公益通報者保護法案の骨子(案)についての問題点


2003年12月19日
公益通報支援センター


1 はじめに

 2003年12月10日、内閣府国民生活局は、公益通報者保護法案の骨子(案)(以下、骨子案といいます)を発表しました。
 結論から申し述べますと、この骨子案には、「刑罰でもって禁止されている犯罪行為を通報するのに、なにゆえ二重、三重の要件を充足しなければその通報者が保護されないのか」という疑問があります。

 企業や団体(その構成員も含む)が、刑罰でもって禁止されている犯罪行為を行ってはならないのは最低限の社会のルールです。その最低限のルールを守っていない者に関する公益のための「告発」が、どうしてこれほど高いハードルで厳しく制限されなければならないのか、根本的な問題が本骨子案には含まれています。
 本骨子案は根本的な思想や理念が逆転しており、大幅な抜本修正を要求するものです。



2 本骨子案の問題点

(1) 本骨子案は、公益通報の定義を次のとおりとしています。
 [1] 労働者が(公務員を含む)
 [2] 不正の目的でなく
 [3] 労務提供先またはその役員、従業員等について
 [4] 犯罪行為等の事実が生じ、または生じるおそれがある旨を
 [5] 次のいずれかに通報することをいう。
 ア.当該労務提供先かまたは当該労務提供先があらかじめ定めた者
 イ.当該犯罪行為等の事実について処分または勧告等をする権限を有する行政機関
 ウ.その者に対し当該犯罪行為等の事実を通報することが、その発生またはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者

(2) 労働者(退職者や派遣社員を含む)は保護されます。しかし、取引事業者、例えば雪印食品の倉庫業者が告発したようなケースは含まれません。このような業者は契約を解除されたりしても本法の対象外です。

(3) 公益通報の対象行為が「犯罪行為等の事実」とされ、次のとおりとなりました。
「犯罪行為等の事実」とは
 [1] 個人の生命または身体の保護、消費者の利益の擁護、生活環境の保全、公正 な競争の確保その他の国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法令に規定する罪の犯罪行為として別表に掲げるもの
 [2] 別表に掲げる法令の規定に基づく処分への違反行為が[1]の犯罪行為となる場合における当該処分をする理由とされている事実(当該事実が別表に掲げる法令の規定に基づく他の処分に違反し、または勧告等に従わない事実である場合における当該他の処分または勧告等の理由とされている事実を含む。) 【注:[1]と関連する法令違反行為】


 [1] 通報の対象が、当初の消費者利益等から一応拡張され、刑罰でもって規制される犯罪行為となりました。その結果、談合、国の金の詐取、補助金、助成金の不正請求、公務員の犯罪なども入ることになりました。

 [2] しかし、本骨子案は、公益通報の対象は「犯罪行為等」のうち別表に掲げるものとしており、税法、公職選挙法、国会議員等の政治資金規正法違反等は、国民の利益の保護にかかわる法令に該当しないので最初から除外していると伝えられています。国会議員や地方議員を規律している公選法や政治資金規正法を除外しているのはきわめて理解に苦しみます。例えば、公選法199条1項は、企業、団体等が選挙に際して公職の候補者に対する一切の寄附を禁止し、違反者には刑罰を科しています。この違法寄附を行っている企業の従業員が告発をしても保護されないことになります。政治家に対し何百何千万円のヤミ献金を行っている企業の従業員が告発しても、政治資金規正法違反である限り、やはりその従業員は本骨子案では保護されないのです。

 [3] 犯罪行為に限定しているために、社会的に不相当な行為でありながら刑罰をもって規制されていない行為は通報の対象から除外されています。
   例えば、
 ◇ 外国では安全性に問題があるとして禁止されている食品添加物を、日本では禁止されていないとして使用しているケースを告発しても、この法律では保護されません。
 ◇ 企業の株主である総会屋への利益供与は商法により罰則でもって禁止されていますが、株主でない暴力団やその企業との間で融資、取引、贈与をしたとしてもそれだけでは罰則規定がないので通報の対象に含まれません。
 ◇ リクルート事件のように、企業の上場にあたり未公開株式を国会議員や高級官僚に交付したとしても贈収賄罪に該当しない限り通報することができません(現にリクルート事件のばあいの大半の国会議員や官僚は収賄罪にならなかった)。
 ◇ 今問題となっている道路公団に対する有力国会議員の口利きや圧力、鈴木議員で問題となった外務省のODAに対する介入等も、直ちには犯罪でないので対象外です。 
 その他列挙すればきりがありません。

 [4] 問題なのは、法令違反であるが刑罰で禁止されていない場合も通報の対象にはならないことです。
 ◇ 地方公務員の税の違法、不当出費等(例えば、地方自治体の職員が中央官庁の役人を接待するいわゆる官官接待、議員の「観光旅行的」海外調査、非常に高い土地の買収代金等々)は地方自治法242条に違反しますが、罰則でもって制限されていないので本骨子案の対象外です。
 ◇ 企業を規律する根本法は商法です。商法では、取締役の特定の行為を禁止していますが、その中には刑罰をもって禁止されている行為と過料でもって規制されている行為、過料すらない行為があります。例えば、株主代表訴訟の対象となる商法266条1項は、取締役の会社に対する損害賠償を定めています。このうち、266条1項1号のタコ配当、同2号の総会屋への利益供与は刑罰でもって禁止されています。しかし、同条第1項4号の取締役と会社間のいわゆる自己取引違反(商法265条違反)については、取締役が会社に与えた損害について賠償義務が定められていますが、刑罰規定はありません。株主代表訴訟の対象となる商法266条1項違反について告発しても、ある場合には本骨子案の犯罪事実に該当し保護され、ある場合には犯罪事実に該当しないので保護されないというきわめて不合理な結果となります。
 ◇ このように法令に違反し、そして関係者には民事上の損害を与えていたとしても、それが刑罰でもって禁止されていない以上、本骨子案では保護されないという不合理が生じるのです。

(4) 通報先の極端な制限があります。
 [1] 本骨子案は次のとおり通報先を制限しました。
ア.当該労務提供先または当該労務提供先があらかじめ定めた者(以下「労 務提供先等」という。)
イ.当該犯罪行為等の事実について処分または勧告等をする権限を有する行政機関
ウ.その者に対し当該犯罪行為等の事実を通報することがその発生またはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者(当該犯罪行為等の事実により被害を受けまたは受けるおそれがある者を含み、 当該労務提供先の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある者を除く。以下同じ。)


 [2] その結果、公益通報の定義の中に通報先を客観的に定めてしまったために次のごとき弊害が生じます。

 イ 「当該業務提供先があらかじめ定めた者」と限定したために、企業や団体の機関でありながらあらかじめ通報先と定めていない機関に通報した場合は保護されません。
  ◇ いずみ生協事件(大阪地方裁判所堺支部2003年6月18日判決)のように、生協の総代会でビラをまき違法行為の是正をせまった場合等は保護されないおそれがあります。
  ◇ 当支援センターに通報があったケースで、社員が株主総会で質問したことで不利益処分を受けたという場合にも、当該労働提供先でもなく、また株主総会をあらかじめ通報先と定めない限り保護されません。
 ◇ 100%子会社の役員が違法行為をしているケースで、その親会社の担当部長に通報したとしても、「あらかじめ定めた通報先」でない以上、これも保護されません(当センターに通報のあったケースです)。
  ※ 上記の通報が内部通報でなく外部通報先ということになれば、後に述べるような極めて制限された場合にしか保護されません。

 ロ 当該犯罪行為等の事実について、処分または勧告する権限を有していない行政機関に対し、あると思い通報したケースでも、客観的に上記イ、ウではないので本骨子案にいう公益通報ではなくなります。処分または勧告等をする権限を有しているかどうか、通報者である市民、労働者が行政法規を見てもわからないのが現実です(当センターが相談にのっているケースでも、どこに通報すればよいのかという相談が多いのが現状です)。

 ハ また、外部通報をする通報者が上記ウの「その発生またはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者」の解釈を間違えて外部通報した場合も、骨子案が保護する「公益通報者」として保護されないことになります。例えば、病院の医療費の不正受給等について、医師会に権限があると思い通報したようなケースや、医療従事者の労働組合等に通報した場合等です。この点も同様の問題が生じます。

 [3]イ 本骨子案を狭義に解釈すると、マスコミや労働組合や消費者団体等への通報は、そもそも公益通報先に該当しないことになります。骨子案は、「当該犯罪行為等の事実を通報することによって、その違反者に対しその発生またはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者」と限定しているからです。マスコミ等は、「違反者」に対し法的に違法行為を処分または勧告する等の是正権限がありません。マスコミへの通報は、いわば社会に公表することにより事実上是正する効果を発揮させることにあります。上記の「必要であると認められる者」を法的に必要であると狭義に解すると、マスコミ等も除外されます。もちろん消費者団体等も「差止請求権」が認められていない以上、同じ問題が生じます。当支援センターも本骨子案から見れば除外されます。

 ロ 総会屋への利益供与等で、過去に発生して現在は既に終了しているような犯罪事実のケースも問題が生じます。既に終了しているのですから、「その発生またはこれによる被害の拡大を防止するため」という要件が欠ける危険性があり、マスコミ等への通報は保護されない可能性があります。「必要があると認められる者」を広く事実上の効果を発揮することができる者ととらえるのであればマスコミ等も入りますが、この点、立法にあたって明確にする必要があります。
ハ いずれにしても、週刊誌や、アメリカで認められている国会議員等への通報は極めて困難なことになることは明らかです。

(5) 外部通報するにあたっての手続が極めて制限的です。
 [1] 外部通報は次の場合に認められると定めています。
 犯罪行為等の事実が生じ、または生ずるおそれがあると信ずるに足りる 相当の理由があり、かつ、次のいずれかに該当する場合におけるその者 に対し当該犯罪行為等の事実を通報することがその発生またはこれによる 被害の拡大を防止するために必要であると認められる者に対する公益通報。
イ.[1](内部通報)または[2](行政機関への通報)の公益通報をすれば解雇その他不利益な取扱いを受けると信ずるに足りる相当の理由がある場合
ロ.[1]の公益通報をすれば当該犯罪行為等の事実に係る証拠の隠滅等のおそれがあると信ずるに足りる相当の理由がある場合
ハ.労務提供先から[1]または[2]の公益通報をしないことを正当な理由がなくて要求された場合
ニ.書面(電磁的記録を含む。)により[1]の公益通報をした日から二週間を経過しても、当該労務提供先等から当該犯罪行為等の事実について、調査を行う旨の通知がない場合または正当な理由がなくて調査を行わない場合
ホ.個人の生命または身体に危害が発生し、または発生する急迫した危険があると信ずるに足りる相当の理由がある場合


 [2] しかし、この外部通報要件は極めて制限的です。
  イ.「内部通報や行政機関に通報すれば解雇その他の不利益を受けると信じるに足りる相当の理由がある場合」の要件は、2003年5月13日付意見書で述べたように、通報者にきわめて厳しい要件を設けるものです。

 ロ.今回大幅に後退したのは、行政機関に通報した場合です。仮に行政機関が問題を握りつぶしたり、適当にしか調査しなかった場合に、外部通報への道が閉ざされることになったことです。
 国民生活審議会消費者政策部会が2003年5月にまとめた報告では、「行政機関に通報した後、相当期間内に措置がなされない場合」にも外部通報が認められていましたが、骨子案ではこの要件が削除されています。従って、行政に通報した以上、一切の外部通報の道は閉ざされることになりました。

 ハ.上記「ホ」にある「個人の生命または身体に危害が発生し、または発生する急迫した危険がある」と限定していますが、これは公益通報としてはほとんどあり得ないケースを例挙しているだけです。このような条文を挙げるとかえって、個人の生命、身体に危害が発生する危険性はあっても「急迫した危険」でない場合は保護されないという反対解釈となる危険性すらあります。

 例えば、ダイオキシン汚染等のように何年もの間に有害性が出てくるようなケースは急迫した危険がないとして通報しても保護されなくなることを考えれば、この条文の不合理性は明らかです。

(6)[1] 公益通報を受付する行政機関の責務について次のとおり定めています。
イ.公益通報者から3.(1)[2]の公益通報をされた行政機関は、必要な調査を行い、当該公益通報に係る犯罪行為等の事実があると認めるときは、法令に基づく措置その他適当な措置をとらなければならないこと。
ロ.3.(1)[2]の公益通報が、誤って当該公益通報に係る犯罪行為等の事実について処分または勧告等をする権限を有しない行政機関に対してされた ときは、当該行政機関は、当該公益通報者に対し、当該公益通報に係る犯罪行為等の事実について処分または勧告等をする権限を有する行政機関を教示しなければならないこと。


 [2]イ 公益通報を受付けた行政機関の上記イの責務は当然のことであります。しかし、上記の点だけでは不十分です。事業者と同じ義務を定めるべきであります。
 書面により公益通報者から3.(1)[1]の公益通報をされた事業者は、犯罪行為等の事実の是正措置をとったときはその旨を、犯罪行為等の事実がないときはその旨を、当該公益通報者に対し、遅滞なく、通知するよう努めなければならない」として、行政機関の作為義務をはっきりさせねばなりません。

 ロ 上記ロの責務もきわめて不十分です。「誤って公益通報があった場合には、その行政機関は処分または勧告等をする権限を有する行政機関に通報しなければならない」という規定を設けるべきです。

 [3] 行政機関への通報に関して通報者が最も心配している点は、通報しても通報者の個人情報が保護されるのかどうかという点です。

 この点、行政機関の責務として、「公益通報者が通報先に対して匿名を希望する場合はそれを保護しなければならない。通報者の意思に反してその個人情報を事業者に開示してはならない」旨特別規定を作るべきです。国家公務員法や地方公務員法による「守秘義務」があるからという理由だけでは不十分です。東電の事件や古沢学園事件(広島高裁平成14年4月28日判決)等の例があります。

 現実に当支援センターには、労働基準監督署に残業代の未払につき当該労働者の妻が通報した際、監督署がその労働者の氏名を事業者に知らせたため労働者が退職させられたケースや、助成金の不正受給について県に告発したが、県が行政処分取消訴訟の中でその氏名を開示したケース等が報告されています。
 通報者にとっては、本当に通報者を守ってくれるのかという点が最大の心配事であるからです。

3 結論
  本骨子案については抜本的修正が要求されます。
 そうでなければ、本法案は、公益通報者保護法ではなく、公益通報封じ込め法案 に変えられてしまう危険性があるからです。



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