邦彦先生献呈論文集編纂委員会編刊、昭和十七年(一九四二)。
『東亜同文書院大学史』滬友会、昭和三十七年(一九六二)。
花山信勝『平和の発見―巣鴨の生と死の記録』百華苑、昭和四十五年(一九七○)。
『神埼町史』神埼町、昭和四十七年(一九七二)。
特種製紙五十年史編纂委員会編『特種製紙五十年史』特種製紙、昭和五十一年(一九七六)。
『日本の建築 明治・大正・昭和』三省堂、昭和五十四年(一九七九)。
『実力社長に聞く 私の人生と経営理念』産業研究所編刊、昭和五十四年(一九七九)。
『東亜同文書院大学史―創立八十周年記念誌』滬友会、昭和五十七年(一九八二)。
藤森照信・荒俣宏『東京路上博物誌』鹿島出版会、昭和六十二年(一九八七)。
『大倉パルプ商事株式会社百年史』大倉パルプ商事、平成元年(一九八九)。
『大倉邦彦伝』大倉精神文化研究所編刊、平成四年(一九九二)。
『愚禿鉄牛―伴鉄牛自伝(一)〜(三)』中川鉄巌、昭和五十一年(一九七六)・五十三年・五十六年
大倉邦彦に関連するおもな論文としては、次のようなものがあります。
牟田直「大倉精神文化研究所の沿革 附年表」、『大倉山論集』八、昭和三十五年(一九六○)。
「大倉邦彦年譜」『大倉山論集』一○、昭和四十七年(一九七二)。
鎌田純一「大倉邦彦―研究所の創建とその理想」『月例講話集』一三(東洋のこころ・二)、大倉精神文化研究所、平成七年(一九九五)。
根本教久「三空忌―創立者大倉邦彦先生を偲んで」『大倉山講演集』六、平成十年(一九九八)。
平井誠二「精神文化まんだらの世界―大倉邦彦―」『月例講話集』一九(心のまんだら) 、大倉精神文化研究所、平成十一年(一九九九)。
平井誠二「農村工芸学院と大倉邦彦」『大倉山論集』四五、平成十二年(二○○○)。
勝岡寛次訳「大倉邦彦 極東国際軍事裁判 国際検察局(IPS)尋問調書」『大倉山論集』四五、平成十二年(二○○○)。
平井誠二「陰徳を積む―大倉邦彦―」『月例講話集』二○(心に刻むことば・一)、大倉精神文化研究所、平成十二年(二○○○)。
勝岡寛次「大倉邦彦の逮捕から釈放まで―極東国際軍事裁判・国際検察局(IPS)尋問調書の分析から―」『大倉山論集』四六、平成十二年(二○○○)。
田代武博「大倉邦彦における「行の教育」―思想的枠組みと佐賀県における実践」『大倉山論集』四六、平成十二年(二○○○)。
平井誠二・岡崎寛徳「大倉邦彦「院主書簡」―翻刻と解題―」『大倉山論集』四六、平成十二年(二○○○)。
西岡和彦「「三空」と「宇宙心」―大倉邦彦」『月例講話集』二一(心に刻むことば・二)、大倉精神文化研究所、平成十三年(二○○一)。
大倉精神文化研究所編『講演集 大倉邦彦と精神文化研究所』大倉精神文化研究所、平成十四年(二〇〇二)。