イギリス公益開示法の制定過程とその運用について
――イギリスの公益通報相談センターの経験から――


はじめに

 7月26日午後1時30分〜5時、京都市内において、来日したイギリスのガイ・デーン弁護士から上記テーマで講演をしてもらい勉強会を開催しました。以下はガイ氏の話された内容を事務局で整理したものです。聞き取りに不正確な部分や誤りがあるとすれば、その責任は当センターの事務局にあります。


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1 Public Concern at Work とは

1) ガイ・デーン氏はイギリスのバリスター(法廷弁護士)であり、十数年前に「国民生活センター」で働いていたときに公益通報制度に関わるようになった。

2) 同氏が中心となって1993年、Public Concern at Work(NPO、職場の公益通報に関する法律相談センター)を立ち上げた。
 Public Concern at Work 設立の直接のきっかけは、学校の遠足で水難事故防止設備のないカヌーで運河を下っていて4人が亡くなったという事件(1993年)であった。その事故の3ヶ月前に会社の従業員が責任者に書面で危険を警告していた。その書面の最後には、安全性欠如に対する適切な対応を取らなければ、いずれお子さんが亡くなった理由をその両親に説明しなければならない事態が生じるでしょうと書いてあった。

3) このような事故から、同氏は組織内のコミュニケーションがうまく機能していないことが事故を招くことを学んだ。そこで、そのような組織内のコミュニケーションを援助する組織を立ち上げた。これが、Public Concern at Workである。
 同氏が活動を始めたときは内部告発という言葉はむしろネガティブなイメージであった(現在は必ずしもネガティブなイメージだけではなくなった)。従業員がリスクなしに相談できるよう、弁護士によって運営されなければならないと考えた。デーン氏らは無料で従業員の相談を受け付けた。
 同氏らは警察、保健衛生、会社、その他様々な組織との協力体制を重視した。また、会社に対する教育サービスも始めた。すなわち問題が起こったときにどこを改善すべきかどこに問題があるのかといったことの教育を開始した。さらに、戦後イギリスでは自分自身に危害がおよぶときには闘うが、そうでない場合は、疑っても黙っていた方がいいという風潮があったので、公的な教育も行った。つまり自分に危険が迫っているときには声を出すが、他人に危険が迫っていても黙っている、というような風潮を改めるために活動した。

4) 活動当初は方法について見通しがつかない時代もあったが、国会議員から法的枠組みを作ることができないかという話が持ち込まれ、立法の制定に関与して1998年公益開示法が制定され、議員立法によって成立した。

5) この組織は寄附や事業者に対するアドバイスで運営されている(年約7000万円から8000万円)。現在、弁護士3人、事務局4人を持つ組織に発展している。そして、従業員には無料で、事業者には有料でアドバイスを行っている(資料によると、相談は1999年から2000年に2年間に1年平均800件とある。但しそのうち公益に関する相談は437件であった)。


2 公益開示法について

1) 本法律が出来た背景
 この背景にはいくつかの事件があった。1988年には30数名が死亡した列車事故で、その前年には192名が無くなったフェリー沈没事件があった。オイル漏れで100名が死亡したフィンランドの事件もあった。イギリスではそのような大事故が起きたときにはマスコミや社会が問題解決の必要性を主張し、政府が損害賠償や事実調査のための組織を作る。そのような調査において、往々にして内部の者は従前から危険の存在を知っていたにもかかわらず、それを通報することによる報復等をおそれて黙っていたことや、通報していてもそれがうまく伝わっていなかったが判明した。
 フェリーの例では、車両乗り込み口のドアを開けたままで航海していたために沈没した。事故までに従業員が5回当該事実を警告していたのにもかかわらず、それが上層部に伝わっていなかった。

2) 立法形式
 イギリスでは解雇は自由である。この解雇の自由を制限する1996年雇用権利法があり(例えばセクハラなど)この解雇制限法の中に公益情報を開示をする従業員を保護するという条文を挿入して本立法となった。だからイギリスでは雇用権利法の法律の中だから保護する範囲は従業員に必然的に限定されることになった。

3) イギリス法とわが国の内閣府が準備している法との違いは次の点にあると思われる(この考えはガイ氏が述べたことではないが、氏の説明を聞いて事務局が考えた点である)。
イ、 外部通報の要件に43条Gの中に、
「e、当該開示における全ての状況を勘案すると当該労働者が開示を行う事が合理的であると事」という一般条項が入っていることがある。さらに上記e項の解釈において3項において、「開示先、重大性……」の解釈条項を入れている。
 これに対し、内閣府の案は一般条項を入れていない点に違いがある。(当センターは5/18の内閣府への意見書の中で、「通報の対象となった事業者の行為の法令違反等の内容、軽重、公益侵害の内容、程度、及び外部通報先、通報者がその外部通報先に通報するに至った諸事情等に相当性があること、または相当であると信じたこと」とすることが必要と指摘した。この指摘は妥当だということが裏付けられる)。
ロ、43条Hに、
 特に重大な開示についてはマスコミなどへの開示がOKとなる、というガイ氏の指摘があった。これがわが国の法案だと、「通報の対象となった事業者の行為により、人の生命又は身体に危害が発生し、又は発生する急迫した危険がある場合」となる。
 内閣府への意見書では次のとおり指摘した。「この要件も極めて厳しすぎます。人の生命、身体への危険があれば足り、『急迫した』の要件は削除すべきです。人の生命、身体への危険性があれば、それ以上の要件は不要です。さらに生命・身体への危険に限らず『消費者利益にとって重大な性質の問題』についても外部への通報が保護されるべきです」。


3 質疑応答(当日ガイ弁護士に質問した内容)

Q:国会や行政から立法反対運動は起きなかったのか。

A:当初官僚組織は反対的であった。内部通報に関する活動組織はある種の利益代表のような面はなく、会社側にも従業員側にも関係する機関である。……年頃から公益通報という事について表だって反対するような人はいなくなった。
 1996年にイギリスがイラクに武器製造機器を売却したのではないかという疑惑が生じた。政府がそのことを知っていて黙認をした可能性が指摘された。司法当局が当該輸出品を発見し会社を訴追したときに、政府の関与に関する情報が法廷に出るかどうかが焦点になった。イギリスでは大臣が裁判所に情報を出さなくて良いという秘密指定をすることができる。このときは5人の大臣が秘密指定をしていた。しかし副首相がその署名を拒絶した。その理由は当該輸出品を製造している労働者がイラクに輸出される武器製造機器を作っているという手紙を書いたからだ。その労働者は手紙に署名し自分の名前を開示しないで欲しいと書いていたのだが、政府は当該手紙を重要視しなかった。
 本件では当該従業員が外部に情報を出すかもしれないという可能性があったために副首相はサインをしなかった。実際には外部に情報は出なかったが、そのような効果を現首相が好意的に評価し、労働党政権が成立したときに現法律が成立した。
 労働党政権成立の1週間後には保守党議員から内部通報保護の法律を作れないかという問い合わせが我々にあった。我々は官僚等に説明し、結局我々の案の妥当性が認められた。政府提案でない法案はたった一人の議員が反対しただけでも法律は成立しない(政権の交替が公益開示法をスムーズに成立させた要因であったということを言いたかったのではないか)。

Q:事業所内のヘルプラインにはどのようなものがあるか。

A:法律内にはモデルを示さなかった。モデルを示すとそれをコピーすることになるからだ。
 外部のヘルプラインには、監査法人や警察官OBがホットラインサービスを行っているものもある。これらのサービスは情報を匿名で受け付け、その情報を契約会社のトップにフィードバックする。問題は、外部の商業ベースのホットラインは顧客獲得のため労働者に積極的な情報提供を勧誘するが、その結果上司の悪口等価値のない情報が多く寄せられることになってしまった。そのため、法律制定当初は外部サービスがたくさん設立されたが、その後会社は結局自社内に公益通報対応組織を作るという方向に向かった。
 重要ポイントは、レジュメ14頁のKey element参照。すなわちリーダーの資質、や匿名性の確保要請への配慮が重要である。但し、現在イギリスでは労働者は顕名で告発をするようになってきている。

Q:イギリス法では外部通報は合理的理由がある場合にのみ保護されることになっている(s.43G)。日本では会社内部に通報すると不利益を受けるのではないかというおそれが強い。そのため内部通報制度が出来ても機能しにくいと考えられるが。

A:s.43Gはコモンローに対応している。
第一に、内部の通報をすれば保護されるが、積極的に通報すべき義務はない。
第二に、組織内部の通報は会社にとっても労働者にとっても消費者にとっても、問題が可及的速やかに解決されるという意味でもっとも良い手段であると考えられている。
 外部に通報して保護される場合は、1)自らが不利益を受けるおそれがある、2)内部に告げたが取り上げられなかった、3)内部に告げたがなお違法、不正行為が継続している、という場合である。
 メディアに匿名で通報することは、メディアが取材源を秘匿することで、一つのオプションとして機能している。

Q:イギリスでは労働者がいきなりメディアに通報した場合は完全には保護されないのではないか。

A:完全な保護はない。
 但し、S.43Hによる保護がある。例えば食品会社で働いていて危険な食品が市場に出回る事態が生じる場合に直接メディアに言っても保護される。その場合は即メディアに告げることがもっとも問題解決の早道であるからである。a.43Gは、雇用主が適切な対応を取らなかった場合の外部通報を保護している

Q:損害の算定についてはどうか。

A:イギリスでは公益通報保護法は、労働法の分野に属している。従って手続き面は雇用法が適用される。この法律が施行される前は労働法による不当解雇が認められたときの最大賠償額が1万ポンドであった。そのような社会的背景を是正するため、会社に対して完全な賠償をさせることになった。但し公益通報保護法には損害額の上限はない。今まででもっとも多額の判決は80万ポンドであった。いくつかのケースでは100万ポンド以上の和解がなされている。被った損害と将来の損害を立証して請求する点で一般例と変わらない。すぐ新たな職を得て損害額が少ない場合もあるが、賃金のような実質的損害以外に精神的損害についての賠償をするか否かは現在最高裁で審議中であり、下級審では判決が分かれている。
 法制定前は秘密情報の取り扱いに関するコモンローであった。情報公開を雇用者が差し止められるか否かという方向からの考え方であって、通報者の保護という方向からの考え方ではなかった。当該コモンローは資料260頁。雇用法内に損害賠償額の制限規定がある。
 一般的な損害賠償額の上限は50,000£だが、性差別、人種差別、公益通報いついては損害額についての制限はない。
 イギリス労働法上、解雇開始から12ヶ月間は保護されないが、公益通報については解雇された翌日から保護される。

Q:行政罰、罰金規定等はあるのか。

A:当該法律は、公益通報することで被害者とならないようにするための法律である。各違反行為に対する処罰は個別に各法律が定めている。公益通報者を差別的に取り扱ったことに対する処罰規定はない。但し個別の罰金額を裁判所が定める上で、公益通報者を差別的に取り扱った事実があれば罰金額は高額になるだろう。

Q:公益通報者への報償は?

A:当該法律内にはない。アメリカにはそのような規定があるがイギリスではそのような制度は一般的ではない。但し脱税を通報した場合、税法内には2%〜5%の報償を与えるという規定はある。
 消費者保護に関する刑事責任は厳格責任(結果責任)に依拠している。従って処罰は軽い。

Q:公益通報で解雇され再就職先で収入が減った場合、損害賠償請求額は?

A:請求者の年齢による。但し、法廷では相当額が検討されるだろう。
雇用者の反論として、「他企業が公益通報する人を今日ではむしろ積極的に雇いたいと考えるだろう」ということがある。このこと自体が、公益通報者が特別な存在ではないという認識が広まってきていることを意味している。
私たちは、内部通報によって解雇されたことを新雇用者に言うべきであるとアドバイスしている。それを認めて雇ってくれる雇い主の下で働く方が本人の幸せである。
公益通報で解雇され、再就職先が見つからなければ解雇した元雇用主から巨額の賠償金が入るのでそれで自ら起業すればよい。実際にそういう例もある。

Q:公的教育の内容は?

A:学校での講演、マスメディア援助等全て。対ビジネス界の教育以外は無料。

Q:通報先に指定されている行政機関は社会的信頼を得ているのか

A:問題による。水平的行政機関(食品の安全や健康等を扱う機関)と垂直的行政機関(金融機関等)があり、一般的に前者の方がより信頼されている。前者の方がいろいろな機関から情報を得ているからである。垂直的行政機関である金融監督庁のようなところに対しては、公益通報をしても期待した活動をしないのではないかという疑いが抱かれることもある。
 一般に50%かそれ以上の信頼が寄せられているといえるのではないか。
 行政機関の中には、当該法が行政機関が適切な処理をしないときにはメディアに通報できるとしている点でプレッシャーを感じているところもある。行政機関が企業側よりとみなされると直接メディアに行く理由を与える事になるので独立性を保つことが必要になる。

Q:実名での公益通報が多いということだがその理由は?法律への信頼か文化的背景か?

A:法律制定前は秘密裏にメディアに通報する方法によっていたのだが、その場合の匿名性の保護は信頼するに足りないものであると考えられていた。また、匿名で通報して後に名前がばれたときには匿名で通報した行為自体が非難された。
 一例として国防省勤務の女性が米国のミサイルが秘密裏にイギリスに配備されるという情報をメディアに通報した際、政府は調査の結果通報者を突き止め。当該女性は6ヶ月の懲役が科せられたという事件があった。
 フォークランド紛争時に撤退する敵艦を砲撃した事実を匿名で通報した者がいたが、後に名前が知られる事態になり匿名で通報したことが非難された。
 M15に勤めていた女性が金曜日にやめて月曜日にメディアでM15のコンピュータ制度にバグがあることを顕名で暴露したが、彼女は何らサンクションを受けることなく退職金等も規定どおりに支払われた。
 法制定前には、選択肢は匿名で通報するか、黙っているかしかなかった。しかし法制定後は、法の下で告発する手段を執ることができるようになった。顕名で告発することで、雇用者が告発者が誰であるかを知っていて報復したことを立証する必要が無く、より安全であると考えられるようになった。
 また情報はよりオープンになった方が良いという認識が広まった。アメリカではニュースソースを特定して報道することが前提になっている。イギリスでイラク戦争に関して匿名で通報したが、特定されたことがあり、彼の最後の公式発言は「メディアには言うべきでない、ということを学んだ」というものであった。イギリスでは多くの人がメディアには行きたくないと考えている。我々がメディアへの通報を勧めてもたいていの人はいやがる。
 我々が活動を始めたときは15%が匿名を求めるが今では5%になっている。
メディアに行くことは嫌うが、我々の組織や政府、企業内の組織に通報する際に顕名で行う事への抵抗はない。
 匿名での通報に頼るファシスト通報等がある一方で、法廷で匿名で証言することはできない。メディアに匿名で接触するようなことは最小限にとどめられるべきである。


4 公益開示法の果たした役割

 大事なのは宣言的な効果である。イギリスにおける同様の例として、30年ほど前に男女平等法や人種間の平等法が制定された経緯をあげることができる。法律制定によって翌日から事態が改善するわけではないが、法の制定によって男女の不平等が不当なことであることが明らかになる。
 イギリスの会社は社内に公益通報に対応する部署を作成した。まずは雇用主に対して警告するという方向を促進した。このような会社内の制度は、従業員に公益通報を又別の見方をするための役にも立った。
 イギリスでは、警察は職場外の事実の95%の情報を得ることができる。しかし職場内の情報についてはそういうわけにはいかない。組織内に適切な通報制度がなければ法律を適用するのは事が起こってしまった後にならざるを得ない。被害が生じた後でなければ法律を適用できない。
 イギリスでは通常、法律を機能させるために刑罰のような違反に対する罰を規定している。しかし、イギリスにおける立法は、公益通報者が公益通報を行ったときにそれを保護するというものである。
 組織内で通報を行った場合は自動的に従業員は保護される。まともな会社であれば組織内で通報があることがもっとも効率的であると考えられるからだが、法は組織内の通報を従業員に強制しているわけではない。組織内での通報のレベルでは問題となる事実を証明する必要はない。法はまた従業員が行政機関に通報することも保護している。そのほかにNPOやメディアへの通報も保護しているが、その場合にはそのような通報が必要な状況があったことが必要である。
 イギリス法はイギリス国民のためのものであるが、その問題意識は世界共通のことであると思う。すなわち、忠誠心の衝突等といった点である。短期的な問題ではなく長期的な視点で考えることが大切である。
 日本の雪印事件において、不都合な事実を世間に知らせれば自分たちが職を失うのではないかとおそれたのであろうが、黙っていたことにより全従業員が職を失うという目にあったわけである。しかも彼らが職を失った理由は、公益通報を行ったからではなく、不都合を隠したという間違った行動の結果なのである。


5 まとめ

 カイ・デーン氏の活躍がイギリスの公益開示法を実質的に作った。公益通報に対する求道者のような熱っぽさが感じられた。
 しかし、イギリスの法制度をただちにわが国に導入するのは問題が多すぎる。ガイ氏が指摘するように、組織内のコミュニケーションの不足から事件が発生しているケースは、事業所内にヘルプラインを設置することによりその被害を未然に防止できる場合があることはそのとおりであろう。わが国に同じ様な問題があることも事実である。
 しかし、わが国で最も問題なのは、企業ぐるみ、組織ぐるみで、トップ自らが違法・不正行為に関与している場合であり、その場合社内におけるヘルプラインの設置は全く機能しない。この点、わが国とイギリスの企業、社会文化の違いがあるのだろうが、ガイ氏の熱弁にもかかわらず結局のところ私たちとの間でこの溝は埋まらなかった。
 しかし、事業所内部の情報は最終的にはその情報によって直接、間接に利益を受ける者(企業、行政だけでなく消費者や社会全体)に帰属するという点でお互いの認識が一致し、これは世界の流れであるとわかったことが今回の勉強会の大成果であった。ガイ氏に感謝したい。


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