「公益通報者保護法案」骨子についてのパブリックコメントに関する意見書

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2004年1月21日

大阪市北区西天満4-6-3 第五大阪弁護士ビル3階
TEL 06-6946-4910 FAX 06-6365-5921
公益通報(内部告発)支援センター
代表 森岡 孝二(関西大学経済学部教授)
片山登志子(大阪弁護士会弁護士)
辻  公雄(大阪弁護士会弁護士)
高橋 利明(東京弁護士会弁護士)

第1 結論

 内閣府の2003年12月11日の公益通報者保護法案(仮)骨子(以下、本骨子案といいます)のままで法案が立法化された場合、通報範囲等が制限的であり、とりわけ外部通報の保護要件が厳しすぎ、かえって真の公益のための通報が封じ込められる有害な役割を果たす危険性が高くなる点を危惧します。
 通報の対象事実の範囲を拡大するのみならず、外部通報(マスコミ、消費者団体、NPO等の民間団体)への通報も抜本的に保護する法案として修正すべきです。


第2 理由

1 はじめに

 公益通報に関して、通報者本人は心理的にも道義的にも抵抗感を抱いています。わが国の企業の場合、会社のためであるならば違法、不正行為を行うという従業員意識が強固に形成されているからです。通報は、会社、仲間への裏切りであり背信と考えている通報者が多いのが現実です。これは法律が制定されても一朝一夕には変わりません。
 その結果、従業員は「公益」よりも「企業利益」「仲間」を優先しがちです。上記のような心理的葛藤を経て、通報者は、通報することが長い目で見て会社のためや社会のためと思いやっと決断したとしても、通報によって自己の身分、処遇に不利益を受けることの危険性を抱いています。たとえ会社が不利益な取扱いをしなくとも、上司や仲間がその者を「仲間はずれ」にします。そのために、私たちのセンターに一度は通報したけれど途中でその通報を撤回、中止したケースが相当数存在しています。

 ・防衛庁から委託を受け開発しているジェット機のある部品について、そのデータを会社が改ざんしている事実について悩んでいる通報がありました。しかし、相談している過程の中で、もしこの事実が内部告発であると判明すれば通報者は職場に居れなくなる危険性があるのを心配して最終的には中止しました。仮にこのデータの改ざんの事実が明らかになれば、税金の何十、何百億円の不正支出が避けられたかもしれません。しかし、結局この通報は明らかにされないまま現在に至っています。

 ・ある大手○○公団の談合事件についても、関係者から通報がありました。しかし相談の過程の中で、通報すれば自分もしくは数名の者が疑われ、そうなれば会社に居れなくなるか、または会社が処分しなくとも仲間から「会社、仲間を裏切った者」として批判され、結局職場には居れなくなると心配して、中止となりました。

 ・ ある地方公共団体の公務員のケースです。
 上司が、飲食代等のレシートを持ってきて、立て替えたので公費で支払うよう言われたが関係のないものがあったので、悩んだ末に、「○○○相談窓口」という部署に通報した。この通報により結果的にはその上司がその請求を取下げた。しかしその後その上司から別室に呼ばれ、まず通報したことを責められ、そしてこの事務に通報者が不適格である旨を告げられた。そして今現在もそのような指摘を受け続けながら、同じ上司と顔をつき合わせて仕事をしている事で悩んでいるケースです。
 この人は、『内部告発をした人間は裏切り者と言われることを初めて実感しました。多分これは内部告発をした人間にしかわからないさまざまな痛みでした。失ったものの大きさは計り知れません。どうか私のような思いを誰もしないよう内閣府に訴えてください。早急に正しい意見が通るような法案づくりをしてください』と悲痛な叫び声をあげています。

 このように、公益通報は、わが国の企業の風土では「異端」であり「密告者」であり、その結果、企業、団体内部で有形無形の圧力を受ける実態を有しています。法律を作るとすれば、これらの人々が「公益」のために通報し、その通報が社会から期待されており、勇気を持って通報できるような法案が望まれます。


2 本骨子案では公益通報が封じ込められる危険性があります。

(1)今回の内閣府の骨子案によると、あたかも全ての内部告発が保護されるかのような形をとっていますが、実はそうではありません。一例を挙げましょう。
 ・ 牛肉をある業者が外国産を国内産として販売していた。それを従業員が一消費者に直接通報した。その一消費者から事情を聞いたマスコミがそれを取材し、その事実が社会に明らかになった。この場合、会社に内部告発受け付け窓口である「ヘルプライン」があれば、その手続を遵守しないで消費者に直接通報した手続は外部通報となり、保護されない可能性があります。何故なら、事業所内部に通報すれば不利益な取り扱いを受けると信じるに足りる相当の理由がないのに、不利益を受けると信じて外部の消費者へ通報しただけでは、その通報者は保護されないのです。 
 消費者の立場から見れば、上記のごとき通報者を何故保護しないのかという疑問が生じます。しかし、これは本骨子案が外部通報をきわめて制限していることから生じる最大の弊害の一つです。

(2)さらに、この本骨子案が成立して今以上に悪くなると思われる点は、
 {1}企業はまず、内部通報手続制度を作ります。いろいろなヘルプラインを作ります。真のヘルプラインではなく、外部通報を防ぐための制度です。
 {2}企業が指定する通報先に関する制度について、従業員が安心して通報できる制度として社会的に確立したヘルプライン制度は今の日本にはありません。また、本骨子案もその要件を定めていません。よってどんな制度でも作れば、本骨子案にいう「当該労務先があらかじめ定めた者」になります。
 {3}そして従業員に対し、「わが社は『ヘルプライン』『内部通報手続制度』を作ったからこの制度を利用されたい。もしこの制度を利用しないですぐにマスコミ、消費者等への外部通報をすればその従業員を解雇できる法案が通った。」として逆に内部告発を封じ込める手段として大いに利用されかねません。本センターに寄せられた相談事例として、ある会社は、検事上がりの弁護士を顧問として受け入れ、従業員に対して「今後は何かあればこの弁護士等に通報していただきたい。もし外部通報すると、解雇、損害賠償ならびに窃盗、横領罪で告訴する」と「恫喝」さえしています。
 今、公益通報の封じ込めに躍起になっている企業、団体にこの骨子案のまま与えると、公益通報を封じ込める法案に変えられてしまう危険性があります。

(3)さらに、もっと悪くなると思われる点は、
行政機関にある企業の犯罪事実を通報した。しかしその行政機関はその通報を取り上げなかった、又は取り上げその企業を調査したが、企業の弁明をそのまま信用して、それ以降「犯罪事実がない」として放置してしまった。
 このような場合に、本骨子案だと通報者はマスコミ等の外部通報に踏み切ることが永久に出来なくなります。

(4)以上の一例にみられるように、本骨子案のままで法案が成立すると、真の公益通報が事業所内部またはそれと癒着した行政機関にかえって封じ込められる危険性があります。刑罰でもって禁止されている犯罪事実を何故、どうしてこれほど二重三重に厳格な制限をするのか理解に苦しみます。


3 本骨子案の具体的問題点は以下のとおりです。

(1)本骨子案は、公益通報の定義を次のとおりとしています。 
 {1} 労働者が(公務員を含む)
 {2} 不正の目的でなく
 {3} 労務提供先またはその役員、従業員等について
 {4} 犯罪行為等の事実が生じ、または生じるおそれがある旨を
 {5} 次のいずれかに通報することをいう。
 ア.当該労務提供先かまたは当該労務提供先があらかじめ定めた者
 イ.当該犯罪行為等の事実について処分または勧告等をする権限を有する行政機関
 ウ.その者に対し当該犯罪行為等の事実を通報することが、その発生またはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者

(2)(保護される通報者)
 保護される者は、従業員だけでなく退職した人や派遣社員、下請社員等も含まれました(この点は拡張されました)。しかし、取引業者などは保護されません。雪印の場合は取引業者の告発だったため本骨子案が成立しても保護されません。

(3)(公益通報の対象)
 {1} 本骨子案は「犯罪行為等の事実」を次のとおり定めました。
・個人の生命または身体の保護、消費者の利益の擁護、生活環境の保全、公正な競争の確保その他の国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法令に規定する罪の犯罪行為として別表に掲げるもの。
・別表に掲げる法令の規定に基づく処分への違反行為が[1]の犯罪行為となる場合における当該処分をする理由とされている事実(当該事実が別表に掲げる法令の規定に基づく他の処分に違反し、または勧告等に従わない事実である場合における当該他の処分または勧告等の理由とされている事実を含む。)【注:[1]と関連する法令違反行為】

 {2} 通報の対象が、当初の消費者利益等から拡張され、刑罰でもって規制される犯罪行為となりました。その結果、談合、国の金の詐取、補助金、助成金の不正請求、公務員の犯罪なども入ることになりました(この点は拡大されました)。
 {3} しかし、本骨子案は、公益通報の対象は「犯罪行為等」のうち別表に掲げるものとしており、税法、公職選挙法、国会議員等の政治資金規正法違反等は、国民の利益の保護にかかわる法令に該当しないので最初から除外していると伝えられています。国会議員や地方議員を規律している公選法や政治資金規正法を除外しているのはきわめて理解に苦しみます。例えば、公選法199条1項は、企業、団体等が選挙に際して公職の候補者に対する一切の寄附を禁止し、違反者には刑罰を科しています。この違法寄附を行っている企業の従業員が告発をしても保護されないことになります。政治家に対し何百何千万円のヤミ献金を行っている企業の従業員が告発しても、政治資金規正法違反である限り、やはりその従業員は本骨子案では保護されないのです。

 {4} 犯罪行為に限定しているために、社会的に不相当な行為でありながら刑罰をもって規制されていない行為は通報の対象から除外されています。
 例えば、
◇ 外国では安全性に問題があるとして禁止されている食品添加物を、日本では禁止されていないとして使用しているケースを告発しても、この法律では保護されません。
◇ 企業の株主である総会屋への利益供与は商法により罰則でもって禁止されていますが、株主でない暴力団やその企業との間で融資、取引、贈与をしたとしてもそれだけでは罰則規定がないので通報の対象に含まれません。
◇ リクルート事件のように、企業の上場にあたり未公開株式を国会議員や高級官僚に交付したとしても贈収賄罪に該当しない限り通報することができません(現にリクルート事件のばあいの大半の国会議員や官僚は収賄罪にならなかった)。
◇ 今問題となっている道路公団に対する有力国会議員の口利きや圧力、鈴木議員で問題となった外務省のODAに対する介入等も、直ちには犯罪でないので対象外です。 
 その他列挙すればきりがありません。

 {5} 問題なのは、法令違反であるが刑罰で禁止されていない場合も通報の対象にはならないことです。
◇ 地方公務員の税の違法、不当出費等(例えば、地方自治体の職員が中央官庁の役人を接待するいわゆる官官接待、議員の「観光旅行的」海外調査、非常に高い土地の買収代金等々)は地方自治法242条に違反しますが、罰則でもって規制されていないので本骨子案の対象外です。
◇ 商法では、取締役の特定の行為を禁止していますが、その中には刑罰をもって禁止されている行為と過料でもって規制されている行為、過料すらない行為があります。例えば、株主代表訴訟の対象となる商法266条1項は、取締役の会社に対する損害賠償を定めています。このうち、266条1項1号のタコ配当、同2号の総会屋への利益供与は刑罰でもって禁止されています。しかし、同条第1項4号の取締役と会社間のいわゆる自己取引違反(商法265条違反)については、取締役が会社に与えた損害について賠償義務が定められていますが、刑罰規定はありません。株主代表訴訟の対象となる商法266条1項違反について告発しても、ある場合には本骨子案の犯罪事実に該当し保護され、ある場合には犯罪事実に該当しないので保護されないというきわめて不合理な結果となります。
◇ このように法令に違反し、そして関係者には民事上の損害を与えていたとしても、それが刑罰でもって禁止されていない以上、本骨子案では保護されないという不合理が生じるのです。

{6} 私たちは、今回の法案について、次の事項を通報範囲に含めるべきと考えます。
・ 人の生命、身体、健康、安全、多数の者の重要な財産等に対する侵害またはその危険性がある場合
・ 犯罪行為等を含む法令違反
・ その他著しく公益を害する場合
をも含むと抜本的に修正すべきです。

(4)(保護内容)
 保護内容を解雇等の不利益処分等の禁止という事業者の不作為だけでは不十分です。
例えば、解雇はせず給料は支給するが仕事をさせないというようなケースや、会社は何ら不利益取扱いをしないが上司、同僚等が村八分的なふるまいをするといったケース等では、その救済の道として、原状に回復せよという請求権が司法上認められないわが国ではせいぜい慰謝料の請求をするくらいです(現在の判例ではこのような場合の慰謝料として数10万か100万か、200万円も認められれば高い方でしょう)。そのためには、事業者に次のごとき積極的な義務をも規定すべきと考えます。

 具体的には、
・ 通報者に不利益取扱いをしている場合は原状に回復させなければならない。   
・ 通報者(犯人)探しをしてはならない(探偵を雇い数人の社員を尾行させたケース等も報告されています)。
・ その他の従業員をして通報者に対し不利益な取扱いをさせてはならないし、また、その他の従業員が通報者に対し不利益な取扱いをしている場合は、直ちにその是正措置を採らねばならない(会社、団体が通報者に不利益な取扱いをしなくとも、同僚、上司が通報者に「密告者」等とレッテルを貼り、職場から孤立させ、退職等に追いやるケースも報告されています)。

(5)(通報先の極端な制限)
{1} 本骨子案は次のとおり通報先を制限しました。
 ア.当該労務提供先または当該労務提供先があらかじめ定めた者(以下「労務提供先等」という。)
 イ.当該犯罪行為等の事実について処分または勧告等をする権限を有する行政機関
 ウ.その者に対し当該犯罪行為等の事実を通報することがその発生またはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者(当該犯罪行為等の事実により被害を受けまたは受けるおそれがある者を含み、 当該労務提供先の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある者を除く。以下同じ。)

{2} その結果、公益通報の定義の中に通報先を客観的に定めてしまったために次のごとき弊害が生じます。
 イ.「当該業務提供先があらかじめ定めた者」と限定したために、企業や団体の機関でありながらあらかじめ通報先と定めていない機関に通報した場合は保護されません。
◇ いずみ生協事件(大阪地方裁判所堺支部2003年6月18日判決)のように、生協の総代会でビラをまき違法行為の是正をせまった場合等は保護されないおそれがあります。
◇ 当支援センターに通報があったケースで、社員が株主総会で質問したことで不利益処分を受けたという場合にも、当該労働提供先でもなく、また株主総会をあらかじめ通報先と定めない限り保護されません。
◇ 100%子会社の役員が違法行為をしているケースで、その親会社の担当部長に通報したとしても、「あらかじめ定めた通報先」でない以上、これも保護されません(当センターに通報のあったケースです)。
 ※ 上記の通報が内部通報でなく外部通報先ということになれば、後に述べるような極めて制限された場合にしか保護されません。
ロ.当該犯罪行為等の事実について、処分または勧告する権限を有していない行政機関に対し、「処分又は勧告する権限」があると思い通報したケースでも、客観的に上記{1}イ、ウではないので本骨子案にいう公益通報ではなくなります。
処分または勧告等をする権限を有しているかどうか、通報者である市民、労働者が行政法規を見てもわからないのが現実です。当センターが相談にのっているケースでも、どこに通報すればよいのかという相談が多く、弁護士でもよくわからないのが実際です。この通報先を誤ると「公益通報者」ではなくなり、この法律では保護されません。
ハ.また、外部通報をする通報者が上記ウの「その発生またはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者」の解釈を間違えて外部通報した場合も、骨子案が保護する「公益通報者」として保護されないことになります。例えば、病院の医療費の不正受給等について、医師会に権限があると思い通報したようなケースや、医療従事者の労働組合等に通報した場合等です。この点も同様の問題が生じます。

{3}  本骨子案を狭義に解釈すると、マスコミや労働組合や消費者団体等への通報は、そもそも公益通報先に該当しないことになります。骨子案は、「当該犯罪行為等の事実を通報することによって、その違反者に対しその発生またはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者」と限定しているからです。マスコミ等は、「違反者」に対し法的に違法行為を処分または勧告する等の是正権限がありません。マスコミへの通報は、いわば社会に公表することにより事実上是正する効果を発揮させることにあります。上記の「必要であると認められる者」を法的に必要であると狭義に解すると、マスコミ等も除外されます。もちろん消費者団体等も「差止請求権」が認められていない以上、同じ問題が生じます。当支援センターも本骨子案から見れば除外されます。
 総会屋への利益供与等で、過去に発生して現在は既に終了しているような犯罪事実のケースも問題が生じます。既に終了しているのですから、「その発生またはこれによる被害の拡大を防止するため」という要件が欠ける危険性があり、マスコミ等への通報は保護されない可能性があります。「必要があると認められる者」を広く事実上の効果を発揮することができる者ととらえるのであればマスコミ等も入りますが、この点、立法にあたって明確にする必要があります。
 いずれにしても、週刊誌や、アメリカで認められている国会議員等への通報は極めて困難なことになることは明らかです。

(6)(行政機関の責務)
{1} 公益通報を受付する行政機関の責務について次のとおり定めています。
イ.公益通報者から3.(1)[2]の公益通報をされた行政機関は、必要な調査を行い、当該公益通報に係る犯罪行為等の事実があると認めるときは、法令に基づく措置その他適当な措置をとらなければならないこと。
ロ.3.(1)[2]の公益通報が、誤って当該公益通報に係る犯罪行為等の事実について処分または勧告等をする権限を有しない行政機関に対してされたときは、当該行政機関は、当該公益通報者に対し、当該公益通報に係る犯罪行為等の事実について処分または勧告等をする権限を有する行政機関を教示しなければならないこと。

{2} イ.公益通報を受付けた行政機関の上記イの責務は当然のことであります。しかし、上記の点だけでは不十分です。
 当センターに相談のあったケースです。
・ある事業者の助成金の不正受給について、従業員が件の担当課に通報した。しかし3〜4ヶ月経過しても何の動きもない。その段階で当センターに相談があり、記者を紹介して県に取材をしてもらった。あわてた県は調査して、不正受給の一部を返還させた。
・ある県の行政書士が、企業に対し、「ただで貰える助成金がある」として、国、県の助成金の不正受給を教唆、幇助していた。これを手伝っていた従業員は自分も詐欺の共犯になると思い、行政監督官庁に出頭して相談した。1年近くなるが調査した形跡がない。
・食品衛生法違反の食品添加物を添加した商品を販売しているケースについて、関係監督庁に調査要求した。監督庁は調査することを事前に事業者に教え、事業者は十分資料を作成して監督庁の担当者に弁明した。その結果、違反はないとしてそのままになっている。
 以上の例は、監督官庁が事業者の不正行為について余り積極的でない事例です。
そこで、次のごとき行政機関の義務を定めるべきです。
 「 書面により公益通報者から公益通報をされた行政機関は、犯罪行為等の 事実の是正措置をとったときはその旨を、犯罪行為等の事実がないときはその旨を、当該公益通報者に対し、遅滞なく、通知するよう努めなければならない。」
として、行政機関の作為義務をはっきりさせねばなりません。
ロ.上記ロの責務もきわめて不十分です。「誤って公益通報があった場合には、その行政機関は処分または勧告等をする権限を有する行政機関に通報しなければならない」という規定を設けるべきです。

{3} 行政機関への通報に関して通報者が最も心配している点は、通報しても通報者の個人情報が保護されるのかどうかという点です。この点、行政機関の責務として、「公益通報者が通報先に対して匿名を希望する場合はそれを保護しなければならない。通報者の意思に反してその個人情報を事業者に開示してはならない」旨特別規定を作るべきです。国家公務員法や地方公務員法による「守秘義務」があるからという理由だけでは不十分です。東電の事件や古沢学園事件(広島高裁平成14年4月28日判決)等の例があります。
 現実に当支援センターには、次のごとき相談がありました。監督官庁に実名で通報したためにその氏名を事業者に通報して被害を受けたケースです。
・ ある企業の従業員の妻が、夫の残業があまりにも多いので過労死を心配して監督署に通報。監督署は一般調査の形で調査せず、内部告発があったとしてその通報内容を開示して調査を開始した。その結果、通報者がAさんであることが判明し、会社はAさんに夫婦揃って会社に謝罪せよ等という内容証明郵便を送付し、結局退職に追い込まれた。妻は監督署に対し抗議したが監督署はあれこれ弁明して責任を逃れているケース。
・ ある痴呆介護関連の社会福祉法人の実態を監督官庁に告発した。「絶対に秘密にする」という約束を信じて告発したが、監督官庁は、その事業者から訴訟を起こされると、いとも簡単にその職員の氏名、事情聴取内容を法廷で開示した。
このような痴呆性の介護に関する内部の実態は本人がわからないので、内部告発でなければ明らかにならないのが実際です。
 以上のケースのように、行政機関は通報者の個人情報をいとも簡単に開示している傾向があるので、この特別規定を設けるべきです。


4 外部への通報保護要件についての検討

(1)外部通報するにあたっての手続が極めて制限的です。
 本骨子案によると、外部通報は次の場合に認められると定めています。
犯罪行為等の事実が生じ、または生ずるおそれがあると信ずるに足りる 相当の理由があり、かつ、次のいずれかに該当する場合におけるその者 に対し当該犯罪行為等の事実を通報することがその発生またはこれによる 被害の拡大を防止するために必要であると認められる者に対する公益通報。
 イ.[1](内部通報)または[2](行政機関への通報)の公益通報をすれば解雇その他不利益な取扱いを受けると信ずるに足りる相当の理由がある場合。
 ロ.[1]の公益通報をすれば当該犯罪行為等の事実に係る証拠の隠滅等のおそれがあると信ずるに足りる相当の理由がある場合。
 ハ.労務提供先から[1]または[2]の公益通報をしないことを正当な理由がなくて要求された場合。
 ニ.書面(電磁的記録を含む。)により[1]の公益通報をした日から二週間を経過しても、当該労務提供先等から当該犯罪行為等の事実について、調査を行う旨の通知がない場合または正当な理由がなくて調査を行わない場合。
 ホ.個人の生命または身体に危害が発生し、または発生する急迫した危険があると信ずるに足りる相当の理由がある場合

(2)しかし、この外部通報要件のうち、「内部通報窓口に通報すれば解雇その他の不利益を受けると信じるに足りる相当の理由がある場合」は、きわめて厳しい要件です。
 この要件は通報者にとって酷であり、且つ、通報を中止させる理由となる危険性があります。その理由は次のとおりです。
 事業者内部に「ヘルプライン」や「スピークアップ」の制度がある場合は、外部通報の多くはその手続が原則違法とみなされるからです。事業者がとにかく内部通報手続制度を作り、それを従業員に説明しさえすれば、従業員が不利益な取扱いを受けると信じたことの相当性は無くなるからです。通報者において逆にヘルプラインを利用せず外部通報をした場合に「不利益な取扱いを受けると信じた相当な理由」を立証しなければなりません。「信じるに足りる相当な理由」が認められるためには、通報者が以前不利益処分を受けたことがある場合や、通報受付担当者がこれに関与しているケース、またはそれを容認しているケース、事業者のトップが関与しているケース等、極めて例外的な場合にのみに限られます。
 事業者内部の通報制度が従業員にとってどれだけ信頼できるものか、またその実態がどうなのかはわかりません。後から「真実」はこうだったのだと事業者はいくらでも説明ができるからです。
 また、通報受付担当者が関与しているかどうかも不明な場合があります。まして事業者のトップが関与または部下をしてさせている場合もあります。(それが従業員には通報段階では判明しません)
 このような場合は内部のヘルプラインを通報をするかどうか判断できません。
 具体例で検討しましょう。
 ある企業の支店で国の助成金の不正受給をしているとの通報がありました。この場合、支店だけの違法行為なら仮に本店に内部通報手続制度があれば本店のヘルプライン等に通報することも可能でしょう。しかし、当該従業員から見れば、本店も関与して同じように不正受給をしておれば本店のヘルプラインに通報は怖くて出来ません。従業員から見れば通報段階では本店の状況はわからないのです。
 この場合、まず本店のヘルプラインへ通報しないで外部に通報すると、『不利益な取扱いを受けると信じるに相当な理由』を証明しないと救済されないのです。
 このようなケースの場合は、本人にとって何の利益もなく、また本店のスピークアップに通報することにも心配があるのでそれも出来ません。外部に通報するのも法律で保護されないので出来ず、結局は中止しましょうという結論になります。
 また、総会屋の利益供与の裏金作り等は、社長、専務等のトップが関与しているのか、または知っていても知らぬふりをしているのか、それともその担当部長だけが行っているのか全く判らないケースが多々あります。もし裏金作りにトップも関与している場合、それを社内通報すれば、その従業員は解雇されなくとも終生会社の上層部から「裏切り者」「信頼のおけない輩」というレッテルを貼られます。通報者本人にとって一生の問題ですから、石橋をたたいた確実なケースしか外部通報が出来ず、また「内部通報」すること自体にも危険性がある以上、結局のところ、事業者の不正行為は従前のまま放置されることになるでしょう。

(3)「従業員が行政機関に通報すれば、事業者から不利益な取扱いを受けると信じるに足りる相当の理由があること」についても問題があります。
前記の内部通報をしなかった点がクリアーできたとしても、次いで、行政機関への通報を何故しなかったのかが争点となります。行政機関へ通報することにより事業者から不利益な取扱いを受けると信じるに相当な理由の立証は不可能です。
行政は企業と癒着し、企業の不正を是正できないケースがあります。また、癒着していなくとも、規制当局は事業者の違法行為を見逃していた責任を問われる立場に立ちます。そのためにウヤムヤにするケースもあります。又、行政に通報したために行政が会社に氏名を教え不利益な取扱いを受けたケースも報告されています。しかし、この実態を裁判官はおよそ理解できません。行政に通報した場合には不利益な取扱いを受けると主張しても、裁判官は到底そのような主張を理解することができません。法律の建前から、行政はきちんと通報を処理するはずであるという思いこみで判断するからです。

(4)今回大幅に後退したのは、行政機関に通報した場合です。仮に行政機関が問題を握りつぶしたり、適当にしか調査しなかった場合に、外部通報への道が100%閉ざされることになったことです。
国民生活審議会消費者政策部会が2003年5月にまとめた報告では、「行政機関に通報した後、相当期間内に措置がなされない場合」にも外部通報が認められていましたが、骨子案ではこの要件が削除されています。従って、行政に通報した以上、一切の外部通報の道は閉ざされることになりました。

(5)上記「ホ」にある「個人の生命または身体に危害が発生し、または発生する急迫した危険がある」と限定していますが、これは公益通報としてはほとんどあり得ないケースを例挙しているだけです。このような条文を挙げるとかえって、個人の生命、身体に危害が発生する危険性はあっても「急迫した危険」でない場合は保護されないという反対解釈となる危険性すらあります。
 例えば、ダイオキシン汚染等のように何年もの間に有害性が出てくるようなケースは急迫した危険がないとして通報しても保護されなくなる危険性があることを考えれば、この条文の不合理性は明らかです。

(6)仮に何らかの外部通報についての制限要件が入るとしても『その他通報者が外部通報に至った諸事情に相当の理由がある場合、またそれを相当と信じた場合』の一般的保護要件を入れるべきです。
 たとえば、事業者が定めた内部通報手続制度を利用しなかったが、
{1} 内部の会議で、「この点は違法ではないか」とその是正を求めたが、是正されなかった場合や、
{2} 上司に相談したが放置されたり、また、仕方がないのではないかと言われた等の場合、
まで、さらに内部通報手続制度を活用しなかった点を非難できないからです。
従業員としていろいろ努力したがやはりだめだと思い、結局、内部通報手続制度を活用してもだめと思いつつ外部通報する場合があります。このことを非難できません。
 現実にセンターに相談があったケースです。
親会社へ納入する製品のデータを改ざんしたことについて会社の役員にまで相談しました。しかしその役員にも「止むを得ない。仕方がない」と言われ、そこで仕方なく親会社の人に相談したところ、会社の内部の情報を親会社に開示したとして解雇されそうになり、弁護士に依頼して解雇を阻止したケースがあります(これも本骨子案だと外部通報に入ります)。
 外部通報を救済する方向で一般的救済条項を入れ、ケースバイケースで判断しないと公益通報者は保護されない場合が発生します。これは、本法案では救済するケースを限定列挙しているため、それ以外は保護されないことになるからです。
 現在の判例において、公益通報者を保護するかどうかは、原則として、通報内容(事業者の違法、不正行為の内容、その軽重やその悪質性、消費者の被害内容、程度、広がり等)をまず第一義的に検討します。そしてその次に、通報先に何故、どのような経過で、その通報先を選択したのか、「手段の相当性」即ち「そのような手段に至った理由、事情」等を審査します。
 しかるに、本骨子案では、通報の内容の重大性ならびに「手段の相当性」の問題よりは、その外部通報の「手続違反」をしただけで保護されないという弊害が生じるのです。


5 (結論)

(1)「公益通報者保護法案」の立法目的
 公益通報者保護法は、企業、団体の違法、不正行為によって消費者を含む多くの市民の生命、身体、健康、安全、多数の人の財産等の「公益」が侵害されてきた事実から出発し、その抑制防止の手段の一つとして、その立法の検討に入ったはずであります。その場合の立法の趣旨は、多くの消費者、市民等の「公益」をどう守るかにあったはずです。
しかるに、本骨子案を見る限り、どのようにして通報者を保護するかということより、通報を事業所内部、行政内部へ行わせる「手続」に固執したものとなりました。その結果、本法案が立法化されても、結局のところ公益を守ろうとする通報者をかえって萎縮させてしまう危険性を内包していると感じざるを得ません。
 以上の根本的立場から、公益通報者保護法を検討するとすれば、通報者の主観的要件や通報の手続要件を厳格に制限せず、事業者等の行為が公益を侵害しているという真実性の要件が充足される限り原則保護されるべきであると考えます。批判されるべきは、そのような違法、不正行為をしている事業者であって、通報者の通報の手続ではないからです。

(2)以上のとおり、本法案のままでは、ともすれば外部への通報を阻止する危険性を内包する法案になり、結局のところ内部通報も失わせる危険性があります。
  社会にとって有益な公益通報を葬り去ることなく有効に活かすためには、公益通報者への確実な保護が必要です。
抜本的な修正、改革を求めます。
以上



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